【完結】悪役令嬢に好かれたばかりに自分の恋愛がハードモードになった取り巻きのお話   作:丸焼きどらごん

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最終話です。


第十二話 人生はいつだってhardmode~井の中の蛙、大海を知り空をも目指す

 特別教諭の件の後で一度訪れてはいるものの、こうして尋ねるのは初めてである部屋の前。

 

 フォートが扉を叩くと、中から小さな返事が返ってきた。いつもと違ってずいぶんとしおらしい。

 その後……実に数分を有してから、ようやく鍵の開く音がし扉のノブが回される。

 

 鍵を預かってはいたが、フォートとしては本人の手で開けてもらいたくて待っていたのだ。

 そうでなくては……本当に招いてくれたのかと、自信が無かった。我ながら情けない。

 けど鍵が開くまでの数分間、不安で仕方なかった。

 

 そしてドアノブが回された後。……いつもならば意外と豪快に扉を開くファレリアが、恐る恐るといった風にわずかな隙間を徐々に、徐々に広げて顔を出す。

 扉の向こう側から覗く赤い瞳は、フォート以上に挙動不審な様子でこちらを見ていた。

 常ならば彼女のことは犬のようだと例えるのだが、今はその赤い瞳も相まってまるで警戒心の強い兎である。

 

(いや。警戒……じゃないか)

 

 正しくは"緊張"といったところ。

 それはフォートも同じだが、あからさまにそわそわと落ち着かない様子のファレリアを見ていると幾分か自分の方は落ち着いてくる。

 

 

 緊張。戸惑い。

 

 

 それらを感じさせるファレリアはチラチラとこちらを窺う癖に口を開いては閉じを繰り返し、一向になにも話さない。

 

(……正直、戸惑ってるのはこっちなんだけど)

 

 フォートはどうしたものかとため息をつく。

 するとファレリアがそれに反応し、ビクッと体を震わせた。

 

「……………………」

 

 そんな調子のファレリアを前に、フォートは目を細めると……外側のドアノブを思い切り引っ張った。

 

「をきゃっ!?」

(変な声)

 

 内側のドアノブを掴んだままだったファレリアは、それに引かれ前につんのめる。

 危うく倒れる、というところでフォートがその華奢な体を抱き留め、そのまま部屋の中へ踏み込むと後ろ手に部屋の扉を閉めて鍵をかけた。

 

 ……以前ファレリアがいきなりフォートの自室に押しかけて来た時の事を思い出す。

 

(あの時は振り回されっぱなしだったな。まったく。人の気も知らないで……)

 

 しかし今はそれが逆なのだから、少々愉快だ。

 腕の中でガチガチに体を固くしているファレリアを見れば、俯いており表情は見えないものの……耳まで赤い。

 

 けしてフォートに余裕があるわけでもないのだが。

 

 

 

 

 

 

『惚れた男を一人で戦わせられますか!!』

 

 

 

 

 

 

 この女。とんでもない事をとんでもない場面で言ってくれたものだと、少々恨みがましくそのつむじを眺める。

 そして再度ため息をつき……背中を丸めて、ファレリアの肩口に顔を埋めるようにしてからその体を抱きしめた。

 

「ふぉっ、ふょーとくっ」

「名前くらいちゃんと呼んで。…………あー! もう! つかれた~~!! つーかーれーたぁぁぁっ!!!!」

「え……」

 

 駄々っ子のごとく「疲れた疲れた」と声を上げ、甘えるように額を擦りつけながら、ぎゅうぎゅうとファレリアを抱きしめる。

 

「色々聞かれたし根掘り葉掘りされて、疲れた。ほとんどアラタが対応してくれたけど。でも疲れた。すっごく疲れた」

「お、お疲れ様です」

 

 ストレートに疲れたと連発するフォートを前に、緊張より戸惑いと気遣いが勝ったのか。ファレリアもまたフォートの体に腕を回し、落ち着かせるようにぽんぽんっ、と背中を叩く。

 

 それを心地よく感じながら、フォートは数時間前……日付としては昨日の事を思い出していた。

 

 

 

 

 昨晩。

 

 呪いの余波で認識と心を歪められるなどという屈辱に加えて、これまで溜めて来た鬱憤が一気に爆発しフォートは心の底からキレていた。

 そんなフォートの頭を一気にフリーズさせたのが、ファレリアの一言。

 

 喜べばいいのか、疑えばいいのか。

 

 この馬鹿の事なので「心意気に惚れましたぜ、フォートの兄貴!」といったニュアンスであることも十分にあり得る。

 こんな想像が出来るくらいには、一年という付き合いの中でファレリアがどういう思考パターンをしているのか大体理解できてしまった。

 だがこの女は肝心なところで読ませてくれない厄介な相手でもある。

 

(……本当に、わからない)

 

 隔離結界内にアルメラルダが入って来たこともあり、フリーズ後にその考えをいったん保留としたフォート。

 が……いざ全てが終わってみたところで。

 さぁこいつらになんて事情を説明したものかと考えていた中、アルメラルダに自室へ戻れと指示を出されていたファレリアがすれ違いざまに「あとで、来て」などと言いながら自室の鍵を渡してきたのだ。

 

 

 ……もうこれは、あの言葉を信じて良いのでは? 「惚れた」はそのままの意味で受け取ってしまって、良いのではないか?

 期待が高まる。

 もしこれで違っていたならば、あの女は心の処刑人もいいところだ。

 

 

 しかしそうなると、別の悩みも出てくる。

 

 

 フォートはただ少しでもファレリアの心に自分という存在を刻みつけられたら、それだけでよかった。

 この先の未来でファレリアが自分以外の誰かと結ばれた時、それがアラタでも知らない誰かでも……わずかにでも自分の顔がよぎって、お邪魔虫になれたらいい。

 そんなちっぽけなプライドと、特大の意地の悪さを含んだ気持ち。

 

 ところが幸運にも気持ちは通じ、それを相手も受け止めてくれた。こんなに嬉しい事はない。

 

(でも)

 

 …………フォートは、その恋を叶える手段は持ち合わせていなかった。

 

 どんなに魔法の力を磨こうと、勉強しようと。この身はどうあっても身分の一つも持たない、力ない存在で。

 貴族令嬢のファレリアと築ける未来は……想像出来ない。

 

 それに。

 

(……きっと、この後すぐ。僕は魔法学園(ここ)に居られなくなる)

 

 

 残された時間すら、最早少なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファレリアが部屋に戻された後、フォートとアラタは今回の事で知っている事を全て話せとアルメラルダに問い詰められた。

 

 これが単純に乱心した第二王子を止めただとか、そんな話しならばまだ問われる内容も異なっていたのだろうが……。

 隔離結界内にて行われた転生者同士、そしてそれを知る者の会話を聞かれていたとあらば話は違う。

 アルメラルダは隔離結界に侵入するべく魔力を行使した過程で内側の声を拾ったらしく、本当に会話全部を聞かれていた、というわけではないようだが。……フォートが男であることなど肝心な事は全て聞かれていたがために、そんなものは何の気休めにもならない。

