月と導きの青い星 作:源石古龍観測隊
おかしい。早くロドスに合流したいのに合流する気配がまったくないぞ。
なに?まだ1000年以上前だと?
a.m.7:21 天気/晴天 ドラコ王国とヒッポグリフ帝国の最前線 王の本営
部屋の応接室にあたる場所で男女がひざを突き合わせて話し合っている。
周囲には紙の束が積まれ、空になったティーカップや菓子類が散乱している。彼らはどうやら寝ずに作業をしてきたようだった。
「あいつらに休めとは言ったはいいものの結局俺たちは朝まで作業してしまったな」
「ああ。だが私たちの持ち得る情報のすり合わせを行った結果、突破口は見えてきた」
ケルシーはそう言うと少し伸びをして、冷めきった紅茶に口をつけた。
「彼らが来る前に一度、私たちの考えをまとめておこう」
「それがいい。ではまず俺から。軍務卿がそもそも戦争を始めたのは、奴の内政の不満逸らしと影響下から外れてきた皇帝の始末だ。要するに奴にとって戦争はたいしたものではなく、帝国内での利権争いこそが一番の関心事であり、最大の敵だった」
「私が帝都ノブゴロドで見てきたものは君によって敗走させられ閉じこもった彼の姿だ。10年に及ぶ戦争は彼の支持基盤に大きな痛手を与えたようだったが、それは他の貴族たちも同じ。むしろ軍務を統括している以上、彼に表立って文句を言えるものは少なそうだった」
「この長期間の戦争は俺たちにも奴らにも等しく悪影響を与えたが、一つだけ良いことがあった。奴本来の目的の一つ、幼帝への
「軍務卿が皇帝を超えるほどの力を持っていながら皇帝を排除せず傀儡でいさせているのは、皇帝という肩書きが帝国を治める上で重要だからだ。高貴なる血筋というのはどうやろうとも真似は出来ない。一応彼も現皇帝パーヴェルの祖父ということにはなるが、彼は父親の仇でもある。子供も10年経てば大人になるものだ。皇帝の説得が出来れば私たちの目的に大きく近づけるだろう」
「講和にあたって他に問題なのは今まで戦ってきた兵たちの気持ちと国民感情だろうな。今部下たちに調べさせてはいるがもう少しかかるだろう。よし、ケルシー、朝食にしよう。講和がうまくいったならば陣地飯ともおさらばだ。まったく、泣けてくるね。その前にお前も経験しておいたらどうだ?」
「……ムフェト。君が何も食べていないときがあった理由が分かった気がするよ」
◆◆◆
太陽が頂点に昇った少し後の頃、部屋に足音が近づいてくる。扉が開かれると、そこには予想した通りの兵士たちが立っていた。
「陛下、ケルシー様、遅くなって申し訳ございません」
「いや、十分早くやっている。ご苦労だったな」
「ありがとうございます。それと陛下、兵站が到着いたしました」
「ああ、こちらでも確認した。後で顔を出す。それでは報告を頼む」
「了解しました。それではダミアン、まずはお前から陛下に報告を」
「はっ。ドラコ軍一個師団全員から話を聞くのは難しいため、上官の者たちから担当する部隊の大まかな意見として収集してまいりました。多くの部隊は厭戦感情を持っているようです。ただ、ヒッポグリフに恨みを持ち、勝っているのだからそのまま戦争を継続し、攻め込むべきと考える部隊も少し確認されました」
「次に私からご報告いたします。先ほど王都から到着した兵站への聞き込みやそれまでに本国から送られてきていた情報をまとめると、やはり人材や資源が戦地に流れていくことに不満を持っている国民たちも多いようです。戦場がドラコ王国を離れヒッポグリフ帝国の中まで押し込んでいるのは陛下の力あってのことですが、そのせいか戦争をしている実感が薄くなり不満と厭戦感情に繋がっているのかと」
「彼らの反応は想定の範囲内ではあった。しかし正直もっと戦争継続派は存在すると考えていたのだが」
「戦争初期に動員された兵士達がほとんど残っていないからだろうな。初期の頃は戦線も広かったから俺がいない戦場では防衛線が破られ多くの被害を出してしまった。転戦を繰り返し、戦線を狭めて今の状態になってきたわけだ。今いる兵士達は近年徴兵された比較的若い奴らが多い。最近は勝ち戦が多かったしあまり恨みを抱いてはいないのかもしれない」
