中学三年生の秋、最後の文化祭が終わった。
僕とひーちゃんは何時もの如く彼女の部屋にいた。
僕は部屋の中心に座り、僕にしがみ付いた彼女が瞳に涙を浮かべながら死んだようにぐったりしていた。
「ひーちゃん、大丈夫?」
「誰も私たちの事を知らない、遠くの学校に行く…」
何故、彼女がこのようになっているのか。それは遡る事数時間前、僕たちは文化祭ステージを申し込んで二人でのライブをする事ができた。
今流行している人気曲でセットリストを作り、僕がギター・ボーカルでひーちゃんがギターの練習をした。長く話すこともできない彼女は歌えないので、自然と僕がボーカルを担当することになる。歌声にも僕の能力は発揮され、男性ボーカル女性ボーカル関係なく本家歌手のように歌うことができた。特徴を捉え声質も似た歌声は、僕らしさがないとひーちゃんには不満だったらしいけれど。
毎日のように演奏して、互いの呼吸を極限まで合わせる。僕と一緒に弾くギターの音にひーちゃんは毎日顔を輝かせてくれていた。僕の五感のズレも彼女と音を合わせる時だけは消えてくれて、その感覚に胸が高鳴り彼女と二人でならどこまでもいけるように感じた。
ひーちゃんのギターヒーローとしての弾いてみた動画も伸びていて、コメントでも驚くほどに成長していると言われプロだと疑われる程だった。勿論僕は動画には出ていないけど、二人で弾く環境が彼女の成長を速めていた。
しかし、僕らがやっていたのは二人きりの演奏で、人の前で弾くという経験は積んで来なかった。
いざ始まる文化祭のライブ、他が軽音部などに所属している3ピースから5ピースバンドの中、僕らはドラムもない2ピースバンドと言う事で前座扱いの一番手。
「…無理、むむむむむむり」
多くの観客は僕らに興味を持っていないだろう。部活にも入っていないので下級生には知名度がないし、同級生には僕の話のネタで僕らが音楽をやっている事は知っていても、実力は知らずに珍カップルの思い出作りだろうと思われている。
期待度は全くのゼロで、例えどれだけ下手な演奏をしても気にする人はいない。だから緊張なんてする必要なかったけど、ひーちゃんは多くの観客の前に立つと言う事が出来ずに足が竦んでいた。
僕は彼女以外からの評価には興味がなかったので、観客など居ても居なくても変わらないただの風景という考えだったけど、彼女は今まで注目されたこともなく大勢の人に恐怖を抱いてしまい、足は震え顔も真っ青になって今にも死にそうになってしまっている。
「や、やっぱり私には無理だよ。出るのやめよ…ね?」
「他に目移りしないで、僕だけを見ていて」
「う…タカくん、だけを」
僕の顔をジッと見つめてくる彼女の震えが少しマシになった気がする。
「そろそろ出番です」
「じゃあ、いつも通り近所迷惑なんて考えずに弾こうか」
「…うん」
文化祭実行委員の生徒が声をかけてくれたので、僕らはギターを持って舞台に上がった。
舞台の上からは周りが良く見える。ドラムもベースもいないギター二人だけのバンド。多くの観客はチラっと見て興味も無くスマホをいじるか、友人同士でお喋りをしていた。数は少ないけど一部の生徒は珍しいギター二人の2ピースバンドに興味を持ってくれている事もわかる。
僕とひーちゃんはギターをアンプやエフェクターにセットしていく。準備をしながらもひーちゃんは僕だけを見つめていて、舞台下の観客は今彼女の視界に入っていない。
彼女の震えは既になくなり、薄っすらと笑顔を浮かべる余裕すら見える。
「西凛中3年の富士鷹志と後藤ひとりです。流行りの曲をやるのでよければ聞いてください」
僕はマイクの前で棒読み気味の紹介をする。自分の名前を呼ばれた時にひーちゃんは軽く頭を下げた。その時に観客が視界に入り顔を青くしたけど、すぐに視線は僕だけを捉える。彼女に目配せをして一曲目を歌いだす。
リードギター二人による息もつかせない激しい演奏と、それに負けない力強い歌声。曲全体にアレンジを加えつつも、その曲だとはっきり理解できる程度に崩され曲。
歌手本人が歌っているのかと思うほどの歌声と、中学生レベルではないギターの音は一瞬で観客全員を魅了する。
誰も期待をしていなかった中学生二人が奏でるアマチュアとは思えない演奏に、誰もが口をポカンと開き目を丸くして、一瞬当て振りかと頭によぎっても、原曲ではありえないほどアレンジされた演奏と微かに変更された歌詞、生演奏特有の魂が揺さぶられる感覚に全員が本物だと理解してしまう。
気が付けば一曲目が終わって歓声が上がるけど、僕がマイクを持つと静まる。しかしMCもなく曲名だけを伝えて立て続けに二曲目、三曲目と続いていく演奏。体育館全体が盛り上がり、観客全員が熱狂していた。
