デートから帰って来た私は手に持った荷物を自室の隅に置いて、のそのそとギターを手に持つ。疲れているが、毎日の練習で上達してきたギターの音色は私を癒してくれる。彼と共に居る時間は心地よく私が一人ぼっちじゃないと思わせてくれるので好き。だけど今はそれ以上に人が多すぎて参ってしまった。
「ひとりもう帰ってきたの?」
「…あ、お母さん」
ギターの音で気が付いたのかお母さんが襖から顔を覗かせた。帰って来た時にただいまと声をかけたつもりだったが、妹の相手をしながらお父さんと談笑していたので気が付かなかったのだろう。パタパタと元気な足音が近づいて来たので、他の家族も気になって来たんだろう。
「おねーちゃんおかえり!」
「どうした、元気がないけど喧嘩でもしたか?」
「ワン!」
「んーん、少し、疲れちゃっただけ。ふたり、ジミヘン、ただいま」
私は弾いていたギターを下ろしてお父さんの問いにそう答える。
「それにしてもいっぱい買ってきたわね」
お母さんが彼に選んでもらった服が入った袋を見ながらそう言う。そういえばタカくんに服の代金を全額払わせてしまっていた。後で確認して返さなきゃ。
「鷹志君に選んで貰った服を着た姿、お母さん見てみたいなー」
「ふく!」
「ワンワン」
家族からの期待の目線に断れずに、お父さんを一時的に部屋の外へ追い出したお母さんに着替えさせられる。最後の方は限界を迎えて意識がなかったので彼がどんな服を選んだか覚えてなかったけど、なんか全体的に黒っぽい。十字架のような装飾やファスナーやベルトが多い服で、結構バンド女子っぽい。コスプレ感もない、しっかりとした生地で着心地も悪くなかった。私個人としてはもっと腕にシルバー巻いたり、ラバーバンドをつけた方がいいと思うけど。
「あの子も中学生だし、こうゆうの好きなのね」
「いやいや、ヴィジュアル系バンドのような良い服だよ。ギターを持ったら、そのままライブできそうだな」
お母さんは微妙そうな顔をしていたが、バンドマンであったお父さんはうんうんと頷いている。ふたりは二歳なので服装などわかるはずもなく、服が入っていた大きい紙袋でジミヘンと戯れていた。
「ギターも上達してきて衣装まで揃ったんだから、動画とかネットに投稿してみてもいいんじゃないかな?」
お父さんの提案に私の心が刺激される。動画サイトに上げたりしたら、すぐに有名になってスカウトされたりして。みんなにちやほやされて、タカくんに褒められる私。ふへへと妄想を膨らませていると。
「ひとりの事だからどうせ試着とかもしてないだろ?その姿を見せたら彼も喜ぶんじゃないかな?」
「ふふっ、そのまま告白されちゃったりして」
「なっ、十二歳で結婚なんてまだ早い。せめて学校を卒業してからだな」
両親の言葉に顔が真っ赤になってしまい、その瞬間をパシャとスマホで撮影されてしまった。
私は最近嵌っているバンドの曲をギターで弾く姿を撮影する。撮影時の姿はタカくんが選んでくれたあの服だ。アクセサリーや鎖でジャラジャラにしようとも考えたけど、せっかく彼が私のために選んでくれた服なのでそのままの姿にする。
あの後、お金を返しに行ったけど彼はそれを受け取ってくれなかった。タカくんは私に着てほしい服を押し付けただけだからとか、前日の演奏のお礼やら買い物に付き合わせたお詫びだとか、色々言っていたけど根底にあるのは彼の優しさだろう。デートでは私の物ばかりで、彼自身の物を一つも買っていなかった。あの時の道具や服以外にも、私はずっとタカくんに貰ってばかりで彼に何も返せていない。返せるものがなにもない私にできるのは、彼が「見惚れた」と言ってくれたギターをもっともっと練習して、彼の自慢になれるように努力する事だけだろう。
私は撮影した動画をパソコンへ移しながら決意を新たにする。
「私なんかの顔が映ったらせっかくの服が台無しになっちゃうよね」
首から上が映らないよう動画を編集して、お父さんが用意してくれたアカウントで投稿する。アカウント名は『guitarhero(ギターヒーロー)』。正直まだ人に聴かせられる演奏かはわからないけど、彼が誉めてくれた音と彼が選んでくれた衣装を誰かに自慢したいという思いだけで行動した。
ギターを弾いて、動画投稿を続けている内に数か月が経ち、そろそろ一年生が終わろうとしていた。
その年の文化祭ではまだ技量が足りないと判断して私はライブを見送った。そもそもバンドメンバーどころか、タカくん以外に話せる相手が一人も増えなかったけど。
二年生に進級したらクラスも変わるし、きっと話しかけてくれる人もいる筈だし、もし友達が出来たら文化祭ライブもできる筈だ。
毎日弾き続けていたギターの実力もどんどん上達していき、動画の編集作業こそまだ慣れないもののチャンネルの登録者数も順調に増えてきている。
