中学生の時ちょっと剣道をやっていただけなのに、講釈を垂れてしまいました…。
艦娘の肉体は、人間よりも頑強に出来ている。
刀剣で斬りつけられても、銃弾を撃ち込まれても、それで死ぬことはない。
下手に殴りつければ、殴りつけた拳の方が砕けてしまう。
個人に扱える武器や凶器で、艦娘を殺傷することは出来ないと言って良い。
それでは人間は絶対に艦娘に勝てないのかと言うと、そうでもない。
銃器や刀剣で殺傷されることはないと言っても、痛みを感じないわけではない。
艤装を展開していなければ、筋力なども人間よりは強い、と言う程度だ。
だから
しかしやはり、人間が艦娘を制圧することは難しい。
何しろ艦娘は、生まれながらにして何らかの格闘技術…例えば、柔道など…をその身に備えているのだ。
艦娘を制圧できる人間は、そう多くは居ない。
大先生は空手家で、二十年程前に自らの流派を立ち上げられた。
立ち上げ当初は知る人ぞ知る、という程度の知名度であったが、ここ数年でその知名度を急速に高めたと言う。
そして大先生の流派は、今や格闘技に少しでも関心のある人なら、武に携わる者なら誰でも名前ぐらいは知っている。
私・黒鉄武蔵と大先生が知り合ったのは、今から四年程前の話だ。
その時私も、大先生の流派については名前ぐらいは知っていた。
それで…今にして思えば、随分無礼な話ではあったのだが…この流派の力はどれほどのものかと、私は大先生に手合わせを申込んだ。
まるで歯が立たなかった。
艦娘を制圧できる人間も居ることは知っていたが、ここまで圧倒されてしまうとは思ってもいなかった。
以来、私は艦娘と格闘戦で互角に渡り合える人間を何人か見ることになる。
しかし、大先生ほどに艦娘を圧倒できる人間を、私は他に知らない。
手合わせを切っ掛けに、岩川台営業所は大先生と交流を持つようになった。
岩川台営業所には、武道や格闘技に強い関心を持つ艦娘もいる。
大先生との交流を持つ切っ掛けを作った私は、彼女たちから思いがけない賞賛を受けた。
長門からは、大先生との交流の契機となった手合わせは、百回の海戦勝利に勝る功績だ、とまで言われた。
私は武蔵にしては格闘技や武道に対する関心は薄い方だったが、大先生との交流から、武道や武の
大先生と知り合って四年程経つが、未だに大先生には勝てる気がしないし、実際勝てたことがない。
大先生は、武の道を征く者としてとても求道的な人物である。
…が、何と言うのか、俗な一面を持ち合わせてもおられる。
先に私は、大先生は自らの流派を立ち上げた空手家であると書いたが、同時に大先生は焼肉店の経営者としての顔も持っておられる。
経営を始めたのはつい最近のことだそうだが、店はとても繁盛している。
その日の夕暮れ、私は清霜を連れて大先生の焼肉店を訪れた。
この時間帯は大体賑わっているはずだったが、その日の店は閑散としていた。
どうしたのか…と思ったが、店の中央の席には人が居た。
居たのは大先生と、ご子息とご息女、ご子息の友人(大先生の高弟でもある)、あと門下生の男が一人。
大先生以外の面々とも手合わせしたことがある。
皆揃って相当な強者揃いだ。
ご子息とその友人は、大先生の門下で龍虎と並び称される実力者だ。
どっちでも良いような気もするが、ご子息が龍、友人が虎と呼ばれている。
私は大先生には敵わないと言ったが、この二人にも勝てない。
いや、勝ったことはあるのだが…今この場で手合わせして勝てるかと問われたら、勝てるとは断言出来ない。
二人ともそのぐらいの実力者だ。
ご息女も、見た目からは想像もできないが確かな実力をお持ちだ。
私と手合わせをして、私の胴に拳を打ち込んだとき、彼女はこう言った。
「わっ、ホントに分厚い鉄板に打ち込んだみたい。艦娘って生まれつきこうなの?なんかズルいッちね。」
…言い方は軽かったが、彼女の拳は重く、衝撃は胴の内側に響いた。
門下生の男も、龍虎と呼ばれる二人ほどではないかもしれないが、相当に使う。
私も手合わせでは、この男に何度か敗れている。
この日、店内には大先生とご家族、高弟だけが集まっていた。
