【完結】悪役令嬢に好かれたばかりに自分の恋愛がハードモードになった取り巻きのお話   作:丸焼きどらごん

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七話  昼下がりのbetray~上手く行かない恋模様

 

 うららかな陽光がステンドグラスを通して差し込む教会の通路。

 私は今日の密会場所へ向かうべく、そこを通過しながら祭壇に祭られた女神像を見上げた。

 数多の星を従えて柔らかく笑む彼女は、今日も変わらずそこに在る。

 

 なんとなく会釈してその前を通ると、ふと立ち止まって下を見た。

 

「この国の下に、ねぇ」

 

 こんこんっと、靴のつま先で堅い大理石の床を叩く。

 

 この国のどこに冥界門などという物騒な門があるのか。

 具体的には知らないが、得体の知れない脅威がすぐ身近に存在するというのは気持ち悪いものだ。

 

 どうかどうか。お願いしますぜ女神様。

 少なくとも私が長生きして幸せなまま寿命で死ぬまでは、この国の安寧が続きますように。

 そしてそのためにも、まず無事に今代の星啓の魔女が決まりますように。

 

 

 

(ま、アルメラルダ様優秀だしな。よほど変な事でも無ければ安泰でしょ)

 

 

 

 星啓(せいけい)の魔女。

 

 それは豊穣を司る星の女神ホルティアと契約し、国に豊かさと安寧をもたらす存在である。

 補佐官と呼ばれる星啓の魔女を支え、守護を担う男性と共に非常に重要な役割だ。その地位は王族に並ぶほど。

 むしろ血ではなく資質で継承されていくその希少性から、唯一無二の価値があると言っても良い。

 

 加えてアラタさんに聞いた話によれば、その発祥はこの国の地下にある冥界門とやらを封印する役目からだという。

 ……というより、今もそちらがメインの役割なんだろうな。

 多分本来は国の上層部とか、役割を継承する者にしか伝えられていない事実なのだと思う。そんな危険なものが自分たちの足元にあるなんて分かったら国中パニックだ。

 豊かさと安寧は副産物、もしくは本当の役目を隠すカモフラージュだろうか。

 

 

 今代、星啓の魔女になるべく選ばれた二人の少女。

 しかしそのうちの一人……マリーデル・アリスティは少女でなく少年。偽物であるため、星啓の魔女となるのは必然的にアルメラルダ様だ。

 本人は知らないが、すでに出来レースの様相である。

 

 他に資質を持つ者も居ないので、万が一アルメラルダ様が攻略対象の怒りを買って処刑ルートに進んでしまっても最悪は免れることが可能だろう。

 そんなルートに進ませる気は無いし、すでにそれをけしてさせまいとして早くから動いている心強い味方も居る。

 彼の原作前からの働きにより、アルメラルダ様の命は大団円エンドへ行かなくとも保証されたようなものだ。

 アラタさん様様である。

 自分に余裕が無かったからとはいえ、その場その場のケースバイケース、柔軟な発想で臨機応変にギリギリ現場対応しようと考えていた私などとはわけが違う。

 

 

 

 

 

 そしてその『アルメラルダ様を救おうの会、会長(私命名)』であるアラタ・クランケリッツ氏なのだが……。

 

 

 

 

「…………」

「アラタさん。アラタさーん。そろそろ木からもどってくださーい」

 

 そう呼んでつついてみるが、反応は無い。

 現在のアラタさんは木立の中、完全に自分を一本の木……自然の一部と思い込み、世界へと一体化している。

 追い詰められていたようだったから、リラックスできたらいいなとヨガの「木のポーズ」を教えたのだが……かれこれ一時間ほどこのままだ。

 動かねぇ。さすがの体幹だよ。

 

「もう。フォートくん、私はそろそろ行くので、アラタさんのことよろしくお願いしますね」

「…………」

「フォートくん?」

「! あ、うん。……わかった」

(ここまでぼーっとしてるの珍しいな……)

 

 フォートくんも決闘の後くらいから少々様子がおかしい。

 今も心ここにあらずといった様子で、どうしたものかと腕を組む。

 

 

 

 

 先日、多くの生徒の前でアルメラルダ様に愛の告白をしてしまったアラタさん。

 すぐ誤解を解こうと思ったらしいのだけど、アルメラルダ様が避けまくっているので現状会うに会えず、その間に噂だけが独り歩きしてしまった。

 ほぼ全校生徒が見ていたし、年頃だからね。あんなのピラニアの池に肉放り込んだようなものよ。まあ食いつく事、食いつく事。

 今や私とアルメラルダ様、アラタさんの三角関係が学園のトレンドにあがっている。

   

 私→アラタさん→アルメラルダ様→私なので綺麗に三角関係で合ってるっちゃ合ってるんだけど。

 でもアルメラルダ様が私に向ける感情は当然友愛であるし、アラタさんがアルメラルダ様にむけている気持ちはキャラ愛。

 この中でまっとうに恋愛的な意味で矢印向けてるのは私だけだよ。

 

