Fate/Shadow Out of Time 【完結】   作:らくべえ09

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第4話  聖杯

 

 

 

 

「あの、桜は元気にしているかしら?」

 

「健康という意味では、まあ問題はないでしょう。脳内……精神的な部分は、よくわかりませんが」

 

「……き、記憶がないってさっき言ったけど……桜や凛のことも?」

 

「全てです」

 

「そ、そう……。ねえ、桜を、あなたはどう思ってるの?」 

 

「兄の養子である、ということはわかりますが――さあ、以前の私は思い入れがあったようですがね。今は何とも」

 

 淡々とした答えに、遠坂葵の顔に不安がよぎった。

 

「記憶は、その戻らないのかしら。いえ、そもそも、なんで?」

 

「ああ、それについては。まあ、あなたも魔術師の関係者だから良いでしょう」

 

 雁夜から蟲蔵について聞かされ、葵は見る見る顔面蒼白となった。

 蟲蔵。間桐臓硯という怪蟲。そんな家に、娘は養子にいってしまったのか?

 いや、行かせたのだ。他ならぬ自分たちが。

 

「ま、まさか、桜も……!? そんな、違うわよね!?」

 

「いや。私が入る前から彼女は入れられていた。当然精神は半ば崩壊していたがね。彼……以前の私は、それに抗議して、彼女の解放を条件に聖杯戦争に参戦することになった。魔術師ではないので、急遽蟲蔵に入ることになったわけだが。結果、脳が耐え切れずに記憶と人格を失ったのですよ」

 

「そ、そんな……! そんな、そんな、そんな、そんな! 嘘よ! 嘘だって言って!!」

 

「事実ですよ」

 

「………………返して!!!」

 

「?」

 

「桜を返して! 返して!!」

 

 つかみかかろうとした遠坂葵を、雁夜はあっさりとかわした。

 さながら、闘牛を翻弄するマタドールのようだった。

 勢いあまって地面に手をつく遠坂葵を、雁夜は相変わらずガラス玉のような瞳で見ていた。

 

「そんな話は養父である間桐鶴野に言いたまえ。まああの少女にこだわりはないようだから、返せと言うのならさっさと返却するだろう」

 

「……あなたの、あなたたちのせいで……!!」

 遠坂葵は顔をあげながら、聞き取りづらい声で何か叫んだようだった。

 

「養子縁組を決めたのは臓硯と、君の夫だろう。私たちに文句を言うのは筋違いだ。返却を望むのなら、さっさと夫である遠坂時臣に頼みたまえ」

 

「……ひとでなし!! あんたなんか、あんたなんか、人を本気で愛したこともないくせに!!」

 

「感情を制御できずに喚き散らす。そこらの野生生物と変わらないな。いや、それ以下だ」

 

 雁夜は振り返りもせずに、そう言い捨てて歩き出す。

 

「……!!!!」

 

 半ば半狂乱になった遠坂葵は、雁夜を追いかけようと走り出した。

 しかし、その前に不可視の壁が行く手を遮る。

 押せども、引けども。遠坂葵は前に進むことはできなかった。

 

「あなたと話すのは時間の無駄だ――」

 

 そのまま雁夜は歩き去った。

 何もなければおそらくはそうなっていただろうが。

 

「……」

 

 雁夜は、無表情のまま振り返った。

 

 わずかな時間の間に――

 

 遠坂葵が、無数の触手を持つイソギンチャクともヒトデともつかない異形の生物に捕獲されていたのだ。

 

「ついに捉えたぞ、魔術師(メイガス)

 

 憎悪のこもった声をあげて、やはり異形の風貌をした男がいた。

 

「キャスターか」

 

 雁夜の言葉通り、それはこの聖杯戦争で召喚されたキャスタークラスの英霊だった。 

 いや、その性質から反英霊ともするべきなのだろう。

 魚に似た異相を向け、キャスターは吠える。

 

「……魔術師(メイガス)よ。貴様の目の前で、この女を辱め、引裂いてくれよう。それとて、ジャンヌを失た我が心の痛みには……」

 

「だから?」

 

「なに?」

 

「それが私に何の関係がある?」

 

「貴様……」

 

 ブラフなどではない。

 さすがに元英雄であり、サーヴァントだけあり、雁夜が本気で言っていることをあっさり理解した。

 遠坂葵との会話から、少なからぬ関係性を推測していたが、間違っていたようだ。

 狂気に侵されながらも、キャスターはすぐにそう判断する。

 

「まあいいでしょう。どちらにしろ、お前を殺すことに変わりは――」

 

 キャスターは、最後まで言えなかった。

 突如現れたバーサーカーに、顔面を蹴り飛ばされたからだ。

 キャスターの顔面は一瞬で砕けちり、元から白兵戦に向かないクラスは消滅して聖杯にくべられる結果となった。

 同時に、遠坂葵を捕らえていたキャスターの海魔も消え去った。

 

「もっとも参考になりそうだったクラスがアレか……」

 

