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ある片田舎の貴族の家に生まれたその男は、剣を振るう事が出来るようになってからは黙々と剣を振るい続けた。
ただ、力が欲しかった。それだけを理由に、剣を振るった。
理由は、全く分からない。
何故、自分が強くなりたいのか。
何故、力を求めてしまうのか。
どれだけ考えても、どれだけ自問しても、どれだけ悩んでも、納得のいく解答は全く出揃わない。
その瞬間すら、考えている時間すら、自問している時間すら、悩んでいる時間すらも惜しいと感じてしまう程に、割り切ってしまう程に、とにかく男は力を欲し続けた。
力が欲しい。それだけを、ただそれのみを糧に、男は剣を振るった。
最初の障害は父親だった。剣ばかり振るうのではなく、勉強もしなければならない、と。
男は言った。「言葉ではなく、力で屈服させろ」と。
父親は剣を握り、息子と対峙した。相対してしまった。
結果? 言うまでもなく、息子である男の圧勝だった。
男には容赦など一切としてなく、勝負が始まった瞬間に颯爽と駆け抜けて父親の首を切り落とさん勢いで、木剣を首目掛けて振るったのだ。
知識よりも力。筆よりも剣。男は、理由など結局分からないまま、前のようにただ只管に剣を振るう事となった。
次の障害は、血の繋がった妹だった。
いつの間にか産まれ、そしていつの間にか共に剣を振るっていた妹が、男にとっては邪魔なものだった。
その妹は、よく兄である男へと突っかかって来た。剣を持って、勝負を仕掛けてきた。
どれだけ踏み潰そうと、どれだけ叩き折ろうと、どれだけ斬り伏せようと、しかし妹は諦めず挑んできた。
妹が強かったならば、男も障害とは認めなかった。だが、妹は男よりも弱かった。
自分よりも弱い者が、幾度も幾度も立ち向かってくる。強者にとって、それ程までに退屈なことは無い。
それ故に―――遂に男は、真の意味で実の妹を斬った。血の繋がった家族を、血の繋がりごと斬り捨てた。
男は家から追放され、そして自由を手に入れた。誰に縛られる訳でもない、本当の自由を、だ。
男は力を求め、剣という武具のみを持って各地を彷徨った。
旅の過程で盗賊を斬り伏せ、魔物を斬り捨て、尚も男は満足せず、力を求め続けた。
ある時、男はディアボロス教団と呼ばれる集団と接触し、こんな誘い文句を聞いた。
『魔人ディアボロスの力があれば、望みへと近付く』と。
男は、その誘いに乗って自らの体を差し出した。新たな力を手に入れることが出来るならば、と。
結果、男は苦痛と苦悶、激痛と地獄を味わった。何なら、軽く死にかけすらした。
だが―――その途中で、声を聞いた。
『
『
『
誰の声なのか、などということは分からない。だが、その声が自分と同じく、力を求める者の声である事は明白だった。
蒼い光が、目に見えた。男の眼の前に、蒼い光を放つ小さな宝石のようなものが有ったのだ。
男は前に進んだ。
『
問い掛けに、男は答えた。「そうだ」と。
『
男は答えた。「理由など知らん。ただ、俺は力が欲しい。絶対的な力が欲しい」と。
『
もはや目と鼻の先。男は、蒼い宝石へと手を伸ばし、その宝石を掴み取った。
パキンッ―――という音と共に、
『
男は、『魔人』と成った。
白い肉体、所々から発せられる蒼い炎、そして手に持った、反った流麗な白銀の剣。
研究者達が慌てている。剣を持った幾人が殺意を放ちながら構えている。
男は嗤う。実に好都合、肩慣らしにはなるだろう――と。
白銀の剣―――頭に流れ込んで来たその名前を把握し、腰に収めるように構えを取る。
「『閻魔刀』…それが、お前の名か。」
閻魔刀。白銀の剣の名前は、閻魔刀。
これから男が扱っていく剣の名前。相棒となるだろう剣の真名。
男は、左腕の後ろ肘辺りまで発せられる蒼い炎へと閻魔刀を納め、
「
キンッ――
抜刀し、“次元を越えて、斬撃が幾人もの敵を斬り裂いた”。
肉体が散々と斬り裂かれ、臓物が鮮血と共に地面へと崩れ落ちる。
研究者達が立ち尽くし、そして腰を落としてガクガクと震える。
眼の前の悪魔が、いったい何をしたのか。彼らには理解など出来ず、ただ恐怖に支配されて、震えることしか出来なかった。
「これが…力。神をも超える―――『悪魔』の力か。」
感心するように、実感するように、男は拳を握り締める。
悪魔の力、神すら超える力。
だが…渇望が、まだ止まない。悪魔の力を手にしても尚、未だ力への渇望が止まぬのだ。
「まだだ…もっと力を…!」
「ば、化け物が…!」
