マシン・マジック・マイメモリー   作:飛び回る蜂

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第八話「去り行くものに花束を」

 

 

「常識を疑う治療速度です。なんでもう歩けているんですか?」

 

「す、すみません……」

 

 

 マナ・フロンティア総合病院の診察室。対面して据わるのはスーツ姿の針谷と、その担当医師。

 言葉にやや棘があるのは、医学を修めた医師から見てもあまりに常識外な現象に呆れているからだ。

 医師は一枚目のMRI画像を顔を顰めながら見やる。

 その写真には現在から1週間前の日付が刻印されている。

 

 

「両膝の靭帯がここまで損傷していたのも驚きです。一体何をしたんですか?」

 

「色々ありまして……すみません、業務上のことは情報が制限されてまして……」

 

 

 針谷の肘、膝は複数の有刺鉄線が貫通し、しかもその状態でスーツのアシストありとはいえ学校中を跳び回っている。

 通常ならその時点でその場での歩行は不可能なレベルの損傷、それどころか生涯四肢が動かなくなる可能性の方が高かったくらいだ。

 にも関わらず提示された画像には繋がりかけた十字靭帯、側副靭帯が見て取れる。しかもそれが現在進行形で勝手に治癒が進んでいる。

 ただでさえ医師を困らせているというのに、その上ヒーローごっこで完膚なきまでに膝を壊しました等と言えば、明らかに怒らせてしまう。

 

 

「まぁいいでしょう。いやよくはありませんが。ML社の業務には危険が伴うことは承知しています。ですが、くれぐれも無茶はなさいませんよう。次同じことがあっても、治るとは限りません」

 

「はい、存じています」

 

「結構です。……全く、魔法少女は本当に医師泣かせです」

 

 

 

 今針谷が立って歩けているのは二人の魔法少女の懸命な努力の結果である。

 

 一人は新藤茜。

 針谷が倒れた後、それはもう大慌てで治療の術をかけ続け、かろうじて肩肘の再生に成功したのだ。

 

 魔法とは、本人の『こうありたい』という願いの形が投影される。

 だがそれにも得手不得手はあり、多くの魔法少女は攻撃、あるいは防御としてその力を使う。

 しかし、こと『治療』という分野を得意とする魔法少女は、極めて少ない。

 現在活躍を見せている魔法少女およそ400人の中でも、たったの3名と言えばその少なさが分かる。

 リラクゼーションという括りならばもう少し数は増えるのだが、怪我や病気の治療に限って言えば3人だ。

 日本全国で月に数度発生する脅威(メナス)の襲撃、それに伴う被害者ケアをたった3人で担当し、しかもそれを成立させてしまっている。

 

 彼女らの多くが治療の魔法を不得手とする理由は定かではない。

 が、一説によれば解剖学的知識が求められる治療分野は、幼い彼女達にとってあまりに難解、かつ忌避されるものだからではないかとされている。

 そんな中、惨く貫かれた傷跡を直視して、必死に祈りを紡いだ新藤茜の精神力は感嘆の一言に尽きる。

 だがそれも完全ではなく、なんらかの障害は残るだろうと、当時の代理指揮の伊崎は考えていた。

 

 

「私達が諦めてしまう不治の病や怪我を、こうも容易く治してしまう。本当に……自分の無力さを痛感させられる」

 

「そのようなことは決して」

 

「分かっています。だいたい老人のセンチメンタルなど、患者の回復に比べれば砂粒程の価値もない」

 

 

 初めて医師が針谷の脚を見た時「この患者はもう、生涯四肢が動かない」と確信したという。

 だが、現実として針谷は歩いている。なんなら今すぐに走れと言われても可能だろう。

 それを目の当たりにしていた医師は感謝と同時に、ある種の強い感動すら覚えた。

 想いとは、願いとは。これほどまでに強い力となるのか、と。

 

 

「経過観察の為に3日後、それから7日後にも来てください。状態次第で訓練の参加許可を出します。それまでは療養に努めてください。いいですね?」

 

「はい。ありがとうございました」

 

「お大事に」

 

 

 念には念をと痛み止めを処方され、薬局からトボトボと針谷は出ていく。

 医師の質問に応えるたびに集まる眉の皺に面接を思い出し、胃がキュッとした気分だ。

 早く帰って、ご飯食べて横になりたい。叶わないことだが。

 

