喜多「そうだ後藤さん、百花さんの好きな食べ物って…何か分かるかしら?」
ひとり「えっ…どどどうしてですか?」
喜多「その…オーディションの曲の練習だとか個人的に付き合ってもらっちゃったから…もちろん後藤さんにもするつもりよ?だって毎回レッスンしてもらってるし」
ひとり「えーと…駄菓子ですね。特にりんご飴とか。あっでも甘いものなら大好きだと思います」
喜多「へぇ〜結構そういうものが好きなのね!じゃあ後藤さんが好きな食べ物は?」
ひとり「その…ハンバーグとか…からあげとか…」
ただ、見つめる。
1人無言でひたすら見つめる。
その目に宿し感情は虚無。否、絶望に近い。どうしようも無くて放心しかけていると言って良いだろう。
「アテが…外れた…」
「この場合はそもそも見込みが間違っていたと言わざるおえないでござる…」
現在、ひとりの部屋である。
手にチケットを持ち、呆然と眺めている。
総量8枚。当初渡された数に+3枚である。
「小学生以下はダメかぁ…」
「まぁ…ほら。ライブハウスって一応その…お父上の言う通り怖いところでござるから」
ひとりの元々の予想はこうだ。
父、母、妹、そして犬。
コレだけでは足りないが、そこに百鬼姫、ケータ、イナホ、更にカイムやうんがい鏡といった友だち妖怪を加えれば十分ノルマ5枚は賄えると考えていた。
しかし、当たり前だが犬は観客には入らない。
両親はライブに行くことを承諾してくれたものの、小学生以下のふたりにはまだライブハウスは早すぎるとのこと。小学生以下ということは、即ちケータとイナホもダメになってしまう。そのことに気づいた時のひとりの絶望は計り知れない。
頼みの綱の友だち妖怪であるが、基本人に見えない以上、どうにか人に化けられる妖怪を探すしかなかった。
最後に、百鬼姫。
それでも彼女は親と同じ安牌枠だと考えていた
が
「百鬼姫の分は別で渡されてるんだよね…うぅ…」
虹夏曰く『普段から来てもらってるし、万が一チケット買えなかった…ってことが無いように別枠で用意しておいたよ!』だそうである。これも彼女の優しさである。
ひとりには頼みの綱の一つを目の前で切られた気分であった。
そして、さらに追い討ちである。
「…あ、ロインだ……。?。。。??・・・….」
「ひとりどの⁉︎」
『お友達結構来てくれるみたいです!よかった〜〜〜〜❤️✨』
『なんか売れた』
『ぼっちちゃんはどうかな?今日の自主練くる?新曲もみんなで合わせたいし 』
皆から送られるメッセージを読む。
文面から分かる。
順調。
故に、心には焦りが生じる。全身からは滝のように冷や汗が流れ出していた。この状況、どう返信するべきか。
見栄を張って余裕です〜と言うか、正直に達成は難しいと送るか。しかしそうなれば最悪切り捨てられる。
どうにかしなければ。
必死に、ただ必死に来てくれそうな友だち妖怪を考える。
その時、一応閃く
「そ、そうだ!エンマ大王とか!たまに人間界でも遊んでるらしいし!」
「いやそんな簡単に妖魔界の最高権力者呼び出すのやめてほしいでござる…」
「でもこれじゃあ後が無いし…とりあえず連絡してみようよ」
「妖怪であるこの身としては色々複雑でござる…」
そうして、妖怪パッドで連絡し、待つこと数分。
待ちに待った着信音である。
画面を立ち上げ、通知があることを確認。そ〜っと返信を開封する。
が
「…どうでござった?」
「…それが…」
「それが?」
『行きたい気持ちは山々なんだが、最近仕事溜めすぎてぬらりがカンカンでな…ちょっと抜け出せそうに無い。だが次の機会があったら必ず行くから、予定が分かったら教えてくれよな!』
