急ぎ自宅に帰った針谷はスーツに着替え、ビジネスバッグに最低限必要なものを詰め込み家を出る。
目指すは駅。全ては休暇返上の面倒事を片付けるために。
駅前のバス停で降り、改札へと向かうと見覚えのある、ピンクのリボンがチャームポイントの赤髪少女が手を振っていた。
「はーいっ!こっちでーすっ!」
まだ距離は大分あるというのに、こちらを見つけてぶんぶんと手を振る姿は、どことなく人懐っこい中型犬を想起させる。
それを本人には伝えないだけの分別を、針谷は持っていた。
「お待たせしました、新藤さん。今日は制服なんですね」
「午前中は授業でしたから!」
「へぇ。何年生?」
「中学三年生ですっ」
先日現場で会ったときはフリル付きの魔法少女衣装だった茜は、現在はセーラー服を着ている。
年相応というべきか、現場の時とは違い、頼もしさよりも年相応の可愛らしさが眩しい印象。
活発な、クラスにいたら男子が放っておかない美少女。針谷が茜を見た最初の印象はそれだった。
「聞きかじりですが、討伐官になるにはかなり厳しい試験があると聞きます。一般的には高校生からだとか。努力されたのですね」
「ふふん、私、実は結構すごいんですよっ!」
「お世話になってますから、存じていますよ。その装いも学生らしくて素敵だと思います」
「……あの、敬語。無理に使わなくてもいいですよ?」
針谷は思わず言葉に詰まる。敬語を使っているのがわざとだからだ。
今回の呼び出しの理由は未だ不明。警戒も込めて、『学園長』や彼女達に対して初めはなるべく距離を取っておきたい。
『今の貴方達とは仲良くしたくない』という意味を込めた、彼にしては珍しい大人げない警戒心だった。
「すみません、しばらくはこのままで」
「むぅ……分かりました」
頬を膨らます茜と一緒に、改札を通りホームへと向かう。
既に『フロンティア駅』へと向かう電車は停まっており、二人はそれに乗り込んだ。
「おぉ、誰も乗ってない電車……!ちょっとワクワクしますね、非日常っぽくて!」
「流石にこの時間は人がいませんね。……はぁ、やっと人心地ついた気分ですよ」
平日の昼間ということもあり、学園へと向かう電車の中に人はいない。
フロンティアへと向かうスーツの男性が制服姿の女子と一緒にいる。しかも学校がある筈の平日昼に。
人に見られればまず不道徳を疑われてしまうシチュエーションだ。
誰かに見られたら困る彼にとって、非常にラッキーと言える。この状況自体が既にアンラッキーと言えるが。
いくら全責任は取ると言われていても、それを鵜呑みに出来るほど信頼を置くことは出来なかった。
考えてもしょうがないかと気持ちを切り替え、隣に座る茜を見やる。
日常では見られない光景だからだろうか、本当にワクワクしているようだった。
「……はっ、すみません。つい」
「いえ、気持ちは分かります」
針谷にはその姿に、ほんの少しの既視感を感じていた。
人のいない学校やオフィス、訓練場。いつもなら人が大勢いなくてはならない場所。
そこに誰もいない、自分と環境の音だけがその場所に響くあの神秘さ。
今大きな声を出したらどこまで響くのだろう、音がするとしたら誰がいるのだろう。
そんなことを考えるのは、いくつになっても好きだった。
だからだろうか、つい口が滑ったのは。
「でも僕はなにより、新藤さんがそう感じていることが嬉しいです」
「へ?」
「日々の変わらない日常があるからこそ、非日常を楽しめるから。僕達も誰かの日常、幸せを守れているんだ……なぁって……思いまして……」
言い始めてから、両手で顔を隠したくなるほど恥ずかしくなってきた。
なんだよ幸せを守れてるって、今日日リアルで口にする人いないだろ。
クサすぎる。言っていてなんだかむず痒さすら覚えてくる。口調まで素に戻りかけてた。
そもそも、それだって彼女達の助力あっての事。
役に立っていないとは言わないが、その言葉を口にしていいのは僕ではなく彼女達じゃないか?
