悪  /役令嬢   作:負け狐

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エピローグ的なやつ


アンデッド、暇になる

 マクスウェル翁の死体人形をベスが喰らい、事態は一応解決ということとなった。本体も追加の死体人形も出てくることなく、破壊された応接室にやってきたメイドが手際よく片付けを行っていたくらいである。

 そのまま何事もなく帰宅も出来、そして翌日には新たな騒動が巻き起こる、などということもない。静かに、本当に何もなかったかのように事態は沈静化した。

 

「それはいいんだが」

「あら、どうしたのかしらフィリップ」

「何故リザはここに戻ってきたんだ?」

 

 既に死体でも何でも無い生身であるエリザベスに彼はそう問い掛けたが、愚問ね、とバッサリいかれた。

 対するフィリップは、まあ確かにそうかと頭を掻く。あの状態でマクスウェル公爵家に戻ったとして、何もされないはずがない。

 

「フィリップ、あなたはどうしてそう愚鈍なの?」

「心配し過ぎるのは悪いことじゃないだろう。俺はもう二度とリザを失いたくない」

「そう思うのならば、もう少し冷静な判断を行うことをおすすめするわ」

 

 やれやれ、とエリザベスが肩を竦める。そうしながら、いいこと? とフィリップに指を突き付けた。

 

「ここであの糞爺が何かをやってくるようならば、もうそれだけで向こうは敗北したようなものでしょう?」

「勝利を得たと思い込んでいる時が一番の隙になる、という考えは」

「ないわね。お祖父様にとってあれは盤上遊戯よ。負けたと宣言したのならばそこで終わり。そして、次の勝負を何も言わず即座に始めるのは子供の癇癪に等しくてよ」

「マクスウェル翁のような人は、それを良しとしない、か」

 

 そういえば眼の前の少女も断罪劇が覆せなかったからという理由で素直に処刑されたのだった。そんなことを考え、成程血筋か、とフィリップは苦笑する。

 

「何か不快な考えをしていたわね」

「気のせいだ。そうだ、それで気になったんだが、リザ、君は今エリーゼの時の記憶を回収したエリザベス・マクスウェルという認識でいいのか?」

「そうね、その認識でよくってよ」

「じゃあ逆に、処刑騒動の時から今まで何をしていたかという記憶もあるわけだ」

 

 ええ、とエリザベスは頷く。そうしながら、非常に嫌そうな顔で、お祖父様の言うことを素直に聞いて屋敷で静かに過ごしていたわと言葉を続けた。彼女を彼女足らしめている根底の部分を削げ落とされた結果の、エリザベスとしては覚えておくのも腹立たしいものなのだろう。

 

「魂の一部というのは、思ったより重要なのね」

「だからこそ、それらの繋がりを使って禁呪の死体人形と契約させようとした。まあ、それはベス嬢のおかげで失敗に終わったが」

 

 そんなことを言いながら、そういえば、と視線を巡らせる。エリザベスの隣にいるものだと思い込んでいた、身代わりの死体人形の中に入った得体の知れない魂の少女。ベスの姿が見当たらない。

 そのことを尋ねると、ああそんなことかとエリザベスはなんてことのないように言葉を紡いだ。

 

「暇を与えたわ」

「それは……いいのか?」

「いいのよ。あの娘とわたくしはもう既に別々の存在、常に同じ空間にいる必要もないのだから」

 

 それに、と彼女は言葉を続ける。別にそう気にせずとも。そんなことを述べたタイミングで、王宮の執務室の扉がガチャリと開かれた。

 

「あ、エリーゼ。街を回って、色々調べてきたよ」

「――ベス嬢、君は暇を与えられたのではなかったのか?」

「ん? だから暇潰しにちょっと情報収集をね。……いや、そんな目で見ないでよエロ王子。暇を与えるの意味くらい知ってるっつの。てかね、あたし別にエリーゼに仕えてるわけでも何でもないんだから、クビになるとかそういうのは元から無いじゃん」

 

 物理的にクビにはなれるけど、と首を取り外したベスは、暫しそのまま生首を弄んだ後再度首をはめ直して笑った。その拍子に、金と黒のアシンメトリーのツインテールがさらりと揺れる。

 

「それで? 何を調べてきたのかしら?」

「あ、そうそう。とりあえずエリーゼが生きてることが大々的に報道されてたね」

 

 悲劇の公爵令嬢、エリザベス・マクスウェルは実は生きており、公爵家を狙った一連の騒動を解決するために陰ながら活動していた。その手助けをしていたのが、男爵令嬢のマリィ・アップルトン。

 断罪劇そのものは黒幕が仕組んだ罠であり、本来ならば処刑されるはずであった彼女を助けたのは。

 

「その辺りはぼかされてたね。まあでもあの爺さんが有力候補だって街では噂されてる。後は王様とか、一応エロ王子も候補に入ってたかな」

 