 現在時刻は11:20。そろそろ待ち人の用事も終わる頃だ。

 急ぎタクシーを拾い乗り込む。目指すはフロンティアスクール。

 何の因果か、針谷はもう一度女の園へと足を運ぼうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、針谷君。待ってたわ」

 

「遅かったな。診察が長引いたか」

 

 

 フロンティアスクール校舎の来客用玄関で待ち受けていたのは、スクール最高責任者である学園長、琴森トウカ。

 そしてその隣にいるのが、魔装戦線(マシナリーライン)代表取締役、剣埼恚。

 この国の武力、その実質的なトップの二人が、国会以外で同時に顔を揃えるなど、見る人が見れば卒倒して泡を吹くだろう。

 

 

「遅くなってしまい大変申し訳ありません、社長、琴森学園長。この度は御尽力いただき、誠にありがとうございます」

 

 

 そう言って深々と頭を下げる。

 今回の脅威(メナス)による針谷の行動の余波は大きく、最終的にトップの二人が出張ることとなり、それに対する謝辞だ。

 それを受け取った二人、琴森は大らかに笑い、剣埼は大して気にしていないのかフンと鼻を鳴らすだけだった。

 

 

「いいのよ、ウチも無関係じゃなかったのだし。それに針谷君の頼みだもの、断れないわ!」

 

「あいつらの鼻持ちならん態度は前から何かあるとは気づいていたからな」

 

「あら、気づいていたの?剣埼のくせに」

 

「一言余計だぞ琴森ぃ!おい針谷、私は個人的な関係にまで口は出さん。だがこの女を頼るのだけは極力するな!ことあるごとに厄介事を持ちこまれるぞ!」

 

「あらぁ?もうちょっと愛想よくしてくれてもいいのよ?」

 

 

 二人の軽快なやり取りに、針谷は思わず面食らう。

 しかし、トップ同士というのは存外そういうものなのだろうか。

 頭を上げた針谷の目に、ギャアギャアと仲良く喧嘩している二人が映り、思わず顔が緩む。

 一しきり騒いだ後、琴森が咳ばらいを一つして話を先へと促す。

 

 

「オホンッ、さて、針谷君。これからちょっと大変だとは思うけど、いいのね?」

 

「はい。意志は変わりません」

 

「……本当にいいのか?こちらとしては助かるし、法的にも問題はない。が、負担は大きいぞ?」

 

「承知の上です」

 

 

 あの時屋上で言った言葉を、針谷は何一つ嘘にする気はなかった。

 その為に病み上がりの気怠い身体に鞭打って、トップ2人が揃っているところまで出張って来たのだ。

 その程度で揺らぐような思いならば、初めからここにはいないだろう。

 

 

「そう、分かったわ。今は保健室にいるから。会いに行ってあげて」

 

「書類手続きは明日で構わん。被害者ケアを優先したまえ」

 

 

 それを聞いて針谷は一礼し、その場を後にする。

 針谷が去った後も、二人の話し合いは終わらない。それを尻目に急ぎ足で保健室へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつなら心配いらん」

 

「やだ、顔に出てたかしら」

 

「針谷は、信頼に足る男だ」

 

「……そう。なら、私も信じるわ」

 

「私は帰る。あの馬鹿が失脚するまでの間に、笹島グループのM&Aを進めねばならんからな」

 

「こんな時もお金の事ばっかり……もう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来客用スリッパが廊下に擦れる音が響く。

 一歩ずつ目的地まで踏みしめる。脳裏に過るのは、学園長である琴森に呼ばれた時から今日までの日々。

 あの日、あの時。学園長室に訪れたことで、自分の未来は変わった。そんな気がする。

 それまでの部隊を指揮し、脅威(メナス)と戦い、書類を提出するだけの自分が、よもやここまで行動的になるなんて。

 

 

(思えば、あれが分水嶺だったのかもしれない)

 

 

 保健室の前に立ち、一呼吸置く。

 学園長室に呼び出されのが記憶に新しいが、あの時よりもずっと緊張していた。

 

 勢い良く引き受けたが、このような大役、自分に務まるだろうか。

 否、精一杯務めると決めたのだから、悩む必要は無い。

 今更変更など出来ないしする気もない。

 

 もし拒絶されたらどうしようか。

 その時はまた二人に頭を下げて、望むよう準備を整えよう。

 それが自分の責任なのだから。

 

 一つずつ自分の中で不安材料を解消し、次々に浮かぶ懸念材料が無くなって、ようやく前に進む決心が決まる。

 性根のなんと臆病なことか。思わず自嘲してしまうほどに、自分でも緊張しているらしい。

 力を抜き、保健室の戸をノックする。

 向こうからは声は小さいが、ちょっと慌てたような、元気な声が聞こえる。

 

