【完結】悪役令嬢に好かれたばかりに自分の恋愛がハードモードになった取り巻きのお話   作:丸焼きどらごん

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十一話 星降り注ぐSinfonia~射貫かれるように墓穴を掘った

 頭にくる、という経験は実はそれほど多くない。

 前世の自分を含めてだ。

 

 これは寛容だとか優しいだとかいうプラスの人間性によるものではなく、その逆。

 私は面倒くさい事が嫌いなのだ。怠惰極まりないマイナス方面の人間性こそ、私の本質である。

 でなければ結婚だの婚約だのが面倒くさくて、実家で長くぬくぬく過ごすために悪役令嬢の取り巻きになろう! などという発想は生えてこない。

 

 予言師の時のように抵抗しなければ決定的に自分が害される場面でもない限り、「怒る」という無駄に体力を使い、波風立ててその後で余計に面倒くさくなる行為もしないのだ。

 

 だから黒幕と発覚した第二王子がいくら気持ち悪い発言をしたからといって、彼が持つ危険で未知数な力を思えば「下手に刺激したら危ない。周りに優れた人間も多いのだから、判断は彼らに任せてここは様子を見るべき」とわきまえるはずだった。

 

 しかしふたを開けてみれば、私は"行動を終えた後"でそれを考えているわけで……。

 一言でいえば「ヤチマッタナー」という気分を味わっていた。

 

 

 

「ふざけんじゃないですよ、バーカ!!!!!!!!」

 

 

 

 話しを聞いた後、気づけばそんな風に叫んでいて……額には鈍痛。

 

 どうやら私は「カッとなって手が出る」という行動に出たらしい。

 実際に出たのは頭でしたけどね。

 

 

 まあ、これもひとつの正解だ。そう後付けで納得する。

 流し込まれた情報量に理性面は混乱したままだけど、そういう時はシンプルに体と直感の動くままに行動するのもひとつの解決策。……だと思いたい。

 直感といったって、それはこれまで自分の体に蓄積されてきた"経験"が引き起こすものであるからだ。……多分。

 ぐるぐる考えた後でも結局同じところに行きつく、ということも多い。……はず。

 

 その結果が頭突きであることは、自分でもどうかと思うのだけど。

 

(これ、自分の経験じゃなくて確実にこれまで見てきたアニメやら漫画の影響だよ!! 頭突きとか前世含めて初めてやったわ……!)

 

 これではアルメラルダ様ばかりを蛮族と言えないなと思いつつ、私は脳の揺れに目を回した。

 

 

 

 

「ファレリア!」

 

 後ろに倒れそうになっていると、フォートくんに抱き留められた。

 ヨガのポーズを崩してしまって、呪いの影響は大丈夫だろうか。

 

 それにしてもなんだヨガ。どうなってるんだヨガ。健康のために幼いころから続けていたけど、ポーズ一つで呪いを断ち切るとかどうなってるんだヨガ。歴史の長さは伊達じゃないってかヨガ。

 記憶の図書館とかいう知識蓄積チートの中で最も役に立ったのがヨガとか、あらゆる意味で予想外だよ。

 

(……あ、でも。呪い、途切れたっぽい?)

 

 ヨガについて考えを巡らせていると、気づけば先ほどまで体内に流れていた呪法の嫌な気配はぶつりと途切れている。

 頭をぐらぐらさせている目の前の第二王子を見る限り、どうも相手の脳みそも揺らすことに成功したようだ。そのことで力の行使が難しくなったというところか。

 咄嗟の頭突きは思いのほか功を奏したらしい。

 

 おいおい、なんだよやるな私。

 

 

 

「! アラタ!」

「……! おう!」

 

 

 

 するとフォートくんもそれに気づいたのか、アラタさんの名を呼びアイコンタクトを送った。アラタさんもその意味を理解したのか、頷く。

 こういう所にこれまで「十二人の攻略候補」達の好感度を平等に上げていくというクソハードミッションを行ってきた者同士の絆というか連携を感じる。以心伝心ってやつですね。

 ……ちょっとだけ、羨ましい。

 

 などと感心していると、それまでざわついていた音が遠くなる。――――アラタさんの隔離結界だ。

 

 

「……ッ、しまっ」

「……これで、冥界門から送られていた呪力も途切れるでしょう」

 

 そう言って犯人……もとい第二王子を見つめたアラタさん。

 

 相手の正体を知ってもなお敬語を崩さない所に、これまで積み上げてきていた"はず"の関係性を感じた。

 どうやらそれも、今の憎々し気な第二王子からの視線を見るに……一方からは取り繕われたもの、だったらしいが。

 それでもなお、アラタさんの瞳は困惑で揺れている。

 

 

 

 ちなみに現在だが、アラタさんが使用している隔離結界の「魔法階級深度」は五ほど、と思われる。

 これは現在確認されている限り、隔離結界の中でも最高難度と言われているランクだ。

 

 あまり魔法の成績がよろしくない私でもそれがわかるのは、その特徴。

 ……周囲から私、アラタさん、フォートくん、第二王子以外の人間が消えている。場所は変わらず生徒会の中央会議室であるにもかかわらず、だ。

 高位の隔離結界はその場に複数人いようとも、術者が選択した人間のみを連れて簡易異界へ連れ込むことが出来る。

 発動展開の難度に加え相応のリスクも存在するが、第二王子へ注がれている冥界由来の呪力の流れを断ち切る、その場に居ながらアルメラルダ様や他の人間から相手を引き離す……といった目的として使用するには最適だろう。

 

 そしてアラタさんがここまで使える、というのは今初めて知った。「切り札は最後まで取っておく」というやつだろうか。

 

 

 

 

