マシン・マジック・マイメモリー   作:飛び回る蜂

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第十話「愛別離苦の恐怖・前」

 

「───」

 

 

 ()()が知覚を持った時、初めて目にしたのは緑だった。

 生き物の気配もロクにない、寒村と呼ぶにふさわしい村。

 遠くに見えるのは時代にそぐわぬ、けれどどこか懐かしさすら覚える茅葺屋根の家。

 さらに遠く、山林の隙間に視界を移すと、忙しなく動き回る小動物達が見える。

 初夏は繁忙の季節。実る木の実を加えて走る獣も、それを狩る獣も、全てが自然の恵みを享受している。

 

 

「───……」

 

 

 ()()はあてどもなく動き始めた。

 歩くでもなく、駆けるでもなく、動く。

 視点の高さも、身体を通り抜ける爽やかな風も、どれも感想を抱くまでもなくすり抜ける。

 それは何も感じていない。ただ見ているだけ。

 知性も、思考も、感覚も、熱も、大地も、光も、何も。

 

 

「───」

 

 

 ()()はある建物の前で止まった。

 先ほど周囲を視界に映したとき、最も近くで生き物の気配を感じた家だ。

 ここに、自分の求めるものはある。知覚と思考能力が無い()()にとって、それだけが全てだ。

 付けっぱなしのテレビから流される雑音も意に介さず、ゆっくりと近づく。

 戸をすり抜け、壁をすり抜け、障子に傷一つ付けることなくすり抜け、目的の場所へと辿り着く。

 そこにいるのは編み物の最中、船を漕ぐ老婆が一人いるだけ。

 

 

「……?」

 

 

 ()()は酷く困惑した。これからは恐れという恐れが感じ取れない。

 もちろん生物として持ちうる恐怖というものはある。

 だが表層意識からは、全ての人間が持つありきたりな恐怖しか感じ取れない。

 これでは強くなれない。力を得られない。

 

 

「───……」

 

 

 他を、否。これ以外に周囲には人間は感じられない。

 遠くまで移動すればそれだけ自己は失われる。それは困る。

 仕方ない、もとよりそのつもりだったが、記憶の深くまで───

 

 

「───ッ!?」

 

 

 バヂリ、自我が生まれて初めての感覚に戸惑う。

 これは望んでいない。自身の変化を予測出来ない。

 ()()が事態を把握するより早く、輪郭は生まれた。

 知性を持ち、思考を行う、感覚を得る、熱を持つ、大地を識る、光を視る。

 煩わしい、煩わしいが、無視可能と判断する。

 不快感はあるが、目的達成に大きな支障とはならない。引き続き記憶を参照する。

 

 

「……」

 

 

 ()()はふと気になった。

 どうしてこの生き物は胴体から4つの触腕と、頭部という形状なのか。

 4つの触腕の先から分かれる5つのこれはなんなのか。

 なぜこの個体の表皮は、記憶の人間と違い乾いているのか。

 この個体の触腕が掴んでいる物は何か。

 先程から雑音を放つあの箱は何か。

 木枠の外に見える、視界に入れるのを拒みたくなる光球はなにか。

 

 知りたい。

 自我が生まれて初めて得た名も知らない何か(知識欲)が、()()を突き動かす。

 ()()は知る為に、更に記憶へと手を伸ばす。

 

 

「───」

 

 

 少しずつ、()()の輪郭が固まる。

 その記憶の中に現れる数が最も多い人間を参照し、その姿に近づいていく。

 そして記憶の深層を読み取り、その個体の恐怖心を読み取った頃。

 

 眠っていた老婆が、目を覚ます。

 

 

 

 

「……けいちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう思う?針谷」

 

「……正直に言えば、信じ難いです」

 

 

 魔装戦線第七会議室、通称『小部屋』。その中心に机があるだけで、その他に一切装飾は存在しない。

 それもそのはず。スペースと快適さを犠牲に機密性を限界まで高められ、あらゆる傍聴を不可能にするのがこの部屋だ。

 内外問わず電波は飛ばず、音が漏れることも無く、熱源探知に魔力走査による調査もできない。

 熟達の魔法少女すらこの部屋の中には直接転移できない。

 現代における技術の粋を集めて作られた鋼鉄の箱、それが『小部屋』。

 地下スペースに作られたこの部屋では、絶対に公にしてはならない相談が行われる。

 今針谷と剣埼がしている密談もその一つ。

 

 

「人型の脅威(メナス)。遂に、とは言いません。が、しかし……」

 