「つまり…」
「忙しいから無理だって…」
「そりゃそうでござるよ」
本人の中ではなんだかんだで来てくれる相手だと考えていた。しかし、結果はこれである。
それでも機会があれば喜んで行く、と書かれていたのが救いか。
嘆いていても仕方がないため、再び頭を抱え考える。
やはりすぐには思い浮かばない。
しかし、天は彼女を見捨てなかったのか、はたまた運命の悪戯か。
最初のうちは考えつかなかったものの、ふと何人か思い当たる筋があったようである。
「…あ!でも…百鬼姫経由でふぶき姫と椿姫とか!」
ふぶき姫と椿姫
彼女らは百鬼姫と親交が深く、またひとり自身とも友だち契約が済んでいる妖怪である。
「それならまだ可能性はありそうでござるな。仮に百鬼姫に加えて2人が買ってくれたとして…でも残り4枚でござるか…」
「きっとこの長期確認しとけば…なんとかなる。きっとなんとかなるよ!」
妖怪大辞典を取り出し、妖怪一人一人を確認していく。ひとりは思っていた。あと4枚ぐらい、どうにかなるだろう。なにせ自分にはたくさんの友だちがいるのだから、と。
「…やっぱ恥ずかしい…やっぱ取り憑いてて!お願い!」
「あら〜そんなこと無いわよ!すっごくオシャレでいいじゃない!それに、宣伝するなら自分の意思でやりたいって言ったのはアナタでしょ!ほら、顔も可愛いんだからそのまま自信もって!」
「いつもジャージ姿だからかなり新鮮でござるなぁ」
チケットが売れたか、売れなかったか。
確かに、ふぶき姫、椿姫には売ることに成功した。だか残りの4枚はどうであったか。
こうして外に出ているのが答えである。
「たしかに…たしかに私も宣伝するなら少し見栄え良くした方が…その…いい印象持たれると思ったけどさぁ!こんな格好だなんて予想してないよ…」
「だって家のクローゼットにいい服がたくさんあったんですもの」
「ひとりどのの母上が買ってきてあったものがこんな形で役立つとは…」
自ら印刷したビラを抱え、神社の近くでうずくまっている。
しかし、その格好は普段のひとりからは想像もできないないような洒落て、可愛らしい格好であった。
普段と同じであるのは髪飾りと背中に背負うギターのみである。
「こんなの絶対似合ってないしし…変なヤツだと思われるよ…」
「ほら!下向いてるばかりじゃそのお顔が台無しよ!」
「どうしても耐えられなくなったら拙者が取り憑くから安心するでござる!」
「そうなん…だけど…」
結局、一歩も動かず数分。
途中でこの格好にした原因のしゃれこ夫人は帰って行き、ひとりどのカイムの2人きりになる。こうしていても何も始まらない、と頭では分かっているものの、結局動かず時間が過ぎていく。
と思いきや
「ヒィ!⁉︎」
ひとりが飛び上がるのも無理は無い。
近くで大きな物音、人が倒れたのである。
恐る恐る近くを見れば、倒れている女性が1人。
うっすらと呻き声を上げながら、指がピクピクと動くだけである。
「〜⁉︎どどどどどうしよう⁉︎救急車呼ばなきゃ‼︎いやでもそれより先に誰か人を呼んだほうg「ミ…ミズ…」「えっ」」
まだ意識がある。確かに、助けを求めているのだ。救急車では間に合わないかもしれない、と判断し、ひとりはその女性の要望に応えようとした。
「み、水ならすぐ買ってきます!」
「ソれと…酔い止メ…」
「はいっ!」
「あと…しじみの味噌汁…おかゆも食べたい…」
「はっはい⁉︎」
「なんか雲行きが怪しくなってきたでござるが」
「介抱場所はふかふか天日干しのベッドの上で…」
「…」
「これは…」
「…なんか注文多い…」
「恐らくは…酔っ払い…でござる…」
