『汝竹酔日の雷霆、紙銭の元に下りパンタグラフを番えヨヨヨヨ』
『な、何言ってるんですかぁ……』
『耳を貸さない! 若干だけど精神汚染の呪式乗ってるわよ……ッ!』
なぜか栞凪凪砂――私は、気づいたら五体満足の状態で、死ぬ直前に着ていた制服で、どこかの廃ビル4階にいて。窓ガラスの外、眼下で元同僚たちが戦闘を繰り広げているのに気づき、必死に眺めつつくぐもった声に耳を澄ませていた。
「……だー、クソ。なんでこんなのに苦戦してんだよみんな……」
戦っているのは、この階層でようやく顔を正面から見られるほどに巨大な、幾何学的な紋様で構成された赫の人型。四十七柱の怨霊魔女の「ゐ」、院守のカルカタ。
その4対の腕から繰り出される血色の斬撃を掻い潜り、あるいは跳ね返しながら抗戦するのは4人の少女たち。改造和装のように見える服は、よく見ると随所に呪符の仕込まれた戦闘礼装だ。彼女たちこそが《陰陽少女隊:言祝ぎ千鳥》、怨霊魔女を討滅するため陰陽術の力を与えられた少女たちである。
『味蕾の彼方、金剛色のアイスピックは猶も来たらズズズズズ』
『うおおおっ!? 斬撃の数が増えたで御座るよ!!』
『――ッ、ここは私が!』
一見すると善戦しているように見える……が、やはり『紫炎の巫女』が死んだのが尾を引いている。致命傷を恐れて攻め手が足りておらず、逆に軽い攻撃をかなり食らってしまっている。私が悪いのは重々承知だが、それでももどかしいものはもどかしい。
「……ッたく、太郎丸もミカも、奏もみなせも……!」
自分も戦闘に参加するために窓を蹴破って飛びだそうとするが、
「【循環蘇生:ガラス窓4-s22】」
「うわっ気持ち悪っ」
普段なら雑に込められる呪力がさっぱり入らず、それでも気合で蹴り割ったガラスは知らん女の声と共に一瞬で再生した。声のした方を振り返るとそこにいたのは、青みがかった黒髪の少女。服装はローブを羽織ったゴスロリ寄り、たぶん同じ日本人だけど、私が昔やってミリも似合わなかったツインテがバチバチに似合っているので美少女寄り。だけどそれよりも気になったのは、
「あー、もう。貴女もレディなんだしスカートでハイキックなんて……や、そもそも窓を割らないの」
「……」
能力の強さだ。呪力の封殺と無機物の再生は陰陽災害……陰陽少女に力を与える側でないと基本的には不可能。ついでに我々が戦闘のこんなに近くにいるのに人払いの符術の効果を受けていない……つまり彼女は陰陽少女より高位。そういう連中の一人、あるいは高位の怨霊魔女ということになる。それでもって陰陽災害は意思疎通を取らないので、後者に絞られる……はずだ。
「……頭文字は? やっぱ『と』くらい?」
「は? 何言って……あー、そっちのテクスチャ上の話か」
「あ?」
「《陰陽少女》だっけ? そういういざこざ引き起こしてる連中じゃないから、そこは安心していいわ」
「……じゃあ、どういう連中だってんだよ。もっと高位で全ての黒幕……閲覧禁止木簡の……?」
「まあそういう反応よねー。一個のテクスチャに縛られてちゃ、解釈の幅狭くなるわよ」
煙に巻くようなセリフがうっとおしい。だいたいテクスチャってなんだ、単語テストでやった気もするがそんなのは忘れたし難しい単語を使うな――そういうことが頭に浮かび、口に出そうとして、
『『ハッケ・ヨ――――――イ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』』
煽ってきた彼女の後ろの窓の外で、さっきまで見ていた院守のカルカタより
あー、そう言えば意味に「質感」ってあったな。確かに陰陽ウンタラとは質感違う連中だな、と、ビックリする脳のぼんやりした部分で考えていた。
「……あれは?」
「《全日本ギガント・スモー協会》。あんな巨大武装の連中は結構珍しいのよね」
「は、はあ……ってなんで?! みんなの人除けは起動してる……いや、それにしたって何でアレに気づかず……!?」
そう。全てがおかしい。
常識的にあんなデカさの力士はいない。陰陽道の論理で動かすしかない気もするが、あんなことやってる連中は知らないし呪力挙動の気配もない。向こうの何とか相撲協会はともかく、術の力で異常存在に気づくのに長けた陰陽少女が、目と鼻の先で起こっている別の戦闘に気づけないのがおかしい。両方に至近距離で接してるのに、このオンボロビルにほとんど衝撃が伝わってこないのがおかしい。そもそも何をやってるのかわからない。
