Fate/Shadow Out of Time 【完結】 作:らくべえ09
自分は何をしているのか。
言峰綺礼は自問を繰り返していた。
師と共に参加したこの聖杯戦争で、自分は何をしているのか。
最強と思われたアーチャーは、あの黒いバーサーカーにあっさりと屠られた。
セイバーやランサー、優良とされるクラスが容易く散っていった。
それ自体は、どうでも良いことだった。
今問題なのは、
(間桐雁夜か……)
臓硯の死後、間桐の代表として聖堂教会に訪れたあの男。
まるで感情も見えない、ガラス玉のような
アサシンを放ったのは、師である遠坂時臣の命令だった。
落伍者とされる男が何故参戦したのか。
そもそも、時臣の語る間桐雁夜とは全く違っていた。
まるで人格が何者かと入れ替わったかのように。
偽物か。それとも?
いずれにしろ、アサシンは半分偵察を兼ねたものだった。
だが、結果は何もわからない。
雁夜がどのようにアサシンを倒したのか。
魔術か、サーヴァントによるものか。まったくわからなかった。
わかるのは、アサシンとのリンクが消えたことだけだ。
監視に送った使い魔も、戻らない。
(何者なのだ、あの男は……)
もしも、あれが本物の間桐雁夜でなければ、
「バーサーカーのマスターは、彼奴かもしれない」
時臣はそう語っている。
父である璃正も、
「どこか、人とは思えない感触があった。情報と知る間桐雁夜とあまりにも違いすぎる」
そのように判断し、語っていた。
今、綺礼はアサシンを時臣に譲り渡し、教会に隠れ潜んでいる。
このまま、ずっと終わるまで隠れているのか?
そうではあるまい。
他陣営との戦闘に際して、彼は師に協力せねばならない。
(間桐雁夜。ヤツの正体を知りたい……)
あの非人間的な気配の男。
(彼らならば、もしや……)
自分の苦悩を解く鍵であるかもしれない。
おかげで、二つの選択肢ができた、と思う。
間桐雁夜と、衛宮切嗣。
自分が答えを得るために、是非とも接触したい相手だった。
現在、監視のために放っている使い魔は、みな戻らない。
間桐陣営の動きを探るのは難しい状況である。
(ならば)
直接行けば良い。
言峰綺礼が父の許しを得て、教会から出たのはそれからすぐのことだった。
(おいおい……こんなの、ありかよ)
冬木のある閑散とした喫茶店で、ウェイバーは間桐雁夜と対峙していた。
見たところ、ごく普通の青年のようみは見える。
表面上はであるが。
ジャケットをつけているが、全体的にラフといおうか、
(衣服はどうでもいいって感じだよなあ……)
顔つきは、無表情だった。
何を考えているのか、まるで読み取れない。
まるで見たこともない異生物のような感覚。
しかし、少し話しただけでも、彼の魔術知識が尋常ではないことはわかった。
ほんのわずかに説明される理論だけでも、魔術師ならば千金の価値を見出すだろう。
彼の要求は、
「私の研究協力者となってほしい」
そういうものだった。
「報酬は十分なものを用意するつもりだ。今、手付を出しても良い」
だが、うまい話という感じではない。
感情として、この男と常時接するのは勘弁願いたいところだった。
何をされるかわからない。
そんな恐怖心をひしひしと感じるのだ。
一方で、彼から多くのことを学びたい欲求も強かった。
ほんの触りを学ぶだけで、ウェイバーの知識や能力はより向上するだろう。
「正直、私はこの聖杯戦争をさっさと終わらせて、より多くのことを探求したい」
彼の求めるものは、魔術ばかりではなく、現代のあらゆる科学分野だった。
その反面、文化的な面にはまるで興味がないようである。
意味が分からない。
本気でそう感じているようなのだった。
「……少し、考えさせてくれ。その間は、休戦としたい」
「良い返事を期待している。ああ、ここの払いはまかせてほしい」
とりあえず、その場は休戦を結び、別れとなった。
「なあ、坊主。あいつはやばいぞ」
「そんなことわかってるよ」
根城している家に戻った後、ウェイバーたちは話し合っていた。
あの提案についてだ。
「そういう意味ではなくってだなあ。ありゃ多分ヒトではないぞ」
「確かに、どっかバケモノじみているけど……」
「あいつの精神性は、およそ人のものではない。人間に憑依でもしてるおるのか、うまく化けておるのかはわからんが」
「吸血鬼みたいな、異種族とか、そんなんだってのか?」
「さてな。正体はわからん。だが、余の知っておる限り、あんなものは会ったことがないわ。下手すりゃお前も解剖されるかもしれん」
「嫌な冗談はやめろ!」