 ……それにしても、頭というか額が痛い。

 

「いたたたた……」

「馬鹿。無茶するから」

「うす……」

 

 頭突きをかました額を押さえながら涙目になっていると、フォートくんが癒しの魔力を額へとあててくれる。

 一年前はアルメラルダ様に駄目出しされていたそれも、今ではずいぶんと上手くなった。……温かくて気持ちいい。

 これ、ホットアイマスク的に目元へやってもらえたら気持ちいいのではないだろうか。

 まだそんな場合ではないというのに、うっかり力を抜いて身を委ねてしまいそうだ。安心する。

 フォートくん、めっちゃいい匂いするしな……。体も魔法アイテムで擬態している今、柔らかくてふわふわしてる。

 

 

 

 そんな風に美少女少年にデレてリラックスしている場合でも無いんですが。

 

 

 

「……お前たちは、なんだ」

 

 眼前の第二王子から絞り出すような声で問われる。

 

 気さくで朗らか、寛容で社交的。……そんな普段の彼とはかけ離れた歪んだ表情を見せている第二王子。

 私とアラタさん以外の、三人目の魂の同胞だ。あまりそうは考えたくないけれど。

 ……考え方が違いすぎる。

 

 固有の能力を用いて「マリーデル」像を作ってきたフォートくんや、「真面目で堅物」な魔法騎士を装っていたアラタさんのように……彼もまた「第二王子というキャラクター」を作り、演じて来たのだろうか。

 先ほど聞いた動機が真実だとするならば、その欲求はすさまじい。そして根深い。

 

 要はこいつ「悪役令嬢の虐げられて死ぬ様がめちゃくちゃ可愛くて好きで見たいから国滅ぶような力にも手を染めました!」……ってことですからね!

 

 頭沸いてんのか。頭突きのひとつもしたくなるわ。

 

 

 

 けど私が最も頭に来たのは、国が亡ぶうんぬんよりも……。

 アルメラルダ様を「悪役令嬢」という型に押し込めて物事を考え、それを彼女に押し付けようとしたことだ。

 

 正直すっごく腹が立った。

 私自身がまず「悪役令嬢アルメラルダをそこそこ悪役令嬢に抑えて行き遅れてもらいたい」などという身勝手な欲求を押し付けて近づいたくせに、勝手だなって思う。棚上げもいい所よ。

 

 それでも相手の言いざまが気に食わなくて咄嗟に暴力へ及んでしまったことを考えると……。

 どうやら私は、思った以上にアルメラルダ様にご執心らしい。

 

 愛情表現だったからといってあれだけの暴力を受けてそれはマゾか? って我ながら思うけど、今ではもうアルメラルダ様の取り巻きやってない自分が想像できないのよね。

 

 

 

 アルメラルダ様は蛮族で、高飛車で、身勝手で、人の意見を聞かないし強引だ。悪役令嬢に相応しい素養が盛り盛りである。

 でもその反面、強かで、向上心があって、努力家で、意志が強くて、面倒見が良くて過保護な。

 

 

 

 ……私の大事な友達で、幼馴染だ。

 

 

 

 今さらそれを反則級の呪い(チート)なんかで塗りつぶされてたまるものですか。

 この先の事はまったく考えていないけど、それだけは強く抱いた私の偽りのない気持ちである。

 

 棚上げ上等。大事なのは今ですよ、今。なう!

 

 怠惰クズだってねぇ、たまには仕事をするんですよ!

 

 

 

 

(……それにしても、どうしましょうね。このガチクズ)

 

 悩む。第一王子が色々気づいてくれてたみたいだけど、流石に彼も転生者うんぬんは管轄外だろう。

 つまりこの場に居る私たちだけでどうにかするしかない。……ないんだよな?

 うわぁ、面倒くさい。

 

(……やばい。やるときはやるぜ! って考えた直後に面倒くさいと考えてしまった)

 

 私の怠惰、これもう一生治らない病のレベルだろ。変赤眼よりもよほど厄介だよ。誰かはよ処方薬開発してくれ。

 

 

 

 

 そういえばこの彼は、そもそも私達みたいに「他の転生者」の可能性を考えていなかったのだろうか。

 これは私もアラタさんに出会うまで可能性が頭からすっぽぬけていたため、人の事を言えないんだけども。

 

 けど、分からないなら教えてあげよう。この人にとって、まずそれこそがスタートラインだ。

 はいはい。仕事しますよ仕事。一応同郷者ですしね。

 

「薄々、わかってらっしゃるのでは?」

 

 探る様に問いかけた。

 すると第二王子は憎々し気にこちらを見てから……ぽつりとつぶやく。

 

「……転生者」

 

 こくりと頷いた。

 

「私以外にも、いたわけか」

 

 返される言葉は淡々としていて、それが逆に不気味だ。

 

「誰が?」

「私と……それに、アラタさんです」

「なるほど、な。モブのくせに影響力が大きいわけだよ」

「おい誰がモブだ泣かすぞ」

 

 慎重に行こうと思っていたのに的確にイライラポイントを撃ち抜かれたせいで口が悪くなる。

 誰がモブだ! いや、取り巻きとかいうモブポジションに収まろうとしていたのは私ですけれども。

 自分で言うのと他人に言われるのとでは違うんですよ。

 

「……殿下。貴方も冥府降誕ルートを知っているなら、分かっているでしょう。冥界門の力は人が隠している欲や憎悪を苗床にして、必要以上に増幅させ別人へと塗り替える。まして自らそれに触れて力を得ようとすればどうなるか……」

「いいんだよ」

 

 整えられた育ちのよさそうな(実際に良い)爪に視線を落とし、それをいじりながら何でも無い事のように第二王子は言う。

 