「気づいてない……や、気づかずに済んでたのは私たちのおかげなのよ」
私の前に立っていた彼女は、混乱しているさまを見て面白くなったのか、いい笑顔を浮かべながら私に語りかけた。
「テクスチャ同士の干渉事故を防ぐため、日夜暗躍する秘密の集団」
「――《死霊術師》の世界へようこそ、お嬢さん?」
◆◆◆
現代日本は、バトル大国だ。
「魔法使い」「呪術師」「陰陽少女」「異能者」「暗殺者」「魔術師」「機械化兵」「拳闘士」「スモー・バトラー」「悪魔祓い」「謳い手」――まだまだ沢山の勢力が総本山、あるいは大支部、大旅団をこのクソ狭い国土に構えている。君の愛読しているバトルマンガで戦闘員を束ねる組織が出てきたとき、それと似たような組織は絶対に日本に居を構えてるし、作者の7割は実体験か取材をもとにそれらを描いている。
そしてそのそれぞれの勢力が、それぞれの因縁の相手を滅するため、日夜剣を握り/術式を謳い/拳を掲げ/能力を振るい/銃を構え、血で血を洗う闘いを全国各地で繰り広げている。
これを聞いた庶兄はこう思ったことだろう……「それが本当ならどうして我々は、その結果の断片ですら見たことがないし、巻き込まれた知り合いすら持たないのだろうか?」
答えは単純。規模と実力で彼らに並び立ち、あるいは凌駕しながら、争乱の一切を起こさず、ただ情報操作に奔走し続ける職能者――『死霊術師』。その集団が日本には存在するのだ。
◆◆◆
「そういうことなんだけど、今の段階で何か質問とか言っておきたいことある?」
「『お嬢さん』とかさっき抜かしてたけど私の方が年上だよな? どう見ても20cmは私のが背ぇ高いし、靴のサイズ一回り違うし」
「失礼な! 私は3か月も前から結婚できるようになったのよ、分かったら目上には敬語!」
「……16なら年下じゃねえか!! 私17だぞ!!」
「ハアーッ!? じゃあなんで17歳のレディがそんなボッサボサの髪型なのよ、化粧もゼロだし!」
「別に良いだろ無頓着でも……!! あんたの方がガキ臭い体のくせに色々やりすギュッ!?!?」
「……うるさい……!! 私の方が、有利なんだから、年下でも、敬語……!! いい!?」
「ウ……うっす」
私は今、《死霊術師》を名乗る彼女にさっきの廃ビルから連れ出され、住宅街(当然だが、さっき見たみたいな戦闘が徒歩圏内で起こっているとは微塵も感じられない)を歩きながら彼女についての説明を受けていた。両者の戦闘はまだもう少し続きそうだったのでせめて決着を見届けたかったが、それには失敗した。「じゃあせめて逃げて乱入しよう」としたら、彼女が指を動かした瞬間に急激に首が絞まって嫌だったので大人しく付いて行ってる。家々の間から見える夕日が嫌に眩しい。
「全く、よくそんな速攻でこっちの外見弄りに入れるわね……今までの常識をぶち壊す真実じゃないの、これ?」
「いやまあ、元々がふっつうのJKなんで、陰陽少女やることになった時も似たような感じだったんで。若干耐性はあ……ります」
「陰陽師みたいなめちゃくちゃ血筋大事な連中でも魔法少女フォーマットに沿ってるのね……とにかく、我々の手でテクスチャとテクスチャがぶつかり合わないように専用の結界貼ったり、それぞれにやってる人払いにプラスして更に人を追い出したりしてるの」
「……あの。質問権いいすか」
「さっき使ったでしょ……というのは置いといて。何?」
「なんで《死霊術師》なんですか? 死体使って……な……」
そこまでふと浮かんだ疑問を口にしたところで、気づいた。
「……あー。そういや私死んでんですよね」
「気づいてるなとは思ってたけど、そこまで冷静に向き合ってるとはね。やっぱ魔法少女とか陰陽師とかやってると記憶も強くなるのかしら……ほら、あれ見なさい」
彼女が立ち止まったのは何の変哲もない路地。だが一つだけ、そして一つで全部異常にしている要素として。スーツのオッサンの死体が道の真ん中に転がっていた。
「……ご存知ないかもしれねっすけど、高校生って死体見たら普通ビビるもんなんすよ」
「どこぞの戦闘集団に入ってんなら死体くらい気にしないでしょ」