「そうだ。これが公になれば、世界は混乱と疑心暗鬼に陥る。そうなればこの国は脅威(メナス)の餌場だ、放置できん」

 

 

 机を挟んだ二人の真ん中に置かれているのは一枚の衛星写真。

 ドが付くほどの田舎のその中心、その人口密度は1平方km当たり10人にも満たない。

 商業施設もほとんどなく、山と畑と家があるだけの寒村。

 そこをピンポイントで抽出した写真に写っているのは、一人の老婆と黒い髪の少女の姿。

 だが見る人が見れば、その写真の違和感に気付くだろう。

 

 

「影がありません。おそらく実体そのものは存在しないのかと」

 

「ガワだけ真似してるのか。器用なことだ、このオーブはなんだ?」

 

「おそらく衛星がデータを収集した際、脅威(メナス)個体周辺の魔力に反応したのかと」

 

 

 まず一点、写真映りそのものに魔力が干渉している点。

 現在日本が所有している衛星には地表への魔力走査機能が付随している。これは衛星から極微量の魔力を他の可視光線や赤外線同様に発し地上に照射、その反響を収集する仕組みとなっている。

 これにより魔力を介さない通常の衛星写真を遥かに凌駕する、極めて精細な地表の写真を入手することが出来る。

 が、脅威(メナス)はその実態が魔力の塊そのものである為魔力走査式に干渉してしまい、人工衛星による正確な写真は入手できない。

 提示された写真も脅威(メナス)個体周辺にはノイズが走っており、細かな部分は画像補完に頼っている状態だ。

 

 

「衛星写真って、地上2万キロ上空から撮影しているんですよね?」

 

「そうだ。我が社の技術力を詰め込んで作られた人工衛星だ。やろうと思えば地上のアリの巣だって見えるぞ」

 

「一体どんな知覚を持っていたら、人工衛星と目が合うんでしょうね」

 

「知らん。考えたくもない」

 

 

 もう一点、写真に写る少女が明らかにこちらを見ている。

 魔力走査による干渉を察知したのか、あるいは人工衛星のある上空2万キロを直接見ているのかは定かではない。

 だが間違いなく写真の中の脅威(メナス)は、こちらを認識している。

 

 

「だが何よりわけが分からんのは……こっちだな」

 

 

 そう言ってもう一枚の写真を提示する。

 こちらは魔力を介さない通常のカメラによる撮影。

 対象の脅威(メナス)は明らかに人のそれではない視力を持つ、その上で撮れた奇跡の一枚。

 それは傍目に見れば一人の老婆と孫程の少女(表情は限りなく薄い)が仲睦まじく畑傍のあぜ道でリアカーを押す姿でしかない。

 

 

「はい。なぜこの方は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脅威(メナス)が隣にいるのに、笑顔なのでしょうか」

 

 

 彼女の名は『大窪 キヨ』。

 村に住み始めたて既に40年以上経つ御年76歳の、正にご老人といった風貌だ。

 息子夫婦とは別居、その夫婦は現在マナ・フロンティア在住とのことだ。

 ここまではいい、ごく一般的なプロフィールからは何も外れない。

 

 問題はその隣に立つ、無機質な顔の少女。

 見たところ15には届かない程度の年齢に見える。

 その外見を形作るのは漆のように黒い髪、血のように赤い目、白磁のような肌の色。

 等身大ドールと言っても通用しそうなどこか現実離れした外見はさておき、その存在が脅威(メナス)である裏付けはいくつもされている。

 

 

脅威(メナス)反応事態はかなり小規模。恐らくほとんどのタイプM型にも劣る魔力量と見ている」

 

「それはそうでしょうね。見たところ恐怖心を煽っているわけでもなく、ただ近くにいるだけという風に見えます」

 

「人間の知覚に干渉して認識を阻害している、と見るのが妥当か?」

 

「おそらくは」

 

 

 未だ予測の域を全く出ない中、最悪を想定し備える。

 この2人とて、この脅威(メナス)が人類に敵対しないのではないかという希望的観測が無いわけではない。

 だが、それを口にはしない。口にしてはならない。

 どれほど思っていたとしても、口にしてはならないこともある。

 

 

「針谷。これを始末しろと命じたら、できるか?」

 

「……大塚さんと木山さんは難色を示すでしょう。見た目が子供の脅威(メナス)、撃てる人間はそういません」

 

「お前は?その口ぶりだと撃てると言っているように聞こえるが」

 

「撃ちたくはありません。ですが、命令ならば。お二方もいれば確実と思いますが、付き合わせるわけにはいきません」

 

 

