宇宙に一番近い場所   作:雨宮祷

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もうすぐ卒業なので初投稿です。


五話 怪物祭(モンスターフィリア)

 

「――シィッ!」

『グギャァアアア!?』

 

 やはり、速い。

 ――そして、()()

 

 目の前で振るわれるナイフ。

 それは的確にダンジョン・リザードの首を刎ねた。

 

 クラネルの戦闘を最後に見たのは二日前。

 その時とはまた、比べるまでもなく強く成長している。

 

 現在地は四階層。

 クラネルの怪我は昨日で完治したはずだが、念の為浅い階層で動きを確認している。

 

「どう、調子の程は?」

 

「……うん、もう大丈夫だと思う。違和感とかも無いし」

 

 グリップを握る拳を見つめるクラネル。

 その表情は、どこか清々しさを感じる。吹っ切れて、迷いが無くなったんだと思う。

 

「そか。んじゃ、キリもいいし、そろそろ帰ろっか」

 

「そうだね」

 

 倒したモンスターの魔石を拾い、バックパックの中へ放り込む。

 そして、本日二度目の帰路に着く。

 

 

 ダンジョンの出入り口は一つだけしか無い。

 だから、ダンジョンから帰る時も、入った時と同じ場所へ行く必要がある。

 

 僕達は、四階層から一階層、三つの階層を登っていく。

 

「……ねぇ、シエロ。神様、今日も帰って来ないのかな……」

 

 一階層から地上へ続く大きな螺旋階段を登っていると、クラネルからそんな質問が投げられる。

 

「さぁね。神様も、久々に会う友人と話が盛り上がってるんじゃない?」

 

「そうなのかなぁ……」

 

 それに、だ。

 

「元々何日か留守にするって言ってたんでしょ? だったら心配なんて要らないよ、多分ね」

 

「……最後の一言のせいで不安が拭えなくなったんだけど」

 

 うちの神様は、非常に神格者(じんかくしゃ)だ。問題を起こしたりするというのはあまり想像出来ない。

 

「……? なんだろ、あれ」

 

 ここはもう既に地上。

 後ろから来る人達の邪魔にならないように壁際の方へ避けていると、見慣れないものが目に入る。

 

 ダンジョンの大穴の少し近くに、巨大なカーゴがいくつも並べられている。

 そんな光景を眺めていると、不意に、カーゴが音を立てて揺れた。

 

「いっ!?」

 

「もしかして、中身はモンスター……?」

 

 クラネルも見ていたらしく、唐突なカーゴの動きに驚いた声を上げていた。

 

 それにしても、大丈夫なのだろうか。

 

 そもそもこのバベルは、ダンジョンからモンスターを出さないようにする為の『蓋』の役割をしていると聞いたことがある。

 つまり、本来モンスターとは地上に出してはならないはずで。

 

 そんな思考とは裏腹に、次々と運ばれてくる巨大なカーゴ。

 

『今年もやんのか、アレ』

怪物祭(モンスターフィリア)ねぇ……』

『ンな事やって、何の意味があんのか……』

 

 ざわめく人々の話から、そんな言葉を聞き取った。

 

「……怪物祭(モンスターフィリア)?」

 

「聞き覚えはない……。クラネルは何か知ってる?」

 

「いや、僕もさっぱり……」

 

 モンスターを地上へ引き上げているのは、その『怪物祭(モンスターフィリア)』とやらが関係しているのだろうが……何とも物騒な名前だ。

 

「……あっ、エイナさん」

 

 そんなクラネルの声に反応し視線を移すと、すぐ隣にいるもう一人のギルド職員と何やら深く話し込んでいる。

 

「……忙しそうだし、今は辞めといた方がいいかもね」

 

「うん、そうだね……。また今度聞こう」

 

 ギルドの職員であるエイナさん達がこの作業に関わっている時点で、モンスターの運搬はギルド公認であることが何となく察せられる。

 

 興味はあるが、仕事の邪魔をしてまで聞こうとするのは少々気が引ける。

 

 僕達は、未だ疑問を残したままこの場を離れた。

 

 ツンと来る、汗臭い体を清めるため、この階に設置されているシャワー室へと歩を進めた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 神様がパーティへ出かけてから三日。

 神様は、まだ帰って来ない。

 

「……今日も帰って来ないのかな」

 

 クラネルも、どことなく寂しげだ。

 

