「よ、久しぶり」
「連絡来た時は半信半疑だったけど、マジか……」
夢のような世界。
本来ならば見慣れた「始まりの広場」を新鮮な視点で迎えつつ、待ち合わせていた友人のプレイヤー名を探し目的の人間の元に辿り着く。
座るより高く以前の直立より少し低い初めての視点、一応初めての
やはり以前とはかけ離れた身長差で、かなり見上げる形になってしまった。
「ち、近くで見るとやっぱ物々しいな。装備もあるけど、大男設定は今の体と中々に……」
「男なら、どうせなら筋肉の似合う漢やりてえだろ。華奢なイケメン風流行ってるけどよ」
確かに以前の俺も、目の前の巨漢より頭一つ分ほど背の低い華奢なイケメン系だったな。今はそれよりも更に一回り小さい姿をしているものだから余計に身長差が際立つ。
頭の上に「ホムラ丸」の文字が浮かぶ友人は愚痴を零しつつ近くの花壇に腰掛け、俺は首が痛くなるほどの見上げる姿勢から解放された。
ホムラ丸の視線の先にいるのは、一定数直立不動の人たちもいるが俺たちのように仲間で集まっている「プレイヤー」達。
良くも悪くもパッとしないデフォルト設定の人間も目立つが、基本は美男美女。人外の容姿をした人や目の前のホムラ丸のような巨体や対極の小人系はあまり数が居ない。
「俺の前のアバターはそんな感じだったな。で、どうよ、今の俺の感想は?」
「事前情報としてスクショと顔写真と声と事情は知ってるから、まあ。ちょっと待てな、個人に変えるわ」
そう言い、宙で手を動かしメニューを操作するホムラ丸。
「お前に対して言うのはすっげー癪だけど、超のつく美少女だよ。マジでユウ……
「おうよ、新生ユウトちゃんだ。それはそうと
「ほっとけ」
この世界には今はあるのかもしれないが、当初は和の要素が一切なかった。
「で、ユーミル……で良いのか。わざわざこっちで顔合わせするのって理由あったのか?」
「ユージーンは流石に女アバターに付けられんだろ。こっちだとステータスで色々誤魔化せるからな。っく、やっぱよえー!」
運営に問い合わせるとアイテムとかの引き継ぎは可能ではあったが、
プレイしていた期間はそれほど長くないとはいえ流石にレベル1桁と40前後では勝手が違う。
この地に眠ると言う秘宝を巡る伝説や、それを求めて遥々この地へやってきた「冒険者」と言う俺たちのプロローグは既に見ているので流し見で済ませつつ、今は最序盤のレベル上げである。
プロローグに360度映像が増えていたのは驚いたが。
「その体はインターバルがあるって訳じゃないんだよな、リアルと同じなんだし」
「そうそう。でもまあ、多少わかるよ……おし来た急所! 内臓のあれそれとか、違うし。飛んだり跳ねたりするとっ、結構……なっ」
「はえーそう言うもんか」
「ん。けど俺はお預けタイムないんだよなー」
久しぶりの大地の感触に感動しつつも顔には出さず、会話しながら序盤敵を狩っていく。俺がやっていたのはこのゲームが出て初めの数ヶ月だからこの辺の敵とは馴染み深い。
このゲームでは現実の性と違うアバターでプレイするとログアウト後暫く再ログインが禁止される。性同一性がどうたらとか何とかで。ゲームによってこの辺の対応はさまざまで、完全に自由なものもあればリアルと全く同じ体しか扱えないゲームもあったりする。
このゲームは異性プレイOKなVRゲームとして業界初だったとかで通称「お預けタイム」が存在しているが、これが結構長くプレイヤーからは不評らしい。若干緩和されたとも聞くが、どうなんだろうか。
俺の場合何の偶然か、
奇病だとか何とかで今現在は病気の認知度もだいぶ高くなりサポートも充実してはいるが、厄介な「性別が変わってしまう」特性は解明も克服しきれていない。
そのため以前まで使っていたアバターが使えなくなり、こうして一から始めることになってしまったのだが。
入院生活、不自由な新しい体、弱くなった筋力、色々な要素が混ざり合って、親友とはいえ現実で友人と会うのが少し怖くてこっちで会うことにして正解だったかもしれない。
