マナ・フロンティア、その商業施設区画に位置する、マナ・フロンティア総合病院の一室。
ここの病棟の一つ、
通常の怪我ならば来ることは滅多にないが、
「お加減は如何ですか?」
「……あんまり良くねぇ」
真っ白な病室で横たわる男に、針谷は話しかける。
顔の多く、肩回り、腕に指先まで。その多くを包帯で巻かれており、直視するにはあまりに痛々しい。
彼の名は『外崎 丈二』。元プロスキーヤーであり、先日の『霧の
感染症対策の為隔離処理が行われていたが、あれから2週間が経ち、面会の許可が下りたのだ。
ここに来た針谷の目的は、本件における事情聴取だ。
これらを記録することで、同じ状況になった時に類似点として、次の対処をしやすくするためだ。
「既に被害地域の修繕は始まっています。退院するころには、また変わらない風景になるそうですよ」
「……そうかよ」
「はい。それに、凍傷になりかけていた指や皮膚は元に戻ると伺いました。一先ず、安心でしょうか。辛いリハビリになると思われますが───」
「何が安心なんだよ」
そして、針谷の最も嫌いな業務でもあった。
外崎の震える声が、針谷の心臓を掴む。
「なぁ、おい。俺のせいでああなったんだろ」
「……
「そんなわけねぇだろッ!?お、俺が、俺がいたからあんなことが起きたんだろうがッ!」
動けず、大声を上げることも叶わない身でありながら、外崎の目から涙だけが流れる。
針谷はその目を、直接見ることができなかった。目を伏せてじっと、ただ聞くことしかできなかった。
「俺がいつまでも、あの時のことを振り切れてねぇから……そのせいで……みんなが……」
「
「……みんな優しい人だった。引退して、怖くなって雪の降らねぇとこに引っ越してきて。ファンだって、言ってくれた人もいたんだぜ?」
外崎の独白は、誰に向けてでもなくただ吐き出される。
無意味に、冷たいだけの言葉を吐き出し続けている。
「あの時も、急なホワイトアウトで目が潰れて……滑り出してすぐ周りが分からなくなって……力尽きて、動けなくなって……俺はここで死ぬんだって……!」
「貴方は、生きています。地域住民の皆さんも、貴方の帰りを心待ちにしているんです」
「知ったような口利いてんじゃねぇよ……ッ!どの面下げて、会えってんだ……!!」
当然、標的にされた人間に責任は発生しないのだが、
それは筆舌に耐えがたい苦痛となって被害者の心を蝕む。
「帰って、くれねぇか。今は、誰の顔も、見たくねぇんだ……」
「……分かりました。今日は、お疲れ様でした」
一礼し、すすり泣く声を背に病室から退室する。
包帯の下に薄く見えた凍傷の痕。火傷後の皮膚のように変色していたのが、針谷には忘れられなかった
「……はぁ」
この感覚に慣れてはいけないんだ、と自分に言い聞かせつつ、押し殺した感情をそのまま飲み込む。
自分達がもっと早く行動していれば、的確に行動していれば。
今回の外崎丈二もそうだ。霧内の温度低下を予測し、備えることは出来たはずだ。
こういった後悔を、次に起こさない為の事情聴取なのだが、ありもしない『もしも』を考えてしまうのは精神的な負荷が大きい。
そして、自分達を責めない外崎の人間性、その優しさが、また苦しかった。
「どうすれば、よかったんでしょうか」
こういう時は、まず受け止め、自戒し、得た経験を全体で共有するのが一番早く立ち直れる。
一人で抱え込まず、あらゆる可能性があったことを学びつつ、次に繋げるためにとにかく動く。
第二の犠牲者を、一人でも生まないために。手が付けられるところからやるしかない。
そうしないと抱え込んだまま潰れてしまう。
「……お腹が空きました」
しかしどんなに辛いことがあっても、腹は減る。