 それを聞いた剣埼の眼に、微かに哀愁の色が映る。

 そう答えてしまう、そう答えてしまえる針谷に、あまり背負わせたくはなかった。

 脅威(メナス)に対して無感情になれる男でもあり、同時に誰よりも人を想う針谷だけは、この任務に付けたくなかった。

 だが、現状動かせる人間の中で針谷以上の適任がいない。悠という家族を迎えたことを加味しても、これ以上の適任がいない。

 この脅威(メナス)はごく小規模、かつ被害も出ていない。攻めた発言が許されるならば、人間と共存している可能性すらあるのがこの小さな脅威(メナス)

 しかし、この存在は誰にも知られず、何も無かったかのように処理されなくてはならない。

 

 なぜなら『脅威(メナス)』とは、人類の敵であるから。

 

 

「魔装戦線代表取締役として命令する」

 

「はっ」

 

「お前には単独で、呼称『村の脅威(メナス)』の撃滅を命じる。装備を整え、確実に事を成せ。細かな判断はお前に任せる。なお、これは機密任務として取り扱う」

 

「機密任務、了解しました」

 

脅威(メナス)自体は脆弱だが、精神に感応する能力があるかもしれん。対策はしていけ。アフターケアはこちらで受け持つから気にするな」

 

 

 これは代々社長のみが知ることであるが、人型脅威(メナス)存在の発見はこれが初めてではない。

 一時代につき一度、あるかないか。その度にこのような忌避されるべき任務は行われている。

 当代社長はその責任により、その時最も信頼できる部下を一人選任し、その脅威(メナス)の討伐に当てる。

 この事案はML社における機密中の機密。口外などもっての外、ここで閲覧した資料も事が終われば全て焼却処分される。

 万が一漏れれば、その事柄を知る人間全てが口封じされる案件である。

 

 ようやく悠の手続きを終え、リハビリも懸命にこなし、万全の状態で復帰した針谷の最初の任務。

 それがこのような、よりによって人型脅威(メナス)の討伐であることに、剣埼は泥濘とした思いだった。

 家族を得た針谷が、人間と家族のように暮らす脅威(メナス)を討たねばならない。

 なんと胸糞悪いことか。

 

 

「……すまない」

 

「これが僕達の仕事です。やり遂げて見せます」

 

 

 針谷は困り顔で優しく微笑むが、剣埼の表情は変わらず苦悩に満ちている。

 剣埼が謝ったのは、その酷な任務に当てることだけではない。

 

 

「本任務は1週間後の明朝6時より開始。任務当日は休日として振る舞え。それと装備申請は私に直接行え、課を通すな。以上だ」

 

「了解しました。失礼いたします」

 

 

 踵を返し退室する針谷を、剣埼は黙って見送る。

 本任務はそもそも、作戦中の危険性はほぼ発生しないと予測されている。

 『村の脅威(メナス)』の戦力評価としては、針谷の実力があれば単独で撃滅は達成可能だろう。

 その程度でしかない、だが問題はそこではない。

 剣埼はデータバンク、それも機密まで持ち出してそのデータを必死に浚い出す。

 

 

「……クソッ、ご丁寧に過去の対応データを処分しおって。そんなにこれが恐ろしいか」

 

 

 その手から、隠し持っていた書類が散らばる。

 針谷のプロフィールを纏めたもの、そして先代社長から引き継いだ重要書類の束。

 その一枚がするりと抜け落ちる。

 

 

「私は、認めんぞ。何としてでもひっくり返してやる。第一、針谷はその程度の男ではない」

 

 

 剣埼が前社長から引き継いだ書類に記載された最後の一文。

 それはこの任務が発生した際における、社員の末路。

 そこに刻まれたたった一文の文章が剣埼を焦らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな下らんジンクスで、社員を死なせるものか……ッ」

 

 

 人型脅威(メナス)の影響下に入った人間は、例外なく自殺する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少々急ですが私的な用事で今度お休みを頂くこととなりました。当日訓練のローテは組んでありますので、それに従ってください」

 

「え、えらく急だなオイ。別にいいけどよォ」

 

 

 先の話し合いから、急ぎ身支度を整えて待機所に顔を出した針谷は、いの一番に部隊に情報の伝達を行う。

 疑われない為、当日のカバーストーリーは用意してある。後は自分がいない日の穴埋めだけだ。

 

 

「すみません。何分急に実家に呼ばれてしまいまして」

 

「あぁ、隊長の実家って……」

 

「なまじ重役だっただけに、今も色々とコキ使われてまして……ははは……」

 

 

