マシン・マジック・マイメモリー   作:飛び回る蜂

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第十一話「愛別離苦の恐怖・後」

 茹だるような暑さの中、針谷の家の前に一人の子供が立っていた。

 フロンティアスクール指定の制服を身に纏い、手で顔を仰ぎながら手元の端末をしきりに確認し、間違いなく針谷の住所であることを確認している。

 

 

「ここ……で合ってますよね」

 

 

 ごく一般的なアパートの一室。飾り気もなく、洒落も素っ気もない質素な家屋。

 少年、笹島悠はそこの部屋番号と教えられた番号を重ね、インターホンを鳴らす。

 反応がないとみると、懐から鍵を取り出す。

 

 

「今日はお休みって聞きましたし、たまにはこっちから行ってビックリさせるんです!」

 

 

 後見人になってからというもの針谷は休みの日、本当に欠かさず毎日会いに来てくれた。

 出会う度に、困りごとはないか、必要なものはないか、してほしいことは?と訪ねてくれる。

 週に二回ほどしか会えなくても、悠にとっては十分なほどに自分を気にかけてくれていた。

 欲を言えば一人寝が少し寂しいと思ったが、寮生活では誰もが思っていることだろうと口を噤んでいる。

 

 そんな針谷が、今日は休暇を貰ったと学園長から聞いた。

 どうして対立企業の、それも一社員の個人的な休暇を学園長が知っているんだろう……なんて、聞いても曖昧に笑って濁すだけだろう。

 学園長の情報収集能力に一抹の恐れを抱きつつ、鍵をノブの差し込み回す。

 合鍵は元々針谷から預かっている物だ。いつでも遊びに来ていいとも言われている。

 なんにも問題ない。もし寝てたらちょっとビックリさせてしまうかもしれないけど。

 

 ノブを回せば、何の抵抗もなく回る。

 あの時は針谷がノブを回す側だった。今は逆。

 それがなんだか、悠にとっては嬉しかった。

 

 

「お邪魔します」

 

 

 靴を揃えてから室内へと向かう。

 男性の一人暮らしらしい、質素なワンルームの部屋。

 机とベッド、テレビにクローゼット。

 最近は悠の為にと座椅子を買い、少しだけ物が増えた。

 テレビ台の下にはゲームもある。元々持っていたものもあれば、悠とする為に新しく買ったものもある。

 ベッドの上に誰もいないのを見るに、外出中だと分かる。

 朝の6時半、来るにはちょっと、いやかなり早すぎたと思うが、会えると思うといてもたってもいられなかった。

 だというのに、仕事でないにも関わらず早朝から針谷はいない。

 疑問に思いキョロキョロと部屋を眺めていると、机の上に封筒が置いてあるのを見つける。

 

 

「……針谷さんっ」

 

 

 それを見た悠は、気づけば部屋を飛び出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れた山道の、ロクに舗装もされていない道路を、一人の人間が歩いている。

 鍛え上げられたその肢体を万全に動かし、Yシャツの下に隠れた筋肉を躍動させ、少しずつ目的地へと歩を進める。

 

 

(暑い……ムシムシする……明け方だって言うのに……)

 

 

 照りつける日差しに汗が滲み、脳が不快だと信号を発し続ける。

 この辺りは前日に雨が降ったのだろうか、泥濘と湿度で息をするのも苦しい。

 近くまで車で来たはいいものの、そのままエンジン音を撒き散らしながら脅威(メナス)に接近するわけにもいかず、途中からは徒歩移動で向かっている。

 動きやすいようにと普段着の半袖シャツに紺のスラックス、通気性のいいスニーカーを履いてきたがそれでも暑いのは変わらない。

 装備を纏めて叩き込んであるキャリーケースもそれを助長させている。

 総重量15キロもあるそれを、魔導アシストを採用した専用のケースに入れて持ち運ぶそれは、旅行用キャリーケースと遜色ない大きさにも拘らず、見た目以上に軽い。

 魔導アシスト機構は魔力に指向性を持たせ、重力に反発するような調整がされており、これにより持ち主の負担を大幅に軽減する。

 だが平時ならともかく、湿度の高さや照り付ける日差しの不快感も相まって、かなりしんどい。

 

 

脅威(メナス)であれど、人の形。人の形を取った、脅威(メナス)。どちらが正確なのか……考えるだけ無駄か)

 

 

 既に仕事の思考へと切り替え、ひたすらに暑い以外の事を考えながら山道を歩く。

 こんな時の考え事など、大して意味を持たず、場合によっては悪影響にすらなりかねない。

 だが、劣悪な環境下でポジティブな考えは浮かばず、結局堂々巡りの疑問を自分の中に巡らせることしかできなかった。

 

 

(データベースから意図的に削除された過去の人型脅威(メナス)の情報。人型脅威(メナス)討伐には何度か成功しているが、何か会社にとって不都合があったと見るべきだ)

 

(一番可能性が高いのは……作戦参加者は鉄砲玉として全員死亡、あるいは行方不明になった、とか?)

