Fate/Shadow Out of Time 【完結】   作:らくべえ09

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第5話  敗者

 

 

 

 

 一時連絡の取れなくなったケイネスが部屋に戻ってきた時、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは緊張を感じた。

 ドアを開いて、ごく普通に入ってきたはずのケイネスであるが、その雰囲気は異質だった。

 感情も何もない、機械のような印象。

 ケイネスはソラウに一瞥もくれることなく、椅子に座った。

 

「ケイネス……その、無事だったの?」

 

 動揺から、そんな言葉をかける。

 ジロリとケイネスの目がソラウを見た。

 

「……!」

 

 声にならない悲鳴を上げて、ソラウは飛び下がる。

 まるで、昆虫のような冷酷な眼だった。

 そんな視線を、ケイネスは一度もソラウに向けたことはない。

 これは、誰だ?

 不吉な予感がソラウの胸中に走った。

 まさか、ケイネスは倒されて偽物にすり替わった。

 そんな推測とも妄想ともつかないものが脳内で蠢き出す。

 

「……」

 

 ケイネスは座ったまま、ソラウに右手を向けた。

 手袋をはめた手に、光る文様のような、魔法陣のようなものが浮かんだ。

 その一瞬後、ソラウは自分の中を誰かに覗かれたような不気味な感触をおぼえた。

 

「なるほど。もういい」

 

 何がもういいのか。

 ケイネスはそう言うと、右手を下げた。

 

「あなた、誰!? ケイネスじゃないわね!?」

 

 確証も論拠もないが、ソラウは思わず叫んでいた。

 

「半分は正しい。今、彼の脳内情報を知るために一時彼の肉体を操作している。彼の脳髄を使って、君と話しているのだ」

 

 視線を向けずに、機械のような口調でケイネスは言った。

 否。ケイネスを操っている何者かが。

 

「先ほど君自身の情報も調べたが、特に有益なものはなかった。用事はすんだので、彼の肉体は解放する。もはや君たちに興味はない」

 

 そう言い終わると、ケイネスはガクリとうなだれた。

 この後は、何も起こらず無意味な時間だけが過ぎ去った。

 

「………………ケイネス? ケイネス!! ケイネス!!」

 

 ようやくソラウがケイネスの肉体を揺さぶったのは、15分以上経過した後だった。

 

「そらう……? ここは…………」

 

 目を開いたケイネスはしばらく茫然として部屋を見まわしていた。

 

「……そ、そうだ! お、お、おのれ……!!!」

 

 首をはね上げて、ケイネスは屈辱の声をあげる。

 

「な、何があったの……?」

 

「ヤツに、あの黒いバーサーカーに襲われ……。しかし、何故私はここに……?」

 

 ソラウがことの次第を説明すると、ケイネスはよく激怒した。

 

「なんと、なんという……! こんな恥辱を与えたうえ、ソラウまで……!! 許さん! もはやおめおめ帰国など……!!」

 

「ちょっと何をする気? まさか……!」

 

「バーサーカーのマスターを引き裂いて、首をはねてくれる!! そうせねば、この屈辱は……!!」

 

「何言ってるの!? 相手がどこの誰だかもわかってないじゃない! その上でサーヴァントも失った状況で……」

 

「止めないでくれ、ソラウ! 君のためにも、私自身のプライドのためにも……! このまま生き恥を受けたままではすまされぬのだよッ!!」

 

「……待って、あんな規格外の相手とろくな準備も情報もないままやりあう気? 殺されるわよ!!」

 

 ソラウは本気で言っていた。

 ほんの一瞬感じただけの、敵の片鱗が彼女の動物的本能、あるいは女の勘というもの強く刺激していたのだ。

 

「ああ!」

 

「……そう」

 

 ソラウは一瞬ほうっと諦めたように息をついた。

 

 しかし、その直後渾身の平手打ちがケイネスの頬を打って、椅子からころげ落ちる。

 

「実力も才能も認めてたけど、こんな馬鹿とは思わなかったわ! いい!? 上には上がいる! あんたは稀代の天才かもしれないけど、それでも最強でも最高でもなかったのよ! プライド? 男の面子? 勝手にしなさいよ、私は逃げるから。こんな極東で死にたくないわ!!!」

 

