【完結】悪役令嬢に好かれたばかりに自分の恋愛がハードモードになった取り巻きのお話   作:丸焼きどらごん

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八話 そして交わるquartet~必定のごとく鼓動は響く

 薄暗がりの中。男が一人、狂ったようにぶつぶつと独り言をつぶやいていた。

 

「ちがうちがうちがう」

「アルメラルダはこうじゃない」

「何を仲良くなっているんだ」

「今まで原作通りだったじゃないか」

「どこで狂った?」

「やはりあの女か。ファレリア・ガランドール」

「それにアラタ・クランケリッツもだ。モブのような顔に騙されたがお前のような男も原作にはいなかった」

「存在しなかったんだ、あの二人は」

「やはりお前たちが居るからだ。だから原作のように進まない」

「お前たちが居なくなればきっとマリーデルもアルメラルダも元の関係に戻る」

「マリーデルが愛する男は誰だ? 助けてやらないと」

「マリーデルの愛した男でアルメラルダの今後も決まる」

「だが今のままでは下手すれば大団円エンドだ。どうしてそんな手間ばかりかかる道に歩を進めているんだ」

「一人を愛せ。ただ一人を。そうすればアルメラルダもその男を愛す」

「堕ちろ堕ちろ堕ちろ。それが見たい。それが見られないなら意味がない」

 

 息と共に吐き出されていく言葉の濁流。それを聞くものはここにはいない。

 ただただ男の声だけが暗い部屋に響いていく。

 

 

 

「ああ、見たいみたい見たい!!」

 

 

 

 ひと呼吸。

 男はその後、恍惚に満ちた表情で叫ぶように言い放った。

 

 

 

 

「堕ちるために生まれた悪役令嬢、アルメラルダを!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはどういうことか。

 

 アルメラルダ様に問われたものの、私自身がまず一連の出来事を理解できていないため困ってしまう。

 どう答えたものか……。

 そんな風に悩んでいた時だ。

 

「ファレリア!!」

「ふぉ……マリーデルさん?」

 

 焦ったように私の名を呼んだのは、汗だくで息を荒くしているマリーデル・アリスティ……もといフォートくん。その様子からここまで走ってきたことが窺えた。

 いったいなぜここに。それと現状を知らないはずの彼がどうしてこうも焦っているのだろうか。

 

「アリスティ?」

 

 アルメラルダ様も突然現れた憎らしい競争相手を前に不思議そうにしている。その表情からはいつもの険が取れており、どこか幼い。

 ……そんな顔になるくらい、彼女もまた現状についていけていないのだ。

 

 それもそのはず。

 

 告白してきた相手が自殺しようとしたり、それを突然飛び出してきた私が阻止したり、かと思えばその相手が襲い掛かってきたり。追加でその現場へ普段忌まわしく思っている小娘が現れた、と。

 じょ、情報量過多。

 どこから理解の糸口を掴めばいいのか、流石のアルメラルダ様でも至難の業なのだろう。

 私だってこうして思考することで現在進行形で状況把握しているところだよ。

 

 とりあえず現状間違いないのは、アルメラルダ様の中でアラタさんの株が地を這うどころか地下に到達している事だけ。早々に誤解を解いてあげたいところなんだけど、今の理解度では難しい。

 どうしたものかな。フォートくん側の事情も気になるし。

 

 

 …………などを考えていると、いつの間にか近くに来ていたフォートくんが私の手首を掴んだ。

 

「……ッ! やっぱり、護符が砕けてる。なにがあったの。その手は!?」

「あ」

 

 言われてから私はようやく自分が怪我をしていたことを思い出す。

 ばっくり割れた手のひらの裂傷からは、未だに鮮血がしたたっていた。

 

 アルメラルダ様もフォートくんの言葉に呆けていた顔から一変。

 ぎっと目尻をつりあげると、彼を肩で突き飛ばして私の手を取った。

 

「おバカ! 止血なさい!」

「え、ああ……はい。……あれ……うわ……うわ!? うわあああああ痛い痛い痛い! 意識したら急に痛くなってきた!」

「当たり前でしょう! あああ、もうこんなに血が……!」

 

 私もアルメラルダ様もいいとこのお嬢様なので、ここまでの出血を見たことが無い。怪我する時も主に打撲だったしね……。

 アルメラルダ様は一瞬眩暈を覚えたようにふらついたが、すぐに持ち直して私の手に治癒の魔法力を流してくれた。

 ……あったけぇですわ……

 

 けどそれは横から伸びてきた手に阻止される。

 

「馬鹿はあんたもだ! そのまま治癒してどうする。まず水で洗い流してからだろ。変に治すと跡が残る!」

「ばっ!?」

(うおおおぉぉ!? フォートくん、口調! 口調!!)

 

 完全にマリーデルちゃんでなくフォートくんとしての口調だったので私が焦ってしまったが、アルメラルダ様はこれまで生きてきた中で人に言う事はあっても言われることなどなかった「馬鹿」という呼称に目を白黒させている。

 マリーデルちゃんしてる時のフォートくんは優しいからな……。こんな暴言、絶対に吐くまい。

 

 そしてそのフォートくんであるが、柔らかく発生させた水の魔術で私の血を洗い流し、取り出したハンカチを裂いて傷に巻いてくれた。

 その所作はどこか手慣れている。

 

「……一応、応急処置はこれでいい、はず」

「あ、ありがとうございます」

「……! おどきなさい。応急処置とやらが終わったのなら、あとはわたくしの番です! 貴女、治癒の魔法成績はあまりよろしくなかったでしょう」

(アルメラルダ様フォートくんの成績とか把握してんの!?)