「食欲、睡眠欲、性欲。私の場合そこにもうひとつ欲が加わっただけだ。別人? もう今の私が、私自身だよ」

「三大欲求と同等!? 悪役令嬢へのこだわりが強すぎるでしょ。何考えて生きて来たんですか」

 

 あんまりな内容に突っ込めば、そこでようやく第二王子が感情を波立たせた。

 

 

 

 

 

 それも、津波の様に。

 

 

 

 

 

「ああ、うるっせぇなぁッ!! こちとら生まれて十九年も原作を楽しみに生きて来たんだよ!! 何考えて生きて来たって? それだけだよ!! 自分が攻略対象だと気づいたときは一瞬喜んださ。だけど私がマリーデルに攻略された場合、アルメラルダはつまんねぇ追放エンド! そうじゃない、見たいのはそれじゃない! アルメラルダには壮絶な最期こそふさわしい! 私にはそこへ導く使命がある!! それを否定されるのは人生の否定だ!! それを邪魔しやがって邪魔しやがって邪魔しやがって!! さぞ気持ち良かっただろうなぁ! 堂々と原作に介入するのは!! 俺は直前まで抑えて抑えて見守っていたっていうのに!! 原作崩壊は解釈違いなんだよ!!」

 

 こ、こいつ。ついには逆切れしやがった。

 黒幕のわりに三下臭い! でもだからこそ……厄介!

 

「決定的に分かり合えないのが伝わってきてめちゃくちゃ嫌ですねお前!」

「言ってろ! お前らこそ人の楽しみを散々かき回しやがって!」

「知るかよバァァァァァカッ!!」

 

 けんけん言い返してきたから、ついこちらも同じノリで言い返してしまう。

 一度ブチ切れたからか、私の沸点もなかなかに低くなっている。

 

 

 

 

 

 そんな中、酷く平坦な声を発した者が居た。

 ……フォートくんだ。

 

 

 

 

 

「原作原作原作ってさぁ……うるさいんだよね」

「! マリーデル」

 

 そこではっとなったようにフォートくんを見る第二王子。

 最初は「しまった!」みたいな顔してたけど、次いで相好を崩して猫なで声を出す。

 

「なあ、貴女は転生者ではないんだろう? 待っていてくれ。軌道修正をする。ああ、心配ない。貴女には星啓の魔女として輝かしい未来が待っている。貴女は優しいからな。アルメラルダの事で心を痛めるだろう。だが私はそんな貴女の顔も見たい。余計な記憶だけは私が消そう。そこの奴らに何を吹き込まれたのか知らないがそれも全部消す。大丈夫だ。私が導く。私は貴女の事も好きなんだ。愛している。見守りたい」

 

 つらつら述べられる言葉はどこまでも薄っぺらい。

 そしてフォートくんを原作主人公(マリーデル)と信じて疑わない様子の第二王子。しかも余計なことを聞かれたからと、この期に及んでマリーデルにまで手を出す気らしい。

 都合のいい所だけ原作厨かよってんですよ。結局自分にとって都合が良ければなんでもいいってわけですか。

 

 ……ベクトルが違うだけで私たちもそうだろう、と言われたらぐうの音も出ないのですけど。

 さんざんイベント管理だなんだって言ってきましたからね……。

 

 

 だけど私とアラタさんが口を開くまでもなく、フォートくんが淡々と言葉を続ける。

 

 

「吹き込まれた? まあ事情は聞いたし、知ってる」

「やはり……!」

 

 フォートくんの言葉にギリっと歯を噛みしめる第二王子だったが、フォートくんはそれを鼻で笑った。

 

「はんっ。でも最初から全部聞かされた方が、まだマシ」

 

 抱き留められたままの体勢のためフォートくんを下から見上げているわけだが、その顔に揺らぎはいっさい見受けられない。

 初見時第二王子の変貌っぷりに豆鉄砲くらっていた鳩一(私)と鳩二(アラタさん)とはずいぶんな違いである。

 

(……最初からしっかりした子だとは思っていたけど、逞しくなったなぁ……)

 

 

 

「最初は何を馬鹿なことをと思った。それでも与えられたものに対する恩を返すために受け入れて、演じ続けた。僕は姉さんさえ幸せになってくれたら、それで良かったからね」

「……姉さん?」

 

 フォートくんの言葉にそこでようやく彼のマリーデルとはかけ離れた雰囲気に気付いたのか、第二王子はフォートくんを困惑した目で見る。遅いよ。

 

「でもさ。自分が生きている世界を作りものだって言われたら、どう思う? この先の未来を確定されたものとして聞かされて、どう感じる? 自分がこれまで生きてきた人生を見ず知らずの人間が知ったように語るのは、どんな気分になるのかを……知ってるか? 始めは気持ち悪くてしょうがなかった」

 

 そこで私とアラタさんは「ぐぅっ」と胸を押さえた。

 

 そ、そりゃそうですよね。

 感覚がマヒしていたけど受け入れて協力してくれているフォートくんこそが寛大だったのであって、そこにわずかばかりも「気持ち悪い」と感じる心が無いはずなかった。はい。

 すっかり同志として動いていたから、考えが及ばなかったです。はい。

 いや……気づかないふりをしていたのかもしれない。私もアラタさんも、この少年に甘えていたのだ。

 

 

 ……悪いことしたな。

 

 

「けど」

 

 そこでフォートくんが言葉を区切る。

 

「誰かのために動いていた人だから、気持ち悪さを「力になりたい」って気持ちが上回ったんだ。利害は関係なくね。アラタは国と家族とアルメラルダのため。ファレリアは途中からだけど、アラタとアルメラルダと……自惚れでなければ、僕のため。「手伝いたくなった」って、言ってくれた」

