マシン・マジック・マイメモリー   作:飛び回る蜂

6 / 24
第六話「ままならないココロとカラダ」

 

 

 友達と喋るのが好きでした。

 

 

「えぇ……はい、転校の手続きを。もっと頭のいいところじゃないと」

 

 

 漫画を読むのが好きでした。

 

 

「漫画?捨てた。あんな下らない物読んでたら頭が悪くなる」

 

 

 褒められるのが好きでした。

 

 

「あら解けたの?じゃあ次はこっちね。勉強はやればやるだけいいの」

 

 

 かわいい服が好きでした。

 

 

「子供の服に金をかけるなんて無駄だ。適当なものを着せておけばいい」

 

 

 甘い物が好きでした。

 

 

「食べちゃダメって言ったでしょっ!!こんなものあなたは食べる必要無いのっ!!体にいいものだけ食べなさい!!」

 

 

 学校に行くのが好きでした。

 

 

「近づいちゃダメ……目を付けられたら……」

 

 

 魔法少女が好きでした。

 

 

「あんな気持ち悪いもの、なんで有難がるのかしら。……こんなの見てないで勉強しなさい、あぁやだやだ」

 

 

 お父さんが、好きでした。

 

 

「お前は私の後を継ぐんだ。余計なことをするな。勉強だけしていればいい。いつか俺に感謝する日が来る」

 

 

 お母さんが、好きでした。

 

 

「どうして叩いたのか、あなたは賢いから分かるでしょ?あなたが言うことを聞かないから叩いたの。分かる?あなたは私の言うことを聞けばいいの。ね?」

 

 

 

 

 

 

 

 全部、好きでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『緊急事態発生。〇〇小学校にてP型脅威(メナス)の発生が確認されました。現在行動可能な隊員は速やかに集合、出撃準備に移ってください。繰り返します、○○小学校にて───』

 

 

 

 放送を聞いていた訓練中の隊員が全員動き出す。

 既に隊毎に分かれ、輸送機格納庫へと一斉に走り出す。

 

 

「おいおいおい、まだ『霧』から一か月も経ってねぇぞ?どうなってんだ?」

 

「今まで半年に一回くらいのペースだったのに……もう、予定がパァじゃない」

 

「しょうがねぇだろ、こういう仕事なんだ。しっかしなんだってこう立て続けに大規模な脅威(メナス)が来るのかねぇ」

 

「私が知りたいわよ。ねぇ隊長……隊長?」

 

 

 大塚と針谷が話しながら駆けるも、針谷は反応しない。

 いつもならば軽く諫めたり、同意したりと何かしらの反応は返すのだが。

 周りを見れば、針谷と似た雰囲気の隊員が何名かいる。いずれも顔が強張り、緊張の面持ちだ。

 

 

「……嫌な、予感がします」

 

「予感って?」

 

「確かに、通常P型脅威(メナス)は連続して発生することはありません。しかし、過去例外が何件かある」

 

 

 針谷はデータベースで閲覧していた脅威(メナス)のデータを一通り閲覧している。

 特に大規模に脅威(メナス)被害が発生したものは欠かさず目を通している。

 二度と同じ悲劇を繰り返さない為にも、次に同様の案件が起きた際にも即座に対応する為だ。

 気づけば周りを走る隊員達も、針谷の話に耳を傾けている。

 

 

「その時は決まって『現象型』が起きた後、必ず『シチュエーション型』が発生します」

 

「『シチュエーション型』……たしか、本人の境遇や環境によって全然違うんだよな?」

 

「はい。観測されているのは主に『ストレス』『無力感』『孤独』『暗闇』。複数の原因から構成される漠然とした一纏まりの恐怖。これらを大規模脅威(メナス)が取り込んだものが『タイプP:シチュエーション型』です。そして……」

 

 

 針谷の額に冷や汗が走る。

 言うべきか、言わずべきか。しかし既に察している人間もいる。

 ジンクスにすぎないそれを、ついに針谷は口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「この連続した脅威(メナス)被害、全て我が社から死者が出ています。油断は許されません」