店に入ってきた私と清霜に気づくと、大先生は私たちを席に招いてくれた。
どうされたのですかと伺うと、ご子息とその友人、ご息女がチーム戦の格闘技大会に出場され、見事に優勝を果たされたことを知らせてくれた。
それで、ご家族と高弟で祝勝会を開くところであった。
(「本日貸切」の表示はあったようだが、私としたことが、見落としてしまっていた。)
私は大会が開催されていたことも、ご子息たちが参加されていたことも知らなかった。
私がその不義理を詫びると、大先生は鷹揚に私と清霜を宴に加えてくれた。
こうして優勝を祝す宴が始まった。
まずはご子息…ここからは
今回の優勝は、日頃の修行・鍛錬の成果だ。
これからもさらに上を目指して、さらなる研鑽を…と。
若先生がここまで話すと、宴の参加者もそれぞれ優勝の喜びを口にし始めたのだが…。
…話題は、いつの間にか優勝のことから大先生の店についての話になった。
店の売り上げ・評判は絶好調だということ…。
成功の秘訣…。
良いサービスを提供する工夫…。
来月には新メニューを出すという話…。
私は外食するとき、飯なんて食って美味ければ何でも良いじゃないかと思っている。
だが、私がそう思っていられるのは、客が飯の美味さ以外のことを気にしないように、店の方が細心の注意を払ってくれているからなのだ。
店についての話はそんな、よくよく省みれば当たり前のことを私に思い出させてくれた。
…ただ、こうして店の経営やサービスの話で盛り上がる、というのは、空手家としてはどうなのだろう…。
大先生、ご息女、若虎(若先生の友人)が店の話で盛り上がる一方、若先生は目に見えて苛立っていた。
(苛立っている若先生の傍で、門下生の男は脂汗を流していた。)
危うく黒煙を上げそうになっていた肉を自分と清霜の皿に取り、私は若先生の横に席を移した。
(門下生の男には、清霜の隣に移ってもらった。)
「苛立っているな、若先生。」
「ん?武蔵…いや、俺は…。」
「隠さなくても良い…と言うか、彼(門下生の男)は若先生の隣で脂汗を流していたぞ。」
「来月には新メニュー、か…楽しみだな。」
「大先生の話を聞いていると、この店はこれからも繁盛し続けることだろうと思う。」
「…だが大先生も空手家、武の道を征く者だ。」
「今、大先生は焼肉店の経営に邁進しているが、武の道を征く者として、これで良いのか?」
「…と言ったところか。」
若先生が「そうだ」と言う前に、私はビールを飲み、話を続けた。
「私は良いんじゃないかと思う。」
若先生は少し目を丸くして私の方を見た。
何か言おうとしていたが、私は取った肉を頬張ってしまっていた。
肉を咀嚼し、飲み込んでから、私はさらに続けた。
「なあ若先生。」
「一口に武道と言うが、武道は何故武道なのだろうな?」
「一口に武の道と言うが、武の道は何故武の道なのだろうな?」
「ああ若先生、貴方には貴方の見解があるだろうが、まずは私の見解を披露させてくれ。」
「武道・武の道の『道』という語だが、これは何を意味しているだろうか?」
「この語の使われ方を見ていると、大体において天地の理とか、哲学とか…人の生き方、生きる道を意味しているようだ。」
「では武道・武の道の『武』は、何を意味しているか?」
「武という字は、戈を
「私はやはり、武とは何かと戦うこと、敵と相対することだと思う。」
「武とは、敵と相対すること…とすると、この『敵』とは何だろうか?」
「敵とは自分の前に立ち塞がる物事、自分の意のままにならぬ物事だ。」
「他にも見解はあるだろうが、私がこう言い切ってもそれほど強い反発は無いと思う。」
「自分の前に立ち塞がる物事がある。自分の意のままにならぬ物事がある。」
「言い換えれば、敵が居る。」
「そして敵が居るということは、自分が夢や幻の中に居るのではなく、現実の中に生きていることの証になっている。」
「拳を振るうことがなくても、剣や銃を取らなくても、人間は常に敵と相対し、戦っている。」
「艤装を展開して海に出なくても、私たちも常に敵と相対し、戦っている。」
「だから戦い方を学び、修めるということは、自分の意のままにならぬ現実の中で生きる術を学び、修めるということだ。」
