【完結】悪役令嬢に好かれたばかりに自分の恋愛がハードモードになった取り巻きのお話   作:丸焼きどらごん

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三話 同類encount~なんだかんだ恋はトラップだと思う

 マリーデル・アリスティ。

 それは現在、魔法学園で最も注目を集めている者の名である。

 

 何しろ平民から初めて出た"星啓の魔女"候補。

 星啓の魔女とはこの国の平和を保つためひどく重要な役割であり、そのことは子供でも知っている。

 数十年に一度代替わりをするのだが、その資質は極めて貴重だ。代替わりする世代にその素質を持つ者は一人か、多くて二人。

 現在は"多い"方の二人の素質保有者が魔法学園に在籍している。

 

 その一人がマリーデルであり、もう一人は我らがアルメラルダ様。

 魔法学園ではこれから数年。その資質が見極められ、次世代の星啓の魔女が決まるのだ。

 

 しかし私にとってマリーデルの存在は別の意味でも大きい。

 それは彼女が「原作主人公」だからだ。

 

 

 先の説明はまんまゲームの主目的。

 

 魔法学園で学びながらライバルと競い、魔女の補佐官となる男性と絆を紡いで恋愛しよう! というのが私の知る物語の概要である。

 

 

 

 

 ぴょこぴょこ跳ねて飛び出している亜麻色の癖毛を、二本に分けて大きな三つ編みにしている青い目の少女。

 ゲーム作中では最初その姿は野暮ったいと称されるのだが、プレイヤーから見たら最初から美少女だ。

 

 ステータスをあげる事でどんどん綺麗になったり、他のキャラクターがその魅力に気づいたりするのが仕様なんだけど……。

 どう見たってそのままで可愛いし、なんならステータス上げる前のちょっと野暮ったい方が味あって良いまである。

 まあこの辺もまた仕様よね。

 プレイヤーとしては「ま、その子の可愛さを俺は最初から分かってたけどね」と作中の攻略キャラクターの誰よりも先んじて理解し後方腕組み彼氏面が出来るので良い。

 

 

 

 

 

 そして件の原作主人公マリーデルなのだが、現在泥水にまみれながら地面に膝をついていた。

 

 

 

 

 ボリュームのあるふわふわの三つ編みも濡れてしぼみ、ぽたぽたと土色の水を滴らせている。

 その前にはこれでもかと悪辣な笑みを浮かべてマリーデルを見下ろすアルメラルダ様。

 

 虐めの現場ですね分かります。

 

 しかしアルメラルダ様をそこそこ悪役令嬢までに留めるため、ある程度その悪行を防ごうとしていた私ことファレリア・ガランドール。

 申し訳ないが今余裕が無い。現状を把握するまでが精いっぱいだ。

 

「あら、失礼? 魔法の練習をしていたのだけれど、そんなところにいらっしゃるだなんて思わなかったわ。地を這って餌でも探していたのかしら」

 

 嘘つけ。わざわざ彼女を呼び出して滝のような勢いで泥水ぶっかけたくせに。

 どこの大瀑布? って音がしたし、なんなら余波で周りの樹の幹がへし折れて押し倒されているからな。あんなの押しつぶされて膝もつく。

 ……むしろあの勢いをその程度で耐えたマリーデルちゃん、すごいわね? 私だったら地面にめり込む自信がある。

 どうしよう。そう考えると膝をついてるだけの姿が、バトル漫画で敵の猛攻を耐えきった後のように見えて悲壮感を感じない。超カッケーですわ……。

 

 疑問として、原作でここまで強力な魔法で虐めてたか? というものが残るんだけども。

 アルメラルダ様やっぱり蛮族だよ。

 

「ああでも、豚は泥で体を洗うのでしょう? せっかくですし、そのまま体を清めてはいかがかしら。そうすれば少しはこの学園に相応しくない汚臭も消せるのでなくて」

 

 つらつら隠しもしない嫌味を述べるアルメラルダ様を困惑したように見上げるマリーデル。

 ゲームだとこの場面では現時点で一番好感度の高い攻略対象が助けに来るはずだが……。

 

 

 その前に彼女は、私を見てからアルメラルダ様に問いかけた。

 

 

「あの……。ところで、そちらの方は大丈夫ですか?」

 

(よく言ってくれた!! 自分が大変な時に、よく言ってくれた!! 流石原作主人公だ!! 圧倒的光属性!!)

 

 口を開けないながらも感動する私を尻目に、アルメラルダ様は憤慨したように腰に手をあてて胸を張った。

 

「まあ! 他人の事を気にかける余裕があるだなんて、図太さだけは一級品のご様子ね。雑草のようだわ。褒めて差し上げてよ」

「いや、気になるでしょ!! その人溺れてない!?」

 

 はい。

 

「フンッ、これだから庶民は。この高貴かつ高度な魔法訓練が理解できないだなんて。その前に字も読めないのかしら? ここに書いてあるでしょう。「只今魔法訓練中」ですと」

「訓練!? 拷問の間違いでなく!?」

(この子気持ちいい~。言いたいこと全部言ってくれる~)

 

 感動してしまう。

 彼女よりずっと付き合いの長い他の取り巻き連中は見ないふりしてるのに。

 

 大人しそうな外見と裏腹に元気よく驚愕の声をあげるマリーデルちゃんであったが、それもそのはず。

 現在アルメラルダ様の真横に居る私なのだが、何故だか虐め対象以上に虐められている状態にある。我ながら自分で言っててちょっとよくわからない。

 

 アルメラルダ様曰く訓練らしいのだけど、無茶言わないでほしい。

 マリーデルちゃんが言うように溺れる寸前なんだよなぁ! 陸地で!!

 

「ごばごばごばごばごばっ」

 

 私が今どんな状態かって、顔周りを金魚鉢程度の水球で覆われていたりする。

 更にはアルメラルダ様お手製の「只今魔法訓練中」のプラカード的な物を首からぶら下げていますね。

 

 訓練中、じゃないんですよ。とんださらし者だよ。

 

 これが朝からずっと続いており、授業中も移動中も常にこの状態。もし他人事であれば「イカレてんのか?」って目で見る。

 ただ悲しいかな。この程度はアルメラルダ様との七年の付き合いの中では普通の方。

 慣れるわけ無いし普通に苦しいんですけどねぇ!! ほほほ!!

