マシン・マジック・マイメモリー   作:飛び回る蜂

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第九話「苦い記憶 甘い思い出」

 

 

 

「───なぜですかっ!なぜ私の潔白を信じてくださらないっ!」

 

 

 広い会議室の中で口論を交わす、否、一方的に捲し立てている中年男性。

 そして捲し立てられている年配の男。全くもって絵にならない酷い構図だ。

 一人は先日脅威(メナス)標的者となった笹島悠の父、笹島グループ会長、笹島公人。こちらは先ほどからがなり立てている側。

 そしてそれを聞いてうんざりしているのが魔装戦線(マシナリーライン)代表取締役社長である剣崎恚。

 当然議論は実のあるものにはなっていない、ただただ時間を浪費するだけの無駄な時間である。

 

 

「悠のことですか!?脅威(メナス)標的者となったことによる被害を当人や家族は責任を負わない取り決めでしょう!」

 

「そこは問題ではないとも言ったはずだ。分からん男だなお前は、もう一度だけ言うぞ」

 

 

 剣埼は笹島公人に向き合い、勢いよく正面から言ってのける。

 

 

「君には笹島グループ代表から降りてもらう。嫌とは言わせん、これは既にスポンサー会議でも決まったことであり、承認も降りている」

 

「それでは納得できないと言っている!」

 

「我ら魔装戦線(マシナリーライン)は、この国に生きる全ての人々の為に戦っている。その守るべき人々を傷つける貴様は、我らにとって脅威(メナス)とさして変わらん。理由など、これだけで十分だろう」

 

「ですからあれは教育だとっ!」

 

「黙れ。……私は守銭奴だがな、子供の泣き顔を見て何もせんほど人でなしではない。お前と違ってな」

 

 

 あの日針谷が倒れたと聞き、剣埼は自分の判断ミスに焦りを隠せなかった。

 後日閲覧した報告書を確認し、これはあまりに手に余ると頭を抱えたものだ。

 これに対処するなら、ML社社員だけでも今回動員した20人の倍、40名規模を動かす。

 かつ、どうせ公にはできない案件なのだから琴森に連絡を飛ばし、魔法少女も倍にしてもらうべきだった。

 それで尚達成できる結果としては最上のものを用意した針谷には恐れ入るが。

 だが優秀な部下というのは、金と時間だけでは手に入らない。

 剣埼は、自分の判断ミスで貴重な部下を失いかけたという強い自責の念に駆られていた。

 

 だが、そんな剣埼がフロンティア総合病院の病室で見たのは、一人の魔法少女、笹島悠が涙ながらに傍に寄り添うところであった。

 救出対象は少年だったはずだが。そんな考えが過るも、重要なのはそこではない。

 まだまだ使い慣れてない治療の魔法を力の限り、必死にかけ続けていたことだ。

 それを見てしまっては、黙っているわけにもいかない。

 笹島悠、今回の当事者から詳しく話を聞いてみれば、閉口せざるを得ない過去、そして針谷の大立ち回り。

 聞いていて気分が二転三転する話だったがなんとか聞き終え、改めて悠と話し合った。

 

 

『叶うなら、僕は……ちゃんとした生活が、したいです』

 

『分かった。手回しを進めておく』

 

『えっ』

 

 

 針谷のことは彼に任せて早々に病室を離れ、担当医師から診断書をせびる所から動き出す。

 次いで学校に実態調査、家庭裁判所への取り次ぎ、親権停止と後見人申請の書類を取り寄せと手早く済ませ、今に至る。

 被害者のアフターケア業務の一環、この程度は剣埼にとって手慣れたものだ。

 針谷が目を覚ますまでに処理を凡そ済ませ、目覚めた針谷から早々に連絡を受け、諸々の段取りを済ませる。

 そしてかねてからスポンサー間で不信の種となっていた笹島公人を経営陣から排除する。

 針谷を部隊指揮に任命してからここまでが、剣埼の思い描いた着地点である。

 もっとも、大怪我を負って搬送されるのは完全に予想外だったが。

 

 

「なら、貴社の社員が私に暴力をふるったことはどう説明するつもりですか!?」

 

優秀な社員(伊崎)から上がった報告書によれば君がうちの社員を罵詈雑言で貶して尚、脅威(メナス)の攻撃から身を挺して庇ったとのことだが。一体何の話をしているのだね?」

 

「きょ、虚偽報告だっ!あの男、針谷は私を殴りつけようと───」

 

「だがな、私からすればそんなことはどうでもいいんだよ」

 

「はぁ!?」

 

 

 剣埼は何よりも、誰よりも怒っていた。

 社員一人の育成にいくら金がかかる?どれほど時間がかかる?

