そこには無駄に重苦しい空気が張り詰めていた。
「いや君たちはよくやってくれたと思う。まず今回犠牲者0どころか怪我人もごく少数で済んでいる。素晴らしいことだ。
この場にいるのは五人、いずれも軍服をモチーフとした制服を身に纏っている。その内三人は直前の
作戦を終えた
あれから既に二日経つ。既に報告書は上げている為挨拶だけで終わると思っていた彼らだが、どうにもその当ては外れてしまったらしい。
「
どこか神経質な物言いに対し、針谷は苦笑い、木山は呆れ、大塚は少し苛立っている。
そんなことは現場で活動した
そんな彼らの前で、既に報告があったにも関わらず、同様の内容を彼らの前で声に出して言い連ねる年配の男性。その傍には静かに秘書の女性が佇んでいる。
彼こそが
この国で二分された最大の防衛戦力。その片翼を担う人間。
そんな男が昨日発刊された新聞を大きく広げ───
バァンッ!!
「───どうして昨日の一面があいつらなんだぁっ!?」
特大の文句と一緒に、机の上に叩きつけた。彼は権力欲は薄いが、メディアへの執着と金銭欲が人一倍強かった。
それを三人は休めの姿勢のまま(またか……)と冷めた目で見ることしかできない。
彼のメディア意識は今に始まったことではなく、このやり取りも既に何度も行われてきたことだ。慣れてしまったのだ。
「おかしいだろうっ!?民間人の救助に市街地の整備、被害を受けた方々への補償までうちがやっとるんだぞ!?それだけじゃない、巻き込まれた民間人のアフターケアだってっ!全部っ!うちがっ!やっとるんだぞっ!!」
「被害者のアフターケアは、どっちかと言やぁあちらさんが主導でしょうが」
「黙れっ!それにこっちにだって面子ってもんがあるんだっ!
「天下の大組織、そのトップとは思えないがめつさね……。何?予算でも持ってかれたの?」
荒ぶる社長を無視して木山が秘書へと質問を投げかける。どうせ今の状態からではまともな答えは返ってこないだろう。そう考えてだ。
秘書はふるふると首を振り、冷静に否定する。整えたメガネがキラリと光る。
「いえ、今期予算は前年と変わりありません。ですが、資金はあればあるだけ助かる人が増える、というのも事実です」
「それはそうだがよォ、だからといってだな……」
尚も食って掛かろうとする大塚と不機嫌が見て取れる木山を放っても置けず、さりとて頭が怒りで沸騰中の上司に直接的な言葉を使うのも憚られる。
秘書も彼らの動向などどこ吹く風、静観の姿勢のようだ。彼女ならいくらでも場を収める言葉くらいあるだろうに。
(あぁ……部隊長、つらいなぁ……)
隊で一番若くして部隊長を任された針谷にとって、デブリーフィングの時間は毎回胃痛との戦いだった。
ストレスが溜まると表情に出やすい木山と大塚は報告時における爆弾のようなものだ。いつ何時上司の堪忍袋の緒をぶっちぎるかわかったもんじゃない。
胃痛で頭がどうにかなりそうな針谷が取れる選択は、無難になだめることだけだった。
「まぁまぁ大塚さん、社長もその辺で。どうしたって彼女達の撃退時の派手な写真は映えますし、報道も仕事ですからね。その辺分かってあげてください」
「いやしかしだなぁ……」
「それに
それを聞いた剣埼の動きがピタリと止まる。
「……はぁ、いやその通りだ。すまなかった、大塚」
「いえ、俺も口が過ぎました。申し訳ありません」
二人とも幾分冷静になったようで、場の雰囲気が変わる。
木山も一度言葉にしたら収まったのか、もう突っ込みはしないようだ。針谷の胃の痛みは少しずつ治まっていく気がした。気のせいだと針谷は疑いたくなかった。
「三人とも、ご苦労だった。先も言ったが被害地域の修繕は既に始まっている。君達の活躍のお陰だ。この後だが、木山は防衛企画課、大塚は装備開発課に寄ってくれ。針谷は特に無いが、余裕があったら広報課にでも顔を出してやってくれ。今回の話を聞きたいそうだ。では規定通り、午後は自由にしてくれ。以上、解散!」
「「「了解ッ!」」」
失礼しますと残してから三人はその場を後にする。
