実はひーちゃんが秀華高校を受験すると決めた段階から、僕は下北の近くのマンションを探していた。彼女の勉強を見ていたので余程の事がないと落ちるとは思えなかったし、説明や契約などですぐに入居できるわけではない。合格後の話は最終確認であり、彼女に断られていたら、豪華な置物になるところだった。資産運用で増やした額からしたら問題ではないし、将来的にも活用できるから完全に無駄ではなかったけど。
僕や彼女の親達がマンションの費用を出すと言ってくれたけど、これは僕のわがままだったし、今どれくらい稼いでいるかを説明して、なんとか僕が払う事を納得してもらえた。代わりに家具などは親たちが用意すると言ってくれたけど。
ひーちゃんの音楽を支える為に妥協はなしで、完全防音のレコーディングスタジオも設置できる高級マンションを僕は選んだ。音楽関係者や動画配信者なども最近多く、スタジオ改造可能の完全防音の住居がすぐに見つかったのはありがたかった。
互いの部屋にできる洋室二部屋にウォークインクローゼットもあって、リビングやキッチンも広く普通に家族一家が生活できる様な場所だ。ひーちゃんは今まで和室を自室にして暮らしていたので、洋室でも大丈夫なのかだけは心配だったので、畳を置くことも考える。
これで彼女のギターもしっかりと弾けるし、動画の録音や撮影もこれまで以上にできると僕は満足していたけど、ひーちゃんはその部屋を見て顔を暗くしてしまっていた。
「…タカくんの財力を甘く見ていた、これじゃ今までと殆ど変わんない」
「え、気に入らなかった?」
「私としては4畳一間くらいの狭いアパートで、二人で布団もくっつけて寝るような」
そういうアパートは防音も防犯もしっかりしてないから真っ先に除外していた。
部屋でギターが弾けないのはスタジオを借りる事で解決できるけど、彼女が毎日何時間も練習している事を考えるとスタジオ通いは大変だ。何より高校生の2人暮らしだから、防犯設備もしっかりとした高い物件の方が安心だった。これからバンドを組んで拠点にするにしろ、本格的に動画配信をするにしても、しっかりとしたマンションの方が良かったのだ。
その辺りについては事前にお互いの家族含めて色々詰めていた。
「せ、せめて部屋は一緒にしよう?広すぎて一人だと絶対に落ち着かない」
「…そうだね、もう一室は両親達が泊まりに来た時用とかの客室にしようか」
その後、何故か部屋にダブルベッドが運び込まれてしまった。
必要な家具は両親2組がお金を出して選んでくれるって言っていたけど、これは流石に予想外だった。ひーちゃんは気にしていなかったけど、いざ寝るときになって恥ずかしがるやつだろうか。ともかく、生活に必要な家具は一通り揃って、一先ず生活ができる環境になった。細かい物はこれから彼女と一緒に見たらいいだろう。
高校入学の一週間ほど前に引越しを済ませて、彼女との二人暮らしが始まる。
楽器などはスタジオ改造した部屋の方に置かれているし、服など小物もクローゼットの方に片付けられていて、僕らの部屋にはベッドと机くらいで殺風景だった。お互いに音楽以外の趣味が無いことが悔やまれる。
その代わりに、これまでと違って近所迷惑を考えなくても良くなったので、スタジオに改造した部屋にはしっかりしたアンプやスピーカーを備え付けて、ドラムやベース、キーボードなどの楽器も購入した。
文化祭ライブ、ひーちゃんは最後を気にしてしまって話題を避けているけど、彼女と合わせるのはとても楽しくて、僕はツインギター以外にも様々な楽器で彼女と合わせてみたくなってしまった。
「タカくんが本気出しすぎて、どうやって返していけばいいの」
「素直に養われて」
「…私の貧相な身体でよければ好きに」
「本気にするよ?」
隣には録音機材も充実したコントロールルームもあるそのスタジオに、ひーちゃんは喜んではくれたけど素直に甘えてくれずにそんな事を言うので、抱き寄せて顔を近づけてみたら彼女は目を逸らして、口をパクパクさせてから魂が抜けてしまった。
「…音が全然違う」
「反響にも拘ったから」
復活した後、ギターを弾くひーちゃんはその音の変化に目を輝かせる。普通のレンタルスタジオとそこまで大きく変わらないけど、実家の部屋で弾いていた時とは違うだろう。
僕と違ってひーちゃんは本物の天才だ。その才能をもっと輝かせるのに、道具や設備には妥協したくなかった。
彼女のギターの音に合わせるように僕はドラムを叩いていく。そうすると、彼女も僕の音に合わせてギターを弾いてくれ、二人だけのバンドを楽しむ。
