両親にも言っていなかった事をひーちゃんに打ち明けて、受け入れて貰えた。もう自重せずに彼女に貢いでも良いのではないかと考える。
とりあえず最優先は衣服だろうか。今抱きしめられてわかったけど、どこがとは言わないがしっかりと成長してきている。サイズが合わなくなる前に新しい服を見繕った方がいいだろう。
彼女の服装は未だに制服かジャージである事が多かった。本人曰く楽だからと言って、僕が渡す服は主に動画撮影時の衣装になっていた。確かに普段着と言うよりはバンド衣装っぽい物が多かったけど、彼女のセンス的に私服を見繕うのは僕には難しい。奇抜なファッションでも彼女が着ているなら僕は受け入れられるけど、周囲から浮き孤立して落ち込むひーちゃんが目に浮かぶので、ある程度はまともな服を選んだほうがいいだろう。ついでに来年の文化祭に出るのなら、僕個人の楽器もあったほうが良いだろう。
幸い文化祭の振替休日で明日は休みだった。
「明日、デートしようか」
「うん」
もう二人の外出に慣れたひーちゃんは二つ返事で答えてくれる。
文化祭の後にギターを弾いたり秘密を打ち明けたりと様々な事があり、時刻は午後七時近くになっていた。その事に気づかずに明日の予定を彼女と話し合っていたら、部屋の襖が開く。
「そろそろご飯だけど鷹志君は…あらあら」
ひーちゃんに抱きしめられたまま話していた、僕らの様子を見たお義母さんは嬉しそうに頬に手を当てて言う。
「…お母さんたち、二時間くらい出かけて来ようか?」
「え、なんで?」
「あ、お構いなく」
夕飯直前に二時間出かけるというお義母さんの言葉にひーちゃんはわかっていなかったけど、何となく察してしまった。
僕の家でも、もうすぐ夕飯の時間だったので彼女の腕から抜け出し、今日はお開きにして帰る事にした。すると玄関でひーちゃんが見送ってくれる。
「ひーちゃん、また明日。あれは二人の秘密ね」
「あ、うん。またね」
「秘密ですって~、文化祭の雰囲気でとうとう進んじゃったの?ちゃんと避妊はしたのよね、鷹志くん相手なら問題ないけど、まだ中学生なんだからできちゃったら大変よ」
「お、お母さん!?ちがっ」
「将来の事を話し合っただけなので、まだ僕らは清い関係ですよ」
秘密は転生云々の話だったけど、ひーちゃんもそれはわかっている。だけど、聞き耳を立てていたお義母さんにそう誤魔化して今度こそ別れる。将来のことも、来年の文化祭とか印税で養うとか明日のデートなどの話をしていたので嘘ではない。
次の日、ひーちゃんの家の前で待ち合わせをして、前と同じく電車に乗って移動する。平日でも人が多かったけど、彼女もはじめの頃ほど怖がっていないので慣れてきたのだろう。
前のデートでの反省を活かして服屋から見て、昼食、楽器店に行くことにした。
「うーん、ひーちゃん確かジャージの下はバンドTシャツだったよね」
「うん」
「ならそれに合わせてパーカーとスカートとかいいんじゃないかな?」
彼女が興味をもって手に取るのは奇抜なファッションばかりだったので、僕がそう言うとひーちゃんはその組み合わせですぐに試着してくれた。
「…少し地味じゃない?」
「僕は可愛いと思うよ」
正直惚れこんでいる身としては、奇抜なファッションでも彼女が着るだけで可愛いと思ってしまうだろうけど、あんまり注目されるのもアレなので無難な服装を着てもらう。
店の人にそのまま着ていく事を伝えて、値札を外して貰って会計を済ませたる。
ひーちゃんが着ていたジャージは鞄にしまい、専門の店でゴシックロック系の服やパンク系の服を見ていく。彼女はゴシックでもロリータ系は好みじゃないらしい。僕がコーディネートした、あのバンドっぽい服がギターヒーローの衣装になってしまっているので、多分似た系統の方がいいのだろう。一部では中二病とも言われているけど現に中学二年生だし、偏見かもしれないけどロックやメタルやっている人の服ってこんな感じだと思っている。
とりあえず僕が組み合わせた前回と似た系統の服をひーちゃんに渡して試着してもらった。
「タカくん」
「どうしたの?」
試着室の前で待っていたら、彼女がカーテンを開ける。服を持ったままで何故か下着姿だったひーちゃんが見えたのですぐカーテンを閉めた。他の客もいるのに何をやっているのか。病的にも見える白くてきめ細かな肌。女性らしく肉がついてきて成長した彼女の姿が目に焼き付いてしまった。
「ごめん」
「え、なにが?この服少し小さかったから他のサイズ見てもらっていい?」
「う、うん。すぐに持ってくる」
