マシン・マジック・マイメモリー   作:飛び回る蜂

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第十四話「その身に宿るモノ」

 

 

「そういうことだから、これからお前は3日間フロンティア研究班預かりだ」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近、本社への出社回数よりもマナフロに来ることの方が多いんじゃないだろうか。

 そんな理不尽を針谷は、電車に揺られながら噛み締めていた。急な出張、部署のたらい回し、社会人の辛い所だ。

 これから行われる三日間の身体検査、人間ドックよりも遥かに気は進まないが命令ならば受けるしかない。

 憂鬱な月曜日の朝に拍車がかかる。もっとも、それも迎えの二人が来るまでだった。

 

 

「おっはよーございまーすっ!」

 

「おはようございます、針谷さん」

 

「おはようございます。新藤さん、悠さん」

 

 

 フロンティア駅の改札前で手を振る二人に、小走りで駆け寄る。

 二人は制服、一人はスーツだが、全員が半袖のシャツに袖を通している。

 既に季節は夏を過ぎようとしているが、まだまだ残暑は厳しい。

 

 

「えへへー、なんか懐かしいですね」

 

「ええ、早いもので。気づけばあれからもう半年近く経っているんですか……はは……」

 

 

 以前にもこんなことがあったな、そんなことを考えていたのが表情に出てしまっていたらしい。

 おかしいな、時間の流れが随分と早く感じる。いや、歳のせいではない。あまりに多くの事があったからだ。そうに決まってる。

 体力的にも精神的にも、まだまだこれからだ。自分を奮い立たせるその姿は、正しく27歳の姿だった。

 そんな針谷の心情を知ってか知らずか、二人は針谷の両側に立ち「さぁ行きましょう!」と言わんばかりの姿勢だ。

 

 

「そういえば……悠さんって呼ぶんですね?」

 

「えぇ。あまり名字で呼ぶのも好ましくないかもしれない、と」

 

「正直に言うと、僕はどっちでもいいんです。でも……」

 

 

 ホームまでの移動中、呼び名の話になる。

 針谷は基本的に全ての人間を名字、かつさん付けで呼ぶ。それは作戦行動中、猫を被るときも変わらない。

 相手を下の名前で呼ぶフレンドリーさを養ってはこなかったし、不愛想な自分には似つかわしくないことも重々承知している。

 仕事中はバイザー等で表情が見えないのをいいことに、声色だけを変えていることも多い。

 

 だが悠は別だ。悠のことだけは名字で呼ぶべきは無い、そう考えている。

 悠が笹島の名字に良くない印象を持っていることは明白だ。あるいはそう遠くない将来、名字の変更を申し出る可能性も0ではない。

 それに家庭や境遇はどうあれ、笹島家から悠を引き離し、悠個人を見ると宣言したのは自分自身だ。

 ならば、下の名前で呼ぶのが筋だろう。それに、家族なのだから。

 

 

「針谷さんには下の名前で呼ばれたいです。家族、ですし」

 

「ありがとう。そう言ってくれると助かります」

 

「か……かわいいっ!いいなー、悠君みたいな弟欲しかったなぁー!」

 

「はは、差し上げませんよ。この子は絶対に手離しません」

 

 

 そう言うと悠は嬉しそうに針谷の手を握り、針谷もまたそれに倣う。

 堂々としたその姿は、あまり似ていない親子であることを忘れさせるほどに優しいものだった。

 茜はその姿にある種の尊さを覚え、しかし自分がまるで仲間外れのようになってしまったような寂しさも覚える。

 

 

「むぅー。あっ、じゃあ私も茜って呼んでいいですよっ!ほら、名字じゃママと同じだし」

 

「……では、今後は茜さんとお呼びします。よろしくお願いします」

 

「か、堅苦しいような、気さくなような……?では今日から出向とのことですが、意気込みはどうですかっ!」

 

「早く帰りたいです」

 

「なるほどっ、想定外に後ろ向きっ」

 

 

 表向き、針谷の出張理由は『相互理解の為の人材派遣』という形となっている。

 もちろんこれは建前で、本命は針谷の現在の体質を調査する為に、餅は餅屋と派遣したものだ。

 

 それに加え、ここ最近ML社内において無視できない問題が発生している。

 それは、ML社内におけるアンチマナフロの風潮だ。近年更にその傾向が強くなり、潜在的な問題だったのが徐々に表面化し始めているのだ。

 

 ML社の採用規定は複雑なものではない。まず第一に健康であること。

 ここに筆記試験、体力試験、人格調査、社長との面接等厳しい試験も加えられるが、年齢は下限以外に制限はない。

 晴れてそれを乗り越えられた者がML社の社員証を受け取ることが出来る。

 

 戦場の花形こそ魔法少女に何歩も譲っているが、それでも決してその影響力は少なくない。

 特に現在の代表、剣埼はメディアへのアピールを非常に強く推進している。

 これにより、世論からは『ML社とマナフロンティアは人類守護の二大巨頭』という認識を得ている。

 剣埼本人は金の為と言うが、人類側の不安や恐怖、混乱を抑えることに大きな役割を果たしているのも事実だ。

 ML社における科学技術の発達、それにより脅威被害による死傷者を抑え込めているのも無関係ではない。

 