 失われる社員が現場で指揮権を持つほど、それこそ信頼のおけるかけがえのない人材なら?

 そして目の前にいるこれを助けるためにそれが失われるだと?

 

 冗談ではない、()()()()()()()()()()()。そもそも経営の才だけ見るなら、別段この男でなくてもいい。

 一代でグループを築き上げた才能が、一代で絶える。全くもって道理ではないか。

 厳めしく顔をゆがませ、剣埼の眼がギロリと笹島を睨みつける。

 

 

「貴様は私の部下を、そして守るべき人間を無為に傷つけた。それ以上の理由は不要だ」

 

「ひっ、か、金は出しているんだ!あなた達が我々を守るのは当然───」

 

「黙れ、と言ったんだ。株式会社ならスポンサーは絶対だろうが我が社は違う。金に酔い、他者を見下す優越感に浸りたいのなら一人でやれ。人類守護を掲げる我らの袂に、貴様らは不要だ」

 

 

 利益のみを追求した者の末路は、ロクなものではないことを剣埼は嫌というほど知っている。

 道理を守らない者の手にある金は、いつか必ずその手からこぼれる。

 法を守り、道理を守り、そして人道を踏襲して積み上げた財にこそ価値は生まれ、使用する権利が与えられる。

 

 

「話は以上だ。今の君にこの場所は相応しくない、去りたまえ」

 

「……いつか、後悔するぞ」

 

「そうかね。覚えておいてやろう」

 

 

 足音荒く出ていくのを見やりながら、剣埼は改めて思う。全くもって理解に苦しむと。

 そんな剣埼に、傍に控えた秘書は僅かに不機嫌を滲ませて話しかける。

 

 

「社長、あまり挑発なさらないでください。あの手の人間は何をするか分かりません」

 

「心配いらん。あいつはまだ自己保身に走る余裕がある。ここで私を害せば、それも不可能になる」

 

 

 ああいった手合いのやりたいこと、やりそうなことなど手に取るように分かる。

 伊達に金勘定で生きてきたわけではない。金を手にし、それを失った人間のことも理解している。

 

 

「精々、賢い選択をしてくれることを願うばかりだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ!あら針谷さんじゃないの!あら、その子は?」

 

「どうも、新藤さん。この度僕が後見人を務めることになりました、笹島悠君です」

 

「はじめまして、笹島悠です」

 

 

 大分落ち着いたのか、衣装が元の制服に戻った悠を連れ、病院を出た針谷。

 お昼の時間をやや過ぎており、まずは腹ごしらえにと訪れたのは『花丸満点食堂』。

 先日のイタリアンレストランでもと思ったのだが、幼い悠は肩肘張ってしまうだろうと思っての判断だ。

 それに、ここには茜もいる。退院ついでに元気な姿を見せに来たというわけだ。

 戸を開けてみれば、テーブル席には何名かお客さんが入っている。前回閑散としていたのは半期決算によるものかと改めて思い返す。

 ふと隣に視線を下げてみれば、悠は店内を物珍しそうにきょろきょろと眺めている。

 

 

「あら、ご丁寧にありがとう、新藤美代子です。茜はご迷惑かけてないかしら?」

 

「新藤さんにはとてもお世話になりました。あれから会えてなくて、僕からありがとうございました、と言っていたとお伝えいただけませんか?」

 

「……ぷっ、あっはっはっは!その受け答え、針谷さんにそっくりだねぇ!さっ、立ち話もなんだし、座って座って!」

 

 

 最近顔なじみになった客が、突然小学生の子供を連れてきたというのに、そこに疑いの一片も含まない。

 茜と針谷が顔なじみだというのもあるが、客商売を長く営むだけあって人を見る目は確かだ。

 そんな若女将に促されて、二人はまだ誰も座っていないカウンター席へと座る。

 悠の背は10歳の年代の中でも小柄な方で、針谷の補助もあって座れる高さだ。

 それでも席からテーブルがちょっと高いようで、座布団を貰い調整してもらう。

 悠は針谷に似ていると言われたことが嬉しいようで、しきりに針谷に眩しい笑顔を向ける。

 針谷もまた、それが嬉しかった。

 