「……さぁね。ま、兎にも角にも待つしかないでしょ。神様にだって、やる事、やりたい事くらいあるだろうし」

 

「……そうだよね」

 

 パン、と軽く頬を叩き、「よし」とクラネル。

 

 先程までの表情は既に無く、完全に意識は切り替わっている。

 冒険者のクラネルだ。

 

 僕らは今日もダンジョンに潜る。

 強くなるため、お金を稼ぐため、生きていくためにダンジョンへ向かう。

 

 神様が帰ってきた時、こんなに沢山稼げたんだと自慢できるくらい頑張ろうと話しながら、ホームを後にした。

 

 

 

 ホームを出ると、清々しい朝の空気が僕らを歓迎する。

 路地裏へ、そこから見慣れた道で何度も角を曲がり、西のメインストリートへ出る。

 

 いつもの道。

 いつもの光景を進んでいく。

 

「おーいっ、待つニャそこの白髪頭ー!」

 

 唐突に響く女性の声。

 隣を歩いていたクラネルも、ぎょっとした様子で足を止めた。

 

 声の方向へ目をやれば、そこに居たのは『豊饒の女主人』の店員。

 ねこみみと細い尻尾を生やした、キャットピープルの少女がぶんぶんと手を振っている。

 

 クラネルと共に周りを見るも、髪が白い人は居ない。

 

 クラネルがすっと自分を指差し、「僕ですか?」と確認すると、ぶんぶんと頭を縦に振った。

 

 何かクラネルに用があるらしい。

 

 僕達は、ウエイトレス姿の彼女の元へ駆け寄った。

 

「おはようございます、ニャ。いきなり呼び止めて、悪かったニャ」

 

「あ、いえ、おはようございます。……えっと、それで何か僕に?」

 

 綺麗な所作で、よく躾られたようなお辞儀。

 それに対し、こちらもぺこりと頭を下げ返す。

 

 クラネルに用を聞かれたキャットピープルの店員さんは、早速とばかりに要件を切り出した。

 

「ちょっと面倒ニャこと頼みたいニャ。はい、コレ」

 

「へっ?」

 

「白髪頭はシルのマブダチニャ。だからコレをあのおっちょこちょいに渡して欲しいニャ」

 

 そう言って手渡されたのは、小さながま口財布。

 紫色で、こじんまりとした姿はどこか可愛らしい。

 

 それはそれとして、話がよく見えてこない。

 がま口財布を手渡されたクラネルも、よく分からないといった困惑の表情で、視線を店員さんと手元のがま口財布で右往左往させている。

 

「アーニャ。それでは説明不足です。クラネルさんも困っています」

 

 と、今度は店の中からエルフの店員さんが現れる。

 見覚えのある容姿と声、リューさんだった。

 

「リューはアホニャー。店番サボって祭り見に行ったシルに、忘れていった財布を届けて欲しいニャんて、そんニャこと話さずとも分かることニャ。ニャア、白髪頭?」

 

 ヤレヤレ、とばかりに表情を作る、アーニャと呼ばれた店員さん。そういう事らしい。

 

「というわけです。言葉足らずで申し訳ありませんでした」

 

「あ、いえ、よくわかりました。そういうことだったんですね」

 

 リューさんの謝罪にクラネルが納得する。

 僕達の中の疑問が紐解かれた瞬間だった。

 

「私からも、どうか頼まれてもらえないでしょうか? 私やアーニャ、他のスタッフ達も店の準備で手が離せないのです。これからダンジョンに向かおうとしている貴方達には悪いとは思うのですが……」

 

「別に構いませんけど……良いよね、シエロ?」

 

「うん。絶対にダンジョンに行かなきゃって訳でも無いし、この前は少し迷惑も掛けちゃってるし、恩返しって意味でも良いんじゃない?」

 

 お金とかはちゃんと払ってあるし、後腐れが残っているなんて事も無いけれど、あの時迷惑を掛けてしまったという事実は変わらない。

 言ってしまえば、気持ちの問題だ。

 

「……ところで、シルさんがお店をさぼっちゃったって本当なんですか?」

 

 クラネルがおずおずと疑問をぶつける。

 

「さぼる、という表現には語弊があります。ここに住まわせてもらっている私達とシルとでは、環境が違うので」

 

