16話
エオヒドの剣舞が塞がれるとは思っていなかった。いくらベルディア殿が騎士として優れていようとも私のレベルと戦技の回転力から放たれるこの一撃を耐え切った上で弾くなどと、誰が予想できただろうか。
「はぁ……はぁ……、多芸にも程があるだろう貴様」
「素晴らしい、素晴らしいぞ貴公!!ハハ、まだ終わってくれるなよ?」
大剣を杖のように地面に突きながら肩で息をするベルディア殿が私に苦言を呈するがそんなことはもうどうでもいい。
「これはどうだ『夜の彗星』」
武器を喪失の杖に変え魔術を発動させる。
「ッ!!…………なんだ?ただのこけおどしではないk……がっ!?不可視の魔法か!!」
サリアの魔術師達が同胞を狩るために開発した不可視の魔術。マレニアのような強力なデミゴッドでさえ、命中したあとでなければ異変に気づけないほど強力な魔術だ。それ相応に精神力を消費するが私のお気に入りの魔術でもある。今回は何か対応してくれると期待して魔術の名前を言いながら発動してみたが……一度受けただけで不可視であると気づかれるとは思わなんだ。
「『滅びの流星』、次は殴り合いといこう、『カーリアの速剣』」
遥か昔、いつだったかはもう覚えていないが闘技場で嫌というほど鍛えられた装備の変更速度で底なし沼に等しいインベントリから的確に必要な武器をピックアップする。『滅びの流星』を頭上に放ちすぐ様ベルディア殿に向かって走る。
「『ライトオブセイバー』擬き……いや速い!!」
12の暗い流星と私が同時に突撃するが、ベルディア殿はガードせず逃げに徹し始めた。賢い、先ほどの『夜の彗星』で威力を悟られたか?私との殴り合いすら放棄するとは……
「貴様の魔術とやらは一定時間もしくは一定距離で霧散するようだ!!ならば対処も容易いというものだ、威力は確からしいがな」
「見抜かれるか。いい、いいな……初めての感覚だ。とても……素晴らしい!!」
気分がいい、こんなに気分がいいのは一体いつぶりだろうか。バフをかけていないとはいえ魔術だぞ?祈祷ならまだしも純魔力のはずである、そして回避という最も安牌を選ばれた。こんなにも驚かされる戦闘はいつぶりだろうか。
「だが…………私ばかり見ていていいのかね?」
「なんだと?ぐぁ!?………ば、かな。いつのまに……!!」
致命の一撃、戦闘開始前から『霊呼びの鈴』で呼び出していたティシーが隠密性能に優れた装備で機を伺い、最高のタイミングでベルディア殿の背中に黒き刃を突き立てたのだ。
「よくやった。流石だ」
『……!!』
最近のティシーは何やら感情というものがわかりやすくなった気がする。顔を隠しているので顔は知らないが、表情豊かになったのだろう。
「お前ぇ!?正々堂々真剣勝負はどこいったんだ!!」
「何を言う。己の全てをかけて貴公と相対している、これ以上に真剣なことはない」
私が過去、どれだけ侵入されたと思っているんだ。角待ちは警戒しない方が悪い。紐はしっかり集めないのが悪い。超遠距離からヘッドショットをもらった時は流石の私も堪忍袋の尾が切れた。
「ベルディア殿、エルデの王として戦闘の極意というものを教えてやろう」
ひらりとベルディア殿の攻撃を躱しているティシーを横目に、私はまた武器を変更する。
血派生と冷気派生のレイピアの二刀流。敵の生命力をこれでもかと削る凶悪な2本。もちろん両者とも最大強化であるが、本当は蟻棘のレイピアが使いたかった。赤い腐敗さえ制限されてなければ……
「勝てばよかろうなのだよ」
「それでも騎士の端くれか貴様ぁぁぁぁ!?!?」
私とティシーの距離が入れ替わる。
私がベルディア殿に肉薄するのと同時にティシーがバックステップで後ろに下がった。どうやら私の意図を理解したらしい。
「次は刺剣……!?しかも素早い!!」
「どうやらこちらの方が避けにくいらしいな!!」
一撃一撃の威力は小さいが、それは積み重ねというもの。本人が気づかずとも蓄積されたものが今猛威を振るう。
【FROSTBITE】【BLOOD LOSS】
「ぐ……かはッ……!!なん……急に体から出血して、内側から凍りついたような感覚……!?まさか魔剣なのか……?」
「魔剣とやらがどういうものかは知らないが、これは神をも殺せる至高の一品だ。あまり舐められては困るな」
そして背後から援護が飛んでくるのはティシーの死の刃。命中して対象の生命力を削り続ける凶悪な戦技だ。状態異常に驚いていたベルディア殿には避けられるはずもなく直撃したのだった。
沈黙。
かろうじて浅い呼吸が聞こえてくる程度で、膝をつく余裕もなく地に伏せたベルディア殿に対して私とティシーは対したダメージを負うこともなく立っていた。
「はぁ……はぁ……………ぐぅ……」