 

(消された、は無いと見るべきだ。実際に撃退する者、それを口封じする者、その口裏合わせ。人型脅威(メナス)を知る人間が増えすぎる、これでは本末転倒だ)

 

(……社長が、僕なら出来ると期待して任せてくれたのなら、嬉しい話なんだけど。そんな都合のいい話なわけがない、何が起きるっていうんだ)

 

 

 黙々と歩きながら、延々と思考を続ける。

 身体のコンディションは悪くない。気温も湿度もキツいが、魔装を着ればそれもほぼ無くなる。

 もう少しの辛抱だと自分を鼓舞し、目的の座標へと歩き続ける。

 

 

(このことは墓まで持っていく。僕も知らず、隊の皆さんも知らず、悠君が知ることもない。それでいい)

 

(万が一の備えもしてきた。今誰かに部屋に入られたらマズいけど、問題ない。任務が終わったら片づければいい)

 

 

 元々私物の少ない部屋だ、散らかっているというわけでもない。

 もし自分に何か会ったときの備えもしてある。いざとなれば剣埼社長が手を回してくれるだろう。

 そう信じ、疑わないことで思考リソースを他に回す。考えてもらちが明かないなら、開けなくていい。

 全て終わってから考えればいいことだ。

 

 

「やっと、着いた……」

 

 

 雨の降った後のぐちゃぐちゃの地面、湿度による蒸し焼きじみた暑さ、重い装備。

 それら全てを乗り越えて到着したポイントは、脅威(メナス)の存在する村を展一望できる最寄りの山の中腹。

 出現地点までおよそ5キロ。装備をフル稼働させればものの数分で詰められる距離だ。

 思考を戦場のそれに切り替え、速やかに準備を開始する。

 魔力走査を感知する視覚があるなら、魔装に標準搭載したセンサーも感づかれると予想を立て、懐から双眼鏡を取り出す。

 一切の魔力要素を含まない、純正の物だ。光の反射にだけ気を付けて覗き込む。

 

 

(……っ!目標確認。驚いた、本当にいるとは)

 

 

 確認された『大窪キヨ』の自宅周辺から、と思いその周囲を見れば、拍子抜けしてしまう程にあっさり見つかる。

 縁側に脅威(メナス)単体で腰掛け、気温も湿度もまるで意に介さず外を眺める横顔が双眼鏡に移る。

 少しして、家の中から腰を曲げた老婆が現れ、その隣に煎餅菓子のようなものを置く。

 それに目を合わせ、何かを呟き軽く礼をし、大窪キヨが笑顔でそれの頭を撫でる。

 脅威(メナス)は、されるがままだ。

 

 まるで都会から田舎に遊びに来た無垢な少女のように佇むそれが、酷く針谷の機嫌を悪くした。

 醜い嫉妬心だと自覚しながらも、針谷は己の胸中から黒い靄のような感情が噴き出すのを抑えられなかった。

 

 

(───僕から家族を奪った存在が、あんな顔をするのか)

 

 

 平時なら冷静な思考が、脅威(メナス)を目前にして掻き乱される。

 悠への申し訳なさも、脅威(メナス)を粛々と処理するべきという考えも今は無く、ただただ脅威(メナス)という存在への攻撃性だけが高まる。

 ケースを開き、全ての装備を取り出す。泥が付かないよう、慎重に。

 取り出し終えれば次は装着。普段よりも手間取るそれに針谷は戸惑いを隠せない。

 

 針谷は生まれてからずっと、誰かに対して怒ることがほとんど無かった。

 怒る程のことが身の回りで起きず、感情の発露を我慢してしまう針谷には、今自分が抱えている感情が怒りであることすら理解できていない。

 

 

「……06:00。作戦を開始します」

 

 