「デリカシー無っ……何これ、何死?」
「衝突死」
周囲を見渡してみると、さっきのビルと同じ色の破片が隣の家のドア近くに転がっていた。一つだけある綺麗な断面が赫色に染まっている。
「『院守のカルカタ』の攻撃、こういう色の斬撃でしたね。ってことはそれの余波?」
「察しいいわね、探偵なれたんじゃない? ちょっと訓練すれば推理バトルもやれそうね」
「知ってるタイプの探偵じゃねえ……んまあ、陰陽少女の人払いって別に物理壁作ったりしてるわけじゃないんで。こういう事故もあるかなと思っただけです」
「そ。人払いが瓦礫にも乗っちゃうパターンあるから、結構気づかれにくいんだけどね」
確かに人の気配は巫術使った時くらいない。呪力が封じられているから分からないが、口ぶりからしてそこの破片が元凶なのだろう。
ぼんやりそういうことを考えていると、死霊術師の彼女はポシェットから出した鉄の棒を組み上げ始める。完成するのは一本の細工の凝った杖だ。
「どの勢力も基本は一般人巻き込まないようにしてんだけど……実のところ、取りこぼしはかなりあるのよ」
「他もやっぱ事故……ではないっすよね。我々で例えるなら『一つの怨霊魔女と殴り合ってる裏で、すごい遠くで別の怨霊魔女が殺しまくったら止められない』みたいなパターンもあるでしょうし」
「後はホントに市民の犠牲気にしてないパターンとか、結界系の技術が甘いパターンとかね」
「……あー、分かってきました。《死霊術師》は『バトルの余波での多すぎる犠牲を解決するため、事故死した人々を蘇らせてた連中』。その業務が派生して、そもそもバトルで巻き込み事故しないような工作を始めた……ですよね」
「もうちょっと説明させなさいな……【純蘇生:m-162-45-AB】」
ジト目を向ける彼女の足元には魔法陣。彼女が詠唱を一節すると、魔法陣が広がり、サラリーマンの死体に被ったところでそこを中心に収縮し……段々とスーツについた血の色が薄れ、頭部の傷が治っていく。
「よし。あと数分もすれば、日常生活に戻っていくはずよ。貴女みたいな例外はあるけど、基本は死んだ記憶もないからトラウマ再発とかもないし」
「なるほどなるほど……私のこともこうやって蘇生させたんすね。さっきの遠隔首絞めは復活した側が逆らうの防ぐための対抗手段ってことすよね」
「そうよ。蘇人には標準装備なの」
「んなスラングできるくらい沢山やってることなんだ……」
「……2割」
「あ?」
「私たちが《死霊術師》として活動してなかった場合、そういう事故の余波で、年間で日本人口の2割が吹っ飛ぶ計算になるらしいわ」
「2割!?!?!? ……年間!?!?!?」
「本業のはずの蘇生で解決してるのは数十万くらいなんだけどね。どっちかって言うと、テクスチャ同士の衝突事故で両方壊滅……的なのの回避による貢献が多いわ」
「めちゃくちゃすごいじゃないすか……いや、私たちは『怨霊魔女しばききらないと日本滅ぶぞ』みたいに確かに教わってるんで、冷静になると規模ちょっと小さいっすけど」
「でしょ!? 私たちが頑張らないと内側の連中の問題が解決しても……なのにそれぞれに問題の規模ぶっ壊れてるからどうしても劣等感湧いてくんのよ、腹立つ……!!」
「どうどう、キレないキレない……ま、縁の下の力持ちってのは目立たないもんですよ。気づかなくてすんません」
「そうよそうよ、もっと謝りなさい!!」
ぷんすかしながら術を動かし続けている彼女に近づき、なだめるように、頭を撫で。
「今から一緒に戦うことになる相手が、高尚な連中で良かったです。気持ちよく戦えるんで」
「――え? ちょっ、どういう」
「いいから蘇生に集中しててください、っと――オラァッ!!」
彼女の後ろ、ちょっと離れたところにある街路樹の影。そこで彼女に向かって飛びかからんと構えていた、獣めいた黒色の塊の方へダッシュし、思いっきりぶん殴った。身の丈は私と同じくらい。例えるなら羽の生えた犬。
「グワオ!?」
「何何何何何何!?!?」
「――やっぱ呪力封じられてっから軽いですね。ただダメージ通るんで倒せます」
「いやいやいや何何何何!? なんでそういう方向に思考飛んだのよ、全然逃げて良い相手よ!?」
めちゃくちゃ慌てた声にビビって振り返るが、治療はほとんど完了していた。安心して、獣の方に向き直る。
