Fate/Shadow Out of Time 【完結】 作:らくべえ09
誰もいない城を出て、アイリスフィール・フォン・アインツベルンが間桐邸を訪れたのは、遠坂時臣が敗れた2日後だった。
門前払いかと思われたが、意外にも間桐は彼女を迎え入れた。
大きな客間に、間桐雁夜は協力者であるウェイバーとライダー、同席させた。
「今回は、取引をしたく参上しました。間桐雁夜、あなたはアインツベルンの魔術に興味はありませんか」
アイリスフィールは人形のような顔でそう言った。
「確か、錬金術に秀でた一族だったか。まあ、確かに興味がある」
「間桐が、それを全て手に入れられるとしたらどうでしょう」
「あんた……一族を裏切るってのか?」
その提案に驚くウェイバーは、ライダーは無言で押さえた。
余計なことは言うな、と。
「そんなことをして、君に何の利益があるのか」
「もちろん条件があります。私の娘……イリヤスフィールの治療をお願いしたいのです。あなたなら、可能なのでしょう」
「確約はできないが、君の構造と類似性があるなら可能性は大きい。本人の情報がないので、不明確だが」
「では、それと引き換えに、アインツベルンの秘術を全て渡す。それでいかが?」
「……あ、あんた、でも、ほんとにいいのかよ? そりゃ娘は大事だろうけど…………」
困惑しているウェイバーの反応に、アイリスフィールは少しだけ微笑んだ。
「すでにご存じでしょうが、私は聖杯の外殻として造られたホムンクルスです。此度の聖杯戦争で、聖杯が顕現すれば同時に死ぬはずでした。でも、結果は逆。夫は死んで、私は生き残ってしまった」
「……」
「……」
その独白に雁夜も、ウェイバーも、ライダーも無言だった。
ウェイバーは痛ましそうに顔を背け、ライダーは頭を掻く。
雁夜は、変わらず無表情だった。
「正直に言いましょう。夫を奪ったあなたが憎い。でも、それ以上に娘を失うのが怖い。だから、こうして取引に参りました」
「話はわかった。まあ、憎まれるのは筋違いだと思うが、人間の感情とはそういうものらしい。良いだろう、アインツベルンにお邪魔するとしよう」
「……感謝します」
アイリスフィールは、了承を受けたと同時に不思議な感覚をおぼえていた。
(人間……)
どうやら、この男から見て自分ほぼ人間、少なくとも心は人間らしい。
喜ぶべきなのか。仇の言葉だが、否定するには胸に響いた。
「のう、カリヤよ。その旅に我らも同行するわけにはいかぬか?」
いきなりライダーが言いだした。
「ちょ……お前、アインツベルンの根城に……。はぁ……今さらか」
一瞬ギョッとするウェイバーだが、すぐに諦めの表情をみせた。
「そうだな、協力者がいると助かる」
うなずく雁夜に、そうこなくってはな! と、ライダーが笑った。
「けど、素直に受け入れてもらえるのか……? 僕らは部外者だし」
「突破方法はいくらもあるが……『平和的』な手段としては、喜ばれる手土産が有効だろう」
「手土産?」
「アインツベルンは、これを欲しがっているのだろう?」
トン、と雁夜は真っ黒な四角い箱らしきものをテーブルにおいた。
すると箱は四方に分かれて、中身をあらわにする。
そこにあった、黄金に輝くものは、
「……え? ま、まさか、聖杯!?」
「……嘘!!」
ウェイバーとアイリスフィールが同時に叫んだ。
「ほっほー!? こいつは汚染されてはおらんようだな?」
ライダーが楽しそうに杯をのぞき込む。
「ど、どうして……?」
「私のサーヴァントを魔力として注ぎ込んだ。それだけだよ。6騎だけなのでまあ、完成度は80%というところか。しかし、問題はないだろう」
唖然とするアイリスフィールへ、雁夜はこともなげに言った。
「自分のサーヴァントを……?」
「もう用はなかった。それに、サーヴァントは元々単なるコピーだ。さらに言うなら私のサーヴァントは理性なきバーサーカーだからな」
「そ、そう……ですか」
この男はある意味もっとも魔術師らしい魔術師なのではあるまいか、とアイリスフィールは思った。
いや、ふさわしいというべきかもしれない。
こうして、第4次聖杯戦争は、間桐陣営が勝者となり、聖杯はアインツベルンに――
そういうことになった。
アイリスフィールは聖杯を手に、客人という形の間桐陣営と共に故郷に戻る。
これによって、ある意味でアインツベルンは崩壊した。
アハト翁ことユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンの死去が、魔術会に広がることになる。
間桐雁夜に言わせると、
「古い機械をチューンアップして、ソフトをアップデートしたにすぎない」
ということなのだが。
少し時間を先に進めると、アインツベルンは世界有数の家電メーカーとして台頭していった。