 

「は、はい!」

 

「針谷です。ただいま到着しました」

 

「……っ!どうぞ」

 

 

 返答があったこと、拒絶されなかったことに安心しつつ、カラカラと戸を開く。

 部屋に入ると、日に当たって真っ白なカーテン、干してあるベッドのシーツが眩しい。

 干したシーツの向こう、窓からは美しく整えられた中庭が見える。

 見える範囲では大きな一本の木と、その周りにベンチがある。きっと休み時間には学生が訪れるのだろう。

 

 そして、目の前の小さな椅子にちょこんと腰かける子供。

 先日より呼称が決まった『虐待』の脅威(メナス)、その脅威(メナス)標的者となっていた少年。

 半袖の学生服から伸びる腕は、日に当たることが少なかった真白い肌が見える。

 手入れのされなかった髪は整えられ、少し伸びた前髪の隙間からは、未来への希望が込められた蒼い瞳が僅かに覗く。

 そして、待ちわびたとばかりに笑顔で来訪を迎える。また、針谷もそれに応える。

 

 

「遅くなってすみません、笹島悠さん。ようやく退院の許可が下りました」

 

「いえ、全然大丈夫です。僕の方こそ、全然お見舞いにいけなくてごめんなさい」

 

 

 針谷は病院に搬送されてからの2日間、目を覚まさなかった。

 傷は塞がっていたのだが失血量が多く、その影響によるものだというのが医師の見解である。

 その2日間、悠はずっと離れることなく、針谷が目を覚ますまで傍にいたのだ。

 その後は脅威(メナス)被害の聞き取り調査、その後行われた諸々の処理でその場を離れざるを得なくなってしまったが、それまでのずっとだ。

 針谷が勧めなければ、恐らくその聞き取り調査も断固として断って傍にいただろう。

 

 

「え、えっと、それとですね。その、もう聞いているかもですけど……」

 

「ええ。僕の退院祝いよりもまず、先に言わなくてはなりませんね」

 

 

 針谷はカバンから小さな箱を一つ取り出し、悠へと差し出す。

 

 

 

 

 

 

 

「フロンティアスクール、入学おめでとうございます。これはお祝いです、どうぞ受け取ってください」

 

「あ……ありがとうございますっ!」

 

 

 彼が纏っている制服はかつて所属していた小学校のものではない。

 半袖シャツにズボン、白を基調とした上質な記事にピンクのライン。黒いズボンは膝程まであり、真新しさが目立つ。

 そして何より、胸元のポケットに描かれているのは一対の翼の中心に杖が描かれた校章。

 それが正式に認められた学校制服であるという何よりの説得力となっている。

 

 『魔力を保持し、それを発現させたもの』

 

 フロンティアスクールにおける唯一にして絶対の入学条件であり、これこそがマナ・フロンティアを男子禁制たらしめるものである。

 では何故、男性である悠がそれを成せたのか?

 答えは単純である。()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 針谷を救った魔法少女の内二人。

 その一人は他でもない、笹島悠その人だ。

 悠は自力で魔力を生成、それを用いて針谷の両肘、両膝の靭帯を含む関節部、そして切れていた首の血管の再構築という神業を行って見せた。

 

 

「君には返しても返しきれない恩ができました。今日は微力ながら、お力になりに来たつもりです」

 

「そんな、それは僕のセリフですっ!針谷さんが来てくれたから、助けてくれたから今僕はここにいるんですっ!」

 

 

 過去、男性で魔法を発現させた人間は、実を言うとそれほど少なくない。

 国内で毎年およそ100人以上の少女が魔法を発現させる中、数年に1人程の割合で()()()()()()()が現れる。

 彼らも特徴は決まって中性的、あるいは女性に近い思考や外見を持っていること。

 いわゆる『男の娘』と呼ばれる存在である。フロンティアには彼ら専用のカリキュラムがもちろん存在しており、魔法少女に貴賤無しの姿勢である。

 

 しかし彼らは、他の魔法少女に比べると保有する魔力量は少なく、その出力も劣る。

 歴史上その多くは3級討伐官、最も結果を残した者でも2級に収まっていることからそれは明らかだ。

 

