【完結】悪役令嬢に好かれたばかりに自分の恋愛がハードモードになった取り巻きのお話   作:丸焼きどらごん

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十話 思惑crosswars~とりあえずヨガは体に良いらしい

 顔が映るくらいに磨かれた艶やかなこげ茶色の執務机。その上に積まれた書類の山を眺めながら、アルメラルダは深くため息をついていた。

 しかし、ため息は書類の山に対するものではない。この程度アルメラルダにかかれば瞬く間に片付くだろう。

 今考えていたのは……先ほど送り出した少女の背中である。

 

(少しはうまくやれているかしら、あの子)

 

 華奢な背中に付き従った大きく逞しい体躯を持つ青年は、ファレリアの想い人。

 生徒会が繁忙期で忙しいのは事実だったが、本日ファレリアとアラタを二人で送り出したのはアルメラルダなりの気遣いだった。

 

 

 

 

 ここ一年はあっという間に過ぎてしまったが、その中でファレリアとアラタが二人きりで過ごせた時間はほぼ無かった。

 それはアラタの護衛対象にアルメラルダ自身も入っていたことに加え、逆にアラタが再び呪いに付け込まれることを防ぐためでもある。

 後者に関しては先日、一年かけて不敬にもアルメラルダをこき使い検証を重ねた特別教諭が「星啓の魔女候補が祓った呪法に対して、対象者は耐性を獲得する」という検証結果を出したため解消している。

 ……通常は以前第一王子が述べていたように呪法にかかると同一のものに対する耐性が低下するため、本当に特異な力の資質を自分が備えている事を強く自覚した。

 

 だがそれ以降も護衛という任があるため、一年前の犯人が見つかっていない現状ではなかなか二人の逢引の場を整えられなかったのだ。

 ゆえに本日。アルメラルダはファレリアとアラタが二人で過ごせるように、わざわざセッティングしたというわけである。

 

 

 

 

 アルメラルダが共に行動できない理由として丁度生徒会の仕事があったし、この場所に居るならば護衛を置く必要もない。加えていつもくっついてくるお邪魔虫(マリーデル)も同じく動けないため都合が良かった。

 現在他生徒会役員はそれぞれ個別に用意された執務室(アルメラルダは知らないが、アラタとファレリアは「缶詰部屋だ……」と称していた)に籠っている。

 

 そのことでお邪魔虫こと小娘の苦しむ姿が見られないことを残念に思いつつ……。今のらしくない自分の顔を見られないことに安堵した。

 送り出したまでは良いものの、その後が落ち着かなくて仕方が無いのだ。

 

 自分はアルメラルダ・ミシア・エレクトリア。公爵令嬢、更には星啓の魔女となる女である。

 常に自信を持ち高貴に振舞わなくてはならない。

 このように不安を感じている顔など、誰にも見せてはならないのだ。

 

(不安? このわたくしが?)

 

 自身に言い聞かせる中ではっと気づき歯噛みする。

 二人の仲が上手く行くように。そう考え自分で送り出したくせに、去り行く背中に思わず手を伸ばしそうになった先ほどの自分が情けない。

 

 

 

 

 しかし、この落ち着かない気持ちを解消するために自分の感情の動きを把握しようと突き詰めていくと……どうにも情けない考えにしか突き当らない。

 

(行かないでほしい)

 

 素直に感じたその気持ちに、頭を抱えたくなる。少なくとも今日に限っては、背中を押し送り出したのは自分だろうに。

 ……自分がファレリアに対してあまりにも過保護であることは自覚していたが、同時にあの少女が自分の側から離れていくことが耐えられないのだ。

 これに当てはまる言葉を探すならば、それは「依存」である。

 縋られる立場ならともかく、自分側がそんな感情を抱くなどと……情けないと言わずしてなんと言おうか。

 

 

 

 

(それでもクランケリッツは……まだいい。ファレリアが自分で見つけた相手だもの。それにあの二人、少し似ているし。くっついたらくっついたで、そうね。大きな犬を二匹まとめて飼うようなものだわ)

 

 この落ち着かない気持ちを払しょくしようと、納得いく落としどころを見つけ自分を納得させる。

 そうだ。あの二人は犬っぽい。それがじゃれていると考えれば、可愛いものではないか。

 

 しかし。

 

 バキッと握っていた扇がへし折れる。今月に入って通算十二代目の扇、ご臨終の瞬間であった。

 ここ一年でアルメラルダがへし折った扇は数知れず、ひそかに物の祟りを恐れたファレリアが供養塔を作っているほどである。

 

 ……そう。ファレリアとアラタを送り出したことは、別に良いのだ。寛大な自分の施しに満足感すら覚える。

 ただそこに「行かないでほしい」という感情を発生させた根本の理由は別にあった。

 

 

 

 

 ここ一年……ファレリアの友好範囲は急激に広がった。

 そのことがアルメラルダの心に焦りを生んでおり、ささいなことで波立つのである。

 

 怠惰で無表情で無神経で無頓着でやる気が無くてぼーっとしていて顔しか取り柄が無くて、自分がそばに居てやらないと駄目だとずっと思っていたのに……アルメラルダが思っていたほど、ファレリアは交流下手ではなかったようだ。

 無表情の壁を越えて一度つながりが出来てしまえば、その無神経さが功を成して誰とでも話せるのがファレリアなのである。

 

 そしてその最初の壁を越えさせ、つながりを作ったのは……マリーデル・アリスティとの交流が元であった。

 

 

 

 

 魔法学園に入学してから二年。

 アルメラルダを取り巻く令嬢達くらいしか友好関係の無かったファレリアが、自分が目の敵にしていた少女と仲良くなったことがまず信じられなかった。

 しかもきっかけは、アルメラルダが仕立て上げた決闘だというではないか。

 

 アルメラルダがそのことを知ったのは、あろうことか危うくファレリアが死ぬところだった一年前の事件。

 

 高位の魔法騎士すら操る強力な呪法。それが用いられたことで、ファレリアは彼女が愛する者の手によって殺されかけたのだ。

 今思い出すだけでもはらわたが煮えたぎるし、同時に氷を飲み込んだように心が冷える。

 

 いったい何の目的で。

 

