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まるで、時間が止まったのではないか。そんな錯覚に、彼女達『シャドウガーデン』の面々は陥った。
紫紺の奔流と蒼白い閃光が交ざり、打つかり合い、反発し合い、引き起こした大爆発によって、王都の湖の大半が蒸発し、空間に歪みが生じたのが原因なのか、その大きく空いた穴は湖の水すらも妨害して、ただただ大きくクレータを創り出した。
その中心では―――黒いコートを着た男が立っており、彼女達の主である影の主が倒れていたのだ。
結論から述べよう。シド・カゲノーは最初から勝目を捨てていた。
シド・カゲノーは、シャドウは、様々な勘違いをしていたのだ。
男は転生者、その成り代わり。男がその道を辿るようになった原因――もとい、「バージル」というキャラクターに成り代わって生きている人間である、と。
借り物の力による無双。貰い物の力による最強。だが、それこそが間違いだった。そんな認識こそが、甘かった。
男の武器、性格、剣技といった諸々は確かにバージルという人間のそれだ。だが、男がバージルであるかと聞かれれば、そうではない。
そもそも、彼は転生者ではなく現地人。つまり、生まれた時から『この世界』の住人である。
魂の本質、『力こそが全て』という魂の在り方が、バージルという人間の在り方と限りなく近い人間。それこそが、男―――「ギルバ・カゲノー」なのだ。
彼は成り代わりなどではない。その剣技は元を辿ればバージルのものだが、しかし、その研鑽は、その努力は、決してバージルという人間のものではない。
剣を振るうのは彼、研鑽を行うのは彼、努力するのは彼だ。如何に元が他人であろうとも、しかし、男の研鑽と努力は男の行動、ギルバ・カゲノーという人間が、ただ己が望む絶対的な力を得る為にやってきた行動の全ては確かなものだ。
何故、彼がバージルの剣技を扱えるのか?
何故、彼がバージルの力を使いこなすのか?
答えなど実に単純だ。ただ、その男が、常人では扱い切ることなど絶対に出来ないであろう力を使いこなす事が出来るようになるまで必死に研鑽と努力、修行を重ね続けてきたが故である。
その実力は『バージルという人間』のものではなく、「ギルバ・カゲノーという人間」が自らを鍛え上げて手に入れた実力だ。
閻魔刀という武器を扱いこなせるように剣を振るい、ディアボロスという武器を扱いこなせるように拳を振るい、ミラージュエッジという武器を扱いやすいこなせるように剣を振るい、幻影剣という技術を完全にする為に魔力制御技術を高め、そして今へと至ったのだ。
だが、それでも尚、男の渇望は止まぬ。力への渇望が、魂の叫びが収まらぬ。
シド・カゲノーはそれを知らなかったのだ。
男の力に対する覚悟を、男の魂の在り方を。
相手は、ただ強者という他者の力を手に入れ、それに溺れるだけの愚者などではなかった。
力を手に入れても尚、研鑽を重ね続け、さらなる高みへと目指す覚悟を決めた生粋の強者であった。
認識が甘かった。そう言えば、それで終わりだ。
「ボス…あぁ、ああああぁぁあぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」
獣人の少女、七陰の中でも戦闘能力が最も高い「デルタ」がシャドウを叫び、そして雄叫びを上げながら、スライムソードを大剣に変化させて男へと突進する。
「デルタ、待ちなさい!」
アルファが叫ぶが、しかしもはや聞く耳を持たず。
今の彼女は文字通り狂犬。主を殺そうとしている男の喉を食い千切ろうと顎を開く獣に他ならなかった。
音速で、かつ最短距離を駆けて男の元へと辿り着いたデルタは、復讐の炎と憎悪を込めた雄叫びを上げながら、男を叩き潰さんと大剣を振り下ろした。
「失せろ、駄犬が。」
ブンッ! と、大剣は男を叩き潰し、その内臓を撒き散らす事もなく空振って終わる。
キンッ―――
男は、閻魔刀を半ば鞘から抜刀しながらデルタの背後に立っていた。音速の一撃を、それ以上の速度で――神速で上回り、躱すと共に、一閃を。
かちゃん…と、鍔が鳴った瞬間、
ブシャアッ―――と、デルタの背中に大きな斜め線が深く刻まれ、多くの鮮血が吹き出した。
束ねた髪は地面へ散り、デルタは呆気なく前からその場へと倒れ伏した。
「そ、そんな…デルタが一瞬で…!?」
時間は一分か。いや、一分も掛からなかったかもしれない。
きっと、僅か数秒の出来事だっただろう。見えることも出来なかっただろう。だが、そうであろうとも、他の面々がその事実の大きさを理解するには、充分だった。