「お前たちの情報からわかるが帝国との講和にそこまで反対意見は出てこないだろうな。だがヒッポグリフを許せない奴もいるはずだ。彼らの痛みを無視するわけにはいかない。この戦争を始めた張本人、軍務卿マルコヴィチだけは必ず始末する。奴の首一つで水に流すというのだから、帝国の奴らも賢明な判断を下してほしいがな」
そう言うと部屋は水を打ったように静まり返っていた。怪訝に思い彼らを見返す。
「どうした、お前たち」
「……いや、君の敵となるものは覚悟を決めなければならないなと考えただけだ」
「? まあいい。お前たちご苦労だった。俺は兵站の方に顔を見せにいくがお前たちはどうする」
「ご一緒させていただきます」
「そうか、ならばついてこい」
動き出した彼らをよそにその場にたたずむ影が一つ。
「……Mon3tr、落ち着け」
彼女は背中から出てこようとする何かを抑え込んでいるようだった。
「私たちに向けられたものではない。……やはり、あの時対話を選んで正解だった」
「ケルシーさん?置いてっちゃいますよー」
「ああ、今行く」
ついてこない彼女を不思議に思ったのかダミアンから声をかけられる。それに彼女は答えて彼らの待つ方に歩いていった。
◆◆◆
兵站の部隊が待つ兵舎に向かう中、先ほどの件で列の後方に位置することになったケルシーにダミアンが話しかけてきた。
「そういえば、講和になるんだったら兵站が運んできてくれた雪用の装備、必要なくなっちゃいましたねー」
「いや、必要になってくる可能性が高いだろう。私たちが講和の意思を持っているからといって帝国がそうとは限らないし、講和の書簡が届くまでに攻撃されるリスクもある」
その会話を聞いたのか前を行くムフェトも話に加わってきた。
「そうだな。俺たちも有利な状況で講和を進めるには帝国に攻め込んだ状態である必要があるから撤退は許されない。奴らも死ぬ気で取返しに来るだろうから装備は必要になるだろう。それに書簡が皇帝にちゃんと届くかは難しいところがあるだろうな」
「やはり軍務卿からの妨害が考えられるか」
「ああ、さすがの奴も攻め込まれたまま講和を受ければ責任を取らされるだろうからな。どうにか書簡以外の別の方法を考える必要があるが……そうだ、ケルシー。軍務卿のところには忍び込めなかったんだよな。ならば皇帝はどうだ?」
「軍務卿はヒッポグリフ至上主義の部下たちで囲んでいて、ヒッポグリフではない私では忍び込めなかった。だが皇帝はそういった話は聞かなかったな。もちろん一国の主の警備が厳重で無いわけがないが」
「……ハハハハハ」
「ケルシー様、それに関しては我らにも突き刺さるのでご勘弁を……」
「いや、そういうつもりではなかったが……。んんっ、それは置いておいてだ。皇帝と直接交渉するつもりならば君が出ていく必要があるだろう。ここから帝都まで休まずにいっても20日はかかる。君がいなければ陣地の皆はすりつぶされるぞ」
「否定は出来ない。ヒッポグリフだけでなく他種族の奴隷たちも含めた大部隊だろうしな。だがそれは20日かかる前提の話だろう?──1日で行けるとしたらどうする?」
そう言う彼の顔は心なしか輝いているようだった。
「私も空を飛んだのは初めてだ」
「俺も人を抱えて飛んだのは初めてだな」
冷たく澄んだヒッポグリフ帝国の夜の空を星の光に照らされながら飛ぶ二つの影があった。一人は大きな翼を広げた龍のような男であり、もう一人の女は絵本に描かれる姫のように抱えられていた。なぜこのようなことになったのだろうか。少し振り返ってみよう。
「危険です!陛下」
「だが一番確実な方法だ。この方法でいくとするならばケルシー、お前にも来てもらうことになるだろうがいいだろうか。敵国の王一人だけで飛び込んでは攻めに来たと思われる。お前が第三者となって仲裁して欲しい」
「ああ、構わない。だがそれよりも前にその方法について教えて欲しい。どうやって1日で遠く離れた帝都までいくことが出来るのか」
「君を抱えて空を飛ぶ」
「んっ? 私の聞き間違いだろう。 もう一度言ってくれないか」
「君を抱えて空を飛ぶ」
