感情を抑えきれずについ「大好き」だと言ってしまった。僕は燃えカスと化したひーちゃんを、水を混ぜながらうどんのように捏ねて復元させつつ考える。
僕にとって後藤ひとりとは絶望しかなかった世界に差した唯一の希望であった。壊れかけのテレビのような世界の中で彼女だけが鮮明に映り、彼女に依存していた。もし彼女に出会わなかったら今の両親には悪いが既に生きていなかったと思う。
初めはただ彼女に依存し、恩を返すつもりだった。初めて彼女のギターを聴いた時も好きなアイドルに貢ぐファンのような気持ちだったし、デートに出かけた時も実際には妹のように思っていた。明確に彼女を異性として意識したことはなかった、筈だった。
だけどいつからだろう、彼女に惹かれている自分が確かに存在した。僕は、彼女が一人の女の子として好きなんだろう。
「あれ、私は確か裁判で死刑に…」
「ひーちゃん」
「タカくん、どうしたの?」
復活したばかりの彼女は少し記憶が怪しいのか、不穏な事を口走っていた。
告白するなら夕焼けの観覧車とか夜景が見れるレストラン、ベタに放課後の校舎裏など考えたけど、思い立ったが吉日とも言う。ここではっきりと告げるべきだろう。
「僕、富士鷹志は後藤ひとりさんの事が一人の女の子として好きです。僕と付き合ってください」
「………。あ、あばばばば!?」
たっぷり十秒ほど考え込んでいたひーちゃんが言葉の意味を理解すると急激に真っ赤になっていく。あ、水を混ぜた後にそんなにオーバーヒートしたら…。またしてもひーちゃんは爆発してしまって今度はゲル状になってしまう。そんな彼女を見て、次は型に入れて冷やさないと、なんて思考できる僕はギャグマンガ世界に適応できたんだなと自信を持てた。
「…タカくんは私なんかのどこがいいの?」
「肌も白くて綺麗な髪もサラサラで映えるし、まつ毛も長く目もクリっとしていて可愛らしく、唇も」
恥ずかしそうにそう聞いてきたひーちゃんに、僕はとりあえず顔立ちから始めて、内面の可愛さや頑張り屋な所、すぐバグったり爆発している姿やギターを弾いている姿の魅力を数十分にわたって彼女に説明した。自分から聞いたのに結構序盤で血を吐きながら意識をなくしていたけど、それから何故かひーちゃんは外出時には日焼け止めを塗るようになり、髪も伸ばすようになった。
「よ、よろしくお願いしま…あびゃ!?」
ひーちゃんに告白を受け入れて貰えて、晴れて恋人になれたのがうれしく抱きしめてしまった。限界の超えた彼女は本日何回目になるのかわからない変異を起こして粉になってしまった。あんがい僕には抱きつく癖があるのかもしれない。抱き枕とか買った方がいいのかな。お付き合いすることになったからにはご両親に挨拶したほうがいいだろう。幸いなことにひーちゃんのお父さんである直樹さんとお母さんの美智代さんが家にいたので、大切な話があると言ってリビングで正座する。
「ふへ、ふへへへ」
「彼女を一生大事にします。お付き合いさせてください」
「娘はやら…あいたっ!」
何やら怪しい薬をやっているような彼女を横に思い切ってそういうと、直樹さんがノリノリに否定しようとして美智代さんに叩かれていた。
「聞くまでもないと思うけど、ひとりはどう思ってるの?」
「…えっ、あ。私もタカくんの事が好き…だと、思う」
「なら問題ないわね、入籍はいつにする?結婚式は洋式か和式どっちがいい?お母さんとしてはウェディングドレスもいいけど白無垢もひとりに似合うと思うの」
「あっえ…うぅ」
「譲葉さんにも報告しなくちゃ、今夜はご馳走よ」
そういって家を飛び出していく美智代さんに全員が呆気を取られた。譲葉さんと言うのは僕の母親の名前だ。ポンと肩に手を置かれて「娘を頼む」と優しく言う直樹さんに僕はしっかりと頷いた。ひーちゃんは何故か死んでいたけどご両親に頼まれたのでずっと面倒を見ていくつもりだ。
「は…幸せな夢を見ていた気がする。タカくんに告白されて両親に挨拶された夢」
「夢じゃないよ?」
「大手レーベルにスカウトされてオリコン一位を連発してタカくんを養ってあげていたけど…現実」
「やっぱり夢かな」
もう一度直樹さんに頼むぞと言われたけど、一生面倒を見るのだ。彼女の夢のように養われるのではなく彼女を養わなければと決意する。投資を続けているので、配当金などで既に働かなくても彼女を養えるだけ貯まっているけど、将来を見越してもっと稼がなければ。