 リューさんの話によると、シルさんは休暇扱いらしい。

 住み込みで働くリューさん達とは違い、シルさんは毎日この酒場で働いている訳では無いのだとか。

 

 それで、シルさんは今回の休みを利用して『お祭り』を見に行ったらしく……。

 

「「……怪物祭(モンスターフィリア)」」

 

「はい。シルは今日開かれるあの催しを見に行きました」

 

 最近、バベルの中で聞いたばかりの言葉。

 結局、聞く機会が無く非常に興味を(そそ)られる話題だ。

 

「初耳ですか? この都市に身を置く者なら知らないということはない筈ですが」

 

「実は僕達、オラリオに来たのがつい最近で……。良かったら、教えてくれませんか?」

 

「――ニャら、ミャーが教えてやるのニャ!」

 

 リューさんにクラネルが答えると、キャットピープルの店員さんが俯かせていた顔をパッと上げて割り込んで来た。

 

 先程の名誉挽回とばかりの勢いで、鼻息荒く説明が始まった。

 

 

 どうやらこの怪物祭(モンスターフィリア)は、年に一度の【ガネーシャ・ファミリア】主催のドでかい催しらしい。

 

 具体的には、闘技場をまるまる一日占領して行うモンスターの調教。

 

 僕達に対し常に敵意を剥き出しにして、凶暴である筈のモンスターだが、戦う中で相手が格上だという認識を刷り込ませる事で従順にしてしまうのだとか。

 

 地上のモンスターに比べ、ダンジョンで生まれ育った個体はタチが悪く、より凶暴らしいのだが、【ガネーシャ・ファミリア】は構成員の実力が高い為可能らしい。

 

 キャットピープルの店員さん曰く、「偉いハードのサーカスみたいニャもんニャ」だそうだ。

 

「闘技場に繋がる東のメインストリートは既に混雑している筈ですから、まずはそこに向かってください。人波に付いていけば現地には労せず辿り着けます」

 

「シルはさっき出掛けたばっかだから、今から行けば追い付ける筈ニャ」

 

「わかりました」

 

 邪魔になるだろうという事で、バックパックは預かってもらった。

 

 身軽になった僕達は、シルさんの財布を持って酒場の前から出発する。

 

 怪物祭(モンスターフィリア)……一体どんな感じなのか、非常に気になる。

 シルさんへ財布を届けた後、見に行ってみるのも良いのかもしれないなんて事を考えつつ、東のメインストリートへと駆け出した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「おーいっ、ベルくーんっ、ノアくーんっ!」

 

「え?」

 

 人波に呑まれ、前へ進む事にすら四苦八苦している矢先、久しぶりの声が耳朶(じだ)を打った。

 

 クラネルは目を丸くして声の方向を見ている。

 

 そこには、ここ数日所在が分からなくなっていた神様が、人波を掻き分けてこちらへ向かってくる姿があった。

 

「神様!? どうしてここに!?」

 

「おいおい、馬鹿言うなよ、君達に会いたかったからに決まってるじゃないか!」

 

 その大きな胸を張り、何故か誇らしげにそんな事をのたまう。

 

「それが答えになってるいるかはさておき、今までどこに行ってたんです?」

 

「そう、そうですよ神様! 今日まで数日間、どちらにいらっしゃったんですか!」

 

「いやぁー、それにしても素晴らしいねー! 会おうと思ったら本当に出くわしちゃうなんてさー!」

 

 ふふふ、と笑いながら体をくねくねと動かして一人で盛り上がっている神様。

 

 どうにも話が聞こえていないらしい。

 

「か、神様? 凄いご機嫌みたいですけど、本当に何があったんですか?」

 

「へへっ……知りたいかい? 僕が舞い上がっている理由を……!」

 

「は、はい」

 

 先程からずっと笑みの絶えない神様は、手を後ろに回し、ゴソゴソと何かを(まさぐ)りだす。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 ならば僕も少し協力するとしよう。

 

 「実は……」と言いかけた所で神様は動きを止め、周囲を見渡した。

 それから少し考えるような素振りを見せ、再び言葉を紡いだ。

 

「……うん、やっぱり今は教えなーい」

 

「ええっ!?」

 

「楽しみは後に取っておく事にしよう」

 

 気になる事をお預けにされ、クラネルは「そんなー」という表情を浮かべている。

 

 でも、何となく分かる。

 

