ファミレスでご飯を食べながら喜多さんの相談に乗った後、僕たちは一旦喜多さんと別れて家に帰る事にした。喜多さんは元から練習に行く予定だったので楽器を持って来ていたけど、唐突に練習に混ざる事にした僕とひーちゃんは楽器を持って来ていなかったので、一度ギターを取りに家に戻ってから合流する事になった。
入学式と少しのホームルームだけだったとはいえ、学校で疲れていた筈のひーちゃんは昼食の後から元気そうで、久しぶりの外食でテンションが上がったのかな。外食ばかりするのは健康的にはあまり良くないけど、ひーちゃんが喜ぶなら増やすべきか考える。とにかく自己紹介で失敗して落ち込んでいた彼女が元気そうになったので、バンドの練習も問題なさそうでよかった。
家に着いて玄関を開けるとすぐにパタパタとひーちゃんは僕と共有している自室に向かってしまった。楽器は基本的にスタジオ部屋の方に保管してあるので、彼女が何をしに部屋に向かったのかが僕にはわからず、学校の荷物を置いてから僕も自室の方に向かうと、すぐに彼女は部屋から出て来て姿が少し変わっていた。秀華高校の制服姿だった彼女の上着が制服からお気に入りのジャージに変わっていて下は制服のスカートのままだ。
「着替えたの?」
「うん、何か落ち着かなくて」
秀華高校の制服はひーちゃんが普段あまり着ない様な明るい雰囲気の服装だったから、慣れなかったのだろうか。着替えるならジャケットやパーカーなど他にも服はあるのに、ジャージを着たのはその服装が落ち着くからだろう。家にいる時なら気にしないけど、バンド練習に行くときにジャージ姿はどうなのだろうか。しかし僕の発言で彼女に落ち着かない制服を着てもらったのだから、今くらいは口出しせずに着たい服を着せてあげた方が良いかと考え直して部屋を移動する。
僕と彼女のギターは同じ所に仕舞っていて、お揃いのケースの物もあるので、分かりやすいようにキーホルダーやバッチを付ける事で差別化してある。
「そっちのギターじゃなくて、新しい方を持って行こうか」
「あ、そうだった」
ひーちゃんは今まで使っていたギターが入ったケースを持とうとしていたので、それとは別の新しく貢いだギターの方を持って行こうと声をかける。
彼女がギターヒーローだと身バレする事でファンが増える以上に、厄介事に巻き込まれる可能性を危惧して、僕が別のギターを使おうとお願いしたのだ。僕が誕生日にプレゼントした事と初めての自分のギターと言う事で、とても気に入って愛用してくれていたので新しいギターを使う事に少し難色を示したけど、動画のコメントなどでも応援や称賛の他に、アンチとまでは行かなくとも変な事を書く人が一定数存在するのは彼女も知っていたし、伊地知さんの発言で居場所を特定しようとしている人がいる事もわかって納得してくれた。
新しいギターはフライングVと言われるタイプの変形ギターで、Vタイプのギターは凹凸が無くて座り弾きには向いていないのが特徴だ。ライブやセッションでは基本的に立ってギターを弾くし、動画撮影の時には座って弾いている事が多かったので印象も変わるのではないかと話し合って選んだ。その上で彼女はわざわざチューニングや弾き方を今までと少し変えて弾く練習までしてくれたので、ボロを出さない限りはバレる事はないだろう。
因みに昨夜、ひーちゃんが入学式前なのに夜遅くまで練習していたのはそういう言う事情もあって、僕が原因でもあるので強く言えずに深夜まで止められなかった。
「それじゃ行こうか」
「うん」
僕らはギターを背負ってマンションを出る。練習場所は喜多さんからロインが来ていて、スターリーからそこまでは慣れていない場所にあるレンタルスタジオのようだった。
既に僕ら以外の三人は揃っているようで、喜多さんから送られてきた自撮り写真に伊地知さんと山田さんも映っている。先輩二人の格好は私服だったので下北沢高校はまだ学校が始まっていないようだ。
「あれ、ひとりちゃんは制服じゃないの?」
「あっは、はい。着替えてきました」
教えてもらったスタジオに着くと、伊地知さんが僕らを出迎えてくれて、挨拶を交わした後に僕の制服とひーちゃんのジャージを交互に見て疑問を持ったようだった。
奥を見ると喜多さんは山田さんに教わりながら真面目にベースの練習をしている。
「今日はスターリーじゃないんですね」
「うん、お姉ちゃんにスタジオ代わりにするなって怒られちゃって」
前回のセッションの時やバイトの話を思い出すに大分甘いように感じられたけど、ただ甘やかされている訳ではないようだ。まあ向こうも仕事だし、電気代や機材代もかかるので使わせるのにも限界があるのだろう。僕なら身を削ってでもひーちゃんを甘やかしたいけど、本人の為にもならないから難しいか。