「はぁー!生き返るぅ…!まさか本当に味噌汁買ってきてくれるなんて…くぅ〜!」
「なんだか…ヤバい人、助けちゃったでござるな…」
「うん…」
先程助けた女性。
壁にもたれかかりながら一心不乱に味噌汁と水を飲み続ける。途中身を捩り出したりそもそも言動が不安定であったり。顔が赤くなっているところを見るに、ヤバいタイプの酔っ払いである。
「…変な展開にならないうちに離れた方がいいんじゃないでござるか?」
「私も同じこと思ってた… それじゃあ私はこれで「そういえば名前なんて言うの〜?」後藤ひとりです…「見た目も名前もかわいい子だね〜私は廣井きくり〜そうだ、そういう服着るの趣味だったりする〜?」いえ…これは友だちに勧められて着たもので…」
「お酒はほどほどにしないとね〜って言ったそばから飲んじゃうんだけどね〜迎え酒〜!んぐっんぐっぷはぁ.〜」
即座に離れようとしたものの、運悪く引き止められてしまう。
「んぐあ〜!ひとりちゃんも飲む〜?安酒だけど。あ、ひとりちゃんって未成年かぁ〜」
ひたすらパック酒と瓶を抱えて飲み続ける成人女性と、隣に座るコスプレチックな格好の高校生。
ひとりの目は死んでいた。
「あれぇ聞いてるぅ〜?」
「明らかに意識混濁してるし…間違いなくこのままいると面倒ごとなら巻き込まれるでござるよ…」
「よし…こうなったら、3秒後にダッシュで…うわっ!」
「おっ!ギタ〜!弾くの?ギタ〜私バンドやってるんだ〜!インディーズだけど〜」
運悪く、背中に背負うギターを掴まれてしまい、逃げることができない。
(どうしようどうしようこの人楽器やってる人だ大人のバンドマンだしまし軽率なこと言ったらロックを舐めるなって怒られるかも…!)
「うん?ひとりちゃ〜ん?」
「?ひとりどの⁉︎」
「ア、このギターこの前始めようと思って買ったんですけど全然うまくいかなくてやっぱり私このギターにふさわしくない人間だと思うんで買ってから一日だけど今から売っりに行ってそうしたらもっとふさわしい人に巡り合ってくれるしいくらで売れるかな今日はそのお金で焼肉パーティーだあー「待って」…え?」
先程までの酔っ払った声とは似ても似つかず、真面目な声が響いた。
「初めてから一日で辞めるなんて勿体無いよ。売るのはいつでもできるから、もうちょっと続けてみよ?そうしたら、そのギターにふさわしい人間になれると思うよ」
(…!)
(案外、マトモな人でござるか?)
「なーんちゃって!らしいこと言ってみたり!よかったらお姉さんが手取り足取りレッスンしてやろうか?」
「アッあの…」
「ん?」
「すいません…さっきの嘘デス…」
「すっごいスラスラ嘘つくね」
「へぇ〜いいギターじゃん!大切に使ってるんだねぇ〜」
「ありがとうございます…」
「私はベース弾いてるんだ〜!私にとってお酒とベースは命より大切なものだから〜いつも肌身離さず持ってるんだ〜!」
「あれ、にしては手ぶらで…」
「…ベースはどちらに?」
「…居酒屋に、置いてきちゃった。取りに行くよぼっちちゃ〜ん‼︎」
((命…軽い))
「じゃ〜ん!見てみて!コレ私のベース酒呑童子EX〜!かっこいいでしょ!」
「実際の酒呑童子どのは禁酒成功しているでござるのに…」
「この人にもスポドリで…いやこのレベルだと無理かな…」
かれこれあって、彼女のベースを取り戻して、現在川の近くである。相変わらずパック酒を手に持ち、ストローで吸っている。
「そーいやひとりちゃんはどうしてここにいるの〜?」
「そっそれはかくかくしかじかで…」
「…うっ…ひぐっ…大変だったんだねぇ…ひとりちゃんは悲劇の少女だったわけかぁ…」
(す、すごく同情してくれてる!)