 

 

 

 

 そして様子がおかしいのはもう一人。

 

 密会会場からアルメラルダ様の所へ戻ると、彼女は部屋の中央をぐるぐる熊のように周っていた。他の取り巻きは現在席を外している様子。

 変わらない自分がおかしいのか? と首を傾げつつ、アルメラルダ様に声をかけてみる。

 

「アルメラルダ様」

「! ファレリア。もどっていたの。……その。今日も、クランケリッツの所へ?」

「はい」

 

 頷いて肯定すればアルメラルダ様はうろうろと視線を彷徨わせる。

 

「……まったく。いくらわたくしが魅力的だからといって、公衆の面前であんなことを言うだなんて。とんだ無作法者ですわ。ええ。そんな相手、なんっとも思っていませんわよ。………………………………まあ? ファレリアが付き合う相手としては、丁度良いのでなくて? 無作法者同士、お似合いだわ」

 

 つんっとすまして言っているけど、挙動不審のため締まらない。

 要するにアルメラルダ様は「告白されたけど自分はアラタの事をなんとも思っていないし、貴女の恋を応援している」と言いたいのだろう。

 アルメラルダ様の暴力が愛情表現だと分かってからこの辺も理解できるようになってきた。

 

 

 ちなみにこのセリフ、内容は微妙に変わっているが決闘後からすでに五回目である。

 

 

「お心遣いありがとうございます」

「べ、別に貴女のことを気遣ってなんかいないのですからね!」

(お手本のようなツンデレありがとうございます!)

 

 いかん、ニヤニヤしてしまう。可愛い。

 相変わらずの暴力は勘弁してもらいたいが、彼女の本心が分かった事で最近どうもアルメラルダ様の一挙手一投足が可愛くてしゃーないんだよな。

 

 私としてはアラタさんのアルメラルダ様への気持ちがどんなものか分かっているため、本当に気にしていない。

 それにもとよりフラれている身だ。これからも好きになってもらえるよう、やることも変わらないし……。

 うん、特に気にならないな! やっぱり。

 

 私の事が大好きらしいアルメラルダ様は、私が好きな相手から告白されたことで大変に気まずい思いを味わっているようなのだが。

 

(あ、でも気になることが無いわけではないか)

 

 アルメラルダ様、告白に返事をしていないのよね。

 私に対して気まずいと思うなら、まずアラタさんの告白を断ればいいだけなのに。

 告白された時もあたふたしてその場を去ってしまったし、今もずっとアラタさんを避けている。

 

(お? もしかして……照れてる?)

 

 もにょっと口の端が緩んだ。

 

 え、なになになに? アルメラルダ様、照れてるの!?

 そうよね。これまで好意を向けられるにしても、あんな真正面ドストレートなこと無かっただろうし! 貴族ってその辺やたらと遠回しにするからな。

 

 え~、なにそれ。か~わ~い~い~! きゃーっ!

 

「……ファレリア。貴女、その気持ち悪い笑いはなに?」

「え?」

 

 どうやら内心が表情に漏れていたらしい。

 アルメラルダ様の前では昔から媚売り笑顔で表情筋ゆるっゆるなので、そういうのはすぐばれる。

 

「いえ。なんだか初々しいなって」

 

 扇で脳天かち割られた。

 

「ぁだっ!?」

「貴女は好きな相手が他の女に告白してなんとも思っていませんの!? 人をおちょくる暇があったら、相手の心を射止められるよう自分を磨いてはどう! さあ今日の特訓ですわよ! 準備はよろしくて!?」

「よろしくないです!」

「お黙り」

 

 や、藪蛇ったぁぁぁぁぁ!!

 

 

 

 その後数時間。いつもの特訓が三日分凝縮されたような地獄を味わう事になった。

 

 

 

 

 

 

 

+++++++

 

 

 

 

 

 

「まいった……。ひぃ……もう魔力すっからかん……体痛い……いや筋肉痛来るの早っ……。若ぇなこの体……嬉しいけど嬉しくない……」

 

 とっぷり日も暮れて、日付変更の時刻も迫ってきた頃。

 ようやくアルメラルダ様の特訓から解放された私は、体に鞭打ちながら寮の自室へと向かっていた。

 

 ちなみにアルメラルダ様はまだやることがあるらしく、生徒会室にこもっている。

 ……アルメラルダ様、副会長だからなー。本来私に構っている暇なんてないだろうに。

 

 

 暇が無いと言えば、アルメラルダ様そういや最近あまり悪役令嬢してないな? 

 どうも多忙を極めているようで、この間も珍しく目の下にくまを作った状態で居眠りしていた。

 

 ……もしかして、私の虐た……もとい訓練に力を入れすぎていて、マリーデルに関わっている暇が無い?