そう考え、撤回しようと振りむいたころにはもう遅かった。
「すみません。烏滸がまし───」
「針谷ざんっ!!私゛っ!!感動しまじだぁっ!!」
「えぇ……」
「ぐずっ、やっぱり。針谷さんは優しい人ですっ。私の目に狂いはありませんでした!」
「お、落ち着いてください!一先ず、泣き止んでもらって……!」
女子中学生の情緒怖……なんて失礼なことを考えながらも、今の状況が非常によろしくないことも頭は理解してしまう。
慌てふためく社会人と感動にむせび泣く女子中学生を乗せ、揺れる電車はまっすぐにフロンティア駅へと向かう。
大規模魔法学園都市『マナ・フロンティア』は敷地が膨大であり、区画分けがされている。
小学校から大学院までの学習機構を含む『教育エリア』。
食料品店から雑貨店、美容院や娯楽施設を包括する『商業エリア』。
日夜魔法少女達をサポートするために魔力そのものの研究が行われる『研究エリア』。
これら三つのエリアによって構成される大規模複合施設である。
そこに暮らすのは学生だけでなく、もはや施設というよりは一つの街である。
かつては学校一つから始まったとされるこの学び舎は、今や自治体として確立されている。
フロンティアでは男性の立ち入りがかなり制限されるが、中でも特に制限されるのが教育エリアと研究エリアである。この二か所は禁止と言っていい。
残る商業エリアは学校周辺に限り制限されてはいるが、残る大部分は一般にも開放されている。
が、それでも入場の為には事前に申請し、役所の許可を取らなくてはならない。
国防の要所と言っていい地区なだけに、人の出入りに関しては厳重に管理されている。
針谷に関しては、先にフロンティアの手回しがあったようで、今回に限り免除されている。
「新藤さん、先に昼を済ませてからでもいいんですよね?」
「はい。連絡は既に入れてますので」
「それは良かった。さて、どうしたもんか……おっ」
そんな場所だからこそ、当然飲食店も多数存在する。
学生でも気軽に楽しめるチェーン店から、甘いもの好きの天国ともいわれるスイーツパラダイス、果てはお値段時価の寿司屋まで。
多数在籍する学生の為に多様性を広めた結果がそれだが、その品質の高さから学外からわざわざ許可を取って取材に訪れる記者やインフルエンサーは後を絶たない。
そんな中針谷が『せっかく滅多に来れない場所まで来たんだし、昼食を取る時間くらい待たせてもいいだろう』と街中で目を凝らし探すこと数分。
見つけたのが、一件の小ぶりなイタリアン風のレストランだ。
同行者である茜が委縮しない程度に上等で、かつ自分の好物が置いてそうな気配を感じたのだ。
ピザやパスタ、上等な牛肉の料理をメインにしているという触れ込みも大きい。
特にステーキだ。ステーキとパスタを同時に売りにするとはなかなか漢気がある。気に入った。
「こちらでよろしいですか?」
「おぉ……!オシャレ雰囲気で、あっ、私制服なんですけど浮きませんかっ?ていうか、お金っ」
「この時間は空いてますでしょうし、大丈夫かと。お代は僕が出しますので」
これは入ってみるしかない……と意気込んで入ると、店内も相応に落ち着いた雰囲気が漂う。
平日の昼時、やや過ぎ。立地もあるだろうが、こういうちょっとお高い店は手早く昼食を済ませる社会人や学生が少ない。
針谷の予想通り、店内は空いていた。店員の案内を受け、そのまま囲いによって半個室となっているテーブル席につく。
茜から見ても、針谷はとてもワクワクしていた。彼は美味しい食事や飲食店の開拓が好きだった。
そしてメニューを眺めること数分、思い至る。
トップとの会談前ににんにく香るであろうステーキをがっつり食べていくのもどうなのか、と。
針谷は断腸の思いで、泣く泣くステーキを諦め、店員を呼び出す。
「すみません、この『モッツァレラチーズと季節野菜の煮込みハンバーグ』をAセットの、ライス大盛りでお願いします。飲み物はアイスコーヒーで」
「私は『チキンソテーとエビフライのミックス盛り』のBセットのライス大盛り、ドリンクはメロンソーダで!あっ、食後にチョコレ-トパフェ一つ!」