 また、魔法少女としての寿命も短い。

 魔法少女が魔法少女として活動できる期間は個人差がとても大きい。

 18歳になって発現が止まる者もいれば、40歳を超えて尚、全盛期レベルで活躍する者もいる。

 それらを纏めた統計データによれば、おおよそ20代後半で発言が止まるケースが多いとされている。

 

 そんな中彼ら、男の娘の魔法少女としての活動期間は、およそ第二次成長期まで。

 つまり、どれほど長くても15歳で魔法は発現しなくなる。

 これは、成長する自分の身体と、魔法少女としてのギャップに気付き始めるからだとされている。

 

 だが、悠の場合に限り、それら全ての実例を置き去りにする程の魔法の才能があった。

 それは彼が目覚めた魔法の才覚が『治療』に特化したものだからだ。

 

 

「既に現場からはスカウトが来ていると聞いています。どうか結論は焦らず。相談にはいつでも乗りますので」

 

「正直、全然実感が湧きません。こんな僕を必要だなんて、言われたのは初めてで……」

 

 

 自分の価値を否定され、要求を拒絶され、どれほどの苦しみの中でも努力を続けてきた悠の才能。

 それは現代で最も必要とされる、他者を癒し、その痛みを和らげることだった。

 目まぐるしく動き回る自分の状況にまだ慣れていないのだろう。

 悠は控えめに笑って、それでも少しだけ誇らしげだ。

 

 

(さて……正念場だ。気合を入れろ、その為に僕は来た)

 

 

 お互いにあえて避けていた話題に切り込む勇気を、今振り絞る。

 手に掴んでいた鞄をパチリと開き、ファイルを取り出す。

 話の流れが変わったことを察してか、悠の顔がほんの少しだけ曇る。

 罪悪感を強く感じるが、誤解を与えないよう、なるべく淡々と処理を進める。

 

 

「ではこれより、少々真面目な話をさせていただきます。よろしいですか?」

 

「……はい」

 

「ありがとうございます。現在笹島悠さん、あなたは笹島公人、及び笹島華代子のご両名に対し親権の停止を訴え、現在受理されています。間違いありませんね?」

 

「はい、間違いありません」

 

 

 親権の停止。それは親が子供に対し、一方的にその利益を奪う状況である場合に、一時的に親権を失わせるもの。

 家庭裁判所を通して行使されるその権利は、認められれば最長で2年間、親から子へのあらゆる接触の禁止となる。

 申し立てには虐待を受けている証拠が必要だが、それには医師の診断書が決定打となり成立している。

 栄養失調、暴行の形跡あり。この一文により、その診断書は有効と判断された。

 

 

「結構です。笹島夫妻は現在、異議申し立て申請を行っています」

 

「そんなっ!」

 

「安心してください、正当な理由により既に棄却されています」

 

 

 訴えを要約すると

 

「虐待が事実ではないなら、この怪我はどこで起きたものか?」

 

「知らん!だが我々ではない!」

 

 という主張を延々続けている為、客観的主張の欠如を理由に突っぱねられている。

 が、この制度には欠点もまたある。

 

 

「虐待理由の消失。つまり、生活態度を改め、彼らが今後一切君に害を与えないと証明されれば、親権停止の解除後に君はあの家に戻らなくてはいけない」

 

「……はい」

 

「家庭裁判所がどのようにして調査するのかは知りません。が、夫妻が君への復讐を考え、生活態度を偽ってもおかしくはない。そこでです」

 

 

 ファイルから一枚の用紙を取り出し、悠の手元に差し出す。

 習っていない漢字も多く使われているであろう書類を、悠はすらすらと読みあげる。

 

 

「後見開始等申立書……?」

 

「後見人。平たく言えば君の保護者となる為の書類です」

 

 

 申立人の欄には針谷の、その下には弁護士と思われる人物の名前が記載されている。

 悠は震える手でそれを受け取り、じっと見つめている。

 

 

「君は今親がいない。そして今後、親権を巡っての作業を一人で抱え込むのは無理があると考えます。そこで、後見人を立てることでそれらの役割を代行、君を守るべきだと判断しました」

 

「つ、つまり、どういうことですか?」

 

「……すみません、回りくどい言い方でしたね。改めて申し上げます」

 

 

 針谷の手に汗が滲む。

 あれだけ書類も心も準備をして、しかもお膳立てまでされたのに臆している。

 だが、言わないわけにはいかない。

 そんな勝手は、心が許さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕が、君の保護者となります」

 

「───え」

 

「正確には今も君の親権は彼らの手にある。それを喪失させるまでの間、僕が君の後見人を務めます」

 