しかし終わりは訪れ最後の曲が終わると、会場はシンと静まり返った後、爆発したように歓声が上がった。本来はありがたいのだろうけど、僕にはその歓声にすらノイズ音が混ざって聞こえてしまい、疲れた体にガンガンと金属音が頭に響いて気分が悪くなってしまう。はやくひーちゃんで癒されたいと思いながらも終わりの挨拶をする。
「ありがとうございました」
「………」
「ひーちゃん?」
彼女を見ると真っ青な顔でプルプルとしていた。
僕は慌てて彼女を隠すように前に立ち、観客から見えないようにする。舞台を降りるのは間に合わずに彼女はリバースしてしまう。アンコールが聞こえていた歓声がピタリと止まり空気が死んだのを感じてしまった。姿が見えなくても何が起こっているのか理解してしまったのだろう。僕も疲れと気分の悪さがあり、彼女のそれに釣られて胃の中の物がこみ上げてくる。飲み込み我慢することは出来たけど、彼女を一人で死なせる事などできる筈もなく、死ぬときは一緒だと僕は我慢せずに胃の中の物を吐き出した。
ひーちゃんの痴態を体で隠しながらも彼女にかけないように顔を逸らし、結果観客席から見える向きで。途端に上がる悲鳴、文化祭実行委員の生徒たちが慌てて幕を閉じて、彼らに誘導されて僕らは舞台裏へ避難した。
掃除に時間がかかり遅れる舞台スケジュールに、掃除しても僅かに残る胃酸の臭い。様々な理由で他の出演者に迷惑をかけて、僕らの中学最後の文化祭は終わったのだ。
〈視点変更:ひとり〉
私はタカくんのお腹に顔を押し付けて、彼の服を私の涙で汚していた。
「…もう学校行きたくない…人に会いたくない」
ずっと望んでいた文化祭ライブ。タカくんの助言で大成功したのに、その後の私の失態で全て台無しにしてしまった。
ライブの成功で夢うつつだった。しかし大きな歓声で私は急激に現実に引き戻されて、凄く注目されている事に気づいてしまった。承認欲求がどうとか言う前に、あまりに多くの目が私たちに集中していて、私は限界を迎えてしまったのだ。タカくんの制服に私の汚い物をぶちまけてしまって、流石の彼もそれが気持ち悪かったのか私と同じくやってしまった。
私にもぶっかけてくれていたら対等だったのに、彼は私にかけないように逸らして他の人たちに見える形でやってしまったのだ。私ならきっとあまりの絶望に死んでいた。タカくんが私を隠すようにしてくれたので致命傷ですんだのだ。
「…制服汚してごめんなさい」
「気にしてないって。ひーちゃんのならむしろご褒美だし」
彼はそう言ってくれるけど、普通に考えて他人の吐瀉物をかけられて喜ぶ人はいないと思う。私もタカくんの物なら気にはしないけど、流石に喜んだりはしないので彼が気を遣ってくれたのだろう。
「大丈夫、ひーちゃん?」
「高校は誰も私たちの事を知らない、遠くの学校に行く…」
あんな事があったので二人揃って早退させてもらったけど、荷物を取りにクラスに行った時に言われた伝説の(ゲロ)カップルという言葉に私は絶望して顔面崩壊してしまった。即あの痴態が全校に広がってしまったのだ。ギターが上手いとかそういう話題を全て上書きしてしまって広まる痴態に、私は正直もう学校にも行きたくなかった。けどまだ二学期だし、卒業までまだある。志望校を変更するにしても学校には行かないといけなかった。
「タカくんはどこまでも着いてきてくれるよね」
「勿論、君がいる所が僕の居場所だよ」
私の髪を梳いてくれる彼の温かさを再確認して、私は顔を上げる。
「…よし、自宅から通える位置で、できるだけ遠くの高校で、私の頭でも行ける高校を探さなきゃ」
高校には行かなければならない。中卒でタカくんと結婚して養われるのは、私の小さなプライドが許さなかった。彼が既に稼いでいてお金を持っているだとかは関係ない。私が、タカくんを養いたいのだ。贈られたらその分還したいし、彼の寄生虫になるのだけは嫌だった。
「この時期に進路先を変更したいの?あ~、まあいいでしょ」
後日、タカくんと共に担任の先生に相談したら時期的にもなんとかセーフで、あの事件があったからか志望校の変更を受け入れて貰えた。受けるのは県外にある秀華高校で、私の学力でも何とか行けそうな緩そうな感じの学校だった。勉強はタカくんに教えて貰って平均点近くは取れていたし、無遅刻無欠席とはいかないけれど内申点も悪くないから問題なさそうだ。
「富士君はここ受けてみない?偏差値70くらいだけど、貴方なら行けると思うの」
「すいません、後藤さんと同じ高校を受けますので」
相変わらずタカくんは凄い。本人はただのズルだって言ってたけど、正直凄い物は凄いでいいと思う。彼は決して努力をしていないわけではない。彼の秘密を教えて貰った今だから分かる。彼の知っている事と少し違う事も多いらしく、それをすり合わせようと頑張っているのを私はずっと見ていた。主に私の勉強を見てくれる為だったけど、大まかに知っていても、武将の名前が一文字違うとか合戦が起きた年代が一年ズレているとか私なら発狂してしまう。