ひーちゃんは自分に魅力がないと思っているのか少し無頓着で困る。僕が普通の男子中学生なら猿になっていたかもしれないけど、幸いにも枯れている方だ。
「…僕以外には見せないようにしてね?」
「え、これ動画の撮影衣装…だよね?」
わかっていない彼女に僕は諦めて、幾つか見繕った服を買った。会計を全部僕に任せる事をひーちゃんは気にしていたけど、昨日の事もあってひーちゃんの為にお金を使うことに生きる喜びを感じると言うと、納得はしていなかったけどなんとか頷いてくれた。推しに貢ぐ事で心が躍るのは事実である。
今回はちゃんとした服装なので、ドレスコードが必要な所以外なら問題ないだろう。ひーちゃんと共にイタリアンの店を選んでメニューを開く。
「…じゃあ、これで」
馴染みのないメニューばかりだったのか、ひーちゃんは「あっうっ」と目を泳がせてからカツを指さした。自分の知っている料理が殆どなく挙動不審になってしまっていて、とてもかわいい。
「僕は海老とトマトソースのパッパルデッレで彼女はミラノ風子牛のカツレツでお願いします」
店員に注文を済ませると、ひーちゃんが「ぱ…?ぱるぱるでれ?」と混乱攻撃を受けていた。パスタの種類で狼狽える彼女の可愛さだけで白米三杯はいけそうだと思ったけど、イタリアンの店だからリゾット三皿になってしまう。それはやっぱりきつそう。
少し経って料理が運ばれてくる。
「…ほうとう?」
「あ、ほうとうは知っているんだ」
まあ似たような麺の形だし間違ってはいないのかな。彼女がフェットチーネを見たらきしめんとか言いそうだな。
「はいあーん」
「あ、あーん」
今回はひーちゃんも少し恥ずかしがりながら受け入れた。
下着を見られるのは恥ずかしがらず、食べさせあうのは恥ずかしく感じてしまう彼女は身体的羞恥より精神的羞恥が強いのかな。ひーちゃんがお返しにと差し出してくる、カツレツを食べさせて貰った。
楽器を見ながら文化祭でどのような演奏をするか僕らは考える。
「ライブは2ピースバンドで想定しているけど、僕は他の楽器の方がいいのかな?」
「タカくんは全部の楽器をあのレベルで演奏できるの?」
「演奏自体はできるだろうけど…すいません、少し試奏していいですか?」
店員に声をかけたら快く許可を貰えたのでギター以外の楽器も軽く触ってみる。途端に走る頭痛を無視して、使い方が理解できた事を確認する。しかし僕はどの楽器でも音にズレが出てしまう。一人で演奏するならともかく、バンドを組むならまずベースは無理だろう。正確なリズムで全体の曲調を保つのが役割なので、僕のこのズレには合っていない気がする。同じリズム隊でもドラムなら土台なのでズレても他の人に合わせて貰うかパフォーマンスで誤魔化せるかもしれない。メロディ担当のギターやキーボードならそのズレをアレンジとして受け取ってもらえるから無難だろうけど、ギターはひーちゃんがいるし。2ピースバンドでは音が薄くなることを考えると、色んな音が出せるシンセサイザ―も悪くないかもしれない。
「キーボードかシンセか。けどバンドならドラムは欲しいだろうし…」
「私がタカくんの音に合わせるから、好きな楽器選んでくれていいんだよ」
正直彼女なら、一人でも観客を魅了できるだけの実力があると思う。僕に合わせて彼女の音を殺すことが最も駄目な選択だ。なら楽器の事は彼女の意見を聞いた方がいいのだろう。
「ひーちゃんはどれが良いと思う?」
「えっと、私としてはやっぱりギターがいいかな。ツインギターの2ピースも多いし、あとお揃いになるから」
これまでの考察も交えて聞いてみたけど、彼女が何気なく指さしたギターにすることに決めた。ギグバッグもお揃いの物を選んで早速会計を済ませる。
「家にはお父さんのギターもあるから、わざわざ買わなくても…」
帰る途中にひーちゃんにそう言われたけど、お金にも困っていないし、個人のギターを持っていた方がいいだろう。最悪使わなくてもギターならそのまま彼女に貢ぐこともできるし。
「実はもう結構稼いでいるから問題ないよ。ほら、僕普通じゃないから」
僕がそう言うと、彼女は何とも言えない顔をしたのは何故だろうか。
「どっちのパートを弾く?僕としては純粋にひーちゃんがメインの方がいいと思うけど、上手いのもひーちゃんだしサイドの方が安心できるかな」
「…両方リードじゃダメなのかな?実際にツインリードってあるし、タカくんのあのアレンジも生かせられると思う」
「時間はあるし模索してみようか」
