「はぁ……どうしたものでしょうか」
「…………」
やあ諸君。先日は見苦しいところを見せてしまったな。エルデの王だ……いや、やはり好きに呼ぶといい。己の名などとうの昔に忘れてしまったからな。
さて、簡潔だが私の今の状況を説明しておこう。知っての通り私は51周目の世界に舞い降りるはずだった。しかし目を開けてみれば目の前には見たことがない少女がいる。しかし彼女は神格を有しているのか、やけに神々しいオーラを放っている。
「ええと、先に言っておきますが私も今回の状況を上手く把握できていないのです。なので順を追って説明させていただきます。その際いくつか質問させていただきますが……」
「…………ああ、よろしく頼む。私もこの状況が分かっていない」
少女は困り果てた顔でこちらを見てきている。ただ間違いなく言えるのは、ここは狭間の地ではなくどこか別の世界だという事だ。
外なる存在共め、エルデに終焉をもたらせたくないとはいえ私ごとルーンを遥か別の場所へ追放するとは……
「それでは……まず貴方は狭間の地でエルデの王と呼ばれていましたか?」
「ああ」
「やっぱり……うぅ……アクア先輩はいない時に限ってこんなことが起きるなんて……いやあの人に任せるよりかはマシなのかなぁ」
質問に肯定で返すと、少女は何やら唸っている。まあ不測の事態が起きているので仕方ないとはいえ、しっかりとして欲しいものである。
「失礼しました。まずは自己紹介を。私の名はエリス、幸運を司る女神です」
「ほう。知っての通り、エルデの王と呼ばれていた者だ」
やはり神に名を連ねるものだったか。しかし……ラダゴンとはえらい違いだな。やはり神にも個人差があるということか。
「お噂はかねがね……えーと、まずここは狭間の地ではありません。天国と地獄の中間地点のようなものだと思ってください」
「ふむ……そう言った概念もあったな」
「貴方はそちらの神……貴方達が二本指と呼んでいた端末を操作していた者の強引な転送処理により私たちが管理するこちらへやってきたのです。ここまで大丈夫ですか?」
「ああ、なんとなく察していたからな。やはり奴らはいつか殺さねばならんな」
「ひぃ……か、神殺しを神の目の前で口にするとかぁ……」
「……すまない。無神経だった」
大体は予想通りの顛末だが……さて、この世界とやらは狭間の地とはどう違うのだろうか。
「先に申し上げておきますと、そちらの神とは管轄が違うといいますか……全くの別次元の話なので一切の関わりがないといいますか……むしろ私たちもやっか……突然貴方が送られてきて驚いているというか……」
「いやもういい。少なくとも我々が多大な迷惑をかけているというのはよく分かった」
少なくとも私はこちらの神達に厄介なものとして認識されているらしい。ハハッ、外なる存在に厄介払いされたと思えばこちらでもか。なんだこれは。
「如何様な処分でも受けよう。なに、私はもう終わった者だ」
「……その件につきましては、ご愁傷様です。観測員のあれほど青ざめた表情は初めてでした」
どうやら今までの私の行いも見られていたらしい。それにしてもこちらは人材が豊富だな。徒らにエルデを陵辱しているクソどもとは違いが激しいな。
「貴方に関しては私の裁量でどのようにしても構わないと上司に言われているんですけど、どうしたいです?」
……上司とかあるのか、神に。
「どうもこうも、私を私として終わらせてくれるのならなんでも構わない。いや……しかし、うむ」
まさかこちらに選択肢を寄越すほどお人好しだと思っていなかった。エルデなら怪しんでとりあえず切り捨てるレベルだがここは他所様の世界。一般常識というものがわからない。
「できる限りの手伝いをしよう。それを以て罪滅ぼしとさせていただきたい」
「ええ!?いいんですか……」
「この身はすでに終わったのだ。しかしそれでも王としての矜持がある。こちらの不始末はこちらで片付けよう……なに、戦いだけが取り柄なのでな」