閉まりかけのドアの向こうから、新聞を破り捨てる音が聞こえたような気がした。
「さっきは悪かったな」
「いえいえ、気にしないでください」
退室後少し歩いた先で、大塚が不意に口を開く。
言葉にはしないが、木山も少しだけ眉を下げ申し訳なさそうにしている、そんな気がした。
ここでも慎重に言葉を選ばないとな、等と考えながら針谷も応じる。
「分かってるんだ。金なんてモンは無ぇよりある方がずっといい。だが、それにしたってトップが見せるべき姿勢ってもんはあると思うぜ、俺ァ」
「私もそう思う。あれじゃまるで守銭奴じゃない」
「お二人の言いたいことは分かります。とはいえマシナリーラインは国家から支援を受けてはいますが、実際は企業です。営利団体としての側面が強く出ること自体は否定できません」
マシナリーラインは文書に記す際、本来の正式名称である『Machinery Line Armaments Company』の頭文字を取って『MLAC社』と記載される。
口頭で発言する際はさらに縮めてML社、俗にマシライ等とも呼ばれたりするが、その実態は『社』『company』と付くように、あくまで一企業として扱われている。
これは組織を立ち上げの背景によるものと言われているが、年月が経った今となっては、知る人間は少ない。
一方の
幼いころに才覚が発現することの多い魔法少女達にそれらの扱い方を教えつつ、学問も並行して教育する。
それが行われるのが大規模魔法学園都市、通称『マナ・フロンティア』だ。正式には『Mana Frontier Leaguer 』から取ってMFL。
魔法少女達全体を指して魔法少女連盟、学園そのものを指す場合はフロンティアやマナフロの名前を使うことが多い。
「厳密にいえば、我々は国家公務員でも軍人でもありません。どちらかと言えばPMC*1に近い。現社長は特にその辺りの認識が強いんでしょう」
「だからってよォ……あまりがめついのもどうなんだ。人道主義とまでは言わねぇが、俺達ァ金の為に戦ってるわけじゃねぇんだぞ」
「大塚さんの意見はもっともです。僕達が戦うのは、この国の人々を護るためですから」
そうだそうだ!と大塚は力強く胸を張る。
針谷としては、どこに誰がいるのか分からない本社の通路で社長批判などやらないでくれ、という本心にも気付いてほしかった。
もっとも、そういった細かな気配りができる男ならこの状況にはなっていないだろう。
ぶり返してきたキリキリという痛みに耐えながら、可能な限り言葉を選んで事態を収めようと奮戦する。
彼にとっての戦場は現場だけでなかった。
「とはいえ、戦う為にはお金が必要になります。戦うためには稼ぎ、稼ぐために戦う。そこに疑問を挟んでしまうと、倫理道徳と現実問題のループになるだけです」
「うぐっ、そう言われちまうとなァ……」
「でもさ。魔法少女達が紙面飾ったって大きな問題にはならなくない?それでスポンサーが降りるわけじゃないんだし、目の敵にする必要は無いはずでしょ」
また社内で突いてほしくない話題をこの人は……。そういえばこの人は前から周りに興味を持たない人だった。
メディアの人間やスポンサー、社内上層の人間が聞いていたらどうなるかわかったもんじゃない。
そう思いながらもなるべく笑顔を浮かべて対応しているが、彼の胃はそろそろ限界かもしれない。
「
「どういうこと?」
「順を追って話しますね。……今我々が使っている装備は、物理科学的な仕組みだけでなく、
先日の巨大な蜘蛛だって、その筋繊維の厚さは並のそれではない。ただでさえ虫は人間より多くの筋繊維を持つ生き物だ。
それが大型トラックの全長を超えるほどのサイズであれば?小銃という言葉が文字通りの意味となってしまう。
それに対抗するために、かつて
既存兵器に魔力を込めるシステムを作ることで、魔力を持たない人間にも可能な戦術を作り上げたのだ。
そして、かつてそれは
「かつて組織ができた直後は、互いに良好な関係だったと思います。魔装武器でアシストし、彼女らが仕留める。現場レベルではなく、組織レベルで上手い連携が取れていたはずです」