ようやくレベルが10に迫った頃、先ほどから寄ってくる敵を盾で弾いているホムラ丸の様子に堪えきれず口を開いた。
「にしても、お前のそれ、便利すぎん?」
「
こちとら初期装備のナイフを振り回して、虫やらスライムやらの敵を必死になって倒していると言うのに、向こうは敵を認識すらせず盾だけが的確に敵の攻撃を防いでいた。
俺がこいつと一緒に遊んでた時はまだ職業とかもなかったんだよな。
「なら、戦士職ってあるか? でかい剣振り回したりする系の」
「あるぞ……ってお前が魔法職じゃないの珍しいな。芸術は爆発とかよく言うのに」
「敵を一撃で倒せる火力が出せるならあまり気にしない主義だ」
「初めて聞いたんだが」
ともあれ俺が知っているスキルは「ノービススキル」という極めればそこそこ使えるが利便性で職専用スキルに劣るものになっているらしい。
俺の良く知るスキル「サンダーペタル」はノービススキルに位置するようだ。
生憎レベルが低い点と貴重な
ふと気を抜いたところ、足が絡まり思わず転びそうになる。
「っとと、やっぱ慣れねーな。足が短い」
「そういや悠……ユーミルってロリコンだったか? 体小さすぎる気が」
「お前がデカすぎるだけだ!」
あと医者に忠告としてVRゲームをするなら暫くはリアル寄りでって言われてるんだよ。
女になったばかりだから変な癖を付けるな、などと言われたが、付ける癖が果たしてそれほどあるのだろうかと。
190に迫るか超えるかするホムラ丸の背からすれば、リアル準拠の140近辺だとそれはそれは小さく見えるだろう。決して俺が小さすぎるとかではない筈だ。
俺が気になっているといえばどちらかと言うと背より全体に細く薄くなった体の方だ。幼く見えるというのはそれらのせいだと思いたい。
「うし、これくらいで良いか? レベル10ならこれが……」
アイテム欄に入れて置いた装備の適正レベルに到達したので、腕を振りメニューを出しアイテムボックスから装備する。装備メニューも色々機能が追加されているようだが今は無視して良いだろう。
アップデートで追加されたのか、突然目の前に姿見が現れる。
キャラメイク時にひたすら眺め見慣れてしまった白髪美少女のネコ耳姿、自分の姿がよく見えるようになっていた。
「なぜ無言で装備を外した?」
「いや、目の前に姿見出てくるとか聞いてないし」
もう少し無難な装備が良かっただろうか。
そうだった、自分がこれを装備すると言うことを良く分かっていなかった。いやでも、レベル10装備にしては
倉庫がメニューからアクセスできないことを今ほど恨んだことはない。
リアルの方で化粧はまだした事はないが、鏡に向かい合った時のこの恥ずかしさは慣れたりするものなのだろうか。
「お、生えた」
「生えた言うな。仕方ない……今はこれで行くか。倉庫にはまだ何かあった筈……」
この猫耳バンドは男女兼用装備ではあるがこのゲームは男性用女性用で装備できる服が違うので、以前の俺が倉庫の奥の方へ女性用装備をしまっている可能性がある。
いや待て、街に戻って倉庫の中を探せば良いのではないだろうか。そう思い再び猫耳バンドを外そうと──
「可愛いー!!」
「むぐぅ」
『Harassment Report』
突然の衝撃により腕と一緒にメニュー画面が動き、あらぬ場所をタップしてしまう。おい今なんか服脱げた音したぞ。
後ろから抱きつかれたことで発生したのか、それとも手がやや際どい部分に触れているから発生したのか、視界が赤く点滅し「ハラスメントレポート」なる文字が表示された。凝視し続けると運営に通報される奴だったような。
初めての他人に胸を触られる感覚と、その腕の細さから女の子なのではと言う混乱からうまく焦点が合わず通報が出来ないでいると、どうやら親友に助け出されたようだ。
「俺の仲間なんだ、辞めてくれ」
「あ、ああプレイヤーさんなのね! ごめんなさい! 耳が動物のだったから獣人のNPCなのかと思っちゃった!」
「……NPC相手でもBANされるから気をつけてな」
「はいぃ」