その後は僕の家族も後藤家に集い七人でご馳走に舌鼓を打つ。男親二人は酒まで飲んで盛り上がっていた。賑やかな雰囲気が苦手なひーちゃんは早々部屋に逃げていたけど。
中学二年生に進級して僕らは手を繋いで登校するようになった。僕とひーちゃんは別クラスになってしまったので、少しでも彼女と一緒にいる為に教室の前まで手を繋いでいた。僕とクラスが分かれてしまった時、ひーちゃんは真っ青になって絶望した顔になっていた。
「…タカくんと同じクラスがよかった」
相変わらず彼女に僕以外に会話できる相手は増えずに、音楽のCDを持っていったり給食の時間にリクエストソングを流してもらったりと彼女なりに努力していた。クラスで孤立して誰にも話しかけてもらえないと、暗い顔でそう言う彼女の手を強く握る。僕が同じクラスだった時は間に入って班決めとかも全部お世話していたからか彼女のコミュ能力は一切上がっていなかった。新しいクラスとはいえ、そのメンツは小学校の時から代わり映えせず既に仲が良いグループが出来上がってしまっている。一応僕を挟んで交流したメンツもいるとはいえ、友達の友達みたいなもので趣味も合わず目も合わさない相手に自分から話しかける人はいなかった。趣味があったとしても、彼女からそこに新しく加わるなんてできず、相手側もわざわざ知らない相手ではなく身内で盛り上がるだけだったのだろう。
恋人関係ができた事で、彼女は新学期に入っても「ふへへ」と締まりのない顔でにやけており、けど次の瞬間にはクラスが分かれた事を思い出して沈んだりと情緒不安定だった。その結果余計関わりたくないと距離を置かれてしまっていた事を僕らは知らない。
時が過ぎ、中学二年生の文化祭も終わってしまった。
いつも通り僕らはひーちゃんの部屋で彼女がギターを弾き、僕がそれを聴く。
「…文化祭ライブ楽しそうだった」
「そうだね」
恋人になってから初の文化祭を彼女と回り、何時もの事でも何故か新鮮に感じて笑顔が増えた気がしていた。しかし体育館でのステージを見た時、彼女の顔つきが変わった事に気づいた。中学生のバンドだ、自分が好きなようにやるので走りがちで上手いというわけではない。それに僕にとってひーちゃんの音以外、例えプロのものでも何か別の音と重なってノイズが走ってように聞こえてしまい好きではなかった。でも彼女は仲間と合わせて楽しそうに演奏するその音に憧れたのだろう。
「私…タカくんと来年の文化祭でライブ、一緒にやりたい。ギターは私が教えるから」
いつも自信が無く、遠慮がちな彼女が珍しく自分の気持ちを述べた。
ひーちゃんは何時か文化祭でライブをやりたいと僕に語っていて、そのために毎日休まずにギターを弾き続けていたのだ。でも中学生での文化祭は来年で終わりだ。これまで話し相手すらできなかったのに、来年こそはメンバーが集まってライブができる、なんて楽観視な思考な彼女にはできなかった。それどころか高校でも、この先ずっとできないかもしれないと考えてしまう。
今までひーちゃんが僕を誘えなかったのは僕自身が楽器を触りたがらなかったので、嫌われる事を恐れて言いだせなかったのだろう。
だけどずっと傍で支え恋人にもなれた。僕にならわがままを言っても受け入れてもらえるのではと信じてくれたんだろう。誕生日にプレゼントしたギターとお義父さんのギターで、彼女の家に二本あったことも彼女を後押ししていた。
彼女の初めてのお願いである。断るなんて選択肢は初めからない。
しかしその為には伝えておかないといけないことがあった。
「…ひーちゃん、少しギター貸して貰っていいかな」
「え、うん」
〈視点変更:ひとり〉
タカくんが私からギターを受け取る。私の誕生日に彼がプレゼントしてくれたギター、フェンダーのストラトキャスターだ。彼はギターを確認するように指を軽く這わせると、ピックを躍らせるように弾き音を奏でて私は驚いてしまった。
それは私も知っている有名な曲。だけどどこかが違って聴こえる。拙いというよりは、アレンジして弾いているように私は感じてしまった。
「タカくんも、練習してくれてたの?」
私の言葉にタカくんは首を横に振った。
一朝一夕で弾ける曲ではないことは、ギターを弾き続けて実際にその曲も練習した事がある私にも分かった。だから彼も私と同じ気持ちで、私を驚かせようと隠れて練習していたんじゃないかと考えたのだ。だが、彼から出たのは否定。そもそもなぜ文化祭も終わったこのタイミングなのか。文化祭の出し物の受付時に間に合わなかった?いや違う、この難易度の曲が弾けるなら選曲さえしたら余裕で弾ける実力だった。それにそもそも彼の部屋にギターどころか教本もなかった。タカくんが私の物を勝手に触ったり、借りたりなんて絶対にしない事は長年の付き合いで知っている。じゃあどこで何の為に?どれだけ考えても私なんかじゃ彼の真意は読めない。