 

 第一王子などにしても、国家レベルの機密。秘中の秘である冥界門や冥王、その封印や星啓の魔女本来の役目などをアラタが知っていたことで戸惑いを見せていた。

 

 そのため問われれば黙秘できるはずもない。下手をすれば沈黙すらも罪に問われる。

 

 

 

 

 どう話すべきか。

 

 それについてはフォートが悩むまでもなく、アラタが「自分が話す」と引き受けてくれた。「フォートは自分の要求に応え、協力してくれたにすぎない。もし処罰があるなら全て自分が受ける」とも。

 

 庶民が性別を偽り貴族の魔法学園に通っていた。

 それだけでも問題だが、肝心の部分は国の要ともいうべき「星啓の魔女」……その候補者を騙っていたこと。

 候補者同士が競い合い、その特別な役割に相応しい者を決める。その神聖な行いを穢したとあらば極刑ものだ。

 

 しかし此度においては冥王撃退などという星啓の魔女の役割の根幹を担う要素が絡み、それに貢献したがゆえに……一概に「罪」として扱われるのかは不明。

 それも事情を聴いた相手の裁量次第だろうが、まったくの無罪というわけにもいかないだろう。

 

 フォートは何か罰があるなら自分も、と手を上げようとしたが、それはアラタに制された。

 

「これはお前を巻き込んだ、俺なりのけじめだから。たまには大人らしいことさせてくれ。散々苦労させて、どの口がって思われるかもしれないが」

 

 そう言われてこれ以上フォートが粘っては、アラタの覚悟と矜持を傷つける。

 

 ……この青年は、強く見せかけた外装の中身はひどく繊細なのだ。現状には胃を痛めていることだろう。だがその彼が「任せてほしい」と言っているならば、フォートは彼の"友人"として受け入れる他ない。

 歯がゆく思いながらも、フォートはアラタに任せることにした。

 

 

 

 

 

 アラタは自分が知りうる限りの情報を、順を追ってつまびらかに述べた。

 

 

 転生者。前世の記憶。仮想遊戯。別の世界。

 

 

 記憶を有したまま生まれたがゆえに、物語が始まる前に最悪の未来を阻止すべく動いていたこと。

 その過程でマリーデルの弟であるフォートに協力を求めたこと。

 第二王子は自分と同じ転生者だったが、その目的は自分とは真逆であったこと。

 …………彼が求めていたのは、アルメラルダの無残な破滅だったこと。

 

 

 アラタは「悪役令嬢」アルメラルダに関しては話したくなさそうだったが、第二王子の目的と彼の発言を説明するにあたって避けては通れなかった内容。

 アルメラルダはそれらの話を、顔色を変えることなく静かに聞いていた。

 ただ「ファレリアは自分と同じで前世の記憶を持っていたが、物語を(冥府降誕ルートに関しては)何も知らず途中から事情を知って協力してくれた」と述べた時は「まったく……何故その時に、わたくしに話さないのかしらあの子は……」とぶちぶちこぼしていたが。

 

 

 

 ともあれ、それを聞いた者の反応は三者三様だった。

 

 馬鹿にしているのかと頭から否定する者に、「上位観測世界からの魂の堕落ということか! 興味深い!!」などと勝手に納得し興奮する者、まあそういうこともあるのかと柔軟に受け入れる者、真面目に考えすぎて頭痛に喘ぐ者、物語だ何だという部分はどうでもよく「マリーデルが、男……男……僕のマリーデルが男……」と失恋に打ちひしがれる者……などなど。

 

 アラタとしてはどれも想定の範囲内であったらしく、いざ話し始めれば対応は落ち着いていた。

 そして彼らの反応を示したうえで。

 

「もしあなた方にこれらの話を原作前に話したとして。……信じてくれましたか?」

 

 直前に「何故そんな重要なことを一人で抱え込み我々に話さなかったのか」と問うた第一王子へのアンサーである。

 

「……まあ、難しいだろうな」

「変に疑われて、最悪投獄でもされたら身動きが一切取れなくなります。自分がまず介入できる地位を手に入れる事などで手いっぱいだったこともありますが……なんの証拠も信頼、信用もない状態で話す場合、リスクの方が大きかった」

「……理解しよう」

 

 第一王子の声は重い。

 

 それもそのはず。

 将来は自分の右腕となってくれるだろうと信頼していた弟が「アラタの話を信じる証拠」となってしまったのだから。

 

 

 

 

 ちなみに今回の黒幕。弟である第二王子だが……実はまだ生きている。

 

 それはアルメラルダとフォートによる破邪もとい解呪の力によって「依り代の解放」が行われ、冥王を"向こう側"へ「強制送還」させたからだ。

 消滅させられたわけではないものの依り代を通して大きくダメージを与えたゆえに、今後百年は封印が綻ぶことはないはず、とのこと。

 これは人柄は信用できないが魔法の腕と知識だけは確かな特別教諭の見立てである。

 

 それを聞いたとき、アラタの逞しく大きな体から力が抜けた。

 ……本当にこれまで、気を張って生きてきたのだろう。

 

 その事実を確認できたからこそ、すでに隠す事にも意味は無いと割り切って話すことも出来たのだが。

 

 

 

 ともかく第二王子は、虫の息ではあったが冥王の巨体が消失した後に倒れ伏していた。

 

 しかし生きてこそいたものの、大きな変化が一つ。

 

 意識を取り戻した第二王子を問い詰めたところ、その精神は冥界門から影響を受ける前……彼が五歳だった時に戻っていたのだ。とはいえ本当の「五歳」ではなく、"前世の記憶を持つ"五歳児だが。

 

 事情を話したところ彼は顔を青くしながらも、驚くほど素直に自分の事を話してくれた。

 

 彼は歪んだ欲求こそ持っていたが、最初はそれに呑まれること無くアラタのように国の危機を避けるため。……最悪のルートの諸悪の根源、冥界門自体をどうにかしようとしたらしい。

 この辺は地方貴族の五男として生まれたアラタと違って、直接冥界門を見に行けた「王子」という立場の差だろう。

 まんまと精神汚染され欲求が肥大化した第二の人格へと至り、今日日まで来てしまったようだが。

 

『弟は助かった。だが……昨日までの弟は、いなくなってしまったのだな』

 

 そう口にした第一王子の言葉が印象に残っている。

 たとえ演じていたものだとしても、これまで彼と思い出を積み重ねてきたのは紛れもなく「あの」第二王子だったのだ。

 

 精神のリセットは、一種の死に他ならない。

 

 

(これは僕が口を出せる事でもないけれど)

 

 

 フォートにしてみればあの第二王子は報いを受けただけ。同情する余地はないし、それは第一王子に対しても同じスタンスである。下手な慰めの言葉など要らないだろう。

 少なくともマリーデルを演じていない、今のフォートからは。

 

