【完結】悪役令嬢に好かれたばかりに自分の恋愛がハードモードになった取り巻きのお話 作:丸焼きどらごん
登場キャラや時系列などは冒頭のお品書きにてご確認ください。
小話お品書き
◆【白亜の魔法使い】(特別教諭視点)※時系列:七話付近
◆【学園祭の裏側で】(双子視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話①
◆【ダンスフロアの裏側で】(アラタ視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話②
◆【小旅行の裏側で】(不良もどきと優等生視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話③
◆【職員室の裏側で】(教師コンビ視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話④
◆【生徒会の裏側で】(生徒会長視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話⑤
◆【演者たちの裏側で】(青髪童顔、演劇部ナルシスト視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話⑥
◆【茶会場の裏側で】(第一王子、第二王子視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話⑦
◆【ハッピーエンドのそのあとで①】(フォートとアルメラルダ)※時系列:本編後のおまけ話
◆【ハッピーエンドのそのあとで②】(ファレリアとアラタ)※時系列:本編後のおまけ話
【白亜の魔法使い】(特別教諭視点)※時系列:七話付近
研究塔の特別教諭。
そう呼ばれている男はかつて、現在所属している国の敵国から呪術工作員として送り込まれた間者だった。
目的はこの国の守りと豊かさを盤石のものとしている星啓の魔女を倒す事。
そのためにまず行ったのは強力な呪いの依り代を見つけ、調整を加えながら育てる事だったが……。
思いがけず、それは彼の人生において大きな分岐点となる。
白亜の魔法使い。そう呼ばれる存在が居る。
彼なのか彼女なのかも分からない。ただ奇跡の様にその功績だけが、ほとんどそれが
気づいた者達だけがその存在を信仰するがごとく崇め、呼び名をつけた。
男が魔法使いを目指した最初のきっかけは、白亜の魔法使いの軌跡を全て辿り……いつか会ってみたいという純粋なものだった。
しかし男の祖国では単純な好奇心や憧れだけでは魔法を学べない。学べばその末に必ず"義務"がついてまわる。
魔法を学んだものはもれなく国のため軍人となるのだ。
学習機関や知識者は全て国が握っており、無断で魔法を教えようものなら強く罰せられ閉じ込められる。
そういう国だ。
しかし溢れる好奇心と憧れを抑えきれなかった男は迷いなくその世界に足を踏み入れた。
魔法と共に"それ以外"も学び、純粋だったがゆえに新しい色に容易く染まってしまった彼は実力を見込まれ、重要任務の工作員として重宝されるようになった。敵国への単騎潜入はその集大成といって良いだろう。
……その国で幼いころに憧れた「白亜の魔法使い」に導かれたという少女に出会う事となるとは、まったくの予想外だったのだが。
うまく敵国にもぐりこんだ後は、我ながら出来すぎなほどにスムーズに依り代となる子供を見つけた。更には言葉の巧みさに加えて微量の薬や幻惑魔法で彼女の両親に取り入ることに成功した時点で、作戦は半ば成功したようなもの。
あとは肝心の子供。不気味な赤い目をした呪いの依り代としては極上の素材を言いくるめ、数年かけて完璧な器へと育て上げるだけである。
古来より不吉なものとして扱われている
だからこそ、それを奪えば容易く崩れて己の手の内に落ちてくるだろうと甘く見ていたのだ。
しかし子供は男が彼女の両親や使用人が彼女を排斥するような目で見るように仕向けても、いっさいくじけず……あろうことか単身で男に食って掛かってきたのである。
普段を見ている限りぼ~っとしている頭の弱い子供に思えていたが、男に向ける敵意と豊富な罵倒の語彙力は実に苛烈。
加えて、この眼は恐れるような物ではないと篭絡したはずの両親や使用人に向かって演説を始めて見せたのだ。
だがその内容には男すらも強く興味を引かれた。
(それがあの魔法使いの功績だと、何故お前のような子供が知っている!?)
容易く手玉にとれると思っていた呪いの依り代とするべく選んだ幼い少女。
しかし彼女はその特異な目について、白亜の魔法使いに導かれたというではないか。
それをもってして、この自分に反論している。己の呪われた目をものともしないで食いついてきている。
滔々と白亜の魔法使いとの出会いに加えてその功績をまるで見て来たかのように語る少女を前に、男はかつて抱いた好奇心と憧れが心に蘇ってくるのを感じた。
話がでっち上げの作り話である可能性も考えたが……。
この幼子にそれだけの話をする胆力があるという事実こそが、彼女の話が真実である証明ではないのか。
いくつか問答を繰り返した後、男は彼女の話を真実だと結論付けた。
伯爵夫妻すら惑わした男の言葉を最後まで一切受け付けず、強く言い返してきた少女の姿。
それもまた白亜の魔法使いが残した功績のひとつなのだと考えれば、納得だった。
(白亜の魔法使いは、この国に居る!)
