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光の先には、ただ真っ白い空間と大きな扉、そして鎖に繋がれたまま椅子に座っている先程の女が居た。
「貴様か、俺を聖域に呼んだのは。」
「えぇ、そうよ。さっきは凄かったわね。まさか“オリヴィエ”相手に無傷だなんて」
「オリヴィエ…? あぁ、あのエルフか。あの程度、肩慣らしにもならん。」
女が封じられている椅子まで歩み、男は閻魔刀へ手を伸ばした。
キンッ――
彼女を縛り付けていた鎖が、まるで紙切れのようにいとも簡単に斬り裂かれ、地面へと落ちていく。
「…本当、綺麗な太刀筋ね。」
椅子から立ち上がった彼女は、素直に男の太刀筋を、剣技を賞賛した。
一切の無駄が無く、それでいて雑念など無い、真っ直ぐな太刀筋。
眼の前の障害を斬り捨てるという、ただそれだけの強い想いが込められた鋭い一閃。
それを、彼女は賞賛した。
だが、男は仏頂面を崩すこともない。まるで、この程度の剣技、出来て当たり前だ――と言わんばかりだ。
「それで、貴様は何故、俺を呼んだ。」
男は、初っ端から本題へと切り込んだ。
鋭い眼光が、彼女を貫く。
されど彼女は恐怖せず、堂々と言った。
「私の封印を解いてほしいの。私―――災厄の魔女、アウロラの封印を。」
「――ほう」
災厄の魔女。その単語を聞き、男が関心を示した。
災厄の魔女アウロラ―――かつて、世界に混沌と破滅をもたらしたとされたいる歴史上最悪の魔女。
その封印を解けば、彼女と戦えるかもしれない。そんな期待を、男は抱いたのだ。
「あ、言っておくけど封印を解いたら私、消えるから。」
「…チッ」
彼女から告げられた残念な事実を聞き、男は舌打ちして不機嫌を包み隠さず顕にした。
「…ならば帰らせてもらおう。貴様はそのまま長く眠っておけ」
得られるものが無いならば、力を得る事が出来ないならば興味は無い。
男は力を求めて聖域へと入ったのだ。力を得られないなかったなら、そもそも聖域に入ることもなかったのだ。
「まぁ、待ちなさいな。ちゃんと貴方にも得があるから。」
「…」
「私を武器にする事が出来る―――これなら、協力してもらえる?」
微笑みながら、そう告げるアウロラ。
濃く、そして大きな魔力を持ち、そしてその扱いに長けた者が自らの意思で魔力を暴走させ、自身を武器とする―――『魔具化』。
記憶の中の存在であるが、しかしその元となるのは災厄の魔女。
魔力が無くとも、彼女は記憶の存在。記憶の具現化、物質化は自身が思うままだ。
「…良いだろう。」
男は少し考えて、結果として彼女の封印を解く事の手伝いを承諾した。
災厄の魔女アウロラの魔具。それを手に入れれば、また新たな力を手に入れる事が出来る。
新しい力を、さらなる力を手に入れることが出来るなら―――世界を滅ぼさんとした魔女にも協力しよう。
「…意外ね。断られると思っていたけど」
「力を手に入れる為だ。その為に、悪魔の力も手に入れた。…力の為ならば、魔女にも手を貸してやる」
「とことんストイックなのね、貴方。何が理由でそこまで力を求めているのかしら?」
それは、純粋な疑問。
今でも充分に、否、それ以上の実力を持っているにも関わらず、しかし男は未だ力への渇望が止んでいない。
それが何故なのか。アウロラは疑問に思ったのだろう。
だが、それこそ愚問というものだ。
「知らん。生まれた時から、俺は力が欲しかった。故に力を欲する…ただそれだけだ。」
「それだけで、ただそれだけの理由で、そこまで極めたの? 細かい理由も無しに技術を極めるなんて、貴方、そこまで行くともはや変態よ」
「なんだと?」
アウロラの言葉を聞いた瞬間、咄嗟に閻魔刀の柄へと男の手が伸びる。
だが、それは柄を握る瞬間に止まった。
男は不快の表情をしたままだったが、それは徐々に消えていき、遂には無表情となった。
力を求める理由。力が欲しいから、絶対的な力が欲しいから―――だから、なんだ?
