マシン・マジック・マイメモリー   作:飛び回る蜂

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第四話「物質・現象・概念」

 

 

 

『緊急事態発生。〇〇市街地にてP型脅威(メナス)の発生が確認されました。現在行動可能な隊員は速やかに集合、出撃準備に移ってください。繰り返します、○○市街地にて───』

 

 

 午前中の訓練を終え昼食をとる針谷達に、緊急事態を告げるアラートがけたたましく鳴り響く。

 それを聞いた針谷はきつねうどんを胃に流し込み、木山、大塚、そして周辺の隊員も全員即座に食事を終えて席を立ち、出撃準備へと向かう。

 

 

「P型ってぇと何時ぶりだ、隊長」

 

「半年前です。あの時は雷でした」

 

「今回はなにかしらね。厄介なのは確かなんだろうけど」

 

 

 脅威(メナス)は不定形であり、対峙した人間の恐怖そのものになる。

 そしてそれは物質的なものに限らない。現時点で今日にはタイプ分けがなされており、それによって対処方法も複雑に、そして撃退難易度が跳ね上がる。

 

 

 タイプM『物質型(Material)』

 

 動物、昆虫、果てには樹海やジャングル等の環境を含む生物型。そして器具や車両、果ては兵器に建造物を含む無機物型に分類される。

 現時点で最も多く確認されているタイプであり、変異先が既に生態やメカニズムが明らかな分対処方法が明確であることから、比較的対処がしやすい。

 しかし、巨大化した生物や車両、兵器類が単独で動き回ることも多く、その破壊力は時に甚大な被害を齎す。

 

 

 タイプI『概念型(Idea)』

 

 人間が漠然と恐れる概念そのものであり、現在確認されているのは『高所』『未来』『死』の三個体。

 直近で観測された『高所』ですら80年前であり、その死者数は4万人を超えたと言われている。

 それ以上に古くに存在したとされる『未来』『死』についてはML社、及びマナフロのデータベースには名前しか残されていない。

 どのような現象を引き起こしたのか、どのように対処したのか、当時の指揮は誰が執ったのか。一切不明とされている。

 

 

 

 そして今回発生したのがタイプP『現象型(Phenomenon)』。

 台風や大雨、霰、霧、雷等の『自然災害型』。そして『シチュエーション型』の二種類に分類される。

 どちらも状況に応じて非常に厄介な特性を持つことが多い。

 前者は自然災害そのものが指向性を持って周囲に被害を齎し、発生源となる『核』を破壊するか恐怖を打ち払うかで撃退となる。

 後者はさらに根本的な解決が難しい傾向にある。

 

 

「それを調べ上げるのも即応部隊の仕事です。気を引き締めていきましょう」

 

「「了解」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、みんな聞け。これよりブリーフィングを行う」

 

 

 航空機格納庫内の一角は対脅威(メナス)即納部隊員達15名、装備補給班5名、計20名の隊員達により緊迫した空気に包まれている。

 プロジェクターから現地の映像が出力され、解析班である眼鏡の男が資料を手元に控えて指揮を執っている。

 

 

「現在脅威(メナス)出現地域、その一帯に濃霧が発生している。この地域は住宅街となっており、全域で脅威(メナス)反応が出ている。このことから、今回は自然災害型、恐らく『霧』に由来する脅威(メナス)と考えらえる」

 

「霧に変異した前例は?」

 

「7年前に一度だけ確認されている。が、以前のそれとはどうも毛色が違うらしい。これを見てくれ」

 

 

 映像が切り替わり、二枚の写真の比較に移る。

 その二枚は両方とも『霧』に変化した脅威(メナス)の写真ではあったが、データが示していることもあり、その違いは一目瞭然であった。

 一枚目の写真は中心地点から半径およそ20m、かつ外縁に近づくにつれて霧が薄くなっている。

 しかし二枚目、今回の写真は明らかに違う。霧が住宅街一つを覆い、まるで巨大な雲が飲み込んでしまったかのように街と外が完全に遮断されてしまっている。

 その広さは半径およそ200mにも及ぶ。住宅地一つ分、丸々取り込んでいるようだ。

 

 

「密度、範囲、視認性。どれをとっても7年前とは比べ物にならない。前回の被害者は『霧による運転事故』がトラウマとなっており、それに由来するものだった。今回はどういった経緯でこれ程の濃霧を生み出してしまったのか……今のところ不明だ」