 

 その為に、針谷は動きの鈍い足を引きずって、方々に連絡をして資料をかき集めた。

 大塚、木山だけじゃない。同期や上司、普段自分を忌み嫌う他部署の人間でも知識があるなら全員を頼り、借りも作った。

 誰もが快く協力、とはいかなかったが。それでも多くの協力を得てここまでこぎつけることが出来たのだ。

 法人、魔装戦線(マシナリーライン)魔法少女連盟(マナ・フロンティア)そのものを未成年後見人に据えることも可能ではある。

 が、針谷はそれらに待ったをかけ、自分から後見人として名乗り出た。

 

 

「社長、学園長もこのことはご承知です。もちろん拒否もできます。その時は出来る限り希望に答えられるように尽くすと約束します」

 

「……」

 

「あの日君に言ったことを嘘にするつもりはありません。もし、君さえよければ」

 

 

 座ったままの悠の前まで針谷は歩み寄り、悠は震える声で問いかける。

 

 

「針谷さんが、僕のお父さんになるってことですか?」

 

「親権や相続権が無い、とはつきますが。その通りです」

 

「こんな、こんな出来の悪い子供のですか?」

 

「自分を下に見ることはありません。君はとても賢く、そして勇敢です。それは誰よりも、ひょっとしたら君よりも、僕は知っている」

 

 

 悠の目からポツリ、ポツリと涙が落ちる。

 針谷は片膝をついてしゃがみ、そっとその背に手を回す。そのまま空いた片手でゆっくりと頭を撫でる。

 

 

「日に一度は電話をします。休日には必ず会いに来ます。授業参観も出ます。運動会……ここはあるのかな。それも出ます、約束です」

 

「……本当に?本当に本当ですか?」

 

「もちろん。そしたら休みの日には遊びに行きましょう。その時思ったこと、感じたことはお互い言葉にして、伝え合うんです」

 

 

 どれだけ涙が溢れてもそれは止まらない。

 あの日屋上で流れたものとは違う。嬉しくて涙が止まってくれない。

 喉から血が出るほど叫んで、声と心が潰れても手に入らなかったものが、自分を地獄から救い出してくれた大人からポンと手渡されただけで。

 そんな簡単なことで、悠はどうしようもなく自分を抑えられなかった。

 

 

「僕を、見捨てないでくれますか?」

 

「約束する」

 

「殴ったり、ご飯を抜いたりしませんか?」

 

「ありえない。もししたら僕を思いっきり殴っていい」

 

「怖い夢を見たら、傍にいてくれますかっ!?」

 

「眠れるまで傍にいる。手も握ろうか」

 

「……僕の、お父さんになって、くれますか?」

 

「ああ。君が望んでくれるなら」

 

 

 抱き締めてくれた恩人の背に手を回し、必死にしがみついて、声を押し殺して泣く。

 魔力が感情によって漏れているからだろうか、その手に込められた力は10歳の子供に見合わず、骨に響くほど強い。

 しかし針谷は何も言わず、泣き止むまで抱きとめて、頭を撫でてやるだけ。

 それ以上は、互いに不要だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が保健室に入って20分程経った頃、学園長室に戻った琴森は気が気でなかった。

 極めて例外的な男の娘の魔法少女であり、同時に魔装戦線(マシナリーライン)の出資者の一人息子。

 後者の立場はその内無くなるのだろうけれど、それでも今回はイレギュラーが多い。

 しかもその子を魔装戦線(マシナリーライン)社員が引き取る。そうなればどう転ぶかは誰にも予想が付かない。

 琴森自身は友好の懸け橋となることを望んでいるが、方や妬み、方や無関心と溝は深い。

 これがきっかけでさらに深まるようなことがあれば、当代で関係性の修復はおよそ不可能だろう。

 

 

(針谷君は信頼がおける。ただそれ以外がそうとは限らないのが悩みの種ね)

 

 

 これからの展望を考えると、やはり不安は大きい。

 そもそも二人が上手くいったとしても、それが2社間における友好に繋がるとは限らない。

 剣埼のスタンスとはまた違い、琴森の理想は『魔装戦線(マシナリーライン)魔法少女連盟(マナ・フロンティア)の親交の復活』であるが故に悩んでいた。

 

 

(仕方ない。今まで通りに地道に……あら)

 

「す、すみません。まだ制御が出来なくて……あうぅ、恥ずかしい……」

 

「いやいや、可愛くていいと思う。それに、君の理想の姿がそれなら、何も恥じ入ることは無いよ」

 