 

 

 他の取り巻き連中はマリーデルを虐めるアルメラルダ様と一緒にクスクス笑っていたんだけど、明らかに私から目をそらして冷や汗を浮かべている。

 現実から目を背けるの、やめない? もう意気揚々と虐めに集中できてるのアルメラルダ様だけだよ。

 

「ほらぁ! ほらぁぁぁあッ! やっぱり溺れてる! 死んじゃいますよ!? 早くその魔法を解除してあげてください!」

「はぁ……。これだから低俗な仔豚さんは困りますわ。これがいかに洗練された魔法の上に成り立つ訓練か……」

「高度なのは分かりますけども! こんな綺麗な水球を乱れさせもせず保つなんて見たことありません!」

 

 そこは褒めるんだ!?

 

「……! ふん。貴女のような方に褒められても嬉しくありませんわ」

 

 嘘。ちょっと嬉しがったでしょアルメラルダ様。

 あなた基本的に褒められるの大好きなんだから。

 

「……ともかく! これは魔力を高めるための訓練なのです。いいこと? この水球は本物の水ではなく、わたくしが召喚した水の魔力で出来ています。この中で空気を取り込むにはその魔力を分解し、外部への空気路を構築しなければならないわ。そのためには繊細な魔力操作が必要であり、加えて常に空気路構築用の魔力を放出し続ける必要もある」

「な……っ」

 

 ……。あ、あの。マリーデルちゃん?

 なんでそんな感銘をうけた! みたいな顔してるのかしら?

 

「……つまり日常の中で、常に極限の状態を作り出している……!?」

「あら。少しは理解できたようね?」

 

 アルメラルダ様も理解できたようね、じゃないんですよ。受けてる私が納得できてないよ。

 いや説明はされたけどね? 理解と納得は常にセットではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 何故私がこんなことになったのか。

 時間は少し遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくて? 貴女に相応しい相手はわたくしが選びます」

「え……。……え!?」

 

 私が第二王子に恋をしていると勘違いしたらしいアルメラルダ様だったが、それにしては奇妙なことを言い出したので私はただただ困惑する。

 私ごときが王子に気を向けるとは烏滸がましいとか、わきまえろとか、そういう話でなく?

 

 ……もう一度、記憶の図書館引きこもっていいかしら。頑張れば目を開けたまま二画面表示で行ける。日常系アニメ見て癒されたい。

 しかし私が二画面を用意する前にアルメラルダ様のお叱りが飛んできた。

 

「ですが! ファレリア。貴方にも努力をしていただきますわよ。なんですの!? 二年、いえ七年もわたくしの側で学んでおきながらあの成績は!!」

「ちゅ、中間くらいですよ。そんなに悪く無くないですか?」

「何故! 上位を! 目指さないのかと! 聞いているのです!! 貴女がそれではわたくしの格まで落ちてしまうというものですわ!」

 

 その場にいた他の取り巻き達がさっと目をそらした。

 ……お、おう。だいたいみんな私と同じくらいの成績だもんな。何で私だけ言われるんですか

 ふ、不公平。

 

「ともかく! 素晴らしい結婚相手を選んでさしあげるのだから、貴女もその相手に相応しい淑女たるべく努力なさい。……今まで甘やかしすぎましたわね」

 

 甘やかされた事なんて一度もないが!?

 

(こ、このままでは何か駄目な気がする……)

 

 ひしひしと嫌な予感がした私は笑みを浮かべ、アルメラルダ様を刺激しないように言葉を選ぶ。

 どうにか誤魔化してこの場をやり過ごさなければ。

 

「あの、アルメラルダ様? 私の努力が足りなかったことは認めますし、恥ずかしく思います。ですからこれからは心を入れ替えて……」

「安心なさい。わたくしが責任を持ってあなたを導き鍛えます」

 

 そんなお気遣いはいりませんけど!?

 努力すればいいんでしょ、努力すれば。だけどアルメラルダ様に口を出されたらセットで手と足までお出しされてくることは必至じゃないですか。

 私は口元を引きつらせる。

 

「そんな。アルメラルダ様のお手を煩わせるわけには……」

「まあ、遠慮しなくていいのよファレリア。わたくしと貴女の仲でしょう? ふふっ。何も心配することは無いわ。入学前のお遊びと同じよ」

 

 女神のような笑顔で悪魔のような死刑宣告されたんだが?

 

 入学前のお遊びって、あれでしょ。

 魔法学園入学前の一年くらいありえないほど痛めつけられたやつでしょ……?

 入学してからアルメラルダ様の過激な虐めもだんだんとなりを潜めて、二年経ってようやく落ち着いたと思ってたのに……!

 

 ごめん、マリーデルちゃん。

 

 私にアルメラルダ様をそこそこ悪役令嬢に留めておく力は無いかもしれねぇ。

 まず自分の身を守らないといけなくなったからよ……。

 すまねぇですわ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、アルメラルダ様の訓練という名の私虐めがリスタートした数日前。

 ものの見事に余裕が無くなって現在に至るというわけだ。

 

 実際入学前も今も「訓練」と称するだけあって、アルメラルダ様のおかげでグングン魔法力は高まっている。

 でも私としては卒業できる程度の力があればいいので、もうこの辺で勘弁してほしい。

 

 そもそも「淑女たれ」と始めた特訓にしてはおかしいだろ。

 淑女どころか常に水死体寸前の人にお見せ出来ない顔を晒しながら校内闊歩してるんですが???

 アルメラルダ様は私をどんな方向性に向かわせたいのかしら。

 

 幸か不幸か私はどうも表情筋が死んでいるらしく、アルメラルダ様に取り入るための笑み以外では表情が乏しい。結果あまり無様な顔とはなっていないようなのだけど……。

 それはそれで無表情で溺れてる女、怖くないか。私だったらドン引く。

 

 だけど公爵令嬢かつ星啓の魔女候補としてのアルメラルダ様の威光は学園内で凄まじく、なかなか疑問を呈し口出しできる者はいない。

 教師たちすら「うわ」って顔しながらも訓練と断言されていることもあり黙って見ているのだ。

 

 

 

 その中で「それはおかしい」と声をあげてくれたのは、マリーデルちゃんが初めてである。

 

 

 

「ごばごばごば」

「……ッ。ああ、もう!」

 

 気にかけてもらえたことに感動しながらも、もうこれアルメラルダ様の近くに居る限りしょうがねぇよと諦念に染まっていた私。

 しかし目の前の彼女は違ったようだ。

 

「ていっ!」

「きゃぁ!?」

「アルメラルダ様!?」

 

 可愛らしい掛け声とアルメラルダ様の悲鳴、他取り巻きがアルメラルダ様を呼ぶ声。

 それを耳にする中、数時間ぶりに水のフィルターが解除された。

 

「ぷはっ」

「こっち!」

「えっ」

 

 ぐいっと腕を引かれたと思ったら、私はマリーデルちゃんに腕を引かれて駆けだしていた。

 ちらと後ろを見れば尻もちをついて目を白黒させているアルメラルダ様。

 

 ……この子、アルメラルダ様をどついて魔法を解除させた!?