 そして、もはやケイネスの顔を見ようともせずに、荷造りを始める。

 ケイネスは殴られた頬を押さえながら、しばらくボンヤリその様子を見ていたが、

 

「ま、待ってくれ、ソラウ! き、君が逃げるのは賛成だ。安全のためにも……しかし、私は…………」

 

「話しかけないで。相手の力もわからないようなボンクラとは一緒にいたくないわ。せいぜい安いプライドのために死ににいったら? 婚約は解消するから!!」

 

 必要なものだけ荷造りすると、ソラウはドアのほうへ歩き出す。

 

「ソラウ! 聞いてくれ、話を聞いてくれ!!」

 

「話しかけないでって、言ったわよね?」

 

 すがろうとするケイネスを、ソラウはキッと睨みつける。

 だが、やがてその表情は少しだけ穏やかになり、

 

「負けて悔しいんだったら、リベンジのためにもう一度修練をやり直すのね。最悪60年後、5回目の時まで。そうするんだったら、まあ付き合ってあげてもいいわ」

 

「ソラウ……」

 

 今まで見たこともない顔で、諭すようなソラウの声に、ケイネスはそれ以上何も言えなかった。

 

「ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。今は、耐えなさい。忍耐とは19回失敗して、20回目に成功すること。そう誰かが言ってたわね」

 

「…………」

 

「――帰りましょう?」

 

 そう言って、ソラウはケイネスの手を取った。

 

 

 

 

 間桐邸を、無数の影が取り囲んでいた。

 

 遠坂時臣の放ったアサシンの群れ。

 キャスターに襲われたという遠坂葵が無傷で、しかし夫のもとに現れてからだった。

 

 臓硯の死。それから起きた早すぎる間桐の変化。

 異常な能力を示すバーサーカー。最強と思われたはずのアーチャー・ギルガメッシュの敗北。

 そして葵からもたらされた情報により、全てが間桐雁夜に収斂すると時臣は判断した。

 

 偽物か。何かが、起こったのか。

 いずれにしろ、遠坂にとって間桐は撃破すべき敵であり、娘を奪還すべき地となっていた。

 

「マスター、バーサーカーの姿は見えません」

 

「間桐雁夜はライダー陣営と円蔵山に向かったままです」

 

「隙を突くなら、今かと」

 

 あれだけのことをする相手が、無防備のままとは思えない。

 だが、葵の聞いた話が事実なら、間桐にとって桜は価値ある存在ではないだろう。

 少なくとも、間桐雁夜にとっては。

 

 ならば、奪還の機会はあるのだ。

 

 そして、遠坂時臣はアサシンを間桐邸に向けて走らせた。

 魔術的な防御も、アサシンたちにとっては他愛ない。

 しかし、表面にすぐ現れるものは、本陣ではないだろう。

 そのように時臣も予想していたのだが、

 

「ぎゃ……!」

 

「あがっ」

 

「ひっぃぃ!!」

 

 すぐさま、アサシンたちが悲鳴を上げて消滅し始めた。

 何かが、アサシンたちに襲いかかっている。

 黒い、猫ほどの翼をもった何かだった。

 

(……蟲!?)

 

 毒々しい羽を持つ、毒蛾、蜂、甲虫などの特徴を合わせもった蟲たちだった。

 それが、牙や毒針でもってアサシンたちを襲っている。

 闇に紛れた、恐ろしい数の群れだった。

 毒蟲は闇夜に舞い上がり、空に広がっていく。

 そして、遠くから観察していた時臣のもとにも、向かってきていた。

 

(気づかれた……!!)

 

 巧妙な魔術的隠蔽も、蟲には通じないらしい。

 襲ってくる蟲に対して、時臣は炎の魔術を放った。

 しかし、炎に包まれながらも蟲たちは平気で飛び回っていた。

 火は、弱点になりえない。

 そう時臣が感じ取った時には、周囲は完全に囲まれていた。

 

 脂汗がにじむ。

 

 もはや絶体絶命の状況だが、打開策がない。

 そうしている間にも、アサシンたちは潰されていく。

 最後のアサシンが葬られるまで、そう時間はかからなかった。

 

(……何故殺さない?)