 

 私の魔法訓練、まずアルメラルダ様自身が訓練のための魔法をずーっと使っている状態なのよね。

 だから当然疲れるし、自分の勉強だってあるし、社交界でのあれこれや学校での役割だって多いし。公爵令嬢は大変なのだ。

 

 人に命令して虐めるという手もあるが、そういうことアルメラルダ様やらないんだよな。取り巻きの使いどころってこういう時だろうに。

 原作でもそうだったのだけど、アルメラルダ様ってマリーデルいじめをけして他人任せにしないで全て自分の手で行う(これを指して「めっちゃ愛じゃん」と感じる層も居たので、実は同人誌だとアルメラルダ×マリーデルってそこそこあった)。

 だから暇が無くなれば当然、いじめの頻度も下がるわけだ。

 

(つまり疲労困憊なアルメラルダ様には悪いけど、もしや私って存在するだけでアルメラルダ様を本物悪役令嬢からそこそこ悪役令嬢ルートに導いてる? 自由時間を奪う形で?)

 

 気づいてしまったな……!

 

 マジかー! もしそれが本当なら、私もなかなかの物じゃない。

 何もしてないというか、強いてあげるならアルメラルダ様の訓練に耐えてるってくらいしかやってる事ないけど!

 

「♪」

 

 ちょっとでも自分の存在が良い影響をもたらしているんじゃないかな~といい気分になった私は、軽くなった足取りで廊下を進んだ。

 この時間は出歩いている者は少なく、私の足音だけがカツンカツンと響いている。

 ……スキップしてもバレないかな?

 

 

 

 

「ファレリア・ガランドール」

「はい?」

 

 人も居ないしスキップして鼻歌でも歌っちゃおうかな~、なんて思っていた時だ。背後から声をかけられて飛び跳ねそうになった。

 実際は我慢してそ知らぬふりで楚々と振り返ったのだけど。

 伯爵家の娘として受けてる淑女教育は伊達じゃないのですわ。

 

 

 

 そして振り返った先に居た人物だが、見て驚いた。

 クソみそに珍しい人に声をかけられたんだが。

 

 

 

 そこに居たのは「研究塔の特別教諭」。

 

 白衣を纏い、緑がかったもさもさの癖毛を無造作にポニーテールにしている目隠れ男。

 一見ただの怪しい男でしかないが、その髪の毛の下に隠れている顔はやたらと美しい、はず。実際に見たことは無い。……彼も攻略対象の一人だ。

 

 癖が強い上に二週目以降しか攻略できない半シークレットキャラ。ハマる人はどっぷりがっつりハマる奴だが、前世の私は好みでなかったので未攻略である。

 敵国のスパイとかいうヤバめの背景とヤンデレエンドという事だけ知っているから、絶対に関わりたくない相手なんだけどな……!?

 

 アラタさんに追加情報を貰ったところ、個別エンドに進まない場合は在学中放置しても大丈夫とのこと。

 星啓の魔女が決まった後、数年放置すると面倒くさいことになるので大団円エンドを迎えたら速攻で自分が処理するとはアラタさんは言っていた。

 アラタさん、特別教諭のこと話す時に屠殺場の豚を見る目をしていたんだよな。ひょえ。

 

(なんでそんな奴が……しかも名指しだし)

 

 無視するわけにもいかないのでちゃんと体の向きを変えて対峙したが、周りに誰も居ないのでとても気まずい。

 

「先生、何か御用でしょうか」

 

 尋ねれば特別教諭は少し驚いたような雰囲気。

 

「……先生、か。俺の事を覚えていなかった、のか?」

「今先生とお呼びしましたが。覚えてますよ。授業うけましたので」

「……。そうか……」

 

 痴呆か? この数秒間ですでに会話が成立しないんですけど。

 二年も在学しているわけだし、何回かこの人の授業も受けたことがある。怪しい魔法薬やら魔導機械やらの。

 ところどころ不穏であったものの、授業としては分かり易かったんだけどな。日常会話が下手くそなのかしら。

 

 このまま会話しても疲れそうだし、用事があるならさっさと終わらせてくれないかな~というオーラを出しながらじっと見つめ返す。すると特別教諭は数瞬迷った後……奇妙なことを口にした。

 

 

 

 

「不吉な影が付きまとっている。気を付けた方がよいだろう」

 

 

 

 

 数瞬、脳が疑問符で埋まる。

 

「それは、どうも? ご忠告ありがとうございます」

 

 淡々と返す。

 変に話題を長引かせても嫌だなと、納得できないながらそこで話をぶつ切りにしようとした。だが。

 

「その眼は、"誤認"と"不和"を招く。今は星啓の魔女候補近くに居るため、抑えられているようだがな。いくら白亜の魔法使いに導かれた貴様とて、自力で不幸を遠ざけるにも限度があるだろう」

「??? あの……なにをおっしゃりたいのですか」

 

 なおも続けられた上に、最近めっきり言われなくなっていた眼のことを指して言われムッとする。どうにも話して数十秒足らずだというのに奇妙なもやもやが蓄積されていくな。不気味だ。

