月と導きの青い星   作:源石古龍観測隊

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第2話 幽衣より解き放たれし王

p.m.2:43/晴天/視界:3㎞ ドラコ王国とヒッポグリフ帝国の最前線

 

 

 軍の駐屯地の周囲を囲むように作られた防衛陣地、その東の端で少し遅めの昼食をとる二人のドラコ歩兵がいた。

 そこに飛ぶようにかけてくる一つの姿があった。

 

「お前らぁー、我が軍随一の情報通、ダミアン様が来たぜ!!」

「まーた自分で言ってるよ」

「遅せーよ、もう食べ始めてるぞ!」

 

 徴兵されたときからの付き合いである友人二人に突っ込まれ、頭を掻きながら座る。

 

「悪かったって。でもよ、面白い情報を持ってきたのは本当だぜ。兵舎で根掘り葉掘り聞いてきたから遅くなっちまった」

「夜中の見張り番の奴から聞いたんだけどよ。我らが王が夜中に誰かと言い争っているのを聞いたとか、走り去っていく女の後ろ姿を見たとかよ。なあ、これって……」

「ばーか。どうせ噂だろ?」

「でもさ、何人もの奴が証言してるんだぜ。それも何日も続けて。もうこれは間違いないだろ! 俺、気になって眠れねえよ」

 

「まったく、お前の情報はいつもこんなのばっかだな。誰それが誰それのことを好きだーとかさ」

「自分がモテねえから、他人の恋路が気になってしょうがないんだろ」

 

 ひでぇ!と泣きわめく真似をするダミアンを笑い飛ばしながら、彼らは考える。

 王だけはそんなことは有り得ないだろうと。あの心胆寒からしめる眼光と戦場の時に聞こえてくる敵兵たちの断末魔を喰らうかのような笑い声。

 王は彼らにとって恐怖の対象だった。

 

 

 そんな騒がしい空気を切り裂くように、鋭い声が彼らに向けられた。

 

「お前たち、グレイグが何処にいったか知っているか」

 

「ッ陛下。グレイグ様ならば東の見張り台の方へ向かったと聞きました」

「そうか、助かる」

 

 そう言って背を向けて去っていこうとする王に向けてダミアン(馬鹿)が声をかけた。

 

「陛下! 夜中に会っておられる女性とはどのような関係なのでしょうか? もしかして恋人の方でしょうか!」

「ちょっ、おま馬鹿!」

「ヒェッ」

 

 戦々恐々とする二人をよそに、王は少し笑ったようだった。

 

「あいつとはそのような関係ではない。言うなれば勝負相手だろうな」

「勝負相手、ですか?」

「ああ。期限付きの意地の張り合いだな」

 

 流れについて行けずにポカンとする二人をよそに王は少し考えこんだ様子だった。

 

しかし、兵たちの中でも気づいたものがいる以上公表すべきか。下手に騒ぎとなっては面倒だ。……まあいい。これで満足か?」

「ありがとうございます。陛下!」

 

「ハァ、まったく。おい」

 

 彼らに向き直った王は普段の恐ろしさを感じさせない口調で言った。

 

「ジョシュア、マイケル。こいつはこのように向こう見ずなところがあるからな。お前たちがしっかり手綱を握っておけよ。それではな」

 

 

 

 

 

 

 

「……………………へ?」

 

「陛下が俺の名前を憶えて?」

 

 王が見えなくなっても驚きが抜けきらない二人に対し、どこか誇らしげにダミアンが言った。

 

「だから言ったろ。お前たちは陛下のこと誤解してるってさ」

「お前なんで、陛下と面識があるんだよ!」

「ほら、陛下も言ってたろ。向こう見ずなところがあるってさ。初陣の時にさ。緊張しちまって俺だけ突出しちゃったんだよ」

「ああ、それ覚えてるぜ。お前がいなくなったと思ったら、変な顔して帰ってきたやつだろ」

「そう、その時にさ。陛下にかばってもらったんだよ。めっちゃ怒られたけどな、すごい真剣な顔でさ」

 

「俺でも陛下のことを怖いって思うこともあるよ、でもさ……やっぱり尊敬してるんだ」

 

 

 

 

 

      ◆◆◆

 

「グレイグ、探したぞ」

 

 陛下の私を呼ぶ声が聞こえる。

 陛下は本当に変わられた。いや、変わったというのは間違いかもしれない。私たちが陛下を恐れ、敬いすぎた結果、遠ざけ見ないようにしてきたものが今、私たちにも見えてくるようになったのだ。