「勝負あり、でよろしいかベルディア殿」
ティシーを遺灰に還し倒れているベルディア殿の頭の方まで寄った私は一言だけ問いかけた。答える余裕もないらしいので少し待ってから改めて返答を聞く。
「ああ……ここまで、差があったとはな……早くトドメをさせ。貴様なら本来は会話をすることもなく無慈悲にやるだろう」
「ほう、この短期間で私のことをよく理解してくれている。だが私もこの地に来て変化があったのだよ。語らう喜びというものを知った」
「少し違うな。貴様のそれは『自分は強い』というものからくる強者の余裕、いや傲慢だ」
「なに?…………ふむ、なるほど。確かに私は驕っている。私が今まで過ごしていた時に比べれば、ここに存在する命は悉く儚い。人も、モンスターも、死者も、その全てが矮小だと自信を持って言えてしまう」
「で、あろうな。貴様ほどの実力者がいたとは、世界も広いものだ……」
絶え絶えの体で感慨深そうに言葉を紡ぐベルディア殿。
「さて、ベルディア殿。貴公とは敵でなければ良き友でありたかったよ」
「俺もだアセビト」
「そしてもう一つ、こういう時、何か酷いトラウマのような既視感を覚えるのだがいかがだろうか」
「…………俺もだ、あーもうどうしてこうアイツらは神聖な戦いに邪魔してくるんだよぉぉぉ!!!!」
頭だけでゴロンと転がり続けるベルディア殿に酷く同情する。いや、きっと私も酷い目に遭うのだから仕方がない。
私たちの目の前に広がるのは、どこから現れたのは全く分からない海のような量の水が津波のような勢いで押し寄せてきている地獄だ。
うむ、いつぞやの誰かの爆裂魔法で吹き飛ばされた時のような……そう、デジャヴだ。
「……私はカナヅチでな。腰の上まで体が水に浸かる程度でも溺れて死ぬ」
「貧弱にも程があるだろアセビト!?何かないのか、こう、結界的なやつ!!」
「ない」
「ないのかよ!?」
そもそもエルデでは水が押し寄せてくるなどという現象はなかったのだ。
「さて、私は生き返れるので別に死んでも構わないが……どうする?」
「色々棚上げして言うがお前本当に人間か!?い、嫌だぞ俺は。せめて殺せ!!腐っても死んでも騎士だ!!洪水で朽ち果てるなど……!!」
「ふむ……気持ちはよく分かる。私も足を踏み外して溺死することはよくあったからな……はらわたが煮えくりかえるほどイラついたものだ!!っハッハッハ……はぁ……『聖律』」
「っ……なんと強力な聖なる力……ふっ、アセビト、感謝する。さらばだ」
「還樹……は出来ないのだったな。さらばだ。誇り高き騎士、ベルディア」
そして私はベルディア殿に聖律を付与したロングソードを突き立てる。
【GREAT ENEMY FHELLED】
「ティシー、感謝する。また頼む」
『…………』
戦闘を終えたティシーは私に一礼して遺灰へと帰った。そして私の目の前にはおそらくアクア殿が呼び出したであろう洪水……さて、どうしたものか。
「全く、世話が焼けますね褪せ人」
「ッ!!ミラ、か?その姿は……」
突然背後から声が聞こえ振り返ってみると、いつもの町娘の姿ではなく、
「いいから掴まってください。城壁まで飛びますよ」
「あ、ああ……」
全くもって訳がわからないが、とりあえず洪水で死ぬことは避けたかったので大人しくミラの手を取る。私の重量をものともせずミラは私を掴んだまま城壁の上へと飛んでいった。
「はい、これで万事おーけーですね。少し後ろを向いていてください」
「?……分かった」
「…………もういいですよ」
ミラに言われ、一瞬だけ後ろを向き合図で振り返る。そこにはいつものミラが居た。
「説明してくれないか?」
「今のですか?うーん……なんて言えばいいんですかね。私たち古竜が人化する際の中間地点と言いますか、目立たず、古竜としての最低限の誇りを保ち、そして飛べるという便利な姿、とでも思ってください。古い知り合いは基本的にこの姿で狭間の地……じゃなかった、
「ほう、それは興味深いが……影の地?」
「ああ、そう言えば知らないのでしたね……って、他の方々も終わったようですよ。降ろしてあげるので行ってきてくださいね」
「むっ……ああ、ベルディア殿が消えて統制の取れなくなったアンデッドが消滅したか。ミラ、感謝する。
聞きたいことがどんどんと増えていくが、家に帰ればいつでも聞ける。とにかく今はベルディア殿を討ったと冒険者達に伝えなければならない。私が考え事をしているうちに再び竜人化したミラが私を地上に降ろしてくれたので、冒険者達に駆け寄っていく。
「アセビト、無事だったのか!?ベルディアは……?」
「討ち取った。この戦い、我々の勝利だ!!」
「「「「「「うぉおおおおおおお!!!!」」」」」」