「ここで同情される嬉しさ感じていいんでござろうか…」
「私もチケット売るの大変だったんだよ…心はすごい苦しいんだなぁ…ヨシ!ここは命の恩人である私が一肌脱いで…!」
「えっ」
彼女はおもむろに上着を脱ぎ出し、一気に薄着になる。
「なんだか危ない匂いする展開になってきたんだけど…⁉︎」
「いやいやでもまだそうだと確定した訳では…」
「お姉さんと2人で…」
「何頬赤てるでござるか⁉︎」
「だ、だって私…!」
「路上ライブをしよう‼︎」
「えっ」
(…えっ)
一部あらぬ想像をし危険を感じていたひとりであったが、その返答は危惧していたものでは無く、安心した。のも束の間。今この状況で路上ライブという、予想外の提案に困惑していた。
「そう〜ビラもあるし、ここら辺でお祭りやるらしいから人もたくさんいる。それにその格好でライブして、人呼び込むのも良いしね〜!あ、でもアンプ無いから音出ないか」
「なら…それじゃあ路上ライブは無しってことで…」
しかし、彼女は特に焦ることは無く、おもむろにスマホで連絡を始めた。
「もしも〜し!生きてる〜?今から路上ライブすんだけど機材持ってきてくんない〜?場所はねぇ…」
「と…トントン拍子で話が進んでいく…どうしよう…このままじゃ人が集まって…」
しばらくして、演奏に必要な機材が次々に運び込まれていく。彼女は素早くシールドを繋ぎ、ひとりの制作したチラシを上に掲げ、人々へ呼びかけた。
「今から路上ライブしま〜す!タダでやるんで〜ヒマだったら見てってくださ〜い!路上の皆さ〜ん!今からライブやりま〜す!」
「ワー楽しみー」
「いや君もやるんだよ」
「そっかぁ〜外でやるの初めてなんだ〜」
「は…はい…人見知りで…」
「妖怪相手には平気でござるのにな」
「だって…なんだか人相手だと妙に緊張するし…やっぱ妖怪の方が安心感あるというか…」
「だったらいっそのこと目瞑ってやってみたら?」
「…なら…行けるかも…」
「えっマジでござるか?」
「うん…普段から手元見えない暗闇の中で演奏してるし…案外アリ…かも…大丈夫…これなら行ける」
そのひとりの様子を見てか、なんとなく言ったのかは分からない。
彼女は、ひとりの目を見て、告げた。
「でも一応言っとくけど」
「えっ」
「今ここにいる人は君の戦う相手じゃないからね…敵を見誤るなよ?」
(敵…?敵って…それはどういう…)
すると、彼女は手を挙げて、人々に呼びかけた。
「それじゃあ!今からやる曲は、この子の入ってる結束バンドのオリジナル曲です!ぱちばちぱちばち〜!…ほら、弾いて。こっちで合わせるから」
「は…はい!」
「そういえばさ、ぼっちちゃんから返信こないね」
「はい、まだです…」
「いまだスルー」
「…さっきのロインまずかったかな…?」
「でも今日は自主練の日ですし、単純に忙しいだけかもしれませんよ?」
「かなー…もしかして、ぼっちちゃんにプレッシャーかけすぎちゃってたかな…?」
(あの時、ぼっちちゃんはチケット沢山捌けるって言ってたけど…増やしてあげたチケットも圧力になっちゃってたりして…もしかして、あの時私に聞かれちゃったことを気にしちゃってるのかな…)
「…輩、伊知寺先輩!」
「…わっ…どうした?喜多ちゃん?」
「虹夏、さっきから話しかけてたのに反応してなった」
「少し考えちゃってて…あは、あははは」
開始された即興ライブ。彼女の言葉を信じて、ひとりは弾き始める。だが、弾き始めてすぐに気づいた。
(この人…即興なのに音に全く迷いが無い。私の演奏、しっかり支えてくれてる。音だけで分かる。この人、楽しみながら弾いてる。それに比べて…私は…)
今、目は閉じたままであるため、前の様子は分からない。
自分の様子を見て、どう思っているか。変だと思っていないか。間違っているように聞こえていないか。不安が溜まっていった。
「そういえばさ、学校でのぼっちの様子ってどう?やっぱりぼっち?」
「コラ。あんまりそんなこと言わない。…この前も聞いたけど、最近どうなってるかは私も気になるかな」
「はい、クラスが違うから何とも言えないんですけど、いつも1人で…やっぱり独り言が多いって聞きます。私もお友達とお弁当誘いに行こうと思ったんですけど、気づいたらどこかへ行ってたりして…」
(改めて聞いたけど、やっぱりか…自分から踏み入るべきでは無いと思ってるけど、何かあるんだよね、ぼっちちゃんには…)
「ぼっちちゃん…大丈夫かなぁ…」
しかし、演奏の音以外に、何かをひとりの耳が捉えた。
「がんばってー!」
「ちょ、あんたどうしたの?」
「だって…あのギターの人、何かに怖がってるみたいだったからつい…」
ひとりの様子が変わる。
カイムは、ひとりの表情が。目が。変わっていることに気づいた。
(そうか…私の前に、敵なんていないんだ…!)