 

 

 それから格納庫へと向かうまで、誰も言葉を発さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 航空機格納庫内、ブリーフィングを行う隅のスペースは異様な空気に包まれていた。

 その原因の一端であるのが、その場にいるむっすりとした顔の『剣埼 恚』。

 社長自らの出席に意図が読めず一同が困惑する中、解析班の男は意にも介さずブリーフィングを始める。

 

 

「よし、みんな聞け。今回発生した脅威(メナス)だが……かなり厄介なことになっている。まずはこれを見てくれ」

 

 

 プロジェクターに映し出されたのは、親子と思わしき三名の顔写真。

 構成は父、母、子供の三名。どことなく気位が高そうな男女に、表情がない子供。

 左から順に『笹島 公人』『笹島 華代子』『笹島 悠』。

 40に差し掛かろうかと言う年齢の男女に対し、10歳前後の子供。

 見ただけで嫌な予感がする写真だが、何名かはその写真に見覚えがあり顔を顰める。

 

 

「気づいている者もいるだろうが、この三名は我が社のスポンサーグループである『笹島グループ』、その代表取締役とご家族だ。このことから、本件は被害者への配慮が特に求められる。その点を留意してくれ」

 

 

 その言葉に内心、不快感を感じた隊員は多い。

 年齢や身体による理由なら納得もいくが、立場や役職による優先順位や特別扱いはするべきではない。

 速度が求められる状況での、致命的な遅延につながるからだ。

 

 

「……君達の言いたいことは分かっている。だが、聞いてほしい。今回の脅威(メナス)標的は、彼らの子供だ」

 

 

 並んだ写真の内一番右、『笹島 悠』の顔が拡大される。

 幼い顔つきに対し、あまりに表情がないその写真に違和感を抱いたものは少なくなかった。

 が、あくまで違和感程度の物であり、止まることなくそのままブリーフィングは進行する。

 

 

「現地隊員によれば、脅威(メナス)は小学校そのものを核として、この三名が校内に捕らわれている状況だ。現在現地の隊員達が夫妻救助の為行動中のようだが、脅威(メナス)の抵抗により難航している」

 

「家一つとはスケールが違うな……周辺住民はどうなってる?」

 

「既に避難を済ませている。どうやらこの脅威(メナス)被害は現在、笹島一家からの恐怖の供給に留まっているようだ」

 

「校内への侵入は可能ですか?」

 

「可能だ。だが、夫妻救助に動いた部隊からは、既に負傷者が出ている。熾烈な反撃は予想しておくべきだろう」

 

「標的の位置特定は───」

 

 

 矢継ぎ早に質問と対応策が飛び交う中、針谷だけはずっと思考から抜け出せなかった。

 ずっと感じ続けている嫌な予感の正体が分からず、だが先ほど見た写真でそれが喉まで出かかっているような、そんな状態であった。

 皆が意見提案をする中、それらを聞きながらも必死に思考していた。

 

 

(代表の顔、違う。名前、違う。脅威(メナス)による反撃手段、疑問は残るが、違う。考えろ、これは無視してはいけない予感だ───)

 

 

 針谷は嫌な予感、気配といった直感には根拠があると考える。

 既に脳は危機を認識しており、それを無意識に警鐘を鳴らしているのが『嫌な予感』の正体だと認識している。

 思考し続け、若干の顔色の悪さとなって出てきたころ、隣にいた木山が針谷を小突く。

 

 

「……ちょっと、どうしたの」

 

「っ、すみません。確信はありませんが、何かマズいことが起きる。いや、起きている気がするんです。なのに、その理由が、分からないんです……っ」

 

 

 話しかけられて思考が途切れ、視線を彷徨わせるとふとこちらを見る視線とかち合う。

 

 

「……」

 

 