(……僕は姉さんみたいに、優しくなれない)

 

 こんな時ばかりは大好きな姉の優しさが、少しばかり妬ましかった。

 

 

 

 

 

 その後フォートも色々聞かれたが、あとはアラタから話を聞くからと部屋に戻るよう促された。

 これについては全くの予想外である。まさかいつもの自室に戻ってよいなどと言われるとは。

 ……第一王子は全ての情報を加味した上で「功績を考えれば重い処罰にはならないし、私がさせない」と確約してくれた。それでも身柄を押さえられるくらいはすると思っていたのに。

 

 

「わたくし達は、もう少し話さねばならないことがありますわね」

 

 

 そう述べたのは話し合いの最中……一度もフォートを見なかったアルメラルダ。

 

 自分を除いたその場で今後についての対応が決まるのだろうなと想像は付いた。

 しかしそれを気にするよりも、この機会は最後のチャンスかもしれないとフォートは大人しく部屋に帰る……ふりをして、ファレリアの自室に向かい今に至る、というわけである。

 

 

 

 

 

 

 そんな風にファレリアが部屋に戻った後の事をつらつら述べていくフォートに対し、彼女は「大変でしたねぇ」と幼子にするように背中を優しくなでる。

 フォートによる怒涛の愚痴や情報の開示によって、先ほどまでの緊張はほぐれているようだ。

 

「ねえ、ファレリア」

「はい?」

 

 小首をかしげる警戒心ゼロのまぬけに、口の端が持ち上がる。

 反して眉尻は下がってしまったが……それを見られる前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前焦がれた、その唇との距離をゼロにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空のような青い瞳が近づいてきたと思ったら、唇が柔らかな何かに塞がれた。

 それが何か理解するために数秒を要した私は、我ながら間抜けだったと思う。

 

 けど勘弁してほしい。

 彼がその行動に出る前に紡いだ言葉で、私はすでにいっぱいいっぱいだったのだから。

 

 

 

 

 

『好きだよ』

 

 

 

 

 

 たった一言。

 たったの、一言だ。

 

 四文字だけの言葉の並び。

 

 

 

 それを耳にしただけで、体も思考も全てが一気に熱暴走したかのようにカッと熱くなった。

 

 しかも今はその相手との距離がなくなっている。

 互いの吐息が静かに混ざり合い、毒の様に体に溶けていく。

 

 胸と腹の内部から溶岩でも流れ出ているかのように熱が灯り、形を成そうとする思考全て霧散させていく。

 

 

 

 

 たかがキス。そう思えたらどんなに楽か。

 

 口と口がくっつくだけ。人によってはそれだけの行為にすぎないのに、今はそれが体を全て溶解させていくかのように熱く、浮ついた感覚をもたらしている。

 縋るように背中に回していた手に力を入れれば、その手が取られて優美な指先と絡む。

 未だに少女のような体格を保っている彼の指はほっそりとしていて皮膚も滑らかだが、わずかに皮が厚い気がする。すりっと親指の腹を撫でられて、体が淡く痺れた。

 

(なにこれなにこれなにこれ)

 

 前世の記憶がある分、そこそこ経験があるものだと思い込んでいた。

 しかしいざ蓋を開けてみれば余裕など何処にもない。

 それは結局は前世を別人と判じている私が未経験の子供だったからか、相手がフォートくんであるからか、それとも両方か。……私には判別がつかなかった。

 

 ただただ今は波に流されるように、何もかもが定まらない。

 

 

 

 

 ……しかし少しすると、熱いばかりだった体が満たされ、穏やかな気持ちに揺蕩っていることに気が付く。

 灼熱を抜けてぬるま湯につかり切っているような心地よさだ。思わず吐息が唇同士の隙間から零れた。

 その後すぐにわずかばかり出来ていた隙間も、埋められてしまったけれど。

 

 

 

 

 ………………。

 

 ……………………。

 

 …………………………。

 

 

 ………………。

 

 ……………………。

 

 …………………………。

 

 

 ………………。

 

 ……………………。

 

 …………………………。

 

 

 

 

 

(な、長いな……)

 

 

 変わらず鼓動はうるさいし体と心は多幸感に満たされているけれど、そこそこ時間が長くなってくると別の意味で落ち着かない。

 自然と瞑っていた目をわずかに開けると、長い睫毛の下から薄っすら覗く空色とぶつかった。

 収まりかけていた熱が再度体内を駆けめぐる。

 

「ふぉー、ぅむ」

 

 無理やり唇を離して名前を呼ぼうとするも、すぐに口をおしつけられて阻止された。抱きしめる力も強くなる。

 その様子に湧き上がってきた気持ちは困った半分。……愛しさ半分。

 

「…………」

 

 引いて駄目なら押してみろ。

 逆だっけ? と思いながらも、私は年上の矜持を取り戻すべく自由だった片方の手をフォートくんの頬に添えた。

 そして顔を傾け、口づけをより深くする。

 

「…………!?」

 

 舌先でフォートくんの唇表面を撫でると、流石に驚いたのかフォートくんの肩が跳ねる。

 私はその機会を逃さず顔を離すと、そのままフォートくんの胸に顔を寄せた。

 

「……さっきの。もう一度、聞かせてください」

 

 ねだるように言葉を紡いで見上げれば、真っ赤になったフォートくんの顔。耳をつけたフォートくんの心臓からは私に負けないほど早くなった鼓動が聞こえてくる。

 

(なんだ。私だけじゃなかったんだ)

 

 

 

 

――――ああ、愛しいな。

 

 

 

 

 ごくごく自然に思う。想う。

 

 

 

 

 愛おしい。それは私が求めていた感情だ。

 恋だけでは疲れてしまう。だから愛せる人が欲しかった。

 

 心をかき乱されるような「恋」とは別に、慈しみたいと感じる「愛」を抱きたい。

 

 もっと見てほしい。もっと、ずっと見守りたい。

 もっと心が欲しい。もっと、たくさんの心をあげたい。

 もっと、もっと、もっと。

 

 相手を求めながら自分からも何かを与えたいと感じるこの気持ちは、きっと愛と恋の共存だ。

 

 

 だから。

 

 

 彼は顔をそらして口元を片手で覆ったが……数瞬後。観念したようにこちらを向いて、視線が絡む。

 

 

「好きだよ、ファレリア」

 

 

 気恥ずかしい。こそばゆい。

 でも貰ったのなら、与えたい。

 

 

 

 

「私もフォートくんが好きですよ。……愛しています」

 

 

 

 

 そう告げると包み込むように両手をフォートくんの頬に添えて。

 …………今度は私から艶やかで柔らかい少女のような桜色のそれに、口付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 ……………………。

 

 …………………………。

 

 

(だああああああああああああああああああああああああ!!!!!!)

