第一話「マシン・マジック・マイメモリー」
長い人生、誰もが一度は恋焦がれて止まない煌めきに出会う。
それは『憧れ』とも呼ばれる。子供も大人も老人も関係ない、人であるならばその目に焼き付けずにはいられない。
自分達を護ってくれる、大きな背中を。危機を前に誰よりも前に立ち、鮮烈に人を惹きつけるその姿に。
人は憧れを持たずにはいられない。
「もう大丈夫だよっ。安心して、私が傍にいるからっ」
「心配無用だ。ここからは私がついている」
フワフワの衣装にとびっきりの笑顔、とどめに舌を出してウインクするアイドル。
ゴツくて硬くて、レッドとブルーのツートンカラーで染めた超かっこいいロボット。
子供達の夢、大人達の憧憬、老人の懐古。それらを一心に受けて、光り輝く英雄的存在。
「ねぇ、私と一緒に来ないっ?」
「なぁ君、私の所に来ないか?」
たくさんの人の心に在る、英雄。
無辜の人々の営みを守り、心の標となる大ヒーロー。
「サイッコーに可愛くてっ!強くてっ!そんな女の子に──」
「誰かの為に泣き、笑い、怒れる。そんな男ならヒーローに──」
もし運命というものがあるのなら。
「「君なら、なれるッ!」」
それは、ここから始まったんだ。
第一話 「マシン・マジック・マイメモリー」
現代日本に突如として現れた敵性存在。
人々によって
ルーツ不明、存在理由不明。ただ人々の魂を喰らう為に存在する怪異達に、人類は脅かされていた。
そう、今現在も人類を襲い続けている。
「助けて、助けて助けて助けて助けてぇぇぇぇぇ……」
「来ないで、来ないでよォ!!嫌ァァァッ!!」
人々を襲っているのは、あまりに巨大な『蜘蛛』。
ビルの間に張り巡らされた、何で構成されているかも分からない蜘蛛の巣には、既に繭に閉じ込められた多くの
中では身じろぎをしているのか、揺れる繭そのものも恐怖をあおり続けている。
巨大蜘蛛は口からギヂヂと異音を立て、逃げ遅れた人々に近づいていく。
少しずつ少しずつ、赤い複眼と黒光する牙を見せびらかすように。
「うっ、おえっ、げぇ……」
「うぶっ、ぉぇ……!」
そして今、恐怖から嘔吐するまでに至った餌を見て、その魂を直接捕食可能になったと判断する。
───グジュリ
「ヒィィィッ!!」
口腔から垂れた消化液が、アスファルトで舗装された道路をいとも簡単に溶かす。
通常、蜘蛛は餌を噛まない。上顎に牙を持たない蜘蛛は、消化液を餌の体内に打ち込み、溶かして飲む。
人間のサイズを遥かに超える大蜘蛛から吐き出されるそれは、容易く人間を飲み物に変えるだろう。
「イ、イヤだっ!死にたくないっ!」
「助けて……嫌ぁ……ッ」
目の前の現実を否定する絶叫も、助けを乞う嘆きも、全ては等しく餌の鳴き声に過ぎない。
少なくとも目の前の
喰えばすぐ静かになる、と。
しかし脅威あるところに光あり。
人々の助けを求める声に応える存在が、この世界には存在する。
「てぇぇぇぇりゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「ッッッ!?」
ビルの上からだろうか。
一筋の青い流星の如く、蜘蛛の背にドズンッ!!と何かが突き刺さる。全身を覆う外殻、その背中に当たる箇所がビギッ、と音を立て罅割れる。
それを受けた
もがく蜘蛛の背中から、驚異的な脚力で飛び離れ、逃げ遅れた人々の前に立つ。
「もうっ!だいっじょーぶっ!!」
「
燃えるような赤髪をふわりとたなびかせ、笑顔を振りまく。
希望の星、闇を照らす光、光明。それらが人の形となって現れる。
「フ、フロンティアだっ!フロンティアの魔法少女が来てくれたんだっ!」
背を踏みつぶされ軋むような鳴き声を上げながらも、その戦意は衰えていない。
進撃の姿勢を整える為に、立ち上がろうと脚部に力を込める。
対して距離は離れていない。隙を見て飛び掛かれば食らいつくこちら側が有利、そう踏んだのだろう。
だからこそ、離れた場所から見つめる三つの赤い眼光に、気づくことはできなかった。
「針谷です。民間人の傍に近づけました。いつでも行けます。お二人はどうです?」
「木山。ポジション確保。対生物型
「大塚だ。二人の位置を確認した。蜘蛛の巣は俺が行くぜェ」
「彼女の攻撃行動の余波に気を付けてください。それでは各自、行動開始ッ!!」
「「行動開始ッ!!」」
濃紺のパワードスーツを身に纏った兵士が三人。
いずれも顔を頭部全体を装甲付きのヘルメットで覆っており、無線でやり取りをしているためその表情は伺えない。
だが配置につくまでの動きに一切の淀みがなく、極めて高い練度が見て取れる。
「蜘蛛は嫌い。さっさと始末する」
木山と名乗る彼女の赤いモノアイが、ビルの窓からギラリと光る。
そして、その手に構えた長身の銃からはドンドンドンッ!と次々に銃弾が放たれ、蜘蛛の足を粉砕する。
背を砕かれ、脚を潰された
その隙をついて二番を名乗った兵士が追い詰められていた人々に駆け寄る。
「さぁ皆さん!もう安心ですからね!