 

「まるで煙で覆われているみたいだ……民間人はどうなっていますか?」

 

「この地域に囚われたままだ。恐らく霧の中で冷静な判断が出来なくなり、身動きが取れないものと思われる」

 

「となると、核特定までデカい武装は無しか。電波は通じそうか?」

 

「通常の電子機器ではダメだ、空気中の水分量があまりに多すぎる。魔装に取り付けられている通信機器ならどうだ?」

 

「濃霧内の気温は───」

 

「空気中の魔力含有率は───」

 

 

 矢継ぎ早に質問と情報共有が飛び交い、それを聞いている補給班により、現在の状況に合わせた適切な装備が整えられていく。

 一通りの情報のやり取りが完了し、プロジェクターの電源が切られる。

 

 

「本作戦は民間人救出の為にも、迅速な行動が求められる。現場指揮は伊崎、君に任せる」

 

「はっ」

 

「現地に着いたら、まず指揮を執っている安藤隊員の指示を仰いでくれ。既に魔法少女達も先行している。一刻も早く霧を晴らし、人々の救助に当たれ!準備開始!」

 

「「「了解ッ!」」」

 

 

 各隊毎に分かれ、それぞれ準備していた装備を取りに駆ける。

 隊脅威(メナス)用装備を身に纏っている中、針谷班もまたその準備に追われている。

 そんな中、大塚は針谷と木山に小さな声で愚痴る。

 

 

「ケッ、協力して作戦に当たれの一言くらい言えんもんかね」

 

「作戦前です、過激な発言は控えてください」

 

「へぇへぇ、作戦前の隊長様はクールでいらっしゃる、よっと」

 

 

 高機能スーツの上から胴体、脚部、腕部と順に装着し、最後に作戦行動前にフルフェイスのヘルメットを装着する。

 銃火器は本件の性質上効果薄と判断されたのか、今回は近接用装備が主となる。

 そんな大塚の背には相変わらず大型のヒートチェーンソーが背負われているが、それを重荷には一切感じていないようだ。

 即応部隊の中でも屈指の筋力、その鍛え方は柔ではない。

 

 

「霧、霧か……」

 

「どうしたの隊長」

 

「いえ、何か引っかかるな、と……そうですね、二人とも、これを。何が起きるか分かりませんから」

 

「おっ。……こりゃいいねぇ」

 

 

 針谷のすぐ近くにあったカンプピストル、それ専用の発光弾を持ちだして二人に手渡す。魔力を通すタイプではなく、火薬式の物をだ。

 荷物は増えるが、閉鎖環境では何があるのか分からない。用心の為だ。

 

 

「準備ができ次第、輸送機に乗り込め。君達の健闘を祈る!」

 

 

 指揮官の声を背に、ヘリは速度を増し、脅威(メナス)の下へと向かう。

 助けを求める人々の為に、20名の隊員を乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現地指令所に到着した針谷達の前に、テントの中から現地指揮を執っている男が駆け寄る。

 歳は針谷より上、大塚より下といったところ。しかしその表情は戦況は芳しくないようだ。

 代表である伊崎隊員が前に出て話始める。

 

 

「お疲れ様です!現場指揮を執ってます、安藤です」

 

「応援に来た、伊崎だ。状況はどうなってる?」

 

「芳しくありませんね。範囲が広域すぎて核の特定が上手くいきません。目視は当然、ソナーも霧の影響でボケてしまいます」

 

「魔法少女達はどうしてる?」

 

「向こうで行動しているようです」

 

 

 安藤が目線で示すと、そこには三人の女の子が話し合っている。

 衣装に統一性はなく、遠目から分かる範囲では青基調に白いフリルの青髪、モノクロのゴシック&ロリータに身を包んだ両目隠れの少女、恐らく巫女服と思われる衣装の黒髪の少女の三名だ。

 それらを一瞥した後、大して興味も示さず先を促す。

 

 

「結果が振るわないところを見るに、有効打はないものかと」

 

「そうか。ではこれより、細かな情報共有を行う。皆はいつでも出撃できるよう待機しておいてくれ。いいか、なんとしてでも奴らより先に事態を解決するぞ!」

 

「「「了解ッ」」」

 

 