 ヘルメットが頭部を覆うと同時に、腰に差した結晶の直刀をいつでも抜けるように備える。

 魔装を起動させると同時に、機能の一つである身体の調整機能によりまとわりついていた不快感が急速に解消される。

 思考はよりクリアになり、いかに効率的に、速やかに脅威(メナス)を処分することが出来るかを追求する。

 

 

(全速力で接近、処分する)

 

 

 脅威(メナス)自体が大した魔力を持ち合わせていない以上、全速力なら最低限の迎撃で済む。

 これ以上の接近は脅威(メナス)からの目視による発見、その結果逃走などされたら対応に時間がかかる。

 接近、接敵、討伐。これ以上なくシンプルだ。

 

 身体を傾け、グッと地面を踏み込み、そのまま最大出力で地面を蹴りだす。

 周囲の動植物をまるで意に介さず、ザザザと音を立てて高速で村へと向かう。

 視界内のセンサーがアラートで脅威(メナス)存在を捉え、緊張が走る。

 

 

(……?)

 

 

 しかし、予期していたような攻撃は一切飛んでこない。

 それどころか、センサーによれば脅威(メナス)は一切移動していない。

 センサーが正しければ、今もあの家の縁側でじっと座っているだけだ。

 

 

(無抵抗?バカな、そんなの都合がよすぎる。だが好機を逃す理由もないッ!)

 

 

 誰もいない山村を正面から突っ切り、全速力で駆け抜ける。

 今が好機と考える脳と対象までの距離に比例して、原因不明の嫌な予感は増大する。

 普段の針谷なら、可能な限り思考に思考を重ね、最終的な結論を出す筈だ。

 しかし、先程の光景が、脅威(メナス)の横顔が針谷の脳裏から離れず、武器である冷静さを奪っていた。

 

 何の抵抗もなく、やがて大窪邸の前まで辿り着く。

 その事に疑問を抱きながらも、しかしそのことを論理的に思考する回路が働かない。

 どんな理由があっても、あの脅威(メナス)を討つことに変わりはない。

 だが、針谷の予想に反して脅威(メナス)は。

 

 

「ッ!?」

 

「───」

 

 

 自ら針谷の前に姿を現した。

 民間人の邸宅内ならばある程度の時間稼ぎもできただろうに、それをすることもなく。

 ただ悠然と、目の前で何もせず立っている。

 ただただその血のように赤い目で、針谷を見ている。

 

 

「……お前達は、何も思考していない。論理的な行動はしても、そこに人間的な思考は存在しない」

 

「───」

 

「なら、斬ることに躊躇いは無い……っ!」

 

 

 腰に差した、透き通るような魔力結晶製の直刀を抜き放ち、間合いに入れば斬れるよう両手で構える。

 深く構えて突き刺す姿勢ではないのは、脅威(メナス)の急所が人間と同一とは限らず、突き刺したところを反撃されるのを防ぐためだ。

 じりじりと近づく針谷に対し、脅威(メナス)はその場から一歩も動くことなく、じぃっと針谷の眼を見続けている。

 一筋の汗が流れるのと同時に、針谷の危険意識は頂点まで上り詰めていた。

 

 これを斬れば取り返しのつかないことになる!絶対に踏み込むな!

 

 無意識が警鐘を掻き鳴らし、冷や汗が噴き出る。

 呼吸は荒くなり、人と同じ形をしたそれを斬ることの危険性を嫌でも理解できてしまう。

 これを斬れば、今までの自分と同じとはいられない。

 だがそれでも。それでも進んでしまえるのが針谷という人間だった。

 

 

(放置すれば、これを起点に人々が疑心暗鬼で満ちた世界になる)

 

(この瞬間だけでいい。何も考えるな。何も感じるな)

 

心を、殺せ───ッ!

 

 

 無機質な視線を真っ向から貫くように、敵意を剥き出しにして睨みつける。

 だがどれほど感情的になったとしても、脅威(メナス)は一切の行動を見せない。

 それがかえって不気味に映る。だがこのままなら、何事もなく斬れる。

 

 踏み込みの勢いを乗せ、そのまま袈裟斬り狙い。

 その一歩目を踏み込んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───けいちゃんっ!危ないっ!」

 

 

 家屋の中から聞こえた『大窪キヨ』と思われるその声に、一瞬躊躇してしまう。

 決意を固めて握ったはずの刃が鈍る。視線が脅威(メナス)ではなくその後ろに向く。

 物音を聞きつけて慌てて出てきたのだろう、額に汗を走らせた老婆が自分達を見ている。

 『けいちゃん』とは誰のことを指すのか。恐らくこの脅威(メナス)個体のことだろうが、愛称か?あれは脅威(メナス)なのに?