「あっ、あぁ!ありがとう!」
「マシナリーラインの兵隊だ!ああぁ、俺たちは助かるんだぁ!」
モノアイのランプを
声色からは若い男性を想像させるが、威圧感や強制力を感じさせない所作は現場慣れを感じさせる。
一人は足止め、もう一人が避難誘導をしている間に、大塚が蜘蛛の巣へと近づく。
「うげっ、ベタベタしやがるな」
張られている巣は粘着力もさることながら、その強靭さも無視できない。
生半可な刃物、ましてや素手で千切るなどということは無謀を通り越して不可能だ。
「確か蜘蛛の糸の主成分はタンパク質って聞いたことあるなァ。……うしっ、そんなら、コイツの出番ってワケだァ!」
兵士が背負っていたデカい武装の一つを起動する。例えるなら、否。それは真っ黒で、例えようも無く巨大なチェーンソー。
だが当然、ただのチェーンソーではない。それは起動した瞬間、莫大な熱量と耳をつんざくような爆音を吐き出す。
赤熱した回転刃、名づけるのならばヒートチェーンソーだ。
ギィィィィィィィン!!
「ゲェハーッハッハァァァァァァ!!」
奇妙な叫び声を上げながらも、手際よくビルの合間に張り巡らされた蜘蛛の巣を焼き切り続ける。
人が張り付けられた壁にも躊躇なく差し込み、また器用に人だけを避けて切り裂く。
あたり一面に肉の焦げたような不快な匂いが広がるが、助けを待つ人々にとってはそれは希望の狼煙にすら見えた。
あの蜘蛛を焼く、人間側の勢力がこの場にいるという知らせそのものだからだ。
「聞こえてっか囚われの皆さァん!」
「
糸の牢に捕らわれた人々にも、その力強い声は響く。
平時ならばチンピラの怒号にしか聞こえないが、この場におけるそれは意味合いが変わる。即ち『恐怖』を振り払う希望の兆しに他ならない。
その影響は離れて戦う魔法少女と
「それっ!それっ!!それぇっ!!!」
「──────ッ」
可愛らしい掛け声と衣装を身にまとった少女からから繰り出されるのは、雨のような投岩。
砕けたアスファルト、崩壊したビルの一角、潰された車。どういった原理か、魔法少女はそれらを引っ掴んでは投げて、時には直接叩きつける。
魔法かと言われれば首を傾げるしかないそんな光景だが、それらの重みを全く感じていないかの如く振る舞う、それはもう魔法に違いない。
苦し紛れに脚を振り回し瓦礫を飛ばすも、魔法少女は砕き、ときにいなして躱す。
脚を砕かれ、前にも進めず。接触することしか攻撃手段のない蜘蛛が徐々に追い詰められていく。
そんな光景を目の当たりにした人々から、『恐怖』の感情が薄れていく。
再度恐怖を周囲に振りまく為に示威行動をしようとするも、八本ある脚の内六本がもう動かない。
残る脚を振り回そうにも、この距離では
魔法少女はものの数分の間に蜘蛛の周囲を瓦礫で固め、さてと一息ついたところに民間人を誘導し終えた兵士、針谷が駆け寄る。
「民間人の避難は終えたよ。後は頼んでもいいかい?」
「ほんとっ!?オッケー!」
「援護は任せて。木山さん、大塚さん!」
「了解」
「すぐ行くゥ!!」
周囲の安全を確保したのを確認すると、少女はその拳をしっかりと固め猛然と蜘蛛へと駆け寄る。
両の拳をオレンジの煌めきで満たし、ひたすらに正面から殴る、殴る、殴る!