タカくんとの関係は少し変わった。毎日の登下校こそ昔から変わらないけど、平日放課後私は部屋に籠ってギターを弾いて、タカくんは部屋の隅で邪魔にならないようにジッと私のギターを聴いていた。演奏者は私一人で観客は彼一人、二人だけの演奏会。つまらなくないか聞いたこともあるけど、彼は楽しいと言ってくれた。
休日には息抜きと言われて、タカくんに連れ出される事も多くなった。幾つもの楽器店を回って、彼に勧められてギターを試奏する。お店の人との交渉は彼がやってくれて、値段も気にせず色んなギターを弾いてみたけどギターによって弾きやすさや奏でる音が全然違っていてつい楽しくなっていた。見るのと触るのは全然違うのだと実感した。
私の誕生日の日、タカくんからリボンがついたギグケースを渡された。
「ありがとう、タカくん」
「開けてみて?」
持ち運び用のそのケースがプレゼントだと思って彼にお礼を言ったら、彼がそう言うのでリボンを解くと、その中にギターも入っていて私はとても驚いてしまった。それは彼と出かけた時に試奏して私が、音が綺麗と言っていたギターだった。あまりに高価な贈り物に断りたいが長年の付き合いで彼からの贈り物を断れない体にされてしまっていた。例え彼から消しゴムカスを渡されても大切な物入れにそっとしまっている自分がいるだろう。そんなものを彼から渡された事ないけど。
借り物じゃない私だけのギター。それもタカくんからのプレゼント。私は嬉しさのあまり両親と妹もいる前でつい彼に抱き着いてしまった。珍しく真っ赤になったタカくんと、にやにや私たちをみるお父さんとお母さんの視線に気づいた私は、恥ずかしさのあまり顔から火が出て灰になっていたらしい。
あと少しで二年生になる春休みのある日。
いつも通りタカくんの前でギターを弾いていた。いつも楽しそうに私を見ている彼だけど、今日は何か浮かない顔をしていた。
「ごめんね。アレ、合わなかった?」
「え?」
申し訳なさそうに謝る彼が何を言っているのか、私は一瞬理解できなかった。けどすぐに誕生日に貰ったギターの事だと理解した。今私が弾いているのは、今まで通りのお父さんから借りたギターで彼に貰った物ではない。誕生日にプレゼントされたギターは大切に保管している。一人でいる時に、たまに取り出してふへへと笑う私を家族が心配そうに覗いている事は知らない。
「ち、違うよ。プレゼントだったから汚したくなくて、しまっているだけで!」
「…それなら良かった」
「せ、せっかくだし使わせてもらうねっ」
私は慌てて押し入れからケースを取り出して、彼から貰ったギターを弾いてみる。チューニングこそ済ませているが、一年とはいえ使い慣れたギターとは違う物に少し戸惑ってしまった。
「…ひーちゃん、ごめんね。もっと良いギターを今から買って来るよ」
「大丈夫だから、すぐに慣れるからっ!」
感情の機微を感じ取ったのか、タカくんは暗い顔で出ていこうとする。
タカくんは私にとって幼馴染で、初めての友達で、そしてヒーローだった。彼と出会ってから私は一人ぼっちじゃなくなった。手を引いて色んな所に連れ出してくれた。どんくさい私と違って文武両道で、初めてすることでもすぐに出来るようになる、そんな天才と呼ばれる人種。理解できない私にも解りやすく勉強も教えてくれて、私が困っていたらすぐに駆け付けてくれるし、唯一の欠点は私なんかに構っている事。完璧な人間が私にとってのタカくんだ。そんな彼が初めて私に弱い所を見せている。
「…すぅー」
私は彼に貰ったギターを掻き鳴らした。
私に出来るのはギターだけだ。勉強も運動もできない。人と話せないし、相手の目も見れない。欠点だらけの人間だけど、それでも、ギターは凄いと言ってもらえたのだ。
ギターを持っている時だけは他の全部を忘れて彼のようなヒーローなのだと自分を奮い起こす。すでに楽器店で彼と試奏しているのだ、チューニングも済ませている。なら弾けない理由なんてない。そんな私の思いを汲み取ったのか、ギターが発する音は次第に良くなっていき、普段以上の音を奏でた。
「…タカくんのギター最高だった、よ」
そう言ったら彼に強く抱きしめられた。
「みゅ!?」
「ひーちゃん、大好きだよ」
「!?!?!?」
突然の告白に脳が反応しきれず、私は真っ白に燃え尽きてしまった。
なんか納得いかなくて何回も書いては消してを繰り返した結果告白してもらいました。
おかしいな、プロットでは付き合うのは中三になってからだった筈なのに。
中学生編は時間経過が早く飛び飛びになる予定です。
夏休みの話とかを書いていたけど、それはアニメ9話の時に使いたくなったので全部カットしました。ごめんね、そのせいで今回文字数少ないんだ。