 どうせなら、二人きりで、雰囲気のある感じでお披露目したいと考えているんだろう。

 

 ふっふっふ、任せてくださいよ神様。

 

「神様、折角のお祭りですし、クラネルと二人きりでデートでもしてきたらどうです?」

 

 ニヤリ、と神様に向けて笑みを浮かべれば、「よくやった!」と言うような笑みが返ってくる。

 

「うーん、実に良い案だ! 街はこんなに盛り上がっているんだ、僕達も楽しまない手は無いだろ? それに、【ファミリア】を立ち上げてからこんな風に一緒に何かするって事も無かったしね!」

 

「で、デートって……! あ、そうだ! 僕達、実はお使いを頼まれてるんですよ!」

 

「シルさんの財布の事でしょ、クラネル? 安心しなよ、それに関しては僕が責任を持って届けるからさ」

 

 残念ながら、君に逃げ道は残されていないんだよクラネル!

 

「と、言う訳だ! さぁデートと洒落こもうじゃないかベル君!」

 

「いや、でもっ! その、い、色々とお世話になっている方なので!?」

 

「よし、それなら、デートしながら人探しをしようじゃないか。楽しみながら仕事もこなせて一石二鳥だ。あ、おじさーん、そのクレープ二つくださーい」

 

「神様ぁーー!?」

 

 腕を組み、手を繋ぎ、とても仲の良さそうに(引っ張られるように)遠ざかっていく二人。

 その姿は、賑々しい雑踏の中へと溶けるように消えていった。

 

「さて、自分で言い出した事だし、責任もってちゃんとシルさんに送り届けないとね」

 

 僕の手元には紫色の小さな財布。

 きちんと依頼をこなさなければ、リューさん達に合わせる顔がない。

 

 上から探した方が早いだろうか。

 

 僕は力場を使って屋根へと登り、街を上から見渡しながら探す事にした。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「いないなぁ……」

 

 あれからずっと探してはいるのだが、どうも見つからない。

 

「もしかして、もう闘技場の中に入ってるのか……?」

 

 早く財布を届けないと、シルさんも困るだろう。

 もしかしたら、喉が渇いているのに飲み物が買えない、なんて事態に陥っているかもしれない。

 

「早いとこ届けてあげたいんだけど」

 

 ぱっ、と回りを見渡すが、やはり見当たらない。

 やっぱり、闘技場の中に入るか。

 

 

『―――!』

 

 

「……?」

 

 何だろうか。

 少し、騒がしい……?

 

 盛り上がっているのとはまた違う、これは。

 

「悲鳴……ッ!」

 

 方角は東。

 その方向は――。

 

 僕は、持ちうる最高速度で空を駆ける。

 取り越し苦労なら、それはそれでも構わない。

 

 

「無事でいてくれよっ……クラネル、神様――!」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「――どうしてっ、神様が狙われてるんですか!?」

 

「し、知るもんか!? おんなモンスター初対面も初対面だ! ボクは何もしちゃいない!」

 

 よじれるように入り組む、複雑な通路。

 突如として壁から不自然に生える正方形の部屋。

 無数に入り混じる大小様々な階段。

 

 オラリオに存在する、もう一つの迷宮。

 重層的な構造はいくつもの階層に分かれるダンジョンを彷彿とさせる。

 

 『ダイダロス通り』と呼ばれる、広域住宅街だ。

 

 

 そして、その中を駆ける一人と一柱、その後ろを追う一匹。

 

『グガァ!』

 

「っ!?」

 

 いくら迷宮のような造りをしているとはいえここは住宅街。貧民層のみではあるが、きちんと人が住んでいる。

 身なりはしっかりとしている『ダイダロス通り』の住人達は、複雑な隘路を上へ下へと子慣れた様子で出歩いている。

 

 しかしそんな彼らも、街を疾走する二人に気付いたあと、その後ろに続く銀の化物(シルバーバック)を見て目の色を変えて逃げ出した。

 瞬く間に悲鳴が多重演奏を奏で、通りから人の気配という気配が消えていく。

 

 少年――ベルは、大切な神様の手を引き、安全な地帯を目指して逃げる。

 

 それまで走っていた道を突如外れて別の通路へ出る。上っては曲がり、階段を降りては曲がり、何度も進む方向を変え、ぐちゃぐちゃに進む。

 

 迷宮のような構造を利用して、シルバーバックを引き離しにかかる。

 