「僕がギターに触ったのはこれが初めてだよ」
「え」
儚く笑った彼の言葉を信じられなかった私はつい反射的に彼の手に触れる。
いかに天才と呼ばれる人でもギターを触った事もない人が、一つのミスタッチもなくあれだけの演奏ができるとは私には思えなった。何度も繋いだ温かく私を癒してくれた彼の手。けど爪は擦り減ってないし皮も硬くなってないその指は確かに長くギターを触った人の指ではなかった。
タカくんは毎日私がギターを弾く姿を見続けていたのでそれだけで覚えたという線もある。普段ならタカくんは凄いで納得していた私だけど、唯一の取得であるギターに対してだけは納得できなかった。
「…実は僕、人生二周目なんだ」
そこから彼が話してくれた事は、私は昔から大人びて見えた彼を思い出して納得してしまった。死んで生まれ変わっただとか、初めて触れる物でもすぐに使い方がわかってしまうなどタカくんは私に話してくれた。けどそれをそのまま受け取る事は私にはできなかった。
彼が言った通りだったら、私なんかに構わずにもっと人生を謳歌していた筈だ。彼は体育で運動部の人に勝って部活動に誘われても部活には入らなかったし、私が昔ギターを触ってみないか聞いた時も彼は断っていた。あの時、自分で弾くより私の弾く音の方が好きだと言っていたのは彼の本心だとわかっていた。だからタカくんを今日まで誘えなかったし、今回の事も断られるかもと思いながら声をかけたのだ。
「…続きは?」
彼の儚げな雰囲気に全部は、特に悪いところを言っていない事に気づいたのだ。少し驚いてみせたタカくんは、そこから全てに既視感を感じてしまい、世界が壊れたテレビみたいにブレて見えて、ノイズ越しに聞こえると教えてくれた。物は勿論、人さえも。想像しただけで恐ろしく感じてしまった。
「私もそう、見えるの?」
「いや、ひーちゃんだけは普通に見えるんだ」
だから君に依存してしまった。そう言った彼は罪を告発する罪人のようだった。なぜ私だけが普通なのかは彼にもわからないらしい。すぐに爆発したり崩れたりして、私が人間の体じゃないと言われた事があるからだろうか。根暗コミュ障なだけで私も一応人間だ。そう言われた時は少し傷ついたけど、彼がそれで助かるなら私は人間じゃなくても構わない。
しかし私だけがタカくんに依存してるんじゃなくて、タカくんも私に依存していると言って貰えてとても嬉しかったな。
彼に構って貰えて、告白までして貰えた。確かに嬉しかったけど、なんで私なんだろうと幾度となく考えた。けど私という存在が彼に必要とされていたのだ。
「ははっ…多分ひーちゃんに会わなかったらとっくに自殺してたよ。なんて言うのは重いかな」
無理に笑って何気なく発した彼の言葉に私は堪らず息を呑んだ。私のように崩れたりじゃない、彼が死んだ姿をリアルに想像してしまった。
「無理しなくていいよ。私たち恋人なんだから、もっと私に寄りかかってもいいんだよ」
今にも消えてしまいそうな彼をきつく抱きしめる。どこにも行かせないように。
「世界が怖いならタカくんは部屋から出ずにずっと私のお世話だけしてくれたらいい。私も外が怖いけどタカくんの為ならきっと頑張れるから。タカくんは私が養ってあげる。私これでも上手いっていっぱいコメント貰えてるの、すぐにでもバンド組んでCD出して印税生活できるようにする…ごほごほ」
「…そのためにはバンドを組まないとね。来年の文化祭一緒に頑張ろうか」
普段あまり喋らないのに急に喉の筋肉使ったからか咽てしまった。そんな私にタカくんはそう言い苦笑していて、消えそうだった雰囲気は無くなりもう普段の彼だった。
「…あと今度新しい服を見にいこうか」
「え、ギター関係のじゃなくて?」
私の胸に抱かれていた彼がほんのり赤くなりながら言った言葉に首を傾げた。
オリ主はチートとしてFate/で言うところの『皇帝特権』や『騎士は徒手にて死せず』に近い物を持っています。
既知で既に知っているのなら使えない筈がないよね。
アクティブスキルじゃなくてパッシブスキルで使用するたびに精神汚染されるけど。
平日に書くの大変で高頻度で更新できる人を尊敬します。