マシン・マジック・マイメモリー   作:飛び回る蜂

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第七話「この手をどうか、離さないで」

 テント外、隊員達は変わらず慌ただしく動き回っている。

 脅威(メナス)の攻撃範囲は校舎、及びその近隣までしか及ばないらしく、現在魔装戦線(マシナリーライン)、及び魔法少女連盟(マナ・フロンティア)は互いに意見を出し合い作戦を練っている。

 その進行を針谷隊である大塚、木山が取り仕切る。

 

 

「確認されている脅威(メナス)の攻撃手段は、校内のあらゆる物を使用したポルターガイスト現象。恐ろしいのは、その数と、どれもが魔力による強化を帯びているということね」

 

「はい。グラウンドに突き刺さっているあれら全てが、銃弾とさして変わらない速度で襲い掛かります」

 

「椅子、机、ロッカー、竹箒、自転車……んだよこれ、なんでもありかよォ」

 

 

 後から来た魔装戦線(マシナリーライン)の部隊員達は先行した魔法少女達の意見を聞き、突入ルートと人員の見直しを絶えず行っている。

 極めて異例なことではあるが、今回に限ってはスポンサーの家族が内部にいる以上、万全を期さなくてはならない。

 私情を置き、作戦の成功率を1%でも上げるために、誰もが頭を悩ませていた。

 

 

「おい見ろ。サッカーボールの周り、クレーターが出来てるぞ……!?」

 

「あれの直撃を食らえば、生身なら間違いなく無事ではすまん。あんなものが四方八方から飛び交う中救助に行ったんだ。金山さんの勇気、恐れ入る」

 

「それを素手で弾けるのは魔法の強みだな……。標的者への直接的な呼びかけはダメか?子供だし、我々の声掛けに応じて出てきてくれれば……」

 

「待って、標的者の恐怖を誘発することになりかねないし、情報が出揃ってからにしませんか?」

 

 

 魔装戦線(マシナリーライン)と魔法少女の意見交換が行われる中、木山はちらりと、隊長達が入っていった天幕を見る。

 既に入って15分は経っただろうか。そろそろ出てきてもおかしくない頃だ。

 

 

「……そうね、一旦整理しましょうか。大塚、皆を───」

 

 

 

 

 

 

 ドズンッッッッ

 

 

 

 

 

 地面が、垂直に揺れた。

 同時に、隊長二人が入っていったテントの下、その地面から何重もの亀裂が走る。

 

 

「何が起きたの!?……隊長!?隊長ッ!!」

 

 

 何事かと木山、大塚を筆頭に隊員達がテントに駆け寄る。

 すわ、脅威(メナス)からの攻撃、あるいは干渉か?そう疑うが、周囲からそれらしい物質の飛来や脅威(メナス)反応は無かった。

 テント内には重要人物である笹島夫妻がいる。急ぎ救助に当たらねば。

 そう考え走り出すが、傾いたテントから、まるで暖簾をくぐるかのように針谷が現れる。

 これ幸いとばかりに不手際を指摘しようと、嫌らしい笑みで伊崎班の赤崎が堂々と前に進む。

 

 

「おい、護衛対象になにを……うっ」

 

 

 しかし、針谷を正面から見た赤崎は思わず怯む。

 そこには以前廊下ですれ違った優男の雰囲気など一欠片もなかった。

 

 

「……なにか、ありましたか」

 

「い……いや、お、遅かったなと、思って」

 

 

 目には光がなく、それどころか表情もない。しかし気配はそれを物語る。

 憤怒、悲哀、焦燥、怨恨、憎悪、軽蔑、そして殺意。

 それらをないまぜにして、煮詰めて抽出したような針谷の雰囲気に、誰もが恐怖した。

 よりによって、あの針谷がだ。誰に陰口叩かれようと怒りはしなかったあの針谷が。

 集結した全隊員の前で、我を失い、怒りを露わにしている。

 よく見れば、右手からはほんの僅かにではあるが、血が流れている。

 それと対峙して、つっかえながらも返答を返すあたり、赤崎の精神力も中々にタフだ。

 

 

「時間をかけてしまい、大変申し訳ありません。インタビューは完了しました」

 

「ちょっとちょっと。その前に事情を説明しなさいよ。何があったの?笹島夫妻は無事?その血は?」

 

「オイオイオイ待て待て、なんで右腕がフル稼働してんだよ。さっきのはそれかァ?」

 

 

 それに臆さず、木山と大塚が前に出て針谷の正面まで歩み寄る。

 針谷は意味もなく怒ることなど無い。

 そしての怒りを自分達に向ける程理不尽な男ではない、そう信じているからだ。

 正面まで来た二人を見て、自分の今の状況を振り返る余裕が出来たのか。

 暴走しかけていた針谷の心に落ち着きが、少しずつ戻ってくる。

 

 

「二人は、無事です。気絶してますので、金山さんが対処してくれています」

 

「殴ったの?」

 

「いいえ。……すみません。血は、自分のものです。拳を握りすぎました」

 

「……そう」

 

 

 おそらく二人の何かが針谷の逆鱗に触れたのだと予想し、あえて木山から問い詰めたりはしなかった。

 一見すれば針谷が重要警護対象を殴り殺したのだと言われてもおかしくない状況の中、隊長の潔白を信じているからだ。

 気を持ち直した針谷は、全体を見渡し、言葉を切り出す。

 

 

「これより得た情報の共有を行います。その上で、これからの方針を決定します。魔法少女の皆さんは一度距離を取ってください。少し……話し辛いこともありますので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───以上の事から、本案件は児童への行動強制による肉体的、心理的虐待によるものと推測されます」

 

 