 

「他者の魔法への干渉……強制解除!?」

 

 驚愕に染まるアルメラルダ様の声を耳が拾うも、それもすぐに聞こえなくなる。

 ぐいぐい思いのほか強い力で引っ張られて、なすがままに走る。

 その足が止まったのは学園裏の庭園にたどり着いてからだった。

 

「…………っ、…………!」

 

 急な運動でバクバクうるさい心臓と荒い呼吸。

 将来の健康を保つために運動はしているが、体幹を鍛え柔軟性を保つための室内運動……ヨガがほとんどの私には、そこまで持久力が無い。

 この急激ダッシュはなかなかにきつかった。

 

「あの……大丈夫?」

 

 膝に手をつきぜーはーしている私に差し出されたのは、素朴な刺繍が施されたハンカチ。

 

「え……と。ありがと……う?」

「ふふっ。どういたしまして……です」

 

 困惑しながらもお礼を言えば、陳腐な表現ではあるが太陽のような笑みが返ってきた。

 え、なにこの子優しい。後光が見える。太陽というか日光菩薩かなにか???

 

 じ~んと感動していると、マリーデルちゃんは「あっ」と気づいたようにハンカチを見下ろした。

 

「……ごめんなさい。私もびしょ濡れでした」

「……そういえば、そうだったわね」

 

 むしろ顔周りだけ濡れている私より彼女の方が大惨事だ。

 当然、差し出されたハンカチも濡れている。

 

「ふふっ」

 

 自分の事を忘れるくらい私を気にかけてくれるだなんて。

 その優しさとおっちょこちょいさに思わず笑いをこぼすと、彼女は「笑った……」と呟いた後に噴き出した。

 

「あははっ。私ったら、馬鹿ですねぇ。すっかり自分のこと、忘れていました」

 

 そんなマリーデルちゃんを眩し気に見つめた後、私はすっと腕をあげる。

 

「…………」

 

 無言で宙に魔法文字を描いた。

 効果は「清流」と「温風」。

 

「ひゃわっ!?」

 

 魔法文字から顕現した魔法の力でマリーデルちゃんは瞬く間に水で洗われ、暖かい風によって服ごと乾かされた。

 

「す、すごい」

「そうでもないわ」

 

 謙遜しつつ密かに胸中で胸を張る。

 

 ふふん。この魔法なら得意なのよ。

 なにしろお風呂面倒くさい時でも一瞬で体を綺麗にしてくれる素晴らしい魔法だから、使用頻度が高いの!

 得意中の得意よ。

 

「……改めて、ありがとう。気にかけてくれて嬉しかったわ」

「あんなの周りが黙ってる方がおかしいんですよ……。私こそ、綺麗にしてくれてありがとうございます」

「構わないわ」

 

 お互いにお礼を言いあうと、一拍の後。

 どちらからともなく再度笑いあった。

 

 といっても私がアルメラルダ様にこびへつらう時以外の笑顔というのはとても微弱なもので、弾けるようなマリーデルちゃんの笑顔には叶わないが。

 ふ、フレッシュ~! フレッシュスマイル~!

 

「私はファレリア・ガランドール。あなたは?」

 

 ともかく、原作主人公に渡りが出来たことはいいことだ。多分。

 そう考え名乗れば、彼女も慌てたように頭を下げた。

 

「マリーデル・アリスティです! あの、ファレリア先輩」

 

 おっといきなり名前呼びか~? いいぞー。可愛いから許す。先輩呼び、良い。

 

「なにかしら、マリーデルさん」

「えっと……。普段からあんなことされているんですか?」

「ええ……まあ。だいたい」

「怒っていいと思います。それか、距離を置くとか」

 

 語調は静かだが、なにやら私本人より憤慨しているようなマリーデルちゃん。

 おお、さすが主人公だ……優しい……。

 

 それにしても怒る、離れるか。

 なんというか当たり前に抱くだろう感情をいざ並べられると少し困る。

 色々と手遅れで距離をとれるような時期はとっくに過ぎている、というのはあるのだけれど。

 

 ……そういや私、なんで怒ってないのかしら。

 

 いや、怒ってはいる。怒ってはいるんだけど、それはひどく一過性のもので。「勘弁しろよなー!」とは思っても、後々引きずったり憎しみに変化することがないのだ。

 多分「は? 私は精神的に大人だし? 子供のいじめに顔真っ赤にするなんて恥ずかしい事しませぇ~ん」というプライドなどもあるのだろう。

 そういった「なんちゃって大人」な自分は昔から私の中に居る。

 

 けど、本当にそれだけだろうか。

 これまであんな扱いを受けてもアルメラルダ様から離れないのは、本当に主目的である取り巻きになるためや、諦めやプライドだけ?

 

 ……うーん。今までまずその疑問を抱く暇が無かったからなぁ。考えることがまず初めてだ。

 

 私が黙ってしまうと、マリーデルちゃんが何か言葉を続けようと口を開いた。

 

 

 その時だ。

 

 

「フォート。もうマリーデルの模倣演技(エミュレート)はしなくていい。その人には話す」

 

 男性の声がしたかと思うと、庭園の空気が変わった。

 

「……隔離結界?」

「人に聞かれては困るのでね」

 

 落ち着いた男性の声色。

 隔離結界は可視できる通常の結界とは違い、存在そのものを簡易異界へ隔離して周囲から存在を隠す高等魔法だ。使える者はまず間違いなく私より格上である。

 そんな相手に中で何をされても分からないような空間に閉じ込められた。

 私はぞわっと肌が粟立つのを感じながら……声の主を見る。

 

 

 

 けれど相手を見た途端、警戒心より高揚が勝った。

 

 

 

「あなたは」

「アラタ、出てきていいのか?」

「え、お知り合い?」

 

 なんと声の主へマリーデルちゃんが話しかけた。

 どこか砕けた口調と呼び捨てられる"彼"の物らしき名前に、知り合い同士であることが伺い知れる。

 私は疑問符を浮かべながら、彼らの顔を交互に見た。

 

「……お初にお目にかかる。ファレリア嬢。いえ、この間顔だけは合わせましたね。覚えておいででは無いでしょうが」

「覚えてます!!」

 

 食い気味に返せば相手が驚いたように目を見開く。しまった、つい。

 

 私たちの前に現れたのは、第二王子の護衛をしている騎士様だった。

 この人生において最も好みの男だったので、覚えてませーんなんてことはありえない。記憶の図書館を参照するまでもなく脳と眼球に焼き付けてある。

 

 美形……というカテゴリからはややはずれるだろう。整ってはいると思うが。強いて言うなら整っているが地味という言葉が当てはまる。

 目鼻立ちのハッキリクッキリした西洋系の顔に囲まれてきた中で、どこか薄味な顔。何処となくアジアの流れを汲むその顔立ちは見ていてとても安心するのだ。

 

 そして最も注目すべきは……その体!!