 わずかな失望の言葉を残して、雁夜は今度こそ去っていった。

 海魔の粘液に汚れ、茫然と座り込む遠坂葵をそのままにして。

 

 

 

 

「――経過は良いようだね」

 

「ホントに、ゆうべ手術したばっかなのか……?」

 

 ベッドから起き上がった間桐鶴野は、自分の体を見ながらつぶやく。

 

 『人工魔術回路の移植手術』

 

 それは半ば脅迫的なものだったが、ごくあっさり終わった。

 山のような専門書とはいえ、文献のみで現代医学を習得した間桐雁夜は、兄にその処置を施したのだ。

 手術は眠っている間に終わり、術後も痛みはなかった。

 胸や背中にうっすら蜘蛛の巣に似た手術痕が残っているが、

 

「それも数日後には消えるだろう」

 

 と、雁夜は語っている。

 それから半日もせずに、雁夜の指導のもと鶴野は基礎的な魔術を行使することができた。

 

「訓練を重ねれば、さらに大きく向上するだろう」

 

「まるでサイボーグだな……」

 

「そう、魔術的なサイボーグと言えるだろう。しかし、日常生活には何の支障もない。むしろ天然のそれよりもはるかに高機能で低燃費であると断言できる」

 

「これを知れば、他の魔術師どもが黙っちゃいないだろうな」

 

 つまるところ有能な魔術師を、人工的に大量生産可能なのだから。

 

「そして、魔力生成を補うためのものが、コレだ」

 

 雁夜は箱型をした手製の機械に手を触れた。

 これも彼の手による人、工魔力生成装置だった。

 基本構造は、発電機械のそれと大差はないと雁夜は語っている。

 大ざっぱなシステムは、湯を沸かしてタービンを回し、電気の代わりに魔力を生み出すだけのことだった。

 雁夜が桁外れのサーヴァントを操れるのは、こうしたものがあるためだろう。

 

「現状では、セイバー、ランサー、アーチャー。そしてキャスターか。残るは、アサシンとライダーだな」

 

「……これから、どうするつもりだ?」

 

「とりあえず問題なのは、大聖杯だな。まだ構造が不明確だ。調査の必要がある」

 

「問題?」

 

「危険である可能性が高い。」

 

「おい、危険って……」

 

「前にも言ったが、しばらくは外に出ないことだ。危険なのでね」

 

 そして、雁夜はまた出かけてしまった。

 聖杯戦争開始からあちこちを歩き回っているようだが、詳細は鶴野にはわからない。

 

 

 

 

 それから、雁夜はウェイバーとライダーと共に円蔵山へと向かっていった。

 

「おい、危険ってどういうことだよ?」

 

「まだ確証はないが、可能性は極めて大きいな。どう表現するべきか。そう、炉心融解の危険がある原子力発電所とでも言えばいいか」

 

「んな……!!」

 

 あまりに物騒な例えに、ウェイバーは絶句する。

 

「現代の炎は、なかなか際どいもののようだのう……。ゼウスが火を取り上げようとしたのも、一部ではうなずけるか……」

 

 ライダーは原子力についてそんな感想を述べていた。

 

 そして彼らが洞穴で見たものは、黒い濁ったマイナスのエネルギーに汚染されたモノだった。

 確かに、間桐雁夜の例えは正しかったと言えるのだろう。

 これが7騎のサーヴァントによって満たされた時、恐るべき破壊と汚染が冬木の街を穢しつくすと思われる。

 

「な、なんてこった……!」

 

 それを見て理解した時、ウェイバーは絶望と共に膝をついた。

 

「こんなものが……これじゃ例え勝ったとしても…………」

 

「そう。願いがかなえられることはないだろうな」

 

「いやはや……。とんだ相手がいるかと思えば、聖杯もとんだことになっておったとはなあ……。これでは、受肉したとしても、余が余でなくなっておるわ」

 

 3人がそれぞれの感想を述べた後、

 

「では、あれに混在している危険因子を除去せねばならないな。ウェイバー・ベルベット、協力したまえ。無論報酬は約束しよう」

 

「いや、無理だろ……アレ!? コーヒーも混ざったミルクを分離しろって言ってるようなもんだぞ!?」

 

「君ではそうだろう。いや君たちではと言うべきか。しかし、私には可能だ。そして君の協力があれば可及的速やかにそれが可能だろう」

 

「……まさか」

 

 信じられない。

 そのように思うウェイバーだが、この男の言葉には異常な説得力があった。

 現に、今までおよそ不可能なレベルのことを難なくやってしまっている。

 

「いいだろう……。どっちにしろ、これをほっときゃ大惨事になるんだからな……」

 

 ウェイバーは震えながらも、両足で立ち上がった。

 

「よろしい。では――」

 

 雁夜が言った瞬間、周辺に無数の四角い画面が浮かび上がった。

 テレビかパソコンのデスクトップを思わせるそれは、様々な大聖杯に関する資料やデータである。

 さらには、無数の魔法陣が何十と周辺と取り囲んだ。

 