「僕も、クリームブリュレを一つ。食後で」
結局肉にはした。が、本人の中では大きな葛藤があったのか、悔やんでも悔やみきれない思いが表情からは浮かんでいた。
茜はさほど迷わずオーダーをする。奢りならばありがたく!という気前がかえって気持ちいい。
注文して一息ついたところで、茜はどこか落ち着かない様子で針谷に質問する。
「あ、あの……あんまり食べ過ぎる女の子って、男の人的にあんまり良くないんですかね……?」
「……えぇと。個人的には、食べないよりは健康的でいいと思います」
急な質問に面食らってしまったが、確かに年頃の女の子からすれば大盛りの食事にがっつくのは……ということだと理解する。
だが彼は社会人、それも戦場で走り回り、時に長時間耐え忍ぶのが仕事の男からすれば、食べることは重要な仕事の一環。
そんな男からすれば、むしろよく食べる茜は好印象だった。
「僕らは走り回るのが仕事ですから。むしろ食べて強くならないと」
「確かにっ!!食べ過ぎたらその分動いて消化すればいいんですよねっ!!」
「その通りです」
乙女のフォローとしてはギリ赤点の回答だが、茜的には正解のようだった。
戦場でも活発に動き回る以上、空腹で動けないという事態を避ける為にも、食事はなるべく取った方がいいという針谷なりの誠心誠意の回答でもあった。
「それと……やっぱり敬語は……その……」
「今更ですが、中学生に敬語を使っている方がマズい気もしてきました」
スーツを着たそれなりに体格のいい男が、制服姿の中学生に、敬語で話しかけながら、昼食を奢る。
自分の行う警戒行動の一挙手一投足、ひょっとして全て不審人物のそれなのでは?針谷の疑念と冷や汗は留まるところを知らなかった。
「今更で本当に申し訳ないけど、敬語は使わないようにするよ……」
「申し訳ないだなんてそんな。元々こっちの都合で呼んじゃったですし!」
「つまらない意地張るんじゃなかったな……」
「意地?」
「ごめん、こっちの話」
自分の大人気のなさに呆れつつ、会談前だし力を抜くべきだと脳を休める。
肩の力が抜けた針谷を見て安心したのか、茜もへにゃりと笑う。
緊張が取れてからは軽い雑談をしつつ、料理を待つこと少し。
「お待たせしました。モッツァレラチーズと季節野菜の煮込みハンバーグ、チキンソテーとエビフライのミックス盛りです。お飲み物はこちらに置かせていただきますね」
「ありがとうございます」
「おいしそー!」
「ごゆっくりどうぞぉ」
ウェイターの青年はにこやかに笑い、歩いて行った。
自分と同じくらいの歳の男が働いているのを見るに、この地域は完全に男子禁制というわけではないのだなと改めて理解する。
さて、問題は目の前のこれだ。見るからにおいしそうなこれ。
ブラウンの陶器製の器、その中心に鎮座するハンバーグ。
デミグラスソースの上に溶けて流れるのはモッツァレラチーズ、その上には5粒のグリーンピース。
そして傍には塩ゆでしたアスパラ、カブ、そして一緒に煮込まれて軟らかくなったミニトマト。
これもまたいいチョイスだ。味の濃いハンバーグに合わせるならさっぱりしたもの、そして酸味の利いたものがいい。
彩りの時点でこれとはこの店の料理人、かなりのやり手だ。流石はフロンティアの商業区画、侮れない。
などと考えている針谷を他所に、茜は目の前の料理にキラキラと目を輝かせていた。
「ふわぁぁぁ……!おいしそう……!!」
(肉厚なチキンに豪快なエビフライ。これはやんちゃなコンビだ)
分厚くジューシーなチキンに、噛めばザクザクと音を立てそうなデカいエビフライ。
チキンソテーには和風ソ-ス、おそらく玉ねぎとリンゴをすりおろして作った一般的なものだろう。
そうなってくると気になってくるのはエビフライのソースだが、こちらはタルタルソースが別皿でついてきている。
その出来を見て、どちらも既製品ではなく自家製だと針谷は見抜く。こういったひと手間にこそ、意味がある。
二人はほんの少し料理に見とれて(茜は写真を撮ってから)、互いに両手を合わせる。