 会議参加者達を見渡している剣崎だ。

 今の状態は遠目で見れば体調不良の針谷を木山が気遣っているようにも見えるが、剣埼の目にはまた違って映ったらしい。

 しまった、話を聞いてないと思われたか?そう考える間もなく、すぐに剣埼は目線をそらす。

 その剣埼が、これから編成を言い渡そうとする男に近づき耳打ちする。

 それを聞いた情報班の男は一瞬驚くも、すぐに表情を切り替え全体に通達する。

 

 

「……はい、分かりました。ではこれより全体通達を行う。針谷!」

 

「っ、はい!」

 

「現地指揮はお前達の部隊がとれ」

 

「針谷隊が?」

「本気か?」

「気が進まねぇなぁ……」

 

 

 周辺がザワつき、困惑の空気を醸し出す。

 だが一番困惑していたのは針谷であった。

 

 

「な、なぜ自分なんです?」

 

「それが最善と判断したからだ」

 

「理由を伺っても───」

 

「納得できません!!」

 

 

 周りの困惑を振り切って、大きな声で異議を申し立てた隊員が立ち上がる。

 先日『霧』の脅威(メナス)の際、陣頭指揮を執った伊崎隊、その隊員の赤崎だ。

 

 

「なぜよりにもよってこいつらなんですかっ!?指揮なら前回同様、うちの隊長が勤めればいいでしょう!?」

 

「赤崎、君の言わんとすることは分かりかねる。これは決定事項だ。変更はない。したがって理由の説明も不要だ」

 

「だからそれじゃあ納得できないと言っているんですッ!」

 

 

 針谷隊の面々には赤崎の顔に見覚えがあった。

 以前『蜘蛛』の脅威(メナス)を撃退した時に廊下ですれ違い、隠れもせず陰口を叩いていた男だ。

 その様子から、随分前から針谷隊を目の敵にしていたらしい。

 伊崎も額に手をやり、眉を寄せ、溜息をついている。どうやら彼の指金ではなく、独断専行のようだ。

 

 

「あんな、魔法少女の助けがなきゃ何もしようとしない臆病者達の指揮を受けろっていうんですか!?」

 

「そうだ。私はそう指示した」

 

「冗談じゃありません!針谷隊なんかにちんたら任せてたら、またあいつらに搔っ攫われるに決まってる!」

 

 

 赤崎のそれは行き過ぎた発言にも拘らず、誰もそれを止めない。

 誰もが「それは言い過ぎだぞ」「仲間内でも口を慎め」と言うべきだとも考えている。

 だが、針谷隊を除く全ての隊での本音と、僅かにだが被る所でもあった。

 

 針谷隊の行動は、原則『人命確保』を最優先とするのが信条だ。

 逆を言えば、『人命』の為なら、それ以外を犠牲にすることに躊躇いがない。

 例えば建造物。彼らは脅威(メナス)を人の手から遠ざける為ならいくらでも建物を爆砕し、足止めを行う。

 もちろん可能な限り被害を出さないようには務めるが、それが叶わないと判断した時の彼らの行動は早い。

 一秒の遅れは一人の人命の喪失へとつながる。その為なら、針谷は迷わない。

 

 人命を重視する針谷隊の行動は、他部隊からは時折『プライドのない金食い虫』などと揶揄されることもある。

 作戦や人名優先は立派だが少しは金勘定と世渡りも覚えてはくれまいか、という心無い嘲りの呼び名である。

 命は金に換えられないと認識している針谷にとって、まるで理解できないことでもあったが。

 

 

「あいつらに従ったって、どうせ俺達は指咥えて見てるだけだ。だったら───」

 

 

 赤崎の侮辱に大塚の額に欠陥が浮き出始め、木山の拳が握られ、針谷がそろそろ止めないと、と思い始めたその瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙らんかァッ!!」

 

 

 

 

 

 

 一喝し、それを黙らせたのは剣埼恚その人であった。

 赤崎、そして周辺の隊員達は、今まで聞いたこともない社長の怒りの声に、一瞬身が竦む程の怒りが込められていた。

 一度も現場に出たことのない、戦場知らずの商い人。

 誰もがそう信じて疑わない人間からの、腹の底から出た怒声に、誰もが驚愕した。

 周りが沈黙したのを境に、つかつかと剣埼が針谷達の元へ歩き出す。

 つられて、三名とも席を機敏に立ちあがる。

 