そう確信してからの行動は早かった。
まずお国柄とはいえ純粋な魔導の探求から外れ、幼子を犠牲にしようとしていた自身を恥じて担った任務を全て投げ出した。どうせ家族も友人もいないし、築いた地位にも興味はない。生まれた国だからと惰性で住み着いていただけで、祖国を裏切ったところで失うものは何もないのである。
男は意気揚々と祖国の重要機密もろもろを手土産に、潜入していた国の王族に取り入った。
普通なら土産があろうと無罪とはいかなかっただろう。だが男自身の狡猾さと、取引を受けた王族の寛容性をもって……実力を買われ、研究塔の特別教諭として魔法学園で教鞭をとることと相成ったのが現在だ。
もともと今代の星啓の魔女候補を観察するために潜入しようと考えてはいたが、まさか本当の意味で教師となるとは夢にも思わなかった男である。
だがこれ幸いとばかりに、歪んだ自覚のある性格を直しつつ少女を道具にしようとした贖罪も兼ねて授業は真面目に行った。
その数年後に件の少女が入学してきた時はさすがに驚いたが。
少女は見事としか言いようがないほどに、自身の眼に宿る呪いの病を克服していた。
それは少女が行っていた奇妙な動きに加え、星啓の魔女の資質を持つ友人が居たからだろう。
魔力を風に混じる遠方の香りのように察する事が出来る男にとって、その察知は容易だった。
(偶然か。それとも必然か)
授業で教えることもあったが、あの無表情だ。対面してみたものの、こちらの正体に気づいているのかいないかもわからない。
ともかく二人きりで対面するような場面は避け、必要以上に接して自分の正体を察せられても面倒だと距離を保って過ごした。
そんな日々が続く中。
ある時、少女の周りに不穏な魔力の気配が渦巻いていることに気がつく。それは無視できないほどの歪んだ悪意に濡れていた。
迷った末にこれもある意味過去の清算だと、男は少女に警告することを決めた。
話しの途中で男の正体に気付いたことに関しては、背後に控えているスポンサーが強い事もあって(何しろ王族だ)心底狼狽したわけではなかった。騒がれても面倒なため念入りに口止めはしておいたが。
だがせっかく忠告してやったというのに、その表情はこちらを心底疑っている顔で憎らしい。さっさと話が終わらないかな、という空気感もにじみ出ていた。
男は「マリーデルとは大違いだな」と最近よく会いに来る少女と比較して舌打ちしたい気持ちになりつつ、我ながら丁寧に説明してやったなと自画自賛する。
あまりに小憎たらしかったので軽く脅してやったらさすがに顔を青くしており、それに関しては非常に愉快だった。
…………その場面をマリーデルに見られ、あげく幻滅されるというのは予想外だったが。
「くそっ、本当に親切心など出すのではなかったか……! らしくないことをすると裏目に出る!」
昨日の事についてどう釈明しよう。そう必死で言い訳を考える程度には、星啓の魔女候補の一人であるマリーデル・アリスティは好ましい。
頭の回転が速く会話していてストレスを感じないし、自分の研究に深い興味を示している点が特に良い。更には自分ですら思いつかなかったアイデアでさえ提供してくる時があるのだ。
その相手の好感度が憎たらしい小娘のせいで地に落ちた。まったく忌々しい。
ちなみにだが、男には自業自得といったような考えは持ち合わせていない。
「ファレリア・ガランドール、この貸しは高く取り立てさせてもらうぞ。なに、心配ない。貴様はただ俺に観察されていればいいだけなのだから。くくくくく」
怪しい笑い声を立てながらぶつぶつ呟いている特別教諭を通りがかりの生徒たちが綺麗に避けていく。この手の人間には関わらない事こそ一番であると理解しているのだ。
研究塔には非常に優秀な人材しか集められていないためその主である男とは本来ならコネクションを作りたいところだが、それでも避ける程度には男は変わり者扱いされている。
「しかし、そうだな。観察している間に、あの小娘に白亜の魔法使いが会いに来たりしないだろうか。ああ、会いたいなぁ……」
そんな怪しげな男にも一応純粋な部分は残されているのだが、そもそも件の話がまったくの嘘っぱちでよくできた作り話であると知るのは……実に三十年の後である。
三十年後、男は無事に白亜の魔法使いに会う事は叶うのだが。
少女について話したところ「え、なにそれ知らん。こわ……」と述べられてしまい、「ファレリア・ガランドール貴様ぁぁぁぁぁぁ!!」と大絶叫する事となるのは、また別のお話。
+++++
【学園祭の裏側で】(双子視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話①
笑顔とは最も高級で、最も安価な装飾品である。
それがあるか無いかだけで円滑な交流が出来るか、という点において大きな差を生む。
人と人を結ぶ手段の一つであり、入り口。
だからこそ。
「ファレリア・ガランドールと申します」
名乗られた時のまったくの無表情に、彼らはその令嬢を「関わる必要のないもの」としてカテゴライズした。
もちろんそんなことはおくびにも出さず、張り付けた
「あの子、ダメだネ」
「ねー。マリーデルはなんであの子を気に掛けるのかナ」
「アルメラルダもね。いつもそばに置いているけど」
そうやって嘲笑う笑顔は同じ顔。
彼らは双子だった。
星啓の魔女という、この国において非常に重要な役割を持つ存在。それが自分たちが魔法学園に在籍している間に二人も現れるとは思わず、彼らの興味を引いた。
自分たちが二人とも星啓の魔女の補佐官候補と目されていることも要因のひとつである。
一方はマリーデル・アリスティに。
一方はアルメラルダ・ミシア・エレクトリアに。
それぞれ別の人間に興味を持ったのは当然で、彼らは見た目こそ似ているが趣味はほぼ真逆だったのだ。
だが見た目だけで惑わされる人間の、なんと多い事か。
よくよく観察すればわかるだろうに、顔がそっくりだからと無意識下で同一に扱ってくる。兄が好きなものなら弟も好きで、弟が好きなものなら兄も好きだろうと。
しかし彼らはそれについて煩わしいとは思わなかった。
観察力に乏しい人間が勝手にふるいにかけられるのだから、わざわざ「二人で一人」と思わせる演出を自らしているくらいだ。それを見抜いた者だけが自分たちと関わる資格を得る。
家柄が良く人当たりも見目も良いとなれば寄ってくる人間は多いが、それ全てを相手にしているほど暇ではないのだ。
合理的かつ傲慢。
それが彼らだった。
そんな双子にとって、星啓の魔女候補である二名は群を抜いて高評価。
マリーデルは穏やかで明るく素直な心根ながら、聡明で芯が通っている。
アルメラルダは矜持が高くも勤勉で、家柄だけに頼らないその強さは魅力的だ。
違った魅力を持つ二人の少女だが、なにより彼女らは双子を一度も間違えて呼んだことはない。接する時も混同することはなく、個々として扱ってくる。
だからこそ彼らは自分たちが関わる価値のある相手として、星啓の魔女候補に好意的なアプローチを開始したのだが……彼女たちの間には、何やら無表情でふてぶてしく鎮座している小娘が一人居座っていた。
前々からアルメラルダの取り巻きをしていたが、最近になってマリーデルまでもが気にかけ始めた少女の名はファレリア・ガランドール。
ここ最近など彼女らは常に行動を共にしているものだから、その中でお互いに名乗り合ったりなどしたのだが…………ファレリアの無表情っぷりは噂の通り。挨拶の時にピクリとも笑わない。
いや、かすかに笑いはした。……かもしれない。
だがその笑みは体温に触れてすぐに溶け消えてしまう雪の結晶のごとくかすかなもので、双子としては不合格だ。