「「いただきます!」」
ハンバーグは箸を入れると、それなりの弾力で迎え撃つ。つまり噛み応え重視ということだ。俄然、針谷の期待は高まる。
逸る心を抑え込み、一度ソースに漬けてから肉を口に放り込むと、まず溢れる肉汁に驚く。
一口分の肉だというのに、いったいどこにこれだけの肉汁を隠していたのか。そう言わずにはいられない程だ。
当然、ライスを掻き込む手も止まらない。添えられたオニオンスープも中々の仕事人だ。
次はモッツァレラチーズも重ねて口に入れる。当然、美味しいに決まっている。
濃厚なソースに、強い香りのモッツァレラチーズ、そして分厚いハンバーグ。
どれも個性が強すぎる逸材だが、どれも喧嘩していない。その濃さたるや、まるで僕の預かる部隊のようだ。
心の内だけ饒舌な針谷を気にせず、茜もまた一心不乱に食べ進める。
普段は学食や自作の弁当、友達と行くチェーン店で済ませることの多い茜にとって、この食事はある種の感動を覚えるものであった。
茜は、手の込んだ料理、その意味を幼いながらに漠然と理解した。
「ここに来て、本当によかった」
「私も……っ!」
二人の手は、食べ終わるまで止まることはなかった。
「ありがとうございました。またのお越しを、お待ちしております」
「お腹いっぱいです!ごちそうさまでした!」
「想像以上の美味しさだったな……また来たい」
食事を終えて店から出た二人は満足感で満ちていた。
想定を超える味とボリュームに、なんなら二人ともライスのおかわりまでした。
お互い好奇心を抑えられず、一口ずつ交換もした。
「ハンバーグ、凄い……お肉食べてる!って感じでしたっ!」
「チキンも良かったですね。あの味の染み方、作り手の腕が──」
「お兄さん!すんません、ちょっとお時間いただけませんか!?」
「うおっ、は、はい。なんでしょう」
デザートもしっかり食べて大満足の二人が出ていこうとすると、先ほど食事を運んでいたウェイターの青年に声をかけられた。
片メカクレが印象的な、言葉使いがフランクなのがかえって親しみを感じる。
「いやぁ、呼び止めちゃってすんませんね。何分男性のお客さんは珍しいもんで。ほら、歳も近そうだし、よかったら連絡先貰えねぇかなと思って」
「あぁ、いいですよ」
「あざっす!あっ、俺
「ご丁寧にどうも。僕は
連絡先の交換も終え別れを告げる。また来てくださいねー!という声が何とも嬉しい。
この町に来てからいい出会いに恵まれているなぁと針谷は独り言ちるが、茜はどうにも面白くないようだった。
「なぁーんでぇー、私には下の名前教えてくれなかったんですかぁー?」
「仕事の提携先ってだけだから」
「割り切りが潔すぎるよぉー!!」
ねー私も呼ぶー。ダメです。連絡先だけでもいいですから!
そんなやり取りを続けながら、二人は学園長の待つ『教育エリア』へと向かっていった。
談笑しながら道程を行き、二人は巨大な、城壁と言われてもなっとくな高い壁に覆われた建造物、その門の前に辿り着く。
見上げた先にその頂点が見えるあたり、空でも飛べなければ侵入は出来ないだろう高さだ。
門には検問が敷かれており、当然そのスタッフは女性だ。
茜が「話をつけてきます」先に進む。
「身分証をお願いします」
「はいっ」
「確認しました。3級討伐官『新藤 茜』さんですね。おかえりなさいませ。……そちらの方もお話は伺っております。規則ですので、身分証をお預かりします」
「分かりました」
そう言われて一瞬、免許証を出すか社員証を出すか悩む。
公開される訳でないのだから、受付で隠すべきではないと判断し、社員証を提出する。
提示されたものは彼女にとっても意外だったのか、女性はまじまじと社員証を眺めている。
「伺ってはいましたが、本当に男性、それもML社の方が招かれるとは。あぁ、気分を害されましたら申し訳ありません」
「いえ、僕自身、想定外の連続でして……」
「心中、お察しします。学園長は稀に突拍子のないことをされるので……はい、確認いたしました。お返しします」