 一年、アルメラルダも自分の持ちうる人脈を駆使しして犯人の正体や行方を捜した。

 だが公爵令嬢たる自分や更に地位が上である第一王子と第二王子が調査を手伝ってくれているにも関わらず、手がかりすら見つからない。異常な事だ。

 事件以降呪法を用いた襲撃は無かったが、解消されない不安が今でも付きまとっている。

 

 

 

 

 ともかくその事件がきっかけで、アルメラルダはファレリアとマリーデルの間に交流があることを知った。

 同時にその少女……マリーデルが、同性であるはずのファレリアに恋慕の情を抱いていることも。

 

 アルメラルダは両親の特異な性癖を知ってから、成長するにつれて見分を広げようと隠れてあらゆる恋愛書籍を読み漁っていた。

 その幅は多岐にわたり、同性愛の知識も完備している。自身とファレリアの間にある情とは違うが、そういったものが世の中にはある、と理解していた。

 故に分かり易すぎるマリーデルの反応に、すぐ気付いたのである。

 

 両親の形見すら彼女を守るために使った心意気には感心すらしたし、ファレリアの命を救った事に感謝もした。

 ……しかし、だからといってその恋心を、ファレリアとの仲を許すはずもない。

 当然だ。

 ファレリアが好きな相手として公言しているアラタに直接宣戦布告する度胸は認めてやってもいいが、それとこれとは話が別というもの。

 マリーデルが気に食わない小娘であることに、変わりは無い。

 

 

 

 

 だがそんなアルメラルダの想いとは裏腹に、マリーデルはどんどんファレリアとの仲を深めていった。

 

 

 

 学園祭での借り物競争。

 自分が「親友」と書かれた紙をもってすぐに行ってやったのに、何故同じ借り物を引き当てファレリアの元に来たマリーデルとの間で迷うのだ。すぐに自分の手を取るべきだろう。

 

 後夜祭でのダンス。

 妙な男に誘われる前に自分がファレリアと踊ってやろうとせっかく男性パートを完璧に覚えて来たのに、ファレリアが踊った相手はマリーデルだった。

 

 旅行先で一緒に見ようと思っていた神秘的な光景。

 何故かマリーデルがその場所近くを破壊した挙句に、想定より大人数でその光景を見ることになった。

 

 音楽祭での劇。

 突発的に選ばれたにも関わらず我ながら完璧にこなしたが、土付き大根のごとく野暮ったい演技のファレリアをフォローしたのは自分でなくマリーデルだった。

 

 年末パーティーでの天体観測。

 入学する前から毎年二人でその光景を見ていたのに、アラタはともかくマリーデルまで一緒に見ることになったのはなぜだろうか。

 

 

 

(マリーデル。マリーデル。マリーデル・アリスティ!! あああああ、もうっ! あの雌豚ぁ~!!)

 

 ここ一年で確実にファレリアの心の一部を占めたであろう少女の事を考えると、気づけばお気に入りの扇たちは手の中でへし折られている。

 

 ……だが。

 最も気に食わないところは、うとましいと感じるのにアルメラルダがその存在を許容していることだ。以前との明確な違いはそこにある。

 そうでなければ仕事を押し付けるためとはいえ、自分のテリトリーたる生徒会に推薦などしない。

 

 本性がバレてからは口調こそ取り繕っているものの、歯に衣着せぬ物言いで自分に言い返してくる少女。彼女とのやり取りを楽しんでいる自分が居たのも事実。

 あの気に食わない女は、ファレリアだけでなくアルメラルダの心にまで無遠慮に土足で乗り込んできたのだ。なんて図々しい。

 

 …………これが最初の頃のように侮蔑し見下すだけで済む相手だったら、どんなに楽か。

 

 

 

 

 アルメラルダは感じていた。

 この一年を契機に、ファレリア……そして自分にも変化が起きている事を。

 

 その原因はいずれも人間。

 

 マリーデル・アリスティ。

 アラタ・クランケリッツ。

 

 主にこの二人が中心となり、自分たちに変化をもたらしている。

 

 

 

 

 人間とは変化していくものだ。変わらない者などいない。

 変化とは進化。先へ進む事象。そう捕らえているアルメラルダにとって、受け入れるべきことでもある。

 ただどうしたって付きまとう感情があるのだ。

 

 ……それは。

 

 

 

 

「……さみしいわ」

 

 ぽつりとこぼす。

 

 それが「行かないでほしい」と手を伸ばしかけた気持ちの根源。

 

 さみしい。さみしい。

 もうあの子の中の一番が、自分でないことが。

 

 

 

 

 

 昔からアルメラルダがどんなにどついてもきつく当たっても、笑顔でくっついてきたファレリア。その彼女が唯一アルメラルダに向けていた笑顔も、すでに自分だけのものではない。これも変化の一つだ。

 あいかわらず表情筋はあまり仕事をしていないが、それでもこの一年で多くの人間と笑う様子を見てきた。

 それがアルメラルダをかき乱す。

 

 けして表に出すなど無様な真似はすまいとしているが、ファレリアを取り巻いていく自分以外との様々なつながりが……彼女を自分から引き離すようで、辛い。さみしい。

 

 痛みを愛と認識する性癖が薄れたことは喜ばしいが、それならばどうやって自分はファレリアの心をつなぎ留めればよいのだろう。

 そうあるように二年かけて矯正させてきたのはアルメラルダ自身だというのに、矛盾が多くて自分で呆れる。

 だがどれもがアルメラルダの本心。それが矛盾だらけの不細工で不格好なものであったとしても。

 

 ファレリア・ガランドール。

 幼馴染のその少女は、魔法学園入学前も、その後も。ずっと自分の隣にいた。

 これからもずっとそうだと思っていたし、そうあるためにアルメラルダも動いてきた。

 

 だけどファレリアの心自体が自分から離れてしまったら。

 …………彼女は隣に、居てくれるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、ダメだわ。わたくしらしくない!」

 

 悶々とした感情を抱え込みつつ、どうにか抜け出そうと頭を左右に振った。

 

(なにか、別のことを考えなければ)

 

 そして浮かんだのは。

 

「……恋って、どんなものかしら」

 

 ふと思い出した顔は、誤りとはいえ自分へ「好きだ」と告げたアラタ・クランケリッツ。

 アルメラルダは慌てて首を横に振ってその考えを振り払った。馬鹿馬鹿しい。

 

