マシン・マジック・マイメモリー   作:飛び回る蜂

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第十八話「魔法の矛盾」

 

 

 

「こんちには。首尾は如何ですか飾浜博士」

 

「琴森学園長、こんにちは。えぇ、彼からは大変貴重なデータを得られています」

 

 

 フロンティアスクール学園長琴森は、言葉に若干の呆れを含ませて飾浜に投げかける。

 モニター室では目まぐるしくデータの変遷が記されており、飾浜はそれを僅かな微笑みを浮かべながら次々記録していく。

 背後に控える琴森の顔など見ていない。目の前で起きる未知と変化を縫い留め思考する以外、脳のリソースを吐こうとしない。

 こういう時無理やり作業を中断させるのはかえって悪手。

 この程度の並列作業では苦労もないだろうと、疑問をぶつける。

 

 

「針谷君の魔力、その原因は分かりましたか?」

 

「いいえ、全く分かりませんでした」

 

「……全く?」

 

「はい。全く」

 

 

 二人が見下ろす階下、実験室内は今も荒れに荒れている。

 現在針谷と戦っているのは2級討伐官『宗形(むなかた) (れん)』。

 巧みな槍術と自在の浮遊、優れた状況判断力を兼ね備えた優秀な魔法少女である。

 以前『笹島 悠』を救出する際に協力し合った二人だが、今は互いを仮想敵として存分に打ち合っている。

 

 蓮が強烈な踏み込みで槍を突き出せば弾き逸らし、針谷がいざ一撃を入れよう刃を構えて踏み込むと、それを流麗な体捌きで躱す。

 離れた蓮にすぐさま銃撃で追撃するも、槍を回転させまるで叩き落すように弾丸を弾く芸当まで見せる。

 このままでは膠着状態、どこかでリスクを抱えてでも一撃入れなくては勝負が終わらない。

 互いに埒の明かない状況にやきもきとしつつ、隙を伺っては見合う。それの繰り返し。

 奇しくも、カイナと針谷の戦いとは状況が真逆。今度は針谷がカウンターを狙う側となっていた。

 

 

「今も彼の体内では絶えず魔力が循環しています。必要に応じて生産し、消費し、また生産する。魔法少女がごく一般的に行っていることです」

 

「彼が取り込んだという結晶はどこに?」

 

「それも分かりません。身体や血中に溶け込んでいるのか、しかし魔力結晶が体内にあるだけでも異常。そして継続して魔法を使うなら魔力の生成が必須。どのように供給し続けているのか……興味は尽きません」

 

 

 針の穴に糸を通すような間隙に放たれる刺突、それを僅かに掠らせながらも幾度となくいなす。

 装甲表面に傷を増やしつつ、隙を見て大きく一歩踏み込む。

 それを見ては蓮が迅速に離れ、槍の間合いから魔法の間合いへ移行。

 散布される魔力の光弾、そのルートを針谷は適切に見分けステップで躱し進む。

 

 

「彼が人類に夢と希望を抱いていれば……とはいかないわよね」

 

「少々問診した程度ですが、そこまで人類というものに希望は持っていないと見受けられます。社内の不和だけではない、笹島夫妻の件もあるのでしょう。彼らが原因で魔力を失った生徒がいると言うのに、です」

 

「……」

 

「それでも彼は戦っている。知らない誰かの幸せを守るために、見たことも無い誰かが泣かなくてもいいように。彼は人の汚点を知りながら美しいところを信じている。ふふふ、矛盾の中で生きるお人、なんと素敵なのでしょう。だからこそ、清濁併せ呑む彼が魔法を使えるのは、原因はどうあれやはりおかしいと思います」

 

 

 二人の会話の最中も、針谷と宗形の高速機動戦闘は続いている。

 剣劇の音が実験室内に響き渡るも決着は中々着かない。

 彼らの戦いは終わらない。まるで脅威(メナス)と人々の戦いのように。

 

 

「琴森学園長、魔法とは何だと思いますか?魔法とは本当に、少女達のキラキラとした想いが生み出す理想のエネルギーなのでしょうか?針谷さんを見ていると、魔法の根源とはもっと原始的なもののように思えるのです」

 

「……博士」

 

「魔法少女は悪夢を払い夢と希望を振り撒く者。果たして本当にそうなのでしょうか?私は彼女らこそが───」

 