 

「針谷」

 

「はっ、はい」

 

「頼んだぞ」

 

「了解、しました。指揮、拝命いたします」

 

「うむ」

 

 

 それだけ言うと何事もなかったのように、また元の位置まで戻る。

 恫喝前のむっすりとした顔は変わっておらず、これ以上口を挟む気はないようだ。

 

 

「……異論はないな?よし、では準備開始!」

 

 

 驚愕の余韻が残る中、その言葉を聞いた全員が反射的に行動を開始する。

 針谷隊も順調に準備を進める。大塚と木山はどうにも手がおぼつかない様子だが。

 

 

「びっくりしたぁ……社長ってあんな怒り方できるのね……」

 

「おい。なんだって針谷、お前そんな冷静なんだよ……!」

 

「やりとりの中で分かることがありましたから」

 

「あれでっ!?」

 

 

 着々と装備を身に纏いながら、針谷は急速に頭の中を整理していく。

 先のやり取りは彼にとって幾つかの疑問を氷解させ、本件について納得するものだった。

 

 

「はい。まず今回の脅威(メナス)標的の家族に対し、社長は面識か知識があるようです。その事を踏まえて、僕に指揮権を委譲したものと思われます」

 

 

 あの時間違いなく、目が合った。

 俯いて考えこむ自分を見て何を感じ取ったのかは知らないが、自分を指揮に選んだ以上何か必ず意味がある。

 今発生している脅威(メナス)に対して有効なのか、被害者に対してのアプローチ手段なのか。

 あるいは大塚、木山の二人がキーなのかもしれない。

 暗中模索だった先の状態に比べれば、遥かに視界は開けている気分だった。

 

 

(社長のあの様子……恐らくあの一家に関して何か知っている。そして、僕が取るであろう行動に何かの期待をしていると見るべきだ)

 

 

 まだ嫌な予感は消えていない。が、それでも幾分楽にはなった。

 ヘルメット装着前に、目を閉じ、一呼吸入れ、改めて気を引き締める。

 

 

(ならいつも通り、僕らしくやればいい)

 

 

 分不相応な指揮権ではあるが、期待に応えたい。そう思う程度には針谷のモチベーションは高まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らが任務に向けて装備を整える中、先の説明役の男と剣埼は先ほどより深刻な顔で書類片手に話し合っていた。

 

 

「……よろしかったんですか?針谷隊は優秀ですが、他部隊との軋轢も生みやすい。そのことはご承知かと」

 

「分かっている。だが……」

 

 

 既に準備の殆どを終わらせ、出撃準備に移行し始めている針谷達を視界の端に映す。

 彼らの表情には未だ不安の影が残るが、針谷の表情からは迷いが抜けていた。

 剣埼はそこで、完全ではないにしろ、自分の思惑を汲み取ってくれたことを把握する。

 

 

「針谷以外に適任が思いつかんのだ」

 

 

 剣埼は、自分が戦場を知らない男であることを自覚している。

 日々電卓とキーボードを叩き、接待を受け、如何にして自社の役割が誇らしいものであるかを喧伝するのが自分の役割であると認識している。

 同時に、日夜戦場を駆け回る実働部隊の面々を、最も尊敬しているのも、剣埼に他ならなかった。

 だからこそ剣埼は、日々上がる報告書は必ず隅から隅まで目を通す。

 机上の空論でも、彼らの為に役立つことが論じられるのならば、妥協はしなかった。

 

 

「……彼は思いやりのある男です。きっと、無事解決してくれるでしょう」

 

「でなければ、指名した意味がない」

 

 

 次々と航空機に乗り込む隊員達を眺める。

 この脅威(メナス)被害が無事に終わりを迎えることを、この場にいる誰よりも、剣埼は願っていた。

 