 全体報告を終えて、場は鉛のように重い空気に包まれている。

 今この場には3種類の表情が見受けられる。

 笹島夫妻に憤る者、笹島悠の境遇に同情するもの、そしてそれらを取り込んだ脅威(メナス)の対処に頭を悩ませる者だ。

 そこへ既婚者でもある伊崎と大塚が口火を切る。

 

 

「……確かに、大企業の御曹司ともなれば、求められるモノは重いだろう。だが、笹島悠への待遇は人道に則しているとは言えん」

 

「隊長が全力でブッぱなしてなけりゃあよ、俺がきっとあいつらブチのめしてた。それぐらいブチギレちまったよ……!!」

 

 

 当然だが、児童虐待を許すものなどこの場に一人もいない。

 中でも子を持つ隊員達は皆一様に憤怒の表情を浮かべている。

 止めなければ今すぐにでも、それこそ許可を出す前に出ていってしまう気配すらある。

 

 

「こうしちゃいられません、今すぐ助けに行くべきです!」

 

「分かっています。これより部隊編成を行います。お待たせしました、魔法少女の皆さんもこちらへお願いします」

 

 

 離れた場所にいた6名の魔法少女に声をかけ、全体が集合する。

 その中で指揮を取っていた魔法少女の一人、黒髪を後ろ手に纏めた、身の丈を超えるほどの大薙刀を背負う少女が前に出る。

 どことなく『王子様』なイメージがある、ボーイッシュな女の子だ。

 

 

魔法少女連盟(マナ・フロンティア)所属、2級討伐官の『宗形 蓮』です」

 

「隊脅威(メナス)即応部隊の針谷です。お願いがあります」

 

「了承します。これより2級討伐官2名、3級討伐官4名。共に参りましょう」

 

「話が早くて助かります。この作戦、皆さんの協力は必要不可欠なもので」

 

「我々も攻めあぐねていたところですから。さぁご指示を」

 

 

 魔装戦線(マシナリーライン)隊員、総勢20名、魔法少女連盟(マナ・フロンティア)総勢6名。

 治療中につきその場を離れている者も多数いるが、その場にいる総勢26名。

 全員が一堂に会するその光景に針谷は、自分のやるべきことを再認識する。

 

 

「校舎は本館、別館に分かれています。各部隊の学校の北、南に狙撃担当とスポッター、そして万が一の護衛に魔法少女から一名ずつ出ていただきます。こちらから北は木山さん、南は赤崎さんを配置。お二人は外部から標的を捜索してください」

 

「責任重大だな……分かった」

 

「了解」

 

「残る16名を二班に分け、校内を捜索します。分けた方の部隊長を伊崎さん、頼めますか?」

 

「了解した」

 

「これより僕が率いる方を1班、伊崎さんの方を2班と呼称します。1班は本館から、2班は別館から校内に侵入。敵の反撃を退けつつ、目的は脅威(メナス)標的者の捜索、及び救助です」

 

 

 教室が6学年につき3つ、保険室、会議室、用務員室、理科室等。

 空き教室を含む全ての部屋を合わせるとおよそその数30数個。

 ここにトイレの個数まで含めると捜索個所はおよそ50か所にも上る。

 これらを部隊が全滅するまでに探し出し、脅威(メナス)標的者を救助するのが本作戦の概要となる。

 

 

「捜索範囲は全教室、用務員室、その他全ての閉鎖状態にある部屋全てです。本館は教室数が、別館は音楽や理科の準備室が多く、障害物が多いことが予想されます」

 

「普段ならなんてことない教室数だが……ことここに至っては途方もない数に見えるな」

 

「伊崎さんの懸念はごもっともです。そこは手分けして手早く片付けましょう。魔法少女の皆さんには二人一組で、その護衛についていただきたいんです」

 

「了解しました。……そうだね、狙撃主の護衛には3級の2人に行ってもらおう。頼まれてくれるかい?」

 

「「はぁい!」」

 

「うん、いい返事だね。校内護衛には、2班には私、1班の方は……新藤さん、君にリーダーをやってもらおう」

 

「わっ、私ですかぁっ!?い、いやいやいやっ!2級討伐官の人もいるのにっ!!」

 

 

 突然の指名に、茜は慌てふためく。

 自分より位の高い魔法少女がいるのに、それを差し置いて自分が隊を率いる?

 無理に決まってる。そう思い抗議するも蓮は笑顔でさわやかに流す。

 

 

「期待してるってことさ。それに、何事も経験だよ。……不動さん、新藤さんをお願いね」

 

「任せろ」

 

 

 その両腕の包帯と頬に付いた傷、そして改造した学ランが武闘派ヤンキーを感じさせる魔法少女、2級討伐官『不動 カイナ』が重く返事をする。

 体格だけ見れば中学生の茜よりも背は低く、正しく少女と言っていい外見である。

 だが、その外見からは想像もつかない程の力、そして修羅場を潜り抜けてきた猛者であると感じさせる。

 カイナを見てビクビクと怯える茜をチラリと見やると、フッ、と笑い声をかける。

 

 

「期待している」

 

「はっ……はいっ!頑張りますっ!!」

 

 

 それを見ていた魔装戦線(マシナリーライン)の人間達に、ほんの一瞬柔らかな空気が流れる。

 今の光景に見覚えのある人間は多かったからだ。

 

 

「くく……今のあれ、隊長にそっくりっスねぇ。隊長任された時の」

 

「うっせぇ!」

 

「……ふっ、赤崎がうちに来た時もあんな感じだったな」

 

「たっ、隊長ぉ!?」

 

 

 少々緩い気もするが、士気は悪くない。

 針谷の顔にも微かに笑顔が浮かぶ。が、すぐに気を引き締めなおす。

 それを察して、隊員達の顔に真剣さが戻る。

 

 

「現在時刻10時37分、部隊配置が完了次第、救助作戦を開始します。各自持ち場へ移動、準備開始ッ!!」

 