最初はどこかぎこちなかった演奏が、軌道に乗って、動いて行く。
ひとりのできる本来の演奏。ギターから鳴る音は、それにだんだんと近づきつつあった。
(ひとりちゃん…本当は、こんな感じの演奏するんだ。いいじゃん。そうだよ、君の前にいるのは敵じゃ無い。君の演奏が聴きたくて、立ち止まってくれた人だよ‼︎)
演奏が終わり、頭を下げる。
目を開けたからこそ分かる。
前にいる人々は笑顔だ。自分の演奏を聴いて、笑顔になって、拍手を送ってくれている。ひとりはその事実を、深く噛み締めていた。
(これって…そういえば、初めてやったあの時もそうだった。妖怪も、人間も変わらない。私、こうやってみんなが笑顔になってくれて、チヤホヤされたいからここまで続けてきたんだ)
過去のことを思い返す。
ギターを始めたあの時。
初めて妖怪相手に弾いたあの時
別れてからひとりで弾いたあの時
再び、みんなの前で弾いたあの時
妖怪とバンドを組んで弾いたあの時
そして、2人でセッションしたあの時
聞いてくれた相手は、笑顔になっていた。拍手を送ってくれていた。自分は、この笑顔が好きなんだ。
(これも…前から…ずっと分かっていたんだ。簡単なことだったんだ。どうして…今まで忘れてたんだろう)
「ぼっちちゃ〜ん!よかったよ〜!」
「は、はい!」
それでも、まだ返事も姿勢もぎこちない。しかし、カイムもきくりもひとりの目の中に、確実な成長があることを感じていた。
そしてその成長は、確かな結果を伴っていた。
「あのー、このライブのチケット、買ってもいいですか?」
「2枚ください!」
「えっ…」
「よかったね〜ひとりちゃん。あれ?感動のあまりフリーズした?」
「まったく…こんな時はここらへんを強く押せば…」
「…はっ!チ…チケット一枚1500円なので合計3000円になります…」
完全予想があの質問に、思わず意識が飛ぶ。当初はこれが目的で外出したものの、いざ目の前にするとやはり未だ緊張が勝っていた。
「はーい!」
「あの…良いんですか?本当に買っていただいて…」
「路上ライブ初めて見たんですけど…すっごく良かったです!」
「今度のライブも、実際に見てみたいって思いました!頑張ってくださいね!」
「は…はい!がんばります…!」
「いいねぇ…キラキラしたバンド生活…私にもあんな時があったんだけどなぁ…んぐっんぐっ」
「あなたには一体何があったでござるか…」
「すいませーん、ここでのライブはやめてくださーい」
「けっ警察…⁉︎マズイ…もしかして補導される…⁉︎」
「いやいやだいじょーぶ。されないって。まあ、怒られちゃったことだし、ライブもこれでお開きにするか〜」
「そうだ、残り2枚のうち、1枚買うよ」
「えっ…」
片付けの最中、きくりはひとりに声をかけた。
その言葉を聞いて、ひとりは思わず手を止める。
「…本当に良いんですか…?」
「私新宿拠点に活動してるし、このライブハウスの店長知ってるし」
「まさかの知り合いでござったか」
「意外と世間って狭いのかな…?」
すっかり日も暮れ、空は一面暗闇である。
外では、花火が光っている。
明るいうちにいた人々も、今では彼女ら以外にはいない。
「ライブ、楽しみに待ってるから、頑張ってね」
「は、はい!」
一生懸命に答える様子を見て、きくりは安心したように笑った。
「また一緒なライブしようね〜バイバーイひとりちゃーん!」
「…不思議な人だったな…」
「波瀾万丈でござったが、いい機会だと思うでござるよ?」