 しかしダウナー俺様不思議ちゃんキャラのそいつは私の問いかけには答えず、じーっとこちらを見ている。

 髪の毛に隠れてはいるが、その視線は強く感じた。

 

「……確かに、白金に赤は美しい」

「はい? え、なんです突然。気持ちわるいんですけど」

「……ッ! 相変わらず口が達者なようだ」

 

 脈絡なく納得されて言われた褒め言葉? が気持ち悪くて反射的に返してしまった。

 特訓で疲労困憊ということも手伝って、アルメラルダ様やフォートくんたちの前もないのに気が緩んでいたらしい。素直に気持ち悪かったんだけど、流石にまずいか。

 あ、今のちょっとショック受けたっぽいな。……というよりも、相変わらずって言った? この人。

 

 

(あれ)

 

 

 急に頭のどこかに引っかかりを覚えた。

 授業の時はなんとも思っていなかったけど、この人の声ってどこか聞き覚えあるような……。

 つい最近人に話した何かを思い出しついでに、記憶の図書館で過去の記録を漁った時に聞いた……ような……。

 

 

 カチリとパズルのピースがはまるように、突然思い出す。

 

 

 

 

 

「……あー!? あの時のとんちき予言師!!」

 

 こいつ、十年前に私の眼にイチャモンつけて一家離散の危機に追い込みやがったくそ野郎だ!!

 

 

 

 

 分かったものの、叫んだ途端口を塞がれた。

 

「言うな! 俺は改心したのだ! あの頃の事は言うな! ええい、親切心など出すのではなかった。……来い!」

「もがー!?」

 

 その後なにをされたって、口を塞がれたまま身動き取れないようにホールドされて誰も居ない空き教室に連れ込まれた。じ、事案!!

 ヤンデレエンドのヤバい奴、それもまさかの嫌な知り合いだったがために全力で身をよじって暴れたがビクともしない。ぱっと見ひょろいくせになかなか強ぇじゃねーか!!

 

「落ち着きたまえ」

「もがが!?(無理ですけど!?)」

 

 もうここが校内だとか相手が教諭とか無視して魔法ぶっぱしていいかしら。正当防衛よね。

 そう思ったのだが……特別教諭は思いのほか理性的な声で諭すように私に語り掛けた。

 

 

「俺は忠告しに来たのだよ。心を改めるきっかけをくれた礼にな」

 

 

 顔を覆っていた髪をかきあげて、まっすぐにこちらを見てくる瞳は橄欖石のような黄色がかった緑色。

 そこに含まれる真剣な様子に、ついひるんでしまう。

 私の体から抵抗の色が少なくなったからか、特別教諭は嘆息しながらホールドを緩めた。

 緩めついでに離してくれませんかね……近いんですけど。

 

「まず。俺が予言師を名乗っていたことを誰にも言わないで欲しい。これでも憧れに近づくためにと、真面目に再就職して働いているんだ」

「はあ……」

 

 真面目に再就職ときたか。いや、お前スパイだろ。

 しかも過去に嫌な目に合わせてくれたインチキ予言師だと思い出したから、今のところ私からお前に向ける好感度マイナスなんだが~?

 お願いされても絶対応えたくねぇ~っとなる。

 

 しかしどう答えていいのやらと考えあぐねている私を前に、特別教諭は勝手に話し始めた。自由人め。

 

「以前の非礼は詫びよう。だが今の俺はあの時とは違う。……子供の頃に憧れた、伝説の魔法使いの存在を知った今。彼が居るらしいこの国で、少しでもあの存在に近づこうと努力している。教師をしているのもその一環だ」

「そ、そうですか」

 

 なんか自分語りはじまったな。

 というか、白亜とか伝説の魔法使いって私が話したトンチキ話の? マジで信じていたんですか、あれ。

 その話がどう彼の中で繋がってどう改心とかいう話になったのかは知らないけど、どうもこの人はそれをもとに私に感謝し、今のような行動をしているようだ。

 それだけはかろうじて理解した。

 

「……予言とまではいかないが、俺は魔力の流れで"予測"を立てることは出来る。ここ最近、貴様を中心に危うい気配が漂っているのだ」

「それが私の眼と何か関係が?」

 

 しょうがないので話題に乗ってやることにする。でないといつまでも解放してくれなさそうだ。

 

「ああ。……以前、俺はその眼が不幸を呼ぶと言った。それは半分だけ嘘だ」

「半分?」

「半分だ。貴様は否定したし、実際に自力でそれを退けていた。……あのあとしばらく監視していたが、感心したぞ。あの骨を溶かしたようにぐねぐねした奇妙な動きが魔力の循環を良くし、呪いごと流していたようだな。白亜に導かれるだけのことはある」

 

 そんな恐ろしい動きしたことねぇんですが!? しかも妙な過大評価もらっとる!

 ……あ、いや。あれか。もしかしてヨガの事?