「いや……こんくらい説明しなくても予測できますって。『蘇らせる義理もない、暴れるしかできない私みたいな女を一人だけ蘇らせて』『仕事について喋る義理もない相手にこうやって色々語って聞かせて』『なおかつ仕事の様子まで見せてる』んですよ?」
一息。
「そんなのもう、『自分の仕事が楽になるよう、邪魔をしてくる悪性存在を暴力で片付ける要因が欲しくなったので蘇生した』以外にあり得なくないすか?」
「……貴女」
「ウス」
「頭がいいのはいいけど、その……それで他人に恥かかせないようにしなさい」
「あり得たんすか?」
「……その……実は蘇生自体は、よくやってる『近隣で死んだ人々を一括で蘇生させる』のの一環で……ホントは一般人だけしか対象にしないんだけど、間違って貴女巻き込んじゃって……」
「……連れまわしたのは?」
「バトル系の経歴持ちは復活してるのが元の味方にバレたらめんどくさいから、上層部が『監視下に置きつつ浄化担当を呼べ』って言ってて……せっかく監視下に置いとくなら、消すまでの間、普段やってること見せて『すごーい』って言ってもらって自尊心高めたくて……」
「すんません、他の《死霊術師》がどうか知らないっすけど少なくともアンタはあんますごくねッす」
「う……うが……」
クソバカの女を煽りつつ、目線は獣を見据えたまま。一発で仕留められなかったせいかオモクソに警戒されているが……それでもそこまで知性は高くないのか、隙はデカい。警戒して即座に襲い掛かってこないので御しやすいまである。
「まあそれの是非は置いといて、さっさと呪力蘇らせてください。できるっしょ」
「なんで術式分かってんのよ!?」
「あんだけ詠唱で『蘇生』って言ってたんで。死んでるんじゃなくて封印とかかもしれませんが、蘇生させた相手の操作もしてたんで派生で行けるはずかと」
「察しが良すぎる……!」
「早く!!」
「っええい諸々規定があるから時間制限付きよ! ――【緊急蘇生:能力回路/30秒】!!」
宣言と共に、一気に力が流れ込む。確か30秒と言っていたが、
「十分、なんなら10秒でも――!!」
距離を取っていた相手の懐に一歩で踏み込む。一気に脚力が上昇したのについていけない獣は、ガードに移行することも間に合わず。
「――
呪力をこめた、私のパンチ一発で消し飛んだ。
「ざ、雑にぶん殴っただけなのに、《死海連合》の腐肉喰らいが消し飛んだ……すっご……」
黒色の雨(数秒で塵になって消えた)の中、愕然とした顔を向ける彼女を見てふと気づいた。
「……あー……そういえば名前聞いてませんでしたね」
「……そういえばそうだったわね。バーミリオン・ラズベリーよ」
「んじゃどうします、ラズベリーさん? 結局早とちりだったんで、規則上消えろってんなら速攻で死に直しますけど」
「え、えー……でも、この速度で襲撃に対応できるなら、色々便利だし。先例もちょっとあったはずだから、上層部の許可も取れる、たぶん……」
「そっすか。じゃ、よろしくお願いします」
「……あと、即消えるとか躊躇なく言うの良くないわよ。人間性信頼してくれたのかもしれないけど、会ったばっかでしょ私たち」
「いや、そんなに強い希望じゃなくて『せっかくなら色々良いことした方がいいだろ』くらいのアレなんで……何なら《陰陽少女》の活動も『善行したら美味いご飯食えるしな』でやってただけっす」
「えっその程度のモチベで死ぬようなことしてるの!? ちょっ……えっ、怖い!!」
◆◆◆
同時刻。廃ビル横。
「……む?」
「……どうしたの、太郎丸」
「ああ、奏殿……一人で御座るか?」
「みなせは裏で吐いてて、ミカが介抱してる。血でトラウマ出た」
「……そうで御座ったか」
「――院守のカルカタはなんとか討滅できたけど。これからどうするの」
「どうするの、とは?」
「凪砂が落ちて、私たちのパフォーマンスも……特にみなせがダメダメ。このままだと次あたりで全滅する」
「それなんで御座るが。要は、凪砂が死んだことで起こったトラブルで御座ろう?」
「それがどうしたの」
「生きてるかもしれないで御座る。さっき、少しながら彼女の呪力を見出したでござるよ」
「……探しにいくよ。ちょっと二人呼んできてて」
戦います。よろしくお願いします。