 この学園に入る際、自分やファレリアに相応しい婚約者を探そうと考え候補も絞ったしそれぞれ交流も続けている。だが恋、と言われるといまいち想像はつかないのだ。

 読み漁った恋愛小説のおかげでマリーデルがファレリアに向ける感情が「そう」だと気づく程度の知識はあるが……好ましく思う男性こそ多いが、いざそれが恋なのか、と問われれば判断に困る。

 

 恋という感情。身近で最も分かり易い例は、アラタに恋するファレリア以上にファレリアに恋するマリーデルだろう。

 ……そのマリーデルのように、思わず取り繕っていた仮面を投げ捨てるくらいの激情を、自分は抱いたことがあるだろうか。

 

 

「ああああああ! もうっ! 結局答えの出ない考えがぐるぐる回ってますわ~!」

 

 気づけばファレリアを送り出してから一時間以上考えに耽っていたらしい。とんだ無駄な時間を過ごしてしまった。

 最近は一人になると考えるのはそんなことばかりだ。

 誰にも話せず抱えた気持ちは日ごとに大きくなり、アルメラルダを悩ませている。

 

「もう! まったく、まったくまったくまったく! わたくしもまだまだですわね! そんなことを考えていないで、仕事を終わらせてしまわねば」

 

 ダンっと執務机を叩く。

 思わず叩き割ってしまわないことに自分の成長を感じたが、すぐ近くに落ちているへし折れた扇を見て無言でそれに手を合わせ頭を下げた。意味はよくわからないが、以前ファレリアがしていた真似である。

 

 アルメラルダはへし折れた扇を気まずそうに引き出しにしまうと、ふうと息を吐く。

 

 

 夕方にはきっとファレリアはアルメラルダを夕食へ誘いにくるはずだ。それまでに終わらせて、一日どう過ごしたのかたっぷりと聞いてやろう。

 せっかく自分が気遣ってやったのに、これで何も成果はありませんでしたなどと言われたら説教も必要だ。

 

 

 そのことを考えると自然と口元には笑みが浮かび、不安も薄れる。

 不安の元も安心の元も同じ人間なのだから、まったく手に負えない。

 

 

 

 

 

 そしてアルメラルダが仕事を再開しようとした時だ。

 

 部屋に扉をノックする音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 記憶がいつから蘇ったのか、はっきりと覚えてはいない。

 心にへばりつくのは飢餓にも似た乾きと、それを埋めるものを求めてやまない欲の形は波か、それとも炎か。

 

――――これは来世なんかじゃない。前世からの延長線上にある、特別に与えられたボーナスステージだ。

 

 そう感じた。

 だからこそ欲に従う事にためらいはなく、いつか来るその日を楽しみに過ごしてきたのだ。

 

 

 

 

 最初は「ああ、原作通りだ」と感動した。

 見慣れないキャラクターも多くいたが、それは当然だ。ゲーム画面の枠外まで描かれているのだから。

 

 まず二年、待った。

 アルメラルダの側に見た目だけはやたらと目立つ取り巻きが居ることは気になったが、それにも目を瞑った。

 

 そしていよいよ原作の始まる年となり、マリーデルが入学してくる。その存在に安堵した。

 ああ、やはりここはゲームの世界だ、と。

 

 当初は順調に予想通りの動きをしていたアルメラルダを、内心歓喜のままに見守る。

 見たい展開のためには主人公(マリーデル)が初期のチュートリアルを終え、各キャラの好感度を上げていく段階になってから導いてやればいい。

 

 

 ……悪役令嬢アルメラルダが愛らしく美しく奈落へ堕ちてゆく、六つのルートの内のひとつへ進めば満足だった。

 

 

 確率は二分の一。

 もしマリーデルがアルメラルダ追放エンドの攻略対象を好きになりかけたら、そこではじめて介入すればいい。それまでは見守る。

 原作通りに進む様を見たいのだから、出来るだけ自分も介入しない方が望ましい。

 

 

 

 

 

 何かがおかしくなっている事に気付いたのは、アルメラルダが原作に無い「決闘」を学園に申請してからだ。

 

 

 

 

 

 始めは「そんなこともあるだろう」と面白がって許容し、後押しさえした。

 ……だが決闘の結果を見て、考えを改める。

 

 

―――― アルメラルダとマリーデルが、負けた!?

 

 

 ゲームには姿かたちも無かったはずの脇役(モブ)二人が、あろうことか主人公とそのライバルに勝ってしまった。

 ……それも片方はアルメラルダに告白をするなどという、許されざる所業と共に。

 

『ずいぶん原作をかき回してくれているな』

 

 そう自分の口から出た時は滑稽で笑ってしまった。決闘の直前までは許容し、後押しして、楽しんですらいたというのに。

 

 だが原作を乱すならばそれが何者であれ許さない。

 これでは自分が待ち続けた光景は見られないかもしれない。そんなこと、あってはならないのだ。

 それを見るためだけに生きてきたと言っても過言ではない。原作を外れることは自分を否定されることと同義。

 

 本当の自分がどんな性格だったかもすでに記憶が遠い中、原作を書き換えないため忠実に「演じてきた」のに。

 

 

 

 

 望む六つのルートの他、最終手段として"七つ目"も視野に入れつつ、まず取り掛かったのは邪魔者の排除。

 だがそれは失敗し、その後は妙に手を出しにくくされた。一度目の失敗以降も画策こそしたが、実行には移せなかった。

 その間にどんどんと原作は狂っていく。

 例の四人が行動を共にするようになったのだ。

 

 邪魔者の排除がままならない。ならばと、次いで取り掛かったのは主人公(マリーデル)の周りを動かし原作へ当てはめる事。

 しかしこれも失敗する。ことごとく邪魔となったのは、アルメラルダの周りをちょろちょろしていたファレリア・ガランドール。

 排除できなかったことが心底悔やまれた。

 

 

 

 それが一年。

 プレイ期間の内、一年は非常に大きい。

 それが過ぎてしまった。

 

(極力したくなかったが……)

 

 

 最終手段として選んだのは……。

 歪められた悪役令嬢アルメラルダを、無理にでも本来の姿へ戻す事。

 幸いなことにその手段を、彼は持ち得ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 副会長の執務室。その一角をノックすれば、部屋の主が答えた。顔を出せば何も疑いなど持っていないであろう笑顔で迎えてくれる。

 当然だ。そうあるようにこれまで振舞ってきた。

 