「冗談ではない。本気でそう言っておる!」
「……じゃ、あいつ提案を断ったら?」
「ふむ。どうなるか。だが、お前が生きたまま、素のままで価値があると知っておるなら、多少危険は減るかもしれんが……。単純に優れた魔術師というのなら、お前じゃなくってもいいわけだからな」
「チェッ! どうせ僕は3流だって言いたいのかよ」
「腐るな。ま、ヤツはお前の特性というか、特技や長所を価値あるものと考えておるのだろう」
「……喜んでいいのか、それ」
「どうだかな。悪魔に魅入られたほうがマシかもしれんが……」
ウェイバーと別れた後、雁夜は近くの公園に向かっていた。
時間帯のせいか、人はほとんどいない。
あいたベンチに腰をかけると、雁夜はそのままジッとしていた。
「私に用があるのではないか?」
「――気づいていたのか」
「隠すつもりはなかったようだしね」
現れた長身の男に、雁夜はガラス玉のような目を向ける。
言峰綺礼だった。
「率直に聞こう。お前は、間桐雁夜なのか」
「では率直に答えよう。肉体的にはそうだ」
「肉体……?」
「私は蟲蔵での魔術行為により、記憶を失った。だから、過去のことは情報でしか知らない」
「そう、なのか」
「ああ。質問はそれだけかね?」
「まだ、ある。では魔術についてはどう考える?」
「極めて不完全で、衰退しつつある未熟な技術体系だ。思い込みや迷信、固定観念ゆえに停滞している。いずれ消滅する技術だ」
「ならばお前はなぜ魔術を使う」
「知的好奇心からだ。未熟ゆえに改良の余地は無限にある。地球圏という薄い壁を開けば、科学との融合は容易く、むしろ大きな発展を見せるだろう」
「……バカな」
「固定観念にかたまる魔術師たちはそのように認識しているだろう。だが、それをもたらす集合的無意識は、どうとでもなる」
「お前に、それが可能だというのか」
「前提さえクリアすれば、あらゆる人類が可能だろう。未熟な知的生物がいくらか進歩するきっかけにはなるだろうな」
「……ありえん。お前の言うことは、まるで狂人の世迷言だ」
「嘘だな」
「なに?」
「君の感情は、否定をしていない。生体反応でわかる」
「……むぅ」
しばらく沈黙してから、綺礼は次の質問をした。
「問いを変えよう。お前に家族はいるのか」
「血縁者はいるな。同じ住居に住んでいることを考えれば、家族とも言えるのか?」
「お前は、その家族についてどう思うのだ。愛情はあるのか?」
「ない。いや、わからないというべきだろう。記憶の消失と共にそういった感情も忘れている。実感がまるでないのだ」
「そう、なのか……」
自分と同じ? いや、違う。
綺礼は小さく首を振ってから、
「間桐雁夜。お前は落伍者として魔術から身を引いたと聞いている」
「事実らしいな」
「では、その理由はおぼえているのか?」
「おぼえている。それについては間桐の魔術、いや間桐臓硯について語らねばならないが」
そこで語られる情報に、綺礼は絶句した。
つまるところ、間桐は臓硯という怪蟲を長らえさせるための巣穴にすぎなかったということだった。
雁夜たちの母も、最後は蟲蔵で餌となったという。
間桐で魔術を得るということは、蟲に生きながら食われるということ。
この世の地獄とは、まさにこれではあるまいか。
「――言峰綺礼。君は笑っている、喜んでいるのか?」
雁夜の声に、綺礼は我に返った。
「なに?」
言われて、綺礼は自分の口元を覆った。
「笑う? 私が……」
常識的に考えて、笑えるような話ではなかったはずだ。
しかし、綺礼は雁夜の言葉を否定することができなかった。
「なるほど。そういうタイプか」
「どういうことだ。何がわかったのだ? いや、私に何をした?」
「聞かれた情報を話しただけだ。それについての反応は君自身の問題だ」
「では、さっき言ったな? 『そういうタイプか』と。あれはどういう意味なのだ。答えろ!」
「端的に言うと、君は他人の不幸を喜ぶタイプの人間だ。おそらくは破壊や死という事象に対して強い歓喜をおぼえるのだろう」
「何を、バカな! そのようなことが、許されるはずがない……!」
否定はした。
だが、心の中では肯定している自分に、綺礼は驚愕していた。
「別に驚くには値しない。人間という生物は他者の不利益に一定の喜びを感じるという特質があるのだ。それがどう作用するかは、個体の性質によって異なるだろうがね」
「そ、それが当然だというのか?」
「その通りだ、言峰綺礼。人間にある原始的な部分は、他者の利益を自分の攻撃や奪取だと感じる性質がある。これも個体差があるが」
他人の不幸は蜜の味――という言葉があるだろう?