「じゃあなんで今もそれがないのよ」
「
その頃には責任者の代替わりもあり、当時の協力関係に疑問や不満に応えらえるものがいなかったのかもしれない。
『女子供を戦線に立たせるな』『我々が武器を取って戦うべきだ』。そんな世間の風潮は強かったことだろう。
そんな社会的背景も後押ししてか、協力関係にあった二組織は徐々に分裂。
更には本来の目的であった『子供を戦わせない』という目的もいつしか風化し、企業としての側面ばかり大きくなる。
月日と共に誇り高い精鋭達だった者達が、いつからか机の上で算盤を引く務め人に代わり。護るべき目的は体裁となり、ただ利益のみを追求する組織へと成り下がっていく。
そして今や独立した二組織の間には、表面的な協力関係しかなくなってしまった。
「つまり、あれか?突き詰めりゃ組織としてはスポンサーだなんだってのは関係なくて、なんで俺達だけで戦えるのに頭下げて子供に協力してもらわなきゃいけねぇんだよ……ってコトか?」
「そうなります」
「……冗談でしょ?この状況で体裁だの意地だの、それこそ利益だので協力相手に文句つけるやつがいるの?この会社に?」
「います」
「んな馬鹿な……」
『
『子供達を戦線に出すなんてかわいそうだ!我々だけで戦うべきだ!』
『あいつらさえいなければ我が社はもっと利益を拡大できる!』
悲劇的なことに本気でそう考えている人間は民間だけでなく、ML社内部にも大勢いる。
これは首脳陣に限らず、現場で働く部隊員も含めてだ。現場では1、2番目の意見、3番目は首脳陣含めた頭脳労働担当に多い。
「おっ、噂をすりゃあだぜ」
話をしながら歩く三人は、向かいから来る二人組を見つける。同じ服装であるのを鑑みるに、戦闘部隊のようだ。
彼らもまた同じく、本社に報告に上がったらしい。
こちらの存在に気づいたようで、互いの横に逸れ、軽く会釈を済ませる。
しかし、三人を見る目は好意的とは言えない。邪魔者を見るような眼をしながら、そのまま歩き去っていく。
「……恥知らず共め」
遠くから、隠す気のない陰口が聞こえる。
それを聞いた大塚は今すぐにでも彼らの顔面に一発入れる気満々であったが、隊長の針谷と冷静な木山がそれを止める。
「オイオイ隊長殿。俺は教育してやろうとしただけだぞ」
「いけません。堪えてください」
「ここは仮にも本社ビルよ。場所を考えて。やるなら戦場でドサクサに紛れてやりなさい」
「違います、仲間内で暴力を振るわないでください」
「フンッ。気に入らねぇぜ。……ああいや、あいつらの事だぞ?」
「分かってます」
人類の勝利、ひいては
脅威と戦うこと自体に意味があると考える木山。
子供であっても強い者に敬意を払うのは当然と考える大塚。
針谷が担当するこの部隊は、圧倒的な損耗率の低さにも拘らず、他部隊からの評判は良くない。
現場に出ると魔法少女と積極的な協力体制を取る、それだけの理由でだ。
「なぁ、針谷よぉ。もし彼女達が一切戦わなくなったとして、人類はいつまで持つと思う?」
「お答えできません」
「予想でいいから、なっ?言ってみ?」
「我々にも立場というものがあります……」
「実質答えみたいなもんじゃない」
率直な予想を言えば、滅ぶ。
次の襲来で滅ぶとは言わないが、襲撃が成された時点で多数の人命被害は免れないだろう。
つまり、襲来が起きれば起きる程、加速度的に人類は滅びへ向かう。
それに対して大きな被害も出さず食い止めている魔法少女達の、脅威へのカウンターとしての役割が如何に大きいことか。
口が裂けてもここでは言えないが。
「これに加えて、我々やマナフロをテーマにした玩具会社の売り上げ、防衛費の予算配分、現場での意見衝突、メディア露出や配信活動によるイメージ戦略等、様々な場所で軋轢は生まれています。それでも瓦解しないのは、脅威という共通の敵が未だ消えて無くならないからです」
「皮肉なモンだなァ……イヤになっちまうぜ」
「ここ十数年、両組織共に
悪く言えば、今のML社は危機意識が喪失している。
そして、どうして年端も行かない魔法少女達が、それと立ち向かえるのかすらも。