 

 ちらと視線を向けられて、わずかに心臓が跳ねた。

 

「二人とも原作だなんだかんだ言いつつ、ちゃんとこの世界に立って、生きてる。だけどお前は違う。自分の人生を棒に振る可能性すらあるのに欲に忠実になれるっていうのには、ある意味感心するけど。……でもそれって、お前が自分の命もこの世界も軽く見ているからじゃないの」

「あ、待っ、マリーデル! 俺は……いや、私は……!」

 

 動揺する第二王子を意に介さず、フォートくんは言い放った。

 

 

 

 

「僕はお前を軽蔑する」

「……!」

 

 

 

 

 ド直球に叩き込まれたその言葉は、第二王子に膝をつかせた。

 その後でフォートくんはバツが悪そうな顔をして頬をかくと、私達へ視線を向ける。

 

「……これと二人が同じだとは、僕思ってないから。分かってるとは思うけど、一応」

 

 私とアラタさんは、第二王子とは違った意味で膝から崩れ落ちた。

 え、何? 何この生物。後光背負ってない? こんな尊ぶべき生物存在するの?

 私よりもフォートくんを原作改変に巻き込んで面倒な仕事を与え続けていたアラタさんの方が心に来るでしょ、これ。

 

「フォート……!」

「フォートくん……!」

 

 罪悪感を洗い流してくれるような、清廉な水を思わせるフォートくんの青い瞳に見惚れた。

 

 

 

 睨まれているわけではないのに、まるで射抜かれるがごとく鮮烈に。

 

 

 

 ……それにしても、本当に優しい子だ。そして強い。

 自分の眼で見て感じて来た価値観で物事を判断するからこそ、揺るがないのだろう。

 怠惰で流されがちな私にとってそれはひどく眩しく感じたし……かっこいいと思った。

 

 こんなの、もうさぁ。

 

 

 

(惚れるでしょ……)

 

 

 

「あ」

 

 声が零れる。……自分で墓穴を掘った事を、瞬時に悟ってしまった。

 ……夕方。アラタさんと話して失恋するまで、ここ一年気づかないふりをしてきたその感情を自覚した。

 

(あ……わあああああああああ!?)

 

 今!? ちょっとやめてよ! 時と場合を考えろ!!

 そう思ったものの、きっかけなんておそらくそこら中に転がっていた。今はたまたまその一つを踏んだだけ。

 

 

 

 

 以前私は"それ"は転げ落ちるものだと、フォートくんに言った。

 しかしどうやら、その転げ落ちる場所をせっせと掘っていたのは自分自身らしい。

 話して、知って。

 理性という感情を掘削したその墓穴の名前を、私はもう知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら私は、この少年に恋をしてしまったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そぉいっ!!」

「ファレリア!?」

「どうした急に!?」

 

 パァンッと頬を両手で挟むように叩いた私に、フォートくんとアラタさんが驚く。

 だけど、どうか今はそっとしておいてほしい。

 頼む……頼む……。顔が赤くなるの必死に抑えてるから……!

 

(今はマジでそんな事を考えてる場合ではないんですよ!! 自重しろ!!)

 

 私がブンブンと頭をふって正気を保とうとしていると……崩れ落ちていた第二王子から反応があった。

 

 

「軽蔑……か。ふはっ」

 

 わ、笑った。

 きつい言葉食らいすぎて頭おかしくなったか? いえ、こいつは最初から頭おかしいですけれども。

 

「それも仕方がない。でも貴方は私の知る通りにイベントを起こして攻略対象達と絆を深めていた。私含めてな。私が知る台詞で、行動で。なにを言ったって、知ったって、貴女は観測される側の存在でしかない! さぁ、観測者(プレイヤー)の思うままに動き続けろ! これからも!!」

 

 言うなり第二王子はフォートくんに掴みかかろうとするが、フォートくんは私ごとそれを避けて後退する。

 

「ファレリア、ちょっと待ってて」

「あ、……うん」

 

 支えられていた体を離されて、後ろにかばうようにフォートくんが前に立つ。

 その背中は魔法アイテムによって未だ華奢なマリーデルの体格のままだというのに、妙に大きく見えた。

 

(ぐぁぁぁぁ! 待って待って待って。男子三日合わざればどころじゃない。この数時間で見え方が全然違っちゃってるの、何!!)

 

 油断するとすぐに余計な考えが顔を出す。

 それを振り払おうと私が間抜けにあわあわしていると、反して冷静なフォートくんが第二王子を見据えた。

 

「今度は僕自身にも何かする気? でも、残念。僕を操った所で君が望む"原作"になることは無いよ」

 

 長く大きな三つ編みに手をかけるフォートくん。その手には刃の様になった魔力が渦巻いていて……。

 

(……ん?)

 

 首を傾げた時は、もう遅かった。

 

 

 

 

 

 

「僕はマリーデルの弟! 男だからね!」

 

(言ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?)