 

 

 私はある日、陛下からこう告げられた。

 

「グレイグ、お前は俺に次ぐ軍務の責任者だ。だからこそお前だけには言っておこう。騒ぎを大きくされても困るのでな」

 

 伝えられたことは私にとって驚きだった。ドラコ軍の防衛陣地に忍び込んだ女がいたことも、それを陛下が気に入ったように見えたのも。

 陛下ならば害されるとはおもっていなかった、なんていうのは今更ひどい言い訳だ。私は同席を願い出た。その時の私は自分の保身のためだった。

 夜も更けたころ、滑り込むように部屋に入ってきたのはフェリーンの女性だった。ケルシーと名乗った女性と陛下は激しく討論を繰り広げた。この時の陛下は外見相応のただの若者のようだった。

 陛下は確かに恐ろしい。敵に向けられるアーツの威力、戦場での立ち振る舞いがいつか私たちにも向けられるのではないかと考えたこともあった。だが、そんなことは起こらなかった。陛下の指示はいつも的確でそして聡明だった。陛下はいつだってドラコのために戦っていた。

 それに気が付いた時、私は自分を恥じた。陛下のために出来ることをしよう、そう決心したのだ。

 

「ケルシー、お前昼間は何処にいる?防衛陣地にはいないだろう」

「近くの村に滞在させてもらっています」

「ああ、占領したヒッポグリフの村か。あそこも遠いだろう。……悪かったな。夜に時間を指定したせいでお前には苦労をかけた」

「グレイグ、俺の本営に使っていない部屋があっただろう。寝具一式を用意してやれ」

 

 このような陛下からの命令も素早く対応してきた。罪滅ぼしではないが、陛下のためにしっかり働こう。

 

 

 

 このように私は最近陛下と関わることが多くなっていたのだが、今回も何かの命令だろうか。

 

「陛下、お手を煩わせて申し訳ございません。何用でしょうか」

「ケルシーからもらったヒッポグリフの菓子だ。あいつ俺を菓子でつる気か? まあ、うまかったからお前にもやろう」

 

 …………やっぱり陛下は変わられたかもしれない。

 

 

 

 

 

      ◆◆◆

 

 恒例となった話し合いが始まろうとしていた。しかし、今日は夜中というには少し早く、空が赤らんできた頃合いであった。

 もはや彼女の定位置として認識され少し高さなども調整された椅子と、その前の机には行軍中の限られた資源の中から捻出された菓子類や紅茶が並べられている。グレイグの細やかな気遣いによるものであった。

 その紅茶を軽く傾けながら彼女を出迎える。 

 

「ケルシー、来たか。もはや俺としては雪道行軍の教練が終わった以上、装備を待つだけで昼間はどちらかというと暇なのだが。今日よりも早くから来てもらっても構わないぞ?」

「私としてもあなたを説得するための用意が必要ですので。陣地での部屋の提供には感謝していますが」

「ハハハハハ、それもそうだ。兵站からの手紙からだと後3日もしないで到着するとのことだしな」

 

 一向に諦めた意思のない彼女の目を見て話す。

 

「お前からは色々、テラの情報について教えられたな。外界に蠢く脅威の存在や海の話、ヒッポグリフ帝国での生活の話なんかもあったか」

「俺たちとヒッポグリフの戦争が彼らへ対抗する力を奪い、俺のアーツによって引き起こされるオリジニウムの活性化と天災によってテラ内部での分断を招く。お前の言いたいことはよくわかるさ」

 

「だがな、俺たちは奴らとは違う。むやみやたらに虐殺や略奪をするなんてことはしない。お前も村を見てきたなら知っているだろう?」

「ええ。占領されたことで精神に不調を訴えるものはいましたが、武器となりうる農具なども回収されていませんでしたね」

「だからこそ、防衛陣地を周囲に広げる必要があった。俺たちを害しようとする村民たちがでないように警戒を強めたわけだ。……ハハッ、考えてみると防衛陣地に忍び込み、俺の部屋まで来たお前にいうのは滑稽だったかもな」

 

「いいえ、そんなことは。ただ疑問が残ります。あなたは兵の負担が増えるのを嫌っていたはずです。なぜそのようなことを?」

「ドラコのためだ。敵は作らないに限るだろう。将来の統治に影響を及ぼすような行為は避けている。お前のいう対抗する力も減らさずにすむだろうさ」

 

