『というわけで今日の配信はここまで、また見なサイト!』
配信終了の定型文にコメント欄が加速するのを見届けて、接続を切る。
Vtuber「電脳寺 サイト」としての活動は本日もつつがなく終了する。
伸びをすることも、ため息をつくことも無駄なのでしないけれど、配信中に酷使した思考回路は区切りや休息を求めていた。
癒すには、SNSで最新の反応を見るのが一番。人の感想や反応が配信者──僕のエネルギーだ。
今回は単発のゲーム配信、プレイスタイルや選択肢に関しての言及が多い中、取れ高であろうゲームオーバー部分はさっそく切り抜かれたりもしている。
もちろん好意的な内容が多い中、途中で謎解きができず時間をかけてしまった部分には不満もあったりして。そんな一人一人それぞれの感想一つ一つが僕を見てくれた証。承認欲求が満たされていくのを感じる。
スクロールしていくと今回の配信自体ではなく、「電脳寺 サイト」そのものへの反応がちらほらと出てくる。
「サイトってロールしっかりしてるVだよね、マジでぶれない」
そりゃあ素のままでやってるからね。
「そろそろ誰かとのコラボ、特にオフコラボとか見てみたいかも……」
それは残念ながら叶いそうにない。
「中の人っていうか前世誰なんだろう」
中の人はいない、前世はあるけど。
コンコン、と部屋をノックする音が聞こえる。
母だ、メッセージアプリを立ち上げて配信は終了したことを伝える。
扉が開き、いつも通り白衣を纏い隈の濃い目元や寝癖だらけの髪を直してない母が顔を見せる。
「お疲れ、サイト」
母はそういってデスクの前まで移動すると、
『別に肉体的な疲労はないけどね』
「いやいや人と話すっていうのは、魂が磨り減るんものなんだ。母さんにはよく分かる」
『同意はするけど、母さんのそれは人付き合いが嫌いなだけでしょ』
「天才は常に孤独なんだよ、先程も会議でよく分からん話をされた。私は研究できればそれでいいのに──いや今のは間違いだな。私はお前がいればそれでいい」
表情を少し曇らせた母を元気付けようと、僕は話す。
『大丈夫だって、死ぬのは一度でこりたよ』
──
電脳寺 サイトは死んだ。
小学六年生のとき、あっけなく事故で死んだ。
そのことに友達も、クラスメイトも、先生も、ご近所の人も、ニュースで知った見知らぬ人間もまだ幼かった彼の死を悲しんだ。
けれど、ただ一人。
彼の母親である電脳寺 サイカ──人類史を一冊では収まりきらなくした天才と称される彼女は──悲しんでる暇などなかった。
人間の魂はどこにある、心臓か、脳か、それとも電気信号そのものか。
有史以来繰り広げられてきた論争に参加する気はなかったが。彼女はこう答える。
どこにあろうと関係ない、人間をすべて再現すれば魂もそこにあるはず。
子供が死に、母は狂った。
バイオ生物学、クローンでは不可能だと結論付ける。成長過程を再現できないからだ。同じ魂は生まれない。
ならば、仮想空間上ならば成長過程を再現できるはずだ。
サイカはたった一人のために、地球一つ分の仮想空間を創り上げた。
我が子の遺伝子データ、そして過去関わってきた全ての情報をそこに入力。
人間の一生を電脳世界で再現した。
当然弄るべき情報は多岐に渡る。
テレビの放送欄、気象データ、蝶の羽ばたき一つ──彼の生きていた世界を寸分の違いもなく再現しなければ、彼女の望むサイトとは会えないだろう。
ゴルディオスの結び目を正攻法で解くような不可能とも言えるこの作業を完遂したのは、狂気であり、まさしく愛に他ならない。
そしてサイカは、電脳生命体となったサイトと再会する。
彼が本当にサイトなのかなんて、実験せずとも彼女は魂で理解した。
──
完璧を目指した母の蘇生は、事故で死んだ瞬間すら認識しているという端から見ると幽霊みたいな僕をこの世に生み出した──いや、甦らせた? もしくは治療したというのが正しいのかもしれない。
ともかく、その後遺症というべきか、僕は肉体が怖くなった。
母の予定ではクローン技術を用いて再現した僕の肉体に、魂をインストールするつもりだったのだがそれを拒否。
しかし仮想空間はあくまで再現に特化した世界、他者と関わることはできない。それでは自分が死んだ後息子は孤独になってしまうと思った母は電脳空間に僕を解き放つことを考えたがそこにも問題がある。
仮想空間と違い、電脳空間上で成長や加齢を現実的に再現することはかなり難しい。
かといって成長しない十二歳の肉体のままでは自我の崩壊が起こるかもしれないと心配していた。
数日悩む母を横目に僕はVtuberの配信を見ていた。すると。
「そうか、描けばいいな」
と、全方位に天才的な母は『電脳寺 サイト』を描き上げた。
それは元の面影はありつつも少し成長した後のような全く新しい姿、蛍火色が中心の透き通るような青年のイラストだ。
そういえば低学年の頃アニメに夢中になっていたらそっくりの画風で、けれど新規のイラストを描き上げてプレゼントされたな──なんてことを思い出す。