 今も存命の針谷の祖父は、務めていたころはML社でも上層部におり、その名残で時折呼び出される。

 そのことに疑問を持つ者はおらず、聞いている者も(あぁ、気の毒に……)という顔をするばかりだ。

 木山も大塚も、当然疑問を持たない。針谷は、表情を隠すことが上手かった。

 

 

「分かった。当日は上手く回す。ああそうだ、新兵育成の教導依頼はどうする?」

 

「手が回らないというのが正直なところです。そもそもウチから出したら反発を買うと思うんですが……」

 

「伊崎が断ったからお鉢が回ってきたのよ」

 

「聞こえてるぞ。仕方ないだろう、最近まで針谷隊の警戒業務を割り振っていたんだ。少し休ませろ」

 

 

 木山の愚痴は近くで脅威(メナス)撃退報告書を眺める伊崎の耳に届いてしまい、しかめっ面で返されてしまう。

 針谷のいないおよそ10日間、ローテーションの一部見直しがあり、その余波を伊崎はモロに食らってしまっていた。

 特に『虐待の脅威(メナス)』以降、代理指揮を務めていた伊崎の負担は大きく、普段弱みを見せない伊崎の顔に疲労が出始めている。

 

 

「お前達はマナフロ関係で評判は悪いが、被害地域での行動力はピカイチだからな。確かこの時期は災害救助訓練だろう?検討してみてはどうだ」

 

「でもよ、あいつら俺らが来ると露骨にガッカリすんだぜ?俺らが鼻つまみモンだって知ってからよ」

 

「新入社員の方々全般に言えますが、最近は特にアンチマナフロの傾向が強いですね。なぜでしょうか」

 

「さぁな。だがそういう奴らに避難誘導や救助訓練を叩き込まねば、質は下がる一方だ」

 

「補給課も言ってたわ、武器防具装備申請ばっかり届くって。大変よねぇ、戦いたがりのバカばっかで」

 

 

 わいのわいのと話している間も、針谷は時折考え続ていた。

 今回与えられた任務が異質なものであることは、針谷自身気づいていた。

 脅威(メナス)の単独討伐、それ自体はいい。前例はある。

 人型脅威(メナス)であること。これは問題だが、だが最終的に誰かがやらなくてはならない。

 

 問題なのは、この脅威(メナス)の討伐後の被害者ケアだ。

 見たところあの脅威(メナス)は、理由は不明だが人間と暮らしを共にしている。

 それこそ家族のように。これから自分は、その家族を引き裂かなくてはならない。

 僕は人々を守るために戦っているんだよな?じゃあこれからすることはなんだ?

 悠君に合わせる顔が───

 

 

(───考えない、考えない、考えない)

 

 

 いつものように、三度唱えて思考を振り払い、あえて考えない。

 考えれば手が鈍る。手が鈍れば撃ち損なう。撃ち損なえば、次は無いかもしれない。

 その脅威(メナス)によって、次に誰かが泣くかもしれない。なら、仕留められるタイミングを見逃してはならない。

 考えれば、それより先は自分が自分でいられなくなるような時。

 自分の思考を縛る呪いのようなお呪いを、針谷は時折使う。

 だがそれを知っている者もいる。

 

 

「隊長」

 

「っ!はい、なんでしょうか?」

 

 

 大塚と木山はじっと黙る針谷を見て話を切り上げ、伊崎もそれに倣う。

 針谷自身は気づいていなかったが、同部隊の2人は気づいていた。 

 隊長がこういう顔をするとき、何かを背負い込もうとしている時だと。

 

 

「……あんま無理すんなよ」

 

「心配無用ですよ。僕は皆さんの隊長ですから。健康管理はバッチリです」

 

 

 違う、そういうことを言っているんじゃない。

 そう言いたい気持ちを2人はぐっと堪えて、溜息にして吐き出す。

 

 

「いい?隊長。くれぐれも無茶はしないようにね。私も大塚も、隊長はあなただって決めてるんだから」

 

「それは……はい、ありがとうございます」

 

「なんだ、これから死にに行くわけでもないだろうに」

 

 

 伊崎は突っ込みのつもりでそう言ったが、針谷はそれを良い方向に受けとめた。

 すなわち、死ぬつもり等ないだろう?と。

 

 

「───はい、問題ありません」

 

 

 針谷の心は常に、脅威(メナス)との戦いの為にあるのだから。

 

 

 

 

 




 別れは来る。それは誰にも、何にでも訪れる。

 だからこそ、願わずにはいられない。

 もう一度。もう一度だけ。





 もう一度だけ、と


 次回 第十一話「愛別離苦の恐怖・後」
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