欲求に正直な自分の体に呆れつつも、空腹のまま仕事をしても陰鬱は振り払えない。
幸いここはフロンティア駅の商業エリア。美味しい食事との出会いが数多く眠っている。
どうせ直帰だ、書類作りは帰ってからやればいいだろう。ここは一旦、メンタルを仕切り直そう。
「高坂さん……は、平日ですし流石に仕事中ですか。どこに行ったものか……」
せっかく連絡先を貰ったし昼飯にでも誘おうかと思ったが、この時間は流石に空けられないだろう。
仕方ない、一人で適当にブラついてみるか。そう考えながら病院を出て、針谷は商業区の方へ向けてゆっくりと歩き始めた。
平日とはいえお昼時の商業区画ともなれば、社会人客が多く見られる。
忙しい仕事の合間を縫って、ひと時の憩いを求める客で飲食店は盛り上がっている。
だが今の針谷は落ち着いて食事を取りたかった。お客で賑わうレストランも趣があるが、今はダメだ。
仕方ないか、と今歩いている大通りから道を外れ、人気のない方へと歩を進める。
こういうのは慌てても仕方がない。焦るんじゃない。美味しい昼食が食べたいなら、焦ってはいけない。
「……おっ、いい匂いがする」
歩いている人も疎らになったころ、どこからともなく良さげな匂いがする。
何か焼いているような、恐らく米と合う何かの匂い。
針谷の脳裏にいくつかのイメージが浮かぶ。生姜焼き、炒飯、焼き鳥……どれも今の疲れた体に染みるだろう。
風向きと匂いの濃さから予測、その発生源へと少しずつ近づき、目的の店の前まで辿り着く。
「『花丸満点食堂』……ここか」
見たところ営業しているようで、中からは人の話し声と思われる音が聞こえる。
初見の店、それも繁盛しているか見て取ることのできない店に入るのは勇気がいるのだが……。
だがもう大分歩いた。今更他の店にする、というのも億劫だ。自分の鼻と胃袋を信じ、ここで決めようじゃないか。
戸に手をかけるとガラガラと音を立てて開く。
店内を見渡すと、中々昔ながらの定食屋といった雰囲気だ。
どうやら周りに客はいないようだが、昼時に客がいなくて大丈夫なんだろうか。
困惑する針谷に、カウンター向こうの厨房から女性が声をかける。紺の三角巾にエプロン、いかにも若女将さんといった女性だ。
「いらっしゃいませー!お一人様です?」
「はい。あっ、やってます?」
「やってますよぉ!さ、どうぞお好きなとこ座ってください!」
言われるがままに、針谷はカウンター前の席に腰掛ける。
パッと見た感じ、店内は清潔で木製の椅子やテーブルの見栄えもいい。考えれば考えるほどに店に人がいないのが不思議でならない。
店員らしき女性の対応だって明るく溌剌としている。何も問題があるようには見えない。
少し考え込んでいると、いつの間にか隣にいた女将さんから水を差し出される。
「はい、お冷です。メニューはそちらですんで、お決まりになったらお呼びくださいね!」
「あぁ、ありがとうございます」
「ごゆっくり!」
元気いっぱい、何とも気っ風のいい人だ。
女将さんの元気な接客に、重く沈んでいた針谷の気持ちが、少しずつ浮いてきたように感じていた。
さて、とメニューを開く。見てみると、意外なことに驚く。
(ランチメニューの種類が多い。お決まりの定食もあれば、ガッツリ丼ものもある。焼き鳥丼なんてあるのか!俄然興味が湧いてきたぞ)
個人経営の定食屋にしては、ランチメニューがかなり豊富だ。
それに、添えられた写真はみんなまるで「俺は旨いぞ!」と主張しているかのようだ。
中でも目を引いたのが、『生姜焼き定食』。見開きメニューの真ん中左側に位置し、明らかに自信あり、といったところか。