 

 ジョ○ョか〜? というくらいカッチリした服の上からでも分かる、ハイパーセクシーな筋肉が織り成す体全体の輪郭美! 美しいわ。スタイル良すぎて赤面もするってものよ。

 男性が巨乳を見た時ってこんな気持ちになるのかしら。……いや同性でも巨乳にはときめくが。アルメラルダ様、板の私と違って発育がとても良いのでいつもめっちゃ見てしまう。

 ともかく、こう。ズボンに現金ねじ込みてぇ〜! となるわね。現金持たせてもらったことないけど。

 

 

 私がくだらない思考に時間を割いている間に、騎士様はまったく体幹にブレの無い礼をした。

 その長身を折り曲げられると一気に距離が近づいた錯覚を覚えて迫力あるも、後ずさっては失礼かとその場で彼の言葉を待つ。

 

 そして告げられた話の中身は、予想だにしないものだった。

 

 

 

「二年。あなたの事を観察させて頂いた。そして今マリーデルと話しているあなたを見て"悪意なし"と判断させてもらったよ。ファレリア・ガランドール嬢」

「え」

 

 騎士様の目は切れ長、三白眼ということもあって非常に鋭く私を射抜く。

 しかしその眼光にすくむ前に驚きが勝った。

 二年? 魔法学園に入学してからずっと見られていた?

 え、なにそれ(こっわ)……。いくら私が美少女で相手がどタイプの男でも初対面でそれは引く。

 だって「観察」って言ったものこの人。色恋含んだ可愛いもんなら「そっか~。二年も影から見ちゃうほど私に惚れてるのか~。しょうがにゃいにゃあ」ってなるけど、その言い方は気分が良くない。観察とかなめてんのかってなる。私は趣味に「人間観察」とか答える奴が一番嫌いなんだよ。

 

 しかし私のドン引きに気付いているのかいないのか、騎士様は言葉を続けた。

 

「先日。第二王子に接触したのは、アルメラルダがマリーデルを疎ましく思わないように出会いを邪魔しようとしたのだろう。……まさか思いっきりタイミングを外してマリーデルと王子が出会った後でノコノコやってくるとは思わなかったが。……いや本当、全然間に合ってなくてビックリした」

「え……」

 

 覚える違和感。

 その違和感は次の瞬間、確信へと変わった。

 

 

 

 

「ファレリア・ガランドール。あなたはこの世界を"ゲーム"として知る転生者だな?」

 

 

 

 

 

 息が止まった。

 そのまま一拍、二拍、三拍と心臓の鼓動を数えるようにして空白時間を過ごす。

 そして。

 

 

 

「あーーーーーー! はい。はいはいはいはいはい! かんっっっっぺきに理解した! うわっ、恥ずかしい! 無意識下で自分一人がそうなんだと思ってた! でも、そっか。なるほどなー!」

 

 ギリギリまで膨らませた風船が弾けたように言葉が飛び出し、凄まじい勢いで襲ってくる羞恥心をやり過ごすべく騎士様の手をとりシェイクハンドした。

 手を握られた側の騎士様は面食らった顔をしており、刃物を思わせる鋭い風貌でそんな顔をされると一気に可愛く見えてくる。ひゅ~、ギャップマジック。

 

 それにしても顔が熱い。

 これは好みの男を前にした照れなどではなく、己の無知と視野の狭さを由来とする恥ずかしさによるものだ

 

(あ〜〜! はずかしっ!)

 

 なぜ私は「転生してその記憶を持っているのは自分だけ」などと思い込んでいたのか。

 自分という例がある以上、他に同じようなことになってる人が居てもおかしくないのに。

 その考えに至るべきだった。

 

 一通り恥ずかしがったあと、なんとも言えない空気が夕闇の迫ってきた空間を満たす。空ではカラスが鳴いていた。

 ……隔離結界内でも時間は普通に経過するんだな。知見を得た。

 

 

 

「……ところで、そうなると貴女も?」

 

 気まずさを誤魔化すように咳払いしたあと、私が目を向けたのは原作主人公ことマリーデルちゃん。

 騎士様は彼女が居ることを承知の上で「転生者」という単語を出した。

 加えて彼らがもともと知り合いなこともあり、十二分にその可能性はある。

 そうすればアルメラルダ様をどつくなどという、原作よりアグレッシブな彼女にも説明がつく。

 

 しかし。

 

 

「いや、僕は違うよ。君たちの言うところの"現地キャラクター"だね」

 

 

 現地キャラクター。

 その単語を皮肉げに歪んだ口元から吐き出した彼女の声に、私の思考は宇宙に放り出された。

 

 ……だってその声は先程までの可憐な少女のものではなく。

 

「アラタ。いいんだよね?」

「ああ。カマをかけてみたが、流石に今の反応で確定した」

「そう」

 

 マリーデルちゃんは騎士様に何やら確認をとると、その蒼穹のごとき瞳で私を見た。

 

 

「ごめんね。さっきは嘘の自己紹介をした。改めて名乗ろうか」

 

 そう言って浮かべられた笑みは先ほどまでの太陽のような笑顔ではなく、月下美人とでも言おうか。そんな妖艶さと計り知れなさ、儚さを含んだもの。

 印象がガラッと変わった。

 

「……僕はフォート・アリスティ。原作主人公ことマリーデル・アリスティの弟で……その男に雇われて"イベント管理"を行っている者さ。よろしくね?」

 

 バリトンとまではいかなくとも、ソプラノやアルトではありえないテノールの声色。

 

 

 

 その声は確かに、少年のものだった。

 

 

 

 

「あ……」

「ファレリア!!」

「!」

 

 思考の処理が追い付かず混乱していると、聞きなれた声が耳を打った。同時にパリンッとガラスが壊れるような音。

 

「! 隔離結界を壊すか。さすがだな……!」

 

 騎士様はそう言うと、私に「また後日。詳しいことを話すので、使い魔を送る」と言い残して凄まじい跳躍でもってその場から退避した。忍者かな?