「そうですか?……えへへ、これからは一緒に仕事もするかもですね」

 

 

 そんな時、外から二人の声が聞こえる。

 話はもう終わったのかしら、そう思ってそっと扉を開けて外を覗く。

 二人は手とつないでおり、来客用玄関から出ていこうとしている真っ最中。

 しかし驚くことに悠の服装は変わっており、深緑色を基調とした、まるでローブのような衣装を纏っている。

 悠は針谷から贈られる褒め言葉、その一つ一つが嬉しくてたまらないといった様子だ。

 その手を引くのはスーツの針谷であり、傍目から見ても仲睦まじい。

 

 

(針谷君、魔法少女を誑し込む才能でもあるのかしら)

 

「そういえば、昼がまだだったな……。どうだろう、まず親子の手始めに一緒に外食でも」

 

「ぜひ!」

 

 

 そんな2人を遠目から眺めていると、二社間親交の実現などそう難しいものじゃないように思えてくる。

 なにせ、既に二人の間には絆がある、ならばそれ以外の人間にだって、きっと。

 琴森は微笑みながら、親子の背中を見ていた。

 そんな琴森に声をかける人間が陰から、すぐ傍に現れる。

 

 

「学園長。結果が出ました」

 

「どうだったの?」

 

「残念ながら、あの子の魔力は戻りませんでした」

 

「……そう。ごめんなさいね、辛い報告をさせたわ」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 

 いかにも研究者といった風貌の女性は、その手に持っているレポートを悲痛な目で見ている。

 そのレポートの表紙には厳めしい字で『魔力喪失者レポート』と記載されている。

 先日の『虐待』の脅威(メナス)、その時身動きが取れなくなった魔法少女のレポートだ。

 

 

「原因は……あの子の境遇ね」

 

「はい。笹島悠の両親を守ること、ひいてはそれに伴う人類守護への疑問。これらがトリガーと思われます」

 

「愛と希望で戦うあの子達の前に立ち塞がるのは、いつだって辛い現実。イヤになるわね、本当に……」

 

「それに伴い、友人関係にあった魔法少女達に陰りが出ていましたが。こちらは我々で対処済みです」

 

 

 彼女達、魔法少女の魔力は心の底から溢れる希望で成り立つ。

 それが尽きる原因、その最も大きな要因が『現実とのギャップ』である。

 これは緩やかに進行するものでもあり、突然発生するものでもある。

 

 マナ・フロンティアは外部との関わりが薄く、一つの独立自治区として成り立っている。

 その理由は、魔法少女達に外部との交流を極力させないというフロンティアスクールの方針でもある。

 

 『人々は善良であり、無垢であり、自分達が護るべき存在である』

 

 この考えこそが魔法少女達の誇りであり、絶対の不文律。

 そしてこの言葉に疑念を抱いてしまったとき、人間を護るべき存在だと見れなくなった時。

 すなわち絶望した時、少女は魔法少女ではなくなる。

 

 

「他の子達は?」

 

「ほぼ影響なし。不動2級、新藤3級に至ってはさらに出力を上げています。彼は本当に、魔法少女達に好影響を齎してくれます」

 

「二人とも針谷君と行動を共にした子ね。不動さんは益々ストイックになったわ。女の子としてはどうなのかと思うけど……」

 

 

 心折れ、魔力を失った魔法少女の多くは、フロンティアスクールを出て、その時の年齢に合う学校へと編入する。

 決して幸福な旅立ちとは言えないが、それでもこの場所でクラスメイトと自分を比較し続けて生きるよりは、ずっといい。

 琴森は誰よりも、そう信じなくてはならない。

 その手元を輝かせ一輪の、エーデルワイスに似た結晶の花を創造する。

 

 

「……これを、渡して頂戴」

 

「かしこまりました」

 

 

 研究員がその場を離れたのを見届け、溜息と一緒にこぼす。

 

 

「世界がもっともっと、希望に満ちていたらいいのに」

 

 

 




少年と青年は家族を得た。

少女は更なる力を得た。

穏やかな日々、束の間の平和。

それらを過ごすことに、いったい何の衒いがあろうか。

日々を戦う戦士達に、僅かな憩いを。

次回 第九話「苦い記憶 甘い思い出」


丸焼きどらごん様より、主人公「針谷大和」のイラストを書いて頂きました。
この場を借りて厚く御礼申し上げます。ありがとうございます!

【挿絵表示】

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