 

 思ったよりライバル研究してたんだなとビビっていると、アルメラルダ様が再度フォートくんを押しのける。

 二回も突き飛ばされた事にムッとしたのか顔をしかめたフォートくんだったが、そこでようやくこちら以外……周囲を見回し、ぶっ倒れているアラタさんを発見した。

 

「ファレリア、説明をしてもらっていい? どうして僕が渡した護符が砕けるほどの攻撃を受けたのかを」

「それは……」

 

 フォートくんとしても訳わからないだろうな。

 けど彼がここに焦って来た理由だけは、なんとなく想像がついた。

 護符か。

 

「……アリスティ。貴女、本当はそんな話し方をする人だったの?」

「!!」

 

 私が答えようとしていると、その前にアルメラルダ様の疑問の声が挟まった。

 

 苛立たし気に頭を掻いたフォートくんの所作は荒々しく、口調も少年そのもの。

 アルメラルダ様が疑問を抱くのは当然だろう。さっきまでは馬鹿って言われた事の方が衝撃的だったみたいだけど。

 

「しかもファレリアの事を呼び捨てとはどういうことかしら!? 決闘の時もファレリア先輩などと呼んで図々しいと思っていたけれど、呼び捨てですって!? 気安いにもほどがありましてよ! この庶民!」

(あ、そっち突っ込むんだ!?)

 

 余談だが、この世界。めちゃくちゃ西洋風のわりに公共言語は日本語である。そのためくんちゃん様呼び捨てなどなど、相手に対する呼び方のバリエーション豊かだ。

 

 動揺するフォートくんを前に、アルメラルダ様はビシッと開いている方の手で彼を指さす。

 しかしフォートくん……しばし何か考えた後、なにやら開き直った。

 

「……気安い? ええ、そうですね。でもそれは仲がいいからですけど?」

 

 言うと彼はにっこり笑いかけてくる。

 

「ねっ、ファレリア。決闘の後から友情が芽生えたんですよね~! 私たち!」

(そ、そう来るかー!)

 

 ぱぁぁっと花開くような笑顔。

 しかしそれはマリーデルちゃんの模倣演技(エミュレーション)をしている時のような向日葵のような朗らかで明るいものではなく、もうちょっと圧が強いっていうか……。

 演技をしているようでしていない、フォートくん自身の表情だった。

 

 私は顔が引きつるのを感じつつ、こうまで言われて否定するわけにもいかず頷いた。

 もう隠すの無理だろこれ。

 

「えーと、はい。ソウデスネ」

「ねっ!」

「そうですね! もう戦いを終えた私たちは親友ですよ!」

 

 笑顔にもかかわらず高圧的な念押しに思わず勢いよく肯定すれば、次に不穏な雰囲気を発し始めたのはアルメラルダ様だ。なになになに!

 

「へぇ……親友」

「はい。ところでアルメラルダ先輩、魔力が乱れてますよ。補助しましょうか?」

「なっ」

 

 じとりとした目で私を見たアルメラルダ様だったが、治癒のために上下から私の手を包んでいた自身の手を更に上下から挟まれてぎょっとする。フォートくんだ。

 そこから流されたのは、彼女が使う治癒魔法を安定させるための補助魔法。

 

「余計なことを……!」

「我慢してください。ファレリアの傷の処置が終わるまで」

「くっ」

 

 ……なにやら奇妙な構図となってしまった。二人の星啓の魔女候補から手を挟まれ治療されている私、何。

 いやめちゃくちゃ痛かったので助かるんですけど……。

 

 しかし痛みが和らいでくると、ようやく考える余裕が出てきたので私は地面に転がるアラタさんを見る。

 

「あれ、一応拘束しておいた方がいいですかね。事情はよく分からないのですけど、多分アラタさん操られていたと思うのですよ」

「……そういうことか」

 

 フォートくんはアラタさんの横に落ちている血に濡れた刀を見ると、器用に風の魔法を指ではじき飛ばし刀を遠ざけた。

 次いでアルメラルダ様が片腕を振るい魔法詠唱をすると、近くの木々から蔦が幾本も伸びてくる。

 それらがアラタさんの体を拘束し、吊り上げた。ミノムシのような有様はちょっとおもしろい。

 

(さっすが優秀……)

 

 この二人なかなかいいコンビなのでは? とか思ってしまう。

 本人たちに言ったら怒られてしまいそうだけど。

 

 

 ……にしても。この後はどうしましょうね。

 

 

 私の見立てではアラタさん操られていた説が濃厚だが、その理由が不明のためまず誰にどう報告したものか。

 下手をすればアラタさん自身が学園生徒に刃を向けた罪に問われかねない。

 

「操作の呪法がかかったままであれば、まず解呪しなければなりませんが。誰に相談しましょう」

「ファレリア。あなたはさっきの行動が、クランケリッツ自身のものではないという確信があるの?」

「それは、はい。アラタさんって結構愉快な人なので。少なくともこんな凶行に走る人ではないですよ」

「……思ったより、仲が良いのね」

 

 「仲が良い」と言われたことに少々照れてしまう。

 するとアルメラルダ様は何かに気付いたように、こちらを見ていたフォートくんを眺めた。

 ん? フォートくん、心なしかさっきより不満そうな顔をしている……? ほっぽっとかれて拗ねたのだろうか。

 

「……なにか?」

「いいえ。ところで、さっきのが貴女の地かしら? 誤魔化せた、とでも思っている? しっかり覚えていましてよ」

「!!」

 

 瞬間、焦りを見せるフォートくん。いや、もうだいぶ今さらだね!?

 それを見たアルメラルダ様はにまっと顔を緩めた。

 

「まあ。まあまあまあ。はつらつ元気で愛らしさが売りのマリーデル・アリスティが、あんな男の子のような言葉使いをするだなんてねぇ! 正体見たり、という奴ですわね~! ほーっほほほ!」

(はつらつ元気って思ってたんだ)

(愛らしいって思ってたんだ)

 

 意気揚々と揚げ足取りをしているつもりらしいアルメラルダ様だったが、それを聞いていた私たちは微妙な顔だ。

 マリーデルに抱いていたイメージそのものはだいぶ好意的じゃんアルメラルダ様。……本人気づいていないっぽいけど。

 そうか。アルメラルダ様の中でフォートくん扮するマリーデルちゃんの評価ってそんな感じなんだ。

 ハツラツ元気。

 なるほどなぁ。

 

 

 

 

 とまあ、そんなふうに。

 微妙に脱線しながらも、アラタさんをどうするか、という事に私たちが頭を悩ませていた時だ。

 

 

 

 

「そいつはもう大丈夫だろう。呪いの力は霧散している。……候補段階とはいえ、流石は星啓の魔女だな。まさか拳を叩き込むとは思っていなかったが」

「!?」

 

 そう言ってガサガサと茂みをわって現れたのは、目隠れもさもさポニテ男。……昨日いろいろかましてくれやがった研究塔の特別教諭だった。

 昨日の事を想い出しぞわっと肌が泡立つ。それを察したのか、さりげなくフォートくんが前に出てくれたのが頼もしかった。

 ……こういう所、フォートくんってめちゃくちゃ男の子よね。

 

 予想外の人物が現れた事。そしてその発言内容に、私たち三人がそれぞれ困惑する。

 

(……って、ちょっと待て。拳を叩き込むとか言ってたって事は、こいつ結構前から見てやがったな!?)