 更にはマリーデルちゃんの姿もすでになく、私はアルメラルダ様に腕をとられるまで狐につままれた気持ちでぼーっとしていた。

 

「ファレリア! なにがあったのです? 隔離結界なんて……! あの小娘ですか? なにか変なことはされていない!?」

「いえ、大丈夫です。アルメラルダ様以上の変な事してくる人間とか早々に居ないんで」

「心配してあげたというのに貴女は!」

「ぁ痛っ!」

 

 つい口が緩んだらすぐに鉄拳制裁が襲ってきた。

 仮にも心配したって言うなら手加減してくださいよぉッ!

 

 

 ともかく原作主人公との初エンカウントは、予想外の展開で幕を閉じた。

 

 ……これ、もう原作崩壊してない?

 

 

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 

 

 

 先日は隔離結界に気付いたアルメラルダ様が来たのでお開きとなったが、騎士様の言っていた通りに後日。使い魔が手紙を持って私の元に現れた。

 

 

『空中庭園で』

 

 

 そんなシンプルな一言が書かれた手紙を持ち、私は早朝の寮から抜け出し待ち合わせ場所へと向かう。

 警戒しないわけではないが好奇心が大きいし、なにより隔離結界など使える相手から逃げることは不可能だろうという判断の元の行動である。

 だったら真正面から行った方がましだわ。

 

 早朝の今ならほとんど人が出歩いていないし、規則的にも咎められない時間帯。

 人目を避けての移動は容易かった。

 

 空中庭園は通常の庭園とは違い、その名の通り魔法で空に浮いた庭園である。

 地上から続く螺旋階段でのみ繋がっており、見通しが非常に良い。

 人が来ればすぐにわかるので、結界を張らずして行う密会にはぴったりだろう。

 

 問題があるとすれば階段がクソ長くて急なため、上につくころには息が上がっていることだ。

 景観は最高なのに到着するまでが過酷なので「心臓破りの残念デートスポット」として有名である。

 

 

 

 

「やぁ」

「おはようございます」

 

 階段を上り切り息を整えていると、まず気さくな挨拶で迎えてくれたのはマリーデルちゃん。いや、弟くんらしいのだが。

 なんて名前だったかな……。

 もうマリーデルちゃんで脳が覚えてしまったのでなかなか思い出せない。

 

「……この間も思ったけど、驚かないんだ。一応聞くけど僕の性別、理解してる?」

「はい。とっても驚いています」

「真顔で言われても」

「お似合いですよ」

「それ、言われて喜ぶと思ってる?」

 

 私のリアクションが薄かったからか、どこか居心地が悪そうなマリーデル弟。

 いや驚いてるって。マジでマジで。ただ顔に出にくいだけだって。

 そう言おうかと思ったけど、その前に本命が来た。

 

「よかった、来てくれたか」

「来ないわけにもいかないでしょう。私、すごく気になっていました」

 

 私の言葉を受けた騎士様は「それはそうだ」と言って笑った。

 思ったより親しみを感じてくれているような雰囲気に、つい顔が赤くなってしまう。

 ……マリーデル弟から何やら視線を感じるが、何も言わないでくれると助かる。照れちゃうでしょ。

 

「それで。あなたの……いえ、あなたたちの事。教えてもらえるのですよね」

「ああ。確信が持てたからには、むしろ知っておいてもらわないと困る」

「それは"イベント管理"がしにくくなるから、でしょうか」

「話が早い。そういうことだ」

 

 先日耳にしたワードを使って問いかければ騎士様が頷く。

 そして「あ」と声をあげてからばつが悪そうに頭をかいた。

 

「…………。申し訳ない。まず名前を教えていなかったな。アラタ・クランケリッツ。ファレリア嬢、あなたと同じこの世界をゲームとして知る転生者だ」

 

 あ、私が転生者なことはもう確定済みね。この間の受け応えで肯定してしまったのは自分だけども。

 カマかけたとか言っていたし、私が肯定するまで確証は無かったんだろうな。うっかりうっかり。

 

 それにしてもクランケリッツか。確か国境近くの辺境伯の名前では?

 何番目の子かは知らないけど、実家は結構太いぞこの人。

 

「これはご丁寧に。アラタ様、ですね。……なんだか懐かしい響きを含んだお名前です」

「ははっ。日本人っぽいだろ? 苗字との違和感がすごいけど、気に入ってるよ。母が東洋の国出身なんだ」

「ほほう。異世界あるある、西洋系の世界観に出てくる唐突な日本っぽい東洋の国でございますね……! わかるわかる。刀とか出したいですもんね。東洋の国、実在したのか……!」

「あなた思ったよりノリいいな!? ……失礼」

 

 いかにも初めて知りました! のノリで対応してみればいいツッコミが返ってきた。

 あなたこそノリがいいですよ。

 

「ああ、あと。俺に様はつけなくていい。もっと気さくに呼んでくれ」

「ではアラタさんと。私の事もファレリア、とお呼びくださいませ。嬢呼びってこの世界の人からだといいんですけど、同郷者と分かってからそう呼ばれるとちょっとぞわぞわしちゃうので」

「そうなの!?」

 

 おっと。

 ピシッとしているように見えて、やっぱりノリいいな? この人。

 

「盛り上がってるところ悪いけど、話せる時間もそう長くないでしょ? 本題へ行ったら」

「あ、すみません」

「あ、はい」

 

 マリーデル弟に冷静なつっこみを頂いてしまった。

 

 ……にしてもこの子、初見の印象とは本当に違うな。

 それ含めて気になってるから、君の事もよく教えてくれよな。特にスカート履いてることについて。

 超似合ってるのだけど、ぱっと見骨格が女の子にしか見えないのよ。その辺すごく気になる。

 

 

 

 

 ともかく清聴の姿勢を見せると、騎士様……アラタさんは自分が何者であるか。何を目的としているかを語り始めた。

 

 アラタさんの話を要約するとこうだ。

 生まれた時から(おいおい大変だな)前世の記憶を有していた彼は、成長の途中でここが前世で好きだったゲームの世界であることに気が付いた。

 そして彼が考えたのは、"一番やばい"と思われるルートを回避しつつゲーム作中に登場する悪役令嬢、アルメラルダを助けたいというもの。推しキャラだったらしい。

 そこでちょっとだけ口を挟む。

 