 

「……頼んだぞ、針谷」

 

 

 あのどうしようもない大馬鹿者に、喝を入れてやってくれ。

 言葉にはせず、針谷に強いエールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋山隊の容体は!?」」

 

「三名とも重症!一名は意識不明!回復しません!」

 

「しっかりして!意識を保って!もうすぐ治療担当が来ます!」

 

「出血が多い!包帯と担架急げぇ!!」

 

 

 現地に到着した針谷達の目に映ったのは、大勢の隊員達が声を張り上げながら走り回る姿だった。

 輸送ヘリの着陸後すぐ、針谷は真っ先に飛び出す。現場指揮者と顔を合わせる為だ。

 改めて見渡すと、駆け回る人間の中に魔法少女の姿が見られる。どうやら聞かされていた以上に状況は切迫しているのが見て取れる。

 その中に針谷は最近見慣れた顔を見つけた。新藤茜の姿だ。

 針谷が見ているとすぐ目が合い、ニッコリと笑顔になるが、すぐさま怪我人の運搬へと戻っていった。

 それとほぼ同時に、簡易指揮所から針谷より一回り年上の男が出てくる。

 

 

「やっと来てくれたか、現場指揮の金山だ」

 

「ただいま到着しました、針谷です」

 

「聞いたぞ、社長直々の指揮命令だってな。期待してるぞ?」

 

 

 針谷より一回り年上の金山と名乗る男の額には、大粒の汗が浮かんでいる。

 それが動き回ったことによるものなのか、好転しない状況への焦りなのか。恐らく両方であると針谷は受け取った。

 

 

「早速ですが、情報共有を」

 

「了解した。……まず先程行われた救出作戦により、魔法少女達の協力もあって笹島夫妻の救出には成功した。成功はしたが、参加した全七部隊の内、六部隊から重軽傷含め怪我人が出ている。死者こそ出ていないが、もはや現地部隊だけでは継戦は望めん。もし彼女達がいなかったらと思うと……想像したくもないな」

 

 

 その報告は救出に来た隊員全員を驚かせるものだった。

 学校という巨大な建造物一つを支配下に置いた脅威(メナス)から死者を出さず、救出対象三名の内二名を救い出した金山の手腕は間違いなく褒め称えられるべきだろう。

 しかし、魔法少女達の協力をもってしても今の状況である、とのことから、事態はそれ以上に難航しているらしい。

 

 

「順を追って話す。夫妻がいたのはグラウンド脇の球技用倉庫。転校手続きの完了の為に家族で校舎に訪れていた所に脅威(メナス)が接触、標的となったものと思われる」

 

「何故倉庫に……夫妻と、標的はどちらに?」

 

「標的の位置は残念ながら不明だ。外の倉庫を調べるだけでこの様だ、内部の調査などとてもままならん。夫妻は、向こうのテントだ。これから脅威(メナス)標的者の恐怖の元を探るためにインタビューを行う予定だ」

 

 

 現時点の情報を整理しながら、針谷の嫌な予感は高まり続けていた。

 転校手続き、隔離された両親、表情のない子供の写真、そして極めつけのそれ。

 

 

(たった一人の子供から供給される恐怖で、あの規模の脅威(メナス)が維持されている……!?)

 

 

 脅威(メナス)標的となった人間の恐怖の感情が強いほど、脅威(メナス)はそれを糧に強大になり、その存在を拡大させる。

 感じる恐怖がその人間の根源的なものであればある程、脅威(メナス)は『質』がいいと判断すると言われている。

 先日の外崎丈二の脅威(メナス)も住宅地一つという広大な規模だったが、あれは標的を中心に周辺住民にも恐怖が伝播したことによるものだ。

 たった一人でこれほどの脅威(メナス)の供給源となっている子供が抱える恐怖、それは並のものではないと容易に推測できる。

 事態は、一刻を争う。針谷はそう判断した。

 

 

「そのインタビュー、僕にやらせていただけませんか」

 