「「「了解ッ」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新藤さん、不動さん。お時間よろしいでしょうか」

 

「はっ、はいっ!」

 

「なんだ?」

 

 

 作戦前、本校に最も近い門、そのすぐ傍で待機する二人に針谷は声をかける。

 他の隊員達は装備の最終点検中であり、それが完了次第突入となる為、声をかけるなら今しかないと判断してだ。

 

 

「不動さんは素手で戦闘を?」

 

「そうだ。ああいう杖とか剣だとかってのが苦手でな」

 

「えへへ、私に戦い方を指導してくれてる先輩なんです」

 

 

 カイナを見ていると、戦い方より気合と根性を叩き込まれそうな気がしてならない。

 虎柄のボス猫を想起させる風格の不動に、針谷はどことなく安心感を覚えた。

 

 

「あたしも、あんたのことは聞いている。学園長が何かあったら頼れって言っていた」

 

「僕にできることなど、たかが知れていると思いますが」

 

 

 そう言うとカイナはふるふると首を振り、そうじゃないと断る。

 どこかばつが悪そうに、年相応な困り顔で針谷を見つめる。

 

 

「あたしは知ってる。強いだけじゃ、守れないものもある」

 

「強いだけということはないでしょう。あなた達は人類の希望の星だ、それは誰もが知る所です」

 

「そういうことじゃないっ!……すまない、笹島悠のことを聞いてしまったんだ」

 

「っ!いえ、わざとではないのでしょう」

 

 

 おそらく、このカイナという少女は魔力を用いた身体強化に長けていると推測する。

 五感を強化し、それによる格闘戦術を用いる。なるほど確かに、風貌や傷跡からも納得できる。

 当然耳もいいのだろう。魔法少女に対しては、多少距離を取ったくらいでは戸は立てられなかったということだ。

 

 

「かわいそうとは思う。が、共感や理解まではできなかった。それは新藤もそうだろう」

 

「それは……っ。その、辛い、悲しい、苦しいってことは分かります、分かるんです。……けど、自分の子供にそんな酷いことをするなんて、想像もできなくって……」

 

「あたし達は、強い。辛い現実を変えていくだけの力が、この手にはある。だからこそ、笹島悠の苦しみを分かってやれない。あの親が子を苦しめるのはなぜだ?親とは子を守るものではないのか?親とは、社会的立場とは、それだけで絶対的なものなのか?」

 

 

 マズい。

 針谷は直感的にそう判断する。

 

 

「なぁ、兵隊さん。私達は、何のために、何を守っているんだ?」

 

 

 魔法少女達のコンディションはモチベーションが大きく影響する。

 想い、願い、慈しみは魔力に指向性を与える。それが証明されているわけではないが、全くもって無関係とは考えていない。

 だがそれを正面から伝えたとしても、彼女達のモチベーションは上がらない。

 隊員達の指揮は十分に高い。高める方法にも多少のアテはある。

 だが年齢差で言えば娘とまではいわないが、姪や甥程の歳の女の子へのアプローチなど、針谷には心当たりがない。

 脳内で必死に言葉を手繰り寄せ、満点の回答に近づける。ありふれた、平凡で、陳腐な言葉しか思いつかないが、それでも必死に目を閉じて考える。

 そしてやがて、当たり前のことを思い出す。

 

 

「関係ありません」

 

 

 心には心を。

 心を震わせるには、思いの丈をぶつけるしかないのだから。

 

 

「助けることを躊躇う必要はありません。我々の役割は、今目の前で脅威(メナス)に襲われている人間の救助です」

 

「だがあの子を助けたとしても、あの夫婦はまた虐待を続ける。それではなんの解決にもならない」

 

「笹島夫妻に関しては僕達の領分です。どちらにせよこの任務が終わったらクビです。その前にもう一撃くれてやれば、考えを改めてくれるでしょう」

 

「分からない……そうまでしてどうして戦える?あんな人達の為に」

 

 

 それこそ愚問だとばかりに、針谷は真面目くさった顔で応える。

 

 

「助けてほしいという声が無視できないから」

 

「今、あの子は苦しんでいる。それ以上の理由は、僕には不要です」

 

 

 お二人には、釈迦に説法でしたね。そう言い切って針谷は締めくくった。

 二人は目を見開いて、驚愕を表情にそのまま張り付けたような顔をしていた。

 耳に届いた言葉を咀嚼し、理解した頃には二人の顔には笑顔と涙が浮かんでいた。

 

 

「……そうか、そうだな。はは、やはり、あんたは強い人だ」

 

「はっ、針゛谷゛ざんっ゛!私゛、やっぱり゛針゛谷゛ざんと会えてよ゛がったでずっ!!」

 

 

 笑っているのはカイナ、泣いているのは茜だ。

 二人がどうしてそんな顔をしているのか、針谷には分からない。それを最優先でやっていたのが彼女達であり、自分など歯車の一つでしかないのに。

 そう思って訂正しようとした直後、針谷のインカムに通信が入る。配置についている三名からだ。

 

 

『こちら2班。針谷、準備は完了した。言われた通り盾は外し、ライフル、及びショットガン主体の兵装に切り替えた』

 

 

 これは先行した突入部隊の破損装備から判断した、木山からの進言だ。

 魔装化した盾は生半可な攻撃など通さない。それこそ大型トラックの衝突にだって、フル装備なら受け止めきれる。

 しかし今回は四方八方から物が飛んでくる閉鎖環境だ。過度に重い装備は回避力、判断力の低下を引き起こす。

 幸い魔力による強化はされていても元は学習用具や清掃用品。撃ち落とすことは難しくない。

 恐らく先行部隊は用心の為、特に防御を固めていったのだろう。そこが被害拡大の原因となったのかもしれない。

 

 

『こちら木山、狙撃班の配置完了したわ』

 

『こちら赤崎。準備完了した。今のところ標的は見当たらない』

 

「ありがとうございます、伊崎さん、木山さん、赤崎さん」

 

 

 気づけば背後の隊員達の準備も終えている。後は指示を待つだけだ。

 

 

「現在11:02。これより突入を開始します」

 

『了解した。幸運を祈る』

 

「えぇ、お互いに。……総員、配置についてください」

 

 

 門の左右に分かれ、突入態勢を取る。

 ここから先、門を一歩でも超えればただではすまない。

 校舎に入るまで、いや入ってからこそが本番だ。全員の心中に緊張が走る。

 

 

「突入開始まで、3、2、1、突入ッ!!