 

「こちらメニューです。決まったらお声掛けください!」

 

「ありがとうございます。えへへ、こういうところに来たのは初めてで、ワクワクします」

 

「それはなによりです。……初めて、ですか。すみません新藤さん、先に謝っておきます」

 

「ん?なにがだい?」

 

 

 目を輝かせてメニューをぱらぱらとめくる悠に、針谷は底知れない嫌な予感を感じた。

 予想が正しければ、次に紡がれる言葉はかなり、かなり、重い。

 

 

「聞いたことも見たこともないメニューもいっぱいありますね。あっ、針谷さん、これなんですか?」

 

「……それは定食メニューですね。いくつか料理が一緒に来ます。それぞれを少しずつ食べるのがいいとされています」

 

「じゃあ、これは?」

 

「丼もの……ご飯の上に直接料理が乗っている料理です。ボリュームがありますので、量は慎重に選びましょう」

 

「おぉ……!じゃあ、こっちは───」

 

 

 これはこれは?と質問を重ね、それに一つずつ答える。

 質問自体は極めて簡単だが、それに答える度に心に重圧がのしかかる。

 悠ほどの年頃の子ならだれでも見たことがあるだろう料理や飲料。

 それらが何なのか、好奇に目を輝かせる悠を見ていると、どうしようもなく心がへこむ。

 

 

「ちょ、ちょっと針谷さん。どういうこと!?」

 

「いえ……悠君は少々、境遇に恵まれなかったんです」

 

 

 まさか実親に虐待されロクな食事も与えられませんでした等とは言えない。

 悠の名誉のため、新藤一家への精神的安寧のためにも。

 幸い悠の胃の活動自体はそこまで衰弱していないようで、病人食から慣らす必要がなかったのは幸いかもしれない。

 針谷はもちろん問題なかった。一週間程度で下がるような食欲ではない。

 

 

(さて……なににしたものか)

 

 

 改めてメニューを見てみると、やはり品揃え豊富だ。

 退院祝いということでがっつり行きたい気持ちもあるが、可能なら悠とシェアできるものがいい。

 となると定食、あるいは一品ものにご飯を付けるのがいい。

 それでいてあまり濃すぎず、満足感のあるもの。となると……

 

 

「決めましたか?」

 

「……はい!これにします」

 

「カレーライスですか。いいですね」

 

 

 どうやら悠はカレーライスに決めたらしい。

 流石にカレーライスは知っていたか、と少々の安堵を覚える。

 

 

「すみません、注文を」

 

「はーい!どうぞ!」

 

「カレーライスと、からあげ定食を一つずつお願いします。飲み物はオレンジジュースと、麦茶で」

 

「カレーライスにからあげ定食、麦茶とオレンジジュースね。かしこまりました!」

 

 

 注文を取ってぱたぱたと歩き去る女将を見やりつつ、ふと視線を感じて隣を見る。

 一体何事か、悠はじっと針谷の事を見ていた。

 笑顔でもなく真顔でもなく、ただ真剣にじっと見ている。針谷は不安になった。

 

 

「あの、なにか?」

 

「えっ、あっ。すみません、つい」

 

「謝ることはありません。気になることがあったなら、ぜひ言ってください。遠慮はいりませんよ」

 

「……えっと、じゃあ。なんで敬語に戻ってるのかなぁって思いました」

 

「すみません……スーツを着ているときの癖みたいなもので」

 

 

 なんだか最近、年下の子に敬語を使って戸惑われていることが多い気がする。

 しかし針谷のこれは身に沁みついた癖だ。それなりの社会人経験による、言うなれば習慣。

 直そうと思って一朝一夕で治るものではない。

 

 

「個人的にはこっちが素に近いんです。基本的に仕事中や食事の注文以外で人と話すこともありませんから。先程の口調は、雰囲気もありましたからね」

 

「そういうものですか?」

 

「そんなものですよ。とはいえ、もう少し砕けて話せるようになりたいとも思っています」

 

