仮面ライダーローサーバージョンS   作:夜野千夜

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フォロワーさんが「シリアス全振りのローサーが読んでみたい」と仰っていたなぁと思っていたらネタが降ってきたので書きました。温度差で風邪を引いてくだされば幸いです。


始まりは最悪から

──あの日から、何年が経ったのか。

 

──それでも私は、今でもあの日を鮮明に思い出す。

 

 それは、鮮血の赤。時間の経過とともに黒く変化していく液体に塗れた手で、すぐ傍に倒れ伏す青年に手を伸ばす。

 

「にい、さ」

 

 しかし彼女が伸ばした手は、空中から伸びた手により阻まれる。

 

「無駄だよ、何をしたところで。だって(そいつ)──」

 

 

 

「お前が殺したも同然じゃん?」

 

 

 

 

『続いてのニュースです』

 

 テレビから流れる、無機質なアナウンサーの声を聞き流しながら皇深紅(すめらぎしんく)は朝食のトーストを口に運んでいた。彼女の宝石のような赤い瞳の下にはクマが浮かんでおり、人より白い肌も相まって不健康そうに見せていた。

 

『大虐殺の夜──通称「ジェノサイドムーン」から三年が経とうとしています』

 

 その瞬間、深紅のトーストを持つ手が止まった。そしてアナウンサーの次の言葉を待たず、彼女はトイレに駆け込んだ。

 トイレからは彼女の苦しそうに嘔吐する声が聞こえてくる。声はしばらく続き、胃の中の物をすべて出し尽くしたところで声は止んだ。

 

「はぁ……」

 

 深紅はテレビの画面を見ないように電源を消し、今度はキッチンへ向かった。水で口の中をすすぐためだ。何度か水で口をすすぐのを繰り返した後、彼女はようやく落ち着いたのかソファに向かった。顔色は先ほどより青白くなっている。

 

「……カウンセリングの時間は、まだ余裕ある」

 

 スマホで時刻を確認した深紅は、アラームを設定してから目を閉じた──外から感じられるマスコミ達の気配は無視をして。

 

 

 皇深紅。彼女は二つの意味で有名な人間だ。

 

 一つは彼女の家柄。彼女は日本有数の財閥の一つ皇財閥の跡取りだ。今は保留ということになっているが。

 

 そしてもう一つは大量虐殺事件の生き残りだ。

 三年前に起きた大量虐殺事件、『大虐殺の夜(ジェノサイドムーン)』。被害者は数百人に上るとも言われるこの事件で生き残りはたったの二人しかいなかった。

 その一人が彼女──皇深紅である。軽いけがはしていたものの、幸いにも深紅は命に関わるような傷を負っていなかった。

 

 事件後、マスコミや警察は数少ない生き残りである深紅に話を聞こうとしたものの、彼女は深い心の傷を負いほとんど事件の記憶を持っていなかった。それもあり深紅はすぐに事情聴取から解放されたが、代わりに待っていたのは残酷な現実だった。

 慕っていた兄の死。謎に包まれ未だに解明されていない事件の真相。そして、周囲からの好奇の視線と根拠のない噂。ともにいた兄であり跡取り候補として有力であった橙弥(とうや)を殺したのは深紅ではないかという噂が回るのは早かった。

 

 その根拠のない噂は、次第に深紅の心を蝕んだ。深紅は目をつむる度に、兄の幻想が「お前が俺を殺したんだ」と責め立てる夢を見るようになった。悪夢に魅入られてしまった彼女が睡眠障害に陥るにはそう時間がかからなかった。目の下にできたクマもそれが原因だ。

 

「……」

 

 案の定深紅は深く眠れなかった。閉めたカーテンの隙間から外を窺えば、マスコミがまだ待機していた。恐らく事件のことをまた聞きに来たのだろう。

 

(何も話すことなんて無いのに)

 

 深紅は裏口から外に出ることにした。カウンセリングの時間が迫っている。

 

 

「はじめまして、皇様。わたくしは宮古愛華(みやこあいか)と申しますわ」

 

 受付で今日のカウンセリングの担当は違うカウンセラーになると伝えられていたため、深紅は少し警戒した面持ちでカウンセラーと向き合った。興味本位で事件を深堀りされ、何度具合が悪くなったことかわからないので。