この成功によって、今まで以上の財産を築く結果となり、代表のアイリスフィールは世界有数の富豪になってしまう。
アインツベルンはロボットメーカーとしても広く活躍して、あらゆる産業に大きな影響を与えた。
ちなみに、人型ロボットの流通はアジア圏、特に日本が中心となった。
キリスト教圏などでは、人の姿をしたロボットに抵抗感があったためだろう。
アインツベルンの一件が片付いた後、間桐雁夜は世界中の大学をめぐり、様々な学問を修めていった。
ウェイバーとライダーことイスカンダルは、それに助手とボディーガードという形で付いてまわった。
その異常な速度と理解力は、もはや怪物のそれだったと関係者は語る。
こと、天文学においては多くの実績を残す。
聖杯戦争終了から8か月ほどたった頃のことだった。
ブラジルの某所近くから、巨大な生物が出現した。
全身、特に下半身が強靭な鱗に覆われ、一本の角を持つ怪物のような生物。
パッと見た印象は、古代生物のT-レックスを想起させた。
多大な被害を出しながら軍隊に駆除されたその生物は、『ゴメス』というニックネームが名づけられる。
この事件を調査した雁夜は、様々ルートから世界中の調査を始めた。
心霊や怪異、そういった事件が次第に多発しはじめ、ライダーたちも繰り出されることになった。
さらに経過して聖杯戦争から一年を過ぎた頃、雁夜はウェイバーや鶴野に言った。
「近いうちに、以前の記憶が戻るかもしれない」
その頃には、膨大な研究資料などに埋もれた生活となっていた。
まるで予言のような言葉に関係者が不気味さを感じて数日後、雁夜は意識を失って倒れた。
病院に搬送された後、雁夜はまた唐突に目覚めた。
ここ一年の出来事を全て忘れて。
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大よそのことを調べ終えてから、雁夜は深く深くため息をつく。
何も覚えてはいない。
そのはずだが、魔術に関しても、多くの知識に関しても、時間が過ぎるごとに鮮明になってきた。
なのに、具体的な記憶……例えばどのように聖杯戦争を戦ったのか、などがすっぽりぬけている。
家のことに関しては、兄・鶴野が全てやっており、彼の立場は金に困らない
桜は、結局遠坂には戻らなかった。
しばらく姿をくらました遠坂時臣は、動かなかったのである。
「多分、あんたが時計塔でも有名になっちゃったからだろうな」
そのようにウェイバーは語っていた。
業腹だが、結局間桐にいたほうが優れた魔術を学べると踏んだようである。
ちなみに、桜の師となっているのは、ウェイバーだった。
鶴野自身もまだ初心者のようなものであり、ウェイバーには、
「コーチとしての才能があった」
ためである。
結局、自分が全て解決をしたということらしいが、雁夜にその自覚はない。
いや、そうではないのだという妙な確信さえある。
時臣をはじめ、天才とさ賞賛される魔術師も、命こそ助かったが屈辱に臍をかんだ。
でもだから何だというのだろうか。
雁夜は強い虚無感の中で、怠惰に過ごす時間ばかりを浪費した。
しかし、そんな時間の中でも、夢だけは見続けた。
おかしな夢だった。
どこともしれない、あるいはずっと宇宙の果てかもしれない。
そんな場所で、雁夜は拘束され、監禁されていた。
未知の装置によって、知っているあらゆる情報を吐き出さされた後は、半分眠ったような状態のまま。
周りにいるのは、異形の姿ばかりだった。
セミに似た顔を持つ、二本足で立つエイリアン、だろうか。
その両手は、ハサミ状になっており、機械などの操作は別の手段を使うらしい。
あるいは、そうしたたための装置が体内に組み込まれているのだろうか。
半ば眠りながらも、流れてくる情報もあった。
どうやら、彼らはある事情から故郷の星を失った、いわば難民らしい。
なので次の住居を探すため、情報収集のために、自分たちの精神を遥か彼方、次元さえ超えて投射した。
それによってそこに住む知的生物と精神の交換を行い、情報を集めるのだ。
しばらく時間が流れた後、彼らの動きに変化が生じた。
どうやら地球から得た情報によって、革新的技術の開発に成功したらしい。
それ自体は彼らにとってオモチャのようなものだが、従来の技術を融合させることで、大きな進歩を遂げたのだ。
彼らは小惑星などを利用して、巨大な人工都市を建造開始した。
これと同時に、地球での情報収集も終わったらしかった。
彼らの種族名は、人間では発音できない。
そもそも、彼らの会話は人間でいう精神感応によるものだった。
だがあえて、地球……日本語での発音にすると、
バルタン
となる。
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・
・
要するに、間桐雁夜は遠くの宇宙人によって肉体を乗っ取られていたのか?