 

 囲まれた状態のまま、時臣がそう思った時、

 

「チェックメイトだな。遠坂時臣」

 

 蟲から、声がした。

 

「間桐、雁夜か」

 

「まあ、そうだな。で、君はすでにサーヴァントを2回も失った。残るはライダーかバーサーカーのみ。再び戦うには、ライダーと契約するしかないわけだが、ライダーは一応協力者である人物のサーヴァントだ。ライダーはどうでもいいが、彼に危害がくわわっては、困る」

 

「……何が言いたい」

 

「つまりはなんだ。君は今回は負けた。そういうことで撤退をおすすめするわけだよ」

 

「……情けをかけると?」

 

「そういうわけでもない。君は一応この土地の管理者なのだろう? それが失われると私の仕事も増える。それは避けたいのだよ。無駄な時間を使いたくないのでね」

 

 その言葉に、時臣は激しい屈辱を感じた。

 つまるところ手間がかかりそうなので殺さないでおこう、という話なのだ。

 

「お前は、何者だ」

 

「その質問は何度もされて、いいかげんうんざりしている。君の知る間桐雁夜ではないとだけ言っておこう。遠坂時臣についての情報は記録でしか知らない。個人的なものは何も残っていない。満足か?」

 

「……馬鹿な」

 

「どう受け取ろうが、それは君の自由だ」

 

「……桜は」

 

「なんだね?」

 

「桜はどうなっている……?」

 

「別にどうも? 君の伴侶に言った通り、肉体的には健康だよ。返却を希望するなら間桐鶴野に言いたまえ。ああ、これも言ったな」

 

「……君は、桜に魔導を伝えるつもりはあるのか?」

 

「さあね。現在の状態がどの程度続くかはわからない。将来のことは確約しかねるね。以前の私は、魔術を嫌悪していたのだから」

 

「後継者とする気がないなら、返してもらおう。あの子のを才能を、腐らせたくはない」

 

「その判断は最初から過ちだったな。間桐臓硯は最初から跡継ぎなどとは考えていなかった。彼は、あくまで間桐の血を残すための道具と認識していたからね」

 

 淡々とした説明に、時臣は憤怒で自我を失いそうになった。

 臓硯にあっさりと騙された自分。

 それを無感動に説明する、間桐雁夜の声に。

 

「では、もう帰りたまえ。それでも敵対関係を続けるのなら、まあそれもいいだろう。管理は手間だが、それ以上にトラブルがあっても面倒だ。遠坂には退場してもらい、別の管理者を誘致するよ」

 

「ぐ……!!!」

 

 侮蔑的な意見に、こめかみを引くつかせながらも時臣は撤退を開始した。

 蟲も追ってくる気配はない。

 認めがたいことだが、今回の聖杯戦争は完敗に終わってしまった。

 予想だにしなかったイレギュラーの手によって。

 

 しかし、生きている限りチャンスはある。

 そのように考え、今は耐えるしかなかった。

 

(しかし、あれは本当に間桐雁夜なのか……?)

 

 直接会ってはいないが、聞き覚えのある声。

 同時に、明らかな違和感を感じさせる無機質な声。

 魔術の失敗、あるいは影響で人格に変化が起こることは例として存在する。

 だが、これはそのようなものではない、と思えた。

 

 

 

 

 そして円蔵山洞穴。

 

「よし、完了だ。見事なアシストだったよ、ウェイバー・ベルベット」

 

「…………」

 

 ウェイバーは答えない。

 全身汗だくになりながら、座り込んだまま荒い呼吸をするだけだった。

 

「これで聖杯も正常に作動することだろう。良かったな、ライダー」

 

「はてさて。余はなーんもしてもおらんのだが……まあ、これもラックの強さとするか」

 

 ライダーは若干微妙な顔で頬を掻いている。

 

「それで、ウェイバー。報酬に望みはあるかね?」

 

「……例えば、だけど。ライダーを受肉させる方法はあるのか……」

 

「ふむ」

 

「おいおい、坊主……」

 

「うるさいな。例えば、だよ」

 

 何か言いたげなライダーを、ウェイバーは下から睨みつける。

 

「不可能ではないね。多数令呪を使用すれば問題ないだろう」

 

「いや、まずの多数の令呪ってのが……」

 

「それが望む報酬か? それでいいのかな?」

 

「……マジか?」

 

「言っただろう。可能だと。もともとはマキリの開発した技術だからな」

 

「わかった。なら、受肉に必要な令呪を……」

 