襟元を掴まれ力一杯に引っ張られつつ頭上を指指すホムラ丸に回収された俺は、俺を後ろから抱き上げたらしい女性プレイヤーを見て少し納得が行った。俺と同じような服装、つまり初期装備をした女性プレイヤー。
対してだいぶ前のイベント報酬でつけているプレイヤーもあまりいない猫耳バンドを装着し呆然と突っ立っていた俺。初期装備みたいな地味な衣装のNPCもいるので間違ってしまうのは仕方ないだろう。
「頭の上に表示されてる水晶が緑色の奴はプレイヤーで、青色がNPCな。時々表示されない時もあるけど、仕様だったりバグだったりするから……」
「ごめんなさい……」
「ふぅ……びっくりした。ん?」
早くなった鼓動を鎮めるように胸を撫で下ろした時、上半身装備がなくなっていることに気がつく。コンプライアンス的な問題だろうが色気のないインナーで助かった。
「……おい、何見てる変態」
「いや、女性アバターのインナーってそういう形なんだな、と思っただけで」
ホムラ丸の脛を蹴飛ばしつつ初期装備に戻る。間違いなく俺の足の方が痛かったがそれがやや嬉しかったりもする。俺はマゾだったのだろうか。
以前の俺が廃人やコレクターのようなプレイをしていればもっと良い装備と交換ができたのだろうが、記念品以外、基本的に特殊効果のついていない装備は残さない人間だったのでレベル10で着られる装備が他にないのだ。
装備変更で現れる姿見を設定で表示しないように変更しつつ、正座している不審者かっこ仮かっこ閉じに向き直る。
「あーっと、名前。俺、ユーミルって言うんだ。こっちはホムラ丸」
「えっとアリス、です」
「もしかして最近始めたばかりだったりする? 俺は……復帰勢と言うか、新規勢と言うか」
「そうなの……です。友達が誘ってくれたんだけど急用で居なくなっちゃって、この辺りでレベル上げしてると後々楽だから、って言われて」
ここなら強いモンスターも居ない上に結構広く、初心者が常駐しても狩り尽くされることも場所が埋まることもない。
他のマップへ行くにはレベル10以上が条件なので基本的に全プレイヤーがここでレベルを上げて旅立っていく。
「ホムラ丸、良いか?」
「俺は別に良いけど」
「じゃあアリスが良ければなんだけど、一緒に遊ぶか?」
俺たちは喜色満面の笑顔という言葉がこれ以上ないほどしっくりくるものを見た。
一先ず街に戻り、真っ先に猫耳バンドを倉庫に戻そうとしたのだがアリスの涙ながらの懇願により装備しっぱなしにすることにした。その光景をにやにやと眺めていたホムラ丸はいつか締めるとして。
とりあえずバレンタインイベントでゲットしたメイド服(男女兼用装備)の存在は、アリスに絶対にバレないようにしておこう。
「へえ、ユーミルちゃんってゲームが出た頃からやってたんだ。ついこの間1.5周年だったらしいし1年ぶりくらい?」
「それぐらいだなぁ。色々あって今日になったんだ。先々月くらいから時間はあったんだけどさ」
「え、初耳なんだけど」
「言ってなかったからなぁ」
会って一時間と経っていないアリスに入院の話をするわけにもいかず、適当に誤魔化しながらも話題を流していく。
一年くらいでこのゲームも大分機能が充実し、VRゲームというものが生まれ始めたばかりの頃のものだったためやや及び腰のスタイルだったのが、いつの間にか普通のMMOらしさを得ていたようだ。
今時クラスチェンジとかがなく、代替的な「オーラシステム」で独自性を出そうと頑張っていたのが懐かしい。
「あ、そうだ。オーラ! アリスもレベル10超えてるし解放できるんじゃね」
「オーラ?」
「常時バフ……常時発動型の魔法、みたいな?」
「楽しそう!」
このゲームで初期からクラスチェンジ機能の代わりとして用意されていたシステム。
以前の俺は何の意味もなく雷属性効果のオーラを常時身にまとっていたが、そういう楽しみ方も出来る割と楽しいシステムだ。
以前は雷使いとしてロールプレイ擬きをしていたが、今度は狂戦士的なロールプレイをやってみたい。手に入れるなら闇属性か火属性のオーラだろうか。
中二病的な何かが胸中で肥大化していきそうだった所へホムラ丸から横やりが入る。
