すっかり人気がなくなった公民館を、三人は進んでいた。この惨状が生み出されてからそう時間が経っていないのか、歩を進める度に床に散らばった赤い液体が靴底に纏わりついては滴り落ちていく。
「……」
「皇くん、大丈夫かい?」
「顔色が悪いですわ」
「だ、大丈夫……です……」
むせかえるような鉄の匂いを前に、深紅は吐き出さないようにするので精一杯だった。口元を手で覆いながら、必死に前を進む二人の後をついていく。
すると突然、二人が足を止めた。二人の足元しか見ていなかった深紅は、宮古の背中にぶつかりそうになったがなんとか堪えた。
「?──ッ!」
何かあったのかと深紅が顔を上げた時。叫び声をあげそうになったのを彼女はすんでのところで抑えた。
二人の前方にいたのは、怪物だった。首のない馬、と表するのが正しいだろうか。体に白く小さな花を咲かせたそれは、足元に転がるすでに息絶えた死体を何度も何度も踏みつけていた。それはそれは執拗に。飛び散る血などもうその死体にはないと言うのに。
「な……に、あれ……」
「ヴィードだ」
「あれがわたくしたちの敵ですわ、皇様」
怪物に見つからないよう物陰に隠れた三人は、小さな声で話し合っていた。
「しかし、まだこの場に残っていたとは……。いや外に出ていなかっただけ幸運と言うべきか?」
「被害が拡大していないだけ善しとしましょう。それで、どうしますの?」
「……」
神瀬は深紅をちら、と見やった。それだけで宮古は神瀬の意図を読み取ったらしく、目を見開いた。
「まさか──」
「皇くん」
「は、はい」
「君、あれと戦う覚悟はあるかい?」
「え──?」
突然の神瀬の問いに、深紅は答えられなかった。代わりに宮古が神瀬の胸倉を掴みかかった。
「何を考えてますの?こんな状態の皇様まで戦わせる気ですの?」
「私の推測が正しければ、皇くんにも戦う資格があるはずだよ」
「資格うんぬんの話ではありませんわ!あなた方はどれだけ彼女に背負わせれば気が済みますの!?」
「み、宮古さん落ち着いて……あの怪物に見つかっちゃいますよ」
「構いませんわ、わたくしが戦いますもの」
「愛華」
神瀬は宮古を諭すように落ち着いた声音で話しかけた。
「すべては皇くんの意志次第だよ」
「……」
宮古は悔しそうに顔を歪め、引き下がった。
「皇くん、君に聞きたい。君は、戦う覚悟があるか?」
「あれと……ですか?」
「あぁ」
深紅はそんなものはない、と答えようとした。しかし口を開こうとした時。頭の中に映像がよぎった。
それはあの怪物同様に体から植物の生えた生き物が人々を蹂躙してまわる映像だった。その蹂躙された人々の中には、兄の橙弥もいた。
(これって……もしかして、あの夜の記憶?)
「……先生、聞きたいことがあります」
「何かな」
「あの怪物は──あの夜に関係していますか?」
「……私の推測が正しければね」
「わかりました。先生を信じます。私はどうすれば良いですか」
すんなり頷いた深紅を、宮古が驚いた顔で見つめた。
「良いんですの?皇様」
「あの夜の真実を知るためなら、私はどんなに傷ついても構いません」
「……無理はしてはいけませんわよ」
「はい」
「さっき渡したキーホルダーは持っているかい?」
深紅は頷く代わりにキーホルダーを取り出した。
「これはアーティファクションキーと言って戦うプロセスに必要な物なんだ。嘘をついて渡してすまなかったね」
「いえ。それでこれをどうすれば良いですか?」
「まずこのバックルを腰に当ててから、鞘から抜いてバックルの穴に挿してくれ」
神瀬から渡されたのは騎士の籠手のような形をしたバックルだった。深紅は指示通りにバックルを腰に当てると、バックルから光の茨のようなものが生え、茨は腰を一周しベルトのようなものへ変化した。それから神瀬の指示通り、アーティファクションキーの鞘部分から剣を引き抜きバックルの穴に挿す。