「それそれそれそれぇ!!」
ガガガガガッ!!と、おおよそ人間の拳からは出ない打撃音が周囲に響き渡る。
人によっては卒倒しかねないであろう蜘蛛の顔面をまっすぐに捉え、あるいは捻りを加えて何度も打ち抜く。
両手に込められた魔力が叩きつけられる度に大きく光を放つ。
それと同時に、蜘蛛の体から叩き込められた光が外へ滲み出すようにひび割れはじめる。
「これで、おしまいだよっ!」
構えた右手が一際大きく輝く。蜘蛛はこれを最優先で処理しなくてはならないと認識し、残った二本の脚を大きく振りかぶる。
だがそれも、振りかぶるだけに終わる。脚が伸びた瞬間、関節に弾丸が放たれ、脚の先端までがゴトリと地に落ちる。
もう一本の脚はいつの間にか蜘蛛の背後まで近づいていたヒートチェーンソー持ちの兵士によって、ギャリギャリと音を立て中央から両断される。
「せいっ……やぁぁぁぁぁっっ!!!」
全身全霊、全開の魔力と力を込めた拳。それを受け止めた蜘蛛は、バキンッ!!と音を立てて停止する。
瞬間ピタリと動きを止め、その体組織がボロボロと崩れ始める。その破片は生き物のそれではなく、まるで鉱石のように重い音を立てて地面に落ちていく。
さっきまで蜘蛛の体毛の色であった破片はみるみる内に色を失い、砕けた巨大な水晶塊へと変わっていく。
「……計器確認、反応消失しました!撃退完了です、皆さんお疲れさまでした」
「ぃやったぁっ!!お疲れさまでしたっ!!」
「ふぅ……お疲れ」
「お疲れさァん!」
針谷の報告を皮切りに、全員から歓声と安堵の声が漏れる。
現場には大量の蜘蛛の巣と、半壊した建物に道路、脅威の死骸と散々な有様だが、皆一様に安堵していた。
犠牲者0、それが彼らにとって何よりも優先されることだからだ。
安堵も束の間。部隊員同士で通信していた針谷は頭部全体を覆うヘルメットを外し、続けて近くにいた新藤と向き合う。
「改めまして、僕は
「私、
そこへ離れた場所にいた木山と大塚が二人の元へ駆け寄る。
二人ともヘルメットを外しており、素顔があらわになってる。
「
「同じく大塚だ。ありがとな、マナフロのォ!」
「新藤ですっ!ありがとうございましたっ!」
優男風な針谷、釣り目美人の木山、金髪モヒカンがクールな大塚。
いざヘルメットを外してみると随分個性が溢れる面子だが、そこは魔法少女、気にも留めない。
「おぉ、元気なお嬢ちゃんだ。さっきの戦いっぷり、見てて気持ちよかったぜェ!針谷ィ!撤収はどうなってる?」
「手配済みですよ。一先ず回収まで待機で。新藤さんはどうされます?」
「私はこれから急いで本部に戻らないとなのでっ」
新藤がトンっ、と軽く地面を蹴ると、これもまた不思議な力で宙に浮かぶ。
重力に真っ向から逆らって発生している現象だが、これもまた魔法の一種。
その場で青白い光が彼女自身に収束し、集い始める。
「ではお先に失礼しますっ!また一緒に戦うことがあればっ!」
「えぇ、その時はよろしくお願いします」
「ありがとね」
「またなァ!」
一際強く輝いた瞬間、空中にいた魔法少女の姿は掻き消える。
目の前で起きた現象に対し、隊員達に動揺はない。むしろさも当然のように受け入れている。
こういったことが彼らの日常だからだ。
「じゃ、僕らも軽く周辺片づけて待ちましょうか。死骸も回収しないといけませんし、少しでもスムーズになるように」
「「了解!」」
突如日本に現れた、人類の『恐怖心』を具現化し負の情動を喰らう存在『
恐怖そのものとなる
人を愛し、悪しきを挫く正義の乙女、突如異能力に目覚めた魔法少女。その集合組織である『
そして彼女らだけに戦わせまいと立ち上がり、共に戦線を構築する兵士育成機関『
彼らの戦いは、この星から脅威が消え去るまで終わらない。
戦うだけがマシナリーラインの仕事ではない。
整備班は装備のメンテナンスと更新。実働隊員は訓練と有事の為の待機。
会計班は財務の全て、工作班は被害地域の修復作業。どれだけやっても仕事は減らない。
しかし、彼らの地道活躍あってこそ人々の平穏は守られる。
たとえその代償が目元に根付く深い隈であっても、彼らは眠らない。
次回 第二話『マシナリーラインの整備的日常』