「よろしい」

 

 雁夜はウェイバーにそっと手をかざした。

 すると、ウェイバーの腕に一瞬痛みが走った。

 それが消えた後には、複数の令呪が彼の腕に刻み込まれていたのである。

 

「……なるほど。こんなこともできんのかよ」

 

「聖杯にたまった魔力を流用したのでね、消費も少なくてすんだ」

 

「もうあんたが聖杯みたいなもんじゃないか……」

 

「ふむ。それは称賛だと受け取るべきなのかな?」

 

「ああ、最大級のね……」

 

「では素直に受け取っておこう」

 

 相変わらず淡々としている雁夜に、ウェイバーはただただ苦笑する。

 

 

 

 

 セイバー陣営。

 

 彼らはどうなり、どうしているのか。

 

 舞弥の死を通信越しに聞かされた後、衛宮切嗣はすぐに撤退しようとした。

 だが、その直後、彼の意識は途絶えて二度と戻ることはなかった。

 一瞬で全身が凍結して、粉々に砕け散ったのだ。

 

 そして、通信には応えたアイリスフィールも、もはや限界だった。

 一度に3騎分の魔力が内なる聖杯に飛び込み、大きな負荷を受けていた。

 なので、背後に迫るバーサーカーの影にも気づくことはなかったのである。

 

 だが、彼女は死んではいなかった。

 

 すでにキャスター、アサシンが敗れた後も、肉体は保たれたままだった。

 というのも、内なる聖杯は取り出されていたからである。

 根城であるアインツベルン城の中、彼女はベッドに寝かされていた。

 

「彼女が……ホムンクルス? アインツベルンの?」

 

「そうだ。聖杯の機能をもたされたタイプらしい。なぜこんな人間に近く、感情や人格まであるのかは謎だが。意味不明だ」

 

「けど、サーヴァントはもう2騎しかいいないじゃないか。そんだけ魔力が注がれてるのに、ぜんぜん、こう……平気そうだよな?」

 

「小聖杯のベースはすでに取り出してあるからな。見たいのなら、後でお目にかけよう。それに、肉体も修復してある」

 

「ほほう。ずいぶんと慈悲深いではないか? やはり美女ゆえか」

 

「ホムンクルスの生体構造を探るために」

 

「……だと思ったよ」

 

「マスターのほうは容赦なく殺したのにか?」

 

「そういや、ケイネス先生も、遠坂も殺してないんだよな」

 

「衛宮切嗣の思考回路を調べた結果、あることがわかったのでね。彼に聖杯にかける願い。恒久的世界平和だったか」

 

「は? いや、そんな、まさか……」

 

「事実だよ」

 

「……いや、そりゃあまた、なんとも………………」

 

「現実に適応できない理想主義者というのは、非常に危険だと人類の歴史から学んだ。それが大きな力を持てば確実に。その手のタイプはたいてい大量虐殺や大規模な破壊をもたらす」

 

「……理想は高くあるべきだが、現実とのすりあわせができんではなあ。余も苦労したものよ。そこは英雄王もきっと同じだったろうよ」

 

「…………」

 

「不満かね、ウェイバー・ベルベット」

 

「そりゃあ、魔術師なら手を汚したことはいくらもあったろうし、聖杯戦争に参加した以上は、そうなっても文句は言えないだろうけど…………」

 

「例えだが――ポル・ポトという人物を知っているかね?」

 

「……ああ。そうだなあ。仕方ない、とは言えないけど、なるようになったってことか」

 

「何者だ、そりゃどこぞの暴君か。……ああ、なるほど」

 

「聖杯のバックアップとは便利なものだな。参考にしたい」

 

 誰かのそんな会話を、アイリスフィールは夢うつつに聞いていた。

 

(あの人が、キリツグが死んだ…………)

 

「……あ、あれ? 涙…………」

 

「夫のことでも夢に見とるのかもな。……して、マトウ・カリヤよ。この女をどうする気だ?」

 

「さあね。もう用はないし、おとなしく帰国してもらえれば助かるのだが」

 

「……もし、仇だって襲ってきたら」

 

「その時は殺す」

 

「即答かよ! ……まあ、そうだろうと思ったけど」

 

「あのなあ、カリヤよ。もう少しこうなんというか、手心というか…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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