 

 

 開いている門のから校内へと、一斉に隊員達が駆ける。

 遮蔽物もない、盾もない、無謀な行進だが、今は何より速度が求められる。

 たかが100メートルにも満たない距離、そこに全てのリソースを吐き出して前に進む。

 前方を進む針谷の目に、校舎からキラリと何かが光ったのが映り、それが隊員達に向けて飛来する。

 

 

「弾幕来ますッ!応戦開始ッ!!」

 

 

 常に前へと走りながら、一斉に手持ちの銃器が火を噴く。疾走しながらの射撃で照準がブレるが、脚を止める方が遥かに危険だ。

 銃弾が当たった道具は勢いが殺され、完全に止まったものは地に落ちてピクリとも動かなくなる。

 降りかかってきたのは椅子、机、教卓、本が目立つ。しかしそのどれも生身で受け止めることは出来ない程強固だ。

 なにせ銃弾で相殺しているにも拘らず、その表面には傷一つついていない。それを横目で見た針谷は、現在の脅威(メナス)の強度を再計算する。

 

 

(支配領域内とはいえ、これほどの魔力行使は尋常じゃない。急がなくては)

 

 

 こんな魔力行使を丸一日続けていたら、脅威(メナス)標的者の命があっという間に消える。

 それだけは避けなくてはならないと行進スピードを上げる。

 その間も常に凶器は頭上から降り続け、常に対処を迫られる。先頭を行く針谷にも飛来するが、その全てを銃撃と回避で対処する。

 しかし、正面から飛来物を見た隊員の一人が叫ぶ。

 

 

「マズい、オルガンが飛んでくるぞォッ!!」

 

 

 全長1メートル半のオルガンが、高速で回転しながら部隊正面から突っ込んでくる。

 回転する質量兵器と化した楽器、当たればひとたまりもない。

 針谷は気づくも、対処するには既に遅い。

 

 

(飛来する物は目線を上げるためのブラフ、こちらが本命か!)

 

「正面っ!カイナさんっ!」

 

「任せろ」

 

 

 だがそれをカバーするように、素早い茜の号令と共に、カイナが部隊正面に踊り出る。

 正面から低空で突っ込んで来る巨大凶器に瞬き一つせず、大地を踏みしめ、構えを取り、拳を突き出す。

 

 

「───オォォォォッ!!ラァッ!!」

 

 

 一撃目で勢いを殺し、二撃目で掴み、遥か後方へと放り投げる。

 自身の体重を優に超える凶器でも関係ない。彼女らを護る力は、そんなものでは砕けない。

 茜もまた、飛来してくるものの中で大型のものを選び、それを退け続けている。

 力は圧倒的にカイナが、スピードと小回りで茜が上回り、それぞれ役割をこなしている。

 針谷は二人の力を信じ、言葉を交わさずそのまま全員で走り続けることを選択する。

 その甲斐あってか、昇降口まで辿り着く。周囲を見渡し、欠員がいないことを確認し、大塚に声をかける。

 

 

「被弾は?」

 

「2名軽傷、別で4人の装備に破損あり。いずれも戦闘続行に問題は無ェ」

 

「分かりました。ここからは負傷者と装備が破損した隊員のフォローを厳としてください」

 

 

 確認を終えた針谷は昇降口をすぐには通り抜けず、茜とカイナによって昇降口一体に魔力結界を張り巡らせてもらう。

 昇降口を通った瞬間扉が閉まり分断、という事態を避ける為、そして一時的な拠点構築を行う為だ。

 

 

「これでドアや下駄箱が独りでに動き回るといったことは起きん。依然として敵の胃の中だが、ある程度は安全だ」

 

「助かります。あなた達だけならばもっと迅速に動き回れるのでしょうが……」

 

「それは言いっこなしだ。私達だけでは数で圧殺されかねんしな」

 

 

 針谷の最悪の想定の内に、学校の出入り口を全て倒壊させ標的を閉じ込める、というものがあった。

 それをしないところを鑑みるに、恐らく出来ないのだろうとアタリを付ける。

 学校自体が脅威(メナス)そのものとなった影響か、あるいはそれ以外の制限か。

 動かせる物しか、動かせない。それならば差し当たって大きな問題は無い。

 

 

「あっ。向こうの方で結界が張られています。到着したみたいですねっ」

 

「それは重畳です。……ここからが正念場です。これからの方針をお話しします」

 

 

 外の狙撃班から未だに報告が無いということは、標的は廊下を使って動き回っているわけではない。

 ならば本命は外から見えない保健室、用具室、会議室、空き教室。

 時点で教室、職員室だ。対象は恐らく小柄であることから、隅々まで見て回らなくてはいけない。

 

 

「ここからは、僕含め4名と新藤さんの5人で室内の探索を行います。残る4名と不動さんは後方からの襲撃に備えてください」

 

「提案します。二部隊で二手に分かれて捜索するべきです!幸い魔法少女は2人いる、急がなきゃ手遅れに!」

 

 

 そこに待ったをかけたのが隊員の一人。

 先ほど標的のプロフィール説明の時に真っ先に救助を提案した隊員だ。

 確かに急ぐ気持ちは理解できるが、針谷はそれを却下し、カイナもそれに賛同する。

 