 エリーゼとしては気に入らないだろうけど。そんなことを言いながら苦笑し彼女を見たベスであったが、意外にも気分を害した様子のない表情を見ておやと首を傾げた。

 何か悪いものでも食べたのだろうか、と心配になったベスはフィリップにそのことを尋ねようとしたが、その前にガシリと顔を掴まれた。掴んだ相手、エリザベスの表情は笑顔である。

 

「ベス。あなた、何を考えていたのかしら?」

「ぶぇ? いや、エリーゼが怒ってないからなんか変なもんでも食べたんかなーってエロ王子に聞こうと」

 

 メキ、と顔面から出てはいけない音がした。みぎゃぁ、と悲鳴を上げてベスが倒れて動かなくなる。その状態のまま潰れた顔面の影が伸び、ぐるぐると顔を覆うと、あっという間に修復された彼女が起き上がった。

 

「あー、死ぬかと思った」

「あなたは既に死んでいるでしょうに」

「様式美じゃい。あー……でも実際あたし死んでるんかな?」

 

 ふと考える。この世界に魂だけ呼び出されたと想定すると、物部須美香の体は魂のない空っぽの肉体のまま日本で倒れているはずだ。多分息もしていないだろうし、場合によっては既に諸々を済まされている可能性もある。あるいは、ほんの一瞬の出来事のような状態で、こちらで消滅した場合何事もなく向こうで目覚める可能性もなくはない。

 まあどちらでもいいか、とベスは思い直した。大事なのは今この瞬間で、自分は日本人物部須美香ではなく、異世界転生アンデッドのベスだということだ。

 何よりこのボディ、素体がエリザベスなので美人でスタイルが良くて最高である。全く同じ顔なのを隠す意味合いも込めて髪型を変え伊達メガネを付けているが、今のところバレる気配はないので存分にこの体を満喫していた。

 

「んで、話戻す? とりあえずエリーゼが学院に行くのは問題ないっぽいけど、どうすんの?」

 

 マリィ、ニコラス、アシュトン、エドワード、そしてレオニーは事件の解決を受け学院に復帰、表向きは何事もなかったかのように過ごしている。レオニーの取り巻きであった少女達は禁呪の治療を受けてからなので復帰は遅れるらしいが、それが済めば一応お咎め無しとして学院の生徒に戻れるのだとか。

 

「若干きちんと復帰出来たのか怪しいのがいるが」

「一々気にしてもしょうがないでしょう。それで、わたくしの復帰でしたわね」

 

 ふむ、と顎に手を当てエリザベスが考え込む。別段迷うこともないような気がするが、とベスは思うが、何か問題もであるのだろうかと首を傾げた。断罪され処刑され死んだと思われていた期間も合計すれば一月あるかないかだ。その程度ならば少し長く休暇を取っていたで事足りるだろうし、エリザベスが学院の授業においていかれるとも思えない。

 

「ベス」

「ん? いや別に何も変なこと考えてなかったと思うんだけど」

「何を言っているの? あなたのこれからの話ですわ」

「あたし?」

 

 なんぞや、と自身を指差しながら首を傾げた。別に自分のこれからも何も、エリザベスと共にいるのは変わりないわけで。

 そこまで考え、あ、と声を上げた。

 

「エリーゼが学院にいる間あたし暇だわ」

「本格的にわたくしのメイドにでもなる?」

「それはちょっとアレかなぁ……」

 

 以前学院に侵入した時とはわけが違う。多分もっと窮屈で面倒くさい。そんなことを考えたベスは、丁重にお断りしますと両手を上げた。

 しかし、そうなると、彼女は完全に暇となる。家柄に縛られない、生きるために働く必要もない。そもそも生きてはいないアンデッドだ。彼女を縛る鎖が存在しない。

 

「流石に人を襲い始めると討伐対象になるが」

「やんないよ。あの時の爺さんの死体人形が結構な経験値になったし、よっぽどガス欠になることはないんじゃないかな」

「まあ、その時はわたくしが始末するのだから問題ないわ」

「だからやんないっての」

 

 人を化物みたいに、とぶうぶう文句を言うベスであるが、彼女はアンデッド、紛うことなき化物である。そのことを指摘されると、ぶうたれながらもベスは渋々引き下がった。

 

「んで、話戻すと。あたしが暇になるからエリーゼは学院復帰を渋ってるってことであってる?」

「何をどうするとそんな結論になるのかしら」

「じゃあ何なのさ。あたし野放しにすると何かしらの被害が出るとかお考えで?」

 

 言いながら、ああ確かに何かしらの被害が出そうだな、と自分で納得した。いつの間にか、この世界で被害を与える側にシフトチェンジしていたということを理解したベスはうげぇと顔を顰め項垂れた。

 

「いやベス嬢、君は元からそういう感じだったぞ」

「追い打ちだよそれは! 慰めんかい!」

「どうでもいいことで一々騒がないで頂戴な」

 

 パンパンとエリザベスが手を叩く。そうしながら、暇を持て余したいのならばそれで構わないと彼女は結論付けた。それに異議を申し立てようとしたベスであったが、しかしじゃあ学院にメイドとして共に向かうかと言えばそれはちょっと、となるわけで。

 

「では、ベス。あなたは好きに行動なさい」

 