「えっと。男性でも乙女ゲー、するんですね? それとも前世は女性の方ですか」

「いや、男だよ。だって乙女ゲーの主人公ってギャルゲーとはまた違った趣でめちゃくちゃ可愛くないか? その子視点でプレイするの楽しい」

「わかる」

 

 私としたことが、つい偏見を含んだ勘繰りをしてしまった。

 そうよね。前世の私だってギャルゲーやってたし、なんならエロゲもやっていたし。その逆があってもおかしくない。それぞれメインターゲットが違う分、別の魅力があっていいわよね。わかるわかる。

 

 なんだかさっきから急激に親近感湧いてくるなこの人。

 

 

 ……少し話がずれてしまい、またもやマリーデル弟から冷ややかな視線で見られてしまったので本題に戻ってもらう。

 

 

 一番ヤベールートを回避しつつ(なんかあったっけ)悪役令嬢、アルメラルダ様が不幸な末路を辿らないよう、アラタさんは早々に行動を開始したらしい。

 

 まず行ったのは自分が原作へ介入できるポジションを手に入れる事。

 一応実家の家柄は良く貴族であるものの、五男という微妙な立場だったので王都へ出て騎士となり実力を磨いた。それで現在は第二王子の護衛を務めているのだからすごい。

 

 そして次に行ったのは身を立てる過程で貯めた金銭を使い、原作主人公マリーデルに国外へ転居してもらう事。

 思わず「原作主人公を先んじて追放とか斬新っすね」と言ってしまったのだが、彼としてはこれが最低限達成しなければいけなかったことなんだとか。

 

「もちろん、本人も納得済みだ。もともと彼女は食うに困らなければ魔法学園に通う事は無かったし、支援する理由をでっちあげていい仕事先を紹介してあげればそちらへ行くさ。星啓の魔女という栄誉と攻略対象との恋からの玉の輿は無くなってしまったが、マリーデルの気質的にも自分の力で働いて生計を立てていく方が合ってると思うしね。きっと成功するよ」

 

 つまり本物マリーデルは「いい仕事あるアルヨ。引っ越しの費用も負担するアルヨ」とそそのかされたわけですね。

 実際に現在は国外で幸せな日々を送っているとのこと。

 これを聞いている時、彼女の弟だという偽物マリーデルはすごく優しい顔をしてた。

 

 

 

 ……そして何故、マリーデルちゃん本人を原作から排除しなければならなかったか。

 

 

 

 ゲームの世界だと知って好きなキャラが居るにしても、自分の人生懸けてまで動くとか聖人かな? と思ったのだけど。ここで「最悪のルート辿っちゃうと国ごと亡ぶから動かないわけにもいかなかった」と言われて目を丸くした。

 

「え、悪役令嬢虐特化その他ほのぼの学園恋愛ゲームで何言ってるんですか?」

「……もしかして、全ルートクリアしてない口?」

「…………」

「にわか勢だったか……」

「せめてライト勢と言ってくださいません?」

 

 

 私の前世にとってこの世界を舞台にした作品は、たまたま手を出した同人ゲームのひとつにすぎない。

 好きなキャラだけざーっとクリアして、その他に関してはプレイ動画まとめとかで補完してたのよ。

 アルメラルダ様の色々だって、だいたいは「アルメラルダ末路」ってまとめ動画で見ていた。

 

 それでもざっくり要点は掴んでいたから、今さらながら「まあ何とかなるやろ」とアルメラルダ様をそこそこ悪役令嬢に留めようと動く予定だったんだけど……。

 

 

 ……などと考えつつ、思ったより不穏な流れになってきたな? と続きを待つ。

 

 私などよりよほど詳しく作品を知り、何かやべーことを回避しようと真剣に動いている大先輩のお言葉だ。

 

「先ほど貴女が言ったように、魔法学園プリティーサバイバルは悪役令嬢の末路の多さに特化したゲームだ。制作陣、悪役令嬢に対する熱の入れようがそれぞれ違っていたらしいからな。いかに主人公(マリーデル)の心に傷と楔を残して綺麗に死なせるか派、苦痛にまみれた悪役令嬢のスチルを担当絵師に描いてもらうためどうやってむごたらしく殺すか派、いっそ面白おかしく破滅させようぜ派、やめてよかわいそうでしょ派……などなど」

「何のうらみがあってそんなことを、というより捻じれ曲がった性癖を感じてブルっちゃいますわね」

「ね。俺はやめてよかわいそうでしょ派のプレイヤー」

「それを聞いて安心しました」

 

 もしこれで殺す派だったら私がこのどタイプの男に対し「貴様を殺す!」しなければいけない所だった。

 アルメラルダ様、蛮族だし結局悪役令嬢になってしまったけど、殺されなきゃいけないほどの子ではないよ。

 

「俺が回避したかったのは全ルートクリア後に現れる裏ルート。【冥府降誕】」

「おっと作品のジャンル間違えたかな? って単語出てきましたね」

「ね。……お察しの通りこれだけ明らかに毛色が違うルートなんだが、作品の根幹に関わる設定なんだよこれが」

「ふむふむ」

「マリーデルとアルメラルダが目指す星啓の魔女。この役割の始まりは国の地下に眠る冥界門の封印をすることなんだ」

「冥界門」

「冥界門。名前の通り死者の国へつながる門で、これが開くと国民全員が生贄になって現世に冥王が降臨します。でもってゲームの趣旨が主人公と攻略対象達で組むパーティによる冥王討伐へと変わります」

「待て待て待て」

 

 そんなツッコミどころ満載な設定、なんでまとめ動画にないんだよ。

 

「初見反応新鮮だな。……とまあ、まず万が一にも現実では起きてほしくない話の流れがあるわけだ。毛色が違いすぎるからか、プレイ動画でもよく別枠でまとめられていた。ここまではいいか?」

「突っ込みたくはありますが、まあ、はい」

「……気持ちは分かるが、クオリティ高くても同人ゲームだからな。開発者たちの好きなものがぶち込まれてる。利益度外視だから、まあこういうこともあるんだよ」

「なるほど……なるほど?」

 

 渋々頷くと、アラタさんは「だけど安心してほしい」と前置く。

 

「このルートの絶対条件は星啓の魔女候補である「主人公」と「悪役令嬢」がそろっている事。魔女となれる本物の主人公がこの場に居ない以上、そのルートが解放されることはなくなった」