ドラムでもやはり僕の音は僅かにズレるけど、ひーちゃんはそれを見越して音を重ねてくれる。例え初めて合わせる楽器でも、僕の奏でる音は完全に理解したように。それが嬉しくて彼女と彼女の音にどんどん溺れてしまうのが分かる。
「…愛してるよ」
「私も」
照れたように笑ってそう返してくれる彼女の言葉を聞いて、もう溺れて溺死してもいいかな、などと考えてしまう。その後も曲や楽器を変えては彼女と音を奏で続けた。
晩御飯は僕が作り、その間に彼女はお風呂を洗ってくれている。何でも出来てしまう代わりに頭が割れるように痛むけど、ひーちゃんの事を思うと乗り越えられるので安い代償だ。
とりあえず豪華なご馳走にするべきか迷ったけど、これからも彼女と生活していくわけだ。まずは簡単な家庭料理で攻めてみようと僕は考えて、彼女の好物の鳥の唐揚げを作る事にした。
米を洗い炊飯器にセットして、鶏肉に醤油と生姜をベースに揉みこんで馴染ませる。キャベツの千切りにサニーレタス、トマトを添えたサラダもお皿に盛りつけて、汁物はあおさのお味噌汁にしてみた。ご飯が炊けたら、糖質を抑えるためにおからパウダーを衣にした鶏肉をカラッと油で揚げる。
今夜のメニューは白米とあおさの味噌汁、白菜の浅漬けにサラダ、唐揚げと簡単なメニューにしてみた。唐揚げをニンニクではなく生姜にしたのは、彼女とキスをするかもと考えて匂いを抑えたからだけど、それは内緒だ。
「美味しい。とても美味しいけど、女子力が…」
「ひーちゃんの料理も食べてみたいな」
「…がんばります」
養っている感じがして幸せを感じてしまう。ひーちゃんが料理を苦手にしているのは知っているけど、彼女の手料理なら例え炭でも美味しく食べられる自信がある。
その後、彼女が動画投稿用のギターを弾いている間に僕が食器を洗って、交代でお風呂に入ってから洗濯機を予約する。音が小さく自動で乾燥までやってくれる良いやつだ。そうこうしている間に寝る時間になって二人で歯を磨いて部屋に向かう。
「…ねえ、タカくん」
「どうしたの?」
「…寝る所が大きいの一つで、枕が二つなんだけど」
「そうだね」
あれ、ダブルベッドが運び込まれていたのを彼女も見ていた筈だけど。そういえば今までは和式の布団だったから、よくわかってなかったのか。
「もう一室の方にも布団あるけどそっちで寝る?」
「…ううん、がんばる」
あとは寝るだけなのに何を頑張るのか、など野暮な話はしない。
「おやすみ、ひーちゃん」
「おやすみ、タカく…ん!?」
触れるような軽いキスをしたら、彼女は真っ赤になって気を失ってしまった。抱き着いたり好きだと言ったりは耐性ができて問題なくなったけど、キス耐性はなかったようだ。そんな彼女を抱き枕にして僕も夢の世界に旅立った。
朝起きたらすぐ傍にひーちゃんの顔があって、とても幸せな目覚めになる。彼女を起こさないように布団から抜け出して、顔を洗って歯磨きを済ませる。僕は洗濯乾燥が済んだ衣服などをたたんでいく。彼女の下着を持つときに少し緊張してしまったけど、所詮は布だと言い聞かせて問題なく終わらせた。彼女自身じゃないと世界がブレるのはこういう時には助かるのだと実感できた。
朝食はシンプルにパンケーキとオムレツとヨーグルトでいいか。しっかりとメレンゲを立てたパンケーキの生地とオムレツ用の漉した卵液を用意して、あとは彼女が起きて来たら焼き始めたらいいだろう。
「お母さんおはよ~」
「まずは顔を洗ってこようか」
「うん」
少ししてひーちゃんが起きてくるけど、寝ぼけているのか目が開いていなかった。慣れない家で目を開けずに、しっかりとダイニングまで来られるのは流石だと感心してしまう。
オムレツとパンケーキを焼いていると、ばたばたと慌てた音が聞こえてくる。
「ひーちゃん、おはよう」
「た、タカくん。ど、どういう」
「落ち着いて」
次第に思い出したのか、ひーちゃんが静かになったので朝食の続きを作る。しっかりと油ならしをしているので、卵が引っ付くこともなく焦げ目のない綺麗なオムレツができあがる。
「朝は洋風にしたけど和風の方がよかったかな?」
「ど、どっちでもいいよ」
そう言ってから頭を抱えるひーちゃんが可愛い。これは自分の意見を言わずにどっちでもいいと言って、相手を困らせる奴だとか考えて自己嫌悪している流れだろう。
彼女は自分で主張をするのが苦手なので、選択肢を絞るかこっちで決めてしまうのが彼女と付き合うコツだと思う。別のフライパンで焼いていたパンケーキもしっかりと焼き目が付きつつふわふわに仕上がったので、冷蔵庫からヨーグルトも出して机に並べていく。
「朝ごはんを食べたら、一緒に近くを探索してみようか」
「うん」