 待機を命じられ、班ごとに分かれて装備と作戦を見合わせつつ待機を行う。

 しかし針谷班はいつもの事のように、全員バラけて行動を開始する。

 木山は同行している装備管理班の元へ駆け寄る。

 

 

「ねぇ水上、ちょっといい?」

 

「ん?……針谷班か。いつものだろ、ほら」

 

 

 そう言うと男は、今回持ち込んだ全員分の兵装リストが挟まったバインダーを手渡す。

 そこに書いてある20人分の装備をざっと見渡し、そのまま返す。

 今、木山が行っているのは、持ち込まれた装備の暗記だ。

 

 

「はい、ありがと。もう覚えたわ」

 

「毎度のこととはいえ、マメだねぇ。新人にも見習わせたいよ」

 

「うちの隊長はそういうとこ厳しいの。普段は緩いんだけど」

 

 

 木山の反射神経や記憶力が極めて高く、それを活かして班では物資管理、狙撃等の任務に従事している。

 確認してきたことを掻い摘み、必要なところだけを針谷に伝える。そんな単純で、非常に難しい任務こそ、作戦開始前の『管理者』である彼女の役目だ。

 

 

「今度補給班で飲み行くんだけど来ないか?」

 

「引き抜き?よしてよ、私はここから異動する気ないわよ」

 

「そういうんじゃないって」

 

 

 一方の大塚はほかの補給班の人間から端末を借り受け、周辺の地図と地域住民のリストを端末上で参照している。

 現在霧内に囚われている人間のおおよその数、そしてそのプロフィールの確認。

 目的は、脅威が読み取った恐怖、その大元となった人間のピックアップだ。

 

 

「主婦、学生、造園業、元プロスポーツ選手、弁護士……こん中で霧を発生させる要因になりそうなやつァ……事故歴有りが3だが、本命はこいつと見とくか」

 

 

 普段の大塚は、回りくどいのが嫌いなだけだであって、細かな作業自体は得意だった。

 進化し続ける技術も彼にとっては操作手順の煩雑さが増すだけ。彼の本来の役割は、地道に少しずつ結果を出す『仕事人』である。

 

 そして針谷の仕事は、彼女らに接触することだ。

 針谷は隊員達が見ているのも無視して、真っすぐに彼女達の元に歩いていく。

 

 

「どうする?このままじゃ時間が……」

 

「向こうも協力はしてくれないもんねぇ」

 

「弱りました。せめて核だけでも特定できれば……」

 

「すみません、ちょっと時間いいかな?」

 

「はい……えっ、うわっ、マシライの人?」

 

「はい、マシナリーライン社所属の針谷です。名前を聞いても?」

 

 

 針谷が近づいて声をかけると、青髪の少女が反応する。

 何やら相談事をしていたようで、中断させて申し訳ないと思いつつも営業スマイルで話を進める。

 茜と話して以降、どうにも初手でフランクに話しかけるのに少し抵抗が生まれつつあったが、今更変えられなかった。

 

 

「どうも、魔法少女連盟(マナ・フロンティア)所属、2級討伐官の『秋山(あきやま) 鈴(れい)』です」

 

「同じく2級討伐官の『入江(いりえ) 稔(みのる)』ですよぉ」

 

「1級討伐官の『日輪(ひのわ) 実子(みこ)』ですー。どうぞよろしく」

 

 

 集められたメンバーの肩書に針谷は内心かなり驚いていた。

 通常脅威(メナス)撃退に際して召集されるのは2、3級。1級ともなれば有事どころか、最悪の事態もあり得る状況で呼ばれるものと知っているからだ。

 それも2級とはいえ複数人でだ。事態は想定以上に逼迫していると針谷は確信した。

 

 

「こちらの情報を共有するよ。と言っても、内部の詳しい状況は分からないってことくらいだけど」

 

「ううん、こっちも似たようなもん。この霧、想像以上に厄介な代物だ」

 

「この霧、魔力をほぼシャットアウトしてるぅ。中に入ったら、僕らあっという間にお荷物ぅ」

 

「となれば、僕達が役に立てそうだね。魔装なら機能停止にはならない」

 

 

 彼女達が言うには、霧内で体外へ魔力を放とうとすると、あっという間に霧散してしまうらしい。

 霧の外から放つ分にはある程度まで届くのだが、霧内では魔力が一点に留まらず、時間が経てば霧と同化してしまう。

 

 