「なんでそんなに詳しいの?」
「身内に長く務めた人がいまして。愚痴に付き合ったり、自分でも色々調べたりしてたら、自然と」
「勤勉だねぇ。俺が同じ年の頃っつったらよォ」
「やめてよ、興味ないわ」
「ひでェこと言いやがる!……ヘヘっ」
「ふふっ」
軽口の応酬に、三人ともなんだかおかしくて笑ってしまう。
そうだ、これでいい。態々格式ばったやりとりもなく、肩肘張らず、柔軟に。使えるものは何でも使う。
そうやって今まで戦ってきたんだ。これからもそうすればいい。
誰に言うでもなく、この穏やかな時間が、針谷は好きだった。
その後は今度晩飯行こうだとか、訓練の話だとか、他愛無い話をしつつ長い廊下を歩き、エレベーターを乗り継いでおよそ数分。一階のホールまで辿り着く。
「俺達はここまでだな。じゃあな、また明日」
「また明日ね、隊長」
「ええ。また」
「まーた開発課連中のお小言が待ってるぜ」
「無茶な使い方するからでしょ。刃がボロボロになってた」
「リミッターをちょっと無視しただけだぞ?」
「想定出力の倍はちょっとって言わないの」
二人の不穏な会話を極力耳に入れず、針谷は広報課には寄らず、会社を後にする。
近くのバス停まで歩き、乗り込むその後ろ姿は、とてもくたびれていた。
自宅近くのバス停で降り、すたすたと歩くことまた数分、家からほど近い小さな公園へと辿り着く。
平日の午前、遊具で遊ぶ子供もいない。周囲に人影も見当たらない。
そこのベンチに腰掛け、思いっきり息を吸い、そして。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁ……ぁぁ」
長く、長く吐き出す。
ようやく胃の中の重い空気を吐き出すことができた
年若く部隊長を務める彼は、それなりに兵士としては経験を積んできたが、こと部隊を治める人間としてはあまりに平凡な胃をしていた。
現場指揮官としては優秀であるはずの彼は、とにかく可及的速やかな休息を欲していた。
さっさと帰ってご飯食べて、お茶でも入れてゆっくり休もう。ちょっと遠回りして行きつけの店で甘い物を買うのもいいかもしれない。
PiPiPiPiPiPi……
「……ハァ、電話……登録がない番号……緊急か……?」
そんなことを考えていたが、どうにもそうはいかないらしい。今鳴っているのは仕事用の端末だ。
私用の方ではなく、部隊長として持たされている専用の端末へと連絡が入ってしまった以上、気づきませんでしたは通用しない。
さっさと出て、さっさと済ませる。そうするしかない。どうか面倒事じゃありませんように。
いるかもしれない神様に祈りながら、通話ボタンを押す。
「はい、こちら針谷です」
『あっ、針谷さんですねっ!よかったぁ、繋がって。あっ、申し遅れました。
出てきたのは溌剌とした明るい女性の声。
彼にとってはごく最近聞いた覚えのある、あの赤髪の少女、『新藤 茜』の声だ。
「……一体、どこから、この番号を?」
『ぴっ。あ、あの、なにか怒ってます……?』
「出所は、どこですか?」
『そ、そのぉ。先日の件を『学園長』に報告したら、特に針谷さんについて詳しく聞かれまして……』
「僕のことを?」
『その時はML社から共有された撃退報告書を読んでました。そしたら笑顔で私に電話番号を教えてくれて、直接会った私から話をつけるようにって』
もう嫌だ。絶対、間違いなくこの後、最悪午後休みが全部潰れる面倒事だ。
そもそもマナフロのトップが自分の連絡先をどこから取得したのか、その答えになっていない。今すぐ切りたい、帰りたい。
もっとも、それができない性根は彼の美徳でもあり、また世渡り下手なところでもあった。
『ホラ、ML社の皆さんって、基本的に結構私達に冷たいというか……ねっ、あれですし。物珍しかったのかなぁ』
「……その件については、大変申し訳ありません」
『いっ、いやいやいやっ!!針谷さんが謝ることではっ!!……多分、そういう所も含めてなんでしょうけど。とにかく、『学園長』の気を引いちゃったみたいで……あちらの規則上、撃退から二日目の午後は休暇になってるはずだから……その……』