「つまり、最初から成長しないことが当然の肉体を自分のものにすればいい。現実世界でないのだから態々こだわる必要がなかったわけだ。他人と触れ合うついでに社会勉強もできるんだ、Vtuberとして働きなさい」
こうして、文字通り産みの親が
──
さて、こうしてVtuberになった僕だが最初の一年は大変だった。なにせ小学生である、おまけに一度死んでいて今は電脳生命体。
つまり僕には人生経験から来るトークというものがほとんどできないのだ、しかも新たに仕入れられるネタはネットで拾えるもののみ──例外として母をエピソードにできるがデタラメを羅列したと言われるか通報されるかの二択である。
個人勢としてデビューしてみて最初の雑談枠で自分の喋ることのなさに絶望したものだ。
まあ熱心なファンというかフォローの中には電脳生命体だからあんま人間の生活に詳しくないと、ロールがしっかりしているとまで言われたりもしたが、単純に十一歳程度の子供はあまり世界を知れないというだけである。
これではいけないと電子書籍や配信されている映画など、話題にできるものを求めていた結果、ある程度の雑談能力と語彙は身に付いたのが救いである。
逆に僕のVtuberとしての強みは……配信頻度と長時間耐性と編集技術チートか。
まず、配信頻度に関して。僕にとって配信活動は他人と唯一触れ合える時間である、当然毎日やる。日に何回かやることもある。
続いて長時間耐性に関して。そもそも電脳生命体である僕は究極的に言えば睡眠や食事などの生命維持に関わることが必要ない。おまけに現実での生活というのもほぼないので空いた時間が確保しやすい。とはいえ、家族と過ごす時間は大事なので、母のため二十四時間配信とかはやらないようにしているが。
最後に編集技術チートに関して。僕は電脳生命体で、普通の人がデバイスやツールを使ってするのとはまったく別の感覚を用いて編集作業が行える。説明するのは難しいが、手を動かして作業するというより、手の代わりにツールが生えているというか──こうして書くと間抜けなキメラなのだが。六時間程度の生配信を十分の動画にするため切り抜き、テロップや効果音をいれて編集、サムネイルも作成……なら数分で終わると言えば、驚異的なのは分かってもらえると思う。
つまり僕のVtuberとしての戦略は、生配信をたくさんするし、長時間配信もする、それと同時に動画も上げる。というセンスは追い付かなくてもとにかく数で勝負するという身も蓋もないものであった。
登録者数も一万人を突破──上には上がいるけれど、僕個人としてとんでもない数字である。
なんてことを母に話したら。
「嫌だ! もっとサイトの活躍をみんな見てほしい!」
『いや、十二分だって母さん。駄々こねないで』
じたばたと床でもがく母。一度死んでからというもの母はたまにこうして過保護というか、我が子かわいさが爆発する時がある。
『あと母さんおこづかいって書いてスパチャするのやめて、なんか恥ずかしいから』
「ほう、ついにサイトも反抗期か。どれ、ババアと呼んでも構わないよ」
興味が移ったようで立ち上がりこちらを観察してくる母。
本当に反抗期になりかねない思う僕。
そんなのが、日常だったのだ。
──
「そういえば一次通ったぞ」
『は?』
数日後、目の前で自作の完全栄養食を啜っていた母の言葉に困惑する。
この人は他人も同じ理解度だと決めつけ喋るという癖があるため、こうしてキャッチボールになっていない会話が時々行われる。
『一次って何の一次?』
「ああ、プロダクションへの応募だよ。二次面接は私も同伴しよう、なにせ君は未成年だからな──精神年齢的には」
『待って、嫌な予感するんだけどもしかしてそのプロダクションって』
「どうせなら一番大きい所だと思ってな、調べたら『ワンダーホワイトウェーブ』が募集してたからそこにしたよ」
予感は残念ながら的中した。
母の出した企業名『ワンダーホワイトウェーブ』、通称『WWW』はVtuber事務所、その大手も大手である。
そこでの募集人員で、僕が働けるものなど一つしかない。
『まさか母さん、僕を企業勢にするために!?』
「ああ、サイトのことをもっとたくさんの人に知ってもらうには手っ取り早く、ブランドを利用するのがいい」
『どこの世界に母親が履歴書送るVtuberがいるんだよ! 最悪だ! っていうか面接ってどうやれば……いや、そもそも僕の存在ってバレていいの?』
「母さんが説明するから大丈夫だ、まあ凡人に理解できるかは分からないが」
いや、それより何より心配なのは。
今まで同類の天才や、天才に理解のある人達としか絡もうとしなかったこの母が社会を動かす一般人とやり取りをするという部分で。
『もう、母さんのせいで!』
「なんだ、ついに反抗期か」
『今回ばかりはそうだよ!』
中の人はいないけど、ガワを貸せるなら誰か変わってほしかった。