「じゃあ、よかったら針谷さんのことを教えてくれませんか?」

 

 

 思わぬ質問に水を口に含む針谷の手が止まる。

 いや、それは構わないが面白くもなんともないですよ。

 そう言いかけたが、止める。

 後見人となった悠の初めての頼み、無碍にするなどできようはずもない。

 

 

「分かりました。とはいえ、なにから話したものか……」

 

 

 そう呟いて、一度頭の中を整理する。

 学生時代のこと、自炊内容、ML社に努めることになった切っ掛け、好きな食べ物、趣味。

 どれを取っても大した出来事もない、なるようになった結果が今の自分である。

 思いつく人生のターニングポイントなど、それこそ学園に呼び出し食らったときと悠のことだ。

 今一つ考えを絞り切れずにいる針谷の耳に、元気なあわてんぼうの声が届く。

 

 

「はっ!針谷さぁんっ!退院したって聞きましたぁっ!!あっ!悠くんっ!入学おめでとーっ!」

 

 

 お店の奥からバタバタと足音が聞こえ、私服の茜が顔を出す。

 今日は休日、家にいてもおかしくはない。可能なら報告をと思っていただけにこれは幸運だ。

 

 

「こんにちは、新藤先輩。これからよろしくお願いします!」

 

「新藤さん。この度はご心配おかけしました。それと、ありがとうございました」

 

「わぁあぁ!わざわざ二人ともそんな立たなくていいですよっ!?当然のことをしただけでっ!」

 

「すみません、つい癖で。失礼しました」

 

 

 着席しなおし、改めて落ち着いて考える。

 会社での立ち位置、苦手な食べ物、今の自分の社会的立場、行きつけの食事処。

 悩んでも今一つ決まらない。悠が何を聞きたいのかを予測しようにも、きっとどんなことでも興味津々で聞いてくれるだろう。

 だからこそ、なるべく聞きたがっていることを話したい。が、それが絞り切れない。

 

 

「針谷さんは何を悩んでるの?」

 

「実は……」

 

「なるほど、自己紹介ってことだねっ!ならこっちから聞きたいことを聞くのがいいと思うよ。例えば、ねぇ針谷さん!」

 

あまり仕事の話をし過ぎても……はい?」

 

「針谷さんって、なんでML社で働いてるの?」

 

脅威(メナス)被害で苦しむ人を一人でも減らす為です」

 

 

 ああでもこうでもないと悩む針谷に堂々と質問をする茜に、悠は驚いていた。

 聞かれたくないこと、聞いてはいけないこともあるだろうからと針谷に自己紹介をお願いしたつもりだった。

 しかしそれがかえって悩ませてしまっていたらしいと悠は気づく。

 

 

「即答!やっぱり針谷さんは凄いなぁ……!なにか切っ掛けとかありました?」

 

「祖父と、それから両親共にML社の人間でしたから、その背中に憧れて。……少し恥ずかしいですね」

 

「なるほどぉ!なんだかちょっと納得しちゃいました」

 

「じゃ、じゃあ。針谷さんはいつもお父さんと同じ職場で働いているんですか?」

 

 

 そう悠が質問すると、針谷は少しだけ目を伏せた。

 その瞬間悠は気づいた。初手でやらかしてしまったと。

 

 

「……いいえ、既にいません。両親は僕が7歳の時、脅威(メナス)被害によって亡くなりました」

 

「え、あ、その。ご、ごめんなさい。」

 

「ん?ああいえ、お気になさらず。もう20年も前の事ですから。それに祖父は存命です、なにもかも失ったわけではありませんよ」

 

 

 すみません、食事前なのに。そう言って申し訳なさそうに謝る針谷に、悠は謝りたい気持ちでいっぱいだった。

 辛いことを聞いてしまった、悲しませてしまった、そんな顔をさせてしまった。

 悠の頭の中は初手の失敗でどうしたらいいか分からず、混乱してしまっている。

 そんな悠を茜はちょっとだけ心配そうに見てから、改めて針谷と向き直る。

 

 

「きっと、素敵なご両親だったんですね」

 

「なぜそうお思いに?」

 

「ご飯食べてるときとか、職場でご一緒した時とか。一個一個なにかしたらお礼を言うとことか、そういうとこを見た感じですっ」

 