「先輩……日輪(ひのわ)先輩が、小型の太陽を一時的に顕現させることが出来るんだ。それで照らせば一時的に霧は晴れるんだけど」

 

「街全体をずっと照らすのはいくら魔力があっても足りないのでー。せめて急所となる核さえ見つかればと思いましてー」

 

 

 気の強そうな秋山、間延びした喋り方の入江、のんびりとした日輪の話し方に気が抜けそうになり、しかし彼女一人で太陽を顕現させるというバカげた規模の魔法が起こせると言う。

 情報量に針谷の頭がくらくらしそうになるが、気合で耐える。これは彼女達の日常なのだから。

 

 

「となると、極度の視界不良の中核を見つけ出さなくてはならない。魔力がダメとなると電波だけど、霧で通信距離は大分怪しい……」

 

「何やら嫌な予感がしますー。兵隊さんといえど、無茶はなさらずにー」

 

「心配無用だよ。こういう時の為に鍛えているんだからね。ところで……おっと」

 

 

 針谷の耳元からピープ音が鳴り響く。木山からの通信だ。

 タイミング的に呼び戻しだろう。もう二、三聞きたいことがあったが、仕方ないと通信を繋げる。

 

 

『隊長、そろそろよ』

 

「了解、すぐに戻ります。……恐らく、これから僕達は霧内に突入する。核を見つけ次第、皆さんに位置を共有しますので!」

 

「気を付けてね」

 

「またねぇ」

 

「お気をつけてー」

 

 

 感謝の言葉を告げ、針谷は元の場所へと帰る。

 しかし、彼女らから離れる一瞬、急ぐ針谷は全く気付いていなかった。

 水に絵の具が溶け込むように、針谷の影に別なもう一つの影が溶け込んだことになど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほど聞いた内容、調べた内容を針谷班全員で共有し、また可能な限り他の隊員にも共有していく。

 こういった初手の情報収集を針谷班は積極的に行うことから、それに乗っかろうとする班は多い。

 木山、大塚は彼らに少し、いやかなりうんざりしているが『情報共有はすればするほど時間的リソースが確保できる』という針谷の方針でもあるため、嫌々ではあるが従っている。

 

 

「よし、全員聞け。これより我々は霧内に突入し、P型脅威(メナス)の核特定を行う」

 

 

 合流してすぐ、テント外に集合して全体の情報共有と方針が伝えられる。

 先ほど魔法少女達から聞いた内容とほぼ同じではあるが、先に聞いておいた分心構えが違う。

 心の準備が出来ているのとそうでないのでは、打たれ強さというものに大きな影響が出る。

 

 

「報告によれば、霧内は魔力の放出が出来なくなっている。したがって、魔力回路を使った通信はできん。なら通常無線をと言いたいが、こちらも近距離でなくてはまともに機能しないだろう。よって、部隊は常に固まって動け」

 

 

 作戦は、いわゆるローラー作戦を取ることとなる。

 該当地域を区画分けし、5部隊を一斉に端から端までレーダーを持って調査し、端に辿り着いたらまた折り返す。

 そうして虱潰しに走り回り、強力な反応を探りつつ核を特定する。

 時間はかかるかもしれないが、これが最も確実な策と踏んでの判断だ。

 

 

「霧内は気温が15度まで低下している。道中民間人がいた場合、霧の外まで誘導してくれ。安藤班の人員が端で待機しているため、そちらで預かってもらう。何か質問は?……よし、では突入準備にかかれ!」

 

 

 その合図を元に、隊員達は行動を開始する。

 腕部に装着したモニターで地図とレーダーを表示しつつ、よどみない動きで霧の端へと回り込む。

 全員がヘルメットを装着し、外見では判別が出来なくなる。

 しかし彼らに同士討ちは起こりえない。ヘルメットに搭載されたモニターが仲間を映すと、名前、所属が映るようになっている。

 全員が互いを見て、問題なく作動していることを確認してから。ハンドガンタイプの魔装銃を構え、突入準備に移る。

 

 

「針谷班、準備完了しました」

 

「天王寺班、準備完了」

 

「堂本班、準備完了です」

 

「保坂班、準備完了。いつでも行けます」

 

「伊崎班、準備完了。全班、突入開始ィ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……想定以上だな……」

 

 