「少しいいかな」

「まあ、どうなさいました? 資料の作成でしたらもう少しで……」

「そうじゃないんだ。少し、君についてきてほしい場所があってね」

「……? はい」

 

 きょとんとした顔で、しかし断るでもなく頷く。

 ずいぶんと可愛げのある表情だと苦々しく思った。この少女はもっと高貴で傲慢で愚かな存在でなければならないというのに。

 

 それでこそ……堕ちた時が愛らしく、美しいのだ。

 

 自分はそれを見るためだけに生きている。

 

 

 

 

 アルメラルダを伴い見慣れた部屋を進む。たどり着いた先は……生徒会の中央会議室。今は誰も居ない。

 その中央に坐する暖炉の仕掛けを動かし地下への階段を露わにすると、さすがに驚いたようでアルメラルダが息をのんだ。

 この場所は隠しルートを解放しない限りゲーム内でも明かされることは無い。

 

「これは……」

「女神神殿の地下に直接つながっている。この先にあるものは、星啓の魔女候補である貴女には是非見てもらいたいものなんだ。マリーデルでなく、アルメラルダ。貴女に」

 

 マリーデルでなく。

 その言葉に乗せられたのか、アルメラルダは差し出した自分の手をとり引かれるままについてくる。

 

 その途中。

 

「甘い香り……?」

「いい匂いだろう?」

 

 湿った地下通路の奥から漂ってくるのは熟れた果物のような芳香。

 次第に強くなるその香りにアルメラルダが口元を押さえてむせたが、足を止めることなく先へ進む。

 アルメラルダはその強引さに何かを感じたのか、一瞬手を振りほどこうとした。が、その手を強く握って引き寄せるようにして歩く。

 

 そこでようやくこちらに対して警戒とわずかな恐怖を覗かせたアルメラルダだったが、それは少し遅かった。

 

 

「ここは王城からも繋がっていてね。私は五歳の頃にはじめて足を踏み入れた」

「そうなのですか。王城にもつながっているとなると……特別な場所、なのですね」

 

 それを聞いて気分を良くする。

 そうだ。ここは特別な場所だ。更に言うなれば危険な場所。

 だが自分はその脅威を逆に利用してやっている。それを思うと、ひどく気分が良い。

 自分だけの特権だ。

 

 脅威を脅威として知りながら利用できる。それは自分が別の世界の記憶を持つ、特別な人間だからだ。

 

 そう考えると、どうも愉快で顔が奇妙な笑顔に歪む。駄目だ駄目だ。「このキャラクター」はそんな笑い方をしない。

 

「……今日の貴方は少しおかしいです」

 

 ほら、怪しまれてしまった。

 

(まあ、どうせこのことは忘れてしまうのだし、構わないか)

 

 うっそりと笑むと、そのまま会話とも言えない一方的な言葉の羅列をアルメラルダへと向けた。

 

「……そうそう。決闘の時は貴女の主張を尊重し協力した。面白いと思ったし、それも悪役令嬢として格を上げるイベントになると、そう思ったから。……だが結果はどうだろうか。貴女とマリーデル、二人ともが負けてしまった。ありえない。星啓の魔女となるべく選ばれた二人がモブにやられる? あの時分かった。原作を邪魔しているのは、あの二人だったんだとね。排除できなかった事が本当に悔しいよ。手の届く場所に居た彼も、離されて手が出せなくなってしまったし」

 

 アルメラルダの困惑と警戒が決定的な物に変化した。

 

「あ、悪役令嬢? イベント? 原作? ……なにをおっしゃっていますの?」

「貴女の本来あるべき姿の話」

「……あの二人とは」

「貴女に必要ない者達のこと」

 

 

 足を止める。

 

 光の無い闇の凝った通路の先で、何かが動いた。

 

 

 

「……っ」

 

 息をのむアルメラルダの背後に回り、両肩へ手を添えて前へ進ませる。抵抗の意志を感じ取ったが、構わず押した。

 

「本来の貴女はもっと魅力的だ。堕ちるためにデザインされた女性。貴女自身、今の仲良しこよしを許容しているわけではないだろう? 自分を偽るな。解放していい。私はその手伝いをしてあげようと思っているんだ」

「あ……なに、やめ……!」

 

 肩に置いていた手を前へと回し抱きすくめる。アルメラルダの体が硬直した。

 それをいいことに腹のあたりから胸の中央までを人差し指でなぞり……一点で止める。

 

「"ここ"に眠るものを呼び覚ませ。貴女にはここへ足を踏み入れる権利がある」

 

 慈しむようにもう片方の手で顎を撫で、そのまま顔を前方……門に向けて固定させる。

 

 

 そう。そこにあるのは門だ。

 精緻な彫刻が施された一見芸術品のようなそれ。しかし少し観察すればそれが異様なものであると理解できるだろう。

 

 

 ぎょろり

 

 

「ひっ」

 

 門に目玉が浮いた。

 見つめられた彼女はもう動けない。

 

「さあ彼女の心を引きずり出せ。眠れる悪役令嬢の因子を呼び覚ませ!」

 

 無遠慮に全てが暴かれる。不安も嫉妬も憎悪も。彼女が己の矜持でもって蓋をして、心の奥へとしまっておいたもの。

 それらが引きずり出され、更には……。

 

「やめ、やめて!! いや、いや!! 捻じ曲げられる。塗りつぶされる!! わたくしがわたくしでなくなっていく!!」

「ちがう。それが本来の貴女だ。言っただろう?」

 

 今のアルメラルダの感情を苗床にしながらも、まったく別のそれが体の内側に根を張り蔓延る。丁寧に丹念に作り変えられていく。それが手に取る様に分かった。

 

 かつて"自分"もそうだったからだ。

 

(ん?)