意を決して外へ飛び出し、結束バンドの宣伝をしつつ残りの4枚を売ろうとしていたひとり。
途中、飲酒ベーシストに遭遇。酒とツマミを買わされるという珍事件に巻き込まれたものの、彼女の提案から花火大会中のこの地で即興ライブを決行。
警察に声をかけられてしまったが、結果として人間としてのファン1号2号を獲得。更にきくり含めて、チケットを3枚売ることに成功した。
妖怪不祥事案件に負けず劣らず不思議な出来事であったが、それを終えた今、ひとりはなんとなく満足感を感じていた。
「やっぱ…バンドマンってかっこいいよね」
「確かに。形はどうあれ、あんな風に音楽に真剣に向き合っているのは、やはりかっこいい、と感じるでござる」
夜、明かりが煌々と灯る中、ひとりとカイムはきくりの後ろ姿を眺めていた。ぼんやりとしながら、少々、物思いに耽る。
(なんか…やりきった…)
ふと、手元を見る。
「でもチケット、一枚残ってるんでござるよな…」
「うん…どうしようかな、あと一枚…ん?」
一瞬、違和感を覚える。
ポツポツと、雨が降り出した。
夕立である。
濡れないようにひとりは軒下へ避難する、
「雨かぁ…マズイな…今日傘持ってきて無いんだよな…」
「最悪、コンビニでビニール傘でも買うでござるか?」
その時、空が閃光を放つ。
一瞬遅れ、辺りに轟音が響いた。
周りには怯えて一瞬身をすくませる人々もいたが、それを見て、ひとりは何かを思いついたのか、決心した顔をする。
「雷…雷かぁ…」
「危ないから早く帰るでござ…ひとりどの?」
「ねぇカイム、決まったよ」
「決まったって…まさか…」
ひとりは、微笑んで言った。
「最後のチケット売る相手!とりあえず部屋に戻るよ!」
「あらひとりちゃん、お帰りなさい。晩御飯もうできてるわよ〜」
「おねえちゃんおかえりー!チケットうれた?」
「ただいま!でもちょっと待ってて!」
玄関を抜けてから、ひとりは駆け足で階段を駆け上がる。両親はその様子を見て声をかけようとした。
しかし、彼女の表示を見て、すぐにやめた。
「あの子のあんな顔、初めて見たわ〜」
「何か、良いことでもあったのかな。いきなりオシャレして外出した時はどうしたって思ったけど、あの様子なら心配なさそうだ。
「ぺろーん。お帰りなさ…あれ、随分お急ぎで」
「ただいまうんがい鏡!カイム!大辞典お願い!」
そう言って、カイムへ手を伸ばす。
カイムは頷き、すぐに大辞典を差し出した。
即座にひとりは受け取ると、手早くページをめくる。
「…あった!」
「まさか…なるほど!合点がいったでござる!」
メダルを手に取り、一度見つめる。
そして一呼吸おいたのち、上へ掲げて叫んだ。
「私の友だち!出てこい!」
「弁財天‼︎」
召喚の光が止むと、ひとりの前に一つの姿があった。
身には羽衣、手には撥とエレキギター。
瞬間、部屋に薄く雷を帯びた妖気が広がった気がした。
そして、その者はゆっくりと目を開き、ひとりを見据えた。
「…おや、ようやく呼び出してくれたかい…待ちくたびれちまったよ。でも、久々に顔が見れて嬉しいねぇ」
「うん…私も久しぶりに会えて嬉しいよ、弁財天!」
彼女の名は弁財天。
かの七福神の一員にして、
「さて、久々に会ったならすることは一つだ。分かるね?」
「うん。そういうと思ってたから、もういつでも大丈夫だよ。じゃあ、やろう!」
「「セッション!」」
ひとりの友だちである。
「…前よりも音に迷いが無くなったねぇ。ま、腕は落ちちゃいないようで安心したよ、ひとり」