 

「五人一組は全滅のリスクが高まります。飛来してくる物量を見たでしょう。2・3に別れれば、魔法少女のいない方は一瞬で蜂の巣です。目の前で言うのもなんですが、彼女達も万能ではありません」

 

「その通りだ。私の背中に目は無い。危機への対処速度には代えられない」

 

「それならば5人全員で捜索を行えばいい!」

 

「後方警戒はどうするのですか。感情に身を任せすぎです、落ち着いてください」

 

 

 針谷は与り知らぬことであったが、彼はごく最近に子供が出来たばかりだった。

 誰よりも子供というものに愛情を注いでいる時期にこの案件だ。過敏になるのは仕方のないことでもある。

 だが、現在は任務中だ。私的理由による隊列の乱れは、針谷にとって到底看過できるものではない。

 ましてや、今は発言中の彼を含めて多くの隊員を預かる身。万が一があればそれこそ隊員家族に顔向けができない。

 

 

「ですが!!」

 

「感情的になるなとは言いません。ですが、今最も危険なのは我々の方であると理解してください。少なくとも供給源になっている限り死なない標的者と違い、脅威(メナス)は我々を全力で殺害しようとしているのですから」

 

「……了解」

 

 

 とても納得がいったとは思えない顔ではあるが、理解はしてくれたらしく、元の場所へと戻る。

 同じ部隊員の人間に慰められているのだろうか、先の発言を叱ったりといった様子は見受けられない。 

 最悪の場合隊を危険に晒しかねない。要注意と判断する。

 

 

「では行きましょう。結界を出た瞬間から、全周警戒を怠らずに」

 

「「「了解」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一階部分は1年生の教室、職員室、保健室がその大部分を占める。

 教室から順に見ていくが、そのどれも人の気配はせず、最も本命と思えた保健室にも笹島悠はいない。

 トイレの個室に鍵をかけて、と言う可能性も考慮し捜索したが、今のところ成果は無い。

 その間も室内、室外問わず弾丸と化した用具は常に飛び交い、それを撃ち落とす。時に頭部すれすれを凶器が掠める作業、心身と弾薬の消耗が激しい。

 

 

「屋上は外の二人が見ている為除外。となると2階か3階でしょうが……」

 

「マズいぜ隊長。1階の捜索だけで弾が半分消えちまった。このままじゃ3階は丸腰だ」

 

「かなりの量の道具が校庭で消費されたと思いましたが、判断が甘かったです」

 

 

 一度飛来した物は武器として再利用はされず、窓ガラスが砕けて襲い掛からないのは幸運と言える。

 理屈は分からないが、一度魔力を通した物は再度補充は出来ないのだろうか、

 出汁を取った後の昆布のようなものかと考え、こんな時くらい飯のことは忘れろと自省する。

 

 事態が動いたのは、二階に上がろうとしたその時だった。

 針谷に緊急回線による通信が入る。

 

 

 

『こちら2班!1班隊長針谷、応答願う!』

 

「こちら1班。どうされましたか?」

 

脅威(メナス)標的者を発見した!現在別館3階から渡り廊下で本館に移動している!恐らく屋上へ向かう!』

 

「了解しました。我々も3階へ急ぎます」

 

 

 伊崎からの通信に光明が見える。その報告を聞いた瞬間から、全員が階段を駆け上がる。

 が、事態はそれだけでは終わってくれない。

 

 

『同時にトラブルだ。後を追おうとしたのだが、魔法少女の一人が行動不能となった!今も継続して襲撃に晒されていて身動きが取れん!』

 

『既に3人、脚がやられた。2級が周囲を飛び回ってくれているが、このままではいずれ死者が出る!頼む、救援を回してくれ!!』

 

 

 報告に思わず思考が止まる。なぜこのタイミングで?いや、それは今考えなくていい。

 何人、そしてどちらを向こうに行かせる?標的救出の為にカイナという戦力を残すか?

 茜は救援として十分か?万が一があった時、死者を一人も出さずに確実性を取るなら?

 一瞬迷ってしまう。が、それに先に反応したのはカイナであった。

 

 

「あたしが行く。それと兵隊さんも2人借りたい。多分手数が足りない。テレポートは自分以外の人間を連れていけない」

 

「……お願いします」

 

「うん。新藤リーダー、焦るな。後は頼んだぞ」

 

「はっ、はいっ!」

 

 

 笑顔で頷くと、隊員達を連れて、3階に到着した瞬間から廊下の向こうへと疾走していった。

 遠くの方、外部にハリネズミのように大量の道具が浮遊している箇所が見える。恐らくそこに全員いるのだろう。

 一刻も早く、救助に。そう考えた瞬間だった。

 救助を提案した隊員が1人、単独で先行して前に出てしまった。

 

 

「なにをっ!」

 

「標的は目の前です!自分が行きます!」

 

 

 

 

 

 

 

 窓の外、その数およそ40。

 浮遊した鉄パイプがこちらを見ている。

 

 

「伏せろッ!!」

 

 

 反射的に前を行く隊員に飛び掛り伏せる。

 次の瞬間には、その全てが先ほどまで頭のあった場所を通り過ぎ、その全てが壁に突き刺さる。

 幸運なことに隊員に被害は無いが、これでは頭を上げて身動きが取れない。

 屋上に続く階段を登ろうにも、先程渡り廊下向こうのハリネズミから、こちらに向けて何本もの道具が射出されているのが見えた。

 救援が到着したからか、攻撃の手が明らかにこちらに向いた。

 もはや一刻の猶予もない。叫びながら指示を出す。

 

 

「貴方は後で始末書です!それと標的の救助には僕が直接向かいます!皆さんは可能な限りこの場を維持、守備に回ってください!弾薬が2割を切ったら即時撤退、結界まで全力で退避を!」