 

 一瞬疑問がよぎるが、すぐに流れた。

 

 怖いだろう。恐ろしいだろう。しかし受け入れれば全て解放される。その先には快楽しかない。

 

「ふぁれ……りあ……!」

「そんなものは貴女に必要ない。マリーデルへの憎悪。それだけが貴女を輝かせる」

 

 

 

 恍惚に細められた眼差しは、髪色と同じ……真紅だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファレリアと共に入った生徒会室。そこで見た光景に目を限界まで見開く。

 

「馬鹿な……! この呪いは……!」

 

 アラタは信じられないものを見る目でアルメラルダを見た。

 ……濁った眼をしている、その少女の瞳を。

 その根源となるものをアラタは知っている。画面越しに繰り返し見てきた光景だ。

 

 

 

『なんでこの子は幸せになれないのかな』

 

 

 

 リフレインするのは前世の自分の言葉。

 

「何故わたくしはこれまで、このような汚らわしい小娘が皆様に近づくことを自ら許容していたのかしら」

 

 そう言って媚びてすり寄るような笑顔を、この場に居る攻略対象達へ向けるアルメラルダ。その違和感にはこの場に居る誰もが気が付いているだろう。

 しかし困惑に加えて……彼らはまるで催眠にかかったように硬直している。部屋に充満するのは熟れた果物が腐ったような、甘い香り。

 

(ダメだ、これは。反則だ!)

 

 この香りに侵されれば、「目の前のアルメラルダ」をはじめからそうだったと思い込む。それをアラタは知っていた。

 だが。

 

(ありえない!! 本物のマリーデルは、ここにいないのに! キーイベントも起こってはいない!!)

 

 アラタが真っ先に叩き潰したはずの、起こりうるはずのないルート。これはそこでしか起きえない事象だ。

 

 

 

 

 

 

 そのルートの名は……"冥府降誕"。

 

 

 

 

 

 

 全キャラクターを攻略した後の周回で、一定の条件下の元に現れるイベント「女神への祈り」。

 その条件の中には二週目以降で視認が可能となる、アルメラルダ自身の好感度を一定数上げる必要がある。

 

 イベントの内容はこうだ。

 

 現国王に呪いがかけられ、それを二人の星啓の魔女候補が解こうとする。

 しかし協力するべき場面でアルメラルダはマリーデルに負けまいとして焦り、持つべき力を発揮できなかった。

 そんなアルメラルダの心に流れ込むのは国王を呪っていた「何か」の意志。それまで育んできたマリーデルとの絆は星啓の魔女の力ごと反転し、彼女は依り代とされた。

 このあたりの設定はゲーム後の時間軸として描かれる「ファレリア・ガランドール」の番外編でも似たものが流用されている。

 

 反転した星啓の魔女候補の力。

 それは正しく星啓の魔女としての力を備えていたマリーデルと反発することで……冥府を封じていた門を開く鍵となってしまうのだ。

 

 

 

 

 今のアルメラルダの様子はゲームで呪いの意志が流れ込んだ時と同じ。

 

 このイベントの恐ろしい所はアルメラルダ本人にとどまらず、呪いに対し耐性を持つ星啓の魔女候補、マリーデル以外の認識さえ一時的に塗り替えてしまう事だ。

 それはいかに星啓の魔女候補に呪いを打ち払う力があろうと、排除は適わぬ"強制イベント"。

 

 憎悪や嫉妬の心を呪いの意志によって過剰に煽られ歪められたアルメラルダ。

 それが彼女本来の姿だと周りも認識し、その振る舞いに対して数多の叱責、罵倒、軽蔑が向けられる。

 

 一応それまで行ってきたマリーデルへの虐めなどが暴かれる形でもあるため自業自得でもあるのだが、だとしても。

 ……それは理不尽という名の暴力だった。

 

 この毛色の違うイベントを起こすために、制作陣が無理くり組み込んだようにしか思えない。

 認識可能になった二週目以降のアルメラルダの好感度数値も、唯一彼女が無事に終わる大団円エンドには関係ない。このイベントを起こすためのトリガーでしかないのが質が悪いことこの上なかった。

 

 原作マリーデルがいくらやめてほしいと訴えても止まらない罵倒の嵐に、わずかに残っていたアルメラルダの本当の心も完全に折れ、塗りつぶされる。

 そこだけしっかりアルメラルダ側のモノローグも描かれるのだから、このゲームの一部製作者たちの「悪役令嬢虐」性癖は徹底していた。

 

 

 

 

 どうして自分ではなくマリーデルばかり。

 ……そんな絶望と共に、血の涙を流しながらアルメラルダは呪いの具現、冥王と一体化しラスボスとなる。

 

 

 

 

 周囲が正気に戻った時にはもう遅い。

 

 マリーデルがかろうじて守った攻略対象者以外のすべての国民は冥府降誕の生贄とされ、国は冥府、死者の国へ様変わりする。

 アルメラルダを倒すまでゲームは終われない、トラップのような裏ルート。

 

 ……無事クリアできたとしても、そこにアルメラルダ救済はいっさい用意されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、まず前提条件が違う。

 

 

 

 

 

 

 

 国王は呪われていないし、そもそもそれとて「本物のマリーデル」が居なければ、まず発生すらしないイベント。

 星啓の魔女候補が"二人"そろうことで、現役の星啓の魔女の力が代替わりに備えてわずかほころぶ。今持ちうる女神との契約の力を"二人"へ分散させ、与えるからだ。

 その隙間につけこんだ冥府が行動を起こす。

 候補者がアルメラルダ一人しかこの場に居ない今、封印は未だ強固であるはずだ。

 

 

 ……誰かが冥府を封じている、女神神殿地下の封印の門そのものに干渉でもしない限り。

 

 

(でも、下手すれば国が亡ぶルートだぞ!? いくらなんでも、こんな……! ありえない! マリーデルが偽物だと知らないなら、なおさら!!)

 

 これを起こしうるものが誰か想像した時、最も可能性があるのは「設定」を知る転生者。

 だがもし犯人が転生者だとするならば。……冥界門の事を知っているなら、まず間違いなく回避のために動くはずだ。動かないまでも、触れないはず。

 現にアラタは何年も前から準備し替え玉まで用意した上で、原作前に最悪のルートは回避している。したはずだった。

 だというのに目の前で再現されているのは悪夢の序章である。

 

 そこまでして悪役令嬢のむごたらしい死が見たいのか?

 とても正気とは思えない。

 

 

 

 

 

 

 そして純粋に腹立たしい。

 

(ふざけるな!)

 

 そう心が叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見損なったよ、アルメラルダ」

「マリーデルに、ひどいこと、しないで」

(まずい。精神汚染が始まっている……!)

 

 脳内を目まぐるしく数多の考えが通り抜けていったが、その間も現実は進む。

 マリーデルを罵倒し続けるアルメラルダの様子は「悪役令嬢」としてはあまりにも雑だが、このルートにそれは関係ない。どんなに不自然であろうとも周囲が「そう」と受け入れる。

 

 

(しかも……!)