「盛り上がってる所悪いけど、アップデートで仕様が変わったからレベル20で解放されるクラスチェンジ解放依頼をクリアしないとオーラも解放できないぞ」
「く、そう来たか……アリスって時間は大丈夫?」
「19時までなら間違いなく! どうせならレベル20まで上げて
オーチャンというのは例の誘ってくれた友人だろう。
聞けばゲームを始めた時期は俺や石丸と同じ最初期で、レベルはこのゲームではかなり鬼門になる70を超えているという。ホムラ丸のレベルが64なことを考えるとかなりやり込んでいそうではある。
ともあれ、一先ず今日の方針は決まった。
モンスターを倒した時に落としたアイテムを売却し、その金を軍資金として回復薬やらを多めに購入し準備は完了だ。倉庫の換金用アイテムも軍資金に含めようかとも思ったがいざと言う時のために取っておくことにする。
「じゃあ洞窟行こう、洞窟!」
「あそこ推奨レベル20……いや、俺もある程度は手伝うけどさ」
「よろしく! 魔法なら任せて!」
鉱物系や金属系のモンスターは経験値が美味しいので素早くレベルを上げたければ洞窟一択だ。
推奨レベル以外に問題はない訳ではなく、鉱物系金属系のモンスターは初期装備のナイフだとあまりダメージが通らないという部分だが、武器を新調する以外にもう一つ解決法があるので問題はないだろう。
ホムラ丸も俺たちに花を持たせるつもりなようだし、そこまで気負わなくてもいい筈だ。
そう結論付けて洞窟へ向けて歩き出した。
「さっき言ってたけど、どうして石とか金属のモンスターは沢山経験値が貰えるんだろう?」
「どうしてかぁ、メタルスライムを意識してるんだと思ってたけど、ゴーレム系とかもいるしなぁ。硬ければ硬いほど良いとか、その辺じゃね」
「ぶほっ」
「……っ、変なことを想像するな」
お前はとっくに中学卒業してるのになんだその想像力は。
リアルでの関係をアリスに詮索されかかったが、そうこうしているうちに通称「洞窟」、正式名称「水晶龍の口」へたどり着いた。
設定的には巨大な水晶龍の亡骸からこの洞窟が出来たそうだ。以前なら奥地に水晶龍がいるようなことはなかったが、アップデートでどうなっているかは分からない。
「暗いかと思ったけど普通に明るいのね、水晶が光ってる……」
「モンスターが出なければ良い撮影場所だと思う、前は仲間が挑発スキルで敵集めまくってその間に撮影する猛者いたけどな。最近はどうなんだ?」
「挑発スキルが悪用されて問題になったから効果時間短くなって、それから見てないなぁ」
「何それ面白そう、ホムラ丸は同じことできるんでしょ?」
「で、出来るけど流石に盾職もう一人欲しい……」
いざとなったら挑発スキルで受けるから逃げろ、的な格好いいことを出発する前に言ったせいでアリスが撮影する気になってしまった。どちらかというと俺の話題選出のせいか。
取り合えず大事を取って、と入口でカメラ機能をオンにして記念撮影をして満足してもらった。
「ついでにフレンド登録しておくか。チャット機能でスクショ共有できるしさ」
と洞窟前ですることでもなかったような気もするがフレンド登録を済ませ、俺たちは水晶龍の口へと飲まれに行った。
石ころのようなモンスター、鉱物に住み着いたモンスター、水晶そのもののようなモンスターの順にここは敵が強くなっていき、石ころのようなモンスターは攻撃力が低いのもあって、ナイフでごり押しで何とかなる。
問題はそれ以降だ。
「ネクロ、フォグ!!」
「ハードスイング!」
闇属性攻撃魔法のノービススキル「ネクロフォグ」で後方から攻撃するアリスに続き、俺もスキルを発動する。前者は物理耐久ではなく魔法耐性を参照して攻撃するスキル、後者はVITが高い敵に良く効く物理攻撃スキルだ。
これだけ相性有利なスキルを使っているにも関わらず、スキルで減った敵の
ソロで飛び込むには流石に地獄だし、敵の攻撃も侮れない。おまけにレベル10過ぎだとスキル1回の発動で3分の1以上SPを使ってしまうので連続で2回しか使えない。
