オリ主目線は次回になります。
私、後藤ひとりには一つ大きな悩みがある。
それは悩んでいる内に取り返しの付かない状況になってしまう事があるのだ。小さな頃からそうだった。初めは幼稚園の頃、他の子の遊びに私なんかが混ざっていいのかな、そう悩んでいる内に乗り遅れて気づけば独りになっていた。話しかけられず、グループにも入れず、遠足の時には先生と二人でお弁当のおかずを交換していた。だから迷って悩んでいる内に輪に入れず、小学校でも友達がいない独りの状況になってしまっていた。そんな状況に変化が訪れたのは小学生の時、近所に引っ越してきた男の子をお母さんに紹介された時だ。
「僕は富士鷹志。一富士二鷹三茄子の富士と鷹なんだ」
その男の子は引っ込み思案で何を話せばいいのか悩む私に「ゆっくり自分の速度で話していいよ」と優しい目で言ってくれた。
「あ…後藤、ひとりです」
「よろしくひとりちゃん!」
「あ…よ、よろしく」
それが彼、タカくんとの出会い。
「ひとりちゃん、同じクラスなんだ!学校でもよろしくね」
「…あっうん」
同じ学校に転校してきて同じクラスになった私に話しかけてくれた。
私とは違って彼は運動も勉強もできて他のクラスメイトともすぐに打ち解けたが、変わらずに私に話しかけてくれて、なかなか出てこない私の言葉を待っていてくれる。私個人として格好いいと思うのだが、彼は世間一般的にはフツメンらしく他の女子から嫉妬や僻みがないのがある意味救いでもある。
「ひとりちゃん、同じ班になろ」
「あ…ありがとう」
いつも余ってしまう班決めでも真っ先に声をかけてくれた。
彼を介して話しかけてくれた人もいたけど、面白い話題なんてできないからすぐに話を打ち切ってしまい、元のように彼以外と話さなくなった。
タカくんという初めてのお友達ができても私は変わる事もできずに、あっと間に小学校も卒業してしまった。中学生となり、グループも小学校時以上に男女で分かれたけどタカくんは変わらず私と一緒にいてくれて、私はずっとタカくんに甘えてしまっていた。
部活にも入らず放課後即帰宅しようとする私と違って、運動ができて体育の成績がいいタカくんは運動部に誘われていたけど放課後にはやりたいことがあると断っていた。それが私と一緒に帰宅する事だと、小学校の頃から毎日のように私と一緒に帰ってくれていたら察しの悪い私でも気づく。嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちで困った表情をしてしまう。
(なんで私なんかにここまでしてくれるんだろ)
彼が私の事を好きなのかもしれない、という恥ずかしい勘違いはしないようにしている。どちらかと言うと妹のふたりに対するような、小さな子を相手するような感じがするので、それはあまり考えない。
「ひーちゃん、また明日」
「うん。また、明日」
自宅まで送ってくれた彼と玄関先で手を振って別れる。この数年間で彼相手にはどもる事無く会話ができるようになった。親同士も仲が良い小学校低学年から続く幼馴染であり、私のたった一人の友達。いつも私を気遣ってくれる優しい異性。そんな相手と長年いれば好意を抱かない筈もなく、気づけば彼を目で追う私がいる。家族と対するのと同じような、気安い関係になれたのは私の数少ない成長であり自慢でもある。彼と一緒にする登下校、それだけで暗い世界が色付いて見えた気がする。
ただいまと声をかけてから家の二階にある私の部屋に直行し、制服から楽なスウェットに着替える。お母さんはタカくんに見られるからしれないからもっとかわいい恰好しなさいと言うが、私なんかに似合わないかわいい服ばかり買ってきて困る。可愛くもない私がそんな服を着たら吊るし上げられて馬鹿にされるだろう。そんな事を考えながらリビングに降り、ソファーに転がった。ふと通知音でスマホを確認すると、タカくんから「かわいいのみつけた」という文と共に犬の画像が届いてつい頬が緩む。青春していると思うと同時に、このままでいいのかなと考えてしまう。今の私は彼に面倒見てもらっているだけで、彼と仲が良いと言う事以外に自慢できることが一つもないし、家族と彼以外では話す前に「あ」と言っちゃう、目を合わすのも苦手のザ・陰キャ。一人でコンビニに入るのすら勇気がいるのだ。そんな私が気遣いも家事もできて、優しくて格好良い完璧超人の彼の傍にいつまでもいれる筈がない。