 それと呪いって何。

 

「だがその眼に呪いが宿ることは事実。利用しようとはしたが、不幸を呼ぶと言った俺の言葉も全てが嘘ではない」

「え!?」

「病気のようなものだ。ある日突然罹患(りかん)する。しかし貴様は自力での対処に加え、今は星啓の魔女候補どものすぐそばに居る。奴らに大抵の呪いは通じないからな……それこそ私が企てていた呪いの魔女くらい持ってこなければ。貴様の眼が呼ぶものも、害のない程度に中和してくれているようだ」

「ちょっと今聞き捨てならないものが聞こえた気が。呪いの魔女て」

「忘れろ。もう頓挫したことだ」

 

 無茶言わないでくださいよめちゃくちゃ気になる。

 …………これ、もしかしてなんだかんだアラタさんに聞きそびれてる原作ファレリアのスピンオフエピソードなのでは? もしそうなら思ったより不穏なのですが。

 裏ルートといい、ゲームの製作者は不穏を仕込まないと死んでしまう病かなにかなのかしら。もっとふわふわキラキラ学園生活送らせろよ。

 

「……ともかくだ。この良くない流れが貴様の眼を根本の原因とするものかは知らないが、そういった理由で可能性は高い。近々良くないことが起きるだろう。忠告はしたぞ。あとは何があろうと俺は関与しない」

「突然情報の押し売りしておいてあとは関係ないだなんて、ずいぶん勝手なことをおっしゃいますね」

 

 イライラしてつい語気が強くなる。

 

「…………感謝もしているが、それ以前に貴様自身は気に食わん」

「!?」

 

 話は通じないし一方的だけど、ヤンデレエンドのヤベー癖強キャラという印象よりは理性的に見えていたから油断した。

 頬を押しつぶされるように片手で顔を掴まれて上向かされる。

 

「……片目くらい、えぐってやろうか」

「!!!!」

 

 気持ち悪く吊り上がった口から伸びた長い舌が……私の眼球を舐めた。ぎしりと掴まれた顔の骨が軋む。

 ぞぞっと言いようのない悪寒が背中を這い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何してるんですか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「!! フォ……マリーデル!?」

 

 ドンっと横から特別教諭を突き飛ばしたのは、マリーデルことフォートくんだった。

 咄嗟の事だったのにギリギリ名前を取り繕えた自分偉い。

 

 特別教諭は一瞬顔をしかめたが、突き飛ばした相手が誰か分かると気まずそうに顔をそらした。

 

「……ふん。なまいきだったから、仕置きをしていただけだ」

「何がお仕置きですか!! 女の子の眼を舐めるなんて変態ですよ先生!! 見損ないました!!」

「い、いや、待てマリーデル・アリスティ。その前に俺はだな……!」

「聞くお話なんてありません。行きましょ、ファレリア先輩」

 

 言うなりフォートくんは私の手を取り、空き教室から出るとずかずか荒い足取りで廊下を歩く。

 その背中は魔法アイテムで女子のように華奢なものであるはずなのに、妙に頼もしく思えた。

 

 後ろを見れば残された特別教諭が焦ったように腕を伸ばしている。

 それを見るに、あの癖の強い男相手にもフォートくんはちゃんと好感度を稼いでいたようである。偉すぎかな?

 

 だけど今ので計画狂わない? 大丈夫?

 そう聞こうと思ったのだけど、意識しても口から上手く声が出てこない。

 

「…………」

 

 そのまま無言のフォートくんに手を引かれ、気づけば自室前だった。

 とりあえず中に入った方がいいかな? と、部屋の鍵を取り出すも落としてしまう。見れば私の手は小刻みに震えていた。

 

(お、おう。思ったより乙女だったんだな私……)

 

 さっきのこと、怖かったらしい。

 いやまあ眼球舐められるとかなかなか体験しねぇですわよ普通に怖いわ。

 

 それをようやく自覚していると、うまく鍵を持てない私の代わりにフォートくんが部屋の鍵を拾って開けてくれた。

 そして一緒に中へ入ると、ソファに座らされる。

 

「…………」

「…………」

 

 しばらく無言の時間が続く。

 

「……なにされてたの、あのドブクソ野郎に」

「ドブクソ野郎」

 

 結構強い語彙出て来たな!? と思い、つい繰り返した。

 

「……ふふっ。ドブクソ野郎」

 

 面白くてついもう一度繰り返すと、フォートくんはどこか安心したように眉尻をさげた。

 

「それで?」

 

 私が大丈夫だと判断したのか、もう少し踏み込んで聞いて来た。

 自分としてもこの未消化の話を自分の中だけにとどめておきたくなかったので、先ほど言われた事を全てフォートくんに話す。

 あの特別教諭が以前話した(と思う)トンチキ予言師だったという事も含めて、だ。

 

 私の話を聞き終えたフォートくんは、難しい顔で考え込む。

 

「……これ、アラタにも話した方がいいね。あいつ自身は信用できないけど、知識的には大きいものを持っているのは事実だし能力もある。だから、まったくの与太話としては済ませられない。…………予言師どうのこうのっていう自分が危うくなる情報を晒したってことは、改心はまさか本当に……? 聞いていた人物像との食い違いはそこからか……?」