「……年の功から言わせてもらうが、勧められん。あんたはまだ若い、あんなものに関わるのはやめておくべきだ」

 

「指揮権を委託されている以上、それは出来ませんし、するつもりもありません」

 

 

 針谷の見立てでは初め、『いじめ』や『孤独感』が引き金となった脅威(メナス)だと考えていた。

 だが金山の言葉でそれは確信に近くなり、『笹島 悠』の抱える恐怖の根源に推測が立てられる。

 想像しうる限り、最悪の形で。

 

 

「僕らはまず、あの子がどれほど苦しんでいるかを知る必要がある。違いますか?」

 

「……そういうとこ、親父さん譲りだよ」

 

 

 針谷はその言葉に、笑顔で応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうなんなのよ、ねえ、どうするのよっ!!」

 

「一々騒ぐな!くそっ、なんで私達がこんな目に合わなければいけないんだ」

 

 

 天幕をくぐった針谷と金山の目の前で、婦人はギャンギャンと金切り声を上げ、男性は苛立ちを隠そうともせず爪を噛んでいる。

 二人とも脚を怪我しているのか、簡易ベッドの上から動こうとはしないが、腰掛けるくらいには自由が利くようだ。

 

 

「失礼します。魔装戦線(マシナリーライン)即応部隊の針谷です。少々お二人に聞きたいことが───」

 

「痛くて歩けないのよぉっ!?だれが責任取るの!?」

 

「うるさいぞっ!大体お前が今日じゃなきゃ嫌だと言ったんだろうがっ!!」

 

「しょうがないでしょぉ!?明日は婦人会だし、明後日はお友達とお茶会なの!私だって忙しいのよ!!」

 

 

 二人が入ってきたことなど意にも介さず、口汚い罵りあいだけが天幕の中で響く。

 彼らには今の状況が理解できていないのだろうか。針谷はため息をつきたい気持ちを必死に堪えた。

 

 

「おい、引き返すなら今の内だぞ」

 

「……大丈夫です。呆れてしまっただけですので。記録、お願いします」

 

「はいよ」

 

 

 金山が録音機器の電源を入れる。

 致し方なし、と言い争いをする夫妻の近くまで近づく。

 その距離1m。互いの顔しか見ていない二人の視界の隅にも映る距離だ。

 貶しあう二人も人が近づいたのを見て、言葉を止め針谷を見る。

 

 

「笹島夫妻でいらっしゃいますね?」

 

「あ?……あぁ、ML社の人か。何の用だ、私は暇じゃないんだが」

 

「本件解決の為、いくつかの質疑応答をさせていただきます。ご協力いただきたいのですが、よろしいですか?」

 

「……チッ、仕方ない。手早く済ませてくれたまえ」

 

「ありがとうございます。本インタビューは脅威(メナス)情報収集の為、録音させていただきます。この録音は公開されません。あらかじめご了承ください」

 

「御託はいいから早くしてくれ」

 

 

 一々癇に障るが、少なくとも自分を見て協力に応じてくれる程度には冷静だ。

 婦人の方は口を開こうとするが、笹島公人が睨みつけることで一切口を開かせようとしない。

 話が脱線する可能性が高いのを理解しているからだ。彼は彼で、彼女の扱いを心得ているらしい。

 

 

「ではまず、お二人はどのような経緯で倉庫に?」

 

「窓口に立っていたから直前まであの子から目を離していたし、目まぐるしく振り回されたせいであまり覚えていない。お前は?」

 

「えっとね?最初は職員玄関にいたんだけど、あの子が脅威(メナス)に取り付かれちゃったでしょ?そしたら、えっと、気づいたらあそこにいたの!ほんとよ!」

 

 

 前者は恐らく事実、後者は嘘だ。このご婦人、隠し事が下手すぎる。

 これには笹島公人も呆れ顔だが、自分には関係のないことだと追及しない。

 この二人が本当に夫婦なのか疑問に思うも、本筋とは関係ないため何も聞かない。

 続けて質問を投げかける。

 