「これ見てる?」
「んーん」
不意にお父さんがテレビのリモコンをもって聞いてきたので沈みかけた思考を打ち切る。転がっていた体を起こしテレビを見ると、代わった番組は音楽番組のようだ。そういえばお父さんは昔バンド組んでギターを弾いていたんだ、と楽しそうに言っていた事があったのを思い出しながらテレビを見つめる。今人気のバンドグループの紹介のようで、キラキラしていて私なんかとは違う人種なんだろうなと思ってしまう。
『学生の頃は教室の隅っこで本読んでるふりしてる奴でした。友達いなくて』
『それが今では若者に絶大な人気を誇るバンドになったと』
『まあバンドは陰キャでも輝けるので』
テレビに映るメンバーの一人の言葉にこれだと直感した私は思わず立ち上がって、どうしたと声をかけてくるお父さんに自分でもびっくりするほどハッキリと口が開いた。
「お父さんギター貸して!」
「え?いいよ」
困惑するお父さんを背に、私はお父さんの部屋に行って飾ってあるギターを手に取った。陰キャでも輝けるのがバンド、そう言っていた。バンドを組んだら私みたいな人間でもきっと輝ける。そして彼と一緒にいても恥ずかしくなくなる。そんな思いを胸に私は姿見の前で借りたギターを肩にかけた。
(決めた。ギター上手くなる。そして学校でバンド組んで、人気者になれたら彼の隣に堂々と…)
やる気に満ちた私は早速ギターの教本を広げて弾き方を勉強する。
「E、A、G…なんで突然英語…?」
「え?ひーちゃんギター始めたの!?かっこいい!」
私がギターを始めた事をタカくんに報告したらそう返ってきた。彼の真っ直ぐな誉め言葉に、にやけてしまいそうになるのを必死に抑える。お父さんからギターを借りて練習していて少しずつ弾けるようになっていると言うと。
「ギターをお父さんから借りて…なら自分のギターがあったほうがいいよね?お父さんから教わる時にも便利だし」
確かにずっとお父さんのギターを借りるのも悪いし、私専用のギターというのも格好良い。使えずに貯まったお小遣いとお年玉で私専用のギターを買った方がいいのかなと一瞬考えるが、一人で買い物にも行けない私には無理な話だよね。タカくんに楽器店まで着いてきてもらうべきか、彼と一緒ならいける気がする。けど私なんかの買い物に付き合わせるのも彼に悪いし、よくよく考えたら二人でお買い物ってデートじゃない?これ私が彼をデートに誘うって事だよね。それも二人っきりで楽器を見て回ったりする陽キャカップルみたいなデートコース。数年の登下校や互いの家で遊んだ事もあり多少の耐性はついたが、一度意識してしまっては無理だ。絶対に爆発してしまう。よし、お父さんには悪いけどもうしばらくは借りとこう。うん、そうしよう。そのためにはこの期待の眼差しを向ける彼を言い含める言い訳を考えないといけない。
「あ、えっと…すぐやめちゃうかもしれないし、お父さんのギターでせめて一曲弾けるようになってからじゃないと」
「確かにそうだね。高い買い物になるし慎重に考えた方がいいよね。ごめんね、先走って」
ハハハと笑う彼に上手く流せたと小さくガッツポーズをする。
「じゃあ弾けるようになったら絶対に聞かせてね!そしたら一緒に楽器見に行こっか」
「…はい」
よくよく考えると、断るんじゃなくて先延ばしにしかなってなかった。咄嗟に出た言葉は彼とデートをしてみたいけど、勇気が出ない私の心情を表していた。