『アーティファクションキー認証。コード:RC起動。声紋を登録します、変身と叫んでください』
するとバックルから機械的な音声が聞こえてきた。
「へ……変身?」
「アーティファクションキーを倒しながら変身と叫ぶんだ」
「変身!」
深紅はアーティファクションキーを横に倒しながら叫んだ。
『変身者を登録しました。これより変身シーケンスに移行します』
再び機械音声がバックルから聞こえたかと思うと、今度は巨大な白薔薇の蕾がバックルから生えてきた。蕾は深紅の体を呑み込んだ。蕾の中では花びらが綻び、深紅の体に触れると騎士の鎧のような姿に変わっていく。深紅の全身を花びらが覆い、完全に鎧に変化すると蕾は深紅の後ろで大輪の白薔薇を咲かせた。バックルに刺さっていたはずのアーティファクションキーは一振りの剣に変化し、深紅の手に握られている。
「やはり、君が資格を持っていたんだね」
神瀬は悲しそうにそう呟いた。
「資格って──」
「すべてはこの戦いが終わったら話そう。戦えるかい?仮面ライダーローサー」
仮面ライダーローサー。それが今の自分の姿の名だと理解した深紅は、頷いた。
「行ってきます」
剣を構え直し、ローサーは怪物に斬りかかった。自身に接近してくる音に反応してか、怪物は足の一つでローサーの剣を受け止めた。
「やっぱそう簡単にはやられてくれないか」
ローサーは何度も剣で怪物に斬りかかる。その度に怪物は足で受け止めるが、だんだんとその体勢が傾いてきた。さらに斬りかかり続けると、さらに怪物は体勢を崩した。
「よし、今!!」
しかしそううまくはいかなかった。ローサーが再び剣で斬りかかろうとした時。怪物の体の花が開き紫色の煙が立ち込め始めた。
「!」
間近で煙を吸ってしまったローサーは、その瞬間立っていられずその場に膝をついた。
「皇様!」
「なるほど、あのヴィードはアセビと首無し馬の駆け合わせで生まれたのか」
「アセビとは何ですの?」
「馬が酔う木と書いてアセビと読む植物だよ。馬が間違って食べた際に酔ったようにふらついたことからその漢字があてがわれたらしい。恐らく今の煙を吸ってしまうと酔った時と同じような状態になってしまうんだろうね」
冷静な神瀬の分析を遠くから聞きながら、深紅は荒い息を吐いていた。普段からの体調不良と激しく動いたことがプラスして、余計に煙が効いてしまっているのだ。
(動けない……どうしたら……)
怪物が足音を立て近づいてくる。
(私は……こんなところで、終われない……!!)
「お願い、力を貸して──ローズカリバー!!」
深紅の叫びに呼応するかのように、ローズカリバーが光を放つ。まるで太陽の光に似たその光の刃に手を伸ばす。
「何もかも灼いてみせろ──ガラティーン!!」
光の刃を握った途端、体の中が焼かれるような感覚に陥った。しかしそれは一瞬で過ぎ去り、毒や体調不良もどこかへ消えていた。
「これなら戦える!」
煙が晴れ、怪物の姿が再び露呈する。
「今度は逃がさないから!!」
剣の柄に嵌め込まれた薔薇の意匠を押し込み、床に剣先を突き刺すと切っ先から茨が伸び怪物の体を拘束した。
剣を床から引き抜き、再び薔薇の意匠を押し込むと剣は巨大化しポインタのように怪物の体に突き刺さっていた。
宙へと跳んだローサーが巻き上げた風が、薔薇の花びらを巻き上げる。薔薇の花びらを伴った嵐が推進力を生み、ローサーのキックを後押しする。
「はぁあああああ!!」
ローサーはその勢いのまま怪物に突っ込んだ。突き刺さった剣とローサーの蹴りは完全に怪物の体を貫いた。体に大きな穴を空けた怪物は、体に咲いた花から萎れていき、最終的に跡形もなく枯れてしまった。
「……やった」
「本当に、倒してしまうなんて……」
ローサーの変身を解いた深紅は、その場に倒れてしまった。
「皇様!」
「早くここから出よう。……よく頑張ったね、皇くん」
神瀬と宮古の二人は深紅の体を支えながら公民館を後にした。