 

「隊長はどうすんだよッ!?屋上に出ちまったら逃げ場がねぇぞ!?」

 

「標的を確保したらすぐ戻ります!最悪屋上から飛び降りて逃げますから!」

 

「任務了解だァ!隊長ォ!死ぬんじゃねぇぞッ!!」

 

「針谷さんっ!どうかお気をつけてっ!無事に帰ってきてくださいねっ!」

 

 

 大塚と茜の言葉を背で受け、全力で階段を駆け上がる。

 ここを駆け上がれば屋上への扉がある。そう思い登り切った針谷の目の前にあったものは、さらなる苦難。

 

 

「……冗談でしょう。何故こんなところに」

 

 

 扉は、確かにある。ごく一般的な扉だ。恐らく鍵も開いている。

 そのノブを、いや扉全体に張り巡らされている有刺鉄線さえなければ。

 

 

『こちら赤崎!子供が一人屋上に出たぞ!脅威(メナス)標的者だ!』

 

 

 そしてその扉の向こう、生態レーダーが示すのが、脅威(メナス)標的者『笹島悠』その人。

 この棘だらけの鉄扉一枚を挟んで、そこにいる。

 急ぎ扉を開けようとするも、有刺鉄線が意志を持ったかのようにノブに巻き付き動かさせようとしない。

 ならばと魔装の一つでもある結晶ナイフを振りかざす。

 

 

「魔力を帯びた刀身、これなら───」

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰……ですか……?」

 

 

 針谷の耳に、か細い声が届く。

 その声にピタリと動きを止め、焦りを隠し、努めて平静な声を出す。

 

 

魔装戦線(マシナリーライン)所属、対脅威(メナス)即応部隊の針谷と申します。笹島悠君、ですね」

 

「お父さんに言われて、僕を殺しに来たんですか……?」

 

 

 なんだ、それは。

 どうしてそのような発想になるのか。どんな仕打ちを受けたらそのような言葉が出てしまうのか。

 子供にそこまで言わせるような親が、この世に存在していいのか。

 

 

「いいえ。あなたを助けに来ました」

 

「嘘ですよ。お父さんが僕を助けるわけがない。不出来な子供が死んだら、喜ぶに決まってます」

 

「……えぇ、あの方は、君を見捨てる気でいました」

 

 

 やっぱり。弱弱しい声でそう吐き捨てて、自分を傷つけるように笑う。

 子にここまで言わせるなど、尋常ではない。

 ここにきて嘘をつくことも、真実を隠すことも針谷はしなかった。

 

 

「あなたを助けること、その一点に嘘偽りはありません。その上で一緒に来てもらいます」

 

「……いいえ、行きません。僕なんか見捨てて早く逃げてください。父には、到着したら死んでいたとでも伝えてください」

 

「承諾しかねます。あなたを助けるのが仕事ですので」

 

 

 喉が掠れているのだろうか。声に力がない。

 既に彼の心には諦めと、絶望が、乾いた水の痕のように心にこびり付いてしまっている。

 

 

「もう嫌なんです。楽しかったことも、やりたいことも全部取り上げられてしまいました。戻っても同じことの繰り返しなら、ここで死にたいんです」

 

 

 彼の心の奥底には、既に親への、環境への、自分以外の全てへの恐怖が刻み込まれてしまっている。

 だからこそ、自分を迎えに来た死にすら抗わない。むしろ迎え入れようとすらしている。

 

 

「泣くのも、叫ぶのも、もういっぱいしました、でも、誰も助けてはくれません。疲れたんです、生きているのは」

 

 

 10歳という年齢に見合わない丁寧な言葉使いから紡がれるのは、誰を恨むでもなく、ただただ諦めばかり。

 それでも恨みつらみが出ないのは、生来の気質なのだろうか。あの夫妻から生まれたにしては、あまりに優しすぎる。

 

 

「大人は口を揃えて、生きてればいいことがあるとか、我慢しろとしか言いません。そんなこと言われ続けてたら、疲れちゃいました。だから───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕を、死なせてくれませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 針谷は黙ってナイフを鞘に戻した。

 

 そして素手で、茨付きのドアノブを掴んだ。

 

 

「……ッ!!」

 

 

 当然、棘は手を装甲ごと突き刺す。

 厚みを貫いて僅かに刺さり、血が流れる。

 

 それがどうした。

 

 

「君のことは、事前に聞いています。勉学を強制され、食事もまともに与えられず、自由を奪われ続けていたと。それも10歳という若さで」

 

「何をしているんですか?まさか開けようとしているんですか?無駄ですよ、どうせ……」

 

「これからは、勉強はしなくて結構です」

 

「……はぁ?」

 

 

 思いっきり、ドアノブにかけた手に力を込める。

 少しでも滑らないように、茨の刺さった右手に左手を重ねて、ありったけの力を込める。

 脅威(メナス)は扉を開けようとするそれを敵と認識し、扉に張り付いた鉄線が針谷本人へと襲い掛かる。

 

 

 それがどうした。

 

 

「甘い物も好きなだけ食べていい。漫画も、なんなら好きなだけ夜更かしして読めばいい。ゲームのことは知っていますか?あれは面白いものです、一度やってみたら、ハマります」

 

「さっきから、何を───」

 

 

 

 

 

 

 

「ご両親に、大嫌いだと言ってもいい」

 

「───っ」

 

「命令ばかりするな。自分達ばかりいい思いをするな。少しは優しくしろ。そう言っていい」

 

 

 装甲の薄い関節部分に巻き付かれた有刺鉄線が、動きを止めようと針谷の皮膚を突き破る。

 既に各所から血が滲み、足元にポタポタと血が溜まる。

 

 

 それがどうした。

 

 

