『Utopia・online』 〜TS獣人少女は、デスゲームの世界で最凶の悪役になる〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
『もしもし、ウルフ?』
「あー、うん。ミャーコか」
『そうだよ。そっちは大丈夫?』
「……まあ、大丈夫と言えば大丈夫だ」
左腕は失ったが、HPは魔族化と自動回復とポーションのおかげで余裕がある。
左腕もしばらくすれば元に戻るだろう。
痛みは酷いが、それも徐々に治ってきている。
大丈夫と言えば大丈夫だ。
『何その玉虫色の答えは? 絶対大丈夫じゃないでしょ。位置情報を教えて。助けに行くから』
「ああ、いや、ホントに大丈夫だ。来なくていい。来なくていいから」
ウルフはミャーコを遠ざけた。
殺人すら開き直った彼だが、友達に拒絶されるのは怖かったのだ。
あるいは、これこそが彼の受けるべき本当の罰なのかもしれない。
『……そっちの事情はなんとなく察してるよ。全体マップに表示されてた鍵のマークが消えたからね』
「……そうか」
『もしかして……殺しちゃった?』
「………………うん」
蚊の鳴くような声で、ウルフはミャーコの問いに答えた。
まるで叱られるのを待つ子供のような、弱々しい声だった。
とてもシャイニングアーツの面々を蹂躙した化け物とは思えない、普通の子供のような声。
『そっかぁ……』
ミャーコはそう呟いてから、少しの間、黙った。
何を考えているのかわからない。
怖い。
『ねぇ、ウルフって確か、中学生なんだよね?』
「え? ああ、そうだけど……」
突然、話が飛んだ。
ミャーコは再び『そっかぁ……』と呟いた後。
『……ボクはね、リアルでは22歳の引きこもりなんだ。高校の頃にイジメられて、外に出るのが怖くなって、親のスネを齧りながらゲームしてたの。最低でしょ?』
ミャーコは戯けたようにそう言った。
イジメられて引きこもる。
ウルフにはイマイチわからない出来事だ。
彼はむしろ、家の中にいる方が怖かった。
スネを齧らせてくれる親がいるなんて羨ましいとも思った。
……けれど、家庭環境が悪化した後、笑顔の消えたウルフを気味悪がって遠巻きにした、友達
あの排斥の目の怖さは知っている。
現実に帰りたくないと叫んだミャーコの姿は共感できる。
ミャーコはミャーコで辛かったのだろうと思える。
『君はどうなの? 君は、どうして現実に帰りたくないって思ったの?』
「…………」
ゲームの頃は、お互いのリアルを追求するのはマナー違反だった。
ウルフだって話したくなかったし、冗談交じりに「君、中身おっさんでしょ?」と言われた時に「はぁ!? 中学生だぞ!」と反論した時くらいしかリアルのことは話さなかった。
今だって話す必要は無いだろう。
現実世界のことなんて、全てを忘れてしまった方が楽だろう。
けれど、ミャーコは話したくないリアルの姿を話してくれた。
なんのためにと一瞬思って、すぐに気づく。
ミャーコはきっと、今のウルフを理解しようとしてくれているのだ。
何を思って人を殺したのか、知ろうとしているのだ。
そのために、まずは自分のことを話した。
ウルフだけ話すんじゃ不公平だから。
「オレは……」
そんなミャーコの気持ちを無下にできなくて、ウルフは話した。
それ以上に、きっと彼も本心ではわかってほしいと願っていたから。
だから話した。
自分の過去を。リアルでの自分を。
両親の離婚。
母親の破綻と暴力。
貧困。
学校にもロクに通えないバイトだらけの毎日。
未来への希望なんて抱けなかった絶望。
相談員に切り捨てられて以来、一度も誰かに話せなかったことを、ウルフはミャーコに話した。
そして━━
『うわぁ。ボクなんかより、よっぽど辛い人生送ってきてんじゃん』
ミャーコは、実に重い話を聞かされて、なんとも言えない声を出して。
『そっかぁ……。そういうことだったのかぁ……。
うん。それなら、こうなっても仕方ないのかもしれない。うん。仕方ない。仕方ないよ』
必死に噛み砕いて、飲み干して、仕方ないと言ってくれた。
彼女は、今のウルフを否定しなかった。
「ミャーコ……」
『大丈夫。大丈夫だよ、ウルフ』
労るような優しい声で、ミャーコはウルフに語りかける。
『誰が許さなかったとしてもボクが許す。君は悪くない。いや、悪いかもしれないけど、現実世界に絶望したこともない奴らなんかに、君を否定させはしない』
それは、きっと悪いことだろう。
どんな理由があるにせよ、殺人を肯定するなどあってはならない。
彼女の発言は、間違った道に進んだ子供の背中を更に押す、許されざる行いだろう。
それでも、ミャーコはウルフにそう言った。
他ならぬ彼女自身が、彼には到底及ばずとも現実世界に絶望した経験のある彼女自身が、今の彼を否定することなんてできなかったから。
世の中には、綺麗事じゃ救われないことが山のようにある。
ウルフも、そしてミャーコも、その被害者だ。
綺麗事が救ってくれないのなら、そんなものは放り捨てて、別のものにすがりついたっていいじゃないか。
『大丈夫。ボクは……お姉さんは君の味方だよ。君が人殺しだろうと知ったことか! 文句があるなら、君と同じ目に合ってから言えってんだよ!』
「!」
ミャーコは、歳上として力強くそう宣言した。
ウルフが自分を立ち直らせてくれた時のように、ミャーコもまた綺麗事ではなく、悪い言葉でウルフを救う。
そんな彼女の言葉で、彼は━━確かに、心が軽くなるのを感じた。
思わず、ウルフの瞳から涙がこぼれる。
拒絶されると思っていた。
ウルフがどんな自己弁護をしたところで、人殺しは人殺しだ。
そんな奴が誰かに受け入れられるわけがない。
ウルフが変わった途端に離れていった友達だった奴らのように、ミャーコもいなくなってしまうのだろうと思っていた。
けれど、違った。
ミャーコは受け入れてくれた。
こんな自分を受け入れてくれた。
彼女の悪い言葉で、彼は確かに救われたのだ。
現実世界では誰もが救ってくれなかった少年を、この世界で出会った友達は救ってくれた。
しばらく、通信はウルフのすすり泣く音だけを拾った。
『ウルフ。君を助けたい。君のところに行っていいかな?』
「うん……。待ってる」
その後、ウルフが発信した位置情報をもとに、ミャーコが合流。
疲れ果てたウルフを膝枕して寝かせ、彼に引き上げてもらったレベルを活かして、寝ている間の護衛を行った。
魔族に安全地帯は無い。
けれど、ミャーコの膝の上だけは、ウルフにとっての安全地帯だった。