 

 

 

 

 

「それで、結局学院に来ているのか」

「うっさいなー」

 

 学院の魔導師用の研究室、そこでベスはニコラスに呆れられていた。その経緯ならば別にメイドになればよかっただろうに。そう続けられ、いやでもメイドって大変そうじゃんと返す。

 

「それで代わりにやることが殿下の依頼でエリザベス先輩の監視か」

「護衛とか見守りって言ってくんない? いや必要ないだろって言われればその通りなんだけどさ」

 

 何だかんだ惚れた相手が一度死だのだ。フィリップの過保護もまあ、分からないでもない。加えて、リザは君と一緒ならば無敵だろう、などとおだてられればまんざらでもなくなってしまうわけで。

 

「そう思うならこんなところで暇潰しをしてなくとも、さっさとエリザベス先輩の教室に行くべきでは?」

「ぶっちゃけ行かなくても別に何か問題が起きるようなこともないだろうし、エロ王子もそこら辺細かく期待はしてないと思うんだよね」

「暇を持て余したあなたに適度な用事を与えておいた、といったところか」

 

 そういうこと、と笑ったベスは、ところでとニコラスを見た。お前はお前でこんなところでサボっていていいのか、と。

 

「今回の事件、ほとんど役に立たなかったからな。授業を聞くよりも、ここで魔法の研究をしていた方が有意義だ」

「えー。それはそれ、これはこれだよ。授業はちゃんと受けときなよ」

「エリザベス先輩と同じ顔でそういうことを言われると違和感が凄いな……」

「それはまあ慣れてもらうとして。ま、そういうわけだしお姉さんの言うこと聞いておきなー」

 

 そう言ってケラケラ笑うベスを見て何かとんでもないものを見たような表情を浮かべたニコラスは、分かった分かったと立ち上がった。そうしながら、ならこの部屋も戸締りするぞと言葉を続ける。

 

「おぅ?」

「きちんと監視の仕事をしてくるんだな」

 

 そうして部屋から追い出されたベスは、まあ自分で撒いた種なのでしょうがないと肩を落とす。トボトボと歩みを進め、こんな歩き方してるとエリーゼにどやされると姿勢を正した。

 仕方ない、とエリザベスの教室に向かう。流石に授業中に何か変なことは起きないだろうと校舎の外から影を使って監視していると、影が一人の女生徒と目が合った。

 

「ひっ!」

 

 思わず悲鳴を上げたその女生徒レオニーは、しかし教師にどうしましたかと言われ何でもありませんと首を横に振る。顔色が悪かったが、本人がそういうのならば、と教師は授業を再会する。

 あちゃぁ、とそんなレオニーの態度を見て頭を抑えたベスは、これはマズいなと影を引っ込めようとした。が、それよりも早く影を思い切り踏まれ縫い留められる。

 

「げっ」

 

 思わず声を上げたが、もう遅い。まあ監視されていることをエリザベス本人は分かっているはずなのだから、それで機嫌を損ねたということは無いだろうが。そんなことを思いつつ、さてどうしようかと掴まれたまま戻せない影を見てベスは悩む。いっそ切り離すか、とトカゲの尻尾のようなことをしようと思った矢先、影を握る力が強くなった。あ、これ逃げたらあかんやつや。そう判断したベスは、大人しく校舎の壁にもたれ向こうの授業が終わるのを待つ。

 

「ベス」

 

 そうして授業終了のチャイムが鳴ったタイミングで、壁の向こうから声がした。窓を覗き込むと、こちらを真っ直ぐに見詰める少女が一人。

 

「なにをやっているの?」

 

 監視をしている、という答えを聞きたいわけではないだろう。何故見付かったのか、という意味合いであることを理解したベスは、いやはや申し訳ないと素直に謝罪した。ふんと鼻を鳴らしたエリザベスは、そんなお粗末な監視でやっていけるのかと彼女を見下ろす。

 

「これなら、まだメイドとして横に置いておいた方がよかったかしらね」

「メイドらしいこと何も出来ないけど」

「勿論、仕込みますわ」

「うへぇ」

 

 それは勘弁して欲しい、と顔を顰めたベスを見て、エリザベスは楽しそうに笑う。まあいい、と言葉を続けると、そのまま強引に窓からベスを引っ張った。

 

「あひゃぁ!」

「フィリップからの依頼でわたくしを監視をするのでしょう? なら、すぐ隣でさせてあげる」

「え? それ大丈夫なやつ? 先生怒らない?」

「何を言っているの? わたくしはエリザベス・マクスウェルよ」

「説得力がすげぇ……」

 

 じゃあもういいか。諦めたように肩を竦めたベスは、それなら遠慮なく、とエリザベスの隣の席に腰を下ろした。反対側にはそんな二人を嬉しそうに見ているマリィの姿もある。

 これは当分、この状態が続きそうだ。そんなことを思いながら、ベスはそれもいいかと笑みを浮かべた。もし何かあったとしても、自分とエリザベスがいれば。

 

「何の問題もないよね、エリーゼ」

「愚問ですわね」

 

 

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