彼のひとりが途中でギターをやめたりする筈がないという信頼と期待に無理とは言えずに毎日猛練習する事になる。教本を穴が開くほど読みこみコードを理解し、解らないところはお父さんに聞いたり、弾いてみた動画を見て指の動きを真似たり、一日何時間もギターに触れる。指の皮が切れて血が出たのも一度や二度じゃない。そのたびに彼からも心配されたが私はギターに打ち込んだ。弾けたら彼と初めてデートに行けるという飴を前に全速力だ。実際には小学生の頃から彼に縁日に引っ張られて行ったり、二人で映画を見たりと世間一般にはデートと呼ばれるような事を割としていたのだが、他に友達がいない私は友情と恋愛の区別もつかずデートとは認識できていなかった。
我武者羅な努力が実ったのか、簡単な初心者曲なら割とすぐに弾けるようになった。しかし彼に聴かせるなら格好良いと、凄いと言ってもらいたいという乙女心でそこから何倍も努力する。
「…できた」
ギターを始めて暫く、有名な曲を最初から最後までミスもなく弾き切ったのだ。
やったという気持ちとは別にここまで来てしまったという考えが襲ってくる。今までは無我夢中にギターを弾いていればよかったが、ここから彼を呼んで目の前で演奏しなくてはならない。下手だと言われたら、思っていたのと違うと失望されたらどうしようと、後ろ向きの考えが私の頭をよぎった。
「次の休み、うん次の休みにしよう。それまでもっと上手く弾けるようになればいいよね」
そう言って慌ててギターを弾きなおす私は襖から覗く視線に気づかなかった。
週末の土曜日。
「…うん、まだ完璧じゃないから来週にしよう」
「ひとりー、鷹志君来てくれたわよ」
ジャーンとギターを鳴らすが、勇気が出ずに先延ばしにしようと考えていたらお母さんにタカくんが来たと伝えられて停止する。コンコンコンと外から襖の横の壁をノックする音に現実に帰った。
「ひーちゃん、今入って大丈夫?」
「だ、だだだ、だいじょうぶ!ど、どうしたの?」
「ひーちゃんのお父さんがもう何曲か弾けるようになったって聞いてたし、ひーちゃんのお母さんから今日聴かせてくれる予定だって」
「そ、そうなんだ(お父さんとお母さんのバカー!)」
両親への文句を心の中で叫び、私の部屋に入って来たタカくんの笑顔を見る。私の事を一切疑っていないその純粋な笑顔に、私の頭の中のイマジナリータカくんが「ひーちゃん、いや後藤さんがこんなにギターが下手くそだとは思わなかったよ。僕はもっとギターが上手な彼女と一緒になるよ、バイバイ後藤さん」と私を捨ててギターの顔をした彼女と共に去っていく姿を想像する。
「…捨てないで!」
「大丈夫だよ。ひーちゃんがずっと頑張っているのは知っているつもりだし、捨てたりなんてしないよ」
彼は突然の奇行に慣れた様子で、足元に縋りつく私の頭をよしよしと撫でてくれる。彼に見放されたら私は生きていけない。そんな不安な気持ちを振り払い、いつも優しく私を受け入れてくれた彼を信じて私はギターを構えた。今まで練習してきた、彼に聞いてほしかった曲を私は頭の中を真っ白にしながら弾き鳴らした。
演奏が終わる。今までで一番本気になってギターを弾いた。呼吸を忘れていたのか息が乱れる。そんな中で私は真っ先に気になった彼の反応を見ると彼は呆然と私を見つめていた。そんな初めて見る彼の反応に困惑する。
「———」
「え?」
「い、いや、何でもないよ。凄すぎてびっくりしたんだ。ひーちゃんが余りにも恰好良くて見惚れちゃった」
「みっ…!?」
私は小さく呟いた彼の声が聞き取れなかった。思わず聞き返したら、彼は慌てたように捲し立てる。聞き取れなかった彼の最初の感想より最後の見惚れたと言う言葉に私は思わず変な鳴き声が出てしまった。襖を背にしている彼からは見えないが、正面にいる私は小さく開いた襖から覗いていたお母さんの「あらあらー」というような視線にも気づいてしまって、恥ずかしさのあまり気を失ってしまった。