何故か妙に一部から評価を得ているようだが、双子から見たらそれは過大評価というもので。
だからこそマリーデルやアルメラルダに話しかける時も、最初の挨拶以来は居ないもの同然に扱っていたのだが……。
「ファレリアはわたくしと行くのです!」
「いいえ、私とです! 先に私が声をかけましたもん!」
「声をかけた? 馬鹿をおっしゃい。ファレリアにおける全ての事はわたくしが先約済みですわ」
「ずるい! そんなのずるです!」
「ず、ずる!?」
「そうですよ! ……で? ファレリア。どっちと行く」
「おいおいモテモテですね私」
「「ふざけていないで選べ」」
「ここで声揃えられること、ある?」
目の前ではたった今自分たちが「今宵のパーティーでダンスに誘いたい相手」として手を取った少女らが、白金の髪を持つ女生徒を挟んで睨み合っていた。
現在行われているのは学園祭の中の催しで、くじ引きしたカードに書いてある目当ての物、もしくは者を手にゴールするというシンプルな競技である。
仲良く同一の内容を引き当てた双子は、しかしそれぞれ相手が違うため落ち着いて目当ての人物を誘いに赴いた。
だがその先では「親友」と書かれたカードをそれぞれ皺になるほど握りしめながら、マリーデルとアルメラルダがファレリアの腕を左右からつかみ両者譲らない構えとなっていた。
声をかければ「一緒に行くのは構わないがこの子を連れてから」という内容が異口同音に。
有無を言わせぬ迫力に「はい」と頷いたまではよいが、単純に身体能力面でリードを稼いでいたはずがお題カードがある故の「待て」に、他参加者たちとの差はとうになくなっていた。
このままではらちがあかないと、双子兄が提案をする。
「ねえ、そしたら彼女を真ん中にして左右から手を繋いでさ。ゴールすれば、よくない?」
「は?」
「は?」
「スミマセン」
思わず謝って引き下がろうとした兄を弟が肘で小突く。だが「無理。あの目で凄まれたら心折れる。アルメラルダだけならともかくマリーデルにまで睨まれた」としょぼくれる兄。
実は双子兄、弟よりメンタルが弱い。
しかたがないので強かな双子弟が説得し、なんとか二人に提案を受け入れてもらい……五人そろってのゴールという、奇妙な結果となった。
ちなみにこの結果は前代未聞らしい。
そしてゴールの際、間に挟まれていたファレリアだったのだが。
「仲良くゴール! みたいに周りが盛り上がってますけど私だけなんの成果も得られていないんですよ!! 私の意見も聞けってんです! みんなちょっと身長が私より高いからって人を引きずるみたいにぃッ!!」
その無表情っぷりからは思いもよらぬ声の張りと力強さで、お題の書かれたカードを地面にたたきつけていた。
見ればその内容は「好きな人」となかなかチャレンジャーな内容だったが、この様子を見るにその相手の下へ行く気満々であったらしい。
「あら、意外ね。あなた競技にそこまで熱心だったの?」
「そういうわけではありませんけど、あんな風にゴールしておきながら一人だけ敗者なの恥ずかしすぎません?」
「まあまあ。ファレリアはだいたいいつも恥ずかしい事になってるから、今さらだよ」
「フォ、マリーデルちゃんなんで今そんな追い打ちかけたんですか? ねえ。そりゃアルメラルダ様が拷問まがいの訓練仕掛けてくるからいつも見た目が恥ずかしい事になっているのは否定はできませんけどそれは私のせいではないんですよ!」
「まあ! 人の好意をあなたという子は……!」
「ぅぎゃああああ。また藪蛇った」
双子をそっちのけに目の前で行われる賑やかなやり取り。
いつも接しに行く時はだいたいマリーデルとアルメラルダが賑やかな中で一人黙っている事が多いように感じていたが、発する言葉は二人に負けないほど存在感がある。
そして。
「ああ、もう。いいですいいです。所詮私はそんなポジですよ。……まったく、仕方のない人たちですねぇ~」
((あ、笑った))
眉尻を下げた「やれやれ」感のあるものだったが、確かに笑った。
そういえば一年前に行われた決闘でも、マリーデルに勝った彼女は全身で喜びを表していたなと今さらながら思い出す。
「ねえ。これは推測なんだけど、僕らもしかして結構面白い人を見落としていた?」
「かもねぇ。でもそれは不愛想な彼女が悪いヨ」
「これは責任をとってもっと面白いところを見せてもらわなきゃかなァ」
「うんうん。ちょっとあの無表情、僕らでも崩してみたいよねェ」
勝手に無視して勝手に興味を持って。
ファレリアが知れば随分身勝手に感じる思考パターンを経て、彼らのその後は積極的に彼女にも関わるようになっていった。もちろんそこにはファレリア個人への興味よりも「気になる女の子と仲が良い」友人と仲良くなって損はない、という打算も含まれているのだが。
そしていざ関わってみると、自分達への扱いがだいぶ雑だった。というより、構いすぎて雑になられたといった方が正しい。
呼び方など最初は名前に様付けで丁寧に呼んでいたものが、今や「双子その一」と「双子その二」である。これだけでも酷いが、もっとひどいと「その一」「その二」まで略される。
そんな扱いだというのに、何気にこの女も双子を間違えることなく認識している。よくチラチラ髪色を見ているので微妙に違う色で認識しているかと思ったので、試しに髪を染めて色を入れ替えてみてもその時にはすでに感覚で覚えていたのか一発で言い当てられた。
今日も今日とて。
「ハロハロハロ~。ファレちゃんげんき~?」
「ワーォ、今日も見事に無表情! たまには僕らにも笑顔を見せてほしいな~」
「あ、その一とその二」
「双子、まで省略するのやめない? せめて双子その一、って言ってよ! 相変わらず容赦ないネ」
「まあ思ってたより愉快な人で、ボクらは楽しいけどサ」
略されるお返しとばかりに馴れ馴れしい呼び方をしてみるも、特に気にする風でもなく返されるので最近は「その一」と「その二」もあだ名の一種と思えてきている。
自分たちが抱えていた問題に光を示してくれた優しいマリーデルや、ある種の憧憬さえ覚える力強いアルメラルダ。
そんな二人に向ける感情とは違うものの……気安く話せるという点では、なかなかに貴重な人材だ。
これは学園祭からはじまった、一つの関係における裏側のお話。
+++++
【ダンスフロアの裏側で】(アラタ視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話②
秋。学園祭が近づいてきたことで学園の中がにわかに浮足立ってきた頃。
攻略対象達との好感度管理においては、学園祭という大きな行事はイベント管理の中でも重要だ。
そのため今日も今日とて打ち合わせをするために、隔離結界を使い密会場所を設けたアラタだったのだが……。
「アラタ……あのさ。ちょっとお願いが……その。あるん、だけど」
「お願い? 珍しいな。お前がそんな事を言うなんて。いいぞ! なんでも言ってみろ」
この少年……フォート・アリスティには、
もし何か望むことがあるのなら、報酬としてではなく純粋な労いという意味でアラタはそれを叶えてやりたいと思っている。普段は何も望まず、こちらの要望に応えてくれる勤勉な彼だからこそ、なおさらだ。
我慢強い上に何気にプライドも高く滅多に頼ってこないフォート。
さてどんなお願いだ!? と、アラタは内心上がったテンションを隠しながらその内容を待つ。
ちなみに今日、ファレリアは密会場所にいない。もしかすると彼女の前では頼みづらい男としてのなにか、がお願いだろうか。
「え……と」
「ん?」
珍しく歯切れが悪い。そんなに言いにくいお願いなのかと首をかしげる。
(任せろ! お兄さんはなんでも聞いてやるぞ!)