 突入した針谷の目の前は、白で埋め尽くされている。

 目の前およそ1メートル、それより先は全く見えない。

 左右にいる部隊員はかろうじて視界に映るが、それより向こう側は何も見えない。

 一寸先は闇、どころか霧で覆われている。サーモ式レーダーに切り替えるも、周辺の気温を見て驚愕する。

 

 

「待ってください、気温……マイナス5度!?」

 

『……報告より気温がかなり低いわね』

 

「脅威(メナス)が仕掛け始めている……急がなきゃ死人が出ます」

 

 

 今はまだ春先、半袖で生活している人間もいるはず。

 そんな中、突然気温がマイナスまで落ち込めば低体温症、果てには凍死まで見える。

 想定外の自体に焦燥に駆られつつも、伊崎は可能な限り冷静に判断を下す。

 

 

『止むを得ん、針谷!』

 

「はい」

 

『これより二手に別れて行動する。確か火薬式の信号弾を持ってきてたな?それならば霧中でも問題なく位置を特定できるはずだ。お前達の班は街を探索、可能な限り核の居場所を限定、可能なら特定してくれ。その間残る四班で街を探索し要救助者を捜索する。負担が大きいが、頼めるか?』

 

「了解しました」

 

『皆聞いていたな。二兎を追いたくはないが、最低限市民の全滅だけは避けたい。救助に目処が立ち次第我々も針谷班に合流する。頼んだぞ!』

 

 

 そう言い放ち、伊崎班及びその他三班が速度を上げて霧の中を進んでいく。

 それを見つつも、針谷班は全員レーダーを起動、周辺の探知を行う。

 

 

「霧自体も魔力を帯びていますが、微弱です。信号の強い方へ向かいたいと思います」

 

 

 すぐさま行動に移そうとした針谷を大塚が止める。

 

 

『待ってくれ、俺に案がある。この状況の元になった可能性が高いやつがいるんだ』

 

「根拠は?」

 

『この街に外崎(とのさき)丈二(じょうじ)って男がいる。元プロスキーヤーだ、引退してこの町に住んでるらしい。霧だけならまだしもここまで気温が低いってこたァ、吹雪としての側面も模倣している可能性が高いんじゃねぇか?』

 

『この霧、拡大し続けてるけど移動はしてない。どこか一点に核が留まってる可能性は高いと思う。手探りよりかはいいんじゃない?』

 

「……一理ありますね。分かりました、その方の所へ急ぎましょう。ポイントを共有して下さい」

 

『はいよォ』

 

 

 指示を出してすぐ、全員の腕部のパネルに位置がポイントされる。

 そう遠くない、今の装備と視界では5分程の距離だと予測する。

 

 

「霧で視界が悪い。常にサーモセンサーとソナーは展開し、離れず行動してください。移動開始」

 

『『移動開始』』

 

 

 針谷班が指定ポイントに向かうにつれ、先ほどまで霧だったものが徐々に氷を含んだ風へと変化していく。

 目的地に近づくにつれてそれは強まる。しかも、その範囲は徐々に広がっているようだった。

 

 

「推測になりますが、被害者の抱いた恐怖は『視界不良』と思われます。その為、最初は霧の模倣をしたのかと」

 

『確か本番中の事故で引退ってニュースで見た覚えがある。んで、段々と恐怖心を煽られて、今は吹雪になっちまってると』

 

『マズいわね、このままだと街一帯が凍り付くわよ。まだ春だっていうのに』

 

 

 既に装備の関節部からは動くたびにパキパキと霜が割れる音がする。

 耐寒も兼ねる魔装ですらこれだ。こんな気温の中薄着で外を出歩けば間違いなく凍傷になる。

 全速力で急ぎ、ポイントに到着した針谷班が目にしたのは、雪に覆われた豪邸だった。

 

 

『こりゃヤベェ。マイナス15度なんて雪国でしかお目にかかれねぇぞ』

 

「た、助けてくれ……寒い……指が、動かない……」

 

「っ!要救助者を確認しました。木山さんッ」

 

『了解。……聞こえますか!?マシナリーラインの木山です!聞こえますかっ!?』

 

「怖い……体が……動かなくて……」

 

 

 家の前で倒れていた住民、恐らく『外崎 丈二』に近づいた木山が肩を揺すって声をかける。

 しかし彼はうわごとのように『寒い』『怖い』と呟くだけで、木山の言葉には反応を返さない。

 一先ず家の中に運び入れようとするが、玄関の鍵が開かない。

 大塚が全力でドアや窓ガラスを蹴り破ろうとしても跳ね返るばかりだ。

 