「ちょっと上の方に確認してきます!!」
私が片膝つきしかと宣言してみれば、エリス殿は焦り気味に引っ込んでいった。
時間ができたので私は思考に耽ることにする。狭間の地から遠すぎる場所に来てしまった。エルデの王としてはどうかと思うが、繰り返し続く無限の地獄よりかは幾ばくかマシ……いや、むしろ好奇心が勝る。久しく感じるこの感覚、果たして何周目まで感じていたのか……
終わらせるのは、それからでもいいだろう。
「すいません、お待たせしました」
「……いや問題ない」
「結論から言いますと、異世界を救っていただきたいのです」
「ふむ。詳しく聞こう」
「その世界は魔王と呼ばれる脅威が存在し人々の生活を脅かしています」
魔王……?魔を統べる王だろうか、それとも魔に精通する王だろうか……
「魔王は軍を作り人間の勢力圏へ侵攻をしているのです。そのせいで最近は人口減少が激しくてですね……現状、別世界の死者を転生させることで移民を促し同時に魔王討伐の勇者を募っているのです」
「なるほど」
なるほどとは言ったが、あまり分かっていない。人口が減ることの何が問題なのだろうか。私の学がないのもあるが、あまりにも一般常識というものが私に欠けているように感じる。狭間の地とはもしや異端も異端の地であったのか?
「質問、よろしいか」
「あ、はい。なんでしょう?」
「その魔王は絶対悪なのだろうか。
私がエルデの王になる前、その旅路には色々な者がいた。ただ力のみを求めた君主、愛する夫に裏切られた狂った女王、腐敗したその身でなお全てを蹂躙する大将軍、忌み子と呼ばれ続けても過去の栄光そのものである玉座を守り抜いた王……彼らは大きな違いはあれど信念を持っていた。故に私の前に立ち塞がった。魔王とやらはどういう存在なのだ?」
「それは……申し訳ありません。異世界に降り立つ勇者様方には説明することができない決まりなのです」
エリス殿は苦虫を噛み潰したような表情で深々と頭を下げた。随分と腰の低い……神とはもっと不遜な存在だと思っていたがどうやら違うらしい。
「そうか。ならば仕方ない。謹んで受け入れよう」
「え、いや、あの。よろしいのですか?」
「聞けないのなら仕方あるまい。元より私に貴公らの提案を断る気などないしな。さて、世界を越えるのだ。何かしら制約があるのだろう?」
「あ、はい。褪せ人としての死に戻りは問題なく行えます。エルデ式の祝福の設置も、場所は少ないですが今進めている最中ですので問題ありません。しかしですね……竜祈祷の使用は、控えてほしいとの意見が出まして」
「ふむ、何故かね」
竜餐を成した者のみが手に入れることのできる、ある意味禁忌の力。遠い昔、ユラが言っていたな。『いつか人でなくなる、破滅の道である』と。それが関係しているのか。
「竜餐、それは禁忌の業です。徒らにあの世界に広めていいものではない、と」
「好き好んでエルデの術を広める気はないが……分かった」
「さらに朱い腐敗に関するものはその使用を完全に禁止するとのことです」
「……それは、当然か」
「えぇ、ありとあらゆるものを腐敗させる腐敗の力。その浄化は神の力を以ってしても時間がかかりますからね」
朱い腐敗は、腐敗の女神マレニアが咲いたことでばら撒かれたもの。ケイリッドの惨状を見れば当然だろう。女神の力の一端なのだからな。
初めてケイリッドに訪れた時、エオニアの沼には恐怖したものだ。好奇心で宝箱を開け転送罠にかかったのはいい思い出である。
「それだけか?」
「はい、そうですよ」
「……自ら申告するのはどうかと思うが、源流の魔術は問題ないのか」
「貴方が使用しても問題ないようですし、そもそもエルデの法則などその他の世界には理解不能なので大丈夫です」
「そ、そうか」
何やらエリス殿の圧が凄かった気がしたが気のせいだろう。遠回しにお前ら頭おかしいよと言われたか?いや、そんなまさかな……ははっ、はぁ。
「狂い火の祈祷も自主的に制限しておこう。あれもまた業の深い術だ」