「……ええ、確かに。僕の両親はいつだって恩には恩を、礼には礼を返す人達でした」

 

 

『人の価値とは、その人が得たものではなく、与えたもので決まる』

 

『誰かの為に生きてこそ、人生には価値がある』

 

 記憶に残る両親がよく言っていたその言葉を、針谷は何時だって忘れたことはなかった。

 自分自身が受けた悲しみを、自分の関わる全ての人に降りかからせない為に。

 それこそが針谷の戦う原動力であり、己に課する矜持でもある。

 

 

「だから、尚更悠君のことが放っておけませんでした。なんというか、自分を重ねてしまったんですよ」

 

「そう、なんですか?」

 

「僕の両親はもういません。ですが、二人の教えや想いは僕の中にあります。悠君にはそれを、継いでもらいたいんです。見も知らぬ人間の痛みに涙して、優しさを分けてあげられる、そんな君だからこそ。だから……この話はその一歩目です」

 

 

 針谷は少しずつ思い出しながら、自分のことを口に出し始めた。

 当時小学校に上がったばかりの針谷の耳に飛び込んだ両親の凶報を受け、実感が沸いていなかった頃。

 両親の葬式に出た際、何十人、何百人もの知らない人が訪れたが、皆が自分を見て感謝と謝罪を行う姿を、今も覚えている。

 交流のあった同僚、被害地域で率先して活動した父に命を救われた人、最後の作戦で母の誘導の元無事避難できた人。

 両親の最期を知り、命を救われた人々の涙ながらの『ありがとう』と『すまない』は、幼い針谷に両親の死の実感と、2人の偉大さを深く刻み込んだのだ。

 

 もう少し後、15歳で進路を決めるときに祖父から聞いた話だ

 父は今の自分と同じ、即応部隊の隊長として、命尽きるその瞬間まで脅威(メナス)を足止めしたと。

 母は補給班として父に代わり避難誘導を行いそれを完遂、父の元へ物資を運搬する際にその余波に巻き込まれてしまったのだと。

 

 今思えばML社勤務を志望したきっかけは、それかもしれない。

 

 

「辛気臭い話をしてしまいました。すみません、食事前だというのに」

 

「……僕に、できるでしょうか」

 

「ん?」

 

「僕は、針谷さんみたいな志とか、目標なんてありません……」

 

 

 気づけば周りの人達は言葉を発さず、針谷達の話を聞いているようだった。

 それにも気付かず話続けてしまっているのは、針谷が今まで自分の半生を誰かに話すのが初めてだったからだろう。

 友人にも話したことのない自分のルーツ、改めて言葉にすることで針谷は再認識する。

 いつまで続くともしれない脅威(メナス)との戦い、それに身を投じることの意味を。

 

 

「志など、そんな大層なものではありませんよ。ただ、これからその力を誰かの為に振るうのならば、忘れないでほしいんです。誰の為に、何の為に、そして君自身がどうしたいのかを」

 

「僕が、どうしたいか」

 

「君がやりたくないと感じたらやらなくていいんです。無理強いしようものなら僕が止める。でもやると決めたのなら、その時は今日の話を思い出してくれると、僕は嬉しい。それだけのことです」

 

 

 不思議と自分に似た髪色の頭をくしゃりと撫でると、悠はちょっとだけ気分が上向いたのか、笑顔を見せてくれる。

 存外自分は話したがりなのかもしれない。引き取って早々重い話をしてしまった、もっと自省を覚えなくてはと認識を改める。

 ふと周りのお客さんの気分を害してしまっただろうか、詫びを入れねばと思ったところに、そっと目の前に料理が差しこまれる。

 

 

「……」

 

「あ、どうも」

 

「おっ、お父さんっ!?」

 

 

 かなり大柄なその男性は茜の父らしい。エプロンが無ければ料理人とは気づかなかっただろう。

 寡黙なのか、自分を見ていても一切言葉を発しない。ただじっと見てるのがとても怖い。

 去り際に針谷と悠の席にそっとプリンらしきものを置いていく。

 

 

「……ご贔屓に」

 

「ありがとう、ございます?」

 

 

 そのままずんずんと調理場へと戻ってしまった。

 なんだったのだろうかと思う反面、冷める前に食事にしなくてはと気持ちを切り替える。

 

 