「飾浜博士、そこまでになさい」

 

 

 音は既に止んでいた。

 

 

「……なるほど、2級討伐官では既に荷が重い子もいる、と。ML社の人材は素晴らしい才覚をお持ちでいらっしゃいますね」

 

「はぁ、どうしてあなたが今の今まで魔力を失わずにいられるのか。私には理解が及びませんよ」

 

「もちろん、希望を抱いているからです。魔法少女にも、人間にも」

 

 

 然程間を置かず、針谷と蓮がモニター室に入る。

 二人共息は上がっているが倒れそうといったほどではない。

 まるでスポーツ後のような爽やかさがあった。

 

 

「参ったなぁ、僕もそれなりにやれる方だと思っていたんだけどね」

 

「教習課程には対人項目もありますからね。それに半歩遅れてたら刺されてたのはこちらです。流れるような槍捌き、お見事でした」

 

「ふふ、嫌味かい?……うそうそ、冗談だよ」

 

「それはよかったです。脅威(メナス)が刀や槍を持たないとも限らない。大変いい経験になりました」

 

 

 後ろ手に手を組みながら年相応の女の子らしく振る舞う宗形を見て、琴森は少しだけ驚いていた。

 彼女はどちらかと言えば女子に囲まれる女子だ。振る舞いには紳士らしさがあり、常に彼女を好いた誰かが傍にいる。

 優しく自然体でときめかせ、更には既に現場に出て脅威(メナス)討伐の実績もある。

 彼女のファンはスクールの内外問わず多い。彼女に救われた結果フロンティアスクールの教師を目指しました!と言う社会人が複数いる程だ。

 そんな蓮が肩の力を抜き、ゆったりと柔らかく笑って気を抜いている。

 有り体に言えば、キャラが剥がれている。

 

 

「『霧』の時とは随分雰囲気が違いますが、そちらの方が楽ですか?」

 

「うん。僕も針谷さんの気持ち分かるなぁ。似たようなものでさ、気づいたら止め時分かんなくなっちゃって」

 

「お互い苦労しますね」

 

「僕は楽しんでるところもあるからさ」

 

 

 茜然りカイナ然り、針谷と行動を共にした生徒は良い結果に進む事がある。

 先に戦ったカイナもそうだ。一撃の重さを重視した戦闘スタイルの彼女が、素早い攻撃(ジャブ)に興味を持ち始めた。

 もし針谷の技術を彼女が習得すれば益々戦闘に磨きがかかることだろう。

 

 戦いの中で心を通わす、にしては随分な急接近だ。

 琴森がチラと飾浜を見る。飾浜は二人を見ていて反応を返さない。

 

 

「お二人共、お疲れさまでした。時間も時間ですし、今日の耐久実験……いえ、訓練はここまでにしましょう」

 

「すみません今耐久実験って」

 

「言っていませんよ。宗形さんもお疲れさんでした。4、5限目は免除となりますのでご自由にお過ごしください」

 

「分かりました。あっ、なら針谷さんの仕事を見学したいな」

 

「あー……これから報告書の作成と各隊との打ち合わせとなっていますので、他の方の参加は流石に」

 

 

 琴森は不安だった。

 現代表剣崎との関係だってそこまで悪くない。悪態は吐かれるが、表面上ニコニコして本心を見せないタイプではない。

 少なくとも本音で付き合えているのは確かだ。そしてその社員の中にも魔法少女に対し友好的な人間がチラホラと見られている。

 

 あれほどまでに魔法少女連盟(マナ・フロンティア)とML社の人間が共同歩調を取ることを願っていたというのに。

 その小さな一歩が今目の前で起きているというのにだ。琴森の胸中は穏やかではない。

 先の飾浜の狂気にも見える微笑みと、それと共に吐き出された言葉が反響して耳から離れないのだ。

 

 

『魔法とは何だと思いますか?』

 

『魔法少女は悪夢を払い夢と希望を振り撒く者。果たして本当にそうなのでしょうか?』

 

 

 琴森は誰よりも、魔法少女達の善性と良識を信じている。

 否、信じなくてならない。彼女達は正しいのだと、彼女らこそが遍く人々の守護者なのだと。

 飾浜の言葉は全て憶測と感想でしかなく、何の根拠もない戯言なのだと。

 そう切って捨てることが出来ない。それは今まで言葉に出来なかった、琴森の胸の内に存在し続ける疑念でもあったからだ。

 