「えっと……」

「ああ、最後のは気にしないで。といっても気になるだろうから、あとでまた話すよ。僕もいったんまとめたい」

「フォートくんがそう言うなら」

 

 私がコクリと頷くと、フォートくんは急にそわそわしだした。

 今は以前の調子だったのに、また最近の変なフォートくんに戻ってしまっている。

 へいへい若人、どうしたよ。

 

「お茶でも飲みます?」

 

 落ち着かないなら口に入れるものがあった方がいいかなと提案すれば、首を横にふられた。

 

「いや。それより、大丈夫そうだし僕は部屋にもどるよ。夜遅いしね。……ファレリアの部屋には使用人って居ないの?」

「常に詰めているような使用人を連れ込めるのはアルメラルダ様レベルでないと。基本、寮の部屋は私一人ですね。身支度の時などは来てくれますが」

「そっか」

 

 フォートくんはひとつ頷くと……少し迷ってから、私の手をとった。そして自分の両手のひらで上下からはさむ。

 人の体温が伝わってきて心地よい。

 

「……姉さんが、僕が落ち着かない時よくこうしてくれたから。だから……その。……よく眠れるように、おまじない」

 

 少し照れたようなはにかみ笑顔。

 それと直視してしまった私は「(とうと)ッ……!」と眩暈がした。

 

 アルメラルダ様といい最近様子は変だけど……可愛いの過剰供給してくるの、何?

 眼福ですありがとうございます。

 

 その後しばらくなんでもない雑談をして、数十分。

 

 

「じゃあ、また明日」

「はい。また明日」

 

 

 そう最後に別れの言葉を告げて、フォートくんは帰っていった。

 いやぁ……良いもの見たわ。しかもなんかお守りにって、素敵なものくれたし。

 

 私はたった今受け取ったそれを見て顔がにやけるのを感じる。

 気休めだとは言っていたけど、これをくれた気持ちがまず嬉しい。

 

 私は嫌なことをいったん忘れることにして、その日は気持ちよくベッドに入った。

 

 

 

 

 

 

 

 だけどあの特別教諭が言う不幸とやらは、思ったより早くやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 

 

 

 私が特別教諭に奇妙なことを言われたその翌日。

 今日の特訓が終わった後にアルメラルダ様の自室でお茶をしている時だ。

 

 アルメラルダ様は途中からそわそわした様子で時間を確認していたのだが、ついには紅茶のカップを置いて立ち上がる。

 どうしたのかと話を聞けば……。

 

 

「呼び出された?」

「ええ」

 

 頷くアルメラルダ様。その様子を見るに、これからその呼び出した人の所へ行くらしい。

 

 珍しいな。普段なら「このわたくしにわざわざ足を運べというの? なんて不敬なのかしら。自分から会いに来るのが最低限の礼儀というものよ」とか言って絶対行かないはずなのに。

 

「相手はどなたなのです?」

 

 なにやら私も他の取り巻きも連れていかない雰囲気だったので、純粋に好奇心で聞いてみた。

 するとアルメラルダ様は視線をうろうろさ迷わせる。最近よく見る表情だ。

 

「……もしかして、アラタさんですか?」

「!」

 

 アルメラルダ様の肩が面白いくらいに跳ねた。

 反対に私はほっと胸を撫でおろす。

 

 そうか。ようやく会う気になってくれたかアルメラルダ様……! よかったね、アラタさん。

 

 これまでも誤解を解くために会いたい旨を第二王子を通して(王子をも使うあたり切羽詰まり具合がよく分かる)伝えていたのだけれど、アルメラルダ様ずっと誤魔化しては避け続けていたものね。

 でもこれで一回会ってさえしまえば、アルメラルダ様の誤解も解けてアラタさんも一安心できるだろう。

 

「……いっしょに、来る?」

「いえ、結構です。そこまで野暮ではないので」

 

 不安そうな顔で聞かれた(珍しい!!)けど私は首を横に振る。

 アルメラルダ様はそれにほっとしたような、でも少し不満なような器用な二面相してみせた。

 だけど私はそんな彼女をひらひらと手を振って見送る。

 

 待ち合わせ場所は人目を避けた庭園横の森らしい。多分、先日アラタさんが木になっていた場所だな。

 

 

 

 

 

 そうして一人残された私。他の取り巻きーズも居ないし、さてどうしようかなと考える。

 とりあえずアルメラルダ様の部屋から出るかと……扉の方へ向き直ろうとした時だ。

 

「ぎゃっ!?」

 

 至近距離に立派な胸板の圧。その存在感のわりにまったく気づかなかったので、驚いて変な声をあげてしまった。

 後ろに立っていたのは、今ここに居ないはずの人。

 

「え、アラタさん!? ど、どうしたんですか。アルメラルダ様、もう待ち合わせ場所に行きましたよ? ……というか、どうやって部屋に?」

 