 

 

 そして、その少しあと。私はフォートくんの細い腰にしがみつき、これまでにないほどの羞恥心に内心悶え転げて大絶叫していた。

 

 

(ぐああああああああああ!!!! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!! 羞恥!! 言っちゃった言っちゃった言っちゃった!! 好きって、愛してるって!! なにこれアラタさんに言った時と全然違う!! ごめんアラタさん私めちゃくちゃ失礼だった!! あれ本当に本気の告白じゃなかったんですね私!! あんなもんかと思ってました!! こう、好意を持てる相手に好きって言って、あとは付き合ったら色々育んでいけるよね的な!! というか今さら自分がこんな青春ど真ん中ストレートロマンティックズムな感じに告白されて告白し返すとか思わねぇんですよ!! ひぃぃぃぃッ!! 恥ずかしい!!)

 

 

 我ながら台無しである。

 

 

 未だにふわふわしているものの、告白して満足したのか脳が急速にクリアになっていったのだ。

 

 そこで襲い掛かってきたもの。その名は「羞恥」。

 羞恥心とは人間生きていく上で失ってはいけないものだと思っているが、それが私を殺しにかかっていた。

 

 現在私の心は満たされながら大波小波で荒れ狂うという矛盾に侵されている。

 

 

 

 

(これからどうすればいい!? 何話せばいい!? というかこっぱずかしくて顔が見れない!!)

 

 そんな気持ちを抱くがゆえに抱き着くしか出来ず、木にしがみつくコアラ状態となっている私である。

 フォートくんも相変わらず私の背中に腕を回して抱きしめてきているものだから、しがみついている腕を離して距離をとることもできない。

 

 え、これどうする? 両思いになった恋人ってこの後なにするもの?

 へい、前世。教えてくれ。なに? 人と場合による? 都合がいい曖昧な返事に逃げてんじゃないですよ役に立たない奴ですねこのsiri以下が! いやsiriがそんな事に答えてくれるかどうかなんて知らんけど!!

 

(うあー。うあー。どどどど、どうしよ……)

 

「……ありがとう」

 

 私が頭を悩ませ続けていると、フォートくんから先に反応があった。

 けどその声は言葉の内容に反して沈んだもので、気のせいでなければどこか諦念を含んでいるように聞こえた。

 

 それに私が答える前に、フォートくんは続ける。

 

「ファレリア馬鹿だしまぬけだし鈍感だしもろもろの配慮がすっぽぬけてるし、ずっと気づかれないものだと思ってた。思わせぶりな反応見せても、絶対こっちの期待を裏切る奴だって」

「おい」

 

 それがたった今両思いになった恋人に言う言葉か? ……というか、恋人でいいんですよね!?

 けれど見上げた顔はどこか泣きそうに見えて、出かけたツッコミは喉の奥へとひっこんだ。

 

「……少しでも僕の事を覚えていてくれたらいいって、思ってた。君の心の一部だけでも占領出来たら、それでいいって」

「今フォートくんのことしか考えられてませんけど……」

「そういうことさらっと言うよね」

 

 少し恨めし気な目で見られて額を小突かれる。

 

「でもさ。もしかしたら、お互いこんな気持ちを知らなかった方が幸せだったかもね」

「……どうしてですか?」

「だって僕、ここにはもう居られないもの」

 

 短くなったフォートくんの髪が、彼がうつむいたことでさらりと首に流れた。

 

 

 

 フォートくんの言葉に私もようやく考えが至る。というか、さっきまで自分でも考えていたことだ。

 

 聞いた話の流れとしてはフォートくんもアラタさんも処罰までは受けること無いにしても、それでもマリーデルちゃんを装っていたフォートくんが彼女のふりをしてこのまま学園に居続けることは不可能。

 だって主要人物たち全てに、フォートくんが男だとバレてしまったのだから。

 

「お、男として再入学とか……」

 

 無理と分かりつつ、縋るように述べればふるふると首を横にふられる。

 

「性別以前に、僕は貴族じゃない。下町の貧乏な、なにも持ってない……ただのガキだよ」

 

 自虐的な言い草にフォートくんのいいところ、すごいところをたくさん知っている私としてはムッとなる。けど彼が言わんとしている事を察せないほど、馬鹿でもない。

 

 一人浮かれていた自分が馬鹿みたいで、唇を噛んだ。

 

「一緒に来てほしい、とも言えない。だってファレリアみたいな温室育ちで危なっかしい子、外へ連れ出せないよ。安全な場所で囲われていた方が、お似合い」

「ちょっと、言い方」

「事実でしょ?」

「ぐ……」

「実家でぬくぬくしてる期間を増やしたくてアルメラルダに近づくような考えの奴が、今さら貴族として世話を焼かれる以外の生活……できる?」

「うぐぅ……!」

「……それに、ファレリアは家族が好きでしょ。それを捨ててほしいなんて、僕には言えない」

「…………」

 

 思わず黙る。

 家族……両親の事を持ち出して、万が一にでも私が感情に流された選択をしないように道を塞ぐフォートくんはどこまでも優しい。

 

 

 私の前世が何歳まで生きて、どうやって死んだか。実は覚えていない。記憶の図書館にも記録は残っていなかった。

 だけど確実に生みの親より先に逝ってしまったことは事実で、前世を別人と割り切ってもそれが私の心に影響をもたらさないはずもなく。

 ……少なくとも今の両親を悲しませること無く生きようって、そう思っていた。

 

 だから「人付き合い面倒くさい」だの「実家で長くぬくぬく過ごしたい」だの自分の都合が最優先ではあったものの、家のために、両親のために。……時期は遅らせても、いつか両親が納得できる相手と結婚することを考えていたわけで。

 

 

 

 

 

 

 

 ……だからこそ、駆け落ちのような選択は取れない。

 

 

 

 

 

 

(やっぱりフォートくん、人をよく見てる)

 

 この一年の付き合いの中でそんなところまで見抜かれていたのか、と驚く。

 でもそうなると私に言えることは殆どなくなってしまうな……。だってこれ、最大限私の事を考えて言ってくれていることなのだもの。

 

 私が押し黙ると、フォートくんは「僕も姉さんが、家族が大好きだから」と言って笑う。だから気にするな、という事らしいけど……これは、ちょっとな。

 

 

 

 うん。

 

 黙ったままでは、情けない。

 

 

 

「……君くらいの年齢なら、もっとわがままになっていいんですよ」

 

 気づけばそんな事を言っていた。

 言ってからこちらを気遣って我慢してくれている相手に、ずいぶんと無責任な言葉を投げてしまったと後悔の念が襲ってくる。そのわがままを受け止めきれる度量もないくせに、何を。

 

 けどフォートくんは嬉しそうに笑った。

 

「いいの? ……じゃあ、ほんの少し。僕のわがまま聞いてくれる?」

「私に出来る事なら、いくらでも」

 

 ずるいな、私。

 フォートくんが絶対私が困るようなことを求めないって確信した上で言ってる。

 