 ベルは後方を顧みて、ホッと息を吐く。

 そこにはモンスターの姿は無い。

 

 

 ――だが、その聴覚が異変を察知した。

 

 

 何かを蹴るような音、石材が軋む音。

 崩壊の音色が、迫ってくる。

 

『ギァアアアアアア!』

 

「ッ!」「ぁ!?」

 

 迷宮の如き造りを完全に無視し、建物の合間を縫うように移動を繰り返し、挙句の果てには上空からの急襲。

 

 砕けた石畳が大量の破片をこぼし、宙を舞う。

 

 二人を引き裂くように間に落ちてきたシルバーバックと、ベルが正対する。

 その手にはもう、神様の手は繋がれていない。

 

 離れてしまった神様の元へと、急いで駆け寄ろうとするベルだが、

 

『オオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 その咆哮を真正面からぶつけられた。

 

「――ひっ!?」

 

 なんてことは無い、ただの威嚇。

 だが、それは強さの差が表れた時十分過ぎる程に効力を発揮する。

 本能に恐怖を呼び起こす、あまりにも原初的な獣の雄叫びは、ベルの行動するという意志を容易く摘み取った。

 

『ルガアァッ!』

 

 シルバーバックの威圧は本物だ。

 今のベルでは到底太刀打ちできない怪物からの咆哮。

 

 それが、いつかの記憶とリンクする。

 

 脳裏によぎる、狂牛の雄叫びが、今になって鮮明に蘇る。ベルの足を竦ませる。

 

 眼前には敵。それも圧倒的にベルよりも強者。記憶と被る面影。奥にいる大切な人。現状、ベルだけが守れる存在。助けなくてはならない。

 

 恐怖が、恐怖が襲い掛かる。

 臆病風に吹かれ、今にも逃げ出してしまいたくなる。

 

 本能と感情がせめぎ合う。対立した二つは、どちらへ傾いてもおかしくないほど拮抗している。

 

 

 ――それでも、そのちっぽけな男としての意地が、後退という選択肢をへし折った。

 

 

「――うあああああああっっ!?」

 

 

 体の底から、活力を無理矢理引きずり出して、吠えた。

 恐怖を消し飛ばすように、勇気を振り絞り、ベルはシルバーバックへ向けて一歩を踏み出した。

 

 空間を抉るように向かってくる太い腕に対し、ベルは懐へ潜り込むように頭を下げる。

 大薙ぎの左拳が、頭上を掠めて通り過ぎる。

 

 短刀を構え、がら空きになった敵の左側の胴体へ、すれ違いざまに斬撃を叩き込んだ。

 

「っっ!?」

 

 ――が。

 

 キィンッ、と短刀が悲鳴をあげた。

 その衝撃で、短刀を振るった左腕はブレ、痺れが腕を貫く。

 

 ここに来て、また一つ明らかになった『差』に、ベルの顔が引き攣る。

 

 ベルの攻撃では、シルバーバックを傷付けることすら叶わない。

 その事実に瞠目していると、物理的に衝撃がベルを襲った。

 

 大きな両手でベルに掴みかかったシルバーバックは、振り回すようにして壁へ投げつける。

 背中を強打したベルの呼吸が一瞬止まり、双眸が限界まで見開かれる。

 

「ベルくんっっ!」

 

 ベルにとって大切な人の声。

 それを頼りに、ふらつく足で再起する。

 

 守りたい、でも、守れない。

 

 どれだけ勇気を振り絞っても、恐怖を振り切っても、それでも――力が足りないから。

 

 ベル・クラネルが、弱いから――。

 

 弱い自分に、嫌気がさす。悔しさが込上げる。

 

 あの日、獣人の青年が口にしていた言葉がぶり返す。頭の中をぐるぐると巡る。胸の奥が、締め付けられるように痛み出す。

 

 どこまでも堕ちていく思考に、一筋の光が差した。

 

 

「――ベル君」

 

 

 その声に、ベルの顔が上げられる。

 

 

「――僕に、策がある」

 

 

 真剣な瞳に、ベルは頷く事しか出来なかった。

 

 ベルは、駆けた。全身全霊の力で、とにかく速く駆けた。大切な神様の手を取り、抱き抱える。

 

 少しでも長く、引き離すように。

 

 時間を確保するために。

 

「神様、作戦ってなん、ですかっ……!?」

 