 

 しかし私たちの困惑など知った事かとばかりに、特別教諭はフォートくんの後ろに隠れる私へと視線を向けた。

 

「思っていたより早く災いを被ったようだな。一体誰の不興を買ったのだね? ガランドール」

「清く正しく生きてきましたけど!?」

 

 反射的に返すが、特別教諭は答えなど求めていなかった様子だ。

 彼は木につるされたアラタさんを見て顎をさする。

 

「……まあいい。さて、その男は俺があずかろう。正気に戻っているか、確証も無いままでは不安だろう? 見張っておいてやるとも」

 

 本来ならありがたい申し出である。だが相手は学園の教諭とはいえ、あまり信用できない相手。

 どうするべきか私が悩んでいると……次に声をあげたのはアルメラルダ様だった。

 

「……任せておけませんわね」

「ほう? どうしてだね、アルメラルダ・ミシア・エレクトリア」

「貴方の人間性を知っているからですわ。訳知り顔なのも胡散臭い。それに言葉からしてすいぶん前から見ていたご様子ね。……生徒の危機を放っておいて野次馬するような人間、信用できるとでも?」

 

 あ、アルメラルダ様も気づいていたか。

 というかこいつアルメラルダ様にも胡散臭い思われてんじゃねーですか。

 誰から見ても胡散臭いのだけど、一応アルメラルダ様も補佐官候補に絞っている相手のはず。その相手に取り繕うこともなくそういった評価を下すのだから相当だ。

 

「これは……手厳しい。一応、俺も補佐官候補なのだろう。もう少し媚を売ってくれても良いと思うのだが」

 

 自分で言っちゃったよ。

 しかしアルメラルダ様はその発言をぴしりと叩き落す。

 

「それとこれとは話が別ですわ。さて。……クランケリッツを連れて行くというのなら、わたくしも共に参ります。よろしいですわね?」

「アルメラルダ様!?」

 

 驚く私を前に、アルメラルダ様は笑みを浮かべた。

 

「貴女の好きな人ですものね。このわたくしが責任を持って見ていましょう。……刃物を振りかざす相手を前に飛び出て、わたくしを守ろうとしたご褒美とでも思っておきなさい」

 

 その発言に思わずじ~んとしてしまった。あ、アルメラルダ様が私のために動こうとしてくれてる……!?

 けど申し出はありがたいものの、変態とアルメラルダ様を二人きりにするのは憚られる。

 

「なら私も」

「貴女はしっかりと治療を受けてらっしゃい。一応処置はしましたけど、万全ではないわ。……ああ、そうそう。保健室ではなくわたくしの部屋に行くのよ。わたくしのメイドが治療魔法に長けているのは、貴女も良く世話になったのだし覚えているでしょう」

 

 そこで言葉を区切ると、アルメラルダ様は意味深な目をフォートくんにむけた。

 

「……アリスティ。ファレリアの付き添いを頼めるかしら?」

「……私でいいんですか?」

「貴女以外に居ないのだから、しょうがないでしょう」

 

 まさかアルメラルダ様に私を託されるとは思っていなかったのか、フォートくんはポカンと口をあける。私も驚いた。

 その反応に溜飲が下がったとばかりにアルメラルダ様は笑みを深くする。

 ……こちらの笑みは私に向けた柔らかいものではなく、だいぶ悪辣だ。悪役令嬢スマイルとでも呼ぼうか。

 

「仲良しを自称するならしっかりと送り届けなさい。ああ、ファレリア。そのことも後で聞かせてもらいますわよ」

「ふぁ、はい」

 

 最後にじろりと睨まれて肩をすくませた私である。ど、どう説明したらいいんだろう?

 ……まあ、後の事は後の私に任せよう。

 

 

 

 

 そうして研究塔に向かう二人と一人(気絶中)を見送ると「そうだ」と思い出してフォートくんに向き直った。

 

「ごめんなさい。せっかくもらったお守り、さっそく壊れちゃいました」

「それは別にいいよ、君が無事なら。……でもぼ、私も未熟ですね。手を切られたくらいで壊れる護符だったなんて。しかも怪我、防げていないし」

 

 しょんぼりと肩を落とすフォートくん。

 先ほどからうまく"マリーデル"を取り繕えない様子の彼は、私の首元に目を向けた。

 

 ペンダントトップの飾りについていた宝石は砕け散り、今そこには何の力も宿っていない。

 聞けばそれは効力を発揮した時、製作者であるフォートくん自身に護符の発動を伝えるのだとか。それで彼は私に何かあったのかと、学園中を走り回って探してくれていたらしい。

 

 だけど、なにか誤解を与えているようだ。

 この魔法護符は不発に終わってなんかいない。確かに私の命を救ってくれたのだから。

 

「いえいえ、そんな! ちゃんとこれには守ってもらいましたよ! えーと……これが壊れたのはですね。さっき殺されかけた時でして……」

 

 

 

 

 

 

 

「「は?」」

 

 

 

 

 

 

 

 私がそう述べると、目の前の少女少年と、Uターンしてずかずか令嬢らしくない足取りで戻ってきた公爵令嬢が異口同音に柄の悪い声を発する。

 アルメラルダ様、今の距離で聞こえたんですか!? 結構遠くにいたと思うんですけど!