お願いされる側の方が期待のこもった眼差しを送っている事にアラタは気づいていない。フォートはそれに対しお願いの内容が内容でもあるため、妙なむずがゆさを感じるも……こちらが言い出したことなのだからと、ようやく口を開いた。
「……ダンスを教えてほしい。男性パートの」
「!!!!!!」
その瞬間、アラタの脳裏を電撃が走る。
"時期""イベント""年末パーティ"……それらが一瞬で繋がり、ひとつの"解"を導き出した。
「ああ! もちろんいいとも!」
食い気味の勢いで快諾したアラタだったが、自分で頼んできたくせにフォートは訝し気に目を細める。
「なんで、とか。聞かないの?」
(分からんはずがないだろう!!)
ぐっと拳を握る。
今現在……自分は推しカプの背中を押せる立場に居るのだ!
そうアラタは理解していた。
なんでも何もない。フォートが男性パートのダンスを覚えて誘いたい相手など、一人しかいないではないか。そのタイミングがあるかどうかは別として。
そもそもアラタに宣戦布告して、自分が例の少女を好いているのだとカミングアウトしてきたのはフォート自身である。
(落ち着け……! ここで浮ついた気持ちをこぼせばフォートが頼みにくくなる!)
猛るカプ厨の気持ちを抑えながら、アラタは落ち着いた声色を意識して答えた。
「……誰を誘いたいのか見当はついている。俺はな、これでもお前を応援しているんだ」
「……そう。……叶わないのに?」
「! それは……」
自嘲気味にこぼされた一言に言葉を失っていると、フォートは緩く首を横に振った。
「……お願いしておいて、こんな事を言ってごめん。今のは忘れて」
「……わかった」
「じゃあ、頼むよ」
「まかせろ!」
久しぶりに……それこそ前世ぶりに出来た推しカプ。
これまで気を張ってきた分、それを応援する気持ちはアラタ自身のモチベーションに繋がっていた。
しかしどうしたってこの世界は階級社会だ。
アラタが応援する彼らの間には身分差、というものが立ちふさがる。
それでも応援したい気持ちは本物で。
だから今は……せめてこの年頃の少年が、好きな女の子をダンスに誘うための手助けをしよう。
もちろんこの先の事もフォートが頑張ってくれている分、自分がどうにか出来ないか考えるつもりだが。
張り切り、決意をするアラタだったが……。
その少年が好きな女の子はアラタを好きなのだという事実は、すっかり頭からすっぽ抜けているのだった。
まず向けられている好意を疑い、毎日の褒めと告白に慣れたから、というのを加味しても……なかなかに残酷な男である。
「よし! じゃあまずは俺が手本を見せるからな!」
+++++
【小旅行の裏側で】(不良もどきと優等生視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話③
思っていたより豪快な人。
それが旅行という普段とは違った環境下で得た、マリーデル・アリスティに対する感想だった。
「いやぁ……見事に自然破壊しましたね……」
「ごめんなさい……」
現在ここは海岸沿いの洞窟近く。
その洞窟の入り口は巨大な岩盤で塞がっており、代わりとばかりに近くで大きく口を開けている真新しい大穴と破壊痕。
この大穴は白金の髪と赤い目を持つ少女の前で肩を落としている、亜麻色の髪の少女……マリーデル・アリスティが行ったものである。
どうしてこうなったかといえば、彼女と二人の男子生徒が洞窟に閉じ込められたから。正確には最初はマリーデルと一人の男子生徒だったのだが、気づいて助けに向かったもう一人が加わって二人になった。
しかし男子生徒側には脱出の手段はなく、どうしようか悩んでいた時。……手を挙げたのは星啓の魔女候補としてめきめきと実力を伸ばしているマリーデル・アリスティ。
マリーデルは脱出するために魔法を使い、洞窟の壁を掘削……破壊し、出口を作ったのだ。
すでにそのことに関しては処理や報告が終わっていたのだが。
せっかくだから洞窟の神秘的な光景を見に行かないか、とマリーデルがファレリアを誘いに来たため、所属するグループごと夜の鑑賞会と相成っているのが今である。
そしていざ来てみれば、洞窟の中より先に破壊痕のすさまじさに目を奪われてしまっていた。
「でもマリーデルがどうにかしてくれなきゃ、俺達どうなってたか分からないんで。勘弁してやってください」
そう彼女を擁護するのはマリーデルと同級生の少年で、不良じみた雰囲気に反して対する相手……上級生であるファレリアに接する態度は丁寧だ。
「別に責めてませんって。こうして本来は中に入らないと見られない魔法苔の光景を見させてもらっているわけですし」
「わたくしはそうはいきませんわよ。マリーデル・アリスティ。あとでたっっっっっっぷり、反省文を書いていただきますわ」
「はい……」
軽く許容してみせたファレリアと違い、もう一人の上級生……アルメラルダの対応は厳しい。もう三人の上級生はそれを遠巻きに見つつ、目の前の光景にきゃいきゃいと素直にはしゃいでいた。
それを優等生然とした雰囲気の少年が苦笑して眺めながらも、彼もまた素直な感動を覚えていた。
「ですが、本当に……こんなことでも無ければ、見られなかった光景ですね」
夜の海。
空には極々細い三日月が浮かび、普段控えめな他の星々たちが月光の代わりとばかりにさんざめき存在を主張している。
更には今宵、そんな空の夜会場を新たな客が彩っていた。
ふわり、ふわりと緩やかに舞い上がる金色に発光する綿毛のようなもの。
それが無数に視界を埋め尽くしている。
「魔法苔の空渡り。初めて見ました」
「繁殖時期と重なったみてぇだな。結果的に言えば、俺達と同じく閉じ込められてた魔法苔をマリーデルが解き放ってやったわけだ」
こいつ、粗暴な割に魔法生物学好きだよな……という視線を不良もどきに向けつつ、優等生が頷く。
普段はぶつかることが多いが、実のところ結構この男とは趣味がかぶっているのだ。
魔法苔、と呼ばれているものがある。しかし実際のところそれは植物ではなく魔法生物だ。
空気中の魔力を取り込み発光する極々微小な生物が暗い洞窟などに住み着き、それが輝く光景は非常に美しい。
しかし危険から身を守るため、彼らが住み着く洞窟は難所だ。普通は見ることが困難なのだが……現在はマリーデルが開けた大穴から、その神秘的な光景を望むことが出来ている。
