「くっ……!」
走る。跳ぶ。弾く。流す。
思考する時間を全て自衛に費やし続ける。
天井に取り付けられたスピーカーからは静謐にも感じる声が響き続ける。
「現代において我々は魔力を『エネルギー生成手段の一種』として定義しています。火力、電力、風力、水力、原子力。それら全てが最終的に、エネルギーの確保を目的とするように。魔力もまたエネルギーを生成するための一手段に他なりません。少々乱暴ではありますが」
正面、極大の針の形をした濃密な魔力が脳天を正面から撃ち抜こうとする。
前傾姿勢で回避。すぐさま足元に波のように魔力が押し寄せる。
回避不可と判断しその場で踏みとどまる。膝から下が後部に吹き飛びそうになるが気合で耐える。
足を止めればもう一度正面から針、今度は腹部狙い。回避が出来ない為両腕でカバー。
ここに気合を全力で込める。
「既存のエネルギーと魔力の最たる違いは、人間の意思一つで干渉できるという点。人間は念じただけでは火を付けられず、思考するだけで核分裂は起こせません」
腹を庇った両腕に薄っすらと紫色で半透明の膜が出来る。
魔力による防護層が連続して飛来する針を衝撃だけ残して霧散させる。
しかし衝撃を殺しきれなかった、針谷の腕にじわりと鈍痛が残る。足が動くようになったと判断した瞬間、流れた冷や汗を判断材料にして横に大きく飛び跳ねる。
直後、立っていた場所にギロチンのように形成された魔力が落下、強烈な音を立てて刃が魔力の霧に変わる。
「ですが魔法少女は違う。やろうという意思があればタービンを回すことなく水をお湯に変えられる、新たな原子を作れる、新種の生命を生み出せる。魔法少女は文字通り
荒い呼吸を出来るだけ素早く整え、次に備える。神経を研ぎ澄ませて理不尽な攻め手に備える。
目に見えない程度の魔力濃度で身体を内部から攻撃か。レーザーのように魔力を照射しこちらの網膜にも負担を強いるか。
多量の魔力をそのまま硬質化して衝突、これらは全て対応できる。故に次、まだ自分の知らない魔力での攻撃手段に備える。
「人間は年齢と共に知識が、欲が増える生き物です。意思一つで欲を叶えられることがどれほど危険か。分かりますか、針谷大和さん。人間として大人である貴方が、魔法を使えるようになったという言葉の意味が」
針谷が汗に塗れ必死に対応し続けている間も淡々と、スピーカーを通して飾浜は持論を語り続けている。
その目はガラス窓の向こう、針谷を見つめている。まるで何かを期待するように、せっかく買った高い家具に最高の使用感を期待するように。
それが期待外れでないことを願う。そんな思いを込めて呼吸を整える針谷を見つめている。
「ふぅーっ……飾浜さんの仰る通りです。しかし肝心なことを仰っていないのも事実です」
「おや?何か不足が?」
「純粋な人間が善人であるとは限らないし、不純な人間が悪人だとも限りません。時として
本来針谷はそんなことを口にしたくはなかった。
自分にも疑うことを知らない無垢な少年時代があったことは否定しない。
もし一本でも道を違えていたら?両親を恨み、環境を憎み、この世の全てに絶望した子供にならなかったと否定出来るか?
今ならば言える、針谷の答えはノーだ。自分は
飾浜は薄く微笑み、まるで台本を読み上げるように針谷を褒める。
「なるほど、針谷さんはマナ・フロンティアという独立した教育施設が何のために存在するか、それをよく理解していらっしゃいますね」
「そのような言い方はやめてください。学校教育は子供達が自由に未来を選択する為にあるべきものです」
「……気分を害されたのなら、ごめんなさい。他意は無いんです、ただそういう側面があるというだけ。一次観測実験は終了です、お疲れさまでした」
聞くタイミングさえ違えば穏やかな声で終了を告げる優しい声色に聞こえただろう。
しかし針谷にとって、どうにも飾浜は苦手な相手だった。
無機質かと言えば違う、しかし情愛に溢れてるかと言えばそれも違う。
一言で言えば
感情や理を言葉にして論じる側の、かなり偏った研究者という印象を受けた。
そしてこれほどまでに冷静だというのに、今も現役の魔法少女であるということが何より恐ろしかった。
マナフロの存在理由という現実を真正面から受け止め、その上で希望を失っていない。
彼女の精神性は針谷には理解が及ばないところにある。それが無性に不安であった。
(凄い場所だ。魔力を用いた攻撃の再現といい、この場所だけ魔力の研究が数世代先だと言われても納得できてしまう)
先ほどまで訓練を行っていた『第一実験室』を振り返って針谷はそう思う。
この場所は正に魔法少女達の力を図る為の場所であり、同時に育成を行う場所でもある。
特に先程用いられた魔力を形状を変えて射出する装置だ。もしこれが現場で実用化されれば対脅威戦闘における有効な手段になるだろう。
実際には事前に担当の魔法少女達が魔力を込める必要がある上、大型すぎて移動できないという欠点がある為そう上手くはいかない。