 

「ちょっと待って殺されかけた? それ初耳だけど? 詳しく話して?」

「わたくしもでしてよ。聞いていないわ。すぐに話しなさい」

 

 至近距離からそれぞれ系統は違うとはいえ麗しい美少女顔に詰め寄られ、私は「おおう」と圧に押されながらまたもや藪蛇ったかと察しつつ、抗うすべもなく問いにぺろっと答えた。

 

「あ……と。いや、そのですね。さっきここへ来る前に、アルメラルダ様の部屋でアラタさんに刺されたんですよ」

「あの男やはり息の根止めてきますわ」

「待って待って待って!? 未遂ですし、操られてたっぽいと言ったじゃないですか!?」

「事実こそ全てよ」

「ちょ、だから待っ、おぁぁあああああ! 力つよっ! マリーデルちゃんも止めるの手伝って下さ……おおおおおお!?」

 

 話した途端、扇に"必殺"に相応しい魔法力を宿してアラタさんのもとに向かおうとしたアルメラルダ様。それを羽交い絞めにして必死になって止める。

 しかしその力は強く、ここはフォートくんに助けてもらおうと協力を呼び掛けたのだが……。

 

「や、やめんかマリーデル! こいつは俺が連れて行くと……」

「胴体だけで我慢してくれませんか?」

「首だけ持って行く気か!?」

 

 こちらはこちらで特別教諭からアラタさんを回収しようとしていた。

 それも会話内容がなかなかに不穏である。

 

 

 なんとか私が弁舌を駆使して二人を止めたのは、それから十分後のことだった。

 

 

 あの変態特別教諭まで慌てさせるとは……と生唾を飲み込みつつ、私はさっきの続きを話す。

 

「それで、ですね。マリーデルちゃんがくれたお守りのおかげで事なきを得たんですけど、アルメラルダ様がアラタさんと待ち合わせをしていたでしょう? これは大変だと思って、刺された後に慌てて走ってきたというわけですよ。つまり走れるくらいに元気! 問題ありません!」

 

 アルメラルダ様の視線がそこで初めて私の首飾りに向く。

 今まで服の下に隠していたので、アルメラルダ様が目にするのは初めてだ。

 

「アリスティが作ったお守り?」

 

 視線と共に問われ、フォートくんが頷く。

 

「決闘の後に、友情を記念して差し上げました」

「……私、この魔法護符が無ければ確実に殺されていました」

 

 今さらになって体が少し震える。

 昨日といい、散々だ。それが特別教諭が言うようにこの眼が呼び込んだものだというならとんだ邪眼だよ。

 取り換えの効かないものだし、本当にこれが原因とは信じ切ってないけれど。

 

「……ともかく、その時からすでにアラタさんの様子は変でした。これ以上は情報らしい情報は無いのですけど……やっぱり呪われてたって事でいいんですよね? 先生」

 

 途中、ついでなので特別教諭にぶん投げた。頼みますよ。一応先生なのですから、あなた

 

「……ああ。精神操作を受けていたことは間違いないな。……詳しくは俺の研究室で調べよう。二級魔法騎士ほどの魔法耐性を持つ奴を操る呪いの構造、興味がある」

「貴方にお任せすること自体はすごく不安なので、後で他の先生にも行って見てもらいますね」

「水を向けておいてその言い草かガランドール」

 

 不満そうにする特別教諭を無視すると、私はフォートくんに頭を下げた。

 

「本当に、命を救われました。ありがとうございます」

「いいえ、ファレリアが無事なら私はそれで。……けど話を聞いて納得です。何年も両親が祈りを込めてくれた星石を使った自信作だったから、壊れた様子を感じて本当に驚きました」

「ちょっと待ってくださいフォ、マリーデルちゃんこれに使ってた石ってもしかして形見とかだったりします!?」

「そんな事どうでもいいじゃないですかファレリア」

「どうでも良く無いんですが!? だって、粉々……!」

 

 

「命の方が大事だろ。君の」

 

 

 マリーデルの口調かと思ったら突然地の言葉使いで言われて、心底彼がそう思っている事が伝わってきた。

 心臓が跳ねる。

 

 この子、どこまでいい子なんだ……!?

 

「……ふん、マリーデル・アリスティ。少しは見直してあげましてよ。……それにしても、形見。貴女、ご両親を亡くしていたのね」

 

 安定しないフォートくんの言葉使いに困惑しつつも、アルメラルダ様は初めて知った「マリーデル」の背景に少々認識を改めた様子。

 そのことにちょっぴり良い兆しを感じつつ。私は今度こそ研究塔に向かうアルメラルダ様と特別教諭を見送り、フォートくんと一緒に怪我の処置のためアルメラルダ様の自室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルメラルダの部屋へ向かう途中、フォートはずっとファレリアの手を握っていた。

 その姿に注目が集まるが、フォートは気にせず歩く。手を引かれているファレリアは嫌ではないが周囲の視線が少し困る、といった様子だ。

 そしてアルメラルダの部屋がある、比較的高位貴族の令嬢たちが住まう寮棟へ来た時。

 

 周囲の人影が途切れると、フォートは呟くように言った。

 

「アラタのような強い……それこそ第二級魔法騎士相手に、精神を操ったり乗っ取ったりする呪法をかけるのは至難の業だ。……それこそ元から抱いていた感情を利用でもしない限り、ね。本で読んだ」

「え、えらい。勤勉ですね。私、授業範囲以外全然勉強していませんよ」

「君はもっと勉強しなよ。環境に恵まれてるんだから」

「ごもっともです」

 

 しおっと肩を落とすファレリアだったが、「それにしても」と首を傾げる。

 

「今回の件。本当に誰の仕業なんでしょう。こんなイベント無かったはずだしなぁ……」

 

 唸るファレリアにフォートは己が言葉に含ませた内容が伝わっていないことを察し……これ以上は良くないと考えながらも続けた。

 

「ねえ、ファレリア。これは、忠告のために言っておくよ」

「あ、はいはい。なんでしょう?」

「……元からアラタが抱いていた、操られてしまうことに使われた感情。それはなんだと思う?」

「えー……と。ストレス?」

「合ってるけど、それだけならアラタはきっと跳ねのけられたよ。これはもっと部分的な……個人への感情が起因していると僕は予想する」

「個人」

 

 ファレリアが不安そうな顔で見てくるので、一瞬躊躇する。

 だがこれは必要な事だと己に言い聞かせ、フォートは"それ"を口にした。

 

「何故かは知らないけど、アラタはずっとファレリアに不信感を抱いていたよ。それを利用されたのなら、今回狙われたのはやっぱり君だ」

「え……」

 