「なんともはや……。神話時代の魔術師たちも、これほどであったかどうか……」

 

「ライダー、よもや邪魔はしないだろうな」

 

「野暮を言うな、魔術師よ。余とて、こんな危険物を放置できるほど豪放ではないわ」

 

「愚かではないと言うべきだな」

 

「ガハハハハハ! 確かにな」

 

 そして、二人の魔術師による大聖杯の除染作業が行われ出した。

 この作業の中で、ウェイバーは多量の汗を流した。

 疲労や緊張に加えて、この間桐雁夜の異常性がさらに理解できたからである。

 まるで神の手のような技術。

 しかし、それは理論と用意さえあれば、自分でも不可能ではないという確信。

 だからこそ、恐ろしい。

 古代人が現代の文明都市を見れば、恐怖するであろうと同じように。

 

「……ふむ」

 

 長い作業の途中、雁夜は一瞬動きを止めた。

 

「なんだよ?」

 

「どうやら間桐邸にサーヴァントがアサシンが接近しているようだな。留守を襲うつもりか」

 

「そ、それやばいだろ!?」

 

「まあ、問題はない」

 

「いやあるって!!」

 

「アタフタするな、ウェイバー・ベルベット。作業が遅れる」

 

「お前のことじゃないか!?」

 

 相変わらず淡々としている雁夜に、ウェイバーのほうがオロオロしてしまう。

 

「被害が出てもこちらの陣営の話だ。君にダメージがあるまい。気にするな」

 

「……そんなこと言ったってなあ!?」

 

「君が魔術師としては感情に振り回される過ぎるな。あの男もそうだったが」

 

「あの男?」

 

「ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。君との関係があったな」

 

「あいつを、知ってるのか。まあ、知ってるよな……」

 

「彼の知る情報は大よそ収集できた。魔術師のエリートとされる人間の実に良い標本……見本だった」

 

「……見本?」

 

 雁夜の言葉に、ウェイバーはぎこちない動きでその横顔を見た。

 

「お前、まさか、ケイネス、先生を…………」

 

「まだ敬称を使う程度には影響力がある人物なのか? まあ、生死の問題でいうなら生きているよ。人間の肉体構造自体は標本など作るほどでもない。すでに、イギリス行の航空便に乗っている。いや、もう帰国したかもな」

 

「お、おどかすなよ……!」

 

「君が勝手に驚いただけなのだが、まあいいだろう。彼はどうやら60年後もリベンジを考えているようだったな。そこまでこだわる意味がわからないが、なまじ能力や環境に恵まれていただけに根本的な部分で幼児性がぬけていないようだ」

 

 言いたい放題だった。

 

「えらい言われようだな……」

 

「あの手のタイプは、自分に不都合な状態になるとかなり感情的になる傾向があるようだな。君も気を付けたまえ」

 

「余計なお世話だ!! って、間桐の家はいいのかよ?!」

 

「さっき言っただろう。問題ない。サーヴァントの分体、そして防衛設備も配備しているよ」

 

「……たく、あんたホントに人間の感情あるのかよ?」

 

 作業に戻りながら、気味悪そうにウェイバーは言った。

 

「さあね。人間の感情は理解の範囲外だ。まだ野生生物のほうが理解できる」

 

「まるで異星人(エイリアン)だ……」

 

「うまい表現だな」

 

 しばらく作業が続けられ、沈黙が続いた後、またウェイバーが言った。

 

「……あんた一体、なんで聖杯戦争に参加したんだ?」

 

「興味があったからだ。英霊のコピー、そして聖杯なるものに。あとは参加者だな。魔術師と呼ばれる人間たちの精神構造にもだ」

 

「じゃあ、願いは?」

 

「願い? それはあくまで地球圏内の話だろう。ならば私に関係はない」

 

「……ああ、そう。なあ、ライダー、お前の願いってなんだよ?」

 

 ずっと作業を見ているライダーに、ウェイバーは振り返った。

 

「ふむ……。受肉だ」

 

「それは現在の半霊体状態から、生物としての物質的肉体を得るという意味かね?」

 

 雁夜が、視線だけをライダーに送る。

 

「いかにも!」

 

「……その後は、世界大戦でも起こすつもりか?」

 

「はっはっはっは!! 確かに余は征服王! かつては数多の戦を駆け巡ったが、今の世ではなかなかそうもいくまい。やり方を変えるわい!」

 

 雁夜の物騒な言葉に、ライダーは笑って応えた。

 

「なんだよ……。世界征服じゃないかよ……」

 

「バカモン! たかが盃に世界を取らしてどうする? あくまで世界に根を下ろし、我と我が身で手に入れてこそ意味があるのではないか!!」

 

「……わかったよ、わかったよ。でかい声出すなっ」

 

 ブツブツ言うウェイバーに、諭すがごとくライダーは言った。

 

「……我と、我が身か…………。まあ、そうだよなあ」

 

 作業をしながら、ウェイバーはため息を深く深く吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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