確かに、規則上休暇になっている。
撃退当日からその翌日中に撃退報告書、装備の補充申請書を提出し、さらにその翌日に本社へと出向、報告。
したがって撃退から二日目の午後は休暇をもらうことになっている。人々の思い描く恐怖そのものと戦う以上、戦闘後は必ずメンタルケアの時間を取るようにしているのだ。
電話口の彼女、茜は恐る恐るといった感じで、いかにも申し訳なさそうに告げる。
『フロンティアまで、来てくれませんか?』
神は死んだ。これは、休日返上の案件だ。腕時計を確認し、即座に思い至る。
現在11時半。適当な理由をつけて断ろうと、針谷の頭の中で断るための方便語録が駆け巡る。
「すみませんが、これから帰宅して昼なので」
「えぇっと……お昼を済ませてからでもいいそうです。なんなら、こちらに食べに来ればいい、ですって」
通話中、電話口の向こうからカサリと紙をめくる音を針谷は聞き取った。
何らかのメモを見ていると推測、恐らく『学長』が用意した手回しだろう。
同時に、用意できる方便は全て潰されるだろうという嫌な確信が脳裏を過る。
それでも針谷は打てる手を打とうと足掻く。
「互いにリスクが大きすぎます。密通等と疑われれば笑えませんよ」
『内密に来てもらう為に最大限の対策をする、と。億が一情報が漏れた場合、全責任をもってこちらで処理する。誓約書を書いても構わない、だそうです』
「たかが一個人に誓約書とは大きく出ましたね。ですが、そういうのは社を通すよう伝えてください」
『えっとえっと……通したら来てくれないから、個人的に招待するだけです!』
「そういう問題ではありません。そもそもマナフロは男子禁制でしょう」
『出入り業者には男性もいます!問題ありません!』
今の針谷の表情を例えるなら、苦虫を生きたまま口に入れ、噛み潰さないような表情と言える。
抵抗を始めたあたりから、彼は溜め息を必死に堪えていた。そういう意味では電話で顔が見えないのは、茜にとって幸運だと言える。
これ以上のやり取りは労力の無駄だろうし、何よりここまで用意しているという姿勢を見せられてる。
断って向こうの面子を潰すのもマズいと再度思考し始める。ML社所属としての体裁と、断った際これから起きるであろうデメリットを。
天秤は後者に傾いた。午後休暇は犠牲になった。
「……分かりました」
『ほんとですかっ!?やったぁっ!』
全くもって本意ではありません。本当は今すぐ帰って寝たいんです。
そう言えるだけの自己愛よりも、喜ぶ少女に水を差さない程度の人間性が上回ってしまった瞬間であった。
「集合場所はどちらです?一度帰宅して着替えた後、合流します」
『えっ、でもすぐ来てほしいって』
「お願いですから着替えさせて下さい。立場というものがありますので」
会社指定の制服を着て、長年対立してる組織に行くなど冗談抜きで自殺行為だ。
すっぱ抜かれれば針のむしろでは済まない。社会的死だ。
茜はその辺にピンと来ていないらしい。学生と社会人の違いだろうか、等と無意味な思考で現実逃避し始める。
『分かりました。では……12時過ぎに──駅集合でお願いしますっ』
「了解しました。迎えは新藤さんがいらっしゃるのですか?」
『はいっ!フロンティア内も案内するように言われてますのでっ』
「大変、頼もしいです……。ではまた」
『はーい!楽しみにしてますねっ!』
ご飯食べて顔を出して終わり、とはならないことが確定した。
なんでこれに残業代や代休が付かないんだろう。彼の内心はそんな気持ちでいっぱいだった。
「フロンティア……美味しい物、あるかなぁ」
虚しい現実逃避と、多少の期待も込めて、そう呟いた。
平和のため、愛と勇気を胸に戦う少女達。
そんな彼女達も普段は勉学に励む一介の学生達である。
そこは女の園。男子禁制、不可侵の学び舎。
彼女らは誇りある学園の伝統と礼節を学び、そして戦場で可憐に戦う。
力を持たない人々の為に。
次回 第三話「マナ・フロンティアのかしまし青春」