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あの聖域から離れて、数ヶ月。
男は、あの聖域での出来事を終えた後も、変わることなく力を求めて放浪としていた。
「…」
だが、男は放浪しながらも考えていた。
力を求めていた自分。今も尚、力を求める自分。その在り方を、男は考えていた。
何故、自分は力を求めてしまうのか。何故、生まれてきた時から力を求めていたのか。
思えば、剣を振るっていた理由らしい理由が、見付からない。
力を手に入れたいという渇望はあるが、それと同時に何故、自分が力を求めているのか、という疑問も、男は抱いていたのだ。
「…なんだ、これは。」
そんな、ある時の事だった。
歩きながら考え耽っていた男の足から、ぐじゅ…という肉肉しい音がした。
男は視線を足元へと落とし、その音の主を目視する。
それは、見るも悍ましい、グロテスクな肉塊だった。
どくん、どくん…と鼓動を打つように弱々しく動いている醜い肉塊。
普通ならば無視するか、その場で斬り刻むのだが、しかし男はそうはしなかった。
それは何故か?
「…生きているな。」
その肉塊が、生きているからだ。
肉塊となりながらも、しかし肉塊は、否、肉塊となった人物は生きていたのだ。
男は座り込み、その肉塊へと手を伸ばし、遠慮なく肉塊へと触れる。
腐った肉と血によって作られたその皮膚の感触は、はっきり言って最悪だ。
途端、男の掌にまるで波に打たれているかのような感覚が伝わってきた。
「これは、魔力の波か…? こんな肉塊に、波を立てる程の大きな魔力が籠もっているというのか」
それは、魔力の波。
この世界において、ほぼ全ての生物に宿っている概念――『魔力』。
だが、魔力が波を引き起こしているという事は、魔力の暴走を意味する。
しかし、魔力が暴走するなどという事は少なく、それこそ身に余る程の魔力を持っていない限りはそんなことは起きない。
だが、眼の前の肉塊からは、魔力の波が立っている。つまり、それが何を意味するのか。
即ち、魔力の波が立ってしまう程の、強大な魔力を有しているということに他ならない。
「…」
男は暫し考え、そして結論を出した。
「丁度良い。実験台になってもらおう。」
この肉塊で魔力制御の実験、練習を行うと。
男は閻魔刀を地面に突き刺し、左腕で肉塊を抱え上げ、空いている右手で地面に突き刺した閻魔刀を引き抜いて、縦に振るい、横に薙いで十字形の次元の裂け目を創り出した。
刀身を鞘へと戻し、右手で閻魔刀を掴み、地面から引き抜いて、男は肉塊と共に次元の中へと消えて行った。
男が住んでいるのは、廃村だった。
悪魔憑きという病によって、女の殆どが死んだことにより繁栄が出来なくなってしまったが故に捨てられ、廃れてしまった小さな村だ。
まだ月日が経っていないのか、ボロボロという訳ではなく、掃除をすれば普通に暮らせる程度のものだったからか、それとも気に入ったからなのか、男は其処に住んでいた。
「幻影剣」
村の真ん中、広場となる所。
其処に立っていた男は、肉塊の横で実験をしていた。
『魔力の物質化』―――自分から離れた魔力を物質化させ、尚且つ制御して敵へと当てるという攻撃方法の確立。
常日頃から剣を振り続けていたが故に、魔力制御なぞ素人同然にしか使いこなせない男にとって、それは無理難題にも等しいものだった。
…そう―――男は今の今まで、アウロラやオリヴィエと戦っていた時をも含めて、一度も魔力を使った事が無かったのだ。
そんな男がやる実験兼訓練の内容は実に単純。
左手で肉塊の魔力の波を治めながら、右手で魔力の放出と、その物質化を図るというものである。
ただの魔力の波ではなく、強大な魔力の波を抑えるには、相当な魔力制御技術が必要となる。
しかし、それが出来れば、それは男が強大な魔力の波を抑え込むことが出来る程の魔力制御技術を習得した、ということに繋がる訳だ。
男は思考しながら、左手で肉塊の波を抑えんとしながら、そして右手で魔力を放出し、それを物質にしようと努力しながら、時を過ごす。
頭の中に思い浮かべるのは、魔力によって作られた短剣。
直接攻撃のものではなく投擲攻撃用の武器。主から離れるも、主を守るように周るも良し。敵の足止めは無論、トドメを刺すにも足りるもの。
求めるのは敵に突き刺さる鋭利さ。しかし武器による攻撃や少しの衝撃で壊れる程度の脆い強度。
それはあまりにも難しく、常人であれば思いつくことも出来ないような、もはや苦行にもなるであろう所業だ。
だが、それは―――
「ッ!」
天賦の才によるものではなく、常日頃から剣を振り続けて今の剣技へと辿り着いた、『努力の剣』を振るう男にとって、何ら問題無いことだった。
ブォンッ―――
一本、たった一本だが、青色の短剣が、男の掌に出現したのだ。
「…まだ一本か。」