先ほど想像していたのも重なって、針谷の胃はもう生姜焼きしかなかった。
「すみません」
「はーい!お決まりですかぁ?」
「はい。生姜焼き定食を一つ。ご飯大盛りで」
「生姜焼き大盛りですねえ。かしこまりましたぁ!生姜焼き入りまーす!」
どうやら調理担当の人は別にいるらしい。なるほど、家族経営なのかもしれない。
ふと目についたのが神棚、の傍に置いてある小さな犬のぬいぐるみ。
ひょっとしたら子供がいるのかもしれない。それもフロンティアスクール所属の。
とはいえフロンティア内に居を構えているなら、それもおかしなことではない。
もし万が一鉢合わせたとしても、一緒に
そう考えればフロンティアのお食事探訪も気楽なものだ。どうせ同業はフロンティアには来ない。
スーツか私服で来ることさえ徹底すれば、バレはすまい。
ちょっとした悪事を働いているみたいで、針谷は珍しく浮かれていた。
「はーいお待ちどう様です!生姜焼き定食大盛りね!」
待ちに待った出来立ての生姜焼き定食。胃どころか、もうすっかり口まで生姜焼きだ。
お膳のラインナップは、メインの生姜焼きに玉ねぎ、キャベツ、プチトマト、添えられたマヨネーズ。
生姜焼きはかなり大きめだ。働き盛りの成人男性が満足できる量、かなり食べ応えがある。
キャベツは千切りのものがこんもりと積まれている。この質感、かなりふわっとしているのではないだろうか。
隣には山盛りのご飯、みそ汁、そして漬物のキュウリ。どこをとっても非の打ちどころがない見事な定食だ。
思わず無意識に手を合わせてしまった。考えるより先に針谷の手が生姜焼きを求めていた。
「いただきます」
早速、肉にキャベツを巻き込んで大きめに頬張る。この深みのあるしょっぱさ、油が口の中で踊る味わい。間違いない、これは今一番求めていた生姜焼きだ。
もちろん米も忘れない。米は肉の永年の相棒なのだから。
仕事の事を忘れ、一心不乱に飯を食う。時折水も飲む。
みそ汁は赤だし、具は豆腐にワカメ、ネギとオーソドックスに纏まっている。
今はこういうのがありがたい。胸に溜まった鬱屈とした気持ちは、肉で晴れるのだから。
「お客さん、いい食べっぷりだねぇ」
「ん。あ、ありがとうございます」
若女将さんの声に顔を上げるも、中々手が止まらない。
お腹が空いていたし、何よりも、美味しいのがよろしくない。
よろしいのだが、よろしくない。
このタレ、このコクの深さは恐らく蜂蜜を溶かしているのだろう。生姜焼きではよく使うと聞いたことがあるが、そう理解したうえで味わうとまた格別だ。
本音を言うなら恥飯*1も試してみたいが、流石に行儀が悪いだろう。
「すみません、ご飯お代わり貰えますか?」
「はぁい!少々お待ちくださいね……はい、どうぞ!」
「ありがとうございます」
結構な量が盛られていた筈だが、気づいたら白飯が無くなっていた。
米のない肉なんて、飯抜きと同義。そう信じて止まない針谷はすぐさま追加のご飯を頼む。
見る見る内に肉もキャベツも米も減り、最後はタレまで綺麗にキャベツと肉で巻き取り、完食する。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「はぁい。きれいに食べてくれてありがとね!」
「いえいえ、こちらこそ」
まだ濃い味の残る口内をお冷で潤す。
予想外に嬉しい昼食を楽しんでいた針谷だったが、背後からガラガラと戸が開く音を耳にする。
「ただいまーっ!……あっ、やばっ」
「ちょっと、この時間は裏からっていつも言ってるでしょ!」
「ご、ごめん……」
声から察するに娘さんかと察する。この時間に学生がいるということは、何かの行事だろうか。
早帰りで気分が浮いていたのかもしれないし、一応一言断っておこう。