「食べましょうか。すみません新藤さん、そういうことで」

 

「はい!お大事になさってくださいね?」

 

「もちろんです。では……」

 

「「いただきます!」」

 

 

 自分と向き合うのもいいが、腹が減ってるときは食事と向き合わなくては。

 改めて見てみるとからあげ定食、4つのからあげに添えられたマヨネーズ、お椀いっぱいのご飯とかなりボリューミーだ。

 生姜焼き定食の時にも乗っていたふわふわのキャベツに、お椀のみそ汁、小皿の漬物、想像しうる最高の布陣。

 今回はあえて米は大盛りにしなかったが、これなら十分だ。

 

 

「……おぉ」

 

 

 一口齧ってみれば、肉汁が火傷しそうな程熱い。

 下味の濃さから醤油ベース、かなりしっかりと漬け込んでいるのが分かる。

 これならご飯は2杯……いや3杯はいけるだろう。

 今日はまだ病み上がりだから抑えるが、次は大盛りで頼むだろう。

 

 悠の方は、まだ手を付けていないようだ。

 なにか苦手なものが入っていただろうか?

 

 

「……初めて、見ました」

 

「え」

 

「カレーライス、名前は聞いたことがあって、その、気になってしまって。香辛料は身体に良くないからって食べさせてくれなくて」

 

 

 重い。

 今悠の周りの人間の空気が一律重くなった。

 食事に関しては、フロンティアスクールのクラスメイト達の胃に多大な影響を与えてしまうかもしれない。

 少しずつ、少しずつ教えていこうと針谷は固く誓った。

 

 

「いただきます。あむ……」

 

 

 悠は恐る恐るといった様子で、スプーンを口に運ぶ。

 すると一口運んだ途端、ポロポロと泣き始めてしまった。

 

 

「悠くん!?どうしましたか、辛かったですか!?」

 

「え?あっ、ちっ、違うんです。とても美味しいです、おかしいな、なんで……」

 

 

 針谷は急いでポケットからハンカチを取り出し、目元に優しく宛がう。

 とんとんと、擦らないように気を付けながら涙を拭う。

 

 

「少しびっくりしてしまったのかもしれません。大丈夫、ゆっくり食べましょう」

 

「はい!えへへ、泣いても怒らないんですね」

 

「もちろんです。君にはその想いを、大切にしてほしいです」

 

 

 2人は気づかないが、周りから少しずつ鼻をすする音が聞こえ始める。

 この2人のやり取りは、偶然居合わせた訪れた人間達の琴線に触れてしまったようだ。

 

 

「おいしいですか?よかったら、からあげも一つあげましょう」

 

「そんな、悪いです」

 

「構いません。もっと美味しい物を食べてください」

 

 

 悠は困惑するも、針谷の手は止まらない。

 ご飯を食べる悠を見ていると、なぜか分け与える手が止まらない。

 気分は雛鳥に食事を与える親鳥だろうか。

 

 

「寮生活が始まったら、また少しの間会えなくなります。その前に、出来ることはやっておきましょうか」

 

「はっ、はい!」

 

「この後ですが……確か近くに美味しいパン屋があります。そこに行きましょう。あぁ、お菓子屋もいいですね。ケーキは好きですか?」

 

「えっ、えっ。わ、分かりません?」

 

「なら、これから知っていきましょう。楽しみにしていてください」

 

「……!はいっ!」

 

 

 そんな2人が食べ終わるまでの間、誰も店内から出ていこうとはしなかった。

 泣きながらみっともなく外へ出ることなど、出来なかった。

 

 

「……俺、ここに住んでるのにずっと、魔法少女の明るいとこしか知らなかったんだな。ML社の人達があんなに辛い目に合ってるなんて知らなかったよ」

 

「そうだよな、魔法も無しに最前線出張ってたら、そりゃ危険だって……」

 

「あの子も脅威被害者なんだよな?……応援、してぇな」

 

「あぁ……」

 

 

 店内に残る客は皆一様に、二人に優しい視線を送っていた。

 

 




 人は別れと出会いを繰り返す。

 しかし、残る人生において別れしか待たない者もまたいる。

 長く生き、もはや別れを告げる相手すらいなくなった頃。

 そんな老婆にだって、脅威の手は伸びる。

 誰も、別れなど迎えたくはないのだ。

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