 走りながら、息も絶え絶えに作戦の内容を聞く。

 それに対しヘスティアは、ベルの腕の中で顔を真っ赤にしながらにやけていた。

 

「すまない、ベル君っ。ボクはこんな状況なのに、心から幸せを感じてしまっているっ……!」

 

「もうこんな時に何言ってるんですか神様ぁ!?」

 

 ベルはとにかく走り続ける。

 シルバーバックはどこまでも追いかけてきているからだ。

 

 神様に作戦があるならば、と逃げる事に専念したベルは思う存分にその脚力を発揮し、縦横無尽に迷宮の中を駆け巡った。

 

 だが。

 

「……ッ! 行き、止まり……!」

 

 徐々に引き離せていたのに、最後の最後で運に見放された。

 

 周囲高い建物に囲まれ、完全なる袋小路。

 ここに至るまで一本道であり、引き返す意味は無く、退路は存在しない。

 

 とうとう、追い詰められた。

 

「……いや、好都合だ」

 

「えっ!?」

 

 横抱きから下ろされたヘスティアは、おもむろに言葉を呟いた。

 

「さっきも言っていた、策ってヤツだ」

 

 ヘスティアは、凛とした眼差しでベルを見詰める。

 

 

「――ベル君。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 紡がれた言葉が、どれだけベルに衝撃を与えただろう。

 

 

「ここで最後の【ステイタス】更新をする。今から強化する君の力を、あのモンスターにぶつけてやれ」

 

 

 ――無理だ。

 

 ベルの自信は、既に折れかけてしまっていた。

 渾身の攻撃は傷一つ付けることが出来ず、逃げるだけでも精一杯。

 

 そんな、ベルに。

 

 ヘスティアは、手にしていたケースを開け、中身を差し出した。

 

 取り出されたのは、鞘に収まった漆黒のナイフ。

 

 柄も鞘も、刀身さえも、例外無く全身を真っ黒に染め上げた反りのない直刀。

 やがて、ベルに呼応するかのように手の中で淡い紫紺の光沢を宿す。

 

 ナイフに見惚れること数秒。

 顔を上げると、ヘスティアが曇りのない瞳で、柔らかい笑みを携えて真っ直ぐにベルを見据えていた。

 

 

「――ベル君、ボクは君の事を信じてるぜ? こんなの『冒険』のうちにも入らない。だってそうだろう? ヴァレン何某とかいう化物みたいな女を目標にしている、冒険者ベル・クラネルなら、あんなモンスターちょちょいのちょいさ」

 

 最後に真剣な顔をして、ヘスティアは言った。

 

「僕が君を勝たせてやる。勝たせてみせる。今、きみは自分のことを信じてやれないかもしれない。なら代わりに、君を信じているボクを、信用してやってくれないかい?」

 

 ベルは、涙がこぼれそうになった。

 逃げてばかりで、傷付けることすら叶わず、ボロボロになったというのに、それでもなお全幅の信頼を置いてくれる神様に。

 

 笑いかけるヘスティアに、ベルは目元を拭って、「はいっ」と涙声混じりに頷いた。

 

 

 その時、すぐ近くまで異音が迫っていた。

 

「っ! 間に合わないか……っ?」

 

「そ、そんな……神様……っ!」

 

 縦一直線に伸びる長大な通路。

 曲がり角から、姿を現したシルバーバックに、二人は息を呑む。

 

 

 ――そこへ、聞き慣れた声が響いた。

 

 

「――ゆっくりやっても大丈夫ですよ? 時間は僕に、任せてくださいな」

 

 

 ふわり、と建物の上から不敵な笑みと共に下りてくる少年。

 

「ノア君! だい――ッ!」

 

 ヘスティアは、「大丈夫なのかい?」と続けようとして、辞めた。

 今掛けるべき言葉は、そうじゃない。

 

「頼んだよっ!」

 

「――勿論です、神様」

 

 向かってくるシルバーバックに、正面から向かっていく少年。

 

 ゆっくりでも大丈夫、なんて言っていたけれど、そんな事は許されない。ボクはボクの出来うる限り早く仕事を終わらせる――ッ!