 

 

 

 

 ……嫌だな。

 ずるいままでも、後悔したままでも終われない。終わりたくない。

 

 度量が無いなら、これから作ればいい。この我慢しっぱなしの少年を受け止めきれるくらい、大きな器を。

 まだその方法は分からないけれど、ここで私まで諦めてどうする。

 

 

 一瞬、心の奥底を舐めるような灼熱の息吹、胎動を感じた。

 

 

 

 

 

 

(でも今は、今の私に出来ることを)

 

 そっと両手のひらでフォートくんの頬を包み込むようにして視線を合わせた。

 

 

「いいよ。言って、わがまま」

「……なら、遠慮なく」

 

 

 フォートくんは笑う。だけどそれは泣く直前のような、泣き笑いで。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと一緒にはいられない。……だからファレリアとの思い出だけ、もっとちょうだい。君の心がもっと欲しい。この先の未来も僕の事を思い出して、ずっとずっと考えていてほしい。他の誰かを好きになったとしても」

 

 

 

――――共にいられないなら、心だけでも縛らせて。

 

 それはなんて傲慢で謙虚で、最高の口説き文句なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 頷くとさらに深く抱きしめられる。

 そして再び青い瞳が近づい来るのを見て、私は目をつむ……

 

 

 

 

「そ、そこまでになさーい!! もういい。もういいから……! あ、あああああ、あなた達。なにをしてらっしゃるのかしら!?」

「!?」

「!?」

 

 

 

 にゅっとフォートくんの背後から顔を出した見慣れた顔と声に、私とフォートくんはこれでもかというくらい驚いた。

 あれ、デジャヴ。前にもこんなこと……あったな!?

 

「あ、あ、あ、……アルメラルダ様ぁ!?」

 

 驚く私たちをよそに、呪われたり冥王と戦ったりしたあと寝てないだろうにシャキシャキしている髪一つ乱れの無いアルメラルダ様。体力精神力化け物かな?

 

 それにしても唐突な登場だったけど、今の見られてた!? ……何処から!? なんかアルメラルダ様、顔が真っ赤なんですけど!!

 

 ……気まずい!

 

 しかもよくよく見たら部屋の入り口にアラタさんも居る!! あなたも見てたんですか!?

 

 

 

 

「まったく……わたくし達が話し合っている間に何をしているかと思えば! マリーデル……いえ、フォート・アリスティ! わたくしは貴方に自室へ戻るようにと言ったはずですわよ!」

 

 アルメラルダ様の言葉にフォートくんは苦いものを飲み込んだような顔をしてから……珍しく何も返さず、口を引き結んだ。

 ちなみにこういった反応はアルメラルダ様が一番嫌うものである。

 

「何か言いたいことがあるのならハッキリおっしゃい!!」

 

 案の定というか、雷のような叱責。フォートくんはぎゅっと目を瞑って身をすくませる。

 私とアラタさんは「うんうん、それビビるよね。わかるわかる」とばかりに後方理解者面していたのだが……。

 

「ところでファレリア」

「はいっ!!」

 

 次いでアルメラルダ様のターゲットが私に移ったので、余裕をかましていられなくなった。

 

 あの雷をくらうのはごめんだと、すっかり調教された体は背筋を伸ばしてはきはきとした返事を返す。

 アルメラルダ様はいったんそれに満足したように頷くと……不気味なほど優しい声で私に問いかけて来た。

 

「貴女、アラタが好きだったのではなかったのかしら?」

「あれ、名前……」

「今はそんな事どうでもよろしくてよ!!」

「はいぃッ!! すみませんッ!!」

 

 アルメラルダ様がアラタさんを名前呼びしている事実が新鮮過ぎて、つい突っ込んでしまったが瞬時に封殺された。

 

 ……というか。こ、この流れは……!

 

「……で?」

「それは、その……ですね!」

 

 流石に歯切れが悪くなる。

 もう一度怒鳴られる前になんとか答えたい……けども!

 

 アラタさんはアラタさんで何やらにこにこしているし。

 おいコラその生暖かい目で見守るのやめろ。どんどん言いにくくなるだろうが。

 

「…………」

「えーと……」

 

 心の中では元気に喚いているものの、口から思うように言葉が吐き出せない。

 背中を冷や汗が滝のごとく流れていくのを感じつつ……アルメラルダ様がスウッと息を吸ったのを確認した私は「まずい!」と意を決した。

 

 

「あの! 実は!!」

「あーもうじれったい!! さっさと言えよ! でなきゃ僕の諦めがつかないだろ!!」

「……は?」

 

 

 いざ話そうとした瞬間、乱暴に部屋へと踏み入ってきたのは……青髪腹黒童顔!?

 

「阿保め。今まさに言うところだったろうが」

「そーだそーダ」

「間がわるぅ~イ」

 

 腹黒童顔に続いて入ってきたのは緑髪もさ髪ポニテの特別教諭に、紫髪の双子たち。

 

「……! あ、あいつがのろまだから悪いんだ!」

「女の子にそんな暴言を向けるものではありませんよ」

 

 言葉を詰まらせてから喚く腹黒童顔を諫めた灰色髪は、フォートくんクラスの担当教諭。

 おいおいおい。待て待て待て!! どんどん入ってくるんですけど、これは何事。

 

「貴方達! 外で待っていなさいと言ったでしょう!」

 

 アルメラルダ様が焦ったように怒鳴るが、そんな彼女に声をかけたのは生徒会長の金髪色男だ。

 

「……でもなぁ。そいつが入った時点で今さらというか」

「ぐ……」

「そんなだから年上に見られないんスよ。外見関係なく」

「中身がおこちゃまですからね」

「……もうちょっと、隠れてみてたかった」

 

 オレンジ髪不良もどき、水色髪優等生、ピンク髪不思議くん。などなど、次々と周りから責められる青髪腹黒童顔だったが……。

 

 そろそろ私が限界である。

 ついには我慢できなくなって、叫ぶように問いかけた。

 

 

 

「皆さん、いつからおいでに!?」

 

 

 

 騒がしい中でなかなか頑張って声を張った私に、しん……と静まり返った後。全員から気まずそうに視線をそらされた。

 おい待て気まずそうにするな嫌な予感が増すだろうが!!

 

「……まだ話し合いがあるんじゃなかったの」

 

 やっと再起動したフォートくんの問いに答えたのは第一王子だった。

 

「いや……その、だな。我々だけで話し合っても取り合いに収集がつかなかったものだから。もう本人に聞いてはどうかと」

「取り合い? 聞く?」

「ああ。ところがフォートの部屋を訪ねてもそこは無人。アラタにここではないかと言われて来てみたのだが……」

 

 取り合い、とは何のことか。

 

 それについての解答を得られないまま、第一王子はちらちらと私とフォートくんを交互に見る。

 彼の表情はさっきからにこにこしているアラタさんの生暖かいそれに似ていた。

 

「その、なんだ。とりあえず私たちの事は気にせず続けてくれ」

「この状況で!?」

 

 思わず王子相手に敬語を放り捨てた。

 だ、だって。続けてくれって、アルメラルダ様の問いに対する答えを言えって……そういうこと!? この場で!?