「そうしていただけると助かります。大体このくらいですね。後は現地で住民達に直接聞く方がいいでしょう」
「そうさせていただく。長々と、失礼したな」
「いいえ!!かのエルデの王にお力添えいただける方がプラスすぎますしむしろ2日もあれば使命とか終わっちゃうんじゃないかというか……は!?そろそろあちらの世界へ送らせていただきます」
「ああ……よろしく頼む」
何やらぶつぶつ言っていたようだがまあいいだろう。短い間だったがエリス殿には世話になったな。
「言い忘れてましたけど上司達がとっても頑張って言語問題とかをクリアしてくれたので会話や読み書きは普通に行えます……神が死にかけるくらい干渉が難しいとか言ってましたけどね」
久々に笑いそうになること言うのはやめてくれよエリス殿、滑稽で仕方がないじゃあないか。神は嫌いだからな、エリス殿以外。
「それでは……エルデの王よ。息災を祈ります」
私の足元に魔法陣が展開され輝き始める。私は抵抗することなくその輝きに身を任せようとして……
「……あっ、これ力が強すぎて制御できないかも」
私が最後に聞いたのは、とてつもなく焦るエリス殿の声だった。
◆
目を開けると、あたりに広がるのは自然豊かな土地。リムグレイブのような緑に包まれているが、空気が全く違う。ここはなんというか……澄み切っている。エルデがどれだけ魔境だったのか、このような場面で実感するとはな。
さて、エリス殿はどうやら転送をミスしたらしい。まあ私自身、エルデでも最も強いという自負はあるため当たり前なのだが……またもや彼女には悪いことをしてしまった。いつか謝罪する機会があればいいのだが。
あたりを見渡せば、確かに何もない。祝福もだ。これはまずい、この状態で死ぬようなことがあれば……待て、私が最後に触れた祝福はどこだ?玉座の間か。一刻も早くこの世界に設置されたという祝福に触れねばな。
「あ、あのー」
まずはあたり一帯の敵の強さの確認をせねば。坩堝の鎧が目立つのかどうかも分からないしそもそも人里が近いのかも知らない。
「すいませーん……」
「か、カズマ、聞こえてないみたいよ。もっと大きな声出しなさいよ!!」
「だって怖いじゃん!!フルプレートの騎士とか序盤であっていい奴じゃないって!!」
手頃な武器は…………猟犬の長牙でいいか。一応盾も装備しておこう、まあシンプルにヒーターシールドだな。
「うお!?どこからともなく剣と盾が!!アレ完全にやる気だろ!?」
「……ん?」
「ぎゃああああ!!気づかれた!!俺はここで死ぬんだぁぁぁ!!」
「ちょっと、何諦めてんのよ!!女神であるこのアクア様がついてるんだからしゃんとしてよ……あのカズマさん?どうして私の肩を掴んであの騎士に向かって押し出してるの?嘘よね?私アークプリーストなのよ?」
何やら騒がしいと思っていたが、人だったか。おかしな格好をした男に、露出の高い青い女。エルデンリングが砕けた影響で殆どの人間が狂ってしまっていたから新鮮だな。
「そこの2人、私に何か用事か?」
「「え……」」
私に話しかけられたことに驚いたのか取っ組み合いをしていた2人が一斉にこちらを見た。
「誤解のないよう伝えておくが私はつい最近この地へ来たんだ。常識というものに疎くてな……失礼があったならば謝罪するが」
「いえいえいえいえいえ!!!!いやー、僕たちもここら辺じゃ見ない格好の人が居てちょっと驚いただけっすよ。えっと……男性?です?」
「ああ、男だ。まともな人間と話すのも久しぶりでな。兜は外した方が良さそうだ」
坩堝の樹兜に触れ、ルーンに変換し私の中に収納する。男の方がパクパク口を開けて震えているが、またなにかやってしまっただろうか。
「かっちょいい鎧にめっちゃイケメンで収納系持ちとかどんなチートだこんちくしょぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ふむ、少し……エルデに帰りたくなってきたかもしれない。