 

 ヘスティアはベルの背中に全神経を集中させた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 間に合った。

 

 クラネルも、神様も無事。

 後は、目の前のアイツを倒すだけ。

 

『ガアアアアアアッッ!』

 

「――ふッ!」

 

 振り下ろされる右腕を避け、脇腹への打撃。

 力場も使い、現状行える最大限。

 

 ――だが。

 

「――チッ! 全く効いてない……!」

 

 衝撃も伝わっているはずなのに、それを感じさせない。毛が硬すぎて、ダメージが入らない。

 

 あわよくば倒してやろうと思ったが、まだ僕の攻撃力では足りないらしい。

 

『グルアアアァァッ!』

 

 腕に付く鎖を振り回してくるが、僕には関係ない。

 無機物である以上、重力には逆らえない。

 

 そこに意思が絡まない限り、力場への抵抗は難しいのだから。

 

 僕へ向かってくる鎖は、不自然に曲がり、僕を避けるように背後の建物を破壊する。

 

 伸ばされた腕を伝うように走り、顔面に蹴りを入れるが、これもやはり仰け反りさえもしない。

 圧倒的に地力の差が出ている。

 

 でも、今はそれでも構わない。

 少なくとも、今回は倒すのは僕では無いから。

 

 左手で掴もうとしてくるのを、その場から飛び退くように避ければ、追随するように跳んで追い掛けてくる。

 

 上と下の位置関係。

 これなら、重力場が最大限に効力を発揮する。

 

 空中に足場を作り、蹴り出す。

 僕の体を、弾丸のように突貫させる。

 

 これで化け物は地面に叩き付けられた訳だが、やはりと言うか何と言うか、大きなダメージには至っていない。

 

 

 まだ、遠い。

 いつかは超える、けど、今回は。

 

「――タイムリミット、だね」

 

 

 地を蹴った音が聞こえた。

 加速する、疾走の音が聞こえた。

 

 だから、お土産だ。

 

『グゲェッ!?』

 

 全速力で駆けるクラネルに対し、回避行動を取ろうとした銀のモンスターは動けない。

 足に限界まで力場をぶつけているから、重くて足が動かない筈だ。

 

 後はきっと、クラネルが終わらせる。

 

 

「――ぁああああああああああああああッッ!!」

 

 

 突撃槍(ペネトレイション)

 

『ガァッッ!!』

 

 肉を穿ち、何かが砕ける音がする。

 シルバーバックは両目を限界まで見開き、崩れるように背中から倒れ込む。

 

「――!?」

 

 突貫の勢いを殺しきれなかったベルは空中を彷徨い吹っ飛ぶ。

 

「ぐえっ!?」

 

 勢いのまま、地面を派手に転がり、数回転した所でようやく止まる。

 バタンと倒れ、仰向けになったクラネルは、少しの悶絶の後振り返った。

 

 僕とクラネルの目には、灰となって消えていくモンスターの姿が映っている。

 

 その姿を跡形もなく消滅させた後、体に刺さっていた漆黒のナイフが石畳の上へと転がり、紫紺の輝きを瞬かせる。

 

 

『―――――――――ッッ!!!』

 

 

 歓喜の声が、迸った。

 

 この地域の住民達が、興奮を爆発させるように歓声をあげている。今この瞬間、闘技場にも劣らないほどの熱気で溢れた。

 

「……はは、すっご」

 

 その熱気の中心にいるのは勿論クラネルだ。

 周囲の喝采に囲まれ、クラネルにも笑みが浮かんでいる。

 

 クラネルが通路の奥へと笑いかけようとして――。

 

「神様っ!?」

 

 ――上げた悲鳴に、僕もそっちへ視線を飛ばす。

 

 神様が、路上に倒れている。

 力を使い果たしたのか、理由は分からないが心配だ。

 

「クラネル、神様は!?」

 

「わ、分かんない! とりあえず、安静に出来る場所に運ばないと!」

 

 大歓声に祝福される中、僕達は一目散に走り出した。

 

 

 




遅くなってすみません(n回目)

今回なんと一万文字を超えました。
流石に長ぇっす……って方はごめんなさい。

もう少し分ける事も出来ると言えば出来るんでしょうが、多分今以上に投稿頻度が下がりそうです。
なので、これから先も多分これくらいの長さになるかなと思われます。ご了承ください。

待っててくれた読者様に感謝を。
これからも頑張って書きますので、お待ちいただけると幸いです。

ダンまちヒロイン誰がお好きですか?(完全に興味本位なので結果が小説に影響する事は無いです)

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