 おい待てふざけるなこのそこそこ広い部屋がパンパンになりそうな人口密度だぞ今。

 

 …………あれ? もしかして今、ひーふーみぃ……私を入れて十五人もの人間がこの場に出そろってる!?

 何の祭りだよ!!

 

「……まあ、いいですわ」

「良くないのですが!?」

「わたくしが良いと言ったら良いのよ! さあ、話しが進まないわ。さっさとわたくしの問いに答えなさいファレリア!」

「お、横暴……」

「……へぇ?」

「すみませんなんでもないですアルメラルダ様のおおせのままに」

 

 ……も、もうこうなったらやけっぱちですよ。

 私は顔に熱が集まるのを感じつつ、「アラタさん、あんたまったくの他人事じゃねぇですからね、覚悟しろよ」と睨みつけてから……総勢十四人の前で思いっきり叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「アラタさんには振られました!! 二度目です!!」

「ちょっ!?」

 

 制止の声が入るがもう遅い。へっへーんだ! もう言っちゃったですもんねー!

 アルメラルダ様に(本人知らなかったとはいえ)散々私の婿として教育されていたんです。一度ならず二度までも私を振ったとあらばアラタさんもアルメラルダ様に対して気まずいでしょう! そうでしょう! せいぜい青ざめるがいいのですよ!!

 

 ざまぁと見つつ、勢いのままに続けた。

 

 

 

「でも昨日、フォートくんのことが好きだと気づきました! ちなみに両思いです!!」

「ファレリア!?」

 

 

 フォートくんの方はといえば単純に恥ずかしかったのか、顔を真っ赤に染めて私の名を呼んだ。

 わぁ。アラタさんとフォートくん、顔がそれぞれ青と赤。リトマス紙かな? あっはっは。

 笑ってる場合じゃないが。

 

 私はこの公開告白じみた羞恥プレイに二人を巻き込めたことに若干の満足を覚えてほくそえみつつ、しっかり自分もダメージを負った。

 

 ああああああああああああ!! はっずかしい!!

 

 けど羞恥にのたうち回っている場合ではない。おそらく特大の落雷が待っている。

 

 

「ファレリア」

「はい」

 

 

 待って。静かな声が逆に怖い。

 

(で、でも。これは逆に穏やかに終わってくれるパターン……では!?)

 

 アルメラルダ様も昨日から怒涛の展開かつ休んでいないだろうから本当は疲れているはず! きっともうへとへとなんだ!

 

 そんな淡い期待を抱きつつ上目遣いにアルメラルダ様を窺った私だが……。

 

 

 

 

 

「この!! わたくしが!! わざわざ!! 婿教育までしてやったと!! いうのに!! 今さら他の男に!! 乗り換えるとは!! どういう!! ことですの!!!!」

「ヒィィィィィィィッ!! ごめんなさいーーーー!!」

 

 

 

 

 しっかり一言一言区切って怒鳴られたぁぁぁぁッ! これまでに経験した中での最大音量!!

 

「アラタ!! あなたもですわよ!!」

「ひっ! は、はい!?」

「一度ならず二度までも……わたくしのファレリアを振るとはどういうことかしら!?」

「も、ももももももももも申し訳ございませッ、いやでも俺はフォートとファレリアの仲を応援したくてですねけしてファレリアが魅力的ではないということでなく推し活の問題というか推しカプを応援したいというかこれは友人としてでもあるのですがともかく本人も自分の気持ちに気付いて無かったみたいだしなら後押ししてやらないとっていうなんていうか振ったは振ったんですが非常に前向きな振り方であって俺なりの気遣いでしてってあれ今わたくしのって言いました? その辺はもう少し詳しく」

 

 あ、アラタさん! ビビりすぎて余計な中身まで出ちゃってますよ! しまってしまって!!

 

「両思い……両思い……僕のマリーデルがあんな無表情女と両思い……」

 

 こっちはこっちで腹黒童顔が何か言ってるし! ああもう収集つかねぇですねどうするんですかこれ!!

 

 

 

 混乱を極める室内。その中で一人、楚々とフォートくんへ近づく者がいた。

 

 

 

「ところでフォートくん。きみ、うちの子になりませんか?」

「!?」

 

 それが聞こえた途端、再び室内が鎮まりかえり……爆発するようにうるさくなった。

 

「ああーーーー!! 先生、ずるいっスよ!! どさくさに紛れて!!」

「フォートくん、先生の元も良いだろうがもっと選択肢はあると思うのだよ! そう、例えばこの僕! 是非わが家へ養子に来てくれたまえ! 歓迎しよう!」

「だめ。フォートは……ぼくの弟に、なるべき」

「待て待て待て。子だの養子だのは面倒だろう? 重いだろう? 俺が適度に距離を保った上で後見人となってやろうではないか。その方がお前も気が楽なはず」

「貴方にはとても任せられませんね。ここは僕が……」

「ダーメ!! フォートはうちの子になるんだヨ!」

「そうそう。ね、フォート。僕らと兄弟になろうよ! 絶対楽しいって!」

 

 

 う、うるさ……っ!!

 

 個性の塊どもが無駄にいい声でギャンギャン言い合ってるの普通に煩い。ついでに髪の毛がカラフルなものだから目に痛い! 

 この部屋の情報量さっきから多いんですよ。もうちょっと減らしてほしい。

 

 

 

 ……それにしても、これってどういうことなの。

 さっきから養子だの兄弟だの後見人だの。

 

 

 

 

「あの。今の話って……」

 

 渦中の人物でありながら喧騒にのまれて置いていかれているフォートくん。

 呆然とする彼を前に、アルメラルダ様が大きく咳払いをした。するとざわついていた室内が三度目の静寂を取り戻す。

 ……これもいつ破れるかわからないですが。

 

「マリーデル。いいえ、フォート・アリスティ」

 

 アルメラルダ様はフォートくんをエメラルド色の瞳で見つめると、すいっと片手を持ち上げてこの場に居ない第二王子を除く十一人の攻略対象……もとい、星啓の魔女の補佐官候補である男性たちを示した。

 

 

「彼らは貴方の後見人を申し出ていますわ。形はそれぞれだけれどね」

「なん……っ」

 

 その内容にフォートくんの動揺は大きくなる。ちなみに私も絶賛置いていかれ中だ。さっぱりわけが分からん。

 

「なんで、そんな。僕なんかの後見人になったところで、いい事なんて……ひとつも……」

「それがあるんだよネ~!」

「ね! だよね、アルメラルダ」

「肝心な事を言わなきゃだめだよォ」

「そうそう」

 

 双子の軽快なやり取りに促され、アルメラルダ様は深く溜息をつき……渋々といったふうに、驚くべきことを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォート・アリスティ。貴方をわたくしの……次代星啓の魔女たるアルメラルダ・ミシア・エレクトリアの補佐官として任命します。これは決定事項でしてよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 そのあまりに予想外の内容に、私もフォートくんも面食らったまま硬直した。

 い、今。アルメラルダ様……何て言った!?