 

『クソッ、こりゃダメだッ。これも脅威(メナス)の仕業かァ!?』

 

「魔力反応はここが一番濃い。この家そのものと融合してるのかもしれません。……よし、総員、信号弾構え」

 

『ちょ、ちょっと隊長っ!?こんな場所に隊員集めてどうするつもりっ!?』

 

「いえ、彼女達の力を借ります。目標、邸宅上空。急いで下さい。事態は一刻を争います」

 

 

 ピストルを構えた針谷の近くに慌てて大塚と木山が近づき、上空に向けてピストルを構える。

 こうしている間にも吹雪はどんどん強くなり、すでに視界を覆うモニターの大部分が見えなくなりつつある。

 

 

「いきます。3、2、1、発射!」

 

 

 ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッと三つ音がして上空に赤い光の玉が昇る。

 そして上空に一瞬留まり───

 

 

 

 バァンッ!! 

 

 

 

 まるで至近距離で開いた花火のように、一瞬怯むほどの大音量が鳴り響く。

 それと同時に、上空に赤い光球が輝き続ける。直視すれば眼が眩むほどの光量、恐らく霧の外でも見えたことだろう。

 やるべきことはやったと言わんばかりに、針谷は被害者を担ぎその場を離れようとする。

 大塚と木山もそれに倣い、吹雪の中心から可能な限り離れる。

 既に関節部だけでなく表面も凍り付き、若干の動き辛さすら感じる。

 針谷はなるべく皮膚の部分に金属が触れないよう運ぶのに苦戦していた。

 

 

『外にいたあのお嬢さん方なら、この状況をひっくり返せるのか?』

 

「出来なければ全員氷漬けになるだけです」

 

『そうなったら恨むわよ。……ねぇ、何か聞こえない?』

 

 

 少しずつ離れていく三人の耳に、リン、リンと甲高い鈴の音が響く。

 周囲を見渡すが、人影は見当たらない。ならばと上を見上げるが、分厚い霧で何も見えない。

 しかし、どうやら音は上から聞こえてきていると三人は理解した。

 

 

「一体何の……」

 

『日輪先輩の術具の音ぉ』

 

「うぉわぁ!!??」

 

『なんだぁ!?オイ、影がなんか変だぞッ!?』

 

 

 針谷の影がグニャリと曲がり、シルエットを変える。

 その姿に針谷は見覚えがある。外で出会った魔法少女『入江 稔』のものだ。

 

 

『えへへぇ、驚いたぁ?これね、私の影ぇ。移すとその人が見てるものが見えるんだぁ。兵隊さん達の視界って凄いんだぁ』

 

「……一先ずその行動の是非は問いません。目的は何ですか?」

 

『んーとぉ。『核』を特定できても、知らせる手段がなかった時の緊急手段ぅ。私がスポッターってことぉ。鈴ちゃんは万が一の護衛ぃ』

 

『ひょっとして今も?』

 

『うん。ほら、来るよぉ。先輩の超必殺技』

 

 

 

 

───かしこみ かしこみ もうす

 

───かけまくも かしこき いざなぎのおおかみ

 

───つくしのひむかの

 

───たちばなのおどの あはぎはらに

 

 

 

 

『こりゃ……祓詞かァ?』

 

『先輩はぁ、魔法少女でもあるけど、本職は巫女さんだからぁ。ほら、見て』

 

「……日が」

 

『嘘……霧が晴れてる……!』

 

 

 

 

───みそぎ はらえたまいしときに

 

───なりませる はらえどの おおかみたち

 

 

 

 

『理屈で言やぁ、蒸発した水分なんだから日光で熱して、とかってなるんだろうけどよォ。そういうんじゃねぇんだろ、これは』

 

『霧の向こうだっていうのに、なんでここまで声が聞こえるの……?』

 

『僕もよく知らないけどぉ、あの光は脅威(メナス)から力そのものを奪うんだって』

 

「凄まじい……これが、1級討伐官の……」

 

 

 

 

───もろもろのまがごと つみ けがれ あらむをば

 

───はらえたまい きよめたまえと 

 

───もうすことを きこしめせと

 

───かしこみ かしこみ もうす

 

 

 

 