 

「現在標的となっている笹島悠さんについてです。彼は何に対して恐怖しているのか、心当たりはありますか?」

 

「知らん。子供の怖がることなど分からんよ」

 

「そうねぇ。でも、ちょっと引っ込み思案な子供だから、学校とか人の集まる所が怖いんじゃないかしら」

 

 

 嘘は、ついていない。が、強い違和感を感じる。

 発言に齟齬は無いし、質問に対し素直に応えてはいるが、どうにも嫌な気配が拭い切れない。

 何より、自分の直感が強くそう感じてる。

 考え過ぎか?そう考え、一度思考を切り替える。

 

 

「笹島悠さんにいじめ被害は?」

 

「聞いたことは無い。が、考えられんな」

 

「あなたが親だからかですか?」

 

「そうだ」

 

 

 本人はまずあり得ないと言う。確かに、親が大グループの代表ともなれば、保護者が絶対に手出しさせないだろう。

 が、子供は感情の生き物だ。絶対にない、とは言い切れない。この線もまだ捨てきれない。

 ここで針谷は、本案件での核心となるであろう質問を行う。

 

 

「お二人から彼に対し、虐待等の暴力行為、あるいは育児放棄が行われたことは?」

 

「おっ、おい針谷!」

 

 

 金山の静止の声も既に遅く、あまりに非常識な質問が投げかけられる。

 決して針谷は考え無しにその質問をしたわけではない。

 が、それを聞いた二人の表情が瞬く間に怒気に染まり、針谷を強く睨みつける。

 

 

「言葉を慎め。私が誰だか分かっているのか?お前達ML社のスポンサーだぞ?それがどういう意味か分かっているのかッ!」

 

「そうよっ!!あなた達が生活できるのは誰のお陰だと思ってるのっ!?私達が出資してるからよっ!!」

 

 

 唾を飛ばし、口を揃えて激高する二人に対し、針谷は感情を表に出さないよう努める。

 もし本当に虐待が原因であるなら、ここで何らかのリアクションを示すと判断しての質問だった。

 これは二人の気位やプライド、それによる反応を考慮していなかった針谷のミスだ。

 

 

「大変失礼しました。何分、児童を標的とした脅威(メナス)は、それらが原因になりやすいのです。お気を悪くされたなら、大変申し訳ありません」

 

「だとしても言葉を選びたまえ。私達が虐待だと?例え業務でも少しは考えてものを言ったらどうかね?我々が君達に幾ら寄付してるか知らないのか?」

 

「本当に失礼な男っ!あなた、針谷って言ったわね。この脅威(メナス)が治まったら覚悟しておきなさい。もう会社にはいられないものと思うことねっ!!」

 

 

 さっきまで互いに罵りあい、嘲りあっていた二人が、虐待は口を揃えて大声で否定する。

 針谷にはこれが本心のものなのかどうか、判断が付かない。

 いかにも怪しいが、しかし嘘を言っているようにも見えない。

 

 

(陰で虐待をと思いましたが、これは失敗だ。もう少し手順を踏むべきでした)

 

「酷く気分を害した。もう出ていってくれないか?君の顔など見ていたくもないんでね」

 

「……了解しました。ご協力感謝します」

 

 

 これ以上ここにいても心証を悪くするだけであり、余計に火種を起こしかねない。

 仕方がない、現時点である情報を纏め、笹島悠の救出作戦を立てよう。

 その後のことは、その時考えればいい。

 そう判断して、彼らに一礼し、二人は背を向けその場を後にしようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんっ、こんな面倒事を引き起こす疫病神め。やはり()()()()()()悠は出来損ないか」

 

 

 背後から、呪いにも似た呟きが聞こえなければ。

 

 

「……今、なんと?」

 

「なんだ?早く出ていきたまえ」

 

「今、笹島悠さんを、出来損ないと仰ったのですか?」

 

 

 背を向けたままの針谷からの問いに、笹島公人は鼻で笑う。

 

 