「……聞き間違いではなかったか。だが納得したこともある。君が転戦を繰り返すことが出来たのも前線の奥に籠っていた軍務卿を襲撃出来たのもその翼のおかげということなのか」
「その通り。見かけ倒しの翼ではないぞ。ちゃんと速度も出る」
「そうか。ならば直ぐにでも出発しよう。講和が遅れればそれだけ被害も増える。ムフェト、何か必要なものはあるか?」
「防寒具は必要だろうな。生身で帝国の冷たい風を受けることになる。さっそく兵站が持ってきた装備が活躍できそうだ。あとはそうだな……」
「陛下、ケルシー様も! どうかお考え直し下さい。陛下を失えば私は、私は……」
「安心しろ、グレイグ。約束するさ。必ず講和も無事に終わらせ帰ってくると」
「……信じますよ、陛下」
「ああ。それとグレイグ、お前に頼みたいことがある。恐らく1日では大規模な部隊を送ることは不可能だろうが、陣地近辺の都市からの攻撃は考えられる。天災の影響が収まるのを今か今かと待っていただろうからな」
「なるほど、陛下がいらっしゃらない間、私が指揮を執り防衛戦を行えということですね」
「頼めるか」
「はっ、我が命にかけて」
「よし、それでは準備が出来次第出発だ」
さて、空を飛ぶ二人に視点を戻そう。
「本当に防寒具は必要なかったのか、ムフェト」
「ああ、俺はアーツのおかげでどんな環境だろうと適応できるからな」
「……今まで聞いてはこなかったがどういったアーツなんだ? あまりにも出来ることが多すぎる。特にデメリットのようなものも見えない」
「まあお前もなんとなく察してはいるだろうが……。俺のアーツはこのテラを流れるエネルギーの収束と放出だ。俺が眠ることや食事の必要がないのも、環境に適応できるのも傷が癒えるのだってエネルギーの収束の効果だな。体の中に永久機関が存在するようなものだ」
「永久機関だと! それは……実に興味が惹かれるな」
「ハハハハハ、まあ要するにだ。俺の体はあったかいということさ、ケルシー。寒ければもっと体をくっつけても構わんぞ?」
「確かに、あったかいな。君の体は」
「……冗談だったんだが。少し恥ずかしいな」
両手をケルシーによって塞がれているため、頭を掻くことが出来ず、少し赤くなった顔を見られないように逸らす。
「……いや、ケルシー。もっとくっついてくれ。ウルサスとフェリーンの混成部隊が見えた。もう少し速度を上げる」
「了解だ」
ドラコ軍の防衛陣地に向かう部隊を確認したことで浮ついた気持ちが霧散し、残してきた彼らのことが頭によぎる。しかし、出発前のあの力強い返事から心配することをやめた。
不安に駆られてのことではなく、彼らと交わした約束に後押しされるように翼の動きも強まっていった。
「結構飛んだな。少し休憩というこうか、ケルシー」
「ああ。君は疲れていないか?」
「疲れていないと言えば嘘になるが、まあこんなもの戦場の時に比べれば問題じゃない」
北国特有の針が立っているかのような森の中、少し開けた場所に降りる。
アーツで乾燥した枝に火をつけ、暖を取りながらグレイグに持たされた携帯食料を取り出す。それをケルシーに手渡し、倒木の上に腰かけた。
「地図で確認するとあともう少しのところまで来ているな」
「ああ。この見通しの悪い雪道を歩くのではなく、地図上の最短距離を移動することが出来るのは大きい。このペースならばギリギリ夜が明ける前に帝都に到着出来そうだ」
食事中のケルシーに声をかける。
「そうだ、ケルシー。俺も君に聞きたいことがあった。君はこれまでも戦争を止めようと尽力してきたようだな、それも何度も。なにか夢でもあるのか?それこそ世界平和だとか」
「……そんな高尚なものではない。それを実現するならば全ての人に注意を向けなければならなくなる。……だがテラに生きる者たちが理不尽に奪われることなく生活していくことが出来る世界を作っていけたらと考えている」
「立派な夢だな」
「君は? 私の夢を聞いたのだから君のも教えるのが筋だろう」
「ハハハ。俺のは独善的だがな。俺の考える素晴らしい世界をつくることが夢だな」
「君らしいな」
「そうだろ? 今までの俺の考える素晴らしい世界はドラコの繁栄だけだった。そのために行動してきた。だがお前と会ったことで変わった」