「あっ喜多さんの調子はど、どうですか?」
「うーん、あたしはベースの事はわからないからな。リョーウ、喜多ちゃん今どれくらい?」
「楽譜の読み方はある程度憶えて、今はルート弾きしてる」
「だって」
伊地知さんの問いに山田さんが答えてくれるけど、喜多さんは一生懸命ベースを弾いていて、普段の喜多さんなら明るい調子で会話に参加しそうだけど、頑張っているらしく真剣な表情でベースに向き合っていた。
「リズム感はあるからベースに向いてる。コードはまだまだだけど」
「うっ」
喜多さんは山田さんの一言目で嬉しそうにしていたけど、二言目で暗くなってしまう。
憧れの人に教えて貰っているからかモチベーションも高く、ある程度とはいえたった数日でベースを弾けるようになってきた喜多さんを素直に凄いと思う。ひーちゃんもコードに苦戦している様子を眺めながら、私にもあんな頃があったなと懐かしんでいた。努力をせずとも出来るようになってしまう僕には、そんな彼女たちの姿がとても眩しく思える。
「この調子ならライブまでには弾けるようになってくれそうだね」
「は、はい」
「そうですね」
文化祭ライブの時に僕は何気なくやったけど、歌いながら楽器を弾くのは難しく大分練習が必要らしいので、一月でそこまで出来るようになれるのか分からなかったけど、あの喜多さんの頑張りを見ているとすぐに出来るようになりそうな気がしてしまう。
「ライブの前に実際に人前で演奏する練習もした方がいいかもしれませんね。僕も彼女も初ライブではやらかしたので」
「うっ」
文化祭ライブでひーちゃんが本番前に人前に立つのを怖がっていたのと、終わった後の失敗を思い出したのでそう言ったら、やらかした内容を思い出したのかひーちゃんが涙目になってしまった。けど彼女は一度のライブではまだ慣れていないだろうし、次のライブでも場合によってはやらかしてしまう可能性があったので、余裕がある時に練習した方が良いだろう。
「あー、確かに必要かも。あたしも初めての時は緊張してミスりまくったし」
「私は最初から完璧だった」
「嘘をつくんじゃない」
山田さんの言葉に伊地知さんが反論している。気兼ねない関係のようで、やはり幼馴染だから仲が良いのだろう。
「その、やっぱり初めては大変なんですか?」
「人によるとしか言えない」
「実力を発揮しきれずに練習で出来た事が本番じゃ出来ない人もいるよ。それが初めてのライブだとなおさら」
僕とひーちゃんは初ライブで実力自体は発揮できたけど、大勢の前で演奏するというストレスの方で大変だったので人によると言えないだろう。
一人だけライブを経験していない喜多さんも不安そうにしているので、ライブまで時間もあるので何処かのタイミングで一度でも練習できたらいいんだけど。
「じゃあこの後ストリートでやろっか」
「…ギターやベースはいいけど、ドラムは運ぶの大変なんだけど」
「それなら僕が運びますよ」
「お願いしていい?」
路上ライブをする方向で進んでいって、喜多さんは路上ライブ自体は山田さんと会った切っ掛けなのかやりたそうだけど、自分が人の前で披露できる腕前じゃない事が不安そうだった。ひーちゃんは人の前での演奏だと言う事でまたやらかしてしまわないか不安そうにしているけど、彼女は慣れさえできれば最強のギタリストだし、もしもの為にエチケット袋も常にポケットに入っているので大丈夫だ。
その後、スタジオの利用時間が終わるまで合わせの練習をする。ひーちゃんが新しいギターを使っていても、複数のギターを使っているギタリストは多いので山田さんと喜多さんは気にしていなかったけど、伊地知さんだけは何やら考えていた。喜多さんも一曲だけに専念すればベースでもある程度は出来ていた。本来はリズムをキープするベースが他の楽器に合わせて貰ってる形でも、一週間経たずに演奏に参加出来ていると言う事が凄い。
スタジオを出た後は山田さんのおすすめの場所で路上ライブをする事にする。
「あ、あの…ストリートライブをするにはし、使用許可が必要なんじゃ」
「バレなければいい」
「それに人通りが多い時間帯でもないし、注意されても謝ってすぐに撤収すれば問題なし」
平日の中途半端な時間なので人も少なくて、本来は通行人が多く立ち止まって聴く余裕がある帰宅時などを狙ってやるべきなのだろう。ここで演奏している人も数人いるけど、通行人はチラリとその様子を見るだけで、足も止めずに立ち去っていく人が多い。
山田さんが連れてきた場所は初心者向けの場所の様で、弾いている人も慣れて無さそうな駆け出しの人が多かったので喜多さんを配慮して選んだのだろう