 

 

 

 

 

 

 ざくっと三つ編みが大胆に切り落とされて、亜麻色の髪が宙を舞う。

 肩口のあたりまで短くなった髪の毛をくしゃっとかきあげて、フォートくんは獰猛に笑った。

 

「冥府の力? ちょうどいい。星啓の魔女の力なんて無くたって構うもんか。今この場でお前ごとぶっとばしてやる。それで綺麗さっぱりだ!」

 

 それを見ていたアラタさんがぽつりとつぶやく。

 

「溜まっていた鬱憤ごと、爆発しちゃったみたいだな……。わぁ、思春期……」

 

 その途方に暮れた声を耳にしつつ、私は「どうしようか、これ」とアラタさんと顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 冷静に見えたけど、その実一番頭に来ていたのはどうやらフォートくんだったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ!! マリーデルが……居ない!? 弟!? 馬鹿な、そんな……!」

 

 ざっくり髪を切り落して偽物です発言をしたフォートくんに、混乱したように赤い頭を掻きむしる第二王子。その彼に声をかけたのはアラタさんだ。

 

「殿下。俺は国の危機を危惧して、原作前から原作における最悪のルートが成立しないように動いていたんですよ。けどイレギュラーでなにが起こるか分からない。そこでイベント管理をするために、彼に協力してもらっていたんです」

「お前のせいか……!」

 

 充血した目でアラタさんを睨む第二王子。そこからは普段の人格がいっさい垣間見えない。

 それはさっきからずっとそうだといえばそうなのだけど……ちょっと嫌な予感してきたな。

 なんというか、激昂するどころか正気を失いかけていません!? 口から泡吹き始めてない!? 人って口から泡吐く事本当にあるんだ!?

 

 そう感じた私の感覚は正しかったらしく、何かが軋むような音がした後……ガラスが砕けるのに似た音が空間を満たした。

 

「まずい!」

「アラタさん、これは!? もしかして結界壊れました!?」

「いや、まだかろうじて保てている。けど砕けるのも時間の問題かもしれない。……殿下に供給されていた"外"からの呪力は断ち切ったが、"内側"から力が膨らんでいる。……もう、あの方の体内に冥府へ通じる門が出来てしまっているんだ!」

 

 なんて!?

 

「門って……さっき第一王子が禁則地だ何だって言ってたそれですよね!? 場所がちゃんとあるんじゃないんですか!? 体内に門ってどういうことです!」

「力に汚染されすぎたんだよ! 禁則地、冥界門に通い続けたことで……殿下は門自体の依り代になってしまった! あれはいわば"第二の冥界門"だ!」

「ちょっ、封印ってそんなガバガバなんです!? 現役の星啓の魔女様は何をやってるんですか!」

「二つ目の門が出来るとか星啓の魔女様も予想外だよ! ……それでも封印された本体ともいうべき門がある限り、冥府そのものの降誕は無い。国民が生贄にされることもない。……けど!」

「けど!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『ようやくだ。ようやく、解き放たれる』

 

 這うような、粘つくような、金属をひっかくような。

 声の形をかろうじて保っている、耳障りな音が第二王子の口から零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「門の向こうで虎視眈々と復活を狙っていた冥王は別だ! 来るぞ!」

「は!? 冥王!? いや、来るって言われても……!」

 

 急展開に次ぐ急展開に思考が追い付かない。

 変なパワーを手に入れちゃった第二王子だけどうにかすればええんやろ~? って思ってたのに、いきなり冥王て!

 冥府降誕ルートはもう無いって聞いてたから、冥王うんぬんは殆どお話を伺ってないんですけど!?

 

「こいつを外に出すわけにいかない。俺が死ぬ気で結界内に抑えるから……フォートと力を合わせてどうにかしてくれ!」

「マジで言ってます!? それ!!」

 

 な、なななななななななんか第二王子の体が変形してきてるんですけど!! 筋肉が盛り上がって服が裂けているんですけど!! 肌の色も変わってきてるんですけど!?

 

 あんぐり口を開けている間も第二王子の体は変質していき、その姿は生徒会室の天井も破壊し……三日月の浮かぶ夜空を背景に、高々と聳えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下半身は固そうな鱗と粘液に覆われた爬虫類のような皮膚で、月の光にてらてらと光っている。

 

 牛や馬のような足が節足動物の様に無茶苦茶な数生えており、よく見ると猿に似た腕も混じっていた。

 

 尾にあたる部分には九尾の狐や八岐大蛇を彷彿とさせる様相で、ずらっと蛇の体が複数……それぞれ意志を持ったように蠢いている。

 

 上半身は虎に似た模様が張り付く皮膚に、背中には巨大な鳥の羽。

 

 頭部に生えた羊の角は悪魔を彷彿とさせた。その下に生える兎の耳だけ妙に可愛くて冗談みたいだ。

 

 口は耳元まで裂けており、その中には鋭くとがった犬歯と、ネズミのようなげっ歯類の前歯が混在している有様。

 

 筋肉が盛り上がる腕は玉をもつ龍のように、鋭い爪を備えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………」

 

 しばし言葉を失った後。

 

「乙女ゲーの皮被せてなんてもん作ってやがる制作陣!! 金のあるオタクどもはこれだから! 好き勝手作りすぎでしょう馬鹿どもが! がっちがちのクリーチャーを隠しボスにしてるんじゃないですよ!! 鵺もびっくりのキメラだわ!!」

「初見時俺もそれ言った!!」

 

 こんなモノお出しされて「流石に想定していた空気感と違うんだよな!!」って気分になってしまったし再びブチ切れてしまったが、これをどうにかしろって無理では?

 学園の校舎と同じくらいデカいんですけど!! デカさは強さだよバーカ!! 怪獣映画の見過ぎなんだよ制作陣のバーカ!! どうして前世の私はこんな突っ込み要素モリモリのゲームをプレイしておいてこいつが出てくる馬鹿ルートを見てなかったんですか!! もう裏ルートじゃねぇよ! 馬鹿ルートだよこんなん!!

 

 心の中で今後会う事は叶わないであろう制作陣(この世界の神)に毒を吐くも、体は硬直している。

 いや、だって普通に怖い!! ゴジラとかティラノサウルスを前に動けるかって言われたら私は無理です!! 映画とかで逃げるって行動をとれてた人たちはもうそれだけで生存本能MVP!!