「気にしてませんので。大丈夫です」
「あら、すみませんね気を使わせちゃって。ほら茜!」
「はぁい」
「……茜さん?」
どうせ知り合いに会うことはないだろうと高を括っていた針谷の背中に、一筋の冷や汗が走る。
ゆっくりと、首が錆付いたかのような気持ちで後ろを振り向く。
「……あーっ!!針谷さんじゃないですかぁっ!」
「…………………………どうも」
最近になって見慣れてしまった赤髪の少女、新藤茜の姿がそこにあった。
針谷は己の不幸を嘆かずにはいられなかった。
「あら、娘の知り合い?……あの、どういった関係かしら?」
「誤解です。決して怪しい者では」
「そ、そうだよお母さんっ!あっ。この間はご飯ごちそうさまでした!」
「新藤さん」
最悪のタイミングで最悪の言い方をした茜に対し、間違いなく誤解されていると確信を得た針谷。
見なくても分かる。カウンター向こうに鬼がいる。気配で分かった。
「ちょっとお話伺ってもいいかしら……!?」
「……はい」
この店に来た時点で、逃げ場などなかった。
「あっはっはっはっ!!なんだぁ、ML社の人なんだぁ!そういうことなら早く言ってよぉ!」
「すみません……」
まさか匂いに釣られて入った店が、顔見知りの魔法少女の実家なんてことあるだろうか。
まだフロンティア駅付近の開拓はほとんど進んでいないにも関わらず、薄い線を引いてしまう自分の引きの弱さに、針谷は嘆きを隠せなかった。
食後のお茶を啜りつつ、苦みや渋みとは関係なく渋面にもなろうというものだ。
「えっへへー。まさか針谷さんがうちのご飯食べに来てくれるなんて思わなかったですっ」
「存じ上げなかったんです……」
「なら尚更いいことだよ。名前じゃなくて味で旨いって思ってくれたってことでしょ!」
この親子、ポジティブさというか明るさの方面が似ていて話のテンポを持っていかれてしまう。
お世辞にも陽気とは言い難いと自負している針谷にとって、この二人との会話は体力の消耗が激しい。
「ねーねー針谷さーん」
「はい、なんでしょうか」
「……また敬語」
「すみません、被害者ケアの業務後だったもので。まだ切り替えられていないみたいです」
元々気分を切り替えるために美味しいお昼探しをしていたのだから、知り合いに会うことを全く想定していない。
特にスーツを着ているときは、どうにも堅苦しい気持ちになるのが針谷にとって疎ましくもあり、気が引き締まる所でもあった。
「あっ……ご、ごめんなさい」
「いえ、新藤さんが謝ることでは。普段僕が行くことは少ないんですが」
「被害者ケアって、
「はい。
タイプ
その影響はタイプ
「魔力を、一般の人が受けすぎるとどうなるんですか?」
「長時間曝露し続けると、体組織で魔力結晶化現象を引き起こします。症状としては壊死に近く、最悪の場合死に至ります」
「ひっ」
「恐らく、
通常、魔法少女以外の人間の体内を魔力が駆け巡ると、高確率で体調不良、最悪の場合死に至るとされている。
過去に『
結果は死亡。最終的に被験者の体組織と血管の一部が魔力結晶化、それが元で血栓を引き起こし死亡した。
「魔法少女の方々はどういうわけか結晶化現象を引き起こさず、体内を魔力が循環するようです。そしてそれを放出する『魔法』に関しては、そのプロセスは未だ判明していないようです」
「ほぇー……」
「一説によっては、強い想いや願い、感情がそれらに指向性を持たせるとか……」
「話が小難しくなってきたねぇ」
そこまで話して針谷はハッとする。
今話しているのは中学生と、その親御さんだ。
茜は確かに戦場で戦う魔法少女だが、被害者のアフターケアなどは専門外だろう。針谷は自分の話題選びのセンスの無さに呆れてしまう。