「君は既に、理不尽って毒を与えられ続けた。ならば、次は楽しさと言う薬を受け取らなきゃ、割に合わないんだよ」

 

「割って、そんなの、意味が分かりません」

 

「分かる必要なんかない。欲しいものを欲しいと願うことに、意味も理由もいらない」

 

 

 モーターを全力で吹かし、全てのリソースを握る手と、踏ん張る足に回す。

 肘、膝、足首に巻き付いた鉄線が肉にまで食い込み、ドアから針谷を引きはがそうとする。

 

 

 それが、どうした。

 

 

「もうっ、もう放っておいてくださいっ!そんなことできるわけないっ!あなたには分からないんだ、逆らうことがどれだけ怖いかっ」

 

「できる。僕が力を貸す」

 

「無理です、無理……だって、僕はなんにもできない。お父さんもお母さんも、僕が愚図で、憐れで、無能な子供だからって……」

 

「これからできるようになればいい。できない君を、誰も責めない。僕がさせない」

 

 

 脅威(メナス)は引き剥がしを効果薄と判断し、鉄線の先端部分を鋭く尖らせる。

 そして巻き付いていた肘や膝を、勢いよく両側から貫く。

 

 

「───ッ!!」

 

 

 歯を食いしばり、喉の奥底から上がる悲鳴を、歯を食いしばって全力で噛み潰す。

 痛い?苦しい?辛い?吐きたい?

 

 ───だからどうした?

 

 彼の感じた痛みは、絶望はこんなものじゃなかったはずだ。

 歯を食いしばる程度で耐えられる痛みじゃなかったはずだ。

 

 

「幼い君が、泣いている。ならば、僕は、僕達は……ッ」

 

 

 ドアノブが限界まで回る。後は、扉を押すか、引けば開く。

 最後の抵抗と言わんばかりに、鉄線が首に巻き付き、刺さった部分が捻じれ狂う。

 痛みで目の前がチカチカと光り、目の焦点がブレる。痛みを、苦しみを、絶叫したくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、どうした!

 

 絶望に染まった心を救うのが、お前の仕事だろうがッ!!

 

 

「君が望むのなら、僕は君のヒーローになってみせるッ!」

 

「だから君の希望を、願いをッ!僕に教えてくれッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉が、キィと音を立て、開かれる。

 ドアの向こうにはポロポロと涙を流し、手を伸ばした子供が一人、じっと針谷を見つめていた。

 針谷の足元に流れる血を見てヒュッと呼吸が上がる。

 

 

「もう勉強は、したくないです」

 

「分かります。僕も、勉強は嫌いだった」

 

 

 止まらない涙を拭うことすら忘れて、小さな声で必死に叫ぶ。

 

 

「甘いものが、食べたいです」

 

「好きなだけ食べればいい」

 

「教科書じゃなくて、漫画を読みたいです」

 

「好きなだけ読めばいい」

 

「赤いランドセルとか、かわいい服だって着てみたいです」

 

「着たい服は君が選べばいい」

 

「魔法少女の人と話したい、握手したいです。ファンなんです」

 

「一番偉い人に話をつけてくるよ。きっと大喜びでいっぱい連れてくる」

 

 

 とめどなく溢れる未来への希望で、絶望を身体から吐き出す。

 

 

「いたいのもっ!こわいのもっ!くらいのもっ!もういやですっ!!」

 

「おとうさんも、おかあさんも、だいっきらいです!」

 

「だから……だから……っ!」

 

 

 生まれて初めて振り絞った勇気で、心から、自分の願いを告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たすけて」

 

「任されました」

 

 

 その声を聞き届けた瞬間、身体に突き刺さっていた棘が消える。

 どこかから持ってきたものではなく、これもまた、笹島悠の心象から具現化した物体だったのか。

 意味のないことを考えながら、血に塗れていない左手を差し出し、悠が伸ばした手がそれにそっと重ねる。

 

 

「改めまして、針谷大和と申します。お名前を伺っても?」

 

「は、はい。笹島悠です。小学4年生です」

 

「よくできました。ここを出たらまず、ご両親を思いきり殴る所から始めましょう。反抗期最初の行動としてはこれ以上ありません」

 

「最初にしては、ハードルが高くないですか?」

 

「問題ありません、既にやっておきました。直接ではありませんが」

 

「えぇっ!?」

 

 

 さて、と一息入れたところでタイミング良く通信が入る。

 下で応戦している大塚からだ。どうやら時間的な限界が近いらしい。

 

 

『ようよう!下まで聞こえたぜ隊長の啖呵ッ。俺ァ、心底痺れた。やっぱ俺達の隊長はあんたしかいねェやなッ!』

 

「マジですか。しばらく出社したくありませんね」

 

『そう言うなって!まぁいいや。そろそろ弾が限界だ!お嬢ちゃんも感涙しながら三面六臂の大立ち回りで疲労してる。早く降りて来て撤退しようや!』

 

「いえ、皆さんで撤退を進めてください。僕は別ルートで行きます」

 

『は?別ったってどうやって……』

 

 

 身体の状態を確認。

 多少の痛みと出血があるが、それ以外に問題は無いことを理解する。

 痛みを無視するために過剰に分泌されたアドレナリンが、針谷のテンションを上げる。

 

 

「ヒーローらしいこと、してこようかなと」

 

『……頼むから死ぬなよ?笑えねぇぞ』

 

「もちろんです」

 

 

 そう言って通信を切り、悠に向き合う。

 アラートのうるさいヘルメットを外し、首の後ろにかけてしっかりと笑顔を浮かべる。

 

 

「さぁ行きましょう」

 

「行きましょうって、どこへですか?」

 

「出口です。悠さん、失礼します」

 

「へっ?うっ、うわぁっ!?」

 

 