 

 星啓の魔女とその補佐官。

 それはゲームにおいては攻略キャラと関係性を築いていくための単なる前提条件にすぎないが、実際その役割はひどく重要だ。

 補佐官を伴侶とする必要はないが、ある意味一生を預ける星啓の魔女の仕事仲間である。

 

 その役目を今、アルメラルダ様はフォートくんに命じたのだ。

 

 

「アルメラルダの力はすでに他の誰と競うまでもなく、星啓の魔女として仕上がっている。……その精神もまた、輝かしく力強いものだ。それはあの場に居た全ての者が認めるところだろう。未熟なところも多いが、それ以上に冥王と対峙しても微塵も臆することなく立ち向かったその姿はこの国の先を預けるに足るものだった。だからフォート。これから君の姉を国外から呼び戻し、アルメラルダと競わせるつもりはない。……これについて、君はどう思う?」

「それは……。正直、ほっとしています。姉は元々強かですし、アラタが整えてくれた環境なら自分の力で幸せになれるでしょう。星啓の魔女になれる可能性は栄誉なのかもしれませんが、それが姉に必要だとは思えません」

「そうか。ならばそれについての話は終わりにしよう。……いずれ本物のマリーデルに会ってみたくはあるがな」

「……!」

 

 第一王子の言葉に息をのむフォートくん。それを見た第一王子が「悪い悪い」と眉尻を下げて謝罪した。

 

「まあ、そう深刻に受け取らないでくれ。……本当に君は、姉の事が好きなんだな。ともかくだ。そういうわけで、アルメラルダが星啓の魔女となることは確定。……そして。そのアルメラルダに相応しい補佐官は、彼女とこれまで対等に渡り合ってきた君以上に相応しい者はいないだろう。これは我々満場一致の意見だ」

「だけど、僕は」

 

 はいそうですか、と納得できる規模の話ではない。フォートくんが戸惑うのは無理もないし、私も話についていけていない。

 というかこんな話が出るあたり、皆様はもう私たちの前世の記憶だのゲームだのフォートくんが男だのって理由は受け止めたってこと?

 順応力高いな!

 

 しかし置いてけぼりの私たちの事など気にせずに、第一王子はつらつらと述べる。

 

「そもそもだ。優秀さに加えて、いざとなれば君は特異魔法で一時的にでも星啓の魔女と同じ力を発揮できるのだろう? そんな者をみすみす逃しては歴代一の愚かな王だと笑われてしまう。……フォート。君は、次期国王と次期星啓の魔女二人からのスカウトを断るというのか?」

 

 それは実質脅しなのでは。そう思うも、第一王子の言い方はどこか茶目っ気を含んでいる。

 アルメラルダ様は言うだけ言って満足したのか「ふふん」と得意げに胸を張ってフォートくんの様子を見守っていたが……。

 

「アルメラルダさん、最初は自分の弟にするって言っていたんですよ~」

「先生!? それは、ちょっと口を滑らせただけで……!」

 

 灰色髪教諭の言葉に途端に慌てだしたアルメラルダ様。

 ……弟!?

 確かにどんなに優れていようとフォートくんには後ろ盾が必要となってくるだろうけど、まさか身内にまで受け入れるつもりなんて……!

 

「だって、そうなればファレリアとその子が結婚したら、わたくしとファレリアは姉妹に……」

 

 ……?

 なにか今、ものすごく小さな声でアルメラルダ様が何かを言っていたような。

 

 

「ああ。だがさすがにそれはエレクトリア公爵家に力が偏り過ぎるからな。他に後見人となる意思のある者はいるか、と問うたらほぼ全員が手を上げた、というわけだ」

 

 焦った様子を見せるアルメラルダ様を気にせず第一王子がそんな捕捉をする。

 するとオレンジ髪の不良もどきが口を開いた。

 

「……言っておくけど、俺はパワーバランスだとかどうのこうのって理由で手を上げたわけじゃねぇからな。ただそいつの才能が埋もれるのがもったいないと思っただけだ。一年でこれなら、この先もっと伸びるだろ。身分が無いだけで去らなきゃいけねぇのは馬鹿みてぇだ」

 

 次にぼそっと話したのはピンク髪の不思議くん。

 

「ボクは……マリーデルになにか、してあげたくて。これまでたくさん、助けてもらったから。……きみはファレリアが好きなんでしょ? だったら、後ろ盾はひつよう」

「ぼんやりしてるかと思ったら、急にまともなこと言うよなぁお前。ま、俺も似たような口だ。特に両思いだなんて聞いちゃな。本気の恋を前に身分だなんだは野暮だしわずらわしいだろうが、その子と結ばれたいっていうなら必要な事だよ。誰でもいいから、甘えとけ。こっちにも利益がある話だし気にすることもない」

 

 ニヤニヤ笑みを浮かべる生徒会長。

 それらを皮切りに次々とフォートくんの後見人となりたい理由を述べていく補佐官候補達。

 

 ……それは一見第一王子が言っていた「取り合い」に見える。

 でもそのどれもに、「フォートの力になりたい」という気持ちが存在した。

 

 

 

 

 私もその気持ち、わかるな。

 そう考えて思い出すのはマリーデルちゃんを演じつつ、私への仕打ちが許せなくて助けてくれたフォートくんとの最初の出会い。

 私もあれがきっかけで、彼らを……彼のことを手伝いたい、力になりたいと思ったのだ。

 

 

 

 

 どんなにフォートくんが「マリーデル」を演じて、アラタさんに聞いた詳細をもとに「イベント管理」を行ったとしても相手は生身の人間。

 心労でいつもへとへとになるくらい、彼なりに補佐官候補達と真剣に向き合ってきたのだと思う。本人は斜に構えてそんなこと無いような、一線引いたようなふりをしていたけれど。

 以前補佐官候補達を「いい奴ら」って称していた時点で、一線なんて引けていない。

 

 

 

 フォートくんがこれまで築き上げてきた努力と彼の人柄が、今の状態を引き寄せた。

 

 

 

 私がこう考えるのもちょっと変だけれど、なんだか誇らしい気持ちである。

 ただし善意と好意が多い中でも特別教諭は除く。あいつは絶対に自分の興味本位。

 

 

 

 

 

「今まで騙してたのに、なんで、そんな」

 

 本人としては未だ理解できず戸惑っていたようだけど、アラタさんといい本当に自己評価低いな。もっと自信もっていいのに。

 

「さっきから「なんで」ばっかりだね。そんなの、みんな君の事が好きだからに決まってるだろ? 僕は失恋したけど。……いや、もういっそ男でも……」

「おいおい、おやめよ。先ほど素晴らしい愛の劇場を見たばかりじゃあないか!」

「ちぃッ!!」

 

 腹黒童顔が何やら本質を突いたっぽい発言をしたと思ったらすかさず不穏な事を言い出した。すぐに演劇部のナルシストに突っ込まれて呻いていたけど。

 

 ところでマジで皆様何処から見てたんですか……!? 場合によっては爆発四散しますけど……!?