ヒットアンドアウェイのようにちくちく攻撃するのでも、上手く撤退できないと一瞬でやられてしまう。最初のホムラ丸の難色も分からないでもない。
「手伝うって言ったけど、頼りすぎじゃね?」
レベル差のこともあり敵の攻撃もオートガードで余裕たっぷりのホムラ丸がそう愚痴をこぼすが、俺は回復薬を口に突っ込んでいるので返事が出来ない。空いた手でサムズアップをしておいた。そうこうしているうちにアリスが2発目を打つ。
「ごめんごめん7割も削られるとは思わなかったからさ、VITに一切振らないだけでこんなに紙になるのね。レベル上がったら体力は増えてるからそのうち安定するって」
「元固定砲台なんだからもっと順当にだな……」
「っし、ネクロフォグ!」
アリスの3回目の魔法攻撃で鉱物を操るモンスターはようやく沈黙した。
戦闘に参加した皆に経験値が入るが割合的には止めを刺したアリスが一番100%に近い経験値が入るものだから、何度目かのレベルアップの音が鳴り響いた。
「良し、レベル18! あと少しね!」
「俺はまだ16だぁ、VIT上げようかな……いやでもホムラ丸が庇ってくれるし」
敵の一撃が重く攻撃を食らわせた後下がるのでどうしても止めが刺せず、アリスより少しレベルアップが遅くなる。止めを刺せたのはまだ2度くらいだろうか。
アリスが回復薬でSPを回復させている横で同じくSPを回復させる。
あともう1つレベルが上がれば行動回数を増やせそうだが、その1つがなかなかに難しい。装備でステータスを補強しようにも、ここに居座るための回復薬の買い漁りのせいで装備は新調できず、装備の適正レベルは基本的には10刻みなので猫耳バンド以外の持っている装備はない。
少し急ぎすぎただろうか。
「私はレベルが上がったらとりあえず、いん、と? を上げてるからその内何とかなるとは思うけど……」
「アリスは気にしなくていいよ、ユーミルがちょっと抜けてるだけだから」
「ぬぬぬ」
被弾のことを一切考えていなかったという点ではその通りなので何も言えない。
少し作戦を変え、微々たるダメージの通常攻撃で敵の体力とスキル発動のタイミングを調整することでやっとのこと俺も止めを刺せるようになり約30分。
少し広まった「セーフエリア」で俺は倒れ込み肩で息をする。VITは物理耐性とHPの他、持久力にも影響があるとは思わなかった。もしかしなくとも現実と同じく、ゲームの世界でも男の時の俺より持久力がない。
「やっと、20だ、はぁ……はっ」
「ふぅ、振り直せとは言わんが、今度からちゃんと考えてステータス振れよ」
「ごめんなさい……」
緊急回避スキル、もとい盾職専用スキル「身代わり」で何度も入れ替わられてその度に熱くなっていた頭の中がどんどん冷えていくようだった。本当に申し訳ない。
身代わりで持久力とSPを大量に消費しながらも庇ってくれた親友には本当に頭が上がらない。
持久力が尽きヘトヘトになっていたのもあり何度も洞窟特有の悪路で足を躓きかけてそれで余計にダメージを食らったりなど、本当に余分なくらい回復薬を買ってきておいてよかった。
ふと、視界の隅に映る時計を確認すると時計は既に19時20分を過ぎていた。
「アリスもごめん、19時過ぎてるのに付き合わせちゃって。このお礼は必ず……あ、この猫耳いる?」
ずっと装備したままだった猫耳を外そうとするが、その手を上から押さえつけられる。
鬼気迫る表情で「つけたままで」と言われればそうするしかない。自分としてはもう猫耳をつけていることに抵抗がなくなってきていることが余計に恐ろしい。
「しばらく付けたままでいるってのがお礼で、ね! ファッション機能もあるし、お願い!」
「ぐっ、いつの間にその機能の存在を……」
「俺が教えた」
「いつの間に……」
ピースマークを自慢げに向けてくるホムラ丸。
装備品の能力がステータスに反映される「装備」、反映されない「ファッション」。装備欄を開いた時にそんな機能があることには気付いていたが、黙っていたのに。
ピースの指先同士を合わせる二人を恨めしく眺めているとアリスがとても楽しそうに寄ってくる。頭上の猫耳ではなく普通の人の耳の方の耳元で囁かれる言葉に、今度こそ俺は力強くホムラ丸を睨みつけた。