シャドウガーデンにおいて、シャドウにも認められる程の高い戦闘能力を持ったデルタが、一撃で玉砕された。
それ即ち―――シャドウガーデン総出であろうとも、眼の前の男を倒す事が出来る可能性は低いということだ。
「はぁ…話にならんな。」
男は大きな溜息を吐きながら、仰向けになって地面に倒れるシャドウへと近付いていく。
その言葉は、シャドウへ向けてか。それとも、シャドウガーデンひ向けてか。もしくは、その両方か。
どちらにせよ、男が落胆したのは事実だ。
先の爆発は、確かに強いものだった。だが、それ以前に使用者であるシャドウが弱過ぎた。
死に怯え、立ち向かうことをしなかった。少女からの手紙に書かれた、自ら死にに行ったという情報は嘘だったのかもしれない。
「これが、“血の繋がった弟”とはな…」
(…僕がシド・カゲノーだって事もバレてるのか…。)
既に、敗北。もはや、心掛けた事の何もが壊された。
(死を恐れた…立ち向かうこともしなかった。何より、甘く見ていた…彼は、ギルバ・カゲノーさんは、成り代わりなんかじゃなかったんだ…)
シドは今更になって、男の認識を改めた。転生者でも成り代わりでもなく、ギルバ・カゲノーは、れっきとしたこの世界の住人なのだ、と。
そして―――もはや彼は、バージル本人なのである…と。
見た目や力云々ではなく、そもそも人を成り立たせる『魂』の本質が、バージルの魂と限りなく近い人間こそが、眼の前に立っている男の正体だ。
それは運命。バージルに『成る』ことを、バージルと同じ道を辿ることを強制的に定められた、ある種の牢獄のような生き様だ。
(このままじゃ、シドが殺される…! どうすれば、どうすれば良いの…!?)
「シャドウ様に、近付くなっ!」
一人を筆頭に、その他のシャドウガーデンの面々が次々と飛び出していく。
彼女達が、アルファへと告げる。どうか、シド・カゲノーを助けてほしい…と。
自分が死んでも構わない。ただ、その隙にシャドウだけでも、命の恩人だけでも、助けてほしい、と。
「話しはついたか?」
もはや、有象無象と変わらない。
「―――誰から先に死ぬ?」
鞘に納めた閻魔刀の柄を、突き付けるように、此方へと飛んでくる彼女達へと向けた瞬間。
グサッ―――と。
筆頭の脳天に、短剣が突き刺さり、砕け散る。
頭が破裂する。脳漿が、撒き散らされる。桃色の肉塊が、そこらに跳ぶ。
意識が男から、仲間に向けられた。それが、隙だ。
男は背中に背負ったミラージュエッジを握り締め、ミラージュエッジが青く光った瞬間に、
「動くな。」
その一言と共に、ミラージュエッジを彼女達の方へと投擲した。
ミラージュエッジは真っ直ぐ飛んでいき、しかし突き刺さるのではなく―――“彼女達が居る場所で素早く回転し、彼女達を引き付けながら切り裂き始めた”。
さながら、その光景はチェンソーが木を伐る時のようで、男へと突撃したシャドウガーデンのメンバーは、皆等しく回転する大剣に体を斬り裂かれてしまった。
一瞬にして全滅。だが、その一瞬は無駄ではなかったようだ。
先の一瞬の内に、アルファはシドとデルタを連れて、その他の面々と逃げ出したようだ。
「…」
しかし――男は、正確に彼女達の魔力を捉えていた。
構えを取り、閻魔刀の柄へと手を伸ばし―――抜刀を
「『原作崩壊』を許せるのは、“そこまで”だ。」
しようとした瞬間、柄をあっさりと抑えられた。
この世界には無い筈の格好―――黄色のレインコートを身に纏い、そのフードで顔を深く隠した“人間とは思えぬ不気味さを放つ何か”が、現れた。
「…!」
間合いに、“それ”は居た。
だが、男はそれに、自分の間合いに敵が入ったという事実に、気付くことが出来なかったのだ。
ブォンッ―――
咄嗟に幻影剣を発動し、“それ”に向かって投擲する。
だが、“それ”は特に目立った動作もなく、一瞬にして風を引き起こし、幻影剣の軌道をずらし、すぐに男のもとから離れた。
「貴様…」
男は、それを直視する。
この世界には無い筈の格好―――黄色のレインコートを身に纏い、そのフードで顔を深く隠した“人間とは思えぬ不気味さを放つ何か”。
ひゅう、ひゅう…と、それが現れた瞬間に弱い風が吹き始めた。
それは、やや苛立たしげに吐き捨てる。
「相も変わらぬ戦闘狂が。己が野望の為に世界の在り方すら揺るがすつもりか?」
それは、詩人であり監視者。
誰に味方する訳でもなく、しかし誰の敵という訳でもなく。
ただ、その世界の在り方を詠う者。
ただ、その世界を在り方を監視する者。
「これ以上は暴れるな―――バージル。」
喜べ。貴様が越えたがっていた
Have fun, to overcome the big wall.