更に言うなれば魔法苔の一部は宙を浮遊し、空へと舞い上がっていた。
空に浮かぶ星たちと相まって、まるで地上から生まれた星が天へと昇っているような光景である。
これは彼らが繁殖行動に移る時のもので、一生の内で唯一魔法苔がその身を動かす瞬間だ。
「みんな移動してしまうんですか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。……洞窟に残っている魔法苔は親ですね。もう移動を終えて、子を残した彼らはここを終の棲家とする」
「飛んでいった奴らはまだ子孫を残していない子供たちだな……です」
「へぇ~。二人とも詳しいんですね」
素直に感心しているのは素晴らしい美貌ながら、ほとんど表情が動かない人形のような伯爵令嬢。
しかし今回行動を共にしてみて、思っていた以上に軽い性格なのだなと感じている二人である。
現在魔法学園に在籍する生徒の内、一部が知見を広めるための学校主催の旅行に参加している。
その旅行の最中、組まれた上級生グループと下級生グループ。
色んな意味で目立つアルメラルダ・ミシア・エレクトリアがその中に居ると知った時は少々身構えたが、いざ旅行が始まってみれば次第に緊張はほぐれていった。
……というのも、珍しいものを見つけるとすぐにふらふら吸い寄せられるように歩いていくファレリア・ガランドール嬢を保護者のように窘めては連れ返す姿を見ていたからかもしれない。
ファレリアと同じくいつもアルメラルダの取り巻きをしている三人が「いつものこと」といった具合に見ていたので、普段からこうなのだろう。
保護者じみた公爵令嬢に、好奇心旺盛な子供のような伯爵令嬢。
遠くから見る分にはその鉄壁の表情に近寄りがたく感じていたが、共に行動する中で緊張はほぐれていた。
今回の旅行ではひそかに気にかけている相手……マリーデル・アリスティとの仲を深められたらと考えていたものの、思いがけぬ人物たちの新たな内面までも知ることが出来た。
旅行っていいものだな。
そんな月並みの感想を抱きながら、彼らはこの神秘的な光景を楽しむのだった。
+++++
【職員室の裏側で】(教師コンビ視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話④
「おや。彼女、今日もとても頑張っているようですね~」
職員室の中からふと見えた光景に、灰色の髪をした青年がのほほんと呟く。若い見た目のため学生にも見えなくはないが、これでも教師だ。
それを聞いて他の教員たちが何かを言いたそうに口を開きかけるが、大半が考えあぐねて口をつぐむ。
……その中で遠慮なく口を開いた男が居た。
「ああ、ガランドールかね? 相変わらず公爵令嬢の訓練は厳しいようだな」
緑色の鬱陶しいほどに長い髪を雑にくくった男が、資料の束をどさっと机に置きながら述べる。
特別教諭という普通の教員とは異なった立場を持つこの男は普段自分のテリトリーである研究塔にこもりっぱなしだが、今日はこれを届けるためか珍しくこちらへ出向いたようだ。
その視線は青年教諭と同じく窓の外……竜巻のような風魔法の中に居ながら、無表情で粛々とアルメラルダ・ミシア・エレクトリアに付き従う少女、ファレリア・ガランドールの姿。
美しい白金の髪が鳥の巣を通り越して夏の空に鎮座する積乱雲のような有様となっていたり、胸元に下げられた「只今魔法訓練中」の板が暴風に煽られて今にも壊れそうであるが……その表情は微動だにしない。鉄壁である。
「耐えている彼女もすごいですが、アルメラルダさんも相変わらず素晴らしい魔法を使うなぁと感心してしまいます。周囲に一切影響を出さず、ファレリアさん個人にのみ法式が適応されている。非常に繊細な魔法ですね」
「…………。俺が言うのもなんだが、あの状態に関して言う事はないのか?」
「? 熱心な訓練だなぁと……」
「…………。お前のそう言うところ、俺は結構好ましく思っているぞ」
「おや、それは嬉しいですねぇ」
のほほん。のほほん。そんな擬音を飛ばしていそうなこの若き教員は、生徒の事をよく見ているくせに変なところで鈍感である。
大物なのか繕っているのか、なかなかに判断の難しいところだと特別教諭は心の中で唸った。
「あ、マリーデルさん」
青年の声に視線を戻せば、アルメラルダをどついて魔法を解除させているマリーデルの姿。その後なにやらファレリア・ガランドールを挟んでアルメラルダときゃんきゃん言い争っているようだが、自クラス生徒の姿に青年はほにゃりと表情を緩める。
「優しいですよねぇ、マリーデルさん。訓練と言っても、友人のことが心配だったのでしょう。ふふっ、そういう僕もこの間ですね。彼女に心配してもらって、手伝ってもらったりしましてね。相手が誰であっても、年齢や立場に関係なく人自身を見て気遣い、行動できる子です。素敵ですね」
「一人の生徒をそんなに持ち上げてよいものか?」
「あははっ。もう、いじわる言わないでください。もちろん僕は僕の生徒がみんな大好きですよ? でもどうやら僕も星啓の魔女の補佐官候補らしいので。だから先生、という立場を抜きにして……少しくらい個人の感想をこぼしたって許されますよ。ちょっと贔屓気味でもね」
「ひとつ聞くが、それは俺への牽制も兼ねているのかね?」
「? それはちょっと分からないのですけど……牽制、とは?」
「いや、いい。気にするな」
なかなか食えない男だな、と考えつつ。
青年教諭と特別教諭は、現在学園の注目を最も集める女生徒三人の姦しいさまを呑気に眺めるのだった。
+++++
【生徒会の裏側で】(生徒会長視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話⑤
「マリーデルって、なにが好き?」
「なに、とは具体的にはなんですか」
「んー……料理の付け合わせ、とか?」
「そこは単純に好きな料理とかでいいのでは? 何故付け合わせに絞ったんですか」
「質問、してるのはこっち……さっきから、きかれてばっかり……」
「あなた様が微妙で曖昧な質問ばかりするからですよ。というかそもそもですね? 私に聞かないで本人に聞けばよいのです」
「ちょっと……はずかしい、から」
「いきなり可愛いのやめてくれます?」
「あらら……」
探していた人物が最近よく懐いている少女にダルがらみしているのを見つけると、青年はため息をつきながらそれを引き剥がした。