 悠を抱えて横抱きにし、そのまま屋上へと踊り出る。

 屋上には待ち構えていたかのように、大量の鉄パイプ()が空から待ち構えていた。

 

 

「なるべく首を縮めて。舌を嚙まないよう、しっかり歯を食いしばって。そうです。走り抜けますよ」

 

「ぼ、僕達、やっぱりここで死ぬんじゃ───」

 

 

 ついさっきまでここで死なせてくれとまで言っていたのが、随分人間らしいことを言うようになった。

 そのことが針谷の琴線に触れたのか、笑って答える。

 

 

「ありえません。僕は絶対に、君の手を離しませんからね」

 

「……は、はい。信じます」

 

 

 緊張からか、悠は幾分か頬を紅潮させ、改めてしっかりとその手を握りなおす。

 それを確認した針谷は、猛然と走り出す。

 当然それを見逃すわけもなく、次々と空から武器が放たれる。

 

 

(先に比べれば、遥かに遅い)

 

 

 恐怖という原動力を失ったからか。その出力は極めて低い。

 さっきまでなら壁や床に突き刺さっていたであろう鉄パイプも、今は人が生身で投げた時とそう変わらない程、威力は低い。

 そのままジグザグに走り弾幕を潜り抜け、2メートル以上あるフェンスを悠々と飛び越え、フェンスの頂点を掴んでそのまま勢い良く飛び降りる。

 

 

「うっ、うわぁぁぁぁ!!??おっ、落ちっ、落ちてますっ!!」

 

「落ちてますね」

 

 

 このまま着地してもいいが、悠の首が変な方向に捻じ曲がりかねない。それは流石にまずい。

 落ちながら3階のベランダに手をかけ、着地までの勢いを可能な限り殺す。

 

 

「こ、怖いっ、怖いんですよっ!?けどっ、けどっ!!」

 

 

 ふと目線を下げてみれば、悠と目が合う。

 その表情は怯えや恐怖ではなく、まるで新しいおもちゃにワクワクするような、子供らしい笑顔だった。

 

 

「なんでっ、こんなに胸が、変な感じなんでしょうか!」

 

「一足早い、魔装戦線(マシナリーライン)の職場体験ですね。ぜひ楽しんでいってください」

 

 

 そのまま二階渡り廊下に壁伝いに着地し、けれども攻撃の手はまだ止まらない。

 飛来する物体を走って避けつつ、そのまま渡り廊下を挟んで盾にし、地面へと飛び降り着地。

 既に撤退しているであろう仲間の元へと急ぐ。

 

 

「───針谷ッ!こっちだッ!」

 

 

 既に門の外で待機してる隊員達の元へと走り抜ける。先頭にいるのは伊崎だ。

 後方から飛来する矢も、補給を終えた魔装戦線(マシナリーライン)隊員達の手によって撃ち落とされる。

 門を過ぎれば茜、カイナ、蓮の連携の元張られた強固な結界が出迎える。

 ここまで来れば一安心だ。指揮所まで逃げ切った針谷は一度悠を下ろし、伊崎の所へと向かう。

 

 

脅威(メナス)標的者、保護しました。標的を失ったのですから、脅威(メナス)自体はそう時間を置かずに結晶化するかと」

 

「そうだな。……おい、怪我はどうした?」

 

「見たところ無いようです。一安心といったところです」

 

 

 そう言うが伊崎は、ん?と首を傾げる。

 それに釣られて針谷も首を傾げる。何か話が食い違っている気がすると。

 

 

「違う、そうじゃない。針谷、お前自分の怪我の手当てはどうした?血が流れっぱなしだぞ」

 

「していません。痛みは治まったから問題無いと。それより他の方を」

 

「バカかお前はッ!脳内麻薬で痛みがないだけだッ!どう見てもお前が一番重症だろうがッ!大塚、今すぐ治療班を呼べ!お前の隊長アドレナリンでヤバいぞッ!!」

 

「隊長っ!?なんつー顔色だよッ!?あんだけ余裕で通信してるから問題ねェもんだとばっか、つーか腕も脚も血まみれじゃねーか!寝台開けろッ!輸血用意ッ!」

 

 

 そんな大げさな、心配いりません。

 そう言おうとした針谷だが、気が付けば地面に倒れていた。

 

 

(思ったより、血を流してましたか)

 

 

 肘、膝に穴が開き、少量とはいえ首からも出血が見られる。

 そんな状態で派手に動き回るなんて無茶をすればどうなるか、自明の理だ。

 針谷が自覚している以上に出血は多く、気づけば指と足先の感覚がほとんどない。

 自分の口が動いているのか、それすら判断が付かない。

 

 冷たくなる指先と血溜まりで(ぬる)い関節を感じ取りながら、針谷は申し訳なさでいっぱいである。

 ただ、魔装戦線の兵隊も、魔法少女も一緒に、自分の為に大慌てで駆けまわっているのが、なぜだか少しだけ嬉しかった。

 

 

(これが自分の最後の業務とは、なんと情けない)

 

 

 脳裏に浮かぶのは、救出した悠のこと。

 助けることは出来たが、このままでは大言壮語の無責任野郎で終わってしまう。それだけは避けなくてはならない。

 それに大塚と木山のこれからの配属、自分を信じ託してくれた社長への詫びも考えなくてはならない。

 

 

(まだ、やることが、沢山、ある、な───)

 

 

 閉じかけた目に最後に映ったのは、遠くから泣きながら駆け寄る新藤茜、笹島悠の二人だった。

 

 




 誰かを助けたからといって、そこで話は終わらない。

 物語ならハッピーエンドで終わりでも、人生は途切れることなく続いていく。

 辛くても苦しくても、また前へ向けて歩き続けなくてはならない。

 希望の翼から羽が一枚、抜け落ちる。

 次回 第八話「去り行くものへ花束を」
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