 宮古と名乗った女性は、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「警戒するのも無理はありませんわね。貴女様は何度かカウンセリング中に倒れられたと聞いておりますもの。ですから、わたくしのことも最初から信じようと思わなくて構いませんわ」

「はぁ……」

「わたくしはカウンセリングと言うより、貴女様のご様子を伺うよう神瀬様から頼まれましたの」

「え……先生から?知り合いなんですか?」

「わたくし神瀬様の秘書を勤めておりますの」

 

 神瀬とは、『大虐殺の夜』被害者遺族後援会の会長にして研究者だ。何の研究をしているかは追々説明するとして。深紅はこの時点で宮古への警戒心を少し解いた。神瀬とは何度か話したことがあるが、神瀬の知り合いであるだけで警戒を解くほど信頼を寄せていた。

 

「後ほど神瀬様もこちらにいらっしゃるそうですわ。それまでわたくしが話し相手になるように言われましたの。同性同士話しやすいこともあるだろうから、とのことですわ」

「そうだったんですか……」

「あぁ、話すのが辛いなら無理には聞きませんわ。神瀬様が来るまで寝てても構いません。わたくしが起こしますもの」

「え、でも……」

「大丈夫ですわ、何かあってもわたくしが守りますもの。眠れないなら子守歌でも歌いましょうか?」

「いや、だ、大丈夫です!じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

 深紅は宮古の後ろにある簡易ベッドに横になった。人が一緒にいる安心感からか、深紅は珍しく悪夢に襲われず眠りに落ちた。

 

 

「皇様」

「……はっ!」

 

 深紅は愛華の呼びかけで目を覚ました。体を起こした深紅は、宮古の隣に神瀬が立っていることに気づいた。

 

「あ、せ、先生!すみません、寝てて」

「いいや、構わないよ。少しは休めたかな?」

「はい、おかげさまで。宮古さんもありがとうございました」

「どういたしまして。少しは顔色が良くなったみたいで良かったですわ」

 

 神瀬と宮古に揃って微笑まれ、深紅はいたたまれないような気持ちになりベッドから下りた。

 

「先生がこっちに来るの珍しいですね。何かあったんですか?」

「何かあったと言うより、君に二つ用事があってね」

「私に、ですか?」

「あぁ。手を出してくれるかい?」

 

 深紅は素直に神瀬に手を差し出した。

 

「これだよ」

「これは……キーホルダー、ですか?」

 

 神瀬が深紅に手渡したのは、修学旅行で男子生徒がよく買っているような剣のキーホルダーだった。剣の柄の中央には薔薇の花が咲き、薔薇から伸びたイバラが剣を取り巻くように巻き付いている。

 

「あぁ、そうだよ」

「どうしてこれを私に?」

「君を守ってくれるお守りになるかと思ってね。私の研究は知っているね?それの余り物で作ったものなんだが」

「え!?り、リバイブファクトの!?」

 

 神瀬失人(かみせろすと)。彼は『プロジェクト・リバイブファクト』の中心人物である。

 

 今から数年前、アーティファクトと呼ばれる神話上の存在とされてきた聖遺物がある遺跡から発掘された。アーティファクトは強力な力を持っているが、時の流れに逆らうことはできずその力の大半を失っていた。

 しかし神瀬を中心とした研究者たちは、科学の力によりアーティファクトの力を復活させた。その科学と神秘の融合により力を取り戻したアーティファクトが、リバイブファクトである。

 

 そのリバイブファクトの研究により生まれたキーホルダーと聞き、深紅は慌てて神瀬に返そうとした。たしかにお守りとして持つならこの上ないほどの縁起物だろう。しかし今やプロジェクト・リバイブファクトは世界規模で展開されているプロジェクトだ。日本のみならずいくつもの大国から資金援助を受けていると聞く。そのような研究で生まれた物を、自分のような一市民が持っていて良いはずがない。

 

「こ、こんなの持てません!!お返しします!!」

「私はこれを君に持っていてほしいんだ。きっと君の力になるから」

「神瀬様、大事なことを伝え忘れていますわ。彼女にあのことを話さずに渡しても意味はありませんわよ」

「あのこと……?」

「わたくしたちが独自に掴んだ『大虐殺の夜』の真相について、ですわ」

「!」

 