馬鹿らしい。
そう思う雁夜だが、否定もできず誰かに話す気にもなれなかった。
しかし、そんな悶々とする日々の中で事件は起きる。
突如、巨大な地震が冬木全体に襲いかかった。
間桐邸の被害は軽微だったが、全体的に大きなダメージを負い、死傷者も多く出した。
正確には、地震ではない。
地下から突然発生した巨大な植物によって、街の地下空間がメチャメチャになったためである。
高さ100メートルにも達する、古代植物に似た巨大な花。
これが薄いピンクの花を冬木市に咲かせた。
後にマンモスフラワーと呼称される巨大植物は、生物の器官にダメージを与える花粉をまき散らし、かつその根は動物のように動いて人間を襲った。
これも後の調査でわかったことだが、これの発生原因は聖杯戦争にある。
当時キャスターとそのマスターが大量の児童を誘拐して、殺害していた下水道に、何故か未知の植物が発生した。
植物は日のささない場所で人間の血肉を餌として、密かに根を張り巨大に成長していったのだ。
そして、ついには天井を突き破って地上に顔を出した。
火炎放射も根への攻撃にもビクとしない怪奇植物。
それは、どういうわけか膨大な神秘に身に有していたのだ。
雁夜は密かに手を回して、魔術を用いた薬品を特殊な化学薬品と偽って使用させ、これをどうにか駆除した。
冬木の事件は、とりあえず解決はした。
だが、その2か月後、南極の調査隊が何者かに襲われて壊滅するという事件が起きた。
そして1週間後、ロンドンを季節外れの巨大寒波が襲いかかった。
なんとそれは、一個の生物によってもたらされたのである。
口から寒波を吐き出す巨大な有翼生物はこれまた甚大な被害をもたらした。
この事件は、時計塔のケイネスがある種の苔から造り出した魔術薬品を使い、生物を駆除することで解決する。
しかし、ブラジルにして、日本にしても、ロンドンにしても、魔術そのものはともかく、その生物の隠蔽は不可能だった。
そもそもこんなクラスの幻想種のような生き物が、3連続で発生すること自体、ありえない。
はずだった。
しかし、それからまた。
中国で翼長60メートルを超える巨大な鳥が発生して、人畜を襲撃した。
これは捕獲も駆除もできないまま逃走し、現在も行方は知れていない。
中国では、古い伝承から名を取って、『大鵬』と呼んでいたが、学術的にはラルゲユウスと命名される。
そして五体目。
中東の某国、古代の神像から巨大なカタツムリに似た生物が発生。
瞬く間に巨大化したそれは、溶解液をまき散らして暴れ狂った。
これに関しては、当時近くに研究をしていた遠坂時臣を始め、火の魔術に長けた者たちがどうにか駆除した。
他にも、大小の怪異や幻想種の目撃は、後を絶たなくなる。
その理由は、不明――
やがて、今日もまた。
数十年後。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、日記でこのように述懐している。
おそらく、間桐によって生み出された『宇宙魔術』はその代償として地球の窓を開いてしまったのだ。
地球の中で薄まっていくはずの『神秘』は、開かれた窓より、無限の宇宙から膨大に地球に降り注いでいる。
でも、もうそれを止める手段はない。
悪は、なされたのだから。
とりあえず駆け足ながら完結であります。
次の作品を出すなら1話3000文字くらいにしておこうと思いました。
今回は最強キャラだったので次作は最弱キャラでもいこうと考えましたが、難しそうなのでやめときます。