すでに大洪水はどこかへと消え去り、冒険者達の雄叫びがアクセルと平原に響き渡った。
◆
「4億エリスぅ!?」
「ああ、ベルディア討伐の報酬金が出ていてな。このような大金を持つのは性に合わんし、使う予定もないので半分は城壁の修繕費に回してもらった」
「もったいねぇ!!もったいなさすぎるぜ褪せ人さん!!」
数日後、魔王軍幹部討伐の知らせを受けたギルド本部の幹部がアクセルの街へとやってきて、事実確認の元私に報酬金を出してきたのだ。
アクア殿が放った大量の水に押し流された城壁の修繕費は私で負担することとなり、アクア殿とカズマ殿が頭が床にめり込む勢いで土下座してきたのでそれを受け取った。
そして残る2億だがまだ私の懐に残っている。が、使う当てもないので連日連夜酒場で行われる宴の全ての支払いに当てた。冒険者達からまるで神様のようだと持て囃されたが……神と同列にされるのもあまり気に食わんな。
「だけどよぉ、アセビトのおかげでいい思いさせてもらってんだし、何よりあの魔王軍幹部を倒した英雄様だ!!」
「ちげぇねぇ!!ギャハハハハ!!」
「ではそろそろ私は行く。まだ数日分は好きなだけ飲み食いしてもバチは当たらんだろう、楽しむといい」
「おいおいつれねぇなぁ……おいテメェら!!俺たちの英雄様がお帰りだ!!道を開けやがれ!!」
「「「「「「ありがとうございますアセビト様ぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」」
「あ、ああ……では失礼する」
なんというか……恐怖を覚えた。酔っ払っていても感謝を忘れない姿勢は評価するが、少し……いやだいぶ熱意がこもった視線を送るのはやめて欲しいところだ。あと勢いが怖い。
私は酒場を後にし、すれ違う町民に感謝されること数分後に裏路地から自宅へと祝福へワープした。
「お帰りなさい褪せ人。随分とお楽しみでしたね」
「無駄な邪推は寄せ。当分は酒場には近寄らないと決めたばかりだ」
「そうですか、当分いじってやろうと思っていましたが結構疲労してますね。どうしますか」
「話をするぞ」
「ああ、いいですよ。私もちゃんと情報共有はしておかないとって思ってましたし」
「一度自室に戻って着替えてくる」
「はい、リビングで待ってますね」
ミラにそう言った私は自室へ戻り、ラフな服へと着替えた。そして部屋を出ようとして……インベントリに物が増えていることに気づいた。
『ベルディアの兜』
『ベルディアの鎧』
『ベルディアの手甲』
『ベルディアの足甲』
白銀の鎧がアンデッド化する際に黒く転じた鎧一式
魔王軍幹部ベルディアの装備
装備中、今は亡き王国剣術を会得する
魔王の忠実な幹部にして
誇り高き騎士であったベルディアは
自らを討ち果たした戦士に、呪いをかけた
俺の呪いをお前に刻む
アセビトよ、俺を忘れるなよ?お前は俺の心の友だ
俺の鎧と共に生き、死に、いつかはもう一度死合おう
ほんとに忘れんなよ!!絶対だからな!?
「………ふっ、貴公らしいな。最後の最後まで、締まらないなぁ、心の友よ」
『ベルディアの大剣』
魔王軍幹部ベルディアの愛剣
今は亡き王国が鍛えた大剣
主人の死後も主人と共に戦い続けた名剣だが特別な力はない
よく手入れされており刃こぼれの一つもない
主人を守り主人の敵を切り伏せた大剣は
他のどんな剣よりも主人に愛されていた
戦技『汝に死の宣告を』
ベルディアの得意とする死の秘術の名
しかし褪せ人には行使することの出来ない真の秘術
その本質は術ではなくベルディアなりの決闘の宣言である
一時的に物理攻撃力を上昇させる
アセビトよ、お前なら秘術に頼らずとも
必ず敵を打ち滅ぼすだろう?
宣告とは、宣言であり、誓いであり、敵への敬意だからな
「喪色鍛石で強化するのは、やめておくか。貴公の剣に誓う。私に立ちはだかる全ての敵に、敬意を持って死の宣告を送ろう」
私はベルディア装備一式を装備しベルディアの大剣を手にして鏡を見る。
デュラハンであるベルディア殿は首だけを手に持っていたので鏡の写る私の姿は、ただ鎧を着ただけの私だ。だが誓わずにはいられなかった。今まで出会ったエルデの戦士達も誇りを持っていたが……いつのまにか敬意もなくただ鏖殺するばかりだった。
心の友、ベルディア。
貴公こそが本物の騎士なのだろうな。
拝啓、クソッタレの大いなる意志へ
貴様らが追放したエルデの王だ。
私は今、順調である。
皮肉にも貴様らのおかげで頼れる友人や、心の友、冒険者の仲間達を得ることができた。
いつか貴様らを殺して殺して殺すために私は今尽力している。
首を洗って待っていろ。
汝らに永遠なる死の宣告を
エルデの王