「俺の世界を広げてくれた。……まるで先生みたいだな。よっ、ケルシー先生」
「からかうな、まったく。……君は意外と照れ屋だな」
照れ隠しでからかっていることは目の前の聡明なフェリーンにはお見通しのようだった。
携帯食料を口に放り込み立ち上がる。
「さあ、ケルシー。もうひと踏ん張りだ」
「ああ、行こうムフェト」
◆◆◆
a.m.3:51 天気/曇天 ヒッポグリフ帝国 帝都ノブゴロド
「実にギリギリだったな。曇っていなければいくら対空警戒が甘くとも見つかる所だった」
「流石の私も高高度からの垂直急降下は命の危険を感じたのだが」
「ハハハ、すまない。それで? あのどでかい城が皇帝の居城か」
「ああ、古来より高さとは権力の象徴だ。国民には敬いの心を、敵には恐怖の心を与える。まあ今回の場合は別の意味が含まれているようだが」
「隔離だな……。先代皇帝の頃からのものだったか。奴とその仲間以外の接触を防ぐ石の檻といったところか」
「内部からの侵入は想定されているだろうな。最上階近くにベランダがあった。間違いなく皇帝の寝室だ。そこから侵入するべきだ」
「ではまた急上昇だな」
「……お手柔らかにな」
◆◆◆
心地よい微睡みの中、物音を感じ目を覚ます。そこには影が二つ立っていた。意識が覚醒し、傍に置いてあった短刀を手に握る。
「ふん、ついに奴が我を殺しにきたか。利用価値がなくなったということか?」
「いや、貴殿は勘違いをしている。俺は軍務卿の手のものではなく、貴国と戦争中のドラコ王国の王、ムフェトだ」
「どうやってここに!」
「後ろの窓が開いているのが見えるかな。飛んできたのだ。事前に通達もなく侵入となった非礼を詫びよう」
「では勘違いなどしていなかったようだな。奴に殺されるか、貴様に殺されるかの違いでしかない」
「殺しにきたのならば話しかけてなどいないさ。今日は話し合いにきたのだ。貴国と我が国の不幸なすれ違いを生んだ戦争の講和についてな」
「ああ、そうだ。紹介を忘れていた。彼女はケルシー。陣地に直接飛び込み俺の説得にきた平和を愛する第三者だ。俺の部下というわけではない。この話し合いの仲裁人を頼んである」
「よろしくお願いいたします。パーヴェル陛下」
勢いに飲まれそうになるが、帝国を担うものとしてしっかりしなければならない。戦争に勝っている側からの講和は多くの場合、屈辱的な条件を付けられた実質的な敗戦に等しい。
「講和だと? まだまだ部隊は数多くいるし、新たな軍事技術も開発した。今少し押し込んでいるからといってあまり帝国を舐めない方がいい」
「ああ。俺も一時の勝利に欲をかいて多くを求めるつもりはない。俺が講和の条件として求めるものは二つ、軍務卿マルコヴィチの首と奴の保有する財産だ」
「なっ!」
「パーヴェル陛下にとっても利となると考えられます。これを見ていただきたけますか。あなたとエラスト侯爵が密会を行っているという情報です。エラスト侯爵と言えば、反マルコヴィチ派で有名です。陛下も同じ思いなのではないでしょうか」
「……確かにそうだ。我は軍務卿の手から自身の権力を取り戻そうとしている」
「だがその取り組みはあまりうまくいっていないようだな。国の英雄相手にお飾りの皇帝では荷が重すぎたか」
「ッ! 何が言いたい」
「つまりだ。貴殿は新たな国の英雄となるのだ。国を存亡の機に立たせた古き英雄を打ち倒し、帝国を救った英雄に」
「我が英雄に…………。話を聞こう」
帝国の貴賓室に通された二人は皇帝とその派閥の会合による意思決定が終わるまで待たされていた。
「まあほぼ決まったといっていいだろうな」
「そうだな。彼の英雄願望と政争相手を蹴落としたい貴族たちの思惑とうまく合致したようだ」
「彼もまだ成長途中とはいえ少しうかつだったな。自身を大きく見せるために最新の軍事技術の存在を話してしまうとは」
「それが不確定要素だな。彼も詳しく知りえなかったところを見ると軍務卿によるものだろう」
「ケルシー、お前は講和会議の場に出なくていい。奴による襲撃があるかもしれない」
「君は……問題ないか」
「ああ、もとよりそれも織り込み済みだ。グレイグには悪いがな」