「しかし、敵となったのなら話は別だ。ドラコの脅威となるならば滅ぼそう。外界の脅威も海の敵も同じことだ」

 

 

 それを聞いた彼女は得心がいったかのようにうなづいた。

 

「私はあなたを説得する上であなたのこと深く知る必要がありました。何を好み、何を嫌い、何を考え、何を行動するのか」

「それで?見えてきたのか、俺がどういうやつか」

「ええ。初めにあなたを生理的欲求のアプローチで説得をするのは無理だと分かりました。あなたは夜中から朝まで私と話した後も精力的に動き回り、何ら変わらない姿でまた私と再会しました。食事に関してもそうです。あなたはトワイニングのブレンドティーを好み、私が渡した菓子も美味しそうに食事をされていた。しかし、その後何も食べないまま活動しているところもよく見られています。何もしなくても生きていける力があるからこそ淡泊になっているのではないかと」

「……なんだ、よく見ているな」

「私にも()は存在しますので」

「なるほどな。次は?」

「あなたは誰にも負けない力を持っているからこそ安全の欲求には縁がありませんでした。あなたを脅威の存在で煽っても、説得に至らないのは当然でしょう」

「そしてあなたには金銭欲も名誉欲も闘争欲も存在しませんでした。むしろこの欲求のどれか一つでもあなたが持っていれば、説得の糸口は容易に見つかったことでしょう」

 

 ここまで言い切ると彼女は何か決意したようだった。彼女の纏う空気が変わったことを敏感に感じ取った。

 

「君はよく口にする言葉がある。“ドラコのため”という言葉だ。私の説得を拒否する時だけでなく、部下への演説の中でも事あるごとに口にする。正直に言ってドラコの王としては正しい考えだ。君はヒッポグリフ帝国のように皇帝を傀儡とした傀儡政権でもなく、かの王国のように分権化が進み各地で地方領主が相争うこともなく、絶対的な王が君臨する絶対王政の立場を取りながらも民への思いも忘れていない。間違っているなどと言えようはずもない」

 

「ただ君はドラコという帰属意識に拘っているように見えた。君には社会的欲求が強く存在する。それは何故か?」

「ケルシー、お前には少なからず友情を感じている。だからこそ忠告する、これ以上は喋らないほうがいい」

「いいや、このまま聞いてもらう。君は大きく成長した黒い双角と褐赤の鱗に覆われ棘の生えた尾を持っている。これはドラコの特徴とも一致する。しかし、君には()があり、さらには確認されるだけでも300年前から姿()()()()()()()()()

 

「君はドラコではなく、異物で孤独な存在だった」

 

「………………………………それがどうした。どうだって言うんだフェリーン。 そんなもの見ればわかる話だ。俺は恐れられ遠巻きにされてきた。だが、それが説得の話と何の関係がある」

 

「関係は大いにある。それは君が現実が見えていない要因に繋がってくるからだ」

「現実が見えていない? 俺が現実が見えていないときたか。馬鹿にするのも大概にしろ、フェリーン」

 

「馬鹿にしてはいない。そのカーテンを開けて外を見てみればわかるはずだ」

 

「カーテンを開けて外を見ろだと?」

 

 乗せられているようで癪ではあったが、カーテンの前につく。カーテンはまるで光を飲み込むかのような黒い色をしていた。

 唐突に疑問が湧いてきた。なぜ今までこのカーテンを開けようと思ってこなかったのか。昼間部屋に籠っていても一度たりとも開かれることはなかった。

 何かにせかされるようにカーテンを開く。

 

 そこには何か特別なものが映っていたわけではなかった。夕焼けの下、兵士たちの日常の営み。

 10年にも及ぶ戦争によって疲れ果てながらも懸命に今を生きる姿だった。

 

 衝撃を受け、フラフラと椅子に戻る。

 

「これか。俺に見せたかったものは」

「ああ。君は今まで現在を見ながら、過去を見ているかのようだった」

 

 ケルシーの言葉は妙に腑に落ちた。

 

「……そうだな。俺の初めての記憶は源石結晶に囲まれた中で生まれたことだ。そもそも親という存在が俺にいたかどうかも怪しいが。そんな化け物を仲間に入れようとする変わり者はいなかった。ドラコを除いて」

「姿形が似ていたからか、恐れのためか、それとも利益のためか。今となってはどうでもいい。俺を受け入れてくれたドラコに報いるため、“ドラコ”の利益を追い求めるようになっていた」

 

「……10年だもんな。何のために戦っているのかもわからないやつも出てくるだろう。徴兵を繰り返し、資源を喰いつぶしながら戦ってきたのは過去のドラコのためだったなんてな。死んでいった奴らも浮かばれないか。ああ、思い返せばあの吹雪の日、グレイグも戦争を続けようとした俺のことを諫めようとしていたんだろう」

 

 

「やはり俺は化け物で異物だった」

そんなことありません!!