 そのように思考と視線を途切れさせてしまったからか、針谷は気づかなかった。

 

 脅威(メナス)の手が、近づいた針谷の頭に触れる。

 

 

「───」

 

 

 バヂッ

 

 高圧の電気が走った時のような、そんな音が自分の額から聞こえる。

 針谷の意識はそれを境に、暗闇へと沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見知らぬ天井、見知らぬ壁、見知らぬ窓とカーテン。

 それらが目に映るということは、自分があおむけに倒れているのだと針谷は理解した。

 同時に、見知らぬと判断したそれらも、思い返せばよく見たことのあるものだと思いあたる。

 それらを見た途端、今自分が置かれている状況に思い当たり、冷や汗が噴き出る。

 

 

「……まさか、そんな」

 

 

 教科書が置き去りの学習机、遊ぶ日にマークの付いたカレンダー、布団が散らかったままのベッド。

 机の横にかけられたランドセル、読み返し過ぎて開きっぱなしの漫画、消しゴムのカスが捨てられた小さなゴミ箱。

 それらが視界に入れば入る程、針谷の顔色が抜け、どんどんと青白くなっていく。

 

 

「僕の、部屋、なのか……?」

 

 

 そこは針谷が幼かった頃住んでいた家だった。

 両親が健在で、何不自由なく暮らしていたあの頃のままの、自分だけの宝物が詰まった部屋だ。

 自分の服装、装備、身体に異常が無いというのが、益々異常性を際立てている。

 

 ふらつく足を無理やり動かし、立ち上がる。

 吐き気がする、頭痛も。めまいもする。呼吸が出来ない。

 さっきまであれほどまでに鋭く尖らせた感覚が、狂って何一つとして働かない。

 それでも壁伝いに、必死に歩を進める。

 確認しなくてはならない。ここが、本当にもしそうなら。

 かつて喜び勇んで開け、外へと駆け出して行った筈のドアが、今はとても恐ろしい。

 

 

「ハァッ、ハッ……!」

 

 

 無意識の警鐘は未だ鳴りやまない。

 激しい動機が止まらない。呼吸が定まらない。

 このドアを開けるしか道は無く、だが通ればその先には。

 怖い。自分が今一番見たくないものがその先にあるのだと確信する。

 

 ゆっくりと、扉を開き、廊下に出る。

 扉を出て左、ほんの数歩歩けばそこはリビングだ。覚えている、忘れるわけがない。

 手が震える。足がまともに動かない。

 

 だが、ML社所属の針谷大和としての思考が、どちらにせよ進まなければ活路は無いと檄を飛ばす。

 今まで自分が培ってきた思考、論理で心を押さえつけ、無理やり進む。

 ほんの数歩、針谷にとって人生で一番長い数歩を歩き終え、扉に手をかける。

 中から聞こえる聞いたことのある話し声が、心を抉り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 何かを守るためには強くなるしかないと理解したあの日から泣くのはやめた。

 誰かが傷ついていれば、できる限り手を伸ばしてきた。

 もし今の自分を、両親が見てくれたら褒めてくれるだろうか。

 そう思った日は、一度や二度ではない。

 

 

「おはよう、大和」

 

 

 どうして自分を置いて行ってしまったのか。

 見も知らぬ人を守るより、自分の所に帰ってきてほしかった。

 そう思う度に心に蓋をしてきた。

 

 

「どう、して」

 

「おはよう。おっ、もう支度が済んでるのか」

 

「やる気十分ね!」

 

 

 だが、これはあんまりじゃないか。

 父と母が笑顔で、制服姿の自分を迎えてくれるなんて。

 そんなことあるわけがないじゃないか。

 

 

「……ぁぁ」

 

ああああああああぁぁぁぁぁ!!!!

 

 

 幼い頃から止まっていた針谷の精神を、今の精神が拒否する。

 針谷には耐えられなかった。

 感情を抑え、自己を抑え、ただ人の為に尽くしてきた針谷にとって、今は亡き両親の笑顔あまりに苦しかった。

 針谷の慟哭と嗚咽が、止まることはなかった。

 

 





思い出は心の宝物。

長い年月が経てども朽ちない、大切なもの。

人によって変わるそれを、『それ』はそうと学んだ。

ならば、自分もそうなりたい。

次回 最終話「最終記憶」

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