 

 そうして内心だけはやかましく叫び散らかしながらぷるぷる震えている私だったが……。

 真横から宵闇を引き裂くような閃光が走り、門となった第二王子をそのまま自身の依り代としたらしい冥王にぶち当たる。

 

「とりあえず、あれをどうにかすればいいんだろ! 呪いだの操るだのされるより、よっぽどシンプルでいい! ファレリアは下がってて。ここは僕がやる!」

「君の度胸どうなってるんですか!?」

 

 先ほど啖呵を切った時と変わらない様子のフォートくんが、すでに相手を倒すべき敵として見据えて攻撃をしていた。

 おいおいおいおいおい。勇者か?

 

 

 

 

 ……でも。

 

 

 

 

 私は震える手をギュッと握りしめた。

 

 これを相手するのは無理! と言いたかったところだけど、こんなフォートくんを見ては引き下がれない。

 アラタさんがクソ雑魚の私に無理を承知で頼むくらいには、まずい状態なんだろうし……。

 

「本当に悪いが……頼む! 今ならまだ俺の隔離結界内だ。ここならまだ門本体から力を得られていない分、奴の力は弱い!」

「あれで!?」

「あれで! 見た目はデカいが中身はスカスカの張りぼてだ! 依り代が小さいからな! 魔力の外装にすぎん! ……だがこの隔離結界から出たら、話は別。門本体の封印も破られかねないし、そうなれば冥府降誕は避けられない。星啓の魔女も内と外の両方から封印を食い破られたら、おそらくどうしようもないぞ……! もうこれは原作主人公がいなくたって関係ない。クソッ! 最悪だ! それに、単純に奴自身も手を付けられない強さになる! 俺はゲームで五回全滅した!!」

「乙女ゲーで全滅って単語出てくるのがまずおかしいんですけど脅威度はわかりました!!」

 

 

 

 

 よし来た落ち着け。びーくーる。

 まず現状を整理しよう。

 

 

 エネミー。第二王子を依り代にして冥界から単身降臨した盛り盛りキメラな冥王(まずこいつがなんなんだよ)。

 

 フィールド。アラタさんの隔離結界。ここの維持でアラタさん(現状最高戦力)は手いっぱいらしい。

 

 戦力。攻撃魔法がほぼ使えない私と優秀だけど後衛軍師タイプのフォートくん。

 

 

 …………。

 詰みかな?

 

 

 

 

 

 待て! 諦めるな私!!

 

(こ、こんな馬鹿げた奴のせいで死んでたまるかってんですよ!!)

 

 ええと……! どうする。マジでどうする!!

 

「こ、こうなったら!」

 

 こんな時の必勝法は「自分より頭のいい奴に聞く!」ですよ!

 他力本願万歳!!

 

「フォートくん、私も戦います! 勝算はありますか!? 指示をください!」

「だからファレリアは下がって……」

 

 ええい、うるさい! 私はやけっぱちですけど腹はもう括ってるんですよ! 君が戦うと決めたその時から!

 だって。

 

 

 

 

 

 

「惚れた男を一人で戦わせられますか!!」

「え」

 

 

 

 

 

 

 …………。

 ………………。

 …………………………。

 

 あれ。

 私また盛大に口を滑らせなかったか?

 

 …………………………。

 ………………。

 …………。

 

 

 

 

 

 

(ま、まあいいか。死ぬ気はないけどもしもの時の保険ですよ保険。何も伝えないで死ぬよりは幾分かスッキリする! いや死なんが)

 

 そう切り替えると、私はフォートくんの肩を掴んで前後に揺さぶる。

 

「フォートくん、だから! 指示! ちょうだいっ!」

 

 先ほどまで凛々しく引き締められていた顔がぽかんとゆるみ、虚をつかれたようにフォートくんは固まっている。

 これは逆にまずったか!? と一瞬焦った直後。

 

「!?」

 

 先ほどのお返しとばかりに、獄炎を圧縮したかのような火球が冥王から放たれた。

 どうやらこちらのターンはとうに終了していたらしい。

 

「!」

 

 気づいたフォートくんがすぐに防御のため魔法を使おうとする。

 

 しかし……その前に。

 聞きなれた声が天空から響いた。

 

 

 

 

 

 

「何をしていますのマリーデル! まったく、愚鈍な子ね! ファレリアといい勝負ですわ!」

 

 

 

 

 

 声と同時に滝のように空から雪崩落ちてきたのは、冥王の獄炎をも飲み込む火の演舞。

 火力が高すぎるのか、その色は青空に似た群青。一瞬、夜の世界が昼間に変わったのかと錯覚した。

 

「!? アラタさん、空からアルメラルダ様が!」

「は!? でも結界は保って……」

 

 咄嗟にネタを引用するあたり私もまだまだ余裕あるなと思いつつ、見たままなのだからしょうがない。

 ……そう。夜空を割って現れたのはアルメラルダ様。しかも人影はそれのみに留まらず、複数人がそれぞれ極大級の魔法を伴って空間に入ってきた。

 それを受けた冥王の体が傾ぐ。

 

 

「どうして……!」

「ふんっ。このわたくしにかかれば、隔離結界への侵入など容易い事ですわ。以前ファレリアが連れ込まれた後、必死に勉きょ……ごほんっ。いざという時に備えておくのは公爵令嬢のたしなみでしてよ! 座標は少々ずれてしまいましたが!」

(誤魔化した!?)