 アラタさんの性格を考えても女性の部屋へ勝手に入るなんて考えられないし、第一アルメラルダ様の部屋は公爵令嬢だけあって常に使用人が居る。

 この奥に位置する寝室へ来るまでに、誰かに止められるはずだけど……。

 主の最もプライベートな部屋に男を入れるはずがない。

 

 しかしアラタさんは黙ったまま何も答えなかった。奇妙な沈黙が私たちの間に落ちる。

 

 

 

「……?」

 

 

 

 わずかな違和感。それは音だ。周囲の生活音が薄い膜一枚隔てたように遠ざかっている。

 それはすでに慣れ親しんだ感覚で、ここが隔離結界の中となっている事が知れた。

 

「アラタ、さん?」

「…………」

 

 ……やはり様子が変だ。

 

 ここ最近ずっと変だったと言えばそれまでだけど、今日のはそれとも違う。

 行動が行動だし、何か緊急事態でもあったのだろうか。

 それを問うために口を開きかけた私だったのだが……。

 

 

 

 

 

 

 ドッ

 

「ぇうっ」

 

 

 

 

 

 

 

 鈍い音が耳穴に入り込む。何の音だろうか。

 体がわずかに浮いた。腹に受けた衝撃は何だろうか。

 

「…………?」

 

 なにが起こったのか理解が追い付く前に、自分の体を見下ろした。

 大ぶりのナイフ。それが私の腹から生えている。

 足元には見る見る間に血だまりが出来ていき、その光景はとても非現実的に見えて……。

 

 がくん。

 

 膝が崩れ、血だまりに体が沈んだ。

 

「ハッ……はっ……! …………!?」

 

 訳が分からないまま息を荒くして床に這いつくばったまま上を見上げると、冷たく鋭利な視線とぶつかった。

 

 

 

 

 

 

「お前はいらない」

 

 

 

 

 

 

 平坦で感情のこもらない声が断罪するかのごとく告げる。

 

 それを聞いたのを最後に……私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………って言う感じの、死んだふりをしていただけなんですけどねぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我ながら崩れ落ちるところとか、完璧な演技だったと思う!

 

(ビックリしたビックリしたなにこれなにこれなにこれびっくりしたなにこれビックリしたビックリしたなにこれなにこれなにこれびっくりしたなにこれ)

 

 ドッドッドと心臓が激しく脈打っているのを感じる。背中には冷や汗がびっしりと張り付いていた。

 けど今。……私が生きている事がバレたら、今度こそ本当に()られかねない。

 そのため私はアラタさんの気配がこの部屋から去るまで、人生において最も真剣な「死んだふり」を続けなければならなかった。

 

 

 ピシャリ

(!)

 

 

 私の血もとい水の魔術で構成されたフェイクの血だまりを踏んで遠ざかっていく足音が聞こえる。

 

(へ、ヘイヘイヘーイ。杜撰(ずさん)ですね。わざわざ証拠を残していってよいのですか~?)

 

 そんな風に内心で茶化してみるが、そうでもないとやっていられなかった。平静を保てない。

 

 

 

 私は未だに何が起きたのか、何を誰にされたのか。

 目にしながらも、正しく理解できていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく。

 

 

 

 

 

『これ。……決闘の時に魔法を付与したカードをあげただろ? それの応用で作ってみた。化身と杖っていう触媒が無くても、自動的に効果を発揮するはず。気休めにしかならないかもだけど、渡しておくよ』

 

 昨日のフォートくんの言葉を思い出す。

 

 

 アラタさんが去った後、私はゆっくり身を起こした。腹部に打撲の痛みこそあるが、傷を負っている気配はない。

 首元からぶらさがっている細いチェーンが、ちゃりっと音を立てる。その先に絵札に似た長方形の薄い板がペンダントトップとしてついていて、そこにはめ込まれた魔法石は無残に砕け散っていた。

 ……役割を終えたのだ。

 

 これは昨日フォートくんがくれたお守り。それが私の命を助けてくれた。

 私を凶刃から守り、害してきた相手を欺くための幻と実体のあるフェイクを作り出す効果。それがこのお守りの発揮した力だったようだ。端的に言えば「持ち主をあらゆる害意から守る」だろうか。

 

 作った本人は気休めだと言っていたけど、これガッチガチに魔法式で構成された高度な魔法護符(タリスマン)じゃん……!

 

 決闘の時もデッキ構成に使ったカードは全て自作だと聞いて、この子の才能性能どうなってるんだと思ってはいたけれど……。まさかこんなものまで作れるとは。

 これもう売り物レベルだし飯食っていける。

 

 

 …………これが無ければ私は今、間違いなくここで死んでいた。

 

 

 

 

 そこから更に数分。隔離結界の解除も確認してから、震える体を搔き抱きながら身を起こした。

 体は無傷だが刺された時、刃で肉を押される生々しい感触が未だに残っている。思わずえずきそうになるが、なんとか唾を飲み込み堪えた。

 

 ……今は震えて身動き取れなくなってる場合じゃない!