「……話題を変えましょうか。食後のお茶の場で話すことでもありませんし」
「そっ、そうですねっ。そういえば、今日から少しの間早帰りなんですよ。学校全体の都合らしいんですけど、特に行事とかじゃないんです。針谷さん何か知ってますか?」
「……えぇ。恐らくですが」
「あー……この時期はね」
針谷は若干顔を渋くしつつ頷く。
女将さんも納得しているのか、訳知り顔だ。
「もうすぐ半期決算です。それに向けた準備に追われる時期かと」
「はんきけっさん?」
「半年間でかかった経費や諸々の収益を計算して、それを国に報告する時期なんです。この時期になるといつも大量の領収書が届き、その処理をしなくてはなりません。その為の時間と人手を確保する必要があります」
「つ、つまり……?」
「経理担当の修羅場時期、ということです」
魔装戦線本部第一会議室。そこで行われている事務作業に、剣埼 恚は疲弊していた。
今一番の願いは何より、怒号飛び交うこの作業が終わることだった。
「二週間前の
「土木課*2に確認取ります!」
「開発課に通達しろ!!次に造形調査の為とかほざいてプラモデル代請求してきたら研究費減らすってな!!」
「いい加減キャバクラは交際費で落ちねぇってなんで理解してくんねぇかなぁ!?」
「消耗品は毎回領収書上げろって百万回言ってんですけどなんでそれが出来ねぇんですかねぇッ!!??」
剣埼の、社長としての業務は主に書類処理と他社との顔繋ぎなのだが、決算時期の直前だけは違う。
元々金勘定が得意な剣埼は社長という立場でありながら、この時期だけ会計課に叩き込まれる。
人手が圧倒的に足りないからだ。普段椅子に座って踏ん反り返っているだけの社長でも、使えるものは使わなければならない。
社長室に丁寧に持っていく時間すら惜しい、ならばと年に二度はこちらで仕事をしているのだ。
「社長これ印鑑お願いします!!」
「あぁ。……よし、持っていけ」
「あざす!!おいこれ広報に持ってけ!ついでに申請機材届いたからそれも!!」
「了解っす!!」
決算書類の締め切りが近くなると急に経費申請の数が爆増する。
期限ギリギリに発生した交通費、忘れてから発掘された字が掠れたレシート、アホみたいな金額のガールズバーの領収書等々、あらゆる経費申請書類が押し寄せる。
ここで受理された書類は経費となり、そして後々
剣埼は社長としての印鑑押しと、手近にある書類の経費申請をできる限りの審査に徹底している。
腐っても金の亡者、無用な出費には厳しいので経理からの信頼は厚い。
眺めている書類に顔をしかめながら、秘書に紙を渡す。
「君、この三枚は通らないから突っ返してきてくれ。戦技研*3だ」
「了解しました。……これは、ストラテジーゲームのソフト代?」
「戦術研究の一環らしい。贈答品で切ってあるから接待か福利厚生費で落とそうとしたんだろう。自分の金で買えと伝えてくれ。あぁ、あと積みゲーを消化してからにしろと」
「かしこまりました」
剣埼はゲーマーに理解のある男だった。
そうこうしている間にも書類は積み重なり、減らし、さらにまた積みあがる。
剣埼の処理ペースは年齢の割にかなり早いと言えるが、それ以上の速度で書類は積みあがる。
読む、判子を押す、読む、判子を押す。これを既に朝から5時間以上続けている。
平時なら一休憩挟むところだが、この作業は夜まで終わらない。
それどころか数日間に渡って続く。だれも休んでいる暇などない。
更に剣崎には別な業務もある。
「社長!先日の
「ご苦労。悪いな、態々こっちまで」
「いえ、毎度のことですから」
各地で起こる
怪異は日夜問わず現れ、全国で複数同時に発生することも珍しくない。