互いに苦労していると共感を得た社会人二人は、溜息を一つこぼす。
上司の無茶ぶりに慣れたくなかった大人の、鉛のように重い溜息だった。
「改めまして、ようこそ
『フロンティアスクール』は幼稚園から大学院まで、あらゆる学校教育を内包した施設となっている。
魔法の発現時期は個人によってバラつきがる。生まれつき使えるというケースが一番多いが、ある日突然魔法が使えるようになるケースも珍しくはない。
キャンパスライフを送っていた女学生が、唐突に魔法を使えるようになる。そんな事例は後を絶たない。
そういったケースに対応するために、あらゆる教育施設を、ニーズに合わせて用意している。
それ以外、生まれつき魔法が使える子達は、10代前半からの学生生活を、ほぼフロンティアスクールで過ごすことになる。
小学生以下は通学、中学生は寮生活となっている為、小学校までは最寄りの連盟支部での定期的な啓発、中学校から通う、というのが一般的な流れとなるからだ。
「でも転校したくない子や寮生活が嫌って子もいるんでしょう?そういう子はどうするんですか」
「どうしてもっていう場合は、通信教育みたいに資料の送付とオンライン授業と定期試験、それとは別に定期的な教員派遣という形で対応するそうです。普段の学校生活に加えてのそれですから、かなりハードだって聞きますねぇ」
笑顔で見送る受付を後にして、そのまま職員棟、来客用玄関を目指して歩く。
学内ということもあり、念のため針谷は敬語に戻している。
敷地面積が広大なだけあり、移動にすら時間がかかるのは針谷にとって不幸と言える。
学生達はどのように学内を移動しているんだろうか。まさか全員徒歩なのか?そんな益体のないことを考えていると、茜から話し始める。
「今は1時半だから午後の授業中です。今なら誰とも会わず学園長のとこに行けますね!ふふふ、美味しいもの食べて、授業にも出なくていい。なんだか悪いことをしてるみたいですっ」
「補習は?」
「あ゛ぁ゛ーっ!!考えないようにしていたのにぃ!!」
「そりゃあるでしょう、公欠なんですから」
気持ちはわかるけどね、と和気藹々と歩いている針谷だが、どうしても気になったのか茜に一つ聞いてみることにした。
「その、思ったより、拒絶されないんですね。すみません、偏見とは分かっているんですが」
「驚かれますよねー。私も現場に出始めて温度差にビックリしましたもん」
「ただ、そこまで友好的というわけでもない。どちらかと言えば……関心が薄いように見えます」
本音で言えば、受付対応の時点で嫌悪感を剥き出しにされるものだと思っていた。
ML社のスタンスを考えればそれも無理からぬことだと考えており、それも含めて今回の出向は気が向かなかったのもあるのだから。
蓋を開けてみれば、こちらに対して敵意はなく、そもそも興味もあまりない。針谷からすれば肩透かしを食らった気分だった。
「私含めて魔法少女は現場に出るまで……というより、ここに住んでる人はフロンティア外の人とほぼ関わりません。だからそもそも、マシナリーラインっていう会社の人がどういう人達かを詳しく知らないんです」
「……なるほど、無関心なのではなくそもそも知らないと」
「はい。皆さんが私達と半ば対立関係にあるということは知っていても、それがどうしてか、どれくらいかっていうのを具体的に知りません。実際に知るのは現場に出てからです」
「この都市だけで生活が完結するから、組織同士の関係性を知らないまま生きていける……なるほど、少しずつ見えてきました」
現在に至るまで、学園都市内で
理由は不明だが、最新の研究ではこの地域には彼らを寄せ付けない『力場』のようなものがあるのではないか、とのことだ。
それを踏まえて針谷は、この都市は一つの安全地帯でもあり、同時に鳥籠のようでもある、という感想を抱いた。
「討伐官、えっと、現場で
「その言葉、会社の人間全員に繰り返し聞かせてやりたいです。特に社長には」
「あ、あはは……」
それはつまり、僕達は戦力として認識されていないのですか?