僕らも小型のアンプや、運んで来たドラムをセットして演奏の準備をしていくと、他はギターやベースで一人二人ばかりの中、五人でドラムまであるので、既にいた何人かは興味を惹かれたのか僕らの方に視線を移す。
「前のライブを思い出すね」
「え、そうなの?」
ひーちゃんはあの文化祭ライブの時、緊張して周りを見る余裕がなくて、僕だけを見ていたので始まる前の観客の様子を知らなかったのだろう。音楽に興味があるほんの数人だけが意識を向けるけどそこまでで、多くの人は期待をせず暇を潰せるなら何でも良い程度のものだった。
ひーちゃん以外には興味がなかったし成功した時の歓声でも何も思わなかったのに、今はそんな観客の思いをひっくり返した文化祭ライブは楽しかったのだと思ってしまうのは僕の性格が悪いのかな。ひーちゃんが居て、バンドメンバーと一緒なら今までとは違った景色が見られそうで少しうずうずしてしまった。そんな僕の様子を見たからかひーちゃんは嬉しそうな表情を浮かべていて、自然体でもう緊張した様子は無くなっていた。
「それじゃあいくよー」
伊地知さんの掛け声とスティックの音で僕らは演奏を始める。
前回のセッションでやった曲を今回はボーカルなしのインストで演奏して、ベースの弾く喜多さんに配慮してゆっくり目のテンポで奏でる。
僕とひーちゃんも基本のリズムギターとリードギターに分かれて自らの役割に徹する。僕らは軽く目を合わせるだけで瞬時に役割を切り替えたり重ねてハモらせたりする事も出来るけど、喜多さんが慣れてない中で、でしゃばるのも良くないと思ってツインリードや切り替えはしないようにする。
ひーちゃんは問題なさそうだけど、喜多さんはやはり硬くなってしまって、合わせの時にはしなかったミスをしたり指が止まる事があったけど、教えていた山田さんが喜多さんの苦手な箇所を上手くカバーしている。ミスを除いてもゆっくり目の演奏で基本通りなので、聴いた人たちの印象に残るような演奏ではなく、まともに聴いている人も少なかった。
「…すみません、私が皆さんの足を引っ張ってしまって」
喜多さんもまだこの一曲しか練習出来ていないから何曲もする事は出来ずに演奏が終わると、悔しそうにしている。
「初めたばかならしょうがない、って言葉で満足できる?」
「いいえ、すぐに追い付いてみせます」
山田さんにそう聞かれるけど喜多さんはすぐに追いつくと宣言する。この経験で練習中のベースも伸びるだろうし、今の喜多さんならセッションの時以上に感情を歌に乗せられそうな気迫があった。今回のこれは人の前で演奏することに慣れる為の練習なので、本番で挽回したらいいんだろうけど。
「けど見ていた人達にこれが全力だと思われるのもアレですね」
「あ、あの…せっかくなら、私も今の限界を試してみたい、です」
「いいね」
「…みんなこれは本番じゃなくて練習だよ。まあいいけど喜多ちゃん、次はボーカルをお願いできる?」
「はい!」
伊地知さんのスティックの音と共に先ほどと同じ曲を奏でるが、それはまるで違った曲に聴こえる。
ひーちゃんだけじゃない本気の演奏に、前回のセッション同様に僕の視界も透き通って、先ほどまで流し見をしていた観客は思わず顔を上げ、偶々通りかかった人も立ち止まり、少し離れた場所にいた同業者も演奏を止めて、誰もが僕らの演奏にくぎ付けになる様子がしっかりと映る。
リズムキープの為の柔らかいタッチだったドラムは力強く音を弾き出し、カバーをしていたベースもリズムを保ちながら自由に自分の世界を奏でる。お手本のようだった二本のギターもパート事ではなく、リズムもリードも関係なく好き勝手に響かせているのに完全にかみ合わさって新しい音を生み出す。
そしてなにより先ほどは無かったボーカルの歌声。上手く歌おうなどと考えていない自分の心情を吐き出すような魂の叫びはまさにロックと呼ぶに相応しかった。
始めはぼっちちゃんと共依存的に甘やかしたかったんだけど、なんか方向性がズレてきている気がする。
別に成長物じゃなくそういうのは原作を見ればいいので、本来は貢いで甘やかして依存させたかっただけなんだ。
タイトル詐欺になってしまっていると思ったけど貢ぎたい(貢げるとは言っていない)なので問題ないのかな?
音楽知識もないのにオリジナル方面に行って、キャラも迷走してきているので、正直書き直したい気持ちが強かったけど、ちょくちょくランキングにも上がったり、お気に入りや評価もたくさん貰えているのでこのまま頑張ってみます。
けど今のように間が空いたり不定期になる事は許して…。
お気に入りや評価、感想、ここすき、誤字報告は励みになるので本当にありがとうございます。