 

 スカートの中身を見せないままに風の魔法を操り巧みに着地したアルメラルダ様は、そう言ってバサッと扇を広げた。

 腰に手を当てた実に堂々たる佇まいである。

 

「そうそう。理解に苦しむ内容も多かったですが、話は結界の外から聞いていましたわ」

「え!?」

 

 会話が全部聞かれていたことに私とアラタさんから血の気が引くも、さして気にしたふうでもないアルメラルダ様が冥王を睨みつけた。

 

「ともかく、この結界内であの化け物を倒せばよいのでしょう。アラタ! 貴方はそのまま結界の維持をなさい! 先生はその補助を!」

「ああ、任されたよ!」

「俺もこっち手伝う!」

「僕も」

 

 アルメラルダ様の指示を受けて動いたのは空間へ共に入ってきたうちの三人……フォートくんのクラスの担当教諭に、不良もどきと優等生くんだ。

 見ればアルメラルダ様が引き連れてきたのは全員星啓の魔女の補佐官候補。つまり、攻略対象者たちである。

 結界を張る前生徒会室に居なかった人たちまでが勢ぞろいだ。

 

「あんな姿になってしまったのか……! こうなっては致し方ない。……弟の事は、無視していい。私が許可を出す」

 

 そう苦し気に述べたのは第一王子だ。

 ……ってことは、みんなあの化け物が元第二王子だという事もわかってるってことか。

 

「ファレリア・ガランドール。"てんせいしゃ"だなんだとかいう面白い話、あとで詳しく聞かせたまえよ」

 

 そう言った特別教諭もまた、冥王へ向けて魔法攻撃を放つ。

 ……実際に戦いで魔法を使う所を見る機会なんてほとんどなかったけど、やはりこの人たち優秀なんだな。先ほどまで絶望的だった戦況が一気にひっくり返った気さえする。

 

 ……これ、私もういらんな!

 

 ほっとしたような、覚悟を決めていたのに肩透かしをくらったような。

 そんな風にぽかーんと状況を見守っていると、アルメラルダ様に引っ叩かれた。

 

「ぁだっ!?」

「なにをボケっとしているの! 貴女も何かなさい! わたくしが今まで施してきた特訓が役に立つ時でしてよ!?」

「そ、そうは言いましてもね。何をどうすればいいのか……それに私、もういらなくないです?」

「マリーデルのためには動けてもわたくしのためには動けないとでも!?」

「そ、そういうわけでは!」

「じゃあどういうわけですの! ~~~~!」

 

 途端にへそを曲げた子供のように頬を膨らませたアルメラルダ様に、私は現状を忘れて噴き出した。

 

「何を笑っているのよ!」

「だって、アルメラルダ様が変な顔するから」

「…………」

 

 そこでようやく自分がどんな顔をしているのか気になったのか、頬に手を添えるアルメラルダ様がやたらと可愛い。

 ……なんか、ようやく安心してきたというか心が落ち着いてきましたね。

 

「……でしたら、何か指示を貰えますか? 私では何をしていいのか、わからなくて。さっきもそれを聞こうとしていたんです」

「……わたくしと、マリーデルの補助をなさい」

「了解です!」

 

 元気に返事をして敬礼すると、私はそっとアルメラルダ様の耳元に口を寄せた。

 

 

 

「役立たずな私ですけどね。……ここに居る理由は、アルメラルダ様のためですよ」

「!」

 

 

 

 それ以上は言わずにぱっと顔を離す。

 

 こんな所に居る理由は、まず最初にアルメラルダ様をいいようにしようとする相手に怒ったからだ。

 やきもち焼いてくれるのは可愛いけど、そこのところはちゃんと知っておいてもらいたいものよね。

 

 ふふんと少ししてやったりな顔をしていたら、アルメラルダ様は眉間に皺を寄せながらもフォートくんを見た。

 

「マリーデル」

「ん、何」

 

 フォートくんはいつの間にか攻撃に参加していたけど、アルメラルダ様に声をかけられてこちらへ意識を向けた。

 

「あれは、要は呪いの塊のようなものなのでしょう。ならば星啓の魔女候補たるわたくし達二人で、その呪いを打ち砕きますわよ!」

「それは」

 

 アルメラルダ様の言葉にフォートくんは言葉を詰まらせる。そして気まずそうに眼をそらした。

 

「どこからかは知らないけど、話を聞いてたんだろ? 僕には無理だ。……僕は星啓の魔女候補じゃない。呪いを砕く力も無いよ」

「だからなんです」

「はぁ?」

 

 ばさっと切り落とされて不可解そうな顔をアルメラルダ様に向けたフォートくんだったが、その頬を勢いよく張り手が襲った。

 

「った!! ……何するんだよ!」

「情けない事を言うからですわ!」

「…………!」

 

 アルメラルダ様は私の手を引くと、ずいっと前に出てフォートくんの横に並び冥王を見上げる。

 今は補佐官候補達が善戦しているようだが、徐々に相手からの反撃を受けて苦しそうだ。

 最初は「これもう勝ったな」と思ったけど、そうでもない様子に……なにか決定的な一撃が必要であることが窺えた。

 それこそ、アルメラルダ様が言ったように星啓の魔女候補二人が力を合わせるような。

 

「事情はあとでたっっっっぷり聞かせてもらうとして。……ここ一年、貴方はわたくしと対等に渡り合ってきたのです。わたくしはその力を認めて先ほどの申し出をいたしましたのよ。出来るか出来ないかは置いていて、まず返事すべきは「はい」の一言ではなくて!」

「……無茶苦茶だ」

 

 フォートくんは呆れたように赤く腫れた頬を押さえてアルメラルダ様を見るが、彼女は悪びれることなく胸を張っている。

 私は「アルメラルダ様マジアルメラルダ様だな」と笑ってしまい……ふと、思いついた。

 