「わかった。……あまり暴れすぎないように」
「奴の出方次第だろうな」
◆◆◆
昼頃に皇帝の使者から講和会議の知らせを受け、軍務卿の邸宅では兵たちが慌ただしく動いていた。
「なに? 赤龍が来ているだと。どういうことだ」
「申し訳ございません、閣下。私どももさっぱり。恐らく皇帝が秘密裏に迎え入れたと思われ……」
「ふん、我らが国のために血を流して戦っている時に、のうのうと利権争いとは。おい! あれを持ってきておけ。赤龍め、目にもの見せてやるわ」
指定された部屋に私兵を連れてズカズカと入り込んだ軍務卿は開口一番、奥の席に座った皇帝へとまくし立てた。
「パーヴェル、貴様。これはどういうことだ! 軍務卿に話も通さずに講和だと?」
「皇帝だ、マルコヴィチ軍務卿。決議によって決められた正式な講和会議だ。いつまでも祖父気分でいてもらっては困る」
「くッ、政治も知らぬ若造が。それよりも赤龍、貴様どうやって帝都に入り込んだ!」
「随分なご挨拶じゃないか軍務卿閣下。俺とパーヴェル皇帝は文通などする仲でね。講和を行いたいと申し出れば、快く迎え入れてくれたのだよ」
「ぬかせ。貴様は……」
「軍務卿。話の邪魔だ。少し下がっていろ。ムフェト王、始めようか」
「ああ、そうしようパーヴェル皇帝」
一応、講和の内容を聞いてからでいいと考えたのか舌打ちを一つした後、大人しく席に座る軍務卿。しかし、彼の部下たちは軍務卿の一声があればいつでも動けるように、準備を進めていた。
その後話が進み、講和の内容の確認に入った時、大きな衝撃を受けることになった。
「我がドラコ王国としてはそこにいる軍務卿マルコヴィチの首とその財産を講和の条件とする」
「黙って聞いておればふざけたことをぬかしおって! おい!やれ! 赤龍を始末しろ!」
ムフェトの周囲を取り囲んでいた兵たちが彼に投げつけたものは、鈍く光った石のようなものだった。接触後、大きな爆音を立てて煙が彼を飲み込んだ。
「ハハハハハ、見ろ! この源石爆弾さえあれば奴になど負けなかったのだ。これさえあれば炎国だろうが恐れるに足りん。ドラコ王国を滅ぼしたら次は……」
興奮して話し続ける軍務卿は部下たちがある一点を眺めたまま動かないことに気が付いた。
「おい、お前たち。何を見て……」
煙が晴れたそこには、無傷のムフェトが立っていた。衣服すら乱れず、手を突き出した彼は軍務卿を射抜くような厳しい目で見つめていた。
「遺言はそれでいいんだな」
「まっ、待て!」
「パーヴェル皇帝、今この場で処刑を実行しても構わないな」
「あっ、ああ」
指先に青白い火球を形成し、それを腰が抜け後ずさりするしかない軍務卿に向ける。
「やめろ、我が悪かった。おい、パーヴェル! 祖父が殺されるのを黙っているつもりか!」
「はあ、最後まで無様な奴だ。お前が始めた戦争だ。お前自身の命でけりをつけろ。死んでいった彼らに詫びながら消え失せろ!」
火球が通った先には塵一つ残さず、ただ焼け焦げた床が残るばかりだった。
「これからは
「も、もちろんだ」
ここに講和が結ばれ、10年に続いた戦争は終わりを告げたのだった。
◆◆◆
「こんなところにいたのか、ケルシー」
「そう言う君こそ、こんなところにいていいのか?今回の主役がいなくなっては彼らも困るだろう」
「いや、もう十分に歓待を受けた後だ。あいつら加減ってものを知らないのか、まったく」
辟易したように語りながらも、その顔は笑っていた。彼の気持ちは言わずとも知れたことだった。
あの講和の後、彼らは陣地に帰り大変な歓迎を受けていた。戦闘も小競り合い程度であり、被害は出ていなかったこともあって戦争が終わったと聞いた彼らは大はしゃぎだった。
防衛陣地を見渡せる彼らの出会いの場にケルシーは一人立っていた。
「彼らに揉まれて焦る君の顔は新鮮だったよ」
「……なんだ、見てたのか。お前が早々に消えたことで俺に集中して大変だった」
その後、二人の間に沈黙が流れる。だがその沈黙は決して苦なものではなく、穏やかなものであった。
その沈黙を破ってムフェトが話しかけた。
「ケルシー、お前はこの後どうするつもりだ? ……やはりドラコ王国からは出ていくのか」