 数秒の沈黙。

 

「そ、そうですか。狙われちゃいましたか、私。一体誰でしょうねぇ。私の可愛さに嫉妬しちゃった人とか? いや~、でもアラタさんほどの慎重な方なら、やっぱり原作に居ない私の事なんて信用しなくて当たり前ですよね~。そっか、そっか。まあ納得です」

 

 口調がやや早い。自分を納得させるように言葉を紡いでいる。

 そんなファレリアの様子に、フォートは罪悪感と共に……心の奥底で、わずかに歓喜する自分に気付いた。

 

 話したことは事実だ。しかし明確に嫉妬の感情が入り混じっている。

 これでファレリアからのアラタへの感情が、少しでも薄れればいいと。離れればいいと。

 

 ……その自覚をもつフォートは、自分の感情すら俯瞰的に見る癖がついているのは嫌なものだなと眉をしかめた。

 

(ああ、嫌だな。本当に、嫌だ)

 

 傷つくと分かっていた。

 しかしそのことで少しでもアラタに嫌な気持ちを抱いてくれたらいい。

 そんな風に思ってしまう自分の心が醜い。

 

(こんな気持ち知らないままでいたかった)

 

 淀むように心の奥底に溜まっていく熱を帯びた泥。フォートは抱く気持ちをそう認識していた。

 けして表に出してはならない。しかしそう思えば思うほど、加速度的にその泥はフォートの心を占領していく。

 ……「好ましい」程度に収まるよう調節はしているが、攻略対象達の好感度を上げていく過程でもしそういった気持ちがもし自分へ向けられていたら。それを考えるとゾッとする程度には、この気持ちは醜悪だ。

 

 

『いつか素敵な人と恋をして、かわいいお嫁さんになるの』

 

 

 幼い頃、姉が無邪気に夢を抱いていた砂糖菓子のような気持ち。それが恋だと思っていた。

 だが実際はこんなにも……。

 

 

 

 フォートが忸怩(じくじ)たる思いを抱いていると、くんっと腕が後ろに引っ張られる。否、手を引いているファレリアが足を止めたのだ。

 

「ファレリア?」

「ご、ごめんなさい。そのですね。さっきまでアドレナリン大放出って感じであんまり気にしてなかったんですけど……」

 

 ちらと視線を向ける先は、アルメラルダの部屋がある方向。

 その体は震えていた。

 

「刺された場所に行くのは、流石に記憶が刺激されるというか。ちょっと待ってもらえます? すぐに整えるので」

「……!」

 

 そうだ。ファレリアはつい先ほど殺されかけたと……そう言っていたではないか。

 

(なのに、僕は自分の都合ばかりで。しかもファレリアの気持ちを刺激するようなことを言った)

 

 自分が本当に嫌になる。

 

 

 それと同時に、急に一つの考えが鮮明になった。

 

 

(もしかしたら、ファレリアは今。……僕の前に居なかったのかもしれない)

 

 昨日のことを受けて、たまたま自分が護符を渡していた。それが無ければ今頃ファレリアはアルメラルダの部屋で冷たくなっていたのだ。

 じわじわと目の前の相手を失うかもしれなかった現実を受け止めて、フォートは体の中が冷え切っていくのを感じた。

 

「フォートくん? どうしました?」

 

 相手はといえば震えているくせに呑気に聞いてきて、こちらの気など知りもしない。

 だけど動いている、生きている。

 

 

 

 ……本当に?

 

 

 足りない。

 繋いでいたファレリアの手に深く指を絡ませる。

 それでも足りない。

 

 

 

 たまらなくなって、フォートはファレリアを腕ごと引き寄せ抱きすくめた。

 

「!?」

 

 驚く気配を感じるが、気にせず抱きしめる。

 あたたかい。血のかよっている生者の温度だ。

 それを確かめるように柔らかい体に腕を回していると、いつもほんのりと香っていたファレリアの香水がより強く鼻先をくすぐる。

 

「フォートくん? おーい。どうした、フォートくーん?」

 

 首元に顔を埋めていると真横から戸惑った声がする。

 早鐘のように響く心臓の音は失うかもしれなかった恐怖からか、それともこの相手へ向ける恋慕によるものか。

 判別できず、ただただ自分で困惑する。

 まるで迷子にでもなったような気持ちで顔を上げると……至近距離で赤い瞳とかち合った。

 

「その、どうしました? えへへ。もしかして、心配してくれたんです? 大丈夫でしたよ。フォートくんがくれためちゃつよお守りがあったので」

「……でも、一歩間違えてたら、死んでた」

「それはすでに"もしも"の話です。私はちゃんと、ここにいますよ。それを確かめたかったんですよね?」

 

 抱きしめたことをそう解釈したらしいファレリア。間違ってはいないが、フォートは心に引っかかりを覚える。

 

 ……ともかく相手が"そう"思ってくれている間に離さなければ。でなければ何かが変わってしまう。

 フォートはずっとこの体温を感じていたいと感じながらも、ファレリアの体を解放しようとする。

 しかし、それは少し遅かったらしく。

 

「あの……ところで。さすがにちょっと照れてしまうので、そろそろ離してもらえると助かるなぁ、なんて」

(あ)

 

 

――――まずい。

 

 

 がらがらと崩れる理性を自覚した。

 

 いつもの無表情の癖に、やはり感情自体は豊かで。うつむきこちらを見ないファレリアの頬は、ほんのり赤かった。

 

 誰だって異性にこの距離で居られたら照れくさくなるだろうとか、きっと自分と同じ気持ちで赤くなっているわけではないだとか。

 いくらでもそんな考えが脳内を駆けていくのに、どれ一つとして掴むことは出来ない。

 するする通過していって、残った空白に収まったのは剥き出しの欲のみ。

 

「…………」

 

 耳元で心臓の音がする。

 互いの呼吸音がやけに大きく聞こえた。

 それもそのはずだ。珊瑚色の唇がすぐ目の前にある。

 もっと近づく。

 互いの呼吸がぶつかる。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「ん゛ッん゛ー!」

「わっ!?」

 

 唸るような咳払いが聞こえたと思ったらぐいっと首根っこを掴まれて、そのままバランスを崩したフォートは尻もちをついた。

 