だが、妹や魔女からも『ストイック』と言われた男は、当然その程度では満足しない。
まだ、訓練は続く。何度も何度も、何度も何度も、それを繰り返して。
『
頭の中で、そんな声が響いた。
あの時の、ディアボロス教団に実験され、閻魔刀と悪魔の力を手に入れた時の、あの声だ。
『
だが、その言葉は悪魔の囁やきでも何でもなく、ただ力が無かった事を悔いる子供のそれだった、
男は疑った。これが本当に、俺に力を与えた悪魔なのか? と。
『
『
『
『|Give him the power to not lose to Dante...!《アイツに、ダンテに負けることの無い力を…!》』
男は疑問は、すぐに晴れた。
あぁ、この悪魔は同じだ―――いや、この悪魔こそが、俺の正体なのだと。
魂の底、いや、魂の根底にある絶対願望、絶対的価値観―――『力こそが全て』という見方の具現化。
生き方の本質、悪魔の言葉は俺自身の魂の叫びなのだ、と。
「
そう呟く男の背後には―――
青色のコートを着た、銀髪の男が背を向けて立っていた事を、男は知らない。
□ □
訓練を初めて、数ヶ月が経った頃だった。
幻影剣と名付けたその技術は、ほぼ完成したと言っても過言では無い程のものとなった。
自分の周りに円陣として幻影剣を作り出す『円陣幻影剣』、左右に3本ずつ作り出し、一斉に射出する『急襲幻影剣』、そして相手の真上に数十本もの幻影剣を創り出し、それが刺さった相手の時間を鈍らせる『五月雨幻影剣』。
実戦で扱うことが出来る技術は揃いに揃った。これだけならば、男は何の文句も無かったのだ。
だが、一つ。たった一つだけ、問題が有ったのだ。
それは―――
「……」
「…」
あの肉塊が、人間に戻ったという事だ。
『悪魔憑き』という、女性の身体が突如として腐りだし死ぬという奇病がある。
ディアボロス教団に身を寄せていた時に、そんな奇病の話しを聞いた事があったのを、男は眼の前でじっとしながら見てくる少女を睨みながら思い出した。
鋭い眼光、小動物であればその殺意が籠もった目線だけで殺せるのではないかと思ってしまう程の眼光を浴びせているにも関わらず、しかし少女は動じなかった。
「…おしえて」
「…なんだと?」
突如、口を動かして言葉を発した少女。だが、男が驚いたのはそれではなく、その言葉の方だった。
「けんを、おしえて」
けんをおしえて。剣を、教えて。
少女の見た目は十歳程度、まだ子供であり剣を持つことが出来るかも危うい年齢だ。
だが、そうであるにも関わらず、少女は剣を教えて欲しいと男に頼んだ。
「…断る。何故、俺が貴様なぞに剣を教えねばならん。」
だが、男はそれを拒否した。
それもその筈。何故なら男にとって、それは何のメリットにもならないからだ。
「……」
「…」
少女は再び、男をじっと見詰める。男もまた、少女をぎろりと睨み返す。
互いに拮抗。静寂の中、一人の少女と一人の男が互いに互いを見つめ合っている。
「…つよくなりたいの」
少女が、そう告げた瞬間、ぴくりと男の心が動いた。
強くなりたい。その言葉に、男は僅かに心を動かしたのだ。
「とうさまもかあさまも、だれもまもれなかったから。…でも、それよりも、わたしがよわかったから」
男は少女が悪魔憑きになる前の事など一切知らないし、分からない。
だが、今の少女は、心の底から強くなりたいと望んでいるという事は、すぐに理解出来た。
「ずっと、あなたをみてた。とてもつよいあなたを、ずっと。」
肉塊になっていたにも関わらず、死んでいたにも関わらず、しかし少女の意識は男を見ていたようだ。
そして、見惚れたのだろう。彼の強さに、彼の剣技に。
「―――強くなりたい。わたしのような人を増やさない為に、強くなりたい。だから、剣を教えて欲しい。」
少女の目とは思えぬ、覚悟の決まった強い目。少女が放つものとは思えぬ、決意に満ちた気迫。
男は睨むの止め、少女から目線を外し、閻魔刀を手にとって立ち上がった。
少女は俯く。意思は届かなかったのだろう。そう思い、俯いた。
男は背を向けて、
「…良いだろう。」
少女に、そう言った。
ばっ、と少女が俯いた顔を上げる。
黒いコートが目に映る。
男は、背を向けたまま続ける。
「貴様に剣を教えてやる。だが、見込みが無ければ其の場で斬り捨てる。」
剣は教える。だが、もしも見込みが無いのならば、その場で斬り捨てる。つまり、殺すということだ。
それでも強くなりたいか? 男はそう問い掛けた。
「強くなりたい…!」
だが、その問は愚問だった。
少女は立ち上がり、強くなりたいと叫んだのだから。
「…」
男は小屋から出て、少女は男の後を追う。
この日、一つの廃村に、二人の剣士が過ごす事となった。
Someday, the man and the girl will face each other.
Will it be true or will it be false? Who knows?