「ああ言った。あいつは昔から何をやらせても結果を出せない、運もない。正に不出来の体現だ」

 

「それに我儘ばっかり言う子だものね。やれ漫画が読みたいだの、やれケーキが食べたいだの。ああやだ、恥ずかしい」

 

「一時期は学校に行きたくないと言っていたな。一度殴って言い聞かせたら文句を言わなくなったが」

 

「学校は行って当然だもの。あの子は勉強だけしてればいいのよ。それが一番幸せになれるの」

 

「その勉強も、大して結果も出せやしない。一日たかが10時間の座学にも音を上げる。ああいうのを出来損ないと言うんだよ。勉強になったな?」

 

 

 平気な顔で、彼らは自分の子供を愚弄する。 

 己の血を分けた子供にどうしてそのようなことが言える。

 努力する子供になぜ「よく頑張っている」の一言が言えない。

 優しさを与えられず、日々を苦しみぬいて生きている子供に、どうしてそのような薄ら笑いを向けられる。

 針谷には、理解できない。

 

 

「……あぁ、そうだ。聞いたことがあるぞ。確か脅威(メナス)標的者が死亡した場合、その脅威(メナス)は標的を失って著しく弱体化するんだとな」

 

「うそっ、それ本当なの?」

 

「以前そんな事例があったらしい。この規模の脅威(メナス)に晒されているんだ、どうせあいつはもうすぐ死ぬ。喜べ針谷君とやら。解決に近づくんじゃないかね?私に感謝してくれてもいいぞ」

 

 

 針谷には、発言の意図が一つとして理解できなかった。

 今、彼はなんと言った?

 

 

「あなたはそれに、なにも思わないのですか?」

 

「何も?元々あれは私の後を継ぐための道具だ。無くても構わん。優秀な養子を選ぶこともできるんだよ、私は」

 

「えぇそうしましょっ!大してかわいくもない子だもの、いなくなろうが別に、ねぇ?」

 

「まったくだ。くっ、あっはっはっはっ!!そうだ、いっそここで死なせた方が都合がいいじゃないか!そうだ君達、これからしばらく手を出さないでいてくれてもいいぞ!」

 

 

 醜く、けたたましい笑い声が、幕内に響く。

 金山には二人が、同じ人間だとは思えなかった。

 

 

(人格破綻者どもめ。金を持った人間ってのは、こうも狂っちまうものなのか)

 

 

 笹島グループはここ十数年、今代で急成長を遂げたグループだ。

 それまでは一介の不動産業者に過ぎなかった笹島不動産、これをいくつもの会社を抱える複合企業にまで成長させた手腕、間違いなく怪物的だと言える。

 だが、その代償がこれだ。人間を、自分の子供を、きっと配偶者すらも自分と同じ人間とは見ていない。

 こんな化け物の元に生まれてしまった脅威(メナス)標的者の少年が、金山には哀れでならなかった。

 

 

「もういいはずだ。針谷、戻ろう」

 

 

 だから金山は、針谷をここに連れて来たくは無かった。

 針谷の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものだと知っているからだ。

 彼らを見れば、必ず心の傷となるだろうことが分かっていた。

 針谷は今、社長指示を受けて現場指揮を取る身だ。可能な限り冷静でいてもらわなくては困る。

 

 

「……」

 

「既に恐怖の根源は把握できただろう。対策を練ろう。……針谷?」

 

 

 針谷は返事をしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「金山さん」

 

「大変申し訳ありません」

 

 

 針谷の返事(右腕)は、既に振りかざされていた。

 

 

 

 

 

 

 

「くたばれ、ゴミ屑が」

 

 

 

 

 

 

 




 どうして人と違うものを好きになってはいけないのか。

 どうして人と一緒と同じじゃなきゃいけないのか。

 普通とは何か。好きとは何か。個性とは何か。

 幼い時分、それに答えを出す間もなく。

 人生は己の意志とは無関係に、前へと進む。

 次回 第七話『この手をどうか、離さないで』
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。