 

 

「……へぇ」

 

 打ち据えられた頬を押さえながらアルメラルダを見たマリーデル……否、フォートの眼は冷え切っていた。

 この少年は幼少期から姉を守るために常に冷静であろうとし、必要ならば何かを排除することをためらわず生きてきた。怪しい取引を持ち掛けたアラタも最初はこの眼で見られたものだ。

 

 本物の星啓の魔女候補ではない彼も現在は呪いの対象となる。

 そして目の前に居るのは、姉に扮する自分を傷つけた敵だ。

 

 アラタは察する。

 今この場に本物のアルメラルダを知る、彼女の味方が居なくなることを。

 

 そして……唯一今正常に動けるのは、一度精神を侵され星啓の魔女となるべき乙女の一撃で正気に戻された自分だけだという事も。

 

 今ならわかる。

 一年前自分に向けられた呪法も、質の悪い冥界由来のものであったことが。あの時からすでに敵対者たる転生者は禁断の力を用いていた。

 

(しかも俺に気付かれないままに、そんな力を俺に用いることが出来る人間は……!)

 

 嫌なことに気が付く。それは心のどこかで予想しながらも、信じたくなくて見ないふりをしていたもの。

 だがそれはいったん無視した。今はそれ以上に大事なものがある。

 

 

 

 

 アラタは気づけば部屋の内部に足を踏み入れており、アルメラルダの腕を強くつかんでいた。

 

 以前は自分が呪いから救われた。

 

(なら、今度は俺が!)

 

 

 

 

 

「アルメラルダ様!」

「! なんですの、貴方は! この無礼者!」

「無礼は承知の上だ! あとで謝る! ……だけど、その前に聞いてほしい。今の貴方は正気を失っている」

「はぁ?」

 

 自分が呪いの影響を受けないまでは良い。しかしそれだけではなんの解決も出来ない。

 呪いを祓えるのは星啓の魔女候補だけ。だがその彼女は星啓の魔女候補でも抗えないほどの呪いの力を身に受け書き換えられてしまっている。

 それほど強力な呪いを退けられる者は、この場に居ない。本物の主人公はアラタが国外へ逃がしてしまった。

 

 動いたはいいものの結局は言葉で訴えかけるしかなく、アラタは己の無力さに歯噛みした。

 何年も耐えて準備して今も考えを巡らせて行動して、それでもたったひとつの禁じ手にひっくりかえされる盤面はなんて脆いのだろうか。

 本物の主人公が居ないため鍵となるもう一つの星啓の魔女の力が無い今、一番の最悪である冥府降誕だけ起きえない。だとしても……アラタにとって現状は最悪に近い。

 

 自分の時と、そしてゲームと同じなら。

 今の状況を目にしている、本物のアルメラルダの心が存在する。このことを見ている、覚えている。

 だとするならば。

 

 

 

(このままでは、アルメラルダの心が壊れてしまう!)

 

 

 

 最初は国が亡びる可能性に動かざるを得なかった。

 しかし実際に見て、一年近くで過ごして。その上でこのアルメラルダという少女が粗雑な呪いに侵されていることが許せない。

 彼女を救うヒーローに自分を見立てて奮起するため、勝手に縋った前世の推し。だけど、今は。

 

 

「……この一年、ずっと近くで貴方を見てきた! その前も! 二年、遠くから見ていた! アルメラルダという人間を!」

 

 少しでも届けと言葉を紡ぐ。

 

 そして、つい先ほどした会話を思い出した。

 

『……ま、原作だのゲームだのキャラクターだの。そんなの私たちが勝手に言ってるだけで、人間ですからね』

 

 そうだ。

 ずっと親しい人間までもを「キャラクター」として見るのが嫌だった。

 そんな自分が嫌だった。

 けど一年、一番助けたいと思い一番好きだった「キャラクター」の彼女を見てきて育った感情。

 そこにフィルターはかかっているだろうか。

 

 

 思ったより強情で。

 思ったより強引で。

 かと思えば素直で。

 人を振り回しながらも繊細で。

 

 婿修行なんてファレリアに聞かされた時は唖然としたが、自分に特訓を仕掛けてくるアルメラルダの表情は活き活きとしていた。

 それ以上に活き活きとしていたのはファレリアに構っていたり、マリーデル……フォートと言い合いをしている時だったが。

 

 そんな彼女を見るのが好きだった。幸せだった。

 きっとこの子には自分が知る不幸せな未来なんて来ないと思ったから。

 

 安心していた。

 

 だが、それが目の前で覆されようとしている。

 

 

「貴女は呪いなんかに負けたりするような人じゃないだろ!」

「呪い? なにを……」

 

 今この場でそれを知っているのは自分だけだ。彼女を引き戻せるのも、きっと。

 

 

 ずっとずっと望んでいた。前世から。

 だけど今はプレイヤーやファンとしてだけでなく、彼女を見てきた一人の人間として心から願う。

 

 

「俺は貴女に……笑っていてほしいだけなのに……!」

 

 

 

 

 

 

 

 無力なままに、祈る様にアルメラルダを両手を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ぴゃっ!?」

「……ぴゃ?」

 

 するとアルメラルダの様子が変わった。掴まれた両手を見て限界まで目を見開いている。

 

「アルメラルダ様、ダンス以外で異性にそんな至近距離で手を掴まれた事ないですからね! 耐性ないんですよ可愛いですね!」

「! ファレリア! 貴女は大丈夫なのか!?」

 

 後ろから聞こえた声に振り返る。先ほどから言葉を発しないファレリアもまた呪いに吞まれたのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

 だが……。

 

 

 

「何故木のポーズを!?」

 

 ファレリアは何故か、以前教えてもらったヨガの「木のポーズ」をしていた。

 

 

 

「気持ちは分かりますがこれめっちゃ呪いに効くんですよ!! 特別教諭のアホが言ってたのを思い出しまして! アラタさんが呪いどうこう呟いていたので、咄嗟に!」

「マジで!?」

 

 そういえば一年ほど前、アラタが何者かに操られた前日……特別教諭が警告と共にファレリアに「ヨガの動きが魔力の流れを良くし呪いごと流している」といった旨の発言をしていたと後から聞いた。