ひーちゃんの部屋でギターの準備をしながら話す。はじめての合わせ練習と言う事でアンプのみでエフェクターは付けずに弾いてみて、そこで音の違いがハッキリした方が良さそうならエフェクターを付ける事になった。
「始めようか」
とりあえず一曲弾いてみなければ何も始まらない。やるのは昨日弾いたこの世界でも有名なバンドの曲だ。激しい曲調で難易度が高いらしいけど、彼女も弾けて僕も昨日弾いたので違いが判りやすい。
ひーちゃんのギターの音はやはり綺麗で好きだった。でもそこに合わさるのは僕のズレた演奏。その事に、まるで素晴らしい絵画に泥をぶちまけるような不快感が僕を襲う。
何年もずっと傍にいたので僕らは互いに何を考えているか何となく分かる。呼吸を読んでどこで強弱を付けて弾くのかも目を合わさずとも共有でき、ギター二本でエフェクターがなくても重ねあって音の厚みを生み出せていた。
毎日ギターに触れ続けた彼女がそれをできるのは許せる。しかしギターを触ったのが実質二回目の僕なんかが、凄い彼女と同じステージにいることを僕自身が我慢できなかった。頭が痛む。ひーちゃんは私に寄りかかっていいと言ってくれた。耳鳴りがする。一緒に文化祭ライブに出たいと彼女は僕なんかを求めてくれた。
けど考えてしまうなんで僕は大好きだった彼女の音を汚しているのだろうかと、今すぐ指を全て切り落としたい衝動に駆られる。
「うっ…」
僕はこみ上げてきた吐き気にギターを弾く手を止めてしまった。
「た、タカくん!?」
途中から僕の異変に気付いていたのか、様子を窺っていたひーちゃんが僕を抱き支えくれる。
「…大丈夫」
「でも」
視界がズレるのも音にノイズが走るのも慣れていたけど、彼女の演奏に合わせる事でここまで追いつめられるとは僕も想像していなかった。それだけ彼女は僕の拠り所だったのかもしれない。それを壊そうとする僕自身を排除しようとするほどに。
その時はなんとか流せて貰えたけど、日が経つほど顔色が悪くなってしまったのか、ついに彼女は練習を止めてしまった。
「…やっぱりやめよう、文化祭にでるの」
暗い顔でひーちゃんが言ったことを僕は理解できなかった。それは彼女がギターを始めた理由でずっとやりたかった夢だ。将来バンドを組むにしてもこの経験は絶対に彼女の自信と経験になるものだ。
「文化祭でのライブは夢だって」
「ううん、それはきっかけのひとつ。本当はタカくんの隣に立つためだったの、こんな私でもギターを弾いて、大きな舞台で輝けたら隣に居られるって」
そう言う彼女の顔は諦めがあった。彼女にそんな顔をさせているのは僕のせいだ。
「でもギターより、タカくんの方が大事。タカくんが辛いならギターもやめる」
「…僕はひーちゃんが大切だよ。けどギターを弾く君の姿が一番、好きなんだ」
だから諦めた顔でそんな事を言わないで。僕を支えて養ってくれるんでしょ、ずっと努力してきたギターで。
なら僕もひーちゃんを支えたい、貢ぐとか養うとか関係なく彼女の夢もギターも全部を。そう覚悟を決めたら、一瞬視界が広がった気がする。
「もう一度お願い」
「でも」
「きっと大丈夫だから」
僕の気持ちが落ち着いてきたのを感じたのか、お願いを聞いてくれてひーちゃんはギターを弾き始める。しかしそれは彼女のギターらしくない、自信のない演奏だった。僕はその音を包み込むようにギターの音を重ねていく。
恋人関係になれたけど、僕は彼女を信じきれていなかったから、物を貢いで気を引こうとしていたのだと気づく。養ってあげないとどこか遠くに行ってしまうと。だけどどちらかに寄りかかるだけじゃなく、僕らは二人で支えあう比翼にならないといけなかった。
ブレていた視界が鮮明に景色を映しだし、ノイズにまみれた音もクリアに聴こえてくる。
演奏を客観的に聴ければ、彼女の努力に裏付けられた綺麗な原曲の演奏に、僕の少し独特なアレンジの演奏が追走して、時には重なりあい元の曲を壊さず引き上げる調和が取れた、素晴らしい音を生み出している。たった一つの気持ちの変化で、世界はこんなにも変わるのかと驚いて、そうしている内に一曲が終わってしまった。
「…た、タカくん、大丈夫?平気?気分悪くない!?」
演奏の余韻に浸っていたけどすぐに僕の心配をしてくれる彼女を強く抱きしめたまま、僕は畳に背中から倒れこむ。
「最高に良かった、もう大丈夫だよ」
僕のその憂いがとれた返事に彼女はにへらと可愛く笑ってくれた。
音楽知識がないので楽器や演奏の説明などにツッコミどころあってもスルーしてください。
正直ググったけどよくわかんなかった。
次回で中学生編終わって原作に入るかも