「お、お疲れ様です」

「あ、ありがとう。……理解してもらった上で労われるの、ちょっとクルものがあるな……」

 

 どうしよう。この人、ちょっと涙目なんだが。

 彼が話す事が本当ならば、ここまで眠れない夜もあっただろう。

 同じ転生者の私は漫画やアニメ見てだらだらしつつアルメラルダ様に虐められていただけなのに。

 非常に申し訳ない気持ちになる。なるだけなんだけども。

 

「……ごほん。えー……、でだ」

「僕がこんな格好でここに居る理由、説明した方がいいんじゃない?」

「そう、それ」

 

 魔法学園制服のスカートをぴらぴらさせているマリーデル弟の言葉にアラタさんが頷く。

 

 

 

 

 ……なんだろうか。同じ転生者同士だからか、段々と彼の態度が砕けているため最早「アラタくん」という感じでもある。

 

 めちゃくちゃ好みの外見に、同じ境遇、似通った価値観、親しみ易い性格。

 

 ……"良い"な。

 

 

 

 ひそかに頷いている私をよそに、説明は続く。

 

 ともかく最悪のルートは回避したけど、それでも何がきっかけでルート解放がされるかわからない。

 そのためマリーデルちゃん本人が居ない状態でも「原作」という流れを見失わないため。かつ、出来た余裕で前世の推しであったアルメラルダ様が不幸にならないために原作でのイベント管理を行い、もっとも平和で誰も不幸にならない「大団円」エンディングを迎えるために動いているのがアラタさんの現状のようだ。

 

 ちなみに大団円エンドは十二人もいる攻略対象の好感度を平等に上げないといけないため、結構難しいし面倒くさい。私はプレイしなかった。

 

 

 

 そしてこの策で不可欠なのが「原作主人公の身代わり」。

 

 

 

「最初こんな話をされた時は馬鹿にしてるのかと思った」

「マリーデルに隠したまま信じてもらうのには苦労した。彼女にはフォートこそがその才能を見込まれて魔法学園に入学したと伝えてある」

「アラタには支援をしてもらえたし……その対価とすれば、まあ安かったさ。僕は姉さんが危険な目に遭わず幸せになってくれるなら、なんでもする。たった二人の姉弟だ」

 

 ……そういえばゲームでも星啓の魔女の資質を見込まれたとはいえ、いきなり見知らぬ環境にぶち込まれることをマリーデルちゃんが了承したのは弟がいたからだったか。名前しか出てこなかったけど……彼の容姿をみるに、弟は弟でも双子かな?

 自分だけでなく彼を養うお金が出るから、彼女は魔法学園へ通う事を決意した。

 

 そんな麗しい姉弟愛。何も知らない姉に代わって、弟が困難と危険を引き受けるのも納得できる。

 荒唐無稽な転生者だとか、原作だとかいう与太話を信じてまで。

 

 

 

 

 彼は姉のためにスカートをはくことを決意したのだ。

 

 

 

 

「……それにしても姉弟とはいえ、よくお姉さんと同じように動けますね? 見た目もそうですが本来の性格はかなり違うご様子なのに」

「それは……」

「彼は姉であるマリーデルと同等の才能を持ち、ある"特異魔法"の使い手でもあるんだよ。外見の方は顔の基本パーツは似ていたから、その他は魔法アイテムで整えてある」

「才能とか、僕は全然そんなこと知らなかったけどね。いきなり家に押しかけて来たこの人に大分しごかれた」

 

 特異魔法とは魔法の中でも特殊で貴重なものだ。魔法の練度や血筋などに関係なく、あくまで"個人"に"偶然"宿る素質がなければ使えない。

 特別な効果を発揮するものがほとんどであり、習得も難しい。資質があったとしても一生芽吹かないなんてこともザラだとか。

 

 聞けばマリーデル弟の特異魔法は模倣演技(エミュレート)

 一定の条件を満たした上で相手の魔力や体の一部を取り込むことで、その相手の人格から成る思考や行動を限りなく本人に近づけて再現できる魔法らしい。

 

「よくそんな才能見つけましたね……」

「……そうか。ゲームの全クリしていないなら、コミカライズも読んでない口か?」

「コミカライズあったんですか!?」

「あるある。製作者の一人が手がけたスピンオフで、ゲームでは存在しかほのめかされていなかった主人公の双子の弟……つまり、このフォートが主人公の話。俺はそれで彼の能力を知った」

「……ちなみに販売は?」

「えーと……。夏コミで百部ほど発売されてたかな」

「ちょっと履修厳しくないですかそれ」

 

 思った以上に入手困難なスピンオフ!! 購入特典ですらねぇッ!! 完全にその製作者が自分の趣味で出したやつじゃん! というか仮にも販売元が製作者ならもっと販売部数増やせ!! 存在すら今知ったわ!!

 

 

 

 それにしても、この人は本当にガチめのファンらしいわね。そんなものすら入手して、かつ生まれ変わってからも覚えていて原作改変に活かすとは。

 私と同じように記憶の図書館保持者であるかもしれないが、もしそうでなければ執念だ。

 

 

 

 私は聞き終えた話をゆっくり自身の中で咀嚼し……視線をあげた。

 

「……なかなかキャパ厳しい話ではありますけど、丁寧な説明をありがとうございました。ところで私に声をかけてきたのは、そのイベント管理の邪魔をしないでねということでよろしいんでしょうか」

「ああ。……今のところ俺が知るゲームと最も違うところは、君の存在だからな。出来るだけイレギュラー要素は先んじて対処しておきたい」

「他に転生者っていないんですか」

「俺は貴女が初めてだ。こういった事は普通自分から言わないだろうし、確信はないのだが」

「それもそうですねぇ。ですがそれを言うなら、私も自分が転生者だなんて口に出したことありませんよ」

「それは原作が始まってから主要キャラの周りで明らかに変な動きしてる奴が居たら声をかけようとは思ってたから」

「ああ~。なるほど。でも私、そこまで変な動きしてましたっけ?」

「あなたは行動以前に存在そのものが目立つ。少なくともモブの取り巻きではないだろう」

「目立ちますか私」

「プラチナブロンド赤目が目立たないとでも?」

「あー。加えて美少女」

「自分で言っちゃったよ。事実だけど」

「わぁい、事実判定ありがとうございます。褒められちゃった」

「やっぱり表情乏しい割にノリいいね!?」

「長所です」

 

 もう完全に最初の緊張は取れていた。

 アラタさんちょいちょい話し方を固く調整しようとしているのがわかるんだけど、こっちのボケにはすぐ返してくれるし砕けた口調になってくれる。この人すごく話しやすい。

 

「……予想はしていたが、フォートを知らないようなら当然ファレリアのことも知らないか」

「あの、小声でボソッと意味深な事言うのやめてくださいません? 目の前に居るので聞こえますからね?」

 

 この人いいなぁ~と見ていたら、唐突に聞こえるか聞こえないかくらいの声で何やら言っていたので突っ込んでみた。今のニュアンスで呼ばれた名前は今ここに居る私を指したものではないだろう。明らかに。

 もしかしてこれもカマかけだろうか? 雑だな!