「お前達には感謝している。お前達のお陰で、俺はこの力を手に入れた…その手向けだ。」
神威の如き悪魔の力、その波が空間を押し潰す。
先程と同じように、閻魔刀を蒼い炎の鞘へと納め、腰を落とし柄へと右手を伸ばす。
それは、世界を散々粉々と斬り捨てる神速の抜刀術。天地万物の何もかもをバラバラに斬り裂く、剣技の秘奥。
「神をも超える力、思い知れ」
抜刀が閃き、その光が彼らの最期の光景となった。
刹那の一瞬―――その僅かで、世界は割れた。
□ □
『女神の試練』。
それは、聖教において聖地とされているリンドブルムにて行われる、戦闘式典。
闘士の実力が一定以上の場合に、その実力に見合った戦士の霊が現れ、その戦士の霊と戦うというものである。
それ故に、男は其処に訪れたのだ。
「…」
意匠の入った黒いコートを着こなし、降ろしていた銀髪を上げてオールバックにした男の眼の前に、いつの間にか二人の女が立っていた。
足元まで届く長い黒髪に紫紺の瞳、黒いドレスを纏った女。
直剣を持った、白いドレスを身に纏う金髪碧眼のエルフの少女。
本来ならば、それは有り得ない事であった。
一対一の戦いである筈にも関わらず、しかし男の眼の前には二人。
それはつまり、一対一の戦いは男には相応しくなく、強者二人と男一人という構図でなければ戦力差は等しくないということの証明だ。
「…」
男は驚くこともなく、ただゆっくりと二人へと歩む。
直後、金髪の少女が動き出し、男の首目掛けて直剣を振るう。
その少女は英雄。この世界に存在する伝説そのものである。
魔人ディアボロスを封印した三人の英雄、その一人にして筆頭。
その卓越した剣技には寸分の狂いは無し。一閃は完全に首を捉えていた。
その筈なのに。
パキィンッ―――
その剣は、簡単に弾かれた。
男は英雄の剣技をその目で完全に捉え、閻魔刀の攻撃が当たる間合いを把握し、直剣がその間合いに入った瞬間、即座に閻魔刀を振り上げ、その鞘で直剣を弾いたのだ。
「っ!」
少女の顔が歪む。攻撃を弾かれたことが、それだけ驚きなのだろう。
男は振り上げた閻魔刀を、そのまま薙いで少女を吹き飛ばした。
「…くだらん」
これが、古代の英雄か。この程度の実力を持った者が、英雄なのか。
そんな落胆を、男は抱いた。
だが、直後に再び直剣が眼前へと迫ってきた。
吹き飛ばした筈の少女が、一瞬にして舞い戻り、再び剣を振るったのだ。
腐っても英雄、記憶の欠片の中の存在であると言えども戦士、という事だろう。あの程度では死にはしなかったらしい。
「――阿呆が。」
だが、落胆は落胆だ。
男はさらりと、最小限かつ緩かな動きで直剣を躱し、回避したと同時に閻魔刀を抜刀して少女の体を斬り上げた。
男は思う。少女の攻撃は、とても素早く、綺麗な太刀筋ではあるが重みがなく、結局はただ速いだけである、と。
この程度の剣術であるならば、
「これならば、“クレア”の方がまだマシな相手だったな。」
男にとっては、古代の英雄よりも自分の妹の方がマシな剣術であった。
ザッ、ザンッ、キンッ―――
鮮血を纏うこともなく、男は地面を蹴って自ら斬り上げた少女へと更に斬撃を叩き込む。
振り上げ、振り下ろし、そして空中で身を廻し、鞘と閻魔刀で共に少女の身を容赦なく削る。
「ハッ!」
もはや襤褸雑巾も変わらぬ程に傷と血に汚れた少女を、男は叩き潰す勢いで閻魔刀を振り下ろした。
ザンッ! と少女の体に大きな一閃の傷跡が刻み込まれ、そして男と共に地面へと落下した。
無論のこと、男は無傷だった。少女は―――死んだ。
「残りは貴様だけだ。」
棒立ちしていた女へと、鞘に納めた閻魔刀の柄を突き付けるように向けながら男が宣言する。
女は、笑っていた。
「…何が可笑しい。」
男が問い掛ける。だが、女は答えない。
喋る気が無いのか、そもそも喋ることが出来ないのか。
どちらなのかは分からない。だが、それが分かろうが分からまいが、どうでもいい事か。
「―――die」
疾走、抜刀。
疾く駆け抜けると同時に、閻魔刀で次元を斬り裂いて別次元からの斬撃を呼び寄せて突撃する剣技―――『疾走居合』。
女は抵抗することもなく、ただ呆気なく藁のように立ったまま、斬り刻まれて死んだ。
「貴様では相手にならん…」
閻魔刀を鞘に納め、男はその場から去ろうとした。
だが、その直後。様々な魔法陣が刻まれた赤色の光の扉が現れたのだ。
「『聖域』への扉か。」
『聖域』―――古き戦士達の記憶が集う場所、戦士の墓場。
男は戸惑うこともなく、その扉の先へと進んでいった。
「さらなる力を…」