 深紅が神瀬を見ると、神瀬はバツが悪そうに顔を逸らした。

 

「あぁ、わかっているよ。わかっているが……今日話すのは酷じゃないかい?皇くんの顔色も悪い」

「そうやっていつまで話すのを先延ばしにしますの?彼女だって一刻も早く真相を知りたいに違いありませんわよ」

「それは……」

「……先生は、何か知ってるんですか?」

「……あくまで、推測だけどね」

「それでも構いません。教えてください、あの夜のことを」

 

 深紅は頭を下げた。そんな彼女に神瀬は慌てる。

 

「顔を上げてくれ。むしろそうしなければいけないのは私の方なのだから」

「それはどういう……?」

 

 神瀬が口を開こうとした時。神瀬のスマホが着信を知らせた。

 

「すまない、少し良いかな?」

「はい」

「ありがとう」

 

 神瀬はスマホを片手にカウンセリングルームを出た。しかし彼は血相を変えてすぐに戻ってきた。

 

「緊急事態だ。愛華、ともに来てくれるね?」

「先生?一体何が──」

「ヴィードだ」

 

 その一言で、宮古の纏う雰囲気が一変した。

 

「場所はどこですの?」

「花舞の公民館だ。おそらく、瀧くんを狙って来たんだろう。今日は私たちと被害者遺族の集まりがあるからね」

「瀧様は無事ですの?」

「幸いにもまだ来ていなかったらしい。すぐ我々と合流するよう伝えたよ」

「あ、あの!」

 

 自分を抜いて話を進める二人に、たまらず深紅は声をあげた。深紅を見遣った後で、二人は顔を見合わせた。

 

「皇様はどうしますの?」

「連れて行くのはやめておこう。フラッシュバックを起こすことになったらどうする?」

「ですが、彼女は無関係ではありませんわよ。瀧様同様にね」

「……」

 

 神瀬はしばらく悩んでいたようだが、意を決したように口を開いた。

 

「皇くん、全ては君に委ねるよ。たとえ傷ついてでも真実を知る道をとるか、それとも平穏をとるか。──君は、どうしたい?」

 

 神瀬は真剣な眼差しで深紅を見ていた。宮古も黙って深紅を見つめている。

 

「わ、私は……」

 

 その時。深紅の頭の中に声が響いた。

 

──逃げるな。

 

「ひっ……!」

 

 その声は、『大虐殺の夜』の後から深紅にだけ聞こえるようになった声だ。若い男の声だということしかわからないが、深紅はきっとこの声はあの日死んでしまった兄・橙弥のものだと確信していた。

 

「わ、わた、私……は……」

 

──逃げるな!!

 

「ひっ!」

 

 声が一層強く響く。深紅はこれ以上その声を聞きたくないがために、神瀬たちについて行くことにした。

 

 

「本当に良かったのかい?皇くん。顔色がさっきより悪いが……」

「だ、大丈夫……です」

 

 頭の中の声は止んだが、先程聞こえた強い声に深紅はすっかり怯えてしまっていた。あそこまで声が強く主張して来たのは初めてのことだ。

 

(どうしてそこまで先生たちと一緒に行かせようとしたんだろう)

 

 現場が近づいてくると同時に、異様な匂いが漂ってくるのを深紅は感じていた。この鉄の匂いは鼻が覚えている。──これは、血の匂いだ。それも、大量の。

 

「愛華」

「ええ。準備は万全ですわ」

 

 愛華はどこから出したのか小銃のような物を手にしていた。

 

「よし、行こう」

 

 神瀬が勢い良く公民館の扉を開け放つと──そこには惨状が広がっていた。

 辺り一帯に散らばった血、血、血。力なく倒れ伏した人々の体が至る所に転がり、中には損傷がひどく体の部位の一つや二つが欠けている死体もあった。

 

「うっ……!」

 

 あの夜の光景が蘇る。深紅は入口から中に入ることもできず、その場で吐きそうになるのを堪えることしかできなかった。

 

「……遅かったか」

「皇様、しっかり。ヴィードはもうどこかへ行ってしまったのでしょうか?」

「わからない。愛華、ついて来てくれるかい?」

「もちろんですわ。皇様はどうしますか?」

「わ、たしも……行き、ます……」

 

 声が聞こえる前に、深紅は二人についていくことを決めた。

 

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