「おいおい、またか? ったく」
「助かります、会長」
「いつもごめんなぁ」
無表情ながらほっとしたような雰囲気。反して回収したピンク髪は不満そうだ。
頼むから後輩に迷惑をかけないでほしい。
「別に、迷惑かけてるわけじゃない……」
「かけてるだろ。助かるって言ってただろ」
「ファレリア……心、せまい……」
「自然に人のせいにしてきますよね、この人」
生徒会長を務める青年は、同じ生徒会役員であるピンク髪がこの無表情の令嬢にそこそこ懐いているのは察している。令嬢側も迷惑そうにしながらもなかなかに甘いのは、律儀に質問に答えていることからうかがい知れていた。
このピンク髪が現在最も懐いているのは庶民の出でありながらその特異な資質と元来の勤勉さで注目を集めるマリーデル・アリスティだが、直接彼女と接するのが恥ずかしいのかよく間にこの少女を挟もうとする。
少女……ファレリアはもともとアルメラルダの取り巻きだが、最近はよくマリーデルとも行動を共にしているのだ。
「あら、会長ではありませんの」
「やっ、アルメラルダ」
すぐ真横の資料室から出て来た同じ生徒会役員でもある少女に、青年は片手をあげて挨拶する。
珍しくファレリアが一人で居ると思ったら、資料室に入っていたアルメラルダを待っていただけらしい。
「頼んでいた仕事に関しての資料か? 悪いな。運ぶの手伝う」
「ふふっ。それでは頼まれた意味がないではありませんの。会長には別の仕事がおありでしょう? どうぞ、お気になさらず」
「そうか……助かる」
一部からはそのきつい性格から恐れられ、嫌われることもあるこの公爵令嬢。しかしその実、性格はひどく真面目だ。生徒会という同一の組織で仕事をした者は皆、それを理解しているだろう。
最近アルメラルダの推薦で入ったマリーデル・アリスティも同じくだ。
アルメラルダとマリーデル。
どちらが次代の星啓の魔女として選ばれるのかはまだ分からないが、彼女らの人となりと実力を知る青年としてはどちらが選ばれてもこの国は安泰だろうと考えている。
(俺はちょっとばかし、マリーデルよりアルメラルダを推しているがな)
そうクスリと笑い、青年はピンク髪の同僚を引きずって生徒会室へと戻るのだった。
「改めて見ると会長って色男奔放キャラがあのピンク髪に完全に封殺されてますね……面倒見の良さしか無いというか、保護者。お母さんかな?」
「? なにを言っていますのファレリア」
「いえ、なんでもないッス」
戻る途中、不本意な噂話でくしゃみをしたのはご愛嬌。
+++++
【演者たちの裏側で】(青髪童顔、演劇部ナルシスト視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話⑥
愛してほしかった。見てほしかった。
だから人から愛を向けられるよう演じ続けて、いつかそれは本当になった。
そうしたら自分の事も大好きになって、もっと愛されるようになった。
その時彼は自分を愛すれば人から愛され、人を愛すれば自分も愛せるのだと知ったのだ。
愛の永久機関。
それを胸に抱く彼は今日も他者に愛を振りまく。
自分を愛するために。他人を愛するために。
それはちっぽけな人間のほんのわずかな歴史に刻まれた、確固たる信念。
「なんだってマリーデルは、あんな女ばかりを気にかけて……。もっと僕との時間を大切にしてほしいんだよねまったく……」
「…………」
誰も居ないと思っているのか、普段は甘い仮面の下に隠された本音を親指の爪を噛みながらぶちぶちと呟いている少年。
それを眺めながら「おやおや、髪だけでなく君は中身も青いなぁ」と艶やかな茶髪を指に絡めつつ笑った彼に、少年はビクッと跳ね上がった。
「え、あ、先輩!?」
「そんなに驚かなくても。ここは僕の領域、劇場だよ? それより爪を噛むのはやめたまえ。せっかく綺麗に整えているのに」
素直な驚きっぷりにくすくす笑えばバツの悪そうな顔をされる。
誰も居ないだろうと普段使われない劇場裏の小道具置き場で愚痴を吐き出していた少年だが、演劇部の部長であるこの先輩が居るのは本人が言う通りまったくおかしい事ではない。
「で? なにか悩みかな。それならこの僕に相談するといい! スターたる僕が……そう、この僕が! 君の導き手となってあげようじゃあないか!」
「結構です」
「ううんっ、冷たいねぇ! クールで青いのは髪色とお尻だけにしておきたまえ」
「誰のケツが青いってんですか!」
「おっと、ケツとはお上品じゃないな。貴族たるもの常に高貴でなければ」
「く……っ」
とはいえこの少年は見目に反して育ちはなかなか野性味あふれるものだったことは知っている。
彼の父はこの国の将軍なのだが、よく幼いころから演習について回っていたのだとか。そこで培われた強かさは肉体的にも性格的にもかなりのもので、幼げで愛らしい顔立ちに騙され痛い目を見た者も多い。
しかしそんな彼も年頃らしく、現在春真っ盛りらしい。
「マリーデルくんに構ってもらえず寂しいのは分かるが、ファレリアくんは悪くない。無垢でいとけない少女への嫉妬はよろしくないなぁ。よろしくないとも」
「まだ何も言ってないんですけど!」
「言わずともわかるさ! それで? 君は彼女のどんなところに嫉妬する。話せば気が楽になるかもしれないよ」
「~~~~。別に、僕は……」
「ふむ。では僕が当ててさしあげよう! そうだなぁ……。もしかして、先日君がマリーデルくんにもらって喜んでいた焼き菓子のこととか?」
「なんっ」
「ファレリアくんにマリーデルくんと共に作ったと聞いたからね。ちなみに僕ももらったよ」
余談であるが、この場合の「もらった」は、たまたま焼き菓子を手に劇場近くを歩いていたファレリアに「とても美味しそうだね!」と笑顔の圧でせびったことを指す。本人にその自覚は無いが。
「あー! もう、そうですよ! 女性同士の友情に口を出すのがみみっちいことだとは分かってますけど! ここ一年、マリーデルはあの無表情女につきっきりじゃないですか! なんだってあんな女! 僕と居た方が絶対楽しいのに!」
いっそ清々しいほどにまっすぐな「愛してほしい」を叫ぶ少年を見て懐かしさに目を細める。
幼い頃、自分にもこんな時があったな、と。
「なら君からもっとたくさんの愛をマリーデルくんに伝える事だね」
「やれるものならやってるよ! だけどいつもいつもファレリア・ガランドールの近くにべったりで……ああ、もう!」