「今度二人っきりの時で良いから、メイド服……見せてほしいな」
「ほーむーらーまーるー!!!!」
その後急いで街に戻りログアウトするアリスを見送った。
夕方のそれとは違い、完全に帳が降り街頭や家や店からの明かりが目立つようになった町。
着られなくなった男性用装備、メインシナリオ進行で入手した筈が倉庫から消えているキーアイテムをチェックしていく。恐らくプレイヤーデータ自体は初期のものなのでもう一度キーアイテムはメインシナリオを勧めていかなければいけないのだろう。
そんな横で同じく倉庫整理をしているのか、はたまた黄昏ているのか、足だけが見える親友に声をかける。
「今日は色々ありがとな。俺ももう少ししたら落ちるよ」
「おう、お疲れ。……そういえば退院したのって、やっぱ先々月だったのか?」
「ああ、そのことね。一応先々月に退院はしたけど週3くらいで通院してたし、やつれてたの見せたくないし、女になってるしで、ちょっと会える勇気無かったんだよね」
入院中は面会謝絶だったし石丸には心配かけたかもしれない。
唸っていたが謝ったら割とすんなり許してくれた。
石丸とリアルの方で会うのはどうだろう、今日で大分気が楽になったところがある。それでもログアウトすれば見たくない現実がやって来る訳で悩みが尽きることはない。
「あー久しぶりに楽しかった、アリスって俺より背高かったけど、年下かな。年下に背で負ける俺って…」
「身長とかは割と自由に決定できるし、そこまで落ち込むほどでもないだろ」
「それはそう」
倉庫の整理はこんな感じか。
装飾品は魔法の強化系が多いので今回目指すプレイスタイルには合わない様な気もする。良く使っていたローブも男性用装備な上STRをマイナスする代わりに
俺はホムラ丸に手招きをし、メニューからトレード画面を開きフレンドのホムラ丸を選択する。
「俺このアバターでは狂戦士系で行こうと思ってるから、この辺のアイテム貰ってくれね? バザーで売ってもいいけど知ってる奴に使ってくれた方が良いしさ。代わりに女性用装備とか大剣とか余ってたらほしいんだけど。」
「別にいいけど、ギルドの奴にあげたりしてるからそんなに良いの無いぞ?」
「あーギルドのことすっかり忘れてたな。俺のこと何か言ってた?」
「元気ならそれで良いってさ、今のお前のことは何も言ってないけど。説明した方が良いか?」
「うーん、今は保留で」
「了解」
ホムラ丸から送られてきたアイテムの中からガーリーでない女性用装備をいくつかピックアップし、倉庫に放り込み近々装備できそうなものはアイテムボックスへしまっていく。
「うーんじゃ、そろそろ落ちるわ。リアルで会うのはまた今度な、明日もよろー」
「おう、じゃあな」
メニューの下の方にあるログアウトボタンを押し、ホムラ丸の方へ手を振る。
少しずつ白んでいく景色、足元から力が抜け感覚が消えていく不思議な感触。
ああ、夢から覚めてしまう。
ぱちり、ぱちりとゆっくり瞬きをする。とても楽しかった夢を見た後のような、不思議な空虚さ。
細い腕を動かし、頭にはまっていたヘルメットのような形をした機械を外す。入院中も似たようなものを何度もつけていたが、あれは性自認の調整を行うためだったからあまり楽しいものではなかった。あれをするたびにもう男には戻れないのだと、思い知らされるようで.
ただベッドに寝転がってVRMMOの世界に潜り込んでだけだったのに、眠っていたかのように俺は布団にくるまっていた。いつの間にか母が布団をかけてくれていたらしい。
布団をめくり、足を床につける。
手を振り反動をつけ立ち上がろうとして──
「よっ……く、まぁ流石に無理か」
夢のような世界で起こった奇跡は現実では起こらない。奇病の副作用と言えば良いのか、俺の今の体はこんなものだ。
ベッドの横に畳まれていた車椅子を開き、腕の力で乗り移れば最近やっと慣れてきた感覚がやって来る。
「こんな格好、やっぱあいつには見せたくねえな」
現実、嫌だなぁ。