「だからその意味で、武道は武道であり、武の道は武の道なのだ…と言うのが、私の見解だ。」
若先生は黙って私の話を聞いてくれていた。
そして私が話を一段落させたことを確認して、若先生は私に問うた。
「なるほど、興味深い意見だ。」
「ところで武蔵、お前が指摘した通り、俺は確かにこう思っている。」
「親父は今焼肉店の経営に精を出しているが、それは空手家として、武の道を征く者としてはどうなのか、と。」
「それに対してお前は、それでも良いんじゃないかと言った。」
「お前が親父はあれで良いと思ったことと、お前が今披露した武道についての見解は、一体どこでどう繋がっているんだ?」
若先生はこう問うたが、わからないから問うたのではないようだった。
教えるため、というより話に落ちをつけるために、私は答えた。
「それは焼肉店の経営だって、もっと言えば商売というものだって戦いだ、と言う点で繋がっている。」
「今のご時世、金を稼ぐ方法はいろいろある。」
「だが金を稼ぐための正道は、やはり人を、客を喜ばせることにあるだろう。」
「客を喜ばせると言うが、こちらが『喜べ!』と求めるだけで客が喜ぶことはない。」
「商売をやる者にとって、客とは正に意のままにならぬ相手…『敵』なのだ。」
「そして商売とは、客という敵に相対し、その敵をして喜ばせるという戦いなのだ。」
「…和平は敵と結んでこそ意味がある、と言った政治家がいたそうだ。」
「最高の奥義とは自分を殺しに来た相手と友達になってしまうことだ、と言った達人もいたそうだ。」
「何も敵を力で制圧することだけが戦いなのではない。」
私はまたビールを一口して、続けた。
「今さらだが、大先生はお強い。」
「私など知り合って、時々手合わせするようになって四年経つが、未だに勝てたことがない。」
「大先生を破った武芸者も居るとは聞いたが、どうにも信じられぬ。」
「とにかく大先生は、敵を力を制圧する戦いにおいては、無双と言っても良いだろう。」
「そんな大先生が、焼肉店の経営に、商売の世界に足を踏み入れられた。」
「今までとは違う『客』という敵に相対し、今までとは違う『戦い方』を求められる世界に、だ。」
「そして大先生はこの世界で快進撃を続けておられる。」
「正に、何をやっても至高の一品と言ったところか。」
「だからこうして見ると、私の目には」
「大先生は武の道を征く者として、また一つ上の段階に上がられたように見えるのだ。」
「私が今の大先生について、これでも良いんじゃないかと言ったのは…まあ、こういうわけだ。」
若先生はジョッキのビールを三分の一ほど空けると、私に問うた。
「親父は武道家としてそこまで考えた上で、今は敢えて焼肉店の経営に邁進している、ということなのか?」
「…………。」
先にも書いたが、大先生は確かに俗な面を持ち合わせてもおられる。
だからそこまで考えた上でのことか、と問われると…。
「お、おい!」
私の沈黙は、若先生のツッコミを招いてしまった。
「ああ、すまない。」
「まあ確かに、大先生はそこまで考えてはおられないかもしれない。」
「だが実際に道の上に居る者は、態々今自分は道の上に居るなどとは考えない。」
「道を征くというのは、そういうことだろう?」
「繰り返しになるが、私の目から見れば、大先生は一つ上の段階に上がられたように見える。」
「少なくとも私にとっては、これは確かなことだよ。」
そう言って、私は肉を頬張った。
「…でもまあ、確かに…。」
ビールを一口して、私はまた若先生に言った。
「確かに私としても、大先生が空手家・武道家ではなく、焼肉店の経営者として世人に記憶されてしまうのは面白くない。」
「若先生もどうしても気になるようであれば、一度『俺たちの本業は空手だろう!?』と直諫してみるのも良いのではないかな。」
ジョッキを空けて、私は話の締めとして(余計かもしれない)一言を添えた。
「そう言えば若先生には、バーの経営をしている仲間が居られたな。」
「一度私の見解を話題にして、
「新たに得るものが、あるかもしれぬよ。」