 

 私の問いかけにアラタさんはしばし考えた様子のあと、私を見る。

 

「伽藍洞のお人形。微笑の美少女」

「?」

「原作世界での貴女の異名だ」

「え、怖。なんです、それ」

 

 そもそも私は原作世界に登場なんてしてな……はっ!!

 

「またもやスピンオフか……!」

「冬コミで百五十部」

「だから少ねーのですよ!!」

 

 叫ぶ私の反応をじっと観察した後、アラタさんはふっと笑って首を振った。

 

「でもそこは大丈夫そうだから、気にしなくていい」

「いえ気になります。後でいいので、詳しく教えてくださいね」

 

 私は自分が原作キャラであることなどまったく自覚していなかったが、マリーデル弟のようにマイナーながら何かしらの役で登場したらしい。

 気にしなくていい、というのなら特に重要な役ではないのだろうし、説明はあとでいいけれど聞きたくないわけがないんだよな。

 私の記憶の図書館は前世の私が見聞きした情報しか収まっていないのだから。

 

 

 

 じっと半眼で見つめる私を前にアラタさんは「いずれ」とひとつ頷いてから本筋へと戻る。

 

「……その見た目でアルメラルダの近くに居たから、さっき言った通り二年間観察はしていた。声をかけようと考えた決定打は、フォートとのやり取りで原作主人公(マリーデル)に悪意を感じなかったから。ほぼ四六時中アルメラルダと行動しているあなたに声をかけるタイミングも、そうなかったしね」

「ふむふむ」

 

 ところでこの人二年も観察していた割にはアルメラルダ様から私へのいじめに関してコメントないのか? 学園に入ってからアルメラルダ様の蛮族っぷりが鳴りを潜めていたとはいえ。

 ……マリーデル弟が何か言いたそうにアラタさんを見ている感じ、件の場面はこの人見ていないっぽいな。

 

 私も少々ものいいたくアラタさんを見たが、彼の中ではすでに話題への区切りはついたようだ。

 ……黒髪の下から覗く真剣な瞳が、私を見据える。

 

「ここまで色々話したが、貴女にお願いしたいことはひとつだ。"何もしないでほしい"」

「……あなたがアルメラルダ様が不幸にならないルートを整えてくれるというのなら、お受けしない理由はありませんね」

「そう言ってくれると助かる。フォートがイベントをひとつ潰してまで貴女に干渉したのには驚いたが、おかげでひとつ懸念が消えた」

「……あんなの見たらね」

 

 

 

 先日のアルメラルダ様による魔法訓練の光景を思い出したのか、マリーデル弟が乾いた笑みを浮かべる。

 ……。そういえばここまで話を聞いていて、尋ねたいことが出来たんだった。

 

 

 

「そういえばマリーデル弟さん。私を助けてくれたのもマリーデル(お姉さん)の性格を模倣した結果ですか?」

「フォートだよ。……基本的に姉の行動や思考パターンを真似しても、行動の意志は僕にある」

 

 つまり助けてくれたのは彼の意志だと。

 

 

 私は思わずふふっと笑みをこぼすと……アラタさんに申し出た。

 

 

「お望み通り、原作に関わりそうなイベントには干渉いたしません。ですがひとつ、お願いをきいて頂いても?」

「俺に出来る事なら」

「でしたら了承してください。……私がフォートくんのお手伝いをすることを」

「!?」

「それは……」

「大団円エンド、目指すにはかなりスケジューリングがタイトでしょう? もし出来ることがあればですが、手を貸しますよ」

「……どうして?」

「ハンカチのお礼でしょうか」

 

 このまま彼らが動いてくれるなら、私は見守るだけでいいのだろう。

 

 私の当初の目的である「そこそこ悪役令嬢となったアルメラルダ様が評判の悪さに行き遅れてくれたら、取り巻きの私もそれに便乗して実家でぬくぬく独身貴族できる期間が増えるぜ!」作戦も……実は先ほど必要なくなったところだ。

 

 原作を私などよりよほど理解している転生者が居るのだから、本当に余計なことをする必要はない。

 

 

 

 

 だけど私を気にかけてくれた優しい少年を、手伝いたくなってしまったのだ。

 

 どうせそこまで私に割り振られる仕事など無いだろうし、気休め程度ではあるのだけれど。

 

 

 

 

 さて。あとは……。

 

「あ、それとアラタさん」

「ん、何だ?」

「全部終わったら私と結婚を前提にお付き合いしていただけませんか? そういうのしばらくいいかなって思ってたんですけど、正直どタイプです。婿に来てください」

「!?」

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなファレリア達三人のやりとりを、遠くから見ている者が居た。

 

 

「なん、なん……ッ。どういう……こと!? あの無表情がわたくし以外の者と楽しそうにしている!? 笑っている!? しかも片方は目障りなあの小娘ではないの! それに男……あの男は何者!? ファレリアあなた、なにを顔を赤くしているの!? この間は第二王子様相手に照れていたし、何。思春期が遅れてやってきたの!? ああもう、何故声が聞こえないの! 風の魔法の練度をあげておくべきでしたわ!!」

 

 

 

 悪役令嬢ことアルメラルダ・ミシア・エレクトリア。

 実は彼女、ファレリアが寮を出た時から後をつけていたのだ。外出に気が付いたのはまったくの偶然であるが。

 

 

 場所が場所だけに近づけばバレてしまうと、遠くから望遠鏡でファレリアの密会相手を見極めようとしていたのだが……こんな事なら近くへ行けばよかったと歯ぎしりした。手に持つ扇はとっくに真っ二つになっている。

 

 ともかくファレリアが密かに会っていた相手を目に焼き付ける。

 

「と、ともかく! 早々に交際など認めませんわよファレリア……! まったく、あれはどこの馬の骨なの……!」

 

 

 

 

 ちょっとした運命に浮かれているぽんこつ転生者の恋愛は、順調にハードモードの道を歩んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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