()っ」

「あら失礼?」

「アルメラルダ様!?」

 

 フォートをファレリアから引き離したのは、研究塔へとむかったはずのアルメラルダだった。

 彼女は尻もちをついているフォートを見下ろす。その視線は氷のように冷え切っていた。

 

「……さて、アリスティ。貴女も一応星啓の魔女候補なのですから、一緒についてらっしゃい。わたくしがわざわざ呼びに出向いてやったのよ。もちろん来るわよね?」

「え……と。どういう」

「反応が鈍い!」

 

 容赦ない叱責が雷のように落ちてきて、フォートは思考が定まらないまましどろもどろに「行きます」と頷いた。

 

「それで良いのよ。……なんでも先生によればわたくし達星啓の魔女候補には、呪いを消す力がそなわっているとか。念に念を入れたクランケリッツの最終的な呪法除去の処置のため、二人そろっていた方が良いそうよ。……ファレリアは怪我の処置をしたあとは部屋に戻っていなさい。ここまでくれば、もう一人で行けるでしょう。ああ、必ず誰か護衛をつけるのよ。わたくしのメイドに言えば手配してくれるわ」

「あ、はい。……はい?」

「貴女もなの!? 呆けた顔をしていないで、さっさとお行きなさい!」

「はいぃぃぃッ!」

 

 アルメラルダの声を受けて、石のように固まっていたファレリアは飛び上がってすでに扉の見えているアルメラルダの部屋に向かって駆けだした。

 それを見送ると、アルメラルダは尻もちをついたままのマリーデル(フォート)を見る。

 ……夕日に照らされたように赤いその顔を。

 

 

 

 

(今、なにしようとしてた……!?)

 

 

 

 

 フォートは口元を押さえて今の自分の行動を自問自答しては堂々巡りの考えを繰り返していた。ドクドクと心臓がうるさくなる。さっきからずっと鳴りっぱなしだ。

 

 その脳天をバスンッ、と扇で叩かれてようやく我に返るが、叩かれたことに怒る余裕もない様子。

 

「今のは、その!」

 

 口から飛び出たのは言い訳のための助走。

 しかしアルメラルダはそれをばっさり切り捨てた。

 

 

 

「貴女にファレリアは渡しませんわよ」

 

 

 

 ひゅっと息をのむ。

 フォートのハトが豆鉄砲でもくらったような顔を見たアルメラルダは、開いた扇で口元を隠しながら目を細めた。

 

「ふふっ。そんな顔を見て分からないほど、わたくし鈍くなくってよ。……まあ、貴方がそういった趣味の方とは知りませんでしたけど」

「ちがっ。違います! どうしてぼ……私が、あんな」

「あんな!? うちのファレリアに何かご不満でも!? 確かに顔しか取り柄の無い子だけども、貴女ごときにそんな風に言われるような子に育てた覚えはありませんわ!」

「そうじゃなくて! っていうか育てたって何、親か!? ああもう!!」

 

 どう答えればよいのか。混乱した頭では到底その解をはじき出せそうにない。

 するとアルメラルダは軽く息をついてフォートの後ろ襟をひっぱる。

 

「ちょ、猫じゃないんだから! 首元掴むのやめてよ!」

「あなたの化身は猫だったじゃない」

「そうだけど!」

「……どうやら大きな猫もかぶっていたようだし?」

「…………!」

 

 フォートはそこで散々アルメラルダの前で素を晒してしまった事に気づき、余計に思考のドツボにはまる。だがそれに対してアルメラルダは上機嫌だ。

 

「今日はあなたの弱みをたくさん握ってしまったようね。ほほほ! さっ、モタモタしていないで行くわよマリーデル・アリスティ」

 

 アラタが正気に戻ったらなんと説明しよう。

 

 

(だけど、ああ。そうか。これってもう、隠しておけるほど小さなものじゃない……のか。だったら僕は……)

 

 

 フォートは忙しない自分の内面に頭痛を覚えつつも、どこかすっきりとした気持ちも抱いていた。

 相変わらずドロドロとした醜い気持ちであることには変わりないが、それも受け取り方次第かもしれない。

 生涯においてそんな強い気持ちを向ける相手に巡り合えたことは、きっと幸運だ。

 

 

 たとえそれが、叶わぬ想いであろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 ファレリアを前に地面に額を擦りつけて土下座の体勢をとるアラタの姿があった。

 

 

「本当に、すまなかった……!」

「あ、いえいえ~」

「そんな軽く流していい事ではないが!?」

「それもそうなんですけど、こっちはこっちでそれどころじゃなかったというか。人はすでに終わった過去より目の前の事に気をとられるというか……いや本当どうしよう……」

 

 もにょもにょと言いよどむファレリアの頬はほんのり赤く、挙動不審だ。

 ついさっき目を覚ましたばかりのアラタはその様子に首を傾げる。

 よく自分に対して顔を赤くすることはあったが、今のそれはアラタに向けられているものではない気がするのだ。

 

 

 彼は自分を排除した上での恋愛沙汰の匂いには敏感だった。

 

 

 伊達に前世からカプ厨をやっていない。

 この世界の原作ゲームをプレイしたのだって、主人公であるマリーデルと攻略対象の全カップリングを見るためである。

 

「と、ともかく! こうしてアラタさん自身に私を傷つける意図は無かったと確認も出来た事ですし、一回リセットしましょうリセット。ね?」

 

 何かを誤魔化すように話題をぶちぎったファレリアは、そう言って和解を示すようにアラタの手を取る。しかし。

 

「ひっ」

 

 ファレリアの手を振り払い、アラタは転げるように後ろへ後ずさった。

 

「……えっと……」

「アラタ……さん。もしかして、操られていた間の記憶は残っています?」

「……ああ」

 

 アラタに問うたのはフォートだ。

 

 ちなみに現在。ここ研究塔の一室に設けられた寝室に集まっている人間は、部屋の主である特別教諭の他"五人"。

 ファレリア、マリーデル(フォート)、アルメラルダ。

 加えてアラタの護衛対象である第二王子とその兄の第一王子だった。

 

 例の一件があった後、特別教諭がアラタから呪法の気配が完全に消えたことを確認しアラタの関係者である王子に連絡したのだ。

 