「えへへ…そこまで言われると嬉しい〜」
「…いやぁ…ウム…すごかったでござる…」
彼女らのセッションは、軽く一刻は続いただろうか。
その間に行われた、ギターの音色の応酬。
ひとりは少し疲れて息が上がっていたが、その表情は満足感に溢れた笑顔であった。
「なんか今日は不思議な格好してるけど…最近どうだい?どうやらそろそろライブをするそうじゃないか」
「服については何も言わないで…あ!そうだった…そうそう、呼び出した理由なんだけど…かくかくしかじかで…」
セッションは大いに楽しんだものの、当初の目的を忘れかけてしまったひとり。弁財天へ、色々と事情の説明を始める。
そして、説明をひと通り聞いたのち、弁財天は頷いた。
「なるほど、ちょうど入ったバンドの演奏も聴いてみたいと思っていたからね。構わないよ。そのチケット、買おうじゃないか」
その瞬間、ひとりの表情は満面の笑みに変わった。
「ほんと⁉︎ありがとう‼︎」
「礼を言うなからこちらもさ。機会をくれたこと、感謝してるよ」
「やった〜‼︎これでチケット売り切った‼︎やったやった‼︎」
「やったでござるな!」
「ははは!ひとりが幸せになるならあたしも嬉しいよ!」
「よーし!早速虹夏ちゃん達に連絡だ!良い報告できるぞ〜‼︎」
はしゃいだ後、ひとりはスマホを取り出し、バンドメンバーへ連絡を行った。彼女は確信していた。自分はやりきった。バンドに貢献できた。これでみんなも心配しないだろう、と。
しかし
『チケット全部売れました!友だちも楽しみにしてるそうです!』
「…チケット全部…売れたみたいです…」
「ぼっちちゃん…嘘ついてるかも…(もしかして見えない友達相手に売ったとか…ないよね?)」
「…やっぱチケット増やしちゃったり…あのロインがプレッシャーきなっちゃったんでしょうか…」
「…次の練習、みんなで優しく迎えてあげようか」
「はい…」
「うん」
思いっきり怪しまれていた。
後藤ひとり
妖怪への人脈広しといえどライブの客集めには苦労した女。やはりフライヤーをするならば地味なジャージではダメだ、と覚悟を決めて思い立ったものの、案の定カラカラさんに着せ替え人形にされてしまった。
カイム
今回きくりが思いの外まだマトモ?な人だったのでよかったが、今回の件からそのうちもっとヤバい人間に絡まれる可能性だと考え始めている。エンマが来なくて正直ホッとしている。
エンマ大王、ぬらりひょん
妖魔界のトップ。ぬらりひょんはエンマが逃げ出さないよう抑えているものの、実は正直言うと行きたいらしい。今回のライブはムリでも次回は現れそうだ。
ふぶき姫、椿姫
名前だけ登場。百鬼姫だけでなく、ひとりともそこそこ交流がある。連絡したところ、即OKと来たようだ。
廣井きくり
ベーシスト。ただし酒愛者。普段の素行はともかく、バンドマンとしてひとりなら確かな教えを与えた。チケット代を払ったのち交通費が無いことに気がついたが、そのころにはひとりはポケットうんがいで帰宅していた。不幸。
弁財天
ひとりのギター友だち。どちらにとっても数少ないセッション相手である。久々にひとりに呼び出され少しテンションが上がっている。五穀豊穣をもたらす水の神、音楽・芸能、学問の神、富をもたらす財宝の神、勝負事に強い戦いの神(作者調べ)であるが、そのご利益がひとり自身に作用しているかは不明。
結束バンドのメンバー
もしかしてひとりに無理をさせているのではないか、と心配している。心配しなくて大丈夫。ぼっちちゃんは嘘は言ってないよ。