 切迫した場で一番必要なのは、こうしてリラックスすることなのかもしれない。

 頭に余白が生まれれば、それまで思い至らなかった考えがパズルのように当てはまったりする。

 

「あの」

 

 くいっとフォートくんの服を引っ張って意識をこちらへ向ける。

 

「……フォートくん、入学する時だけ「星啓の魔女の資質」ごと完全模倣(パーフェクトエミュレーション)したって言ってませんでした? それを使えば、アルメラルダ様を模倣して力を一時的に発揮できたりしません?」

「あ……」

模倣演技(エミュレーション)に必要な条件がそろっていれば、ですけど」

「ふぉーと? えみゅ……?」

 

 首を傾げるアルメラルダ様が可愛かったので頭を撫でながら問いかけてみると、フォートくんはしばし考えてから頷いた。

 

「できる……かも」

「なら!」

「でも、失敗もするかも」

「よくわかりませんが、可能性があるならおやりなさい!」

 

 自信なさげに眉尻を下げたフォートくんをアルメラルダ様の叱責が襲う。すると眉がきゅっと上がった。

 

「……わかったよ! なら、アルメラルダ。少し魔力をもらうよ」

「よ、呼び捨て!? なんてずうずうし……」

「そういうの後にして」

 

 有無を言わさずフォートくんはアルメラルダ様の肩に手をかけ瞑想するように目を瞑った。

 すると手がぼんやりと光り、緑色の光がアルメラルダ様からフォートくんに移っていく。……魔法力の光だ。

 

 そして、数秒。

 

「……出来たっぽい」

「そんなあっさり!?」

 

 つい突っ込むと、フォートくんは面白くなさそうに鼻を鳴らしてアルメラルダ様を見た。

 

「僕、君のことそんなに嫌いじゃないよ」

「何を急に……」

 

 フォートくんはため息をつき、白状する。

 

「……模倣演技(エミュレーション)。ましてや完全模倣(パーフェクトエミュレーション)なんて、よっぽど僕自身からの好感度が高い相手でなくちゃ出来ないんだよ。だから、そういうこと。君はいいライバルだ。色んな意味で」

 

 意味深に私とアルメラルダ様を交互に見たフォートくんは、アルメラルダ様が口を開く前にニヤリと笑った。

 

 

 

「さて、準備は整ったよ? やるんだろ。一緒に」

「なにを偉そうに。言い出したのはわたくしでしてよ」

「はいはい、そうだね。じゃあファレリアは僕たちの補助をお願い」

「あ、はい」

「それもわたくしが先に言った事ですわ!」

「はーいはい。そうですね」

 

 

 ケラケラ笑ったフォートくんの顔にはすでにマリーデルちゃんの面影はなく。

 ……それは彼だけの笑顔だった。

 

 次いでそれは、アルメラルダ様によく似たものへと移り変わる。

 模倣演技(エミュレーション)が始まったのだ。

 

 

 二人は数秒見つめ合うと頷いて、同時に冥王へ向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「さあ、覚悟はよろしくて?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その数分後。

 

 流星のごとく降り注ぐ破邪の力を受けた冥王の断末魔が、隔離結界の中に響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……どうしよう)

 

 私はびっくりするくらい慌ただしかった数時間前を思い起こしつつ、一人で頭を抱えていた。

 現在ここは魔法学園の寮、自室。

 

 もろもろの事後処理や事情説明で本来私も忙しいはずなのだが、全てが終わった後に「貴女は休んでいなさい。話はアラタとマリー……フォートから聞きます」とアルメラルダ様に無理矢理部屋へ放り込まれたのだ。

 

 それに関しては事情説明が大変であろう二人に申し訳なくなりつつ、疲れていたのでありがたくはあるのだが。

 

 

 

『あとで、来て』

 

 

 

 部屋に連れていかれる直前に、そんな言葉と共にこっそりフォートくんへ部屋の合鍵を渡してしまったのだ。

 

(だって、多分いろいろバレちゃったし? そしたらフォートくん、会う間もなく学園から居なくなっちゃうかも……しれないし……)

 

 しおしおと肩が沈んで首が項垂れる。

 

 ……もしそうだからといって、私は彼に何を言いたいのだろう。

 

 

 

 勢いで告白? なんかしてしまったけど、私が勘違いしていただけでフォートくんから向けられていた好意は勘違いだったかもしれないし。だってはっきり言葉にされてない。

 

 もし両思いだったとしても、多分フォートくんは魔法学園から去ることになる。彼は星啓の魔女候補でも貴族でもないんだから。

 

 今回の功績を思えば処罰されることはないだろうけど……。

 それでも確実にやってくるだろう別れ。

 

 

 

「あああああ、もう!」

 

 ベッドに飛び込みごろごろ転げまわる。馬鹿みたいだ。

 

 

 

 フォートくんは来るだろうか。

 来れなかったらどうしよう。

 でも来たら来たでなにを言う?

 私はどうしたいんだ? フォートくんと、どうなりたい?

 そもそもあの騒動の後に色恋沙汰で頭を悩ませている私は馬鹿か?

 

 

 

 そんな事を考えていたら一睡もできないまま朝方だ。目がしょぼしょぼしている。

 

 

「はぁ……。…………寝るか。朝だけど」

 

 

 重々しいため息をはきつつもぞもぞベッドにもぐりこんだ。今日くらい授業休んでも許されるでしょ。

 そもそも学園自体、授業してる場合じゃないだろうし。

 

 

「はいはい終了終了。寝不足で考えることにろくなことはないんでぇ~す。おやすみ世界」

 

 そう言って目を瞑った時だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ファレリア」

 

 

 

 部屋の外から聞きなれた声と、ノック音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ


【挿絵表示】

アラタイメージ図

次回最終回。
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