 

 

「また君を傷つけるのではないかと怖いのだろう」

 

 アラタの様子をそう称したのは第二王子。いたましそうに自分の護衛の様子を窺っている。

 

「気にしなくていい、といってもこればかりは本人の気持ちが追い付かないと無理ですものね」

 

 ファレリアはそう納得すると、大人しく引き下がり……アルメラルダの横にそそそっと移動する。

 ちなみにだが、アルメラルダを挟んでマリーデル(フォート)の反対側だ。

 

「……はぁ。また一発くらいおみまいしてやろうかと思いましたけど……」

 

 そうため息をつきながら言ったのはアルメラルダ。

 彼女から殴られたこともしっかり覚えているアラタは、断罪されるのを待つように首をうなだれさせた。

 だがアルメラルダがその拳を彼にふるう事は無かった

 

「貴方も被害者のようですからね。とりあえず、互いの認識はすりあわせたのだし一応の手打ちとなさい」

「え……」

「大の男がびくびくと見苦しい。貴方は仮にもわたくしに勝った男なのだから、もっと堂々としていなければならないわ」

「けど、俺は……」

 

 なおも言い募ろうとするアラタを、アルメラルダはびしっと扇で指す。

 

「今はファレリアと貴方を害そうとした相手を見つけだし、処するのが先決でなくて? ビクついている暇などなくってよ!」

「はい!」

 

 気迫のこもった喝にアラタの背筋が伸びる。

 その様子に可笑しそうに笑ったのは、それまで沈黙を保っていた第一王子だ。

 

「流石だね、アルメラルダ。私は君のそういう所を好ましく思う」

「まあ、殿下。もったいなきお言葉ですわ」

 

 先ほどまでアルメラルダ節を振るっていた彼女も、流石に第一王子の前ともなると多少しおらしい様子を見せるようだ。口元を扇で隠し楚々と笑う。

 

「アラタも彼女の言う通り、反省はそこまでにするとよい。私が許そう」

「はっ」

 

 鷹揚に述べた第一王子を前に、やっと多少覇気を取り戻したアラタが臣下の礼をとって跪いた。

 更に第一王子は続ける。

 

「ふむ……。しかし、今のところ下手人の手がかりは無しか。呪法が使われていたことだけは確かなのだな?」

「ああ。この俺が確認したのだから間違いない」

 

 王子相手にも不敬な口調を崩さないのは特別教諭。

 しかし第一王子は気にした様子も見せず、ひとつ頷いた。

 

 

 

 

「ではひとつ提案したいのだが、こういうのはどうだろうか。犯人が捕まるまで、アラタを"君たち"の護衛につけるというのは」

 

 

 

 

「え」

「え」

「え」

 

 異口同音に困惑の声を発したのはファレリア、アラタ、アルメラルダ。

 

 マリーデル(フォート)は静かに見守っている。

 一応現場に居合わせ、アルメラルダと共にアラタにかけられた呪法を除いた(と思われている。実際マリーデルでないフォートにその力は無い)実績があるため呼ばれたが、現在自分は話の中核に関わる位置に居ないことを自覚しているのだ。

 

「アラタが再度操られる可能性も危惧するなら、それを防ぐ環境を整えねばなるまい。呪法は一度かかると、同じものに対する耐性が低下するからな。そして呪いの類は星啓の魔女候補であるアルメラルダとマリーデルには効かず、同時に君たちは呪いを解く力も備えている」

 

 第一王子はアルメラルダ、ファレリア、マリーデルの顔を順番に見る。

 

「君たち自身としても、もし他に操られたものが出てきた場合に強い護衛が近くに居れば心強いだろう。……一見狙われたのはファレリア嬢だけに思えるが、犯人の目的が分からない以上アルメラルダも狙われていないとは限らない。良い提案だと思うが。なあ」

 

 第一王子が同意を求めたのは第二王子。普段アラタが仕える本来の護衛対象だ。

 

「…………。そうですね。アラタも今回の件を気にしているようだし、襲われかけた二人が気にしないのであれば。本人の贖罪を兼ねて、兄上の提案を受け入れてほしい」

「その間、弟の護衛は私が手配しよう。まあもともと、アラタを弟の護衛に取り立てたのも私なのだが。それもあって本日この場に出席させていただいた」

「そういうことでしたら」

 

 王子二人による提案をつっぱねるわけにもいかないと、戸惑いながらもそれを隠したアルメラルダが頷いた。

 

「いざという時は、またわたくしがクランケリッツに拳を振るえば良いのでしょうか」

「ふふっ、頼もしいな。しかし護衛の距離を保つならその必要もないだろう。きっと呪法を向けられても星啓の魔女候補の近くに居れば中和されて効力を発揮しない」

「……そういえば星啓の魔女に呪いが効かない、というのは今回初めて知ったのですけれど」

「そこは、すまないね。星啓の魔女が正式に決まった後、本人にしか言えないことが色々とあるのだよ」

 

 そう言われてしまえばアルメラルダとしても引き下がるしかない。

 「だったらなんでこいつは知っているんだ」と、候補者の自分が知らないことを特別教諭が知っていた事には不満を覚えているようだが。

 

「では改めて問うが、提案は受け入れてもらえるだろうか?」

「もちろんですわ。せっかくの殿下のご厚意ですもの」

「ファレリア嬢もかまわないか」

「はい。アルメラルダ様が良いのであれば」

「では、決まりだな」

 

 艶やかな赤い長髪をかきあげると、第一王子は雅やかな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 そんな中。

 

(え、え、え。何。護衛? ……俺が、アルメラルダたんの!? 待っ、俺自身が原作の間近くに居座るのは……! え!?)