そう、雁夜は言った。極めて淡々と。
「人間のみならず、生物は遺伝子によって基本利己的な行動を行うのが普通だ。時折利他的行為を見せる場合もあるが、それも何らかの理由で利己に得があるためだよ。例えば、種全体の存続や繁栄とかね」
「……それが、自己犠牲か?」
「私はそのように理解している。人間的、道徳的とされる行為も全体のバランスを保つためのものにすぎない」
「……ならば、私は何だ? 美しいものを美しいと思えず、何にも喜びを感じられない!」
「美の観念は、私にもよくわからない。だが、それが極めて個人的感覚であることはわかる。他者が美と認識するものを理解できない。それも当たり前のことだ。究極的には、個人的感性、趣味嗜好に収斂される。それが多いか少ないかの差だろう」
「では、私は異常ではないというのか?」
「私は精神科医ではないよ。不安ならば、専門家の意見を聞くべきだな。ただ、逆に君が美しいと思うものを鑑賞して、他人が否定しても驚くには値しないし、嘆くことでもない。単に、君はそういう『趣味』の人間だということだ」
「は、はははは……。趣味? 趣味嗜好? その程度か? そんなものか?」
綺礼は笑い、よろめいた。
本人の感覚として、今まさに自分の足もとが崩れ去っていくようだった。
「少し情報を得れば、他者の不幸や破壊などいくらでもあふれている。フィクションでも良いのなら、困ることさえないだろう」
「……」
「マルキ・ド・サド。シャルル・ボードレール。著名人にも、君と似ているかもしれない人間は数多いだろう。私には理解できない『趣味』だが」
「…………そうか」
「あるいは、君は宗教家ではなく、芸術家というものこそ天職なのかもしれないな」
「私は生まれながらの罪人だったということか……」
「罪人? 君たちの教義でいうなら、人間は全て罪人ではないのか?」
「そうだな……。彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた。あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げなさい――……か」
微かに笑い、綺礼は雁夜に背を向けた。
「感謝しよう。有意義な時間だった…………」
よろけた足取りで去りながら、綺礼はブツブツとつぶやいている。
「イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです…………」
雁夜はまっすぐに帰宅することなく、静かに街を散策していた。
あるいは、街並みを観察していたのかもしれない。
いくらか歩くうちに、雁夜は声をかけられた。
「雁夜くん?」
振り返った途端、驚いた顔の女性が立っていた。
「あ、人違い……え? いえ、でも……」
「私は間桐雁夜に違いありませんが――ああ」
女性の顔を見て、雁夜は少し納得したようにうなずいた。
「確か、遠坂夫人でしたね」
「あ、あの、あなた、雁夜くん……よね?」
「先ほど言ったように間違いはありません。ただまあ、あなたのことは情報としては知っていますが、個人的な記憶にはない。ある理由から記憶を失いましてね」
「そ、それは……大変、だったわね」
「では」
「ちょっ、ちょっと待って!?」
会釈して去ろうとする雁夜を、遠坂葵はあわてて呼び止める。
雁夜は、どうしたものかという態度で首をかしげた。
変わらない、ガラス玉のような瞳で。