彼の背に隠れながら学校に行くけど、頑張って文化祭でライブをやったのに私に話しかけてくれる人はいなかった。これまでと違ってこちらに興味を持ってか見られているのだけど、やはり最後のアレをどう扱っていいのかわからずに距離を取られてしまっている。
私から話しかける事などできる筈もなく、結局タカくんと二人でいる事に悲しいより嬉しいと思ってしまう私はやっぱり変われないのだろうか。
「ひーちゃん?」
「あ、なに?」
「今日も一緒にギターする?」
「うん」
変わったこともあった。タカくんが私のギターを聴くだけではなく、一緒に弾いてくれるようになったのだ。このまま彼とバンドを組んでいずれはメジャーデビューを、と考えて私は気づいてしまう。タカくんと一緒にギターを弾くのは好きだ、バンドを組むなら彼とがいい。けれど彼と組んだら将来の報酬も印税も彼と分け合うことになり、彼を養ってあげられないのではないか、と。タカくん以外とバンドを組む?できる気がしない。
「ぬぉぉおおお」
私はどうすればいいの。私の苦悩を気にせずに慣れた様子で頭を撫でてくれる彼が今だけは憎らしい。けど好き。
高校受験も終わって、私たちは無事合格できた。
タカくんは心配してなかったけど、私だけ落ちていなくて本当に良かった。高校でも彼と一緒に居られることに安堵する。
私の家族とタカくんの家族が集まって合格のお祝いをしてくれて、ご馳走がいっぱい並べられる。ご馳走と言っても家で出てくるのは唐揚げやフライドポテトのような揚げ物や注文したピザなどで、私の好物も多い。野菜とかより肉の方が好きだ。タカくんは麺類が好きなようで、よくパスタなどを食べている。
私は唐揚げを頬張りながらふと見ると、タカくんは両親たちとなにやら真剣な顔で話をしていた。内容は聞こえなかったけど何を話しているんだろう。
そんなタカくんを眺めていたら、話が終わったのか彼は真剣な表情のまま私の横にやってくる。もしかして別れ話じゃないよね。
「ねえ、ひーちゃん」
「な、なに、タカくん」
「高校に入ったらさ、二人で暮らさない?」
「…え?」
彼が何を言ったのか理解できなかった。え、くらす?二人で?誰と誰が?私とタカくんが?え、なんで?
彼と四六時中いられるのは素直に嬉しいし、決して嫌な訳じゃないけど、いきなりの事すぎて理解できなかった。二人暮らしでおはようからおやすみまで一緒なんてもう夫婦なのではないか。将来的にそうなるのを妄想していた事もあるけど、その心の準備が…。
「往復四時間だと音楽に割く時間も削られるし、朝六時起きで睡眠時間も減って学業も大変でしょ?」
「あ、うん」
チラリと大人たちの方を見る。
「近くならともかくこの通学時間だとな、バンドを組むにしろ高校生なら時間が取れる方がいいよね」
「僕も似たような事をしていましたけど、やはり朝が辛くて」
「ひとり一人だと心配だけど鷹志君も一緒なら安心だわ。孫の顔も早く見れそうね」
「月に何回か見に行くからね。長期休暇には帰ってくるのよ」
「お姉ちゃんどこかに行っちゃうの?」
「少し早い嫁入りよね。結婚よ」
「結婚!」
両親二組と妹はもう決定しているかのように仲良く話していた。さっき真剣な顔で話していたのはこのことか。
「何より僕がひーちゃんと一緒に居たいんだ。よければ僕と一緒に暮らしてくれませんか」
「…は、はい」
自分でも顔が真っ赤になるのが分かる。これ実質プロポーズだよね、夢じゃないよね。目が覚めたら、恋人どころか友達もいない一人寂しく酒に溺れてるニートな私じゃないんだよね。
顔が赤くなったり青くなったりを繰り返して私の意識はそこで途絶えた。陸に打ち上げられた蛸のような姿に変身していたらしいけど、そんな筈ないよね。
原作に入ると言ったな、あれは嘘だ。
思ったより長くなったので高校生編は次回から、多分きっと。
本来の予定だと文化祭ライブ成功で皆の前で告白して、伝説になり恥ずかしさのあまり遠くの高校へでした。
既に付き合っていたので迷った結果ぼざろのライブと言えばゲロじゃね?と言う事で二人には犠牲になってもらいました。原作通り秀華高校へ行くための犠牲にな。
あと一緒に暮らすのは賛否別れるとおもうけど、毎日6時間ギター弾いてて通学に4時間ってきつくね?とずっと思っていたのでこの小説では2人暮らししてもらいます。
これの為に稼いでる設定を作ったと言っても過言ではない。
結果結束バンドとは絡みやすくなるけど直樹さん美智代さんふたりちゃんファンの皆には謝ります、ただでさえ少ない出番が余計少なくなります。ごめんなさい。