「……そうだな。サルゴンの方を見てこようと思っている。アスランの動きが最近活発化しているらしいし確認に行きたい。君は?」
「……俺はドラコの王として国の安定化に努めるつもりだ。一応、皇帝にも脅しはかけたがどうなるかはまだわからないからな。全て終わったら俺もお前のように世界を見て回るつもりだ。知らないことはまだたくさんあったからな」
「……このようなことを聞いておいてなんだが、ケルシー。ドラコ王国に留まらないか? お前がいたから俺は変われた。皆に誇れる王になりたいと思えるようになった。お前がいてくれるならどんなことだって出来るような気がする。皆も喜ぶだろうしどうだろうか」
「……ムフェト、兵士たちの目に映った君の姿を、兵士たちの口から出た君への言葉を知っているか? 君は私の功績だと考えているようだが、私は少し背を押したにすぎない。君はもう支えてくれる人もたくさんいる。君は一人で大丈夫だ」
「……振られたか。結構本気で
「残念だったな。……私もそろそろ行こうと思う」
「そうか。……また会おう、ケルシー! どうせ長く生きてる者同士、時間はたっぷりあるんだ。次に会ったときはいい土産話が出来るように俺も経験を積んでおこう」
「ああ。約束だ。それではな、ムフェト。楽しかったよ」
ケルシーは一度振り返った後、その後は振り返ることなく陣地の外へ消えていった。
ケルシーが見えなくなってからもじっと見ていると後ろから声をかけられた。
「……陛下。よろしかったのですか」
「グレイグか。聞いていたのか」
「申し訳ありません、ですが……」
「いや、構わない」
ため息を一つ。
「……一目惚れだった。一緒にいて欲しいなんて言えるはずもなかったか。……よし飲むか、グレイグ。酒だ酒を持ってこい」
グレイグに肩を回し、部下たちが待つ宴会会場に向かう。
再会は誓った。彼女と会った時に誇れる自分になっていよう。そう決意を新たにした。
◆◆◆
p.m.1:06 天気/晴天 ヴィクトリア王国 ロンディニウムの酒場
「マスター、今日は何か騒がしいな。祭りでもあるのか?」
「あんた知らないのか?ヴィクトリア人は全員知ってると思ってたぜ。あんたもヴィクトリア人だろう?」
「まあ、ヴィクトリア出身ではあるが長いこと旅をしててな。最近の行事には疎いんだ」
「最近? まあいいや。赤龍祭だよ。赤龍祭。そろそろ王が変わるだろう? その王様が素晴らしい王になる様にってんで赤龍伝説にちなんで行事を行うんだよ」
「へ、へぇー。そ、それで赤龍伝説とやらは何なんだ」
「赤き龍がヴィクトリアが危機に瀕した時はかの地より現れ守るだろうとか、王を選ぶときに彗星となって現れるとかさ。あんた本当に知らないんだな」
「なんでそんなことになってるんだ。ハハハ、そうみたいだな。マスター、ご馳走さん」
「あんた旅人なんだろ、次はどこに行くつもりなんだ?」
「そうだな……カズデルにでも行ってみようかな」
閲覧ありがとうございました。一応、1部ドラコ・ヒッポグリフ戦争編は終了です。
まあ、ここまでが当初考えていたプロットではありましたがやけに長くなりましたね。
この後もワルファリン編、バベル編、ロドス編と考えてはいますが更新はのんびりになると思われます。お付き合いください。
【ムフェト】
前回、ケルシー先生が君への生理的欲求のアプローチは諦めたとかいってたけど、意外と何とかなりそうだった人。
ムフェトくんの別名は赤龍といい、コシチェイさんも本編で喋ってたし、ヴィクトリアの元ネタであるイギリスにも赤い竜の伝説があったりと意外と関係あるような気がする。
シージやダブリンとも関わらせたいがまだ先の話。
身体にチェルノボーグの石棺が入っているようなもの。埒外の存在ではあるが、こんなに強いのは今だけ。天災を引き起こした反省をして、本編時空ではそんなはっちゃけてない。味方になると弱いとかお前、敵みたいだな。
【軍務卿】
奴隷たちを使って源石鉱山で劣化源石爆弾を製造していた。ムフェトのフィジカルに敗北。
【皇帝】
一応、ムフェトが軍務卿のせいで死んだのならば、その技術を奪い、君臨しようとしていた。ムフェトのフィジカルに敗北。