 そもそもの大前提として、多くのML社社員は子供が前線に出てくることを好まない。

 命の危険性すらあり得る場所に子供がいることに、良い感情を抱いていない。

 これは嫌悪感から来るものではなく、大人として心配する立場の人間が多いことに起因していた。

 

 問題なのは、近年入ってくる若い隊員達だ。

 どうにも、ML社神話とでも言えばいいのか、そういったものを妄信している人間の割合が高くなっている。その反動か、新兵達のモラルの低下が著しい。

 もちろん多くは無い。だが100人試験を受ければ2~3人はいる。

 一支部に詰める隊員の数がおよそ30人程として、その内一人はかなり過激なML社信仰を持つ。

 それだけではなく、それに影響される人間も勘定に入れなくてはならない。

 『魔法少女不要論』なんて本が売れ、それを真に受ける人間は、悲しい程に多い。

 

 

(だが彼女達無くして、防衛は成り立たないのが現実だ。だというのに何故こんな風潮が蔓延する?)

 

 

 剣埼社長のイメージ戦略が上手くいっている証拠でもあるが、それにしたって最近は酷い。

 あまりに現実が見えていない隊員が多すぎる。現場で活動しているのだから、彼女達が戦力としてあらゆる面で圧倒的であることは分かっているはずなのに。

 理解できない、陰謀論に身を委ねたくなってしまう現状に針谷は嘆いていた。

 

 そんな中与えられた任務というのが、ML社とマナフロンティアの橋渡しとも言える本案件だ。

 あくまで建前ではあるが、相互理解に努めるべきという点には針谷も大きく賛同する。

 彼女らの単騎制圧力、そして自分達の数的有利。

 これらが嚙み合えば今よりもさらに───

 

 

「針谷さん?」

 

「ん。あぁ、すみません。考え事を……」

 

 

 じっと沈黙している針谷を不自然に思ったのか、茜は不思議そうに針谷をじっと見上げていた。悠も同様だ。

 子供と、それも二人も同伴しておきながらそれから目を離して考え事など、あまり褒められたことではない。

 たとえ自分等指先一つで街の向こう側まで吹き飛ばせるような力を持っていたとしても、針谷にとってやるべきことは変わらない。

 

 

「あまり体調がすぐれないようなら、いつでも言ってくださいね」

 

「……言葉以上に頼もしい」

 

「流石は医療班から直でスカウトされた子の発言。説得力が違いますね」

 

 

 思えば、自分より一回り年下の茜とも(針谷基準では)随分気さくに話す仲になった。

 この調子では、ひょっとして今の友人達より学生の友人の方が多くなるのではないか?

 ありもしない可能性を思い至り、そんなバカなことはないと一蹴する。

 そもそも素性もよく分からない成人男性と仲良くしたい子供などいないだろう。

 

 

(そう考えたら、気楽なものです……)

 

「到着時刻が8時過ぎだから……登校中の子にかち合っちゃうかもしれませんね」

 

「元々交流目的の研修みたいなものですから。少し早い挨拶となるだけですよ」

 

 

 生徒に深い知り合いもいない、身体検査を受けに行くだけの簡単なお仕事だ。

 交流はそのついでに軽く済ませ、美味しい食事にもありつける。

 フロンティアスクールの学食はかなり質が高いとSNSで見た記憶がある。

 ひょっとしたら良いものにありつけるのでは?という期待も少しだけある。

 目の前に電車が来ても、針谷の頭の中はまだ見ぬ食事へと思い馳せていた。

 

 

 

 

 

 

 針谷、そして茜はこの瞬間まで本気で忘れていた。

 今まで針谷は猫を被って魔法少女達と接してきたと言う現実を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人がフロンティアスクールの検問を超えた矢先、茜の予想通り登校中の生徒達の波と遭遇してしまう。

 その針谷は思い出した。自分が現場でどういう風に彼女達と接していたのかを。

 

 

「あっ、針谷さんだ。やほー」

 

「……やぁ、元気そうだね」

 

「あー!あの時のお兄さんだ!元気してた?」

 

「ああ、お陰様でね。あの時は助かったよ、ありがとう」

 

 

 黒歴史だ。今自分は間違いなく黒歴史に直面している。

 事案を避ける為に人当たりのいい人間に擬態していたのが、ここにきて尋常ではないストレスになって針谷を襲う。

 そうだった、自分はこういうキャラで現場に出てた。となれば、現場で出会ったことのある魔法少女はそういう印象を持っていると何故気づけなかったのか。

 

 

「あれ、針谷さん。もう来てたんですね」

 

「お久しぶり、お日柄もよくぅ」

 

「久しぶり、秋山さん、入江さん。『霧』の時以来だね」

 

「……その口調、やっぱ変だよぉ」

 

「分かってるよ……けどそういうキャラなんだよ『ML社の針谷』は……!」

 

 

 悠や茜からすれば、針谷が無理に笑顔を作っているのがよく分かる。

 特に茜は、普段の針谷は理性的で敬語を使用し、誰にでも一定の距離を置く人間だと後から知っただけに、かなり気まずそうに隣を歩いている。

 