 

(……私も長く勤め過ぎたということですか)

 

 

 琴森の胸の内にあるのは悲しみだった。

 誰よりも子供達を信じ、その未来を示し導くのが己の務めでありながら、同時にその道行を疑う。

 言の葉一つで揺らいでしまった自分がただ、ひたすらに悲しかった。

 それ程までに、自分は世俗を知りすぎてしまった。

 目の前で談笑する二人を視界に映しながら、琴森の心の内は静かに決意で固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで本日の訓練を終了とする。各自休養を取れ、解散!」

 

「「「はっ」」」

 

 

 隊長『伊崎(いざき) 孝太郎(こうたろう)』の掛け声の元、その場にいるML社社員全員が整列、解散を行う。

 皆が一様に疲労を抱え込んでぞろぞろと着替えに行く中、二人の社員が伊崎に声を駆ける。

 

 

「おぉい、待ってくれや伊崎さん」

 

「大塚、木山。針谷のことか?」

 

 

 声をかけたのは大柄な体躯とソフトモヒカンがあまりに特徴的な『大塚(おおつか) 棟二(とうじ)』。

 それに続いて駆けてきたのが長い髪を後ろ手に纏めた『木山(きやま) 由華(ゆか)』。

 二人は本来針谷隊に所属するチームメンバーなのだが、針谷の一時的出張により今は伊崎隊の預かりとなっている。

 伊崎から見た彼らの評価は概ね高い。針谷を筆頭にしたチームは連携の密度が高く、指揮官を交代した状況まで平然とやってのける。

 彼らから学ぶことも多く、二人を預かるようになってから伊崎はより一定の信を置いていた。

 赤崎副隊長は良い顔をしていないのだが、伊崎もまた針谷と同じように徹底した現場主義であった。

 

 

「社長から案内があったろう、魔法少女連盟(マナ・フロンティア)との交流任務だと」

 

「私達だってバカじゃないの。それが上辺ってことくらい分かってるわよ」

 

「それが分かっているなら尚更言葉にするな、木山。根拠も無しに疑うような発言は不和を招く」

 

 

 針谷と剣埼社長のアリバイ造りは巧妙であった。だが彼らも薄らと気づいていたのだ。

 今針谷の身に、あるいは立場に大きな変化が訪れている。

 そして自分達はそれに関わることは出来ない。傍観者でしかないのだと。

 

 

「……針谷は、私達の隊長なの。あいつの元じゃないなら、私には意味が無いのよ」

 

「辛辣だな。俺では不足だと?」

 

「そうじゃないの!ただ……ダメね、今の私はまるでティーンに戻ったみたい」

 

「いくらなんでも言い方が古ぃよ。なぁ伊崎さん。ひょっとして針谷は、俺達より優先すべきものを見つけたんじゃねぇか?」

 

 

 その言葉に対する答えを伊崎は持ち合わせていない。

 伊崎とて針谷の出張が建前なことにはとっくに気付いていた。

 金と面子が関わると気性の荒い剣埼が、魔法少女連盟(マナ・フロンティア)との交流に快く部下を送り出すはずがない。

 特に最近は本社への出社が増えている針谷だ。恐らく何か、個人的な任務か密命を任されているのだろう。

 そのような任務は現場が長い伊崎ですら受けたことが無い。この点を伊崎は、針谷は何かこの会社の致命的な部分を掴んだのだと見ている。

 それ程に信頼されている男を送る筈がない。無難な人選をして適当にするのがベターだ。

 推測に過ぎないが、伊崎は二人よりも先まで読んでいた。これから針谷は()()()()()()()と。

 

 

「……ここは人が多い。移動するぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らが移動した先は社内喫煙所。彼らはそれぞれ所持していた煙草に火をつけて咥えている。

 幸か不幸か全員が喫煙者であり、周囲はガラス張りの為誰かが近くにいればすぐに会話が止められる。

 煙を漏らさない構造は密閉性もあり、副流煙噴き出す排気口に潜んでいるとかでない限り傍聴の心配もない。

 

 

「……武器申請が社長から直々に?そりゃ本当か?」

 

「一か月前だ、確かにされていた。装備は結晶製ブレード、魔装式ハンドガン、アーマーが一式。妙だろう?」

 