「ははっ、難儀だねぇ! では伝える愛をもっと広げよう。マリーデルくんだけでなく、ファレリアくんにも愛を持つのさ。もちろんマリーデルくんへ向ける恋心とは別の、友愛……というね。それが出来れば君は男としてもっと立派になれるだろう! 度量の広さは魅力だからね!」
「ええ……? ッ、というか、こここここ恋心って」
「そこは今さら隠すところではないだろう?」
「ぐ……っ」
腹の底が黒い割にまだまだ経験が浅いんだよなぁと微笑ましく眺めながら、ぴっと指を立ててみせる。
「これは僕の持論でね。自分を愛し他者を愛すれば愛は必ず返ってくる!」
「そんな綺麗ごと……」
「体現者である僕を目の前に、それを言うのかい?」
胸を張って学園内で向けられる羨望の一角を成すその姿を主張して見せれば、青髪の少年はぐっと言葉に詰まる。
よくナルシストと称される演劇部の部長だが、そんな蔑称ともとれる言葉の内にも……口にする者からの友愛が込められているのだ。それを少年も良く知っている。
……勢いに呑まれたからとはいえ、こんな話をしてしまう程度の信頼は置いている相手なのだから。
それを確認し少し誇らし気にした後、自称スターはくるりと回って髪をかきあげる。
「……まっ、恋敵にアドバイスするのはこの辺にしておこうかな? 僕とて望む愛を手に入れるため地道に友好を深めているところだからね」
「……は?」
「あれだけ魅力的な少女を好いているのが君だけだとでも? ふふっ。マリーデルくんの愛を手に入れるためなら、僕は恋敵たちにも愛を送るのさ。……ああ、でも。アルメラルダくんの新たな魅力も知ってしまったしねぇ。う~ん、愛を送りたい魅力的な女性が多すぎるよ」
「そんなフラフラした気持ちならマリーデルにはちょっかいかけないでくれません!?」
「蝶とは芳しい花々に惹かれてしまうものさ。あははっ」
パチっとウインクをきめながら、噛みついてくる子犬をいなす。
これはとある日の、劇場裏の騒がしい一幕。
+++++
【茶会場の裏側で】(第一王子、第二王子視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話⑦
『今日からこの男がお前の護衛を務める魔法騎士だ』
『アラタ・クランケリッツと申します』
そう紹介された青年が自身の前で跪いて数年。
現在護衛の任務を務めているのは別の人間である。
「アラタはうまくやっているようだな。……ふふっ、始めのうちは心配だったが」
「ははっ、そうですね」
赤髪が特徴的なこの国の王子達。彼らが笑い合い眺める視線の先には大小四人の人影がこちらに気付かぬまま歩いている。
それもそのはず。まず距離が遠いのだ。
ここは学園の二階テラスに設けられた茶会場であり、現在は王族兄弟の貸し切りとなっていた。
「融通の利かない堅物のアラタが女生徒とやっていけるのかと案じましたが……」
「なんだかんだ優秀だな、彼は。適度に気配を消して馴染みつつ護衛の眼を光らせている」
「あの距離でそれが出来るのは逆に凄いけれどね」
四人の中でもっとも背が高くガタイが違う男は生徒ではない。女生徒の護衛を務める魔法騎士である。
王都から遠く離れた国境近くの辺境伯の五男であり、身を立てるために単身王都へとやってきた彼は数年で多くの功績をあげ第一王子の目に留まるまでとなった。
…………そんな優秀な人物であるが、一年前何者かに操られ事件の渦中となった男でもある。
現在はその贖罪をするため、本来の護衛対象から離れ二人の少女の護衛を命じられていた。
そんなわけで少女らと行動を共にしているのだが……。
「距離……うむ。確かに、近いな」
遠目にも分かる。本来護衛対象の斜め後ろで距離を取り警戒をするはずなのだが、見たところ四人はほぼ横並びだ。
「正確に言うとファレリア嬢、かな」
第二王子が述べた通り、真ん中にいる一番小さな人間……遠目でも日に照らされた白金の髪の毛はよく目立ち、それが誰だかよくわかる。
ファレリア・ガランドール伯爵令嬢。その彼女が距離を取り後ろに下がろうとするアラタを捕まえては前に戻すため、アラタは望む距離感を保てない様子だ。
「なんというか……彼女は思っていたより図太……豪胆なのだな。操られていたとはいえ自分を殺そうとした相手に、ああも近づくことができるとは」
感心したように述べるのは第一王子。
……アラタに護衛を命じた時、正直初めは護衛対象に断られるものだと思っていた。
アルメラルダはともかく、マリーデルが渡した魔法護符が無ければ死んでいたはずのファレリアが怯えて断ると予想していたのだ。
だがファレリアは襲われた事実をあっさり許したうえで、その人間がすぐそばに……それも毎日居ることを受け入れた。
さらには自ら積極的に近づいていく有様である。
「…………。ふむ、そうですね。彼女はアラタの事が以前から好きだったらしいので、だからでは?」
「そういえば例の決闘はアルメラルダが彼女にアラタが相応しいか試すために仕掛けたのだったか」
決闘。それも事件と同じく一年前のこと。
アルメラルダが生徒以外の人間に決闘を挑み、更にはファレリアとマリーデルの決闘まで組んで前代未聞の同時開催決闘となったのである。
「しかし好意を寄せていた相手ならばなおさらだろう。頭で理解しても心が深い傷を負い、拒絶反応を見せるのが普通に思えるが。深窓の令嬢である彼女ならなおさらな」
深窓の令嬢。
もし彼女をよく知る者が聞けば「合っている。合っているんだけど違う……!」という評価を出したかもしれない。
「ああ……。過剰に反応していたのはアラタの方でしたね」
「しばらくファレリア嬢に触れられると、腰を抜かしたり怯えて後ずさったりしていたからな。今では慣れたようだが……いや、慣れさせられたと言うべきか。豪胆で……なかなか食えないご令嬢だ」
目を細めて思案する様子の第一王子に、第二王子は朗らかに笑いかける。
「ともかく、私たちは引き続き犯人を捜しましょう! 今の護衛に不満があるわけではないのですが、やはりアラタがそばに居ないとものたりない。解決をして、早く戻ってきてもらいたいものです」
「……そうだな。彼女達にも早く心からの平穏を与えてやろう」
頷きあうと二人の王子は優雅に紅茶を嗜んだ。
【ハッピーエンドのそのあとで①】(フォートとアルメラルダ)※時系列:本編後のおまけ話