 一方の悠からは、父親代わりに自分を引き取った、過酷な環境から自分を救い出してくれた覚悟の人が、自分よりちょっと年上の女子生徒に笑顔を作って対応している。

 ギャップというよりも違和感を感じるそれに、ちょっと引き気味だった。

 

 

「先日は避難誘導ありがとうございましたー!」

 

「復興直後ご飯食べに来てた人だ!みんな喜んでました!」

 

「はは……ありがとう……ははは……」

 

 

 災害地域に足を運んだところまでしっかり見られている。

 報告書を読み返しては気になった食事処に足を運んでいるだけだというのに。

 乾いた笑顔をやめることが出来ない程度に、針谷は大人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「針谷さんって……その、モテるん、ですね!はい!」

 

「お願いですから勘弁してください」

 

 

 目的地に辿り着くころには針谷は既にクタクタであった。

 これから更に疲れることが待っているであろうに、10代女子生徒の熱量と自業自得とも言える愛想の振り方は働き盛りと言えど易々とは受け止めきれない。

 

 そうして到着した『マナ・フロンティア総合研究棟』。

 魔法とは、魔力とは何か。どのように活用できるか、活用するべきかを常に模索しているこの世で最も謎多き機関。

 魔力を科化学の観点から紐解き、科化学を魔法の観点から紐解く。

 それを繰り返すことでいずれ魔法の真理へと辿り着く。そう信じて止まない研究者達の楽園。

 

 ……実際の所そう考えているのはごく一部であり、実際には魔法少女達のメンタルや魔法行使の為の健康チェックやその管理を行う、言うなれば大規模な保健室のようなものである。

 ここには元魔法少女、現役魔法少女問わず多数在籍しており、魔力喪失後における就職先の一つでもある。

 

 

「じゃあ僕達はここまでですね」

 

「学園長から『頑張ってくるように』とのことです!」

 

「……はい、精一杯務めて参ります」

 

 

 義息子の、そして戦友となりつつある少女の手前これ以上かっこ悪い所ばかり見せるのも大人として如何なものか。

 気持ちを新たに切り替え、二人の見送りを背にいざや行かんと施設に足を踏み入れる。

 入口は自動ドアになっており、やはり学校施設というより研究施設としての側面が強いように見える。

 だが考えてみれば自動ドアと言うのは衛生的なのかもしれないと針谷は独り言ちる。

 何せ色んな人とドアノブを共有しなくていいのだから。

 ちょっとした発見に心を浮かばせながら、受付に口頭で申し出る。

 

 

「失礼します。ML社より参りました針谷大和と申します」

 

「あぁどうも。受付の長浜です。話は通ってますので、通路案内にしたがって1番研究室までお進みください。担当の者にも連絡を入れておきますので」

 

「了解しました」

 

「すみません、本当なら主任が直接挨拶に来るべきなのですが。何分出不精な上あなたを現地でお出迎えすると張り切っているもので」

 

「お気になさらず。ご期待に添えられるよう尽力致します」

 

 

 口数こそ多くないがなるべく礼を失しない対応でその場を後にし、長い廊下を進んでいく。

 その背を見守る受付の目は、僅かに輝いていた。

 

 

「……あんな旦那様欲しいなぁ~」

 

 

 彼女は少し、夢見がちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして。本日よりお世話になります、ML社所属、即応班所属の針谷隊隊長、針谷大和です」

 

「初めまして。マナ・フロンティア総合研究棟所属、魔法総合研究主任の『飾浜(かざはま) 惟子(ゆいこ)』です。本日はご多忙の折、ご足労いただきありがとうございます」

 

 

 針谷と対峙しているのは黒い長髪の女性。

 外見からは年齢の判断が難しく、学生とも社会人とも言える容姿をしている。

 服装がきちっと白衣を着込んでいるのも相まって年齢が把握できそうもない。

 針谷は早々に社会人として対応することにした。

 

 

「事情の方は既に聞いていますか?」

 

「はい、魔力の発現が見られたと。直接会うまでは半信半疑でしたが……実際にお会いして分かりました、真実なのですね。大変、大変興味深くあります」

 

 

 お淑やかな仕草と笑み、手を胸にかざす仕草は一見するとただの嫋やかな美人だ。

 美人にただの、と付けるのは不適切かもしれないが、そう言わざるを得ない。

 しかし針谷は言いようのない不安に駆られた。額に一筋の冷や汗が走る。

 そんな内心を知ってか知らずか、優しい微笑みを浮かべながら飾浜は告げた。

 

 

私、(今から)あなたの事をよく知りたいです(あなたを解剖する)

 

「……えぇ、お手柔らかに」

 

 

 針谷は悟った。

 この人は自分と、決定的に異なる倫理観をしていると。





戦いの才能、そんなものは無くていい。

叶うことならば永遠に眠ったままであればいい。

けれどこの世界はそれを許さない。

戦うことが強いられた世界で、自ら戦うことの意味を知る者がいる。

次回 第十四話「対魔法少女戦闘のすすめ」
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