針谷はそう言いかけた口を理性で閉ざし、悟られないよう軽口で誤魔化した。
自分だって、彼女達を護るべき、幼い子供だと常に認識していたか?否、彼女達を戦力として見ていたはずだ。
何を今更。都合のいい時だけ戦力扱いとは、いくらなんでも自分勝手が過ぎる。
金銭欲や意地という下らない意図で対立している自分達と、そもそも僕らを対立しているとも認識していないフロンティアの人達。そして彼女らを戦力として認識している自分。
針谷にはそれが、酷く歪な関係だとしか思えなかった。
「流石に……緊張しますね」
「が、頑張ってくださいっ。応援してますのでっ」
誰かと出会うこともなく、無事に職員棟へと辿り着き、そのまま一階にある学園長室へと辿り着く。
近づけば近づくほど自社の社長を思い出して、トップだし一癖あるんだろうなぁと胃が締め付けられる針谷と、それを心配する茜。
待っていても何も始まらない、と針谷はドアをノックする。
聞こえてきたのは、老齢の女性の声だった。
「はい」
「マシナリーライン社より伺いました、針谷と申します」
「どうぞ」
声に返答し、入室する。
そこにいたのは、白髪の老齢の女性だった。
杖をついてはいるが、背筋はきっちりと伸びていて、年齢を思わせない覇気がある。
柔和な雰囲気と威厳を持ち合わせるその風格は、戦場とデスクでの仕事がメインの針谷にとって感じたことのないものだった。
頼もしく、優しく、強く、そしてどこか恐ろしさすら感じる。
うちの金銭欲の怪物とはまた違う、言葉にするなら『傑物』だ。そう理解した。
「ようこそおいでくださいました。お疲れでしょう。さ、二人ともおかけになって」
「失礼いたします」
「失礼しますっ」
これで新藤さんがいなかったらきっと、自分は平常心を保てなかっただろう。
内心感謝を送りつつ、二人は来客用の席に着く。
「改めて、私、
「ご丁寧にありがとうございます。マシナリーライン社所属、対
「いえいえ。急な呼び出しに応じてくださり、ありがとうございます」
深々とした礼は、社会人慣れした針谷にとって美しさすら感じた程だった。
わからない、この方の考えていることが。いや、狼狽えるな。この方が自分達をどう思っているのか、見極めるんだ。
針谷は焦り、逸る自分を抑えるので必死だった。
「新藤さんも、ご苦労様でした。ごめんなさいね、取り次ぎだけでなくお迎えまで頼んでしまって」
「いっ、いえいえ!お役に立てて何よりですっ!」
「ふふふ、お二人ともそう固くならずとも構いませんよ。お茶を淹れますので、少々お待ちを」
そう言うと席を立ち、すぐ近くの給湯器を付け、茶葉の用意を始める。
容器から察するに緑茶だろうか。二人は大人しく待つ。
「この街を訪れてみて、いかがでしたか?楽しんでいただけましたか」
「とても、いい街だと思います。出会う人は皆穏やかで、食事も美味しかったです」
「おやおや、それは嬉しい。新藤さんが案内してくれたお陰でしょうか」
「はい。魔法少女の方と何度かお会いしたことはありますが、今日案内してくれたのが新藤さんでよかったと思います」
「えへへ~」
話している間にも学園長は急須に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。
そうして少し待ってから、湯呑に注ぎ入れ、テーブルの上へと並べた。
「どうぞ」
「ありがとうございます。頂きます」
二人が湯呑に手を伸ばしそれを飲む───
((……紅茶だ、これ))
茶葉のケース、急須、湯呑み。
どれをとっても和風なのに、入っているのは紅茶、おそらく上質なアールグレイ。
その微妙な表情を読み取った学園長はというと。
「ふ、ふふ、あっははは!その顔!その微妙な顔が見たかったの!」
さっきまでの威厳ある態度をさっぱりと消し、呵々大笑する学園長を見て針谷は唖然とする。
思わず隣の茜を見やると、茜も驚いているようだった。
「美味しいけど、予想と全然違うものが出てきたときのその顔が私は好きなのよねぇ、おかしくって。あー笑った笑った」
「新藤さん、その、この方は、こういう……」
「い、いえ、今知りました。普段は優しい穏やかな方で。そっか、学園長ってそういう風に笑うんですねー……!」
確かに意表を突かれたが、なにより驚いたのはその雰囲気の変化だ。
先案での厳格さはとんと鳴りを潜め、好々爺然とした親しみやすさで溢れている。
それが切り替えの成せる業なのか、それともこれが素なのか。恐らく後者だろうと針谷は判断し、息を吐き出す。