 分厚い霧の裂け目から、暖かな日が差す。

 その光が差した場所はみるみるうちに氷が解け、その周辺一帯を浄化する。

 霧に含まれた魔力を伝播し、やがて全ての霧が完全に晴れる。

 脅威(メナス)が巣食う外崎の邸宅にも日が差し、一瞬陽炎のように家全体が揺らめく。

 次の瞬間、突如として直径2m程の氷塊が針谷班の方へと放たれる。

 

 

「大塚さんッ!」

 

『おうよォ!魔力回路フルブースト、唸れ俺のチェーンソーォォォ!!!』

 

 

 飛んできた氷塊に対し、大塚は正面に立ち、ヒートチェーンソーを構えて向かえ撃つ。

 モノアイのランプを真っ赤に輝き、 スーツに通るラインが紫に輝き、全身を循環する。

 並の人間の膂力では死は免れないであろうものを、この男はスーツのアシスト、武器の火力、自慢の筋力で真っ向からぶち破る。

 

 

 ガガガガガガッッ!!

 

『うおおおおおォォォッッッ!!ぶっ壊れろやッ!!』

 

 

 氷をの破砕音が周辺に爆音を撒き散らし、

 そしてやがて、氷塊の勢いを完全に殺し、その場で停止する。

 

 

『……クソッ、仕留めそこなったか。やっぱ決戦武器じゃなきゃ無理か』

 

「十分ですよ。そこはもう、日が差しますから」

 

 

 動かなくなった氷塊が少しずつ罅割れる。

 脅威(メナス)には物理的な攻撃は致命傷になりにくく、トドメは魔力を用いたものでなくてはならない。

 幸いなことに、今この空間には魔力を大量に含んだ日差しが差し込んでいる。

 結晶化は目前だ。

 

 

「入江さん。もう必要ないでしょう」

 

『はいはぁい。じゃあねぇ、兵隊さぁん。その喋り方の方がかっこいいよ』

 

 

 そういうと針谷の影からシュルン、と音を立てて飛び出た後、瞬きする間に消えてしまう。

 相変わらず摩訶不思議な現象だが、彼らも慣れたものだ。

 さして気にするでもなく(針谷だけは「……余計なお世話です」と呟いていたが)真っすぐに氷塊を見据える。

 いつでも動けるように待機する針谷に通信が入る。伊崎からだ。

 

 

『こちら伊崎。先ほどのは針谷、お前の行動によるものか?』

 

「こちら針谷。はい、彼(・)女(・)ら(・)の(・)支(・)援(・)要(・)請(・)に(・)応(・)え(・)ま(・)し(・)た(・)」

 

『……ふっ、物は言いようだな。脅威(メナス)は?』

 

「活動を停止しています。結晶化までもう間もなくかと」

 

『そうか。安藤に回収部隊を回すよう伝えておく。我々が到着するまで警戒を怠るな』

 

「了解しました」

 

 

 通信が切れた後、針谷は上空に目をやる。

 ずっと遠く、ヘルメットを望遠モードに切り替えなくては点にしか見えないほどの距離。

 ふよふよと浮かぶ人影に、大きく手を振る。

 

 

「……」

 

 

 ぼんやりと周りを見渡していた日輪が針谷を見つけると、ほんの少し微笑んで手を振り返す。

 ひとしきり振り返すと、そのままふよふよと雲のように流れていってしまった。

 

 

(大丈夫なんだろうか……大丈夫なんだろうな。でなくては1級討伐官など勤まらない)

 

 

 たった一人で戦況を、環境を変え得るほどの異能、魔法。

 その底知れない力に些かの不安を感じるが、あの様子を見るからに大丈夫だろうと結論付ける。

 ビキビキと音を立てて崩れ始める脅威(メナス)を前に、針谷の考えることはただ一つ。

 

 

(疲れたし、明後日は美味しい物でも食べに行こう。温かいものがいい)

 

 

 遠くから聞こえる輸送ヘリの音すら、冷え切って疲れた今の彼にはどうでもよかった。

 

 




 国家から支援される両陣営ではあるが、いつの世も資金は有限。

 お金は刷ればいいってものじゃあない。清く正しく、健全に運用されなくては。

 ならば予算の分配はいかにして行われるか。

 いつだって彼らの戦争は会議室で行われる。

 次回 第五話「踊る会議と踊らぬ思惑」
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