美味しそうにご飯を食べてくれるひーちゃんを見ると幸せになれる。彼女のお世話をして幸せを感じられるとは永久機関にもなれそうだ。全部僕に任せるのは嫌がって、食器を洗うのは彼女がやってくれた。フライパンを洗剤で洗ってしまい、馴染ませた油が流れてしまったけど彼女のする事だし笑って流そう。
近くのスーパーなど生活用品を買う所は確認していたけど、しっかりとは調べてなく下北沢周辺を探索する。服屋や飲食店も多く、お洒落な街並みだ。
「こんな近くにライブハウスあるんだ」
「STARRY、スターリーか。チケット販売は十七時からみたいだから後で行ってみる?」
「…う、うん」
ひーちゃんは文化祭ライブでの出来事で、ライブそのものに少し苦手意識を持ってしまっていた。僕と二人で弾くのは問題なくても、人前で弾くのはまだきついのだろう。バンド活動や音楽自体は興味あるだろうし、とりあえず他のバンドの演奏を聴いてライブへの苦手意識を軽減できればいいのだが。
二人で軽く見て回った後お昼は飲食店で済ませて、十七時まで楽器を弾いてから僕らはスターリーに向かう。その雰囲気にひーちゃんが怖がってしまったけど、彼女の手を引いて受付に向かう。何故かバンド少女感を出すためにギグケースを背負っているけど、迷惑にならないかな。
「チケットはお持ちですか?」
「持っていないので当日券二枚ありますか?」
「大丈夫ですよ、ドリンクチケットはいかがですか?」
「そっちも二つお願いします」
受付にいた金髪をサイドポニーにした同じくらいの少女からチケットを受け取り、ひーちゃんの分も含めて四千円払う。ひーちゃんは初対面の人に恐れて僕の背に隠れていて、受付の少女に不思議そうな顔をされていた。
「彼女がギターを持ってきてしまったんですが、大丈夫ですか?」
「あ、問題ないですよ」
その言葉に安心して、引っ付き虫と化したひーちゃんを背負い、ドリンクを受け取ってからライブを見る。やはりオーディションなどに受かっているバンドばかりなので、学園祭の中学生バンドとはレベルが違うのだろう。プロではなく、けれどアマチュアでもないその演奏を聴いてひーちゃんは舞台をキラキラした目で見て、観客と一体になるような演奏を楽しんでいた。仮に同じ曲をやっていても、それぞれのバンド毎の特色があり、飽きさせずに最後まで楽しめるのだろう。こういう時に彼女とそれを共有できない事だけが残念だった。
「楽しかった?」
「うん」
「ちょっと待って!」
ライブハウスから彼女と帰ろうとしたら誰かに呼び止められて、振り返ると先ほどの受付の少女がいた。
「忘れ物でもありましたか?」
「いや、その…いきなりだけど今うちのバンドでギターとボーカルを募集してるんだけど、なかなか見つからなくてですね、年も近そうだし良ければ一回だけでも見に来てもらえたらなって」
チラリとひーちゃんを見ると、如何にもな陽キャな少女に目を合わせられずに視線を忙しなく動かしていた。先ほどのライブを見てバンドを組みたい欲と恐怖が合わさっている。
「あ、あたしは下北沢高校一年の伊地知虹夏。来週から二年生だよ!」
「…あっ、後藤ひとり…来週から秀華高校一年生」
目を合わせられずにボソボソと呟くけどしっかりと聞き取れたようで、伊地知さんはこちらを向いた。
「ちなみに君は?」
「僕は富士鷹志。同じく来週から秀華高校に通う予定」
「うそっ、年下!?…全然見えない」
落ち着いているからと実年齢より上に見られるのはよくある事だった。僕に矛先が向いたのをいいことにひーちゃんは僕の背中に隠れてしまったけど、回り込まれていた。
「それで、ひとりちゃん。どうかな?」
「…彼と一緒なら」
「ありがとう!何時なら来れそう?富士君も楽器やってるの?」
陽キャオーラにやられて、ひーちゃんは「あっうっ」とまともに返事ができていなかった。
彼女のサポートは慣れた物なので、ひーちゃんも一言二言だけど何とか会話に参加させつつまとめ上げる。
「二人ともまた明日ねー」
そう言って手を振る伊地知さんに僕とひーちゃん二人で振り返して別れ、明日の昼間からスターリーに楽器を持って集まることに決まったのだった。
原作通り高校1月後に虹夏ちゃんを時報にするか考えたけど、メンタルも環境も何もかも違うのに無理に原作通りにするのは違うかなって事で色々変えます。
チラッ【オリジナル展開】【過去改変】タグ←ヨシッ(現場猫)
あと主人公の状況は基本なんでもできる代わりに、マイルドにした沙耶の唄(検索注意)の主人公になってるなと思ってしまった。
ぼざろ小説なのにぼっちちゃん一家以外の原作キャラが4万文字近く出なかった不具合。