それは魔法学園での大きな騒動から数日後の事。
可憐な声による非常にやりきれなさのこもった悲鳴とも怒声ともとれる声が、学園女子寮の一角にて響き渡っていた。
「なんっっっっっっで!! 僕は! 未だに! この姿のままで! 学園に通わなくちゃいけないんだよ!!」
そう言ってすでに穿き慣れたはずのスカートの裾を不服そうに広げながら騒ぎ立てるのは、マリーデル・アリスティ……ではなく、名前と性別を偽って魔法学園に通っていた少年、フォート・アリスティ。
そんな彼に相対するのは優雅に椅子に腰かけ、扇で口元を隠しながら愉快そうな笑みを浮かべる公爵令嬢アルメラルダ・ミシア・アレクトリアである。
「当然でしょう? 星啓の魔女候補が男だったなどと、これ以上知られるわけにいきませんもの。貴方にはこのまま"マリーデル"として卒業まで過ごしてもらいます。当然、わたくしとの定期的な競い合いも継続でしてよ。そして晴れて卒業した後……良い感じに取り計らって"才気あふれるマリーデルの弟"として補佐官となるべく再入学なりなんなりしていただきますわ」
「肝心なところふわっとしてない? 大丈夫?」
「失礼ですわね! 貴方が思っているよりも今回の出来事が及ぼす影響は複雑なの。故に色々と調整が必要ですのよ! 現段階で詰めていくことは多くありますわ。取り急ぎ必要だった貴方の今後の振る舞いについてを先んじて決めて差し上げたことに感謝をするのね!」
「感謝……。いや、まあ、するけどさ……うん……」
「その割に歯切れが悪いわね? ……いいこと? 此度の事情を知る人間は殿下を始め地位ある方々ですわ。現星啓の魔女様や国王様もご存知です。いくらでも捏造や偽装ができますわよ。だから安心してそのまま女装していなさいな」
「言葉の選び方」
「フンッ。物わかりの悪いお馬鹿さんにも分かる言い回しをしてあげている事にも気づかないなんて、憐れね。この調子ではファレリアの婿に相応しくなれるまでに何年かかることかしらァ?」
「…………。ねえ、もしかして僕とファレリアが結婚するまでの期間を長くするために再入学させたりしようとしてない?」
フォートの言葉に一瞬アルメラルダの動きが止まる。
「…………妙な言いがかりはよしていただきたいですわね!」
「じゃあ今の間はなんだよ」
「貴方の失礼な口調に対する怒りを鎮めるために深呼吸していただけですわ」
「ふぅん?」
ジト目でアルメラルダを見つめるフォートだったが、これ以上追及してもこの意地っ張りなお嬢様は認めないだろうなと嘆息して諦める。
これは数年後、星啓の魔女と異例の庶民出補佐官のやり取りとして多く見られる光景だとかなんだとか。
【ハッピーエンドのそのあとで②】(ファレリアとアラタ)※時系列:本編後のおまけ話
「は?」
その眼光は飢えに飢えて水分まで失い、体が干物と化した猛獣が得物を前にした時のそれを思わせた。
「え、なに、は? もう一回言って?」
「え、え~と。ですからね? アラタさんは転生特典って、なにかあったのかな~って」
「違う俺が聞きたいのはそれじゃなくて……!」
「……『ちなみに私は前世の記憶を4D形式で閲覧できるってものなんですけど』」
先ほど口にしたセリフをそのまま繰り返せば、アラタさんが膝から崩れ落ちた。
「アラタさん!?」
崩れてそのまま潰れたカエルの様に床へ倒れ伏したアラタさんに慌てて駆け寄る。
事の発端は何気ない世間話。
お互い同じ世界からの転生者という事で話題には事欠かず、気兼ねもしないので全てが終わってからもよくこうして話す機会は多いのだ。アラタさんが正式にアルメラルダ様の護衛になったというのもあるしね。休憩中にちょこっとお邪魔すればすぐに話せる便利な距離である。
でもってその中で「アラタさんの転生特典もやっぱり記憶系です? じゃなきゃイベントもろもろあんなに詳しく覚えてませんよねー」とかなんとか、そういう話題になったのよ。そういえば転生話につきものの特典について話したことなかったなぁって、ほんの軽い気持ちで。
そしたらこの有様である。この様子を見れば彼の特典は「無い」もしくは「別の物」だったことを察するのは容易なわけで……。
私の前世がライト勢なばかりにこの世界においての重要なイベントが全部記録されていないためスッカスカの攻略本だったのだけど、もしそれがアラタさんに与えられた能力であるならばどれだけ有効活用されていただろうか。
そう考えるとアラタさんのこの魂が抜けたような様子にも納得ができる。
あの、なんかすみません……豚に真珠みたいなやつに有用な転生特典与えられてて……。
潰れたアラタさんを前にどう声をかけたものかと考えあぐねる。
しかしその心配は数秒後、別のものに置き換わった。
「…………たのむ」
「え?」
絞り出すような声だった。
確認するため床につっぷしたアラタさんの側に耳を寄せると、次の瞬間バネ仕掛けの人形のように飛び起きたアラタさんに両手を握られていた。
「頼む!! お願いだ!! あの世界の小説とか漫画とかそこから書き写して俺に読ませてくれ金なら払う!!」
「断る」
「なんで!?」
お願いされた瞬間、反射的に断っていた。だって……。
「著作権とか……」
「それ関係ある!? 異世界転生しておいて今さら関係ある!?」
「でも心情的に作者様に申し訳ないしこの世界においてあの名作達を初降臨させる手段がクソみたいな自分の手でってヤダくないですか!?」
「急な自虐! いや、言わんとしていることは分かる気もするけど……!」
「でしょ? わかるでしょ? あと小説なら文字だからギリいけるとしても漫画。……だめでしょ! 模写しきれる自信もないしあの神作画達をど素人のウンコみたいな絵で世に送り出しちゃ!!」
「めっちゃ分かるけど俺はもう一度あの作品たちを目に出来るなら悪魔に魂を売ったっていいんだが!?」
「この間まで冥王相手に奮闘してた奴の発言じゃねぇですね! まあ分かりますけど!!」
「分かるなら!! 頼むよ!! 読ませてくれよ!! 後生だから!! なんだったら俺が作画を勉強して清書するから!!」
「だーめーでーす!! 私が納得できません~!」
「ずるいずるいずるい! 自分だけ楽しんで! なあほんっと頼むってば!! 個人で! 個人で楽しむだけだから!! それで救われる命があるんです!!」
その後、お互いが納得できるところまで話を詰めるのに三日かかりました。