 だが。

 

「それってそんなに効くもん!? これ冥府由来の呪法だぞ!?」

「冥府由来!? おいおいタチ悪いなマジですか! なんかヤバそうだなと思ったら! ……でも効いてるんですから効くんでしょうよ!! こう、呪いが強いからかめちゃくちゃ感じるんですけどね! 呪法を雷とするならポーズをとっている今の私はアース!! なんかいい具合に……呪いが体内から排出されて、地面に流してくれています! デトックス感やばいですね! 余裕もないですが! というかですね、そういうわけですから、なんか平気そうなアラタさんはアルメラルダ様が怯んでいる間にアルメラルダ様に何かヨガのポーズさせてください!」

「え、え、え。おう!」

 

 一瞬前までの自分の迫真の祈りは何だったのかと思いつつ、示された解決法に半信半疑で体を動かす。

 

「ちなみにアルメラルダ様が得意なポーズは猿王のポーズです!」

「なんて!?」

「ああああ教えてませんでしたっけ! じゃあ指示出すのでその通りにしてください!」

 

 呪いを流すためにポーズを崩せないらしいファレリア。アラタは困惑しながらも頷いて、アルメラルダの体に手を添えた。……事案な気がして仕方が無いが、緊急事態である。致し方ない。

 

「ななななななな、なにをしますの!!」

 

 動揺する時だけは普段の彼女と変わらないようだ。

 しかし抵抗する人間にポーズをとらせるのは、かなり難しいのでは?

 

 そう思ったアラタに飛んできたファレリアによる第一の指示はというと……。

 

「まず足を前後に開脚させつつ床に座らせてください! ぺたんっと! ぐにゃっと!!」

「難易度ぉッ!!」

 

 叫んだ。

 難しい以上にそれをさせる自分の絵面が何よりまずい。

 

「アラタ、なにを……」

 

 アラタが介入してきてからは、その勢いにどうしたものかと再び硬直していた周囲の人間の中。

 ……アラタの本来の護衛対象である第二王子が動き、アラタの体に触れようとした。

 

 その時だ。

 

 

 

 

 バンッ!!

 

 

 

 

「なにやら面白い事になっているようだなぁ!」

「ここでお前が入ってくんの!?」

 

 思わず令嬢口調を投げ捨てたファレリアが突っ込んだのは、勢いよく別の扉から入ってきた特別教諭。更にはその後ろにもう一人。

 

「……やはり、お前だったか」

 

 静かな口調でそう告げたのは真紅の長髪をなびかせた第一王子。

 その内容も気になるのだが、まずアラタは叫ばせてほしかった。

 

 

 

 

「二人とも木のポーズしてる!?」

 

 

 

 

 そう。特別教諭も、次期国王たる第一王子も……それは見事な体幹でもって、木のポーズをしていた。

 

 ちなみにこの木のポーズだが、軸となる足の太もも内側にもう片方の足の裏側を添えるように曲げ、体の前で合わせた両手のひらを持ち上げ腕を頭上に伸ばすことで成立する。

 ゆえにそのまま動くには片足でぴょんぴょん飛び跳ねるしかなく、二人はその状態で部屋の中に突入してきたのだ。

 今のアルメラルダに敵意の感情を向けているフォートやその他生徒会役員の攻略対象も、その奇怪な動きに呆然とする他ない。

 呪いに侵された精神すら置き去りにさせる光景だ。

 

「ふっ! ファレリア・ガランドールの奇妙な動きが呪法を受け流すことは知っていたからな! こんな便利なもの、研究し取り入れないはずもないのだよ! このように呪法の香りがプンプンするところに無防備なまま入ってくるほど馬鹿でもない! 俺は天才なのでな!! 他の者はまんまと術中にはまっているようだが! ……マリーデル・アリスティまでも、というのはいささか疑問だが」

「まさか呪いに対してこんな対処法があったとはな。いずれ体系化して国に広めよう」

 

 大真面目なところ悪いが二人とも同じポーズをしていることもあってコントのようにしか見えない。

 そしてその姿にぽかんとしているのは、現在最も呪いの渦中にあるアルメラルダも同様だった。

 

「…………」

「! 今だ! 失礼!」

「きゃあ!?」

 

 ええいままよ!

 そんな勢いと共にアルメラルダの太ももにスカート越しに手をかけ、前後に開かせながら床へ体を落とさせる。得意なポーズというだけあって脚は見事な柔軟性でもって開き、新体操選手のようにしなやかに体は地面に着地した。

 

「ナイスです! そのまま両手を合わせて腕の上に! 顔が指の先を見つめるように上半身と顔を動かして固定してください!」

「ああああああああああ絵面ァッ!!」

 

 叫びながらも指示通りのポーズにするため、アルメラルダの後ろから腕を回して両手を体の前で合わさせる。更にはそれを片手で持ち上げ、空いた手でアルメラルダの顎に手をかけ上向かせた。

 

 

 事情を知らない者が見れば、色々とアウトな絵面である。

 アラタもそれを分かっているからこそ悲壮な表情でそれを行っていた。

 

 

「よし、いいぞアラタ・クランケリッツ! そのままポーズを維持させろ! 効果はそうすぐに出まい!」

「本当にこれでどうにかなるんだよな!?」

「私もわからないですけど今はそうするしかないじゃないですか! 他に呪いをどうにかする手段、アラタさん知ってます!? 知りませんよね!」

「そうだけど!」

 

 

 室内は混乱もいい所だ。

 ……しかしその中でゆっくりと後退する者が居た。

 

 アラタ達が入った場所は生徒会中央会議室。その真ん中には大きな暖炉が置かれている。

 

「…………」

 

 じりじりと動くその影にいち早く動いたのは、その存在をずっとマークしていた……第一王子だ。

 

 

「何処へ行く?」

「!」

 

 

 動きを止めたのは第一王子と同じく真紅の瞳と髪を持つ…………第二王子。

 現在その顔は快活で気さくな人柄を現したものではなく、苦々しく歪められていた。

 

「やはりお前だったのか。私は先ほどそう言った。その意味は分かっているだろう?」

「……なにをおっしゃっているのですか、兄上」

「とぼけるのが下手だな」

 

 そう言うと木のポーズを保ったまま第一王子は言葉を紡ぐ。

 

 

 