力を求める為に数多の障害を斬り伏せ、その果てに力を手に入れた。だが、男は力を求める理由を深く考えたことが無かったのだ。
ただ、生まれた時から力を欲していたから。理由はそれだけだった。
そして、男はその理由、その理屈を深く考えなかった。
自分が何故、生まれた時から力を求めるのか。
血の繋がりを断ち切ってまで、力を手に入れたいと思っていたのは何故なのか。
彼女の言葉を聞き、男は何かを思ったのだろう。
「…そうか。」
男は柄に伸ばした手を戻し、鋭い殺気も身の内へと納めた。
「…目的の場所に案内しろ。」
「えぇ、分かったわ。」
(…話しを聞いてくれたのか、それとも思うところがあったのか…まぁ、どちらにせよ、案外、人の話しを聞く人なのね。)
自分を否定されれば即座に斬り捨てられるとばかりアウロラは考えていたが、どうやら、それは違ったらしい。
そうして、災厄の魔女と一人の男は聖域の中心へと歩んで行ったのだった。
□ □
辿り着いたのは、荒れ地だった。
折れた剣、散らばるように倒れている戦士達の屍。そして、その中央には鎖に繋がれた扉と一本の青色の剣が突き刺さっている。
それは青色の気、オーラのようなもので作られており、実態があるのかも怪しい剣だった。
「なに、あの剣…私の知っている剣じゃない…? それに、どうして此処に扉が…此処は中心じゃない筈なのに…」
「…」
アウロラは、扉の前に突き刺さった青色の光の剣を見て訝しむ。
どうやら、アウロラの認識していた剣とは全く違うらしい。
そんなアウロラに対し、男は無言で青色の光の剣の方へと歩んでいた。
地面に真っ直ぐ突き刺さった青色の光の剣、その柄となる部分へと男は手を伸ばし、そして掴んだ。
「ちょ、貴方、危険」だわ。
そう、言おうとした。だが、そう言いかけた直後、
スゥ―――と、青色の光の剣が引き抜かれた。
「…この扉の先に、核があるんだな?」
「あ、え、えぇ。その先に核となる魔人の左腕が有るわ。」
「…そうか。なら、話は早いな。」
やる事は、一つ。
「堕ちろッ」
男は地面から引き抜いたフォースエッジを逆手に持ち、地面すれすれのところまで引き寄せて斜めへと振り上げ、また下へと戻し今度は左から振り上げた。
その瞬間、斬撃が重なり、Xの形を象って扉へと飛翔し、扉の鎖の半分を斬り裂いた。
だが、未だ全ては壊れていない。故に、男の攻撃はまだ続く。
男は腰を落とし、フォースエッジを逆手に持ったまま後ろへと持っていき、水平にして構える。
3秒。
蒼光が色を濃くし、オーラが増した。
5秒、蒼光が更に増し、力が剣に圧縮される。
「――地獄の果てまで!」
そして、圧縮された力を開放するように、フォースエッジを横薙ぎに振るった。
力が圧縮された横薙ぎの斬撃が、扉の鎖をゆっくりと、しかし確実に斬り捨て、遂には扉には大きな斬傷をも残し、消え去った。
「…行くぞ。」
剣を背中に担い、男は扉の先へと入っていく。
其処に有るのは、暗闇の中で鎖に繋がれた、巨大な悪魔の腕だった。
「これが、核か…」
「そう―――魔人ディアボロスの左腕よ。そして、これから貴方の武器となる物でもある。」
「…ほう。なるほど、これが、否、そも、魔人ディアボロスこそが、災厄の魔女アウロラ―――つまり、貴様だった…という訳か。」
男の問に、アウロラは「御名答」と微笑んで返した。
「…アウロラ」
男は、縛られた左腕へと閻魔刀の切っ先を向けながら、彼女の名を呼ぶ。
貴様でもお前でもなく、名前で呼ばれた事に少し驚きながらも、アウロラは「なに?」と返す。
「お前にとって、力とはなんだ?」
力とは、何か。
アウロラの言葉を聞き、力とは何なのかを初めて深く考えた男の問い掛け。
アウロラは少し悩むようにして、
「そうね―――『強き者の証』、かしらね。」と、答えた。
「…そうか」
彼女の問に、男は短い言葉だけを返した。
「魔人の残り滓よ―――死の覚悟は出来たか」
次元が、斬り刻まれる。
再び、世界が割れた。
魔人の左腕は斬り刻まれ、そして核を破壊された事によってアウロラは消滅した。
その結果、紫紺の光を放つ魂の塊が男の掌へと吸い込まれ、その形を変えた。
装甲は黒く、そして紫色の光を放つ籠手と具足。それが、魔人ディアボロスの欠片、その魂の武器としての在り方だった。
「…優しき魔女、か。笑い話にもならんな。」
そう言いながら、しかし男は、その魔具を丁寧に扱わせてもらおうと、心に決めた。
それが男なりの、彼女への感謝なのだろう。