この時点でもう、彼はやってられなくなっていた。心がささくれ立っていた。
「いえね、二人ともガチガチだったじゃない?せっかくプライベートの時間を割いてもらってるんですもの、楽しくお喋りしたいじゃない」
「そう思ってらっしゃるなら呼び出さないでほしかったです」
「針谷さんっっっ!?!?!?」
「あっはっはっはっはっは!!言うじゃないの!流石は剣崎のとこのね。……さて、と。新藤さん」
「えっ。あっはいっ」
「今からなら6時間目の授業には間に合うでしょう。これから込み入った話もありますので、授業に戻っていいですよ」
「えっ……分かりました!それでは、針谷さんっ、今日はありがとうございました!」
「こちらこそ、今日はありがとうございました」
少し残念そうな表情をするがすぐに席を立ち、失礼しました!と言って彼女は部屋を出て行った。
落ち着いたころを見計らって、学園長、
「貴方のように、わが校の子達に親身に接してくれるML社の方はめっきり少なくってねぇ。たまにいると報告に上がるの。中でも度々貴方の名前が挙がってたから、どんな人か顔を見ておきたかったの」
「彼女達の負担が減れば、それだけ人々の安全、そして
もちろん、大人としての意地というのもある。あるが、それを針谷は口に出せなかった。
持っていて当然、やって当然。けれど彼女らの力には敵わない無力感が、それを言葉にするのを躊躇わせた。
そんな内心を見抜いてか、
「ふふ、ありがとう。優しそうな人で良かったわ。ああそうだわ、これは今日来てくれたお礼」
そう言うと
開いてみるとそこには自分の名前、顔写真、
そして
どこで撮ったか知らない自分の写真、そして学園長のサインに厄ネタの予感がして吐き気がするが、何も聞かずに突っぱねられるわけが無い。
「あの、これは?」
「それを見せればフロンティアの区画の内、研究エリア以外のどこにでも入れるようになるわ。悪用厳禁よ?」
「なんてものを渡してるんですか……ッ!?」
「たまに遊びに来て頂戴。友好的なMLの人って少ないから貴重なのよ。それに頼みたいこともあるし。ああ、連絡先も書いてあるから」
(い、胃が……!)
この方からすれば自分は信頼に値するのだろう。けど急に負荷をかけるのはやめて欲しい。
切にそう願う針谷ではあるが、続けて頼み事という単語にまた気が重くなる。
ここまでの流れ的に、面倒事の予感しかしない……針谷はそう思いつつも耳を傾けることにした。
少なくとも目の前の彼女は悪人ではないし、聞かずに突っぱねるのもどうかと思ったのだ。
なにより、フロンティア内の美味しい店の開拓権に等しいこのパスポート。
万が一ML社の人間にこれが露見するリスクを背負ってでも、これを手放したくはなかった。針谷は食欲と好奇心に、そこそこ忠実だった。
「身構えなくてもそんな大変なことじゃないわ。これからもあの子達に優しくしてあげて頂戴な。優しさや思いやり、素敵な思い出は、あの子達の原動力になるから」
優しく……というのは、現場で鉢合わせたら積極的に協力してほしい、というだけではないのだろう。
生徒を預かる身として、一人でも多くの生徒に無事でいてほしい。そういった願いが込められた依頼。
それを断る選択肢など、針谷には存在しなかった。
「了解しました。針谷班部隊長として、最善を尽くすことをお約束します」
「ありがとう。そうね、せっかく来てくれたのだから、この学校の事でもお話ししましょうか───」
それから少し時間が経ち、一方茜のクラスはひと悶着していた。
「茜ちゃん男の人案内してお昼食べてきたってほんと!?どんな人だった!?」
「身長は!?年上だよね!仕事は!?年収も!」
「どんな話したの?出会いから通しで聞かせてっ!!」
「結婚はしてる!?この後こっち来たりするのっ!?」
「そこまで知らないよーっ!!助けて学園長ーっ!!」
「お前ら授業終わったんだから気をつけて帰れよー。あと新藤、私にも後で聞かせてくれな」
「さすが先生っ!話が分かる~」
「わかんないよー!!」
普段は寮生活で男性との接点のないクラスメイト達の質問は、、
『脅威』の存在が確認されてから、その侵略は未だ無くならない。
奴らはどこから来るのか?どのように生まれるのか?どこに現れるのか?それも未だに解明されていない。
唯一分かっているのは、奴らが人間の『恐怖』の感情を元に行動していることだ。
『脅威』から生まれたものは必ず人に害を及ぼす。
そしてその姿は『物』には限らない。
次回 第四話「物質・現象・概念」