バラつきはあるが全国で月に数度、
普段なら社長室で秘書が淹れた珈琲でも飲みながらゆっくり読むのだが、そうも言ってられない。
どうにもローテクから脱することの出来ない経理の業務に、剣崎は日々改善を考えているのだが難航している。
経理業務を電子化すれば、時間効率、引いては業務時間の短縮、つまり人件費の削減も見える。
長い目で見れば利益になるのだからと常に電子化を推進しているのだが、現場の人間からすればまた見方が違うらしくなかなか受け入れられない。
その意識の差に剣崎は頭を悩ませていた。剣崎は新しいもの、良いものは積極的に取り入れる人間だからだ。
レポートの作成者の名前を見て、剣埼の眉間の皺は薄くなり、しかし困ったように眉が寄る。
「相変わらず針谷のレポートは見やすいな……これでもう少し社の体裁さえ考えてくれればな……はぁ」
社長にとって針谷隊は、非常に優秀だった。攻守バランスの取れた構成、消耗の少なさ、接敵から対応の早さ、何をとってもいいチームだ。
極めつけは、彼らが戦場に出ると民間人被害が極めて少ない点にある。針谷は作戦行動において特にその点を重視しているらしく、彼らによって被害を免れた人はかなり多い。
隊長としての指揮能力、現場判断の巧さもあって、人々からの信頼もある。
が、魔法少女達との積極的な連携に肯定的だというのがよろしくない。
剣埼自身、魔法少女達を憎んだり恨んでいるわけではない。彼女らが動けばそれだけ被害は減り、修繕費や見舞金は浮くのだから。むしろドンドン働いてほしいくらいだと考えている。
ただ、会社全体の方針が『アンチ魔法少女』になりつつある現状、接触は控えてほしいというのが剣埼の考えでもある。
数がそろっていたとしても、自分達は彼女達に比べるとどうしても弱い。せめてイメージ戦略だけでも盤石に行い、我々は人類の守護者であると打ち出していかなくてはならないのだ。
人々にとって我々は二大巨頭と思われているが、実際はこちらが食らいつこうと必死なのだ。
それを繋ぐためにもマスメディアと人望は、彼にとって何よりも優先されるべきものだった。
「さて……おっ、あったあった」
針谷のレポートはまず周辺地域の地形の説明から入り、出現した
しかし剣埼が針谷のレポートに求めているのは撃退に関する箇所ではない。いやもちろんしっかりと全部読むが。
その前項目、周辺地域の説明だった。
「どれ……『煮干しの旨い麵屋堂本』『鯛めしが人気の魚岸料理店』。鯛めしか、しばらく食べてないな」
おそらく無意識なのだろうが、針谷は現地の状況を報告書にする際、食事がとれるところばかりピックアップする。
ほんの一文程度ではあるが所感もあり、剣崎はこれを見るのが少しだけ楽しみだった。
一応公的な文書なのだが、ふざけて書いているわけでもないし、読んでて面白いからあえて放置している。
接待で出る肩肘張った食事も旨いが、こういう街中で食べる食堂の飯は、剣埼にとってまた違う楽しい食事だった。
「まだ復興には時間がかかるだろうが……慰安が楽しみになってきたな」
復興が済んで安全になったら、慰安という形で訪れ、こういう所で食事しに行くのもいいだろう。
目の前でギャアギャアと連絡が飛び交う中、未来にちょっとした楽しみを見つけられた。
それを糧に、また書類と格闘するのだった。
暗闇、悪夢、狭所、ピエロ、海、トゲ、他人。
自分が怖いと思ったものは、必ずしも他人に理解されるものではない。
ましてや希望に満ちた少女達と、順風満帆に過ごしてきた大人達には理解も及ぶまい。
『自分らしく』を奪われた人間が抱える恐怖など。
次回 第六話「ままならないココロとカラダ」