 

 

 さっそく心が死にそうになっているアラタ・クランケリッツに気付いたのは、フォートのみであったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後のことだ。

 少し前に学園中を"決闘"という催しで賑わせたばかりの四人が、再び注目を集める事となる。

 とはいえ、今度は決闘などという特別なことをしているわけではない。単に一緒に歩いているだけだ。

 

 だが、その"だけ"こそが異様なのである。

 

「ところで、何故貴女まで一緒に行動しているのかしら? マリーデル・アリスティ。わたくしは貴女がそばに居ることを許した覚えは無いのだけど」

「アルメラルダ先輩でなく、ファレリアと一緒に居るだけですよ~。友人ですから! あんな事を聞いて放っておくほど薄情ではありません。心配なんです、私も」

「わたくしだけで事足りるわ。わざわざ護衛として貸し出されたクランケリッツも居るのだし、貴女がここに居る必要があって? 過剰な自信が透けて見えるようね。あさましい」

「でもアラタさんのように呪法を受けた人が複数人で一斉に襲い掛かってきたらどうします? アルメラルダ先輩、一人でそれ全部どうにかできます? 万が一アラタさんがまた呪法を受けて使い物にならなくなったら?」

「ぐ……っ」

「そういうわけで、星啓の魔女候補が二人いた方が安全安心というやつですよ」

「ちっ、無駄に口が達者ね貴女」

 

 

 マリーデルとアルメラルダの応酬の途中で被弾した者が居るが、二人はそれに構わず続けている。

 

 

 

 なお、このやり取りは真ん中にファレリアを挟んだ状態で行われていた。

 

 

 

(ステレオにうるさい……)

 

 しかも二人とも左右からファレリアの腕を掴んで引き寄せているため非常に歩きにくい。この中ではファレリアが一番背が低いため特にだ。

 

「あ、あはは。これってモテ期っていう奴なんですかね? わぁ~。両手に花~。本命は後ろの人なんですけどねー」

「俺は空気だ俺は空気だ俺は空気だ推しの近くに肉体を伴って存在する事など烏滸がましい許されない俺は空気俺は空気」

「貴女の本命の人は空気になりたがっているみたいよ」

「アラタさんしっかりして! 自己を保って! キャラ崩壊してますよ!」

 

 空気を和らげようと試みるもあえなく失敗したファレリアである。

 

 

 

 

 

 

 こうして、奇妙な四人組が出来上がったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の放課後。

 現状整理のためにやっとフォートと二人になるタイミングを掴んだアラタは、憔悴した様子ながら呪法を受けた直後よりは元気になっている様子だった。

 その心は現在進行形で「推しの近くに自分が存在する」「原作崩壊」によってダメージを蓄積しているのだが。

 

 フォートはそれを確認すると、この機会を除けば他にタイミングは無いだろうなと……ここ数日、ずっと考え続けていた事を形にしようと決めた。

 

 

「アラタ。僕、開き直ったから」

「な、何を?」

 

 藪から棒に。そう称するに相応しいフォートの突然の言葉にアラタが身構える。

 フォートは構わず続けた。

 

「全部諦めようとしてたことを諦めて、開き直った。」

 

 何かしらの覚悟を決めた声。それだけはかろうじて理解したアラタだが、それ以外はまったくわからない。

 

「だから何をだ。俺は現状をどうにかしようと話し合いをしようとだな……」

「それもそうだけど、その前に僕なりの宣戦布告だよ」

「不穏な単語出すのやめろよ!?」

 

 

 いよいよ何事だとアラタは戦々恐々と続きを待つが……待っていたのは、思いがけない内容だった。

 

 

「……今回の事で、思い知った。隠しておくにはちょっと気持ちが大きくなりすぎたんだ。こんなのもう、開き直るしかないだろ」

 

 苦々しいようでどこか満足そうでもある、感情の入り混じった表情。そこからは未だ真意が見えない。

 アラタはフォートの言葉を待った。

 

「無理だって分かってる。僕が身の程をわきまえないといけないってことも。でも、それでも止められなくなった。……だって、方法はどうあれあんな素直に愛情を表現するアルメラルダが居るんだもの。見てたら羨ましくなったよ」

「うん……うん?」

「だからせめて僕の事をめいっぱい、心に刻みつけてやりたい。ずっと覚えていてほしい。僕がここからいなくなった後でも」

「あ、ああ。そうか。うんうん、はい」

 

 段々と輪郭を露わにしてきた話の内容に、アラタはざわっと心が泡立つのを感じる。

 しかしそれは不快なものではなく、むしろ期待。

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「アラタ。もし今さら君がファレリアを好きになったとしても、そう簡単に上手く行くとは思わないでよね。君が彼女の想いに応える前に、僕の方がたくさん彼女の心を占めてやるから」

 

 そう言って、フォートは艶やかに笑った。

 

 

 

 

 その後、本題である状況整理とファレリアを交えての密会予定を組み解散したのだが。

 アラタは先に密会場所から去っていくフォートを見送った後。周囲に人が居ないことを確認すると、身もだえるようにして叫ぶ。

 

 

 

「せ、青春ーーーー!! 祭りだぁぁぁぁッ!! 久々に推しカプ来たかもしれん!!」

 

 

 

 カプ厨にとってフォートの宣戦布告は、美味しい美味しいご褒美ごはんでしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてアラタが叫ぶ一方で。フォートが宣戦布告をする様子までを見ていた者が居た。

 宣戦布告後の会話を聞かれなかった事だけが幸いであっただろう。

 

 その者は足早にアラタとフォートの密会場所から離れると、密やかに笑った。

 

 

(……フン。二人でこそこそなにをしているかと思えば。宣戦布告、とはね。マリーデル・アリスティ、そこまで本気でファレリアの事を。気に食わない小娘であることに変わりはないけれど、その心意気やよし。………………まあ? ぜっっっっっったいに認めませんけどね! ええ!)

 

 

 

 

「……ほんの少しだけ、あなたを好きになれそうですわ。ふふふふふふふ。性別を超えてまでファレリアを好きになるだなんて、なかなか見る目があるじゃありませんの。まあ? わたくしが色々手塩にかけて育てているわけですから? ファレリアが魅力的なのは当然なのだけど。ほほほほほ!」

 

 

 

 

 

 

 こうしてファレリア本人があずかり知らぬまま、恋する相手に別の相手とのカップリングを推されたりなどなど。

 不穏な影をはらみつつ、彼女の恋路はよりハードモードの道を突き進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ↓




フォート・アリスティ(魔法うんぬんかんぬんで骨格レベルで女性体型に近づけている時の姿)

【挿絵表示】

マリーデル本人だともっと表情が明るく快活です。

もし間に合ったらミニキャラでない主要キャラ立ち絵も全部描きたいところです。(し、締切
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