戦闘の度に用いることを前提とするなら、その度に大型の魔力結晶を消費することになる。
ML社からすればそれでは収支が合わない。魔法少女からすればそんなもの携行しなくても自前の魔法を使えばいい。
この実験室が実験室足り得るのは、魔力を潤沢に扱える魔法少女達だからこそだ。
実験室(針谷は脳内で理不尽苦難部屋と呼んでいる)から退出してすぐ、待ち構えていた飾浜と合流する。
白衣を揺らし、タブレットを右手に持って歩み寄る飾浜の目は、静かに針谷を見つめていた。
あまり強い言葉を使うのは憚られるが、それでも針谷は物申さずにはいられなかった。
「人間は歳を取れば欲も増えますが、同時に理性が身に付く。守りたいものだって出来る。僕はその為に戦っていますし、それが変わることはありません」
「言葉では、とも申します。初対面の私はそれを信じる術を持たない……ですが、存外熱い殿方なのですね。嫌いじゃありませんよ。さて、計測結果ですが……」
華のような笑顔で言うそれは、針谷を猛烈に不安にさせた。
自分がどう考えているかという点がこの人の思考には一切影響しない。その在り方がたまらなく怖い。
しかし針谷の感情は無視し、飾浜の話は僅かな熱を持って続く。
「驚くことに、出力だけで言えば既に2級討伐官相当の魔力を保持しています。それと戦闘中に魔力の流れを見ていましたが、まるで血管のように全身を巡っていますね。身体の現実に則した巡り方です。その影響か身体とそれに準ずる装備の強化と言った形で魔法を行使する傾向が見られます。堅実で強力な使用方法です」
「そういう使い方をするのが最適だと、なんとなく感じました」
「元々の戦い方に合っているなら、使い方はその方向で続けてください。慣れない内は長所を伸ばすのが最善でしょう」
針谷に発現した魔法は『強化』というごく単純なものである。
自分自身、そして触れた物の強度や威力を上げるという、用いられている魔法の中ではそこまで珍しいと言えるものではない。
しかし他の魔法少女達とは決定的に異なる点があった。それはあまりに
「生成した障壁強度は、我々を持って極めて強固と言えます。ですが脚部を狙った波状攻撃に対し空に逃げるという発想をしませんでしたね」
「地に足を付けて生活した期間が長いもので……自分の体重を正確に理解していると、尚更です」
「重力を無視できない、と。なるほど、現実に則した考えです。ですが取れる選択肢の幅が広がるのは明確なメリットです。イメージトレーニングはしてみてください」
「……最大限努力します」
人は空を飛べない。それが針谷の現実である。
ましてや大の大人である自分がファンシーに空を飛ぶ姿を想像してしまったら、飛ぼうという気概が失せてしまうのだ。
戦う為の選択肢は多い方がいい、それは分かる。
それでも無理なものは無理だった。自分の背負う武器、地面を踏みしめる足と支える体躯、表情を表に出さない顔面。
それらが一丸となって空への一歩を妨害していた。空は、飛ぶべきではないのだ。
「ですがいいデータが取れました。この計測結果を元に、針谷さんの身に起きていることを推測してみたいと思います。ですので、ここからは針谷さんが魔法を使い熟せるよう訓練を行うべきでしょう」
「はぁ、なるほど?」
「ですので、これから何名かの魔法少女の方々と模擬戦をしてもらいます。戦いの中でしか見つけられないものもあるでしょう」
「(そこはかとなく不安だ……)」
「一人目の協力者は既にお呼びしています。もうすぐ……あぁ、いらっしゃいました」
通路向こうの角から一人の少女が歩いてくる。
指定制服をまるっきり無視した改造学ランに黒い髪をたなびかせた、顔に一本の傷跡を残す少女。
歩幅は小さく、そこまで離れた距離でもない通路を時間をかけ、踏みしめて歩く。
その小さな体躯に見合わないビリビリとした強烈な存在感に、針谷は覚えがあった。
「不動さん、お久しぶりです」
「こんにちは兵隊さん、いや針谷さんか。二か月ぶりだな、今日はよろしく頼む」
『不動 カイナ』2級討伐官。以前『笹島 悠』の救出作戦の際、茜と共に針谷と同行した魔法少女の一人。
格闘を得意とし、圧倒的な身体能力で攻防一体の戦闘を繰り広げる彼女がここにいる、それは針谷にとって納得のいくものであった。
カイナの戦闘から多くを学べということだろう。そう感じてのことであった。
「よもや兵隊さんが魔法使いになるとはな。今日は私も全力で事に当たらせてもらう」
「自分でも何が起きているのかさっぱりです。ご指導よろしくお願いします、先輩」
「はっはっ、冗句でも悪い気はしないな。任せてくれ」
「不動さんは口も堅く、今回の件にピッタリです。それと訓練中もデータは取り続けますので、そのおつもりで。ではお願いしますね」
「任せてくれ、飾浜先生。仕事は果たす」
そう言うと飾浜は二階のモニター室へと歩いて行ってしまった。