 

「アルメラルダ様……!」

 

 アラタさんの様子は明らかにおかしかった。

 

 つーかおかしいどころかこっちは殺されてんだよ一回よぉッ!! 未遂だとしても!

 好きな人かつ同郷者からのとんだ裏切りにこっちの心はズタボロだよ!!

 

 でも過ぎたことだ。自分の気持ちに構ってばかりで、なにか別のものが取り返しつかなくなる。今はその予感の方が怖い。

 

 脳裏をよぎるのは、様子がおかしすぎるアラタさんに呼び出されて待ち合わせ場所へ向かったアルメラルダ様。

 

 

 

 私はもつれて転びそうになる足を叱咤しながら、その待ち合わせ場所へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、あの告白は誤解であったと?」

「そ、そうです。アル……エレクトリア様には恥をかかせるようで大変心苦しいのですが……。人として尊敬している、という敬愛の意でした。けして自分のような者が貴女様のように高貴な方に恋慕するなどという、烏滸がましい感情を抱いたわけではないのです。ただあの時は焦ってしまい咄嗟に……。本当に申し訳ございませんでした」

「そ、そう! ま、まったく。迂闊で間抜けな人なのね、あなた」

「返す言葉もございません……」

 

「…………!」

 

 間に合った。

 そう思いつつ、木立の間に居る二人の様子を窺えばアラタさんの様子はいつもとかわらない。

 遠目なのではっきりとは分からないけど、私の返り血(偽)もその体には付着していないように見えた。

 でもそれは偽血が霧散しただけかもしれないしな……。現に私の体を濡らしていたそれも、さっき魔力に還元されて空気に溶け消えてしまったし。

 

(でも……普通だ。やっぱりさっきのは、偽物……?)

 

 未だに刺された事実を飲み込めないため、自分にとってまだ都合の良い想像をする。

 刺されたことそのものも恐ろしいが、それが知り合い……それも好きな人にだなんて悪夢、無い方がいいに決まっているのだから。

 

 話を聞いている限り上手い事アルメラルダ様の誤解も解けたようだ。

 

 

 だが。

 

 

 私が一歩近づいて、枯れ枝を踏んで音を出してしまうなんてベタオブベタなベタオブザイヤーな事をやってしまった時だ。

 

 グルんっと人形の首をまわすようにこちらを向いたアラタさんは、私を見た途端……眼がどろりと濁った。

 

 

 

 ―――――強烈な違和感。

 

 

 

「あなたは誰!!」

 

 気づけば叩きつける様な声で誰何していた。

 その途端アラタさんは腰の刀を引き抜く。

 

「!」

「ファレリア!?」

 

 とっさに腕を広げてアルメラルダ様の前に躍り出たが、その刀がこちらへ向けられることは無かった。

 刃が添えられたのは……アラタさん自身の首!!

 

「ばっ!!」

 

 馬鹿。そう言い切る前に、体は動く。

 

 躊躇いは無かった。というか躊躇ってる暇なんて無かった。

 私は大股で前に踏み込んで一気にアラタさんとの距離を詰めると、刀身を掴んで前へ引き、アラタさんの首から離す。

 今度はもう守ってくれるお守りはない。偽物でも幻でもない自分の血がぱっと飛び散った。

 

 痛い痛い痛い!! でも、今はそんなの気にしてる場合じゃない!!

 

 相手が偽物かどうかなんてまだわからないけど、もし本人への憑依系のケースなら死なれては困るのだ。

 

「ッ! 正気に戻ってください!!」

 

 言いながら人生で初めて他人の顔に平手をおみまいした。やられる側なら幾度となくあったが、自分が人を素手で攻撃するのは初めてだ。

 だけどそんな初使用のひょろい平手はなんなく掴まれ……今度こそ、その害意は私に向く。

 

「い゛ッ!!」

 

 掴んでいた刀を引き抜かれ、手のひらに深い裂傷が刻まれる。あまりの痛さに眩暈がした。

 そして刀が振りかぶられ……閃く銀色の刀身を前にした私は、今度こそダメかと覚悟する。

 

 だけど私はどうやら、勝利の女神さまに守られていたらしい。

 

 

 

 

 ゴッ!!

 

 

 

 

 かなり痛そうな音がした後、ドサっと地面に倒れるアラタさん。

 私はそれを呆然としながら眺めた後、真横から伸びている白魚のような優美な腕の先を辿った。

 

「……フンッ! このわたくしがファレリア以外に直接拳で手を出したのは、貴方が初めてでしてよ。光栄に思うのね」

 

 腰にひねりをくわえた熟練のポーズで拳を突き出していたアルメラルダ様は、パンパンッと手を掃ってから私を見た。

 

「それで? これはどういうことかしら。ファレリア」

 

 

 

 私もよくわかんねっす。うす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




折り返し地点も過ぎ完結まで残り5話となりました。
頑張りますので応援してもらえると生きる糧になります!
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