 

 

 

「でも! そんな、都合のいい……! いたっ」

 

 戸惑うフォートくんの頭をぴしゃりとアルメラルダ様の扇が打った。

 

「あら。元の生活に戻っていた方がマシだったと思えるくらい、働いてもらうつもりなのだけれど。いつまで都合が良い、だなんて言って居られるのか見ものだわ」

「……それ、もう確定事項として言ってない?」

「だから、そう言ったばかりよ。これまで騙して申し訳ないだのと思うなら、その一生を馬車馬のように捧げるのね!」

 

 さっきからこんな場所で話していい内容では無くない? ということを考えつつ聞いていたものの、ふと思い至る。

 

 

「あの。……もしかして、フォートくんは学園を去らなくてもよくなった……と?」

 

 

 これまでの話を総合すれば簡単に出てくるはずの答えに、今さらながらたどり着いた。

 それを聞いたフォートくんもまた、ようやくはっとした顔になる。

 

 顔を見合わせて間抜け面を晒す私たちを、アルメラルダ様が間に入ってぐいぐいと引きはなした。

 

「当然でしょう! わたくしの補佐官となるのですから、これまで以上に多くを学んでもらわねば。明日からの魔法訓練には貴方もアラタと一緒に参加でしてよ!」

「俺への訓練も継続なんですか!?」

 

 青くなって硬直したままだったアラタさんが再起動して叫んだ。

 

「? 当たり前でしょう。というか貴方、第二王子があのような状態では職にあぶれてしまうのではなくて。だからこれからも、わたくしの護衛をなさい」

 

 思いがけず自分の今後まで決まってしまい目を白黒させているアラタさん。私とフォートくんも人の事は言えないんですけどね。

 

「……ともかく、明日から覚悟する事ね! フォート・アリスティ!!」

 

 これでもかと悪辣な顔をしておきながら、彼女の紡ぐ言葉はどこまでも「未来」を思い描いている。

 そしてその中には当然のようにフォート君が居て……。

 

 

 

 諦めたくないと思った。

 だけどこれまで怠惰に生きてきて、いざ望むことが出来てもそれを叶える手段を持ち合わせていなかった私。

 その私の前に未来(さき)を示してくれたアルメラルダ様。

 

 その姿に憧憬と……愛しさを覚える。

 

 

 

 

「今のままでは、ファレリアを任せられませんわ!」

 

 心に鮮烈で穏やかな春風が舞い込んだような気がした。

 

 

 

 

「アルメラルダ、それって……」

「きいぃ! だから呼び捨てにするのではないですわ! 昨日から無礼でしてよ貴方! ……それに、勘違いしないことね! わたくしが認めるまで、交際など認めませんからね! ああもう、先走ってはしたないったらないですわ! あんな、その……もう!」

 

 アルメラルダ様、今なにを思い出して赤面しているか後で詳しく教えてもらっても!? 本当に何処から見ていました!? ねぇ!!

 

 ……これはいったん置いておこう。

 

 

 つまり今のアルメラルダ様の発言。裏を返せば認められさえすれば、私とフォートくんがこれからも一緒に過ごしていくことを認めてくれるということ。許してくれるということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あなたに相応しい男であるとわたくしが認めない限り、交際など認めませんわ!!』

 

 

 

 

 

 そう言われて「これどうすっかな」と天を仰いだ日が遠い昔に思える。たった一年前の出来事だ。

 しかし昔と今ではそれを言われて抱いた気持ちは、まったく別物で。

 

 

 

 

 私は我慢しきれなくなって、アルメラルダ様とフォートくんの二人に抱き着いた。

 

「わぷっ、ファレリア!?」

「わっ! ファレリア……!?」

 

 そんな私を見てアルメラルダ様とフォートくんは顔を見合わせ……まるで犬でも撫でるみたいに私の頭をくしゃくしゃにする。

 

「まったく、仕方のない子ね」

「僕が感動するタイミング、なくなっちゃうだろ」

「へへ……」

 

 呆れられながらも二人の言葉が心地よくて、笑ってしまった。

 

 その後しばらく二人に撫でられて(頭は鳥の巣みたいになった)満足して離れると、アルメラルダ様はその気高い美貌と煌めくような瞳を私に向けて告げた。

 

 

 

 

「もちろん、ファレリア! 貴女も更に研鑽し自分を磨きますのよ!」

 

 この少しの間に彼女が何を見て、何を考えてこの結論に至ったのか。まだその全てを私は聞いていない。

 だけど力強く私へそう命令したあと、少し拗ねたように視線を伏せ口を尖らせたアルメラルダ様。その様子がたまらなく愛しい。

 

「……言っておきますけどね。それはフォートのためでなく……わたくしの隣に相応しいように、ですわよ」

 

 ああ、まったく。この方は、なんて。

 

 少し遠慮がちに差し出された手に自分の手を重ねる。

 

 

 

 

 きっとこれからゲームなんて目じゃないほどの、慌ただしく未知の人生が待っているんだろう。

 "井の中の蛙大海を知る"。そんな諺が私の前世に存在したが、今まさにそんな気分。これからも想定外のことばかりではなかろうか。

 井戸の中から見上げることが出来たはずの空の蒼さだって、ついさっきまで知らなかったんだから。

 

 彼と彼女。二人の隣に居続けるのは、おそらくとっても大変だ。

 

 だけど私の幸せを願ってくれて、私もまた幸せになってほしいと願う相手がすぐそばに居るのなら。それがどんなハードモードであったとしても、次に訪れる最後は笑って迎えられるのではないかしら。

 

 

 

 

 ぬくぬく狭い世界に引きこもるのは潮時。

 私はエメラルドグリーンの大海を知り、青い空を見上げてしまった。

 

 今はちっぽけなカエルでも、せいぜい広大な海に溺れながら何処までも続く空に手を伸ばそうじゃないか。

 

 

 

 ……だから。

 

 

 

 薔薇が咲き誇るような笑顔を前に、私もまた……心からの笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

「ええ。おおせのままに、アルメラルダ様。私は一生、あなたのそばにおりますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【悪役令嬢に好かれたばかりに自分の恋愛がハードモードになった取り巻きのお話】

第十二話 人生はいつだってhardmode~井の中の蛙、大海を知り空をも目指す

 

【完】  

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 




ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!

以下、おまけ

アルメラルダイメージ図

【挿絵表示】

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