二人は取り残されたが、針谷は気になったことをつい聞いてしまった。
「……先生?」
「むっ、言われなかったのか。あの人は研究主任兼、高校クラスのクラス担当教師兼、養護教諭だ」
「保健室の先生しながら授業、更に研究主任!?掛け持ちしすぎでは!?」
「あたしもそう思う。けど、どういう訳か両立できてるんだ……真偽は確かめられん、怖くて誰も突っこめない」
針谷からすれば通常勤務をこなしつつ部隊教育もし、更に研究までしてるといったところだ。
しかも全部を高いレベルで行っているのだろうとカイナの言葉から察していた。
そんな人材がいるならば是非秘訣を伺いたいところだが、飾浜を探るのは確かに怖い。
そんなところがミステリアスさ、あるいはその人間性の不透明さに拍車をかけているのかもしれない。
飾浜惟子という人間への認識を、針谷はそのように結論付けた。
「さて、話は組手をしながらでも出来るだろう。早速やろうか」
「お手柔らかにお願いします」
「安心してくれ、加減はする」
そう言って二人は実験室へと歩を進めた。
「しかし流石に魔法少女とは呼べないな、兵隊さん」
「魔法使いと言うのもガラじゃありません。今まで通り、僕はただの兵隊ですよ」
「……嫌いじゃないぞ、それ」
ML社本部、社長室で資料を読み漁っていた
資料を読み漁る手を止めた剣埼は思わず着信拒否を選びそうになったが、出向中の社員のことを思い出す。
行け好かない奴からの電話だ、出たくない。しかし出ない訳にもいかない。
そんな葛藤を一瞬で片づけ、秘書に人払いを頼んでから端末を手に取る。
「こちら
『あら冷たいわね、旧友からの電話よ?』
「誰が旧友だ。お前のような魔女はこっちから願い下げだ」
年齢で言えば相手、
しかし剣埼は一切物怖じしない。下手に出る意味も無ければ偉ぶる理由も無い。
威圧的かつ嫌悪感丸出し見える剣埼のそれは素の表情に近いものだ。
社長としてではなく『
「針谷のことだろう。どうなった」
『今は研究棟ね。データを取りつつウチの生徒達と模擬戦をしてもらってるわ』
「妥当だな。アイツには今まで以上に強くなってもらわねばならん、扱いてやれ」
『これからどんなことがあってもいいように、ね』
剣崎は人型脅威を対処させた後、針谷のことを随分気にかけるようになっていた。
無論彼はML社が秘匿してきた機密に触れた人間である為、経過観察としてなるべく自分の所に顔を出させるようにはしていた。
それもあり幾度か顔を突き合わせ話をしてみたのだが、どうにも気に入ってしまったのだ。
現場での判断が早く、最終的な被害を減らすに至るまでの思考力と決断力がある。
隊長を務めるだけあって現場指揮もしっかり熟す。
何より笹島夫妻の息子を引き取った漢気、そして今日まで欠かさず家族として愛情を注いできた思いやりがある。
経過報告として時折二人の動向を聞くこともあったが、概ね父親としての義務をしっかり果たしている。
毎日欠かさず通話をしているし、週に一度は必ず会いに行っているらしい。
『笹島 悠』がマナフロの生徒ということもあり、それをよく思わない若手社員もいる。
だがML社には子を持つ社員も少なくない。彼らの針谷への認識は変わりつつある。
毎週の休みは息子に会いに長時間電車に揺られ、その日一日共に過ごす。
両親を早くに亡くし、伴侶のいない針谷に突然できた息子。それに針谷は惜しげもなく愛情を注いでいる。
血こそ繋がっていないが、仲睦まじい二人を見て感化された社員が現れ始めているのだ。
ML社に新たな風が吹こうとしている。針谷と言う男に、剣崎はそれを感じていた。
「今アイツの立場は微妙だ。良い方に変わりつつあるが、魔法が使えるというのはどうなるか分からん。やはり前例は無いか?」
『人型脅威のことは一応知ってたけど、そっちと同じくらい情報は無かったの。ましてや20歳超えた男性で魔力の発現なんて……』
「ならばやはり、力を付けるに越したことはない。……人型脅威、か。こいつには
報告によればほとんど攻撃行動を取らず、近づいた人間の精神に対し強力に影響する。
亡くなった孫娘に成り、死んだ両親との再会も果たさせたその脅威の目的は、針谷も剣崎も終ぞ分かりかねた。
しかしこれだけでは終わらない、終わる筈がない。そんな確信が二人と、情報を共有した琴森の間にはあった。
「模擬戦をすると言ったな。相手は誰だ?」
『2級討伐官ね。最近腕を上げて準1級に届くかもしれないって子よ。手加減するようには伝えてあるから安心して頂戴』
「そんな指示を出したのか?なら今すぐ撤回しに行け」
針谷はフンと鼻を鳴らし、僅かに口角を上げた。
「針谷はお前が思う数倍強い。ウチの社員を舐めるなよ」
魔法少女は喧嘩をしない。
愛と正義を胸に秘めた子供達は、誰かの何かを欲しがらない。
ただ胸の内に込められた想いだけで戦える。
男もまた、その根幹は変わらない。
全ては守る為、全てを守る為に。
次回 第十六話「重撃、不動カイナ戦」