 

 絶望に染まった心の闇を吹き飛ばすかのような勢いで見知った4人の兵士たちが飛び込んできた。

 

「お前たち、どうして?」

「陛下、盗み聞いていて申し訳ありません。ですが、我慢できずに入ってしまいました。陛下は化け物なんかではありません。私たちの誇れる王です。陛下は無駄な犠牲は出さず、誰よりも先頭で戦ってきました。過去のドラコのためであったとしても、私たちのことを見捨てたりなどしなかった」

「グレイグ……」

 

「そういうことです、ムフェト王。確かに昔は孤独で異物だったかもしれない。ですが今は違う。もう一人ではない、彼らがいる。……もちろん、あなたが私のことを嫌っていないのならば私も」

「……ケルシー、お前よく誤解されるって言われないか?」

「そうかもしれませんね」

 

 

 少し笑い合い、和やかな雰囲気となった後、これまでの長いようで短かった勝負の決着をつけることを決めた。

 

「ケルシー、俺の負けだ。ヒッポグリフ帝国とは講和を目指す」

 

「陛下、私たちに何か手伝えることは?」

「今日はもう遅いから明日からだ。講和に向けての必要な情報収集を行う。お前たちにも手伝ってもらうぞ」

「了解しました、陛下。それでは失礼させていただきます」

 

 情報戦!俺の時代だーなんて叫んでいるダミアンの口を塞ぎ、引きずっていくジョシュアとマイケル、扉を音も立てないように静かに閉めて退出するグレイグ。彼らが消えた部屋には、また静けさが戻ってきていた。

 

「ケルシー、彼らと話をつけていたのか?」

「いいえ。彼らの忠義によるものでしょう。ですがあなたを怒らせることで、あなたの目を覆っていた過去のヴェールを剥がし、その怒声に気が付いた彼らを引き寄せるというのは考えておりました」

「何だか掌の上で踊らされていたような感じだぞ、まったく」

 

「ああ、あと先ほどの話し方の件だが……」

「申し訳ありませんでした。ご不快でしたか」

「いや、違う。……友人だろう。普通の話し方でいい」

 

 そう言うと彼女は笑って言った。

 

「そうか、それならばムフェトと呼んでも?」

「ああ、構わない」

 

 大きく翼を広げ、肩を伸ばす。

「話過ぎて疲れたぜ、本当に。エネルギーが足りない」

「ムフェト、君はエネルギーは必要ないのでは?」

「回復するときには必要なんだよ。菓子を取ろうとするな」

 

 

 冷めた紅茶と菓子であったが、今まで一番おいしかったような気がした。 

 

 

 

 




【ムフェト】
 面白お兄さんと化してきた人。
 今まで心情描写があまりなかった理由は過去にとらわれていたため。
 疑似コシチェイみたいな感じだった。ドラコのためー。
 
 やっぱりドラコじゃなかった。自称エルダードラコ(ダサい)。

 タイトルの「幽衣より解き放たれし王」というのはムフェト戦のBGMの名前。
 幽衣というのは本来、ムフェトの幼体であるゼノ・ジーヴァが脱皮した皮のことであるが、本作では違う意味を持たせている。
 幽という漢字には死者の世界とかの意味もあり、この意味で考えてみると、死者の世界の衣。つまり過去のことに囚われていたが解放されたというダブルミーニングを仕込んでいたのだが、本文でうまく説明できずにこちらに。


【ダミアン、ジョシュア、マイケル、グレイグ】
 話が長引いた要因。
 自分で書いていてこれアークナイツか?と思ったが、NPCがかっこいいのもアークナイツでしょということで削られず。


【ケルシー】
 孤独で異物な人間その2。
 もう孤独ではないのに見ないようにしていたムフェトに少しイラついていたかもしれない。
 彼女の孤独を埋める一因になれたらいいですね。

 
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