「妙、妙ね。その程度の装備、かつ単独じゃ例えM型だって倒すのは難しい筈」

 

「申請ルート、加えて装備の虚弱さ。この二点から針谷は何らかの密命を帯びて社長か、もしくはその上から命令されたと俺は睨んでいる」

 

 

 伊崎が針谷を大きく上回る点。それは状況を俯瞰し、得られた情報を繋げる能力。

 伊崎はまず情報を精査し、たとえ被害が広まったとしてもその案件における最善を目指す。

 脅威の進行ルートを緻密に計算し、まず足止めを行うことにより逃げ遅れた被害者の救助を優先する。

 どちらがより優れているということは無いが、脅威を撃破せずあえて遅滞戦闘を行う伊崎の戦術が功を奏した作戦は多い。

 彼もまた、対脅威におけるプロフェッショナルである。論理的に、正確な予測を基に行われる彼の作戦は、部下からの信頼が厚い。

 針谷は決断力が高く、そうと決めたら躊躇わない。その時点での最善を最速で選択する。

 彼らは救助における最速と最善という課題において、ある種全く正反対の行動を取るのだ。

 そして互いにその実力を認め合っていた。

 

 

「その装備が何を意味しているのか、考えられるケースは二つ。対人か、対脅威かだ」

 

「……頼むよ伊崎さん。俺も歳だ、ちと刺激の強い話題だぜそりゃ」

 

「お前らが詰め寄った話だ。それに、何もかもが与太話に過ぎない可能性は大いにある、軽く聞け」

 

 

 無理を仰るぜ、そうぼやいた大塚の言葉を無視して話は続く。

 

 

「俺としては前者は無いと判断している。ただの人であれば結晶ブレードなんか持ち出す必要は無いし、そもそも針谷は人間を傷つける作戦を是とはしない。となれば後者だが……」

 

「単独討伐が可能な脅威?そんなの……」

 

「大したことはない、か?だが針谷のフロンティア出張が決まったのはそれからたった一か月後だ」

 

 

 咥えていた煙草を外し、煤になった先端を落とす。

 それを口に戻すことはなく、チリチリと焼け焦げた煙草を見て伊崎は呟いた。

 

 

「俺にはこれが、何か大きな事の前触れのように思えてならん。地震の前に動物が逃げ出すように、事態が大きく変わる前兆のようにな」

 

 

 ガラでもない辛気臭い顔をしてしまった。そんな事を考えて伊崎が顔を上げる。

 しかし自分よりも辛気臭い、今にも涙を流しそうな二人がそこにいた。

 

 

「隊長……やっぱ俺達を置いて行っちまうのかなァ。足手纏いになってたのかもしれねぇと思うとよ……」

 

「あんまり信頼されてなかったのかも。何があっても隊長に付いて行くって言ったのに……」

 

 

 伊崎は甘く見ていた。彼らはどんな時でも自信に溢れ、たとえ一時離れても針谷を信じることを辞めないものだとばかり考えていた。

 だがそれは表面的なものでしかなかった。彼らの針谷に対する信頼は、依存へと代わりかけていたのだ。

 二人はどちらも過去、()()()()()()()()()()()()()経験がある。そんな二人を新しく隊を作りたいと誘ったのが針谷だ。

 自分にはない物を持っている二人を誰よりも欲したからこそ、二人は針谷の元にいる。

 しかしその針谷が何か大きな事柄に関わって自分達を見なくなっている。それが二人の不安を大きく煽っている。

 必要とされなくなる痛みを十二分に知っている二人にとって、針谷から見放されるのは寂しさよりも悲しさを起こさせるものだった。

 

 

「考え過ぎだ。戻ってきたら問い詰めてやればいいだけの話だろう」

 

「「……ハァ」」

 

「(聞いてきたから答えたのになんだ、これは俺が悪いのか。針谷、早く戻ってこい……!)」

 

 

 人知れず、話したことを僅かに後悔した伊崎であった。

 

 





 ついに魔法の扱いを心得た針谷。

 帰還した彼を待ち受けるのは社長の労い、そして選択肢の提示。

 「選べ。隊を解散するか、沈黙し続けるか」

 決断を強いられた針谷の選択は、ML社の命運を左右する。

 次回 第十九話「針谷隊、存続の危機」
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