「いつの頃からか、お前は時々次期国王にしか知らされていないはずの通路を通り、禁則地へ出入りするようになった。……緊急用としてこの学園にもその入り口はある。今お前が背にしている暖炉だ」

「そんな大事な事、この場で言ってしまってよいのか?」

「構わんさ。この場に居るのは私が信を置く者たちなのでな。今はようやく出してくれた尻尾を踏みつける方が大事だ」

「そうか」

 

 面白そうに笑う特別教諭(木のポーズ)を尻目に、第一王子は続けた。

 

「そのことを問うた私にお前は「国に潜む脅威を自分も目にしておきたかった」と言った。普段の様子を見るに別段変わったところは無かったゆえに、どこで知ったのか疑問にこそ思ったが納得はした。……だが私には次期国王として、禁則地に関しては責任がある。監視を兼ねてお前の息のかからないものを護衛に据えた。それがアラタだ」

「!? 殿下、そんな事は一言も……」

「妙に怪しまれて解雇の理由をでっちあげられても困る。抑止になれば十分と、何も知らない君に頼んだ。……仲良く過ごしていたようだし、安心していたんだがな」

 

 まさか自分の雇用理由をこんな所で知るとは思わず、アラタは困惑の様相を見せる。

 ……己を鍛え王子の護衛に志願したまでは自分の意志。だが実際に雇用された理由に、そんなものがあったとは思いもよらない。

 

「だが実際はこうして禁則地、冥府の門から汚染を受けていたわけだ。信じたくは無かったが。……証拠もないままになにをどう問い詰めて良いものかと、悩んでな。現在の星啓の魔女に相談もして、ずいぶん遠回りをしてしまった」

「冥府の門? 汚染? さっきから殿下、何の話をしているんですか」

 

 自分のペースで話を続ける第一王子に、生徒会長がついに我慢できなくなったとばかりに問いかける。第一王子はそれを一瞥すると、ゆるく首を横に振った。

 

「説明はするが、今は黙って私たちと同じ格好をとると良い」

「先に説明してほしいんですが!?」

 

 訳が分からない上に妙なポーズをとれと促された生徒会長、そして横で周囲の人間をきょろきょろ見回していた不思議くんとファレリア達に称されている少年は困惑するが……唯一、促されるままにポーズをとった者が居た。

 

「…………今の変な感覚、お前のせいか」

 

 低い声と普段の愛らしいさまが鳴りを潜めた鋭い目線で第二王子を睨むのは、マリーデルことフォート。

 

「…………やはり妙だな。マリーデル、何故お前まで呪いの余波を受けている。星啓の魔女候補のお前が。俺の研究に協力しなかった理由はそこか?」

「さあ」

 

 疑問を呈した特別教諭を面倒そうに切り捨てると、未だ言葉を発しない第二王子に視線を向ける。それにつられるようにして、全員の視線が彼に集まった。

 

 

「一年前の事件も、首謀者はお前だな? アラタほどの強者に悟られないままに呪いを施せたのも、護衛対象のお前だったからこそ。現行で呪法を用いたことで決定打だ。……これについては間違いないな?」

「ああ。それを俺が感じ取ったからこそ、ここに来たのだろう。今も継続して使用されているから現行犯だ。よかったな? ……まあ、相手も誰が来ようとなりふり構わない呪法で記憶をいじれると高をくくっていたからこそ、だろうが。一年前とはこの呪いの強さ、わけが違うぞ。このポーズを研究していなければ手を出せなかった」

「そのことでは本当に助かった。……あいつにはお前の研究を悟らせないよう、隠していたかいもあったしな。アラタに呪いの耐性が出来ていたことも知るまい」

 

 特別教諭に確認した後、第一王子は続けた。

 

「……なあ、弟よ。禁則地に封じられた悪しき者から洗脳を受けているのだろう? どうにか助ける。だから大人しく投降してくれ」

 

 その言葉には祈るような、懇願するような響きが含まれており、彼が弟を心から心配し、愛している事が窺えた。

 

 だが。

 

 

 

「それは都合の良い幻想というものですよ、兄上」

 

 

 

 ようやく口を開いた第二王子の口元は、ひどく歪んだ笑みを浮かべていた。

 

「これは全て私の欲です。私の意志です」

「馬鹿な! ならば……なあ、教えてくれ。お前は彼女達を貶めて何がしたい? もし国王の座が欲しいなら私を狙えばいい。だが彼女たちは星啓の魔女候補。国の要だ。それを害そうというのならそれは封じられた悪しき者の意志でなければなんだ! アラタを死なせようとしたのも何故だ? 私からの監視だと気づいたからか? ファレリアに至っても殺そうとする理由がわからない。私が今まで動けなかった一番の理由はそれだよ。動機が無い。こうして決定的に誰かを害そうとする場面まで動けなかった!!」

 

 余裕を保っていた第一王子の口調がまくし立てるように早くなる。

 それを一笑にふすと、第二王子は滔々と語りだす。

 

「誰も理解できないさ。この世界の人間には。それでもいいなら教えてやろうとも」

「聞かせろ!」

 

 叫ぶように言い放った第一王子に応えるように第二王子は語る。

 

 

 

「アルメラルダは"堕ちる"ためにデザインされた子なんだよ!! ひよった大団円ルートになんて行かせるものか! 彼女は堕ちて堕ちて堕ちて、絶望と憎悪に濡れて死ぬのが可愛いんだ!!」

 

 恍惚の表情でもって放たれたその言葉に、流石に第一王子も訳が分からず硬直する。

 ……本当に意味が分からなかった。

 

 

 

 しかしそこで……それまで黙っていた者が口を開いた。

 

 

 

 

「ふぅん」

 

 一言。だがその響きは何処までも重々しい。

 

 彼女は木のポーズを比較的動きやすい、踵を上げ腕を伸ばす"ヤシの木のポーズ"へと変える。そのままぐっと体に力を入れ跳ね……前進した。その動きはさながらキョンシーだ、とアラタは思った。

 更に腰を曲げ前傾の体勢となり……風の魔術を後ろに放つ形でブーストとする。

 

 そして。

 

 

 

 

「ふざけんじゃないですよ、バーカ!!!!!!!!」

「がっ!?」

 

 

 

 アルメラルダが取